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わくわく、どきどき、台風の目。

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2018年8月の記事

スポーツはイイな!(感動のお裾分け)

 今年の甲子園、高校野球は100回の記念大会だそうで、とても面白かった。個人的には金足農に勝たせたかった。それでも秋田勢として第1回大会以来、103年ぶりに決勝へ進出しただそうで、そんな選手たちを心から「おめでとう!」と言いたい。
 甲子園が終わると「第18回アジア競技大会(2018/ジャカルタ・パレンバン)」が開催された。日本競泳陣の活躍が素晴らしく、他にもテレビでは日本の得意な競技ばかりが紹介されているような気がして、、、そういえばイギリスで観たヨーロッパ大会(欧州選手権)は陸上競技ばかり紹介されていた。おそらくイギリスは陸上競技が得意なのだろう。それとも陸上の大会だったのか? いずれにせよその国の特異な種目ばかりではなく、もう少しオールラウンドに紹介して欲しい。
 アジア大会の前はパンパシ(第13回パンパシフィック水泳選手権大会:東京)。17歳のスーパー女子高生、池江璃花子選手の活躍が目覚ましい。この池江選手をテレビで観た当クラブのJ。彼女の活躍にすごく感動して「池江璃花子選手はスゴイ!」を何回も繰り返していた。そして、練習で池江選手になりきってしまうところが彼(J)のスゴイところ。

 Jは生まれながらにして重度の脳性マヒ。生まれて間もなく支援施設に入所し、それは小学校へ入学する直前まで続いた。小学校へ入学しても、家で何もやらない(出来ない)。ご両親は少しでも運動をさせようと当クラブの扉を叩いた。
 当初、重度の障害児にありがちな“出来ない”ではなく“やらない(やったことが無い)”子どもだった。基本的に“出来ない”は手伝うが、“やらない”は手伝わない私。水泳だって“出来ない(泳げない)”から“出来る(泳げる)”を目指すわけだから、“やらない”なんてもってのほか。
 移動や更衣も出来る範囲、自分でやらせるようにした。それはまるで水泳教室というより更衣教室。2時間の教室時間でプールにいる時間は20~30分。距離にしたら100~200mくらい。もちろんJは手伝わない私を嫌った。送迎もする当クラブ。お迎えに行くとあーでもない、こーでもないとプールを嫌がった。おそらくご両親もご苦労されたことだろう。
 それでも10年を過ぎる頃から更衣も早くなり、泳ぐ時間は90分、距離は1,000m程度になった。まあもう30年以上経っているのに距離は増えない。と言うよりもJはもうじき50歳。老化なのかもしれない。
 だが元々スポーツ好きな家庭だったからだと思うが、野球や相撲の話をよくする。その中でパンパシを観て池江選手に感動し、池江選手になりきって泳いでいる。この辺の積極性や素直さは変わっていない。
 Jが施設にいた頃のドクターは、「Jは泳げるようにならない」と言っていた。しかし泳げるようになって、そのドクターはJの泳ぎを見に来たくらいだ。他にも脳性マヒの関連団体からJの水泳を撮影に来たこともある。何よりもJの泳ぎを見た人は「感動する」といった感想が多い。
 そのJが「池江選手に感動した!」と言いながら泳ぐ。それを隣のコースで歩いていた片マヒの男性が見て「スゴイな」と感動する。
 池江選手の活躍は、障害者に連動して片マヒの男性に伝わる。いいんだな、これが!!

ぼやいてみたいと思います。

 最近、歳を取ったせいか、「若者言葉」が気になっています。例えば「“ら”抜き言葉」。

  • A:食べれる。⇒B:食べられる。
  • C:見れる。⇒D:見られる。

 もちろんB、Dが正しいわけで、テレビに出てくるテロップはちゃんと「ら」を入れて修正していますね。
 他に若者の会話を聞いているとやたら「なんか」を連発しています。この「なんか」は何か? 次に出てくる表現選択の迷いのように聞こえます。

 この他にも難解で「意味不明」な若者言葉がたくさんあって、ちょっと私にはついて行けません。
 『若者だけかなぁ~』と思っていたら、どこかの国の偉い人が“忖度(そんたく:他人の心情を推し量ること)”とか、“レガシー(legacy:遺産)”とか、、、、普段使わない言葉がそのまま流行語になったり。。。
 まあ言葉とは時代によって変化するものなので『仕方ないのかなぁ~』と思ったりもしますが、電車に乗った時に見る車内広告の「“い”抜き言葉」。。。。

  • E:してる。⇒F:している。
  • G:やってる。⇒H:やっている。

 誰もが見る企業広告。い抜き言葉を平気で採用している企業を、少なくとも私はイメージダウンしてしまうのですが、企業としてはそれが“狙い”なのでしょうか?

