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わくわく、どきどき、台風の目。

文化・芸術

バレンタインスイムへのお誘い

 本年2月14日(日)、湘南片瀬江ノ島海岸にて「バレンタインスイム」を行います。
 これは“Swim for your heart on Feb 14th”、「2月14日、あなたの心臓のために泳いでください」というイベントで、看護師でもあるアメリカ人女性オーシャンスイマー、パット(Pat Gallant-Charette)がこのイベントを通して「世界心臓病撲滅運動」を展開しています。
 昨年の様子は当ブログ“Swim for your heart”をご覧ください。
 尚、当日は寒いので「ウェット着用は可能」です。泳ぐ時間は1時間前後。
 詳細はこのページのコメント欄に連絡先などを書き込み、ポストしてください。それは公開されることがありませんのでご安心ください。申込いただいた方に詳細をお知らせします。

 ちなみに過去の1・2月の海練習データ(水温など)記載しておきます。ご参考にどうぞ。

  • 2009年1月6日 駿河湾
    水温 16.0~16.5℃
    天気 晴れ
    気温 7.0~13.3℃
    風向 午前中 主に東 午後 主に北西
    風速 1.6~5.7m/sec
    波高 0.5m
  • 2010年1月6日 駿河湾
    水温 12.0~15.2℃
    天気 晴れ
    気温 3.2~8.9℃
    風向 午前中:主に南西 午後:主に北
    風速 0.2~4.8m/sec
    視界 5~10海里
    波高 0.5m
  • 2007年1月9日 駿河湾
    水温 18~19℃
    天気 晴れ
    気温 6~13℃
    風 午後から少し強くなったが、おおむね微風
    波高 0.5m
  • 2011年1月11日 駿河湾
    水温 15℃
    天気 曇り
    気温 1.4~5.0℃
    風向 北
    風速 0.0~4.6m/sec
  • 2006年1月27日 相模湾
    水温 13℃
    天候 晴れ
    気温 5~6℃
    風向 北
    風速 1~5m/sec
    波高 0.5m
  • 2008年1月15日 駿河湾
    水温 14.0~14.2℃
    天気 曇りのち晴れ
    気温 4.7~9.4℃
    風向 主に東
    風速 3.2~5.5m/sec
    波高 0.5~1.0m
  • 2014年1月25日 相模湾
    水温 12.0~15.2℃
    天気 晴れ
    気温 2~6℃
  • 2011年2月1日 駿河湾
    水温 12.0~14.0℃
    天気 快晴
    気温 3.0~8.9℃
    風向 主に北ないし西
    風速 0.0~3.7m/sec
    視界 20海里
    波高 0.5m
  • 2007年2月6日 駿河湾
    水温 12.5~15℃
    天気 晴れ
    気温 9~20℃
    風向 西ないし東
    風速 0~3m/sec
    波高 0.5m
  • 2011年2月8日 駿河湾
    水温 13.5~14.0℃
    天気 曇りのち晴れ
    気温 6.8~12.7℃
    風向 主に南東ないし南西
    風速 0.7~4.3m/sec
    視界 5~10海里
    波高 0.5m
  • 2008年2月11日 相模湾
    水温 13.5~14.2℃
    天気 晴れ
    気温 2.0~9.1℃
    風向 主に北東
    風速 2.4~7.2m/sec
    波高 1.0~1.5m
  • 2009年2月11日 駿河湾
    水温 14.5~14.6℃
    天気 晴れのち曇り
    気温 6.6~9.6℃
    風向 主に東
    風速 2.3~6.7m/sec
    波高 0.5m
  • 2009年2月24日 駿河湾
    水温 13.5~14.0℃
    天気 曇りのち小雨
    気温 3.0~8.0℃(この日の気温は8℃が最高で、それから3℃まで落ちた)
    風向 南東
    風速 3.8~7.6m/sec
    波高 0.5m

北極やエベレストを泳いだ男(ルイス・ピュー)の講演会

 北極やエベレストを普通の水着姿(スイミングパンツ、スイミングキャップ、スイミングゴーグルのみ)で泳いだ冒険スイマーであり、環境活動家でもあるイギリス人、ルイス・ウイリアム・ゴードン・ピュー(Lewis William Gordon Pugh:1969年12月5日生:海事弁護士)の話題は当ブログ「エベレストを泳ぐ(Lewis Gordon Pugh)」でもちょっと紹介しました。
 本来ならもう少し大きく取り上げても良かったし、TED(テド: Technology Entertainment Design:インターネット公開講演サイト)でもルイスが紹介されていることを知ってはいたのですが、何分英語なもので、『当サイトではどんなもんかなぁ~』とあまり積極的にはなれないでいました。ところがところが、遅まきながらTED(日本向け)に、ルイスの講演に日本語字幕スーパーがあることを、先日、初めて知りました。ビックリ!!
 ちょっとと言うか、かなり遅まきですが、是非とも彼の講演を聴いて(読んで)いただきたいと、当ブログでもご紹介することにしました。

Lewis_pugh2

Lewis William Gordon Pugh

<北極>
 2007年7月、水温:-1.7℃ 距離:1km 記録:18分50秒。

 “ルイス・ピュー: 北極海での水泳”(TEDより)

