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わくわく、どきどき、台風の目。

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2014年6月の記事

2002年6月30日 ドーバーシミュレーション、アイランド 2-way relay swim

 これは2002年にキンちゃん、湘南の主さん、泳ぐドクターO(オー)先生ら6名がリレーでドーバーを泳いで渡るためのシミュレーションスイムでした。データは見つけたのですが、写真が、、、、、たぶん開けずの古いパソコンの中です。データのみでごめんなさい。

<記録>

  • 1st leg: 片瀬西浜 01:26 ⇒ 城ヶ島 08:01 = 6時間35分
  • 2nd leg: 城ヶ島 08:01 ⇒ 片瀬西浜 16:05 = 8時間04分
              合計    14時間39分

<データ>
    波浪:0.5~1.5m
    水温:18~22℃
  気温:19~26℃
  天候:雨のち曇りのち晴れ
  風:最大8m/sec程度

2004年6月29日 キンちゃんの熱海(網代)~初島間 4-way solo swim(写真集)

 この頃、キンちゃんの海練習ホームゲレンデは静岡県熱海市の初島~熱海(網代)間でした。その頃の海練習で懐かしいのですが、データが古いパソコンにあって、例によって私が古いパソコンを開けたくないものですからデータがありません。どうぞ写真だけ(当ブログ「2004年6月29日 熱海(網代)~初島間(写真集)」参照)でもお楽しみください。

津軽の下見 9.かき

 6月5日(木)7時起床。今朝は少しゆっくりできる。夕べも酔っ払って帰って来て風呂にも入っていない。朝風呂に浸かってサッパリしてホテルの朝食バイキングに行く。相変わらず「お昼の分まで喰ってけー」という感じで和食、洋食の順で二人前以上は食べる。とにかく大食漢の私である。
 9時半にホテルをチェックアウトすると、仙台駅前33番のバス乗り場へ行く。10時17分発の宮城交通高速バス仙台石巻線で石巻まで行くのだ。前方右窓側に座る。震災後の海岸沿いを見たかったからだ。しかし残念ながらいつの間にか眠ってしまった。満腹感がそうさせたのか?
 バスはほぼ定刻通り11時40分頃に石巻駅前に到着した。これから被災地の視察だ。主目的は“津軽の下見”で“被災地の視察”副目的なのだがホントのところはどうか??? 取り敢えず帰りは石巻駅前22時10分発の新宿高速バスターミナル行き夜行バスに乗るのでそれまでは自由時間。さっそくデジカメと財布をリュックから取り出し、それ以外は全部駅構内にあるコインロッカーへ入れて身軽になる。
 駅前をちょっとキョロキョロすると、“レンタサイクル”の文字が見えた。2時間800円、4時間1,000円、1日(営業時間内)1,500円也。まあ営業時間は午後8時までだが4時間も借りれば充分だろう。『ならば早目のお昼を食べよう』と、駅前の喫茶店でトーストセットを頼む。そんなに空腹感はなかったからだ。
 お昼も食べ終わった12時半頃、レンタサイクルの営業所へ行くとカーテンが閉まっている。『ン?』と思ってよくよく見ると、“昼食時につき休業中”の文字が。。。。。何ともノンビリしていることだろう。。。。。仕方なく駅前のスーパーに入る。けっこうスーパーに行くのが私、嫌いではないのだ。すると入口に“本日のお買い得品”として「きゅうり5本入り135円(税別)」で売っていた。帰り、お土産に買って帰ろう。最近、モロキュウに凝っているのだ。東京のスーパーでは安くても3本100円くらいだ。
 スーパーで500mlの水(65円也)を買ってレンタサイクル屋さんへ。自転車はいわゆる“ママチャリ”で、前籠にデジカメ、財布、水を入れると被災地へと走らせた。これで午後5時頃まで私はサイクリストだ。

 初めて石巻に訪れたのは2011年7月1日(このブログ“被災地(石巻)に行ってきました。”参照)だった。その時のショックと言うか、衝撃が大き過ぎてそれから毎年通っている。被災地がどのように変わっていくのか、『この眼で確かめよう』と思ったからだ。去年は8月22日(当ブログ“8月22日 東北三県(被災地)を巡ってきました。”参照)に行った。だがその時から「何も変わっていない」というのが今回の感想。

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お寺は残ったが壊れている。。。。。

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お墓はまだまだ倒れたままのものが多い。。。。。

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一番気になっていた小学校。どうやら建て直すようだ。。。

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残った家屋。しかしここ門脇(かどのわき)地区はもう住めなくなっている。

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しかし住んでいる人もいる。どうやらクルマで販売をしているようだ。

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その家屋の前に出来ている。。。。

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津波の高さは6.9m。

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津波後の写真が貼ってある。

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復興資材はあるようだし、

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復興の構想もあるようだが、、、、

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この震災を後世にもつなげなければ。。。。。

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きっとここから流された人がいたのだろう。。。。。

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忘れてはいけないことだ。

 3時間くらい回ったところでお尻(股間:自転車のサドルに乗る部分)も痛くなってきて少し休みたくなった。すると“かき小屋”という文字が眼に入ってきた。『ン? 今時に“柿”? “牡蠣”?』と思ってその文字のところへ行くと、“小屋”というよりも“テント”というか、畑にある“ハウス”のような蒲鉾型(?)、ドーム型(?)の建物があった。『中身は何だろう』と覗いてみると、、、、、

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かき小屋って何だ?

