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わくわく、どきどき、台風の目。

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2015年7月の記事

立場変わって人命救助?

 仙台に行くと必ずお邪魔するお宅がもう一軒ある。それは当ブログ「津軽の下見 8.車いすの冒険家」にも紹介したY君の自宅だ。7月1日の朝、青森から電話した。
Y「ああ、今日ねぇ。読まなくなったウチの本を処分するんですよ。まあ“まだ読むだろう”と“もう読まないだろう”とに分けてね。すると読まない本が700冊くらい出たので処分しようと思って。。。。そうすれば我が家も少しは広くなるかなぁと・・・」
 Y君は冒険家でありながら読書家だ。
Y「夕方までには終わっているだろうから夜にはどうぞ、どうぞ」
ということでお邪魔することにした。
 仙台名物、牛タン弁当を食べながら一杯飲み、津軽やドーバーの話、彼の冒険談を聞く。それは私の楽しみでもある。
 ビールと酒を買ってY君宅へ伺うと、
Y「いやぁ、700冊処分したら少しは広くなると思ったけど、ちっとも変わらないのでビックリした」
という話から始まった。
私「いやぁ今日は青森から来たんだけど、その前は函館に居て、その漁師さんが津軽海峡(汐首:北海道⇒大間:青森)をカヤックで横断する人の伴走をしてさ。その人は北海道の北端から九州の南端まで歩いて、海はカヤックで渡って、スゴイ人がいたよ。その時、青森から山口まで本州を車イスで縦断したY君を思い出してさ。実際は会えなかったんだけど、“こういう人は居るんだなぁ”と思った」
と、当ブログ「スゴイ奴がいたもんだ!」に書いた内容を話した。
 そんな会話の中で、最も印象的だった話を紹介しよう。それはY君の車イスによる本州縦断中の出来事だった。

Y「あれは、もうすぐ京都に入るという時だったかな。野宿したんですよ。まあ車イスの私にとっちゃ、バリアフリーの無い民宿より野宿の方が楽だし・・・」
私「フン、フン」
Y「するとね。“何しているんですか?”と聞いてきた男性が現れて、まあ私にとっちゃ“またか”と思ったんですよ。だって“青森から山口まで本州を車イスで縦断している”なんて言うと、必ず“どうですか?”とか訊かれて話が本州縦断の話で質問攻めになっちゃう」
私「わかる、わかる。私も“遠泳をやっている”というと質問責めで話が一方的になっちゃう」
Y「そうそう。それで“またか”と思ったから、“車イスで本州を縦断中で、今日はここに泊まります。で、あなたは?”って、聞かれる前に聞いてやったんですよ」
私「なるほど・・・」
Y「そしたらね。その男性が“私はこれから自殺しに行くんです”って言うからビックリ!!」
私「エエエエエエエエエエーーーーーーー!!!!!」
Y「それから話が聞く方と話す方が逆転して私が質問責めをした。“宜しかったらどんな理由で自殺する気になったか聞かせてもらえませんか?”と」
私「ウン、ウン」
Y「するとね、会社の失敗で自分が追い込まれて四方八方塞がりになり、もう生きていくことが出来なくなったので自殺するんだと・・・・」
私「会社の失敗? その男性の失敗ではないんだよね?」
Y「そうそう、まあ会社の失敗に自分も加担しているからと、その責任感からだと思うけれど、“少なくとも以前、私は銀行員でして、その辺の法律の少しは知っています。ちょっと問題を整理して解決してみましょう”と言ったんだ」
 そう、Y君はまっとうな銀行員だった。その辺の法律問題や障害者問題に関しては弁護士と対で渡り合えるほど詳しい。それでもY君曰く「銀行員を辞めて冒険家になったのは私の影響だ」と。。。。。
私「それから」
Y「まず共同経営だろうと会社の失敗にあなたが責任を負う必要は無いこと。またその会社が有限会社など、公的に認められた会社ならば、その会社にも責任が無いこと。それらを説明して“弁護士に相談した方が良い”とアドバイスしたんだ」
私「さすがだね。それでその男性は自殺を止めたの?」
Y「ウン、分かれる時に“自殺は止めた”と言っていた。それで京都の三条橋で会う約束をしたんだ」
私「そりゃ難しいなぁ~・・・」
Y「嬉しいねぇ~。“難しい”とすぐにわかる人に会ったのは初めてだよ。そう、天気もあるし、身体の調子もあるし、おまけに私の場合は車イスの調子もある。筋書きのないドラマだから“いつ”、“何処で”と聞かれるのが一番困る」
私「わかる! (遠泳で)よく新聞記者に“何時に何処へ到着しますか?”と聞かれ、“そんなのこっちだってわからない”と答えている。新聞記者でさえこういった企画の特徴を分かっていない」
Y「そうそう、それでも三条大橋を渡ったつもりではいるんけど、会えなかったな。もしかしたら私の渡った橋が三条大橋じゃなかったかもしれないし。。。。」
私「なるほどねぇ」