 この講演の中で動画が紹介されています。日本語スーパーがあるのでわかりやすいですが、音質はYouTubeの方(字幕スーパー無し)が良いので埋め込んでおきますね。

Lewis Gordon Pugh North Pole Challenge

<エベレスト>
 2010年5月22日、世界最高峰エベレストの山腹、標高5,300mにある氷河湖「プモリ湖(Lake Pumori)」、水温:+2℃、距離:1km、記録:約23分。

 “ルイス・ピュー: 意識を変えるためのエベレスト水泳”(TEDより)

 彼は世界にある低温域の海で長距離泳を行っているようで、耐寒能力、泳ぐ前に体温を上げる能力に、スポーツ科学者は興味を持っているとのことです。更に彼は Polar Bear(シロクマ)というニックネームをつけられたそうです。

 この講演でルイスは「地球温暖化に対する認識を高めるため」と言っています。「少なくても10年前、20年前には凍っていて、泳げるような水なんて存在しなかった」と。
 1980年6月、フランスのシャモニーからエギーユ・デュ・ミディ(Aiguille du Midi)へ、ケーブル(到着駅は標高3,777m)で私は上がったことがあります。それから10年後の1990年8月、再びエギーユ・デュ・ミディに上がったのですが、すぐに氷河の後退に気付きました。それは季節が少し違うにしても、後退のレベルは季節を上回っていました。
 去年はドーバーも例年になく温かったようで、スイマーにとっては嬉しいような、動物としては恐ろしいような。。。。。

 昔、40歳になって『人生の折り返し地点、このままで良いのだろうか』と考えた私は再び大学に入りました。専攻は天文学。海を泳いでいて、人の力にはかなわない天体の力を感じたからでした。
 結局、120単位までとって、卒業単位が132なので大学側からは「もったいない」と言われたのですが、仕事との折り合いがつかず大学を辞めてしまいました。また復学するかなぁ~。。。。。

あなたも国際マラソンスイミング栄誉殿堂入りできる?

 アイルランド(コーク)のオープン・ウォーター・スイマー、ネッド・デニソン(Ned Denison)から、「新しいIMSHOF(International Marathon Swimming Hall of Fame:国際マラソンスイミング栄誉殿堂)のウェブサイトが出来たので、そのギャラリーに載せる写真を募集している」との案内が届きました。

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 掲載できる写真の条件は次のようなものです。

  • スイマー氏名、撮影場所、日付(年月日)、泳いだ距離を知らせること。
    (泳いだ距離は10km以上でなければなりません)
  • 選択した写真はマラソンスイミングの精神を繁栄させるものであること。
    (叙事詩、風景、要素、広大さ、精神、成果など)
  • 写真は1枚限りです。

 ネッドの案内に説明は無かったのですが、一つのイベントに1枚の写真のようです。ですから多数のイベントに参加した者は多数の写真が送れると解釈できます。いずれにせよ詳細はネッドに直接メールで尋ねてください。(英語)
 メールアドレス:ned.denison★corkopenwater.com
(“★”を“@:半角”に変更してください)

※ ネッド・デニソンのプロフィールはこちらをご覧ください。

チャネル・睡夢(スイム)<おまけ>

 これは我々親父バンドが毎年一回だけライヴをやっておりまして、次回は来年の6月6日に予定しています。その中で余興として“落語をやろう”ということになりまして、今年(2014年)の遠泳報告を落語風に作りました。皆様には「もっとこうした方が良い」とか「ああした方が良い」などのご意見を伺いたく公開することにしました。

 さて、このような報告をすると訊かれる「よくある質問」にお答えしておきましょう。

  1. 身体に塗る脂
    これは擦れ予防で保温のためではありません。海水はプールのような淡水と違ってベタベタしています。その中で長距離を泳ぐと、腋とか首とかが擦れちゃうんですね。そこでワセリンとかラノリンなどの脂類の塗るわけです。ワセリンは石油を精製して作ります。ラノリンは羊毛から抽出して精製した脂です。どちらも薬品や化粧品の基材として使われていますから、ここにいらっしゃる皆さんで「使ったことはない」と言う方は居ないと思います。
  2. サメやクラゲ対策は
    サメ避けには「赤フン伝説」が有名ですな。まあいろいろ諸説あるのですが、どれも「ホントかなぁ」と心配になるものばかりで、本当のことはサメに訊いてみなけりゃわかりませんね。
    実は「シャーク・シールド」と呼ばれる機械があって、これはサメに不快感を与えるよう三次元電波を放射する設計になっています。確かに私の知り合いにも持っている者もいますが、私は持っていません。ただ海上自衛隊が水中訓練で使用する「サメ避け剤」というものは持っています。これは悪臭を放つようで、サメはおろかいかなる魚類も近寄らなくなります。メーカーからは「漁業権の問題が発生する恐れがあるため、試には使わないように」と注意されていますので使ったことはありません。ま、お札替わりです。
    しかし基本的にはサメが現れたら「その遠泳は中止」が正しいと思います。したがって私には必要ありません。ただ海の危険生物はサメばかりではなく、クラゲなども挙げられます。これはよほどのことではない限り我慢して泳ぎます。
  3. 夜間泳は
    コンサートなどで「ケミカルライト」と呼ぶスティック状のライトを観客が持って振ることがありますよね。あれをスイマーが背中につけたり後頭部にフラッシュライトをつけたりして泳ぎます。船から見るとホタルのように“ボーッ”と明かりを点けて泳いでいます。
    実は光に反応して突進する性質があるダツの仲間がいます。えー、サヨリを大きくしたような口先が尖った魚ですな。これは夜にライトで照らすと突進してくるので直接ライトでスイマーに照らすような行為はご法度です。
  4. 赤フンで泳いだら公認できる?
    ドーバー泳のルールによると「一枚または二枚(セパレーツ)からできる一つの水着で、肩より外に出ない、膝より下に出ない、伸縮性のある生地で出来ていること」と規定しています。したがって赤フンは認められません。