 それは牡蠣を焼いて食べさせる店舗だった。そのかき小屋の中にはお姉様が二人いて「牡蠣食べ放題ですよ」と言うが、そんなに空腹感は無いし、その後に食べる予定がある私、「いやぁ、そんなに食べられない」と答える。「8個もありますよ」とお姉様は押してくる。「いや、8個も食べられないんじゃないかなぁ~」と答えると、「大丈夫ですよ。食べ放題では40個くらい食べる人もいますから」と更に押してくる。「では8個を食べようか」と中に入ることにした。すると「前金制で炭代300円、牡蠣8個で1,000円です」と言う。「生ビールはありますか?」と聞くと「生中450円です」とのこと。『確かキンちゃんが以前に牡蠣の食べ放題に行っているなぁ~。それをこのブログにも紹介したことがあったなぁ~』と思い出していた。その時はいくらだったかなぁ~・・・。(当ブログ「1月28日 牡蠣食べ放題」参照)
 季節外れと思っていたが、お姉様たちは「今頃が一番美味しい」と言う。『ま、いっか』と思いながら焼けた牡蠣の殻の剥き方などを習う。店舗の中でのお客さんは私だけ。お姉様たちは私の側から離れようとしない。そこでいろいろと話が始まった。
 どうもお姉様たちは私がママチャリで来たものだから『地元の人』と思ったらしい。「いや、東京から来たんだ。被災地が気になってね、毎年今頃になると石巻に来るんだ」と言い、それから津波の話になった。どうやらお姉様たちこそ地元の被災者なのだ。
 一人のお姉様は津波で家屋ごと流されて「未だ仮設に住んでいる」と言う。もう一人のお姉様は「家は流されなかったが使い物にならなくなったので建て直した」と言う。
 それから津波直後の話になった。水産加工場が流されて、冷凍保存されていた魚類が融けて流れて悪臭を放していたようだ。そして栄養タップリに育ったハエはハチより大きくなったらしい。役所ではそのハエの捕り方としてペットボトルを使った仕掛け作りを教え、実際にそのペットボトルの中が『炭が入っているの?』と思うくらい捕まるらしい。そして『このペットボトル、何本も溜まっちゃったけれど何処で処分するのぉ~!』と思ったらしい。(「<東日本大震災>職員考案「ハエ取りペットボトル」が効果」参照)
 いつも私は門脇(かどのわき)地区を周っているが、「門脇ではもう家を建てることは出来ない」と言う。そして「道一本挿んで向こうは家を建ててはいけなくて、こっちは家を建ててもいい。その差は何処から来るの」と言っていた。まあ行政とはそんなものだ。
 そんな話を聞かせてもらいながら私はビールをもう一杯注文した。そして、彼女らの願いは“緊急避難路を作ること”だそうだ。そんな住人たちの意向を国は何処まで理解しているのだろう。。。。。

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張り切って働くお姉様たち

 かき小屋を出ると私は駅に向かって自転車を走らせた。自転車の返却後、お姉様たちが教えてくれた「きゅうりは駅前のスーパーより農家で買った方が新鮮で安い」で農家を捜した。駅前の商店街ではお肉屋さんでもきゅうりを売っていて驚いたが農家は見付からなかった。諦めて駅前のスーパーできゅうりを買い、私はどうしても行きたかった駅前の居酒屋“魚民 石巻駅前店”に行った。
 “魚民”なんて全国チェーンの居酒屋で有名だが、2011年に来た時に開いている居酒屋というか、食事が出来るお店が“魚民”しかなかった。おそらく被災直後から開けているのだろう。そこは“全国チェーン”の力で物流を何とかした営業努力が見え隠れした。そしてそこにはボランティアたちのお腹を満たすのに活躍していた。それに感心していたのでどうしても私は“魚民”に行きたかったのだ。ところが実際に入ってみると、、、、、お客さんの数もめっきり少なく、働いている人たちも2011年ほど覇気があるように思えなかった。ちょっと残念。
 大ジョッキ一杯飲んで焼き魚を食べると早めに魚民を出て、この原稿を書きたくて喫茶店みたいな場所を探した。だが居酒屋以外に開いている店はなかった。また石巻駅構内に待合室みたいなものがあるかと探したがそれも無い。仕方なく、外の駅前で街灯の明るいベンチに座って原稿を書く。バスが来るまで。。。。。

