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シリーズ「人と決まり」 6.裁判員制度(死刑は反対)

 2009(平成21)年、裁判員制度が生まれた。そして同年、いや前年かな? 裁判所から裁判員候補の登録通知が来た。どうやら選挙管理委員会がくじで私を選んだらしいが、『人が人を裁くなんて到底できない』と考えていたので辞退したかった。しかしこれといって明確な事態事由もなく、結局は一年間、裁判員候補とあいなった。どうやらこれは国民の義務のようで、くじで当たった人はほとんど裁判員候補になるようである。
 それにしても何で私になんか当たったのだろう。知人には裁判員になりたくてウジウジしている人もいるのに。。。。そういう人がやれば良いのに。。。。とにかく裁判員制度が始まって初めの裁判員候補である。まあ何とくじ運の強いこと。。。。今、考えると宝くじを買っておくべきだった。。。。。。
 何はともあれ呼出状(選任)が来れば裁判所に行かなければならない。しかもその裁判は“重い刑事裁判”と聞く。人の一生を左右する裁判だから、余計に気が重くなる。
 結果から言えば裁判所からの呼出状は来なかったので裁判員にはならなかったが、『もしなったら』と考えて自分なりに刑法を勉強した。
 『人を殺してしまった』を例えて浅学菲才の身でだが紹介しよう。

  • 殺人罪:人を殺そうと思って殺した。つまり故意による殺人。最悪なのは“身代金目的、誘拐、殺人”など。刑は死刑又は無期若しくは5年以上の懲役。
  • 傷害致死罪:ケンカなどして腹を立て、『ケガくらいは負わせてやろう(暴行)』と思ったが、打ち所が悪くて相手が死んでしまった。刑は3年以上の有期懲役。
  • 過失致死罪:クルマを運転中に思わぬところから歩行者が飛び出して、交通事故で相手が死んでしまった(業務上過失致死罪)。刑は5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金。(過失致死罪のみは50万円以下の罰金)
  • 正当防衛:夜道を歩いていて、痴漢が来て、相手を殺さなければ自分が殺されていた。刑は無罪。
  • 勲章:自国のために敵国の兵士をたくさん殺した。(自国のために活躍した)

 いちおう刑の重い順に並べた。また最後の“勲章”は1947年のアメリカ映画、「殺人狂時代(製作・監督・脚本・主演チャールズ・チャップリン)」をちょいとばかり思い浮かべたからだ。まあ“ジョーク”と思って欲しい。
 ただこの映画、内容はチャップリン演ずるアンリ・ヴェルドゥが殺人を繰り返し、裁判で処刑台に上がる直前に「大量殺人者としては、私などアマチュアだ」、「戦争でより多くの人を殺すプロは英雄として勲章をもらい、通常で少しの人を殺すアマチュアは犯罪者として死刑になる」、「殺人はビジネス、小さい規模ではうまくいかない」などの言葉を残す。
 この映画の作られた時代は第二次大戦直後であった。圧倒的物量で勝利したアメリカではあったが、かなりきつい“ジョーク”だと思う。
 さて、刑事事件(相手が死亡した)では裁判で当事者に殺意があったか、殺意は無くともケガくらい負わそうと思ったのか、まったく偶発的な事故なのか、相手を殺さなければ当事者が殺されたのか、この辺が論点になる。
 ちなみに刑法上に「人を殺してはいけない」という法はない。殺してしまった場合、どういう意図で殺したのか、それによって刑が極刑から無罪まで存在する。
 まあ「人を殺すと大変だよ」という抑止力のつもりなのだろうが、大泥棒として油による釜茹での刑になった“石川五右衛門”は、辞世の句に「石川や浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ(海辺に無数にある砂がなくなっても、世の中に泥棒がいなくなることはないであろう)」と詠んだ。つまりどんな抑止力にも利かない人はいるということだ。
 さて、裁判員裁判はいわゆる抑止力の利かない人。つまり刑事事件としては重いものを行う。最近で言えば“地下鉄サリン事件(199年)”に関与したとして、殺人罪などに問われたオウム真理教元信徒・高橋克也被告(56)の裁判がそれだ。
 まあ考えただけでも気が重くなる。いずれにせよ無罪にはならないだろう。
 これと同じくらい気が重くなることがある。例えば殺人罪で捕まった被告人に出た判決に対して、「あんなの死刑にすればいいのよ」という意見。更にそれに同調する一般人。被害者の親族になったつもりなのかもしれないが、簡単に「死刑」という言葉を平気で出す心理。“ドキ”っとして「本気かい」と気が重くなる。
 言っておくが「死刑」は“合法的殺人”である。被告人がどんな重罪をしようとも、無抵抗な被告人に対して殺意ある殺人を“処刑”という名でするのである。刑事上で視れば極刑に処する行為である。
 やはり死刑は良くないと思う。「懲役200年の刑」とか「300年の刑」とか。。。こちらの方が気が楽だ。特に死刑執行人に対しては気が楽になるだろう。
 ちなみに日本では自ら命を絶つ自殺行為でさえ刑事上では“殺人”とされ、認められていない。
 ただホスピスに入るような末期患者、あるいは末期患者の親権者が望むなら“安楽死”は「有り」だと思う。
 今日はちょっと重い話題になったが皆さんには考えてもらいたくてあえて出した。

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