 こんな話で盛り上がって、夜はどんどんふけていく。。。。電車が無くならないうちに、仙台のホテルへと私は帰った。

石巻(被災地)の今

 7月1日(水)朝、青森海保などに津軽海峡横断泳の届を提出し、その足で石巻へ行く。毎年この時期になると津軽泳の下見の帰り、石巻に通うようにしている。2011年の3.11大震災、その後の被災地の様子が気になっているからだ。(当ブログ「被災地(石巻)に行ってきました。」をご覧ください)
 こんな時、スマホ(iPhone)は便利だ。青森から石巻までの短時間コースをパパッと出してくれる。一般的には新青森から東北新幹線で仙台へ。そこから仙石東北ラインで石巻に行くのが普通。ところが最短で行くのは新青森から東北新幹線で仙台に出るまでは一緒。ところがそこから東北本線で小牛田まで戻り、石巻線で石巻へ向かうというもの。
 iPhoneの指示に従って小牛田で乗り換える。すると列車は電車ではなく、ディーゼル車だ。しかも二両編成。単線で、主な駅で上り下りを交互に走らせるローカル線。一度こういうのに乗ってみたかった。ラッキー!!
 普通、座席は四人掛けのボックスシート。ところがこの列車は進行左に一人、右に二人掛けの三列シート。窓に沿った座席を除き、すべてが進行方向へ向いている。たまたま左の一人掛けには外人さんが座っており、右の二人掛けの窓側に私は陣取った。
 “ゴー”というディーゼルエンジン音と共に列車は動き始めた。田畑が近い。道が近い。電化ではないので電柱が無い。これが良い。家屋の軒先をかすめながら列車は“ゴットン、ゴットン”と進む。駅もローカルで、おそらく停車した多くは無人駅だろう。短い列車の旅だが多いに堪能させてもらった。

 石巻に着く。そこは小雨だった。折り畳み傘を持ってはいたが、その先はレンタル自転車で移動しようと思っていたため、レインコートを駅前のスーパーで買う。すでに石巻駅前には何があるか知っている私。毎年通っているからだ。一着138円也のレインコート。最安値の商品。
 駅前のレンタル自転車事務所で手続きを終えると、そのまま買ったばかりのレインコートを着させてもらった。まあリュックを背負ったままもあるのだろうが、袖のところで“ビリッ”と音がして手の指が外へ出た。『何だこれ、“使い捨て”ではなく、“使う前捨て”か?』と思ったほどだ。
 自転車に乗り颯爽と被災地へ行く。まずは門脇(かどのわき)小学校。ところが石巻の被災地では今、盛んに道路工事(かさ上げ)が行われて通行できる道路が制限されている。まあ自転車でラッキーだったことは、クルマでは入れない道路も入れることだ。難なく門脇小の前へ。

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震災の年(2011年7月1日)の門脇小

P7012217
今年(2015年7月1日)の門脇小

 門脇小から近いところに「がんばろう!石巻」と書かれた看板がある。震災直後に立てられたものだ。今では観光のポイントになっている。それが、、、、、何処だ??? 移ったのか? やたらと遠くにある。しかもどうやって行ったら良いものやら・・・・。犬を散歩させていたご婦人がいたので聞いてみた。
婦人「さあ、どうやって行ったら良いのでしょうねぇ~。工事のおじさんに聞いてみてください」

P7012218
工事だらけの石巻(被災地)

 地元の人でもこれだ。道路はあっちこっち工事だらけで、通行して良い場所、悪い場所がコロコロ変わるようだ。仕方なく「がんばろう!石巻」の看板が見える100m手前で道路工事のおじさんに聞いてみた。
おじさん「ああ、あすこに行くには、この道をずっと行くと信号がある。そこを左折してまたしばらく行くと、クルマの通れる道路に出るからそこを左折。すると看板まで戻れるよ」
 たかだか100m先の看板へ行くのに、1km以上も迂回して行くのか!!?? 100m先の看板には観光バスが止まっているので行けるはず。