チャネル・睡夢(スイム)<後編>

 これは我々親父バンドが毎年一回だけライヴをやっておりまして、次回は来年の6月6日に予定しています。その中で余興として“落語をやろう”ということになりまして、今年(2014年)の遠泳報告を落語風に作りました。皆様には「もっとこうした方が良い」とか「ああした方が良い」などのご意見を伺いたく公開することにしました。
 ちなみに“来年”のことを“今年”に書いていますので、「おかしい」と思われるかもしれませんが、「すでに来年になった」と思ってお読みください。

 ある日、湘南の主さんが「70歳になった記念にドーバーを泳ぎたい」と私に言ってきました。湘南の主さんは神奈川県藤沢市にお住まいで、湘南の海をほぼ毎日泳いでおられるお方です。以前、62歳の時もドーバーを泳いでいらっしゃるので私は快諾しました。たまたま「ドーバーを泳ぎたい」と言う日本人スイマーに私はサポートしていましたし、津軽を泳ぎたいと言う外国人にもサポートしていたからです。で、他に昨年はドーバーを泳いだ経験もある外国人スイマー2名が津軽海峡を泳ぎに来日しました。いずれもドーバーで知り合った友だちです。
 えー、去年の9月2日、イギリスを湘南の主さんがスタートをしました。ところが風が強かったんですね。まあセーフティ・ガイド・ラインぎりぎりのところでして、風が一日中一方方向に流れている。ところが潮流は6時間毎に行ったり来たりしている。するってぇと風と海水の流れる向きが同じになったり逆になったりする。同じ向きの時は波頭が丸くなって海面はさほど荒れないのですが、これが逆向きになるってぇと波頭は立って三角波になる。これは潮流と風が戦っておりますから海は荒れるんですな。
 湘南の主さんのスタート直後がこの状態でして、荒れ狂う波の中を泳いで行かなければならない。ところが6時間経過しますと波は穏やかになる。しかし初めの6時間で湘南の主さんのダメージは大きく、10時間経った頃には1分クロールで泳いでは1分立ち泳ぎで休む状態になってしまいました。
 えー、ドーバー海峡の最も狭い場所はイギリスのドーバーとフランスのグリ・ネ岬です。いちおう水先案内船はグリ・ネ岬を狙って進んでおります。で、12時間経過しますとグリ・ネまでは7kmの地点まで接近しましたが、これからまた6時間は荒れ狂う海の中を泳がなければならない。それにグリ・ネは岬ですからそこから外れれば陸は遠くなってしまう。まあ更に6時間経てば再び穏やかになるのでしょうが、その時点で予想するに、これから更に12時間泳がなければならない。はたして湘南の主さんに今の状態で12時間持つか? そう考えた時に『もうやめよう』という結論に至りました。
 もちろんドーバーへ来るまでに多くのお金も使っていますからそう簡単にやめさせるわけにもいかないのですが、やはり命の方が大事です。湘南の主さんにはそのことを充分に説明した上で、12時間10分でこの遠泳を中止にしました。
 このように海峡横断泳で心配なのは何といっても天気でして、昨年春に気象庁から「今年はエルニーニョだ」と発表されました。まあエルニーニョ現象の難しい話は学者さんにお任せするとして、昨年は水温が津軽海峡で低く、ドーバー海峡で暖かかった。まあ津軽海峡の水温が低いと言っても例年で26℃が23℃。そしてドーバーの例年で16℃が19℃。まあだいたい3℃くらいの高低差がありまして、一般に23℃くらいを好むオーシャン・スイマーにとってはどちらもラッキーでしたね。でも日本の漁業関係者にはねぇ、いつもの魚がいつもの所に居なくてとても困っていました。まあ昨年は天気が悪く、魚も野菜も高値が続きまして、消費税増税も相まって台所を支える主婦たちも困ったでしょうねぇ。
 昨年の北海道付近もご多分に漏れず天候不良が続きまして、南アフリカから来た男性スイマー、ロジャーは普段に無い潮に流され、6時間30分泳いで中止。ドーバーを泳いだ湘南の主さんと同じような天候だったからですね。またアメリカから来た女性スイマー、エリザベスは泳げずに終わってしまいました。
 ですから昨年はひとつも上手くいった遠泳が無くて、私としても落ち込んでいたわけですが、自然相手のこの企画ですからね。落ち込んでばかりいても仕方がない。もっと前向きに考えようと今年も泳ぐ予定です。いちおうロジャーもエリザベスも今年、津軽を泳ぎに来てくれる予定ですし、湘南の主さんも「後悔はしていない」とおっしゃって、今も元気で湘南の海で泳ぎ続けていらっしゃいます。まあ「再びドーバーを」という考えもあるのですが、けっこうお金も掛かることでして、湘南の主さんの場合は「もうないのかな」と思います。
 ただ、2017年ではあるのですが、私の40歳になる生徒が「ドーバーを泳ぎたい」と手を挙げてくれました。こんな私へでも頼って来てくれて、ありがたい話ではあります。