 石巻駅前22時10分発の新宿高速バスターミナル行き夜行バスは22時頃に石巻駅前に着いた。乗車すると確かに三列独立シートなのだがカーテンも何も無く、プライバシーが守れるような仕組みは一切無かった。A-1が私のシート。進行左側最前列だ。シートの長さも椅子二つ分くらい。足は延ばせずに曲げたままで新宿まで我慢しなければならない。このバス会社は東京だが『青森の“津軽号”の勝ちだな』と思った。
 石巻駅構内にある売店で眠り薬のビールを二缶買って乗り込み、それを飲んでいる最中にC-1(進行右側最前列)に座った紳士のイビキが始まった。『あっ、しまったまた先を越された』と思ったが、津軽号の時のような“ライオンの雄叫び”ほどではない。しばらくすると静かになって『良かった』と思っていると、“ギリギリギリギリギリ”、“ギリギリギリギリギリ”と歯ぎしりである。それは“イビキ”、“歯ぎしり”、“イビキ”、“歯ぎしり”と交互に起こって、『ヒェ~~~~、ダブルパンチだぁ~~~~~~!!』と思った。
 バスは仙台を経由して東京に向かう。仙台から乗ってきたお客さんに南方系の国からやって来たと思われる外国人女性がいた。彼女が私の横を通過した時、強烈な香水の匂いが、、、、、『ウッ、身体ごと香水か!? ウゥ、鼻が曲がるぅ~』。
 ラッキーなことに(?)、たぶんバスの空調は前から後ろに流れているのだと思われる。彼女が後部座席に行ってからはそれほど香水の匂いは感じなかった。
 バスの乗車率は70%くらいか? とにかく前ではイビキと歯ぎしりのダブルパンチ。それに足を延ばせない苦しさもある。飲んだビールを出すついでに後部座先の視察に行った。トイレは最後尾だからである。すると後部では空いている座席もあるのだが、いかんせん鼻も曲がるほどの香水の匂いが。。。。。。うぅ、シェークスピアのハムレットではないのだが、“ダブルパンチを取るか鼻曲がりを取るか、それが問題だ”。

津軽の下見 8.車いすの冒険家

 青森駅前バス乗り場8番、14時40分発仙台行きのバス「ブルーシティ号」は定刻通りの19時30分頃に仙台駅前に着いた。駅前のホテルへチェックインすると、すぐさま私は地下鉄に乗ってY君の住む泉区へ向かった。地下鉄は終点の「泉中央駅」で降りるのだからわかりやすい。その「泉中央駅」へY君はクルマで迎えに来てくれて、初めて私は彼の家に行く。着いて驚いたことに、彼の家には室内プールがある。とは言っても25mのプールではない。流水による“エンドレスプール”だ。だがこれも例の3.11の震災で壊れてしまって今では使えないそうだ。

 昔、遠泳を広めようと私は「海峡横断泳実行委員会」なる組織を立ち上げて、次のような活動をしていた。

  1. 「12時間スイムマラソン」
    普段練習しているプールで12時間を泳ぎ続け、長距離泳に慣れてもらう。
  2. 「城ヶ島ロングディスタンススイミング大会」
    実際の海を泳ぐ経験をしてもらうために、城ヶ島を泳いで一周(6km)する。
  3. 「遠泳フォーラム」
    海の知識や実際に泳いだ体験談を有識者、経験者から聴く。
  4. 「海峡横断泳の実施及びサポート」
    ドーバーや津軽など、海峡横断泳の実施やサポートをする。

 これは2005年まで20年以上は続けていた。しかしいろいろあって、現在は4.の「海峡泳の実施、サポート」のみの活動になっている。
 この中の1.の「12時間スイムマラソン」は1989年に第一回大会を開催した。その時に仙台から来てくれたのがY君。彼は車いすに乗った障害者だが、見事に12時間を泳ぎ続けた。その時以来のお付き合いで私とは同い年。もう四分の一世紀(25年)も前の話しだ。
 Y君は「toraさんの影響」と言うが、それまでまっとうな職業である銀行員を辞めて、自由奔放な人生を歩み始めた。特にユニークなのは、彼の敬愛する登山家、冒険家である植村直己さんを追い掛けてモンゴルやアラスカに行ったこと。そして植村さんの真の情報をいろいろと入手するのだ。
 そればかりではない。植村さんが“日本列島3,000kmを徒歩で縦断”と聞けば、本州縦断を車いすでやってのける。その時の話も面白い。「這ってでも自力で行きたかったが、どうしても行けなかった場所が一カ所だけある。それは横浜駅前。塀があって、それが高いので車いすでは通ることも出来ないし、降りてよじ登ることも出来なかった」と悔しがる。箱根の峠越えでは昇りに何人も車いすを押してくれる人が現れて、「実は斯々然々こうこうで、自力で行きたい」と断るのも面倒になって、押す人の気持ちも汲んで押してもらうそうである。適当な所まで押してもらうとその人と別れ、押してくれた人が見えなくなったら押してもらい始めたところまで戻ってそこからまた自力で始めるのである。
 「下りはたいへん。車イスのハンドリムを握ると摩擦で手を火傷しちゃうでしょう。だから片方ずつをそっと触れながら蛇行させて行く。スリル満点だったよ」だそうだ。
 「岡山のある峠を苦労して登り切り、そこで立ちションをし(松葉杖を使う)、安心して長い下り坂を降りて一息ついていると、立ちションをした側溝の側に松葉杖を置いて来てしまったことを思い出した。その時はホントに『タクシーでも使って取りに行こうかな』と思ったが『それをやったらお終い』と、降りて来た長い坂をまた上がりましたよ。松葉杖は立つときに使う大事な道具ですからね」
 「民宿はね。バリアフリーになっていないでしょ。だから車いすで民宿に泊まるのはけっこう大変。むしろ野宿の方がずっと楽なんですよ。だから後半のほとんどは野宿だったなぁ~」と言う。
 「植村さんはね、マスコミの前では“冒険は生きて帰ってくること”と言っていたが、それはリップサービス。本音は違っていたと思うんですよ。おそらく彼は他に居場所がなかった。日本のマスコミにはあまり出てこないけれど、彼は家庭で相当なドメスティックバイオレンス(家庭内暴力)があったようです。つまり都会で生きていくのが苦手だった。ですからね、彼がマッキンレーで行方不明になりますが、これは意図的だったと思うんです」と、いくつかのその立件する手がかりを私に見せた。まああくまでY君の仮説だが、それは当たらずとも遠からずと私は思う。