P7010226
震災直後の看板(2011年7月1日)

Img_1004
今の看板(2015年7月1日)

P6051536
去年(2014年)、門脇地区は“立ち退き”が命ざれていた。しかし看板の前の家に住んでいたおじさん、「オレは立ち退かない」と言って看板を見に来る観光客へ“震災の語り”をしていた。去年はクルマで移動販売をしていたようだが今は居ない。。。。。

 小雨の中、リュックの中にあるカメラを使うためにレインコートを脱いだり着たりを繰り返す。すると外側の雨、内側の汗と相まってベタベタしたレインコートはボロボロに。。。。。。

 この日、あえて昼食を私は食べなかった。それは去年、こちらに寄った時に仲良しになった“かき小屋”のおばちゃんの所に行ってお昼を食べる予定だったからだ。(当ブログ「津軽の下見 9.かき」をご覧ください)

P6051564
去年(2014年)、仲良くなったかき小屋のおばちゃんら

 そのかき小屋に行きたかった。しかし見つからない。立ち退きで何処かへ移転したかな? とにかくテントの店舗だから移転も楽だったろう。

 何だか石巻は急激に変わった。それは今も進行形だ。「がんばろう!石巻」の看板の前で“語り”をやっていたおじさん、かき小屋のおばちゃん、今は何処に居るのだろう。元気かな?
 震災の復興で変わらなきゃならないが、そこで人までも変わってしまうのは寂しい限りだ。いや道路のかさ上げが終わって、人が住めるようになったら人も戻って来るのだろう。

Img_1006
2015年7月1日、道路かさ上げの高さ

 今年の石巻は文章で言うと“句読点”のような気がする。文章中の点や丸に意味は無い。しかし句読点の無い文章は読みづらい。復興のための句読点に違いない。
 レンタル自転車の返した時間が悪かったのか、午後3時過ぎの石巻駅前では居酒屋も食堂も開いていなかった。仕方なく駅前の、いや駅中の喫茶店でトーストとコーヒーを頼む。喫茶店の中で仙台行きの電車を待ちながら、トーストとコーヒーを平らげながら、雨と汗で濡れた服を着たままの状態で乾かした。

スゴイ奴がいたもんだ!

 今回、津軽泳の下見は急遽決まった。ここのところの通院と仕事で時間の折り合いがつかなかったからだ。戸井(函館)在住の漁師、Aさんに連絡を取ったのもギリギリで、しかもとんでもない時間。おそらく漁で居ないだろうから奥さんに話そうと思った。ところがAさんは居た。どうも海が荒れていて漁には出られないらしい。そこで勝手ながら私の都合の良い日にちと時間を話した。
A「その日(6月30日:火)は何だか汐首(北海道)から大間(青森)まで(直線で17.5km:津軽海峡の最も狭い部分)カヤック横断する人が現れて、その伴走をすることになっているんだ」
私「ヘー、そりゃスゴイなぁ~。でも何で汐首から大間何ですか?」
A「何でも北海道の北端から九州の南端まで歩くらしい。歩けない海はカヤックで渡るんだそうだ」
私「何だ、泳げばいいのに・・・・」
A「いやいやいや、汐首から大間へ泳ぐのは難しいだろう。ところでカヤックってどのくらいスピードが出るんだ?」
私「そうですねぇ、普通だったら巡航速度で3ノットくらいは出ますね。上手い人なら4ノットくらいです。(1ノット=1.852km/h)」
A「フーン、それじゃ泳ぐより速いなぁ~」
私「そりゃもう水泳では速い人でも2ノットくらいですので倍は速いですよ」
A「そうか。今日は(北海道)駒ヶ岳に登っているらしく、湯の川(函館)に泊まるそうだ。そして翌朝、歩いて汐首まで来て、そこからカヤックで渡る。何でもNHKがくっついていて、ウチの船にはNHKのカメラマンらが乗るんだそうだ」
私「ヘー、何時頃出るんですか?」
A「湯の川から歩いて来るから9時頃じゃないかな」
私「カヤックなら6時間くらいで渡れますかね?」
A「ああ、相手も“6時間くらい”と言っていたが、そんなものかね?」
私「おそらく自信があるからやるんで、そのくらいで漕げないと太平洋に行っちゃう・・・」
A「そうだな、大潮だしなぁ~。。。。だいいち明日の天気が良くなるのか。。。。」