 えー、そんなこんなでして、夢を持って生きていく人は素晴らしいと思い、そのお手伝いが少しでもできればと続けております。今年こそ上手くいくよう祈ってください。
 えー、泳者なだけに面白くない話で「スイマーせん」なんてね。
 お後が宜しいようで。
 ありがとうございました。

チャネル・睡夢(スイム)<前篇>

 これは我々親父バンドが毎年一回だけライヴをやっておりまして、次回は来年の6月6日に予定しています。その中で余興として“落語をやろう”ということになりまして、今年(2014年)の遠泳報告を落語風に作りました。皆様には「もっとこうした方が良い」とか「ああした方が良い」などのご意見を伺いたく公開することにしました。
 ちなみに“来年”のことを“今年”に書いていますので、「おかしい」と思われるかもしれませんが、「すでに来年になった」と思ってお読みください。

 えー、毎度遠泳のご報告ですが、今回は“落語風”にやらせていただきます。
 去年も津軽海峡とドーバー海峡へ行ってきまして、まあすべて未完に終わっていますからたいして面白い話ではないんですが、最後まで寝ないで聞いていただければありがたいことで、「スイムは私に任せてくれ」なんてね。えー、“眠る夢(睡夢)”と書きまして“スイム”なんて・・・。えー、ちっとも面白くない? ま、「酔った夢」と書いても構わないんですが・・・。
 えー、1924年にイギリスのジョージ・マロリーという登山家が人類初のエベレスト登頂に成功しましてな。まああの有名な「そこに山があるからだ」と名言を残した方ですが、実際は途中で滑落死してしまったんだそうで、本当に成功したかどうかは未だにわからない。つまり滑落したのが行きになのか帰りなのか、登頂前なのか後なのか、いずれにせよ証拠は何も残っていないのだそうで、1999年にエベレスト山頂近くでマロリーの遺体が発見されましたから近くまで行ったことは確かなことなんですが、ただ“初登頂”と言えるか否かは未だ論議されているところだそうでございます。
 えー、マロリーの残した有名な名言、「そこに山があるからだ」は彼がエベレストへ向かうためのニューヨークでの記者会見。記者が「何故あなたは山(エベレスト)に登るのか?」と言う質問に対してと答えたという、まあ凡人の私にはわかったような、わからないような、キツネにつままれたような回答でして、それでも名言として語り継がれているんですからたいしたものですなぁ。

 えー、ドーバー海峡横断泳をイギリスでは「チャネル・スイミング」と呼んでおりまして、「泳ぐエベレスト登山」とも言われているんですなぁ。まあエベレスト登山に匹敵するほど難しいと。
 ドーバー海峡の最短距離は34kmでして、東京の都心を周る山手線の総延長距離が34.5km。つまり山手線をまっすぐに伸ばせば届いてしまう距離なんですなぁ。まあ海を泳ぐスイマーにとってはそれほど長い距離ではないんですが、とにかく速い潮が流れておりまして、真っ直ぐには泳げない。そこで6時間毎に方向が変わる潮流で右に左に流されながら泳ぐんです。加えて水温が夏でも16℃。この低水温が問題なんですなぁ。とにかく水着一枚で泳がなければならない。ウェットスーツは禁止されているんですな。
 ですから日本で練習するには冬でも水着一枚で海を泳がなければならないんで、この練習は漁船で手伝ってもらうんですが、漁業無線が入っておりまして、この海域での漁船同士の会話はみんな聞けてしまう。
漁師A「おお、この冬の寒い中、水着一枚で泳いでいる奴がいるよ」
漁師B「またか。どうやらドーバー海峡を泳ぐための練習らしいよ」
漁師A「へー、ドーバー泳いだら何か貰えるんかい」
 まあこんな会話が聞こえてしまうわけですが、ドーバー海峡を泳いで渡っても何も貰えません。ただ成功者には「チャネル・スイマー」という称号がつけられるだけで、まあ名誉ですが、お金にはなりません。

 ドーバー海峡を水着一枚で世界初に泳ぎきった人はイギリス人のマシュー・ウェッブという方で、1875年8月24~25日、21時間45分かかりました。1924年のマロリーによるエベレスト初登頂より50年ほど昔ですから歴史的にみれば古いわけで、私なんぞはエベレスト登山を「登るチャネル・スイミング」と呼びたいのですが、まあそんなことはありませんね。
 ウェッブも名言を残しています。「偉大なことで簡単なものは何もない」と。
 イイですねぇ。『津軽横断泳でもこんな物語があればなぁ』とついつい思ってしまうんですが、そんなこともありませんね。まあウェッブの伝説が今のドーバー泳のルールになっておりまして、つまり泳ぎ出したら終わるまでボートに乗ることも触ることも許されません。食事も泳ぎながら採ります。
 この厳しいルールが昨今、海峡横断泳のルールになりつつあります。
 ちなみにエベレスト登山とドーバー泳の希望者を比較してみますと、昨今、どちらも増加傾向にありますがエベレストは年間500名弱、ドーバーは200名強となっていますからエベレストの方が倍近く多い。で、成功率はと言いますとどちらも60パーセントほどですからほぼ同じですな。ですから難しさは等しいかと。。。。でも死亡率を見ますとエベレストは1パーセント、ドーバーは0.5パーセント程度です。ですから安全性はドーバーの方に軍配が上がるかなと。。。
 えー、次に国別ですが、エベレストは調べていないのでよくわかりません。ドーバーはやはりイギリス人が約50パーセントで最も多いですな。次にアメリカで約25パーセント。続いてイギリスを除いたヨーロッパ諸国が約20パーセント。残りの5パーセントは他の国々でして、気になる日本は0.3パーセント程度。まあ順位はお尻から数えた方が早そうです。
 まあこれは津軽を見てもわかるのですが、ソロスイマー、つまり一人で泳ぎ切るスイマーは日本より海外のスイマーの方が多いのです。この辺は文化の違いというか、海を泳ぐ意識というか、同じ四面を海に囲まれたイギリスと比較しても不思議なことだと私は思っています。