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熱く語るY君の話は面白い

 面白い。昔、私もマゼランについて調べたことがあった。それは彼がヴィクトリア号で世界一周するのにどんな機材を持って、どんな準備をして出港したのか知りたくて調べ始めたのだが、彼の人物像を知れば知るほど物語に出てくるマゼランとはまったく違ったマゼランが見えてきた。ただし、マゼランを追い掛けてスペインやポルトガルまで行ったことはないし、マゼランの真似して帆船で航海まではしていない。
 Y君が頼んでくれた“牛タン弁当”と面白い話をつまみにビールが進む。楽しい時間はあれよあれよと過ぎていく。モンゴルの大平原やアラスカの山々を車いすで行く。『どんなだろう?』。本州縦断の話、想像するだけでワクワクするし『Y君も立派な冒険家』と思う。
 ちなみに彼の部屋には本州縦断やいろいろな新聞記事と一緒にドーバーの海図が貼ってある。「いやドーバーを泳いで横断は無理だろうけれど、いつかはtoraさんと行って“ちょっと海水には浸かりたい”と思っているんですよ」と言う。それは私の望みにもなった。

 お礼を言ってお暇をする。彼の家は丘の上にあって、来るときは彼のクルマで遠回りをしたが、丘から下る階段が側にあって、その先には広い道路が見える。『広い通りに出ればタクシーもいるだろう』と降りるとバス停があった。『これは好都合、おそらく何処かの駅に行く』と思って待っているとすぐにバスが来た。運転手に「駅に行きますか?」と聞くと「駅は次の停留所ですが乗りますか? 160円です」と言う。「あっ、いや、歩きます」と答えて歩くことにした。ほろ酔い気分の駅までの道は風も心地好く、幸せいっぱいの気分になった。

津軽の下見 7.それぞれの想い

 6月4日(水)朝6時に起床。夕べも酔っ払って帰ってそのまま寝てしまったので朝風呂に入る。洗面もしてサッパリしたところで朝食を食べに行く。朝食はホテルのバイキング。それこそキンちゃんではないが「お昼の分まで喰ってけー!」って感じでタップリ食べる。まずは和食、続いて洋食と、二人前以上は食べる。それから部屋に戻って支度をすると、9時にはチェックアウト。この時、「お昼頃に戻るから」とリュックなどの荷物をホテルのクロークに預かってもらった。ホテルは青森駅前。青森駅前のバス乗り場8番からは14時40分発、仙台行きのバス「ブルーシティ号」が発車する。それに乗って私は仙台へ行くのだ。
 身軽になってホテルの前へ出ると昨日予約しておいたタクシーが待っていてくれた。それに乗って青森海保へ。青森海保も函館海保同様でたいした話はしない。“情報を得る”というよりも、青森海保も「海と安全」というような冊子を製作中とのこと。そこで函館海保でもらった「津軽海峡の海と安全」という冊子を一部置いてきた。「参考になる」と喜んでもらえましたよ。まあお互いに助け合いなのだ。
 ちなみに函館海保と青森海保は近くて遠い。それは函館海保が第一管区(北海道方面)で青森海保は第二管区(東北方面)だからだ。地理的には近いのだが管区が違うので遠いのだ。普通、遠泳の場合は泳ぐ海域を受け持つ海保に届ければよいのだが、青森と北海道では受け持つ海域が違うのだ。だから二つの海保に届けに行く。それでも昔、津軽を泳ぐ場合は第一管区海上保安本部のある小樽や、第二管区海上保安本部のある塩釜にも行ったものである。それから考えると楽になったのだが、2011年の3.11震災が発生したときに塩釜の保安本部まで被害に遭ったとか。。。。それからだ。塩釜に近い石巻へ行くようになったのは。。。。。

