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わくわく、どきどき、台風の目。

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温故知新(おんこちしん)

 温故知新(おんこちしん)、古きを訪ね、新しきを知る。クルマを運転中にラジオからそんな言葉が流れた。それは吉田松陰(よしだしょういん)の名言である。

   夢なき者に理想なし、

   理想なき者に計画なし、

   計画なき者に実行なし、

   実行なき者に成功なし。

   故に、夢なき者に成功なし。

 まさに江戸時代の三段論法だろうか。
 吉田松陰は幕末の動乱期、後に明治維新を打ち立てることになる多数の門下生を輩出したことで有名な私塾、「松下村塾(しょうかそんじゅく)」で講義した教育者である。今でいうと、松下電器(現:パナソニック)の松下幸之助がその晩年に、次代の国家指導者を育成すべく作った松下政経塾(まつしたせいけいじゅく)に似ているが、まったく別物である。
 しかし国家指導者を次代に多数輩出したという点では似ている。ただ特に「狂」という言葉を前面に出した松陰は、今の時代でも“受け入れられない”教育者なのだと思う。
 「夢」という言葉を投げかけてみると、「現実ではないから夢なんだ」という日本人が多い。どちらかというと「夢を追い掛ける」という行為に対しては批判的な連中だ。そして彼らはそれが正しいと思い、「出る釘は打つ」という行為を好む。まあそれが日本人の特徴のような気がする。それでいながら子どもたちには「夢を持たせる」ことを“良し”としている変な国のように思う。
 どこかの国の格言に「人生の半分は親によって壊され、残りの半分は子どもによって壊される」と聞いたことがある。日本の良い子は「親の敷くレールに乗った子」、「社会の敷くレールに乗った子」だと思う。ところが現実の子どもは親や社会のレールに乗りたいと思っていない。この辺のギャップが「現実ではないから夢」と言う大人の増加にもつながっているように感じる。だから親と子の立場が変わると“壊される”と思うのであろう。
 ちょっと前、私の大嫌いな言葉が流行った。それは「勝ち組」とか「負け組」とかである。何に対して勝った(負けた)のか。勝敗が出る以上、相手がいるということだ。どうやらそれは経済的に儲けた人を“勝ち”と言い、儲からなかった人を“負け”と言うようだ。それなら私は負けである。
 自信を持って「負け」と言える。だが幸せである。自信を持って「幸せ」と言える。皆さんのお世話になって、自分の夢に向かって進むことの出来る有難さ。お金はほんの少ししか無い。だがまさに「我が人生に悔いはなし」。
 「夢なき者に成功なし」。目の前のちょっとしたお金(経済)に左右され、少しのお金を稼いで“勝ち”とするならば、それは「不幸」と言わざるを得ない。
 まあ松陰が社会から批判的であったように、私の考えにも批判的な意見が多いと思う。だがおそらくその多くの方々に夢(銭稼ぎが夢な人を除く)は無いと思う。

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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

「人生の半分は親によって壊され、残りの半分は子どもによって壊される」というのは
なんだか考えさせられる格言ですね。
たまたま今読んでいる本「愛するということ」(エーリッヒ・フロム著)にも、
現代の平等思想=画一化され、働かせやすい人間を作りたがる、
というようなことが書かれていて、
すごく噛みしめながら読んでいたところでしたので
toraさんのこの記事、とても胸に染みました。

ホシノさん、いらっしゃいませ~☆
日本の平等思想、時折『おかしい』と思います。
たまたま障害者が側に居るものですから考えさせられる時があります。
これも近いうちに公開しようと思います。
でもちょっと表現が難しいので時間が掛かります。
しかしいつか必ず。。。。。