落語

 先日(16日)、東京は北区の音楽スタジオで久しぶりのバンド練習が行われた。例によって中学時代からのメンバー、小中学校からの同期生だから幼馴染みだし、そろそろ50年近くも続いている。とにかくダラァ~~ッとだらしなく練習していたので、いつの日か「目標を持って練習しよう」となり、珍しくも全員の意見が一致してから毎年一回、ライヴをやるようになった。そのライヴもどのくらい続いているだろう。10年以上続いていることは確かなことだ。
 最近になってそのライヴもテーマを持つようになり、またヘタッピな音楽だけでは申し訳ないと、様々な余興をやるようになった。例えば今年のテーマは「空」、余興は「マジックショー」。
 で、16日の練習の後に「話し合い」という名の飲み会があり(練習後には毎回ある)、その中で次回ライヴの内容が決まった。日付は2015年6月6日、場所はいつもの埼玉県川口市にあるライヴハウス、テーマは「ベストミュージック」、余興は「落語」。
 毎年このライヴで遠泳の報告をさせていただいている私だが、次回は「その報告を落語の中でしろ」というのだ。つまり今年の、一度も成功しなかった遠泳を盛り込んだ「創作落語」を創らなければならない。

 毎度バカバカしいお笑いで、
熊「おーい、ハッつぁん!」
八「何だい、熊さん」
熊「私が幼少の頃から組を組んで音楽をやっているのは知っているだろ?」
八「ああ、前に“来い”と言われたから行ったが、あの耳栓が無きゃ聞けないヘッポコ音楽だろ?」
熊「馬鹿を言うじゃないよ。耳栓したら音楽も何も聴けたもんじゃない」
八「そのくらいにしなきゃ、ガマンできねぇってことだ」
熊「お前なんかに私たちの音楽がわかるわけない。それよりな、今度その組で音楽会をやることになってな、その余興で落語をやらなければならなくなった」
八「へー、どんな落語をやるんだい」
熊「八つぁんは私が毎年、海に行っていることも知っているな」
八「ああ、遠くへ行って泳ぐらしいが、いつも土産を待っているのに、一度も貰えたことがない」
熊「何だ欲張りな奴だな、まあそんなことはどうでもよい。それよりその落語は創作なんだ」
八「何だ“創作”って、何かを探すことか?」
熊「それは捜索。何かを創ることも“創作”と言うんだ。つまり自分で落語を創る」
八「ああ、それはやめた方がイイよ。おらぁガキの頃から熊さんを知っているが、そんな器用なこと出来る人じゃない」
熊「まあずけずけと何でも言う奴だなぁ~。まあいい。だから八つぁんを呼んだんだ。私もな、そんな器用じゃないことを私自身が知っている。そこで横丁のご隠居に聞いて来ようと思っているんだ」
八「そりゃいい。“生き字引”とは隠居のことを言っているようなもんだ。イイところに気が付いたなぁ~」
熊「変なことろで褒められたなぁ~。まあそこでご隠居にいろいろヒントをもらって創ったら、八つぁんに聴いてもらおうと思っているんだ」
八「え? オレが聴く? そいつはまた耳栓が必要になるな」
てな具合で創ればイイかな?
 要するにボケと突っ込みの会話に知識人のご隠居がいろいろと教えてくれる。そんな隠居と熊さんの会話に退屈した八つぁんが話も聴かないで寝てしまう。
熊「おい、八つぁん、起きろ八つぁん。起きろ八!!」
八「ん? 何だい終わったのかい?」
熊「だから耳栓なんかしているから人の水泳の話が聴けないんだ」
八「ああ、水泳の話だから睡眠グになってしまった」
てなオチでいかがでしょう?