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県庁に向かう道で面白い掲示板を見つけた。

 青森海保を出ると徒歩で青森県庁へ。県庁はちょうど青森駅と青森海保の中間にあり、徒歩15分の位置。県庁は企画制作部交通政策課にある「青函圏交流・連携推進会議」と、さもお役所がつけた名前のような事務局へ行く。もちろん事務局は北海道側でも函館の“渡島総合振興局地域政策部”にあるが、いちおう青森側として私たち「津軽海峡水泳倶楽部」も登録している。この会議は青函圏(北海道道南地域(渡島、檜山地域)と青森県全域)の交流・連携の推進を目的として活動しているが、ハッキリ言ってあまり活発ではない。ただ津軽海峡の横断泳は青森県北部と道南地域がエリアなので登録させてもらっている。活発ではない理由としてそれぞれの地域が閉鎖的だからだと私は思っている。
 例えば、、、になるかな??? JRがまだ国鉄だった時代、1988年まで青森駅と函館駅を結ぶ青函連絡船があった。この連絡船には線路があって(鉄道連絡船)、車両をそのまま船に乗せられる工夫があった。ところが連絡船が廃止され、青函トンネルが完成すると時代は新幹線へと移って行く。すると青森駅も函館駅も線路の立場から言うと“突き当り”になってしまったのだ。そこで新幹線を流れるように北海道へつなげるには新しい駅が必要になる。で、出来たのが新青森駅。同様な問題は函館駅にも発生する。終着駅は函館ではなく札幌だからだ。そこで仮称「新函館」だったのだが作られる駅は北斗市。北斗市は北海道渡島総合振興局中部の市。上磯郡上磯町と亀田郡大野町が2006年2月1日に新設合併して誕生した。つまり知名度でいうと函館に軍配が上がるのだが「北斗市にあるのに“北斗”の名前がない」というのが北斗市民の言い分。結局はJR北海道本社(札幌)の島田修社長が北海道新幹線の新駅名を「新函館北斗」にすると発表した(6月11日)。島田氏は「新函館北斗なら新幹線が函館行きであり、駅が北斗市にあることも分かる」と命名理由を説明したが、北斗市の高谷寿峰市長は「できれば北斗函館駅がよかったので残念」と言っている。
 東京の私から見ると品川駅が品川区に無いように(品川駅は港区)、それは大きな問題に思えないのだがどうだろうか。もっと客観的に言うと“新函館北斗駅”は長過ぎる。それこそ“青函圏交流・連携推進会議”ではないが、もっと短くてスマートな名前はないものだろうかと考えてしまう。
 いずれにせよ閉鎖的とも思える市民性が見え隠れする部分で、“青函圏交流・連携推進会議”と言っても函館の少年野球チームが青森へ行って試合をするとか、青森の少年サッカーチームが函館に行って試合をするなど、極めて内側を向かっている会議なのだ。まあ名前が「青函圏交流・連携推進会議」(ふう、長いなぁ~。だから以下は“会議”と呼ぶ)だから間違いではないのだが、外に向いているのはJRと組んで旅行商品を作るくらいだった。
 たまたま私が今回の下見の段取りが整ったころ、この会議から平成26年度の総会及び情報交換会の案内が来た。それは6月11日である。残念。今回の下見と一週間ずれた。もしもう少し早くこの案内が来ていれば下見を一週間ずらしたのだが、すでに予約やアポイントも終了している。ずらすわけにもいかず、過去の参加の感想から言うと、「内側ばかり見ている会議にあまり関心が湧かない」というのが本音だ。「津軽海峡の横断泳を世界に広めたい」と東京の人間が言っているのだ。会議にしてみればそれは外の、更にそのまた外の問題と思われるだろう。だからといって手を引くのではなく、「やっていますよ」というのを地元の人にも知ってもらわなければならない。だから毎回県庁にまで来るのだ。これは周知活動。
 会議の担当者と話すと「いや今回は少し外に向けてやるんですよ。函館のレストランシェフと弘前のレストランシェフでトークセッションをやります。それは全国に発信するためのセッションなので、是非とも参加してください。またtoraさんの津軽海峡横断泳を情報提供として話してください」とのことだった。頼まれると“嫌”と言えない私の性格。そこで申し込みをしてしまった。

 ちょうど正午頃に県庁を出て青森駅前のホテルへ徒歩で向かう。クロークで荷物を受け取ると今回の下見の目的はほぼ終了。仙台に行くバスの発車時間までまだあるので、青森駅前の地下にある新鮮市場「アウガ」に行った。お昼の時間ではあるが、朝食をタップリと食べてあるのでお腹は空いていない。『ビールが飲めるところくらいあるだろう』と考えたからだ。
 アウガは東京で言うと“アメ横”のようにお魚関係の小売店が所狭しと並んでいる。その中をビール求めてうろついていると、何処からか津軽三味線の音が聞こえてくる。それは録音ではなくライヴだ。そのくらいをちょっとは音楽をかじっている私としては分かる。音楽好きの私はその音源に引っ張られるように歩いて行った。すると「リンゴ箱」と呼ぶ郷土料理屋さんから津軽三味線の音が流れている。「ビールだけでもイイですか?」と店員に聞くと「大丈夫です」とのこと。店に入るとホントのリンゴ箱が椅子やテーブルになっている。ステージの前はお客さんが少ないのでステージ前のリンゴ箱に座る。ステージではお姉さんが着物を着て津軽じょんがら節を奏でている。その力強さ。三味線を弾くというより叩いている感じだ。
 津軽三味線というと吉田兄弟が有名だが、彼らはどちらかというとジャズなどのセッションに走っている。それと比べると純粋な津軽三味線だ。ビール生中二杯と肴にホッケを頼んで津軽三味線に酔いしれていた。するとステージ前だから目立つのか、演者のお姉さんと少し話した。ここを私はとても気に入ったので、帰りにTシャツを2枚買った。1枚は仙台の友人Y君に、もう1枚は自分用だ。