toraさん、こんばんは。

文面の途中で「現実でないから夢なんだ」と思っている大人が増えている・・・とても寂しいことだと感じます。

夢には少なくとも希望という光があります。 夢は希望の延長上にあることだと思いますし、夢のない世界なんてつまらないと思うにです。

私も「勝ち組」「負け組」という言い方好きになりません。勝つか負けるかということは本人にしか分かりませんし、1つの尺度で決定出来る訳でもありませんしね。 

「夢なき者に成功者なし」は言えるかも知れませんが、私的には「夢なき者に希望なし」の方がスッキリします。

omoromachi先生、いらっしゃいませ~!
希望ですか。。。。
昔、岸洋子さんが「希望」(作詞:藤田俊雄 作曲:いずみたく)を歌っていましたね。
http://youtu.be/mzHqDtcPBvw
↑↑YouTube
けっこう私の好きな曲です。
しかしこの中の歌詞の一部にこんな一節があります。
♪けれどあたしが大人になった日に 黙ってどこかへ 立ち去ったあなた♪
この“あなた”は希望ですが、日本の一般成人はだいたいこのように感じているのではないでしょうか?
若い(子ども)頃にあった希望が何処に行ってしまったのでしょう?
夢や希望を奪う国の政策、特に日本はそう思います。
日本には古くから“村八分”という言葉があって、流向でもそうですが、その流れに乗っていないと“変”と思われる。
つまり「赤信号、みんなで渡れば怖くない」と同じです。
ホシノさん☆もおっしゃっていたように、画一化されていってしまいます。
ホシノさん☆がお読みになっているご本「愛するということ」は確か1950年代にドイツのエーリッヒ・フロムが書かれたものと記憶しています。(間違っていたらごめんなさい)
タイトルと内容はちょっと結びつかない記憶があるのですが、あいまいですいません。
いずれにせよ夢も希望も当時のドイツからは得にくかったかと。。。
しかし苦難に打ち勝っていくのは夢とか希望ですよね。
震災後の被災者を見ていてそう思います。
夢も希望も具現化させていかなければ。。。。
そしてそれを批判するのではなく、後押ししていく方々が増えなければ。。。。
そうならない理由の一つに“勝敗で育てられた”というのがあると思います。
順位が好きな日本人もあるのでしょう。
これは私自身の何処かにもある「人を蹴落としてでも上に上がりたい」という気持ちです。
余裕がないんですね。
何だかダラダラと長くなって上手く表現できないのですが、諸外国に出て夢の話をすると多くの友だちは後押しをしてくれます。
例)希望「海を泳ぎたい」⇒日本の海上保安部「危険だからやめろ」
海外の海軍省など「安全は俺たちが守ってやるから成功するよう努力せよ」
希望を具現化しようとしている者はどちらの声がありがたいでしょう。
すいません。ブツブツと長くなって、、、、この辺にしておきます。

日本人は草食民族・・・現代は肉食系も増えましたが。
魚でも弱い種は一団となって身を守る習性があります。
草食系の日本人は皆一団となって守って来たので
皆と違う人は 「出る杭は打たれる」事になったのでは?と、
思っています。
白人社会は肉食系ですから、一匹オオカミ的に、個人での行動が
多いいですね。でも やっぱり村八分的な事はあると思います。

最近の日本の若者たち、ボランティア活動に多くの参加が・・・とテレビ報道、
嬉しい事です。
夢の無い人生は寂しいですね。
幾つに成っても若者だけでなく夢を持ちたいですね~。