7月27日 江戸東京博物館

 今日ロジャーは南アフリカへ帰る。成田発18:10の香港経由でヨハネスブルグまで帰るのだ。午後4時までに成田空港へ着けるように逆算すると、午前中に観光が出来る。函館で預かった荷物を午前9時までにホテルへ持って行き、その後は江戸東京博物館へ連れて行こう。函館でロジャーが歴史好きなことを知り、ホテルから成田へ向かうなら、両国にある江戸東京博物館はその途中に都合よくある。
 ホテルから両国へはクルマで首都高に乗る。助手席に座ったロジャーは相変わらず子どものようにキョロキョロ見回して東京の景色を目に焼き付けていた。
ロジャー「この川は何ていう名前?」
私「隅田川」
(ちょうど水上オートバイを楽しんでいる若者を見て)
ロジャー「ここでは泳がないのか?」
私「昔は泳いでいたが、今は泳がない」
ロジャー「何故?」
私「水が汚くなってきたからだ」
ロジャー「東京の街はとても綺麗なのに、どうして川だけは汚いんだ?」
私「・・・・・」
 確かにニューヨークのマンハッタンを泳いでしまうスイマーにとって、また他の外国でも視る限り、川は荒川でも隅田川でも多摩川でもさほど汚いとは思えないし、むしろもっと汚い川でも泳ぎを楽しんでいるスイマーはたくさんいる。だが、やはり日本では泳がない。(実際は泳いだことも数回あるのだが・・・)
 考えてみればドーバーもさほど綺麗ではないし、日本には綺麗な海があるからだろうか??

 江戸東京博物館へは午前9時50分に到着。それはとてもラッキーだったことだった。入口から入るとカウンターがあって、ボランティアが館内を案内してくれるという。しかも言葉は日本語、英語、フランス語、中国語、韓国語、その他いろいろ。
 しかも受付は午前10時からで、係の人が準備をしていた。『ラッキー!』と思った私はロジャーたちに説明して少し待たせた。「受付は10時からなのでもう少しお待ちくださいね」と言う係の人の前を私は一番で並んだ。そして、受付が始まった段階で何と私の後ろには長蛇の列が。。。。。。
係「何語ですか?」
私「英語です」
係「どちらから来られた?」
私「南アフリカ」
ボランティアの婦人「アッ、私行きます!」
と言って名乗りを上げてくれたのは年の頃、60歳くらいのご婦人だった。
ボランティア婦人「南アフリカから来られた?」
ロジャー「そう」
ボランティア婦人「今日は私が案内します。ここにある橋は“両国橋”と言って江戸の町に入る入口です。この橋を渡ると、私たちは江戸時代へとタイムスリップします」
 何だかこの説明がネズミーランド(“東京”と名付けても“千葉”にあるネズミが主人公の夢(?)の国)の入口で同じようなことを言うお姉さんのようでおかしかった。
 ロジャーはとてもお喋りで楽しい。すぐさまこのボランティア婦人と仲良くなって、館内のガイドを楽しんでいた。それはボランティア婦人も同様なようで、ボランティア婦人が私へ「何時まで?」と聞くので「今日、午後6時の成田発で帰ります。その前にランチをするのでお昼頃まで」と答えると、「久しぶりに楽しい案内が出来て嬉しいわ。今日一日でも良いけど、11時半までにしておきましょうね」と言ってくれた。だが歴史音痴の私にとっても、いい加減な案内をしなくても済むことがラッキーだった。
 中でも可笑しかったのは“庶民の生活”で江戸時代の家屋に人形が住んでいるのだが、それを見ていたロジャーとリンゼーの側に、同じように見ていた親子がいて、お母さんは和装で60歳くらい、息子さんは30歳くらいのちょっと長髪で、ポニーテールのように髪を後ろでひとつにまとめていた。
お母さん(ロジャーに向かって)「江戸時代はね。捨てるものが無かったのよ。すべてをリサイクルして今の東京より優れた生活を江戸庶民は暮らしていた」
ロジャー:(日本語なのでポカーン・・・)
お母さん(ボランティア婦人に向かって)「通訳さん、そのように通訳しなさい」
ボランティア婦人「はい」

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江戸時代、職人の家

 このお母さんの“江戸時代、庶民の生活”は30分くらい解説が続いた。その内にボランティア婦人も私も英語と日本語がゴチャゴチャニなって、
お母さん「日本語で言ってくれなきゃわからないわよ」
と言いだす始末。

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江戸時代、庶民の家

 とにかく勢いのあるお母さんで、それはロジャーもリンゼーも楽しんでくれたようだ。ボリンティア婦人とお母さんに「ロジャーは津軽海峡を泳いできたんだ」と私が話すと、お母さんは茶道の師範のようで、息子さんは鍼灸師。しかし「針を使わない」と言っていたので、盲人(障害者)に水泳指導している私にとって、“針を使わない鍼灸師”とはちょっと理解不能だった。
 それにしても立派な体格をしているロジャーを見て「なるほどー」と皆さん関心をされていた。
 「11時半まで」とのことだったが、ボランティア婦人はもう乗りに乗ってしまってもう12時近く。「そろそろランチに行きたいので・・・」と私が言うと、「ここが最後」と言って丹念に案内してくれた。ホントにありがたかった。

 江戸東京博物館に近いレストランを私は予約してあって、そこにロジャーとリンゼーを連れて行った。最後のランチである。
 そこでまたいろいろ話した。で、結局はおおむねロジャーたちは日本をたいそう気に入ってくれて、日本に着いた日、秋葉原へ買い物に行くと街から夕焼けチャイムが鳴りだした。顔色を変えたロジャーが
ロジャー「これは何だ? 何処から聞こえてくるんだ?」
私「“家に帰りましょう”という音楽だ。街から子どもたちへのメッセージだ」
と答えるとスゴク感心していた。そんな些細な音や景色をものすごくよく観察していた。
ロジャー「日本は素晴らしい国だよ。人も文化も素晴らしい」
 「是非ともtoraには南アフリカに来てほしい。案内するよ」と言ってくれた。
 話は尽きなかったが時間は制限があった。成田空港には3時50分に到着。
 「また会おう」と約束して別れた。