 仙台行きのバス「ブルーシティ号」は普通の大型バスだが、旅客は私を含めて7名しか乗っていない。その内の5名は女性。まあ花の中に黒点があっても良いだろう。一生懸命バスの中でこの原稿を書こうとするが、いかんせん睡眠の特効薬ビールを飲んでいるので起きてはいられなかった。最前部右、運転席のすぐ後ろで眠ってしまった。
 そうそう、吉田兄弟のYouTubeを埋め込んでおきましょうね。

サメ喰う人々

 2014年6月9日午後4時ころ、愛知県豊橋市西七根町の海岸でサーフィンをしていた男性がサメに腕を噛まれ、30針を縫う大ケガを負った。蒲郡市消防本部の救急救命士・高橋剛さん(43)は砂浜から沖合約30mの海面で波を待っていたところ、体長1mほどのサメが左腕に噛みついてきた。高橋さんは動くとかえって危険と判断、サメが離れるまで待ち自力で海岸まで戻った。
 このニュースは海洋レジャーを趣味とする輩には衝撃的な事件だったと思う。実際「趣味は海を泳ぐ遠泳です」なんて言うと「サメは怖くないですか?」などと聞かれるのは四六時中のことで、まあオーシャンスイマーの中にはサメを恐れ、“シャークシールド(2つの電極を介して投射され、シャークシールド装着者の周囲に独特な電界バリヤーを形成する。この電界はサメの鼻先にあるロレンチニ器官とよばれる感覚器官を刺激し、サメはこの電界の発生源に近づくにつれて不快感が増してゆき、ついには筋肉の痙攣を引き起こすほど、耐え難い刺激となり、サメは向きを変え、直ちにその場を泳ぎ去る)”を着装して泳ぐ者もいるが、基本的に“サメが出たらその遠泳は中止”が正しいと私は思っている。
 そういえば昔、海上自衛隊員が海洋浮遊訓練(?)を行う時に持たされる「サメ避け剤」なるものを私も手に入れたことがある。これは“タコ炭”を参考にしたものだそうで、投与すると周囲約2~3mほどに黒い薬剤が拡散し、それはサメならずすべての魚類にとって嫌がる悪臭を放す。つまり自分を中心に周囲の魚類すべてが居なくなるわけだが、「テストなどで投与すると漁業権の問題が発生する可能性が高いので、やたらと撒かないでください」と売ってくれた業者に注意された。が、あくまでこれはお守り代わりでサメが出てまで泳ぎたいとは私、思ったことはない。したがってこのサメ避け剤、使ったこともない。

 ちょっとウソかな。。。。今回の事件では“体調1mほど”とのことなので経験から言うが、そのくらいの大きさのサメは泳ぎながら見ることは珍しくない。彼らは海底を這うように泳いでいる。それが浮上してきたのは不思議に思うが、専門家の見解によると「サーフボードはサメの好物であるアザラシに見えるらしい。それを狙ったのでは?」とのこと。まあラッキー(?)なことに私、まだ襲われたことはない。いずれにせよサメの恐怖は映画「ジョーズ」の影響が大きいのではなかろうか。
 ずいぶん昔、サメがヒトを襲って死亡事故に至ったケースを調べたことがある。そのデータは昔のパソコンにあって、今、取り出すのは困難なのであくまでも私の記憶から書く。したがってあまり正確ではないことを断っておく。
 世界でサメがヒトを襲って死亡事故に至った件数を平均化すると、“4日に1件”の割合で発生している。で、日本はとみると、“7年に1件”だったと記憶している。ちなみに近年では死亡事故に至らずとも“ケガをした”という件数を含めて平均化すると2年に1件の割合になる。まあ公開されていないものもあるだろうから実際はもう少し多いかもしれないが、交通事故から比べるとかなり少ないと思うのは私だけ???
 いずれにせよ“無事故”を目標にしているのだから危険を喚起するに越したことはない。そこで日本の海洋レジャーに伴う海浜事故の発生原因を調べると、気象・海象に対する注意不足、知識・技能の不足、無謀行為等が挙げられる。つまり事故原因のほとんどが人為的なものであって人災なのだ。ところが今回のサメによる事故(天災)は珍しい。まあ珍しいからニュースになるのだが、『サメより怖いのはヒト』と私は思っている。。。。
 逆にサメの立場から見ると、世界では年間約50~60万トン(日本では3万トン)ほどサメを漁獲しており、そのほとんどはフカひれスープ、蒲鉾など食材としてヒトに食べられている。おそらくサメに聞けば「何が怖いってヒトほど怖いものは無い」と答えるだろう。