マーチャン、いらっしゃいませ~♪
はい。確かに農耕民族と狩猟民族では流れている血のDNAが違っているかもしれません。
農耕民族では「せ~の」で一気にやらないと上手い具合に収穫することが難しかったでしょう。
また狩猟民族では弱肉強食ですから強い者がリーダーになったでしょう。
詳しくは分かりませんが、農耕民族というとアジア系の感じがし、狩猟民族と言えばヨーロッパ系の感じがします。
まあこの感じが「正しい」と仮定して、omoromachi先生のお返事にも書いた
例)希望「海を泳ぎたい」⇒日本の海上保安部「危険だからやめろ」
海外の海軍省など「安全は俺たちが守ってやるから成功するよう努力せよ」
の海外とはマレーシアです。
そう、1974年、初の海外旅行はマレーシアだったんですが、目的はマラッカ海峡の横断泳(インドネシア⇒マレーシア)です。
最近はずいぶん変わりましたが当時の海上保安部はとても官僚的、支配的、排他的でした。
おそらく海が好きで海の仕事がしたくて海上保安部へ就職したのでしょうが、いつの間にか「危険だからやめろ」となり、失敗すれば「だから言わんこっちゃない」と言われ、成功しても「失敗したらどういうつもりだったんだ」となります。
同じ海を愛する者として、とても悲しい思いをしました。
やめるのは簡単です。
でも危険とわかったなら、どうしたら安全に出来るか考えるのが人間の英知だと思います。
まあそういう意味では海上保安部に私、かなり鍛えられたと思い、今では感謝しています。
マラッカの翌年に障害児と津軽を泳いでいるのですが、新聞などにどう叩かれたか、当ブログの
海上保安部
http://trudgeon.moe-nifty.com/blog/2012/08/post-cc9b.html
でもご覧いただければ幸いです。
同じアジアで、おそらく同じ農耕民族で、方や出る杭は打ち、方やフロンティアスピリットがあるのは不思議でした。
まあマレーシアは長くイギリスの植民地になっていたのでその結果かも???
エベレストを80歳で登頂したプロスキーヤー三浦雄一郎さんは、
「老いは怖くない。最も怖いのは夢が無くなることだ」
と言っています。
幾つになっても夢は持ち続けたいと思います。

 tora さん:

 夢は?と聞かれるとむむむ・・・となってしまいます。以前はあったのですがね。
今は、健康で、目の前にある状況を毎日丁寧にとりくんでいくことがそうなのかもしれません。
 前提になるものとして平和というのがあります。平和も人それぞれ考え方が違っていますよね。でも、戦争が無い状態を平和だと言いたいです。「積極的平和主義」とことばを言い換えるのがうまい人がいます。「他国で武力を使う平和」と素直に言えばいいのに。

 希望ということばが好きです。特に苦境にあるときにこそ、希望はいつも隣にいるのだと思います。
 魯迅の『故郷』という小説の最後に「もともと地上に道はない。人々が歩くとそこが道になる。希望も同じだ。(この場合こどもが希望だと示していたと思いますが)」という趣旨の文章があります。
 何の根拠がなくとも、持ち続けることで希望は存在するというのを私は確信しています。そうやって実際に厳しい時を乗り越えられたからです。

 みなさん、希望をもちましょう!

campus cat 55 さん、いらっしゃいませ~♪

> 苦境にあるときにこそ、希望はいつも隣にいるのだ

イイこと言いますねぇ~~~~~~~~~~!!!!!!!
この言葉、ちょっと使わせていただいてイイですかねぇ~~??

“平和”かどうかはよく分からないのですが、「揺り籠から墓場まで」と呼ばれるように進歩した北欧では若者たちの自殺者が多いようです。
くしくもパキスタンのマララ・ユスフザイさんが史上最年少の17歳でノーベル平和賞を受賞しましたよね。
タリバンの暴力にも負けず、命を懸けて子どもの教育、特に女の子の教育の重要性を説く彼女。
日本では教育を受けるのが当たり前とされていますが、その当たり前がない国々。
映画「世界の果ての通学路」にも出てきますが、
http://www.sekai-tsugakuro.com/
苦難に満ちた通学路の方が夢や希望が多く見られるような気がします。
進歩の果てに自殺する若者たちと、未開発が故に多く見られる子どもたちの夢や希望。
どちらが幸せですかね?
>  何の根拠がなくとも、持ち続けることで希望は存在するというのを私は確信しています。そうやって実際に厳しい時を乗り越えられたからです。
素晴らしいです!!!
きっとご苦労されたんですよね。
でもその苦労は苦労とも思わずにただただ必死になって乗り越えて来られたんだろうなと想像します。
「大変だったねぇ~」とは私の口癖です。
その大変の向こうにある希望を見て欲しいからです。

ちなみに暴力(戦争も含む)は馬鹿者の行為です。
尚、この暴力には「言葉の暴力」も含みます。
その裏には、夢や希望の無くなった者たちの成れの果てのような気がします。
ホントに皆さん、夢や希望を持ちましょう!!!

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