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また会おう(成田空港で)

『たとえば、トイレ』

 『先を起こされた!』と思ったのは、このブログ「車いすの冒険家」にも紹介したYくんの礼状が先に届いてしまったことだ。実を言うと、このブログに紹介している「津軽の下見」は原稿に落としてY君に贈るつもりでいた。彼はパソコンを持たない主義なのでこのブログを読むことはない。そこで私から礼状としてこの原稿を急いで書いていたのだが、彼からの原稿が先に届いてしまった。『しまった、焦る』と急いで書き上げてY君に送ったが。。。
 今から紹介するY君の原稿は青森から山口の下関まで、車いすによる一人旅の原稿の一部である。何と内閣総理大臣官房の“高校生・一般市民部門”で「佳作」をいただいている作品だ。訳の分からないことを長々と書いている私の文章とは一味、いや二味も三味も違う。心してお読みいただけるとありがたい。
 ちなみに他に「車イスで行く~四国、お遍路の旅~」もある。

『たとえば、トイレ』
 若くて健康な人であっても、ある日突然に自宅や職場のトイレ、更には公衆便所を含む周囲の全てのトイレが使用不可能となったらどんなにか不便な思いをするに違いない。
 架空の話しではなく、大地震などの災害が発生すれば実際にあり得ることだろう。自由にトイレが使えないとなると心理的な不安も強まり、ますます行きたくなるから不思議なものだ。しかし、目の前にトイレが有っても使えなければ無いのと同じ。
 多くの障害者が否応なく味わう体験である。

 今年七月下旬。仕事の合間を見て一人旅に出た僕は青森駅を出発地点とし、仙台へ向け南下を始めた。飛行機なら四十分、車なら半日の距離だが、車イスのみでは何日かかるか見当もつかなかったが。
 「なぜ、一人なの? 誰か付き添いがいれば楽なのに・・・」
 旅先で、そう不思議そうに尋ねられることが多い。確かに付き添いがいれば心強くもあり何かと助かることだろう。が、車イスでの長旅は天候や己の体調、車輪の調子など変動要素に加え見知らぬ街の見知らぬ道を行くのだから、そもそも、その日はどこまで辿り着けるのか当の本人さえ判らない。従って宿泊先の事前確保など到底できず野宿の頻度も高くなる。その上、未整備の歩道が多く止むを得ず車道を走るリスクも高まり、結局は(全て運任せ)同様の旅路に近い。なら、不便と困難を覚悟さえすれば、いつ休み、どこで寝て、どんな災害に遇うにせよ、誰にも気兼ねせずにすむ一人旅のほうが自在にして気楽であり、また、その精神的自由さが冒険を長続きさせてくれるのだ。少なくとも僕の場合はそうである。

 だが、やはりトイレには苦労する。市街地でさえ車イスで利用できる場所は少ないのに地方の沿道では尚更である。それで僕は旅の間、殆ど朝と昼は食事を抜く。固形物を口にするのは幸運にも洋式トイレに巡り会った時か、宿泊先を確保できた時のみになる。小用ならともかく大のほうは厄介で、健常者のように草むら等へ駆け込み用を足すという訳にはいかないゆえに。
 某県の小さな町。ここの駅には洋式トイレがあると地元の方に聞き、これで久々に安心して食事ができると喜んだ。が、「障害者専用」と掲示されたトイレの扉は外から施錠されている。予想はしていた。こうした経験を何度させられたことか。窓口の駅員さんに頼むが施錠され電源も切られているからスムーズに事は進まない。やっと扉が開き室内を覗いた僕と駅員さんは一瞬、そのあまりの凄さに顔を見合わせた。人が汚した形跡ではない。便器も床も小さな虫の死骸で一面に覆われているからである。数ヶ月以上、清掃もされず施錠され放置され続けた跡だった。
 僕は誠意を持って駅員さんにお願いした。時には一般のトイレ同様に清掃を、またせめて日中は鍵を開けておいて欲しいことを。けれど、「障害者トイレ」を開放しておくと悪戯されるし、一般人も使うようになり、障害者が利用したいときに利用できなくなる、という。
 嗚呼! 僕は心の中で叫ぶ。まるで禅問答だ。
 悪戯されるという懸念こそ(木を見て森を見ず)であり、障害者の自由な利用を阻害する両刃の剣になる。せっかく、新車を購入しながら傷つけるのを恐れ、運転もせず大事に車庫へ仕舞い込んでいるようなものだろう。
 それにトイレの順番を待つぐらいは障害の有無にかかわらず、一般の家庭でも有り得ることである。施錠された扉を開けて貰う手間と時間を考えれば、どちらが切迫した事情の障害者にとって助かるか明白に思えるのだが。
 その意味では現在、「障害者専用」の概念から「多目的トイレ」として、妊産婦の方やお年寄りなどを含め共用的な構造に進化しているのは素晴らしく感じている。こうした形で利用者が増えれば、むしろ、悪戯など減るのではないか。それから駅員さんに話したが残念ながら理解を得ることは出来なかった。