 そんなことを思っていたある日、カーラジオから「シャークジャーナリスト」という珍しい肩書きで、綿密な調査・研究をもとにサメについての情報発信をしている沼口さん(沼口 麻子のシャーキビリティ向上のススメ)が出演されていた。テーマは「きちんと知れば愛おしい!“サメ”の真の魅力」。サメといえば「ちょっと怖い…」イメージを持っている方が多いかもしれませんが、沼口さんいわく「それはちょっと間違ったレッテル!」。心底サメを愛する沼口さんのユニークな活動や、研究に触れつつ、“じょーず”にサメの誤解をひも解いてゆきます。という内容だった。
 面白そうなので聴いていると、サメは美味しいのだそうでいろいろなレシピを紹介していた。フカひれスープなど高級すぎて私の口に入ることはないが、笹カマなんて酒の肴によく食べる。『それ以外にサメを食べることはないなぁ~』と思っていたが、『いっぱいサメを食べたらサメが嫌がって、海を泳いでいても寄って来ないかな?』などとも思ってしまう。
 いずれにせよ日本の海洋レジャー事故発生状況を船型別に見ると、モーターボートが最も多く、次いでヨット、遊漁船、水上オートバイ、手漕ぎボートの順となっている。海難発生原因は機関取扱不良、機関整備不良、機関取扱不注意、見張り不十分、操船不適切、気象・海象に対する注意不足等の人為的要因に起因するものなど、運航のための初歩的な知識・技能の不足や不注意に起因する海難が大半を占めている。
 やはりヒトが最も怖い。。。。。

津軽の下見 6.ラッキー? アンラッキー?

 6月3日(火)朝6時頃に起床。昨日タオルは買ったものの、未だにお風呂もシャワーも浴びていない。ムーイの隣にある温泉施設「ふれあい湯遊館」も月曜は定休日。もう我慢できなくなってシャワーを浴びた。ムーイはキャンプ場なのでシャワー設備はあるのだ。洗面とシャワーでようやくサッパリした。
 支度を整えてムーイのチェックアウトを終えると近くのコンビニに行って朝食のサンドイッチを購入。そして近くにある道の駅「なとわえさん」の駐車場に行って朝食を採る。ちなみに「なとわえさん」の“な”とはこちらの方言で“あなた”の意味。で“わ”とは“私”の意味。すなわち「なとわ」とは「あなたと私」の意味。つまり「なとわえさん」とは「あなたと私の恵山」という意味の道の駅なのだ。海岸沿いに建つこの道の駅の駐車場で朝食を食べる。海は相変わらず沖合で霧が発生しているようだが上空は晴れている。海を観ながらの朝食は何とも清々しく美味しい。
 だいたい函館海保には午前9時頃を到着予定にクルマを走らせる。ラジオからは「今日の函館は晴れ。函館山に登ったらイイ景色が望めるかも・・・」と言っていたが、『津軽海峡は霧でそんなイイ景色は望めない』などと地元の放送局に対して東京出身の私が思っていた。そんな自分が可笑しくて、笑いながらも心地好い音楽と車内を流れる風が何とも気持ち良くドライブを楽しませてくれる。
 函館海保到着。担当者からは「毎年やられているし、まあ事故の無いよう努めてください」で終わってしまった。まあ私としてはもう少し新しい情報が欲しかったので逆にいろいろ聞きまくる。函館市戸井支所で聞いた「津軽海峡の海と安全」という冊子のコピーを入手したが、函館海保からオリジナルの冊子を何部かいただいた。冊子のサブタイトルは「天気・ことわざと海難事故」という物だがネット上には出ていない。理由を聞くと発行が「津軽海峡海難防止研究会(気象台、運輸局、海難審判所、海保の共同制作)」だそうで、200部しか作っておらず、ネット上ではどこも出さないとのこと。この辺がお役所仕事というか何というか、、、、ちょっと私には理解できない。『良いことはどんどんやれば!』と思う。更に「小型船のための津波避難海上サバイバルマップ」なる図も同研究会から作られているが、これもネットでは流さないらしい。津波対策のために丘の上に家を建てた漁師さん、津波の時の小型船は沖の最も深い場所へ避難するのだが、それは深度計(魚群探知機で対応可能)がなければならない。深度計が無くともこの図面でわかるが、このブログで公開しちゃおうか!?
 それから一斗缶で作るレーダーリフレクターの作り方を教わった。今度作っておこう。