(津軽海峡の潮予測はこちらをご覧ください)

 『9時から始めて6時間で終われば午後3時。それから(大間から)帰ってくれば(戸井に)午後5時か。。。。間に合うかな?』などと函館から青森に向かう列車の時刻表とにらめっこしながら私は考えていた。
 取り敢えず午前は函館海上保安部、午後はお役所関係、合間の時間をぬって宿(戸井ウォーターパーク)、Aさん宅へ行き、夜は青森に向かう予定でいた。

 6月30日朝、レンタカーは営業所の開く午前8時から借りように予約はしてある。函館駅前の営業所から汐首までクルマで約30分。9時の出発なら充分に間に合う。『よし、取材に行こう』と決めた。取材後に函館へ戻れば午前の海保に間に合う。。。。
 函館駅前のレンタカー事務所で手続きを済ませ、Aさんに電話したのが8時30分。
A「ああ、もう出ちゃったよ」
私「エー、出ちゃったんですか!!??!!」
A「湯の川を午前4時に出て汐首まで歩いて来て、8時前には汐首を出た」
私「ああ、出ちゃったんですか・・・・(ガッカリ)」
 急遽、回る順番を元に戻す。海保に行って、宿に行って、戸井支所(役場)に行って、Aさん宅に行って。。。。。。
 ムーイ(宿:戸井ウォーターパーク:旧名:トーパスビレッジ・ムーイ)の支配人、Nさんにお昼の焼きそばまでご馳走になって、午後1時に戸井支所へ向かう。その道すがら、Aさんの船が停泊する港の前を通過する。するとAさんの船がいつもの場所に停泊している。『エー、もう帰ってきたということは、失敗したのか!!???!!』
 そのままクルマでAさんの船の前まで行く。誰も居ない。電話をする。
私「もう終わったんですか?」
A「ああ、終わった。速かったなぁ~」
私「と言うことは、成功したんですか?」
A「ああ、成功した。3時間ちょっとで行ってしまった」
私「ヘー、スゴイなぁ~! 後で伺うので話を聞かせてください」

 戸井支所でご挨拶をしてAさん宅に伺ったのは午後2時過ぎだったろうか。
私「どんなコースを取ったんですか?」
A「いやぁ、“どうやって漕げばいいですか?”ってカヤックの人がオレに聞くから『そんなことも知らないのか』とビックリして、「取り敢えず函館山を目指せ!」と言ったんだよ。かなり登ってから大間に向かわせた。。。。。」
私「そうでしょうねぇ~。直接大間に向かったら太平洋へ行っちゃう。。。。
でもそのレベルで来たんですか? ちょっと恐ろしい話でもあるなぁ~。。。。
それに湯の川に泊まったなら、そのまま湯の川から出た方が楽だろうに。。。」
A「いやぁ~、それじゃ(津軽海峡)最短距離の“汐首~大間”にこだわりが無い。やはり“汐首から大間”が重要なんだと思う」
私「ヘー、そんなもんですかねぇ・・・・」
A「3.8~4ノット(時速7kmくらい)は出たな」
私「やはり上手な人だったんですね」
A「忍者も出た」
私「エッ? 忍者??」
A「ハハハ、最近流行りの“ドローン”だ」
私「ああ、NHKの人たちが使ったんですか?」
A「そうそう、無線操縦で上手いもんだったよ」
私「フーン・・・・・・・・」

 この日の天気は曇り時々雨。加えて無風だったのが幸運だった。ちなみに泳ぐ場合も“ピーカン”の晴天より曇りの方が良い。おそらくカヤックでも同じだろう。昨日までは大荒れだったのに、カヤッカーが渡る時だけ後押しをした。更にAさん曰く「大間で別れてから戸井に帰るまで荒れた。。。。。」。
 やはり『ラッキーな奴(32歳男性)はラッキーだな』と思った。

 Aさんとの話は尽きない。それでも私は今日中に青森へ行かなければならない。午後4時過ぎにAさん宅をお暇し、レンタカーで函館駅前営業所へ戻った。
 さて、この時の模様は8月1日午後9時よりBSNHKで放送されるようです。宜しかったら観てください。