 でもこの辺までは『時代の変化』と自分に言い聞かせています。しかしどうしても「それは違うだろ!!」と言いたいのが「~と思います」。
 これは喋るプロであるアナウンサーでさえ使います。
 「~と思います」は、話し手の個人的な意見を述べたり、個人的な推量・判断を述べたりする場合に使います。
 「~と思います」は、「私ひとりの判断である」「他の人はどう考えるかわからない」という含みを持ちます。
 言い方を変えると、文末に「~と思います」を入れることで、あえて断定を避け、そうではない可能性を残しておくような言い方として使います。

  • I:食べてみたいと思います。⇒J:食べてみます。
  • K:行ってみたいと思います。⇒L:行ってみます。

 このように言い切らないのは一種の“リスク分散”と言えます。「いやいや、断言はしていません」、「その可能性があると言ったまでです」。こうした逃げ場を作っています。

 どこかの国の総理大臣、謝罪会見で最後に「謝罪します」と言い切ったことはほとんどありません。「謝罪したいと思います」の多様。本音では“謝罪なんかしない”というのが見え隠れ。そんなことを感じているのは私だけでしょうか。

 テレビキャスターの食リポ。手に食材を持っていながら「食べてみたいと思います」は、どうして「食べてみます」と言いきれないのか。
 天気予報のお天気キャスター、天気図を出して「天気図を見てみたいと思います」は、「明日は晴れると思います」と言いだしそうで不安になります。
 「天気図を見てください。明日は晴れるでしょう」が正しいのです。何故ならば天気予報はキャスターの個人的判断を述べている訳ではありません。「~でしょう」にはそのような含みはありません。

 先日(8月21日)、第100回全国高校野球選手権大会の決勝が行われました。結果としては2-13で大阪桐蔭が優勝するのですが、この決勝戦の前日、金足農(秋田)の剛腕・吉田投手は「明日は絶対に勝ちます」と言い切っていました。
 この言い切りには力を感じます。負けたところで彼を責める人は居ますか? 「勝ってみたいと思います」では“平成最後の怪物”と言って貰えないでしょう。断定できる人は強いのです。人の心に響く言葉とは、明確に未来を打ち出す言葉です。

 断定は言い切ればいいので簡単なように思えますが、実生活において言い切ることは非常に勇気がいることです。自信が無いとできません。
 「~と思います」は意志を弱めます。言い切れる自信が無いからです。
 某歯磨き粉メーカーのコマーシャル。某アナウンサーが「○×ブラシ、私も使ってみたいと思います」は、将来、使うかもしれない仮定なので問題有りません。でも、“食リポだ”と言っているキャスターが「食べてみたいと思います」は無いだろう!!!!!!

仏作って魂入れず(障害者の公共施設)

 皆さんが何処かへお出かけしたとき、トイレに困った事はありませんか? 今回は公共施設と言っても、誰もがご厄介になる“トイレ”を例えてお話ししてみましょう。

 その昔、発展途上の国々を私も巡ったことがありまして、公衆トイレに困ったことが多々ありました。先進国となった日本、皆さんはトイレに困ったことなどそんなにありませんよね? ところが障害者用のトイレはどうでしょうか。

 最近は障害者用のトイレも充実されつつあるのですが、よくある「誰でもトイレ」、動けなくなって車イスを利用するようになった父を高速道路のサービスエリアにある“誰でもトイレ”に連れて入ろうとしました。ところが先に入っている方がいる。仕方なく外で待っていますが、待てど暮らせど出て来ない。

 『困ったなぁ』と思いながらも待っていると、しば~らく経ってようやく出てきたのは二十歳前後と思しきお姉ちゃんが二人。しかもド派手な化粧と服を纏っています。おそらく着替えと化粧に時間が掛かったのでしょう。

 地方に行きまして、小さな駅には後から取って付けたような障害者用トイレがあります。入ろうとすると鍵がかかっている。駅員に言って開けてもらうのですが、中は汚くて、ちょっとそこにお尻丸出しで直に座ろうとは思えない。

 おそらく誰でもそうだと思うのですが、『トイレに行きたい』と思うときはそこそこ切羽詰った時で、ようやくトイレに到着しても、いちいち駅員に言って鍵を開けてもらわにゃならないわけで、その時間に切羽詰った状態は頂点に達します。更にそのトイレは汚いことでショックが・・・。

 鍵をかける理由は夜中などに良からぬ輩がトイレでいたずらをするからのようで、その予防だそうですが、昼間は管理者である駅員が在沖しているのですから“昼でも鍵”はないと思います。

 更に掃除はいつしたのか、何処から入って来たのか真っ黒になった葉っぱがこびりついているところを見ると、おそらく一ヶ月以上はほったらかしになっていたと思われます。これではきっと、管理者である駅員さえもそこで用足しするのはためらうでことしょう。

 トイレではありませんが、昨今、障害者を対象にした水泳指導者の養成講習で講師を私はさせていただいています。公共のプールからの依頼ですが、その施設のエレベーターの階を選ぶ押しボタン、ここには点字案内が貼ってあるものの、外からエレベーター前までやって来る点字ブロックがありません。盲人はどうやってエレベーター前まで行ったら良いのでしょうねぇ。

 ノーマライゼーションとかバリアフリーとかが叫ばれるようになって幾年。「仏作って魂入れず」ではありませんが、利用する障害者が一般の人と同じように、気持ち良く使える公共施設であってほしいものです。

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北海道函館の潮汐

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