 まだまだ全国各地で(悪戯される)または(利用者が少ない)との理由で障害者トイレが封印され、それが一層、障害者の外出を阻んでいる事に気付いては頂けないだろうか。

 僕は思い、そして願う。
 車イスばかりでなく、今後は高齢化社会を迎えシニア・カーを利用するお年寄りも確実に増えるだろう。近年、徐々に深まっているバリアフリーへの理解に感謝しつつも、その具現化が遅れれば、今現在、車イスの障害者達が感じ体験している不便や苦労を、まさにそのまま、お年寄り達にも味あわせてしまう事になりはしないだろうか。
 拙文でトイレの事に固執したのは僕が外出した際、常に最も切実な問題だからである。
 様々なご経験を重ねて人生を歩まれてきたお年寄り達が仮にも体がご不自由になった時、一人でも自宅周辺の公園を散策したり、近所の温泉に身を浴し気軽に気分転換できるような環境設備を願うのは決して贅沢なことではあるまい。行く先々に誰でも安心して利用できるトイレが有れば、お年寄りにとっても障害者にとっても、それは万金に値する。
 どうにか青森・仙台間を二週間で走破した。
 いつかさらに南下を続け、下関に達したい。
 車イスの一人旅だからこそ見えてくる真実がある。喜びの時もあり、屈辱の時もあるが自分を見つめ直させる。僕は当世流行の(不自由な体でも明るく生きる)理想的な障害者像とは程遠い人間であり、それで一向に構わない。かつて良妻賢母を女性の理想像とした同じ世間がそこにある。
 ともあれ僕は僕として生きていくしかない。

          Y

 この原稿の中に出てくる“多目的トイレ”だが、これは以前にこのブログに紹介した「プール更衣室への提言」、「プール更衣室への提言(パート2)」に共通したテーマであるように思えた。多目的トイレは男女共用であり、介護人であれば性差には関係なく入ることが出来る。更衣室も男女に分けた大部屋ではなく、個室の更衣室なら性差には無関係に介添者は入室することが出来るのだ。トイレではないからたいした設備にもなるまい。

 まったく別件で私が『おかしい』と思うのは電車の“シルバーシート”というシステム。『全席シルバーシートであるべきだ』と思う私はおかしいだろうか? それでも平気でシルバーシートに座って平気でスマホをパチパチとして、お年寄りが前に立っても平然としている女子高生には『どんなしつけを親から受けてきたのだろう。親の顔が見たい』と思うのだが、区分けとして更衣室は個々に、シルバーシートは不要。他にも探せばいろいろとあるだろう。そしてY君の原稿にもあるように、最終的にはそういった施設を利用する者のモラルの問題になってしまうと思う。
 お受験も良いけれど、もっと大事なものがあるんじゃないかなぁ~。。。。。

 追伸:
 Y君の乗っている車いすは、時折“車イスマラソン”で見るような、自転車で言うと“ロードランナー”のようなカッコいい車いすではない。俗にいう“ママチャリ”、いわゆる“ごく普通の車いす”である。

 昔、とある財団から「協力して欲しい」との依頼があった。それは東京の高速道路が完成し、それを公開する前に“マラソン大会を開催する”というものだ。公開前の新しい高速道路を走れるとあれば、それは気持ちが良いに違いない。
 その中で「車いすマラソンも行うので、車いすランナーを集めて欲しい」との依頼だった。よくよく話を聴くと「障害者との“ふれあいマラソン”にしたいので、上りには一般ランナーに車いすを押してもらうので初心者でも大丈夫です」とのこと。この言葉で私はガッカリした。障害の有無に関係なく、達成感を味わいたくマラソンに参加するのである。それを人から助けてもらって完走したところで真の達成感が味わえるだろうか?? 担当者は見た目の“ふれあいマラソン”をイメージしている。
 真の支援とは“やってあげる”ではなく“出来るようにする”なのだ。おそらくこの担当者はマラソンの一般ランナーと車いすランナーのトップはどちらが速いかさえも分かっていないと思う。ちなみにフルマラソン(42.195km)は一般トップでも2時間は切れていない。しかし車いすマラソンランナーは軽く2時間を切ってしまう(1時間20分くらい)。
 仮に車いすマラソンランナーの車いすを上り坂に私が押したとしたら、下り坂では私も車いすに乗ってしまうことだろう。それが“ふれあい”だと私は思う。

バレンタインスイム募集のお知らせ(2014年2月14日)

 本年2月14日(金)午前11時ころより、湘南のビーチにおいて「バレンタインスイム」を行う予定です。
 当日は平日(金)でご参加が難しいと思われますし、海水温は13℃程度と予想できます。
 したがってウェットスーツ着用は可能ですし、泳ぐ時間も最大でも30分程度とします。
 尚、このイベントはアメリカ在住の看護師、オーシャン(チャネル)スイマーのパット(Pat Gallant-Charette)が「地球上から心臓病を撲滅するために泳いでください」と、世界にPRするために行われるものです。
 この企画のホームページ“ValentineSwim.org”に掲載されている写真は私たち日本のモノです。
 ご協力いただける方に参加費はありませんが、是非とも“自己責任”でご参加ください。
 申し込み、お問い合わせは当ブログ、「コメント欄」よりご記入ください。
 その際にメールアドレス、お名前を必ずご記入ください。
 当ブログには公開されません。

北海道函館の潮汐

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