6月29日 事件

 毎年この時期になると青森と函館(北海道)を私は巡って来る。目的は津軽海峡を泳いで渡るための下準備。すなわち海上保安部、お役所関係に届を提出してくるのだ。船頭さん、宿へもご挨拶を伺いに行く。
 今までいろいろな行き方をしてきた。時間に余裕のある時はバスで行ったりクルマで行ったり船で行ったり。。。。飛行機で行ったこともあるが、今回は新幹線。時間にあまり余裕がない。
 6月29日(月)、午前にいちおうの仕事を済ませ、お昼過ぎに函館へ向かう。

 函館へは北海道新幹線がまだ開業しておらず、新青森から在来線の特急「白鳥」に乗り換える。この「白鳥」の中で事件は起こった。
 新青森で新幹線から特急「白鳥」に乗り換えると席に座ってリュック、お土産、帽子を置く。すると車内放送が入った。
放送「出発まであと5分の停車です。尚、この列車には車内販売がありません。あらかじめご了承ください」
 『エッ、この列車の中で夕飯を食べようと思っていたのに・・・』。そう思うとリュックから財布だけ出して弁当を買いにダッシュした。何と言っても私の乗った2号車はエスカレーターに最も近く、エスカレーターの上がったところにはKIOSKがある。エスカレーターをポンポンと駆け上がり、弁当とお茶を買うと上ってきたエスカレーターをダッシュで駆け降りる。すると「白鳥」は私の眼の前をゆっくりと走り出していた。「エエエエエエーーーーーー!!!!!」
 断っておくが列車から降りて弁当とお茶を買い、戻るまで3分。多めに見積もっても4分と掛かっていない。『何だ“5分”と言っていたじゃないか!』と思っても後の祭り。手には財布と弁当とお茶があるだけで、キップも土産も帽子もリュックもみんな乗せて「白鳥」は行っちゃった。。。。。。
 慌てて駅員に言う。その駅員が「事務所に行って説明してください」と言うので今度は事務所へダッシュ!

 事務所の駅員に事情を話し、「青森(次の駅)で荷物を降ろしてください」と頼む。駅員は時計を見ながら「無理だな。荷物はそのまま函館まで行っちゃうな」と言う。『待ってくれよ。リュックの中にはクレジットカードなど貴重品も入っているんだよ』と思いながら
私「車掌に言って、途中で保管してもらうとか出来ないんですか?」
駅員「無理だな。列車は途中から営業区間がJR北海道に変わるから」
と、訳の分からない回答。取り敢えず分かったのは、その駅員に誠意がないということ。誠意のない駅員にいくら言っても埒が明かないので、運を天に任せるしかなかった。
駅員「次の列車に乗ったら車掌に事情を説明してください。キップは函館で回収します。あ、それから次の列車が最終だから乗り遅れないように」だって!
フン、余計なお世話だ!
 事務所を出て待合室へ。そこで荷物の不安を抱えながら弁当を食べお茶を飲む。

 最終の「白鳥」に乗る。営業区間がJR北海道に変わったころ、JR北海道の若い車掌が「乗車券を拝見」と言ってやって来た。そして今回の顛末のすべてをこの若い車掌に話した。すると
車掌「エッ、新青森の対応ってそんなですか? 何も私は聞いていませんよ。普通だったらそういう乗客がいることを前もって連絡があるはずなのに」
と怒り出した。
私「おそらく普通じゃないんですよ」
車掌「・・・・青函トンネルに入ると連絡が取りづらくなるので、出たら函館の駅に聴いてみます」

 列車が青函トンネルを出た頃に再び若い車掌が現れて
車掌「お客さん、ありましたよ。函館の駅で預かっています。中身も大丈夫なようです。ご安心ください」
とわざわざ言いに来てくれた。そして
車掌「今回の一件は私からも上司に報告しておきます」
と付け加えられた。
 実際、函館駅の改札に私の荷物が置いてあり、中身を確認してすべてあることが分かった。
 まあ“めでたし、めでたし”ではあるが、この時『日本で良かった』と心の底から思った。これが海外なら、、、、、、おそらく列車が函館に着くまでに私の荷物は影も形も無くなっていただろう。。。。。確かに日本は“安心な国”なのだ。
 それとJR北海道の若い車掌に感謝!!!

景気が良いのかな?

 現在、我が家を中心に半径100m以内で、10軒ほどの家屋が解体、新築、改築、増築を行っている。直近では我が家の前の戸建て、お隣のマンションだ。前の家は木造だったので解体は早く、今は更地になっている。ところがお隣のマンションは鉄筋なので壊すときからもうたいへん。カニの爪のようなアームを持った重機が入って壊していく。いちおう組まれた足場に“防音シート”なるものをかけて囲ってはいるが、このシート、ホロに毛の生えたような代物。“防音”なんてどこ吹く風でけたたましい。時折、“ドスーン、ドスーン”と何かで地面を叩く音がして、その度に我が家は震度3程度の地震が発生する。築30年近くになる我が家、壊れるのではないかと心配するくらい。。。。。
 解体の工期は6月いっぱいなのでまもなく終わるが、もう約一ヶ月も続いている。その後は戸建ての家屋が何軒か建てるらしい。その時はまたうるさくなるのかな?
 ただ、マンションの背が低くなるにしたがって我が家は明るくなった。『マンションが無くなるとこんなに窓から光が入るのか!?』と感動するほど。。。。。それに今まで見たことのない角度から我が家が見える。『フーン、マンションが無くなると我が家はこんなふうに見えるのか』と。。。。。。。
 いずれにせよ解体が終われば新しい家屋を建てるので、この眺めもそれほど長く続くことはないと思うが、、、、、、、、

 ちなみに我が家の近くでは区画整理で新しい道路を造っているし、“耐震工事”とか言って古い水道管を新しくしている。それにこれは水道管だけでなく、太い管にライフラインのいろいろなものが入るらしい。つまり工期が長い。すなわち、我が家の周囲は工事だらけ。。。。。。
 昼間、我が家の前の道はお隣のマンション工事のため通行止めになっている。そこでクルマで出掛けるには工事関係車両をどけてもらって、一方通行をバックで逆行して出て行く。しかし出たは良いが、あちらこちらで工事中の通行止めが行われており、あっちこっち迂回して行かなければならない。それはまるで迷路のようで、どこからか入って来たクルマが迷っている。。。。。
 ある程度分かっている地元の私でさえ仕事に向かう本道に出るまでたいへん。忘れ物などゼッタイに出来ない状態である。
 おそらく数年後には我街が大きく変貌していることだろう。それにしてもこの家屋が解体、新築、改築、増築を行っている数の多さは何なのだろう。景気が良くなったのかな? それにしては我が家にはちっとも巡って来ないが。。。。。

6月23日 ストレス解消になったかな?

 ここのところ“通院”と呼ぶ名の回転の悪い歯車が私の生活の中に加わってから、時間的、経済的に歯止めが掛かってしまい、どうも精神衛生上宜しくない。このストレスを発散するため、今日は仕事も通院もオフにしてちょっと刺激的な体験を求めて家を出た。
 ちなみにあまり高いところを好まない私。その割にニューヨークでエンパイヤ・ステートビルや新宿にある都庁の展望台にも上がっている。しかしそのほとんどは遠くを眺めるためで決して下は見ない。
 たまたま我が家からあまり遠くない場所に“東京スカイツリー”がある。今日はそのスカイツリーをメインに東京の下町散歩をしたので写真と共に紹介しよう。

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まずは両国へ。(両国国技館)

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国技館前にある水上バス乗り場へ。

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両国の発着場から

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こんなリバーボートに乗って

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隅田川を下り

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スカイツリーに最も近い場所で降りて、そこからは徒歩

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スカイツリーの下まで来ました。見上げるとさすがに高い!

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上からの眺め(隅田川は左、右に荒川が見える)

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通勤路は荒川沿い。四ツ木橋など見えるが、意外に近いのでビックリ!

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最高到達点まで来たぞ!(ニューヨークでもそうだったが、ここに一番近いトイレでウン○をしてやった。下まで落ちるのにどのくらい掛かるか?)

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スカイツリーの影。もちろん腕を伸ばして撮影。夏至に近いしお昼に近いし、、、最も短い影かもしれない?)

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スカイツリーのお隣にある
すみだ水族館へ。(海に行けばよく見るミズクラゲだけど、光によって綺麗に見える)

P6232175
こんな色になったり。。。。。。。。

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ペンギンの赤ちゃん。(生後44日目だそうだが意外にデカイ!)

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ご両親かな?

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オットセイの散歩

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スカイツリー下から発着する水陸両用バスへ

Amphibian-amphibious bus

 ウ~~ン、、、、やはり水関係ばかりになった気もするが、これで発散されたかな??

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