 レンタカーは今日の午後1時までだが、海保も早く終わったので『予定より一本早いフェリーに乗れるかもしれない』と早めの午前11時にクルマを返した。予想通り予定の14時00分発の“えさん2000”より一本早い12時00分発の“びなす”に乗れることとなった。“びなす”なら青森には15時40分に到着予定だ。『もしかすると海保か県庁か、どちらかに早く回れるかもしれない。そうすれば翌日の仙台まで行くバスも一本早く乗れるかもしれない。そうすれば仙台で夜の会食をしようと約束をしていたY君と早く会えるかもしれない』などと、捕らぬ狸の皮算用を函館フェリーターミナルで早お昼を食べながら考えていた。
 “びなす”に乗船すると相変わらず二等の雑魚寝部屋へ入る。そこでこの原稿を書こうとノートを出したのだがいつの間にか寝てしまった。少し疲れたのかもしれない。
 青森港フェリーターミナル前の岸壁に“びなす”が着岸する直前に今日伺えないか、青森海保も県庁も担当者不在で無理だった。『まあ明日からは予定通りだな』と諦めた。
 もし海保か県庁、どちらかが早めに会えるならタクシーで青森市内へ行こうと思っていたが、急ぐ必要が無ければバスで行くことにしよう。
 青森の津軽海峡フェリーターミナルからは16時38分発の「あおもりシャトルdeルートバス(ねぶたん号)」が青森駅前までつないでいる。今日の宿泊場所は駅前のホテルなのでこれに乗れば大丈夫。値段も200円とリーズナブル。しかも「ねぶたん号」という名前が青森らしく可愛らしい。
 『バスの発車時間まで時間がある。しかも今日の予定は無くなった』と思った瞬間、『ビール飲もう』と二階にあるラウンジに足が勝手に行く。そして私の手は勝手に財布を開け、口は勝手に「生ビール」と言っているのだ。『ビールが私を呼んでいる』と思った。ジョッキを片手にラウンジの海が見えるソファーに座り、海を眺めると、、、、、岸壁に近い海域が騒がしい。海は凪なのに鳥山が出来ており、その下の海面がザワついている。ザワついた海域に眼を凝らしていると、イルカだ。イルカの群れがイワシか何かを追い掛けて背びれを幾つも出したり潜ったりしている。『こんな陸奥湾の奥までイルカが来るのか!?』と思っていると、奥にいた青年がカメラ片手に飛んで来た。どうも地元の青年らしい。聞くと「今年はイワシが豊漁で、それを追い掛けて朝と夕にイルカが寄るのだ」と、盛んに望遠レンズの付いたカメラのシャッターを切りながら教えてくれた。これはラッキーだ。イルカの群れとその上の海面や上空に出来た鳥山が沖に向かって動き出した。それをつまみに眼で追いながら美味しいビールをいただいた。とても幸せな時間だ。
 ねぶたん号が入ってくるのが見えた。よし、と腰を上げた瞬間、電話が鳴った。出ると泳ぐドクターことO(オー)先生からだ。O先生とはドーバーやジブラルタル、マンハッタンのリレー泳でご一緒させていただいている。聞くとO先生に英語を教える先生のAさん(イギリス人)が亡くなったとのことだ。
O先生「お腹が痛いってウチの診療所に来てさ、診たら胃癌の末期でもう助からなかったよ。もう落ち込んで鬱(うつ)になっちゃってさ・・・・」
のことだ。
 O先生から電話をいただくのは久しぶりのことだ。時折、O先生と飲みに行くのだが、Aさんはそこにもよく来られていた。Aさんと最後にお会いしたのは去年の9月15日。この日マンハッタンリレーの解団式を企画したのだが台風18号の接近でキンちゃんや陽子さんがキャンセルになった。会場の中華料理屋さんには予約を入れてしまっているので、急遽Aさんを呼んだのだ。
 ちなみにAさんの娘さんは若い子ならだれでも知っているであろう人気歌手、モデルさんだ。お母さんは日本人。頭文字はKK。テレビCMにも出ておられる。そんなAさんが亡くなられたなんて、、、、私自身も信じられない。
 そんな会話をしているうちにねぶたん号は出て行ってしまった。次は18時38分で最終。これはアンラッキーだった。
 フェリーターミナル出入口にあるタクシーコールでタクシーを呼び、駅前のホテルまで行ってもらう。その時に「明日の午前9時にこのホテルの前まで来てください。海保まで行きたいので」と予約した。海保までは歩いて行けない距離でもないのだが、歩くと30分近くかかるし、その後に県庁を訪れなければならない。時短なのだ。
 ホテルに入って一段落すると夕食を採りに市内へ出る。ラーメンでも良かったのだがムーイで食べた焼肉が忘れられなく、また焼肉屋さんに入った。どうやら牛タンが売りの店らしいが、明日は仙台でY君に会えばおそらく牛タンになるので、焼肉屋さん一押しの牛タンは止めて焼肉のコースにした。いろいろと味比べが出来ると思ったからだ。
 そしてビールを飲みながら独りAさんの供養をした。

2009年6月23日 キンちゃんの淡島~大瀬崎間 6-way solo swim

<記録>

  • 1st leg: 淡島(12:37)⇒大瀬崎(16:07)=3時間30分
  • 2nd leg: 大瀬崎(16:07)⇒久連(19:27)=3時間20分
  • 3rd leg: 久連(19:27)⇒大瀬崎(23:20)=3時間53分
  • 4th leg: 大瀬崎(23:20)⇒両大腿部痛のためリタイヤ(01:57)=2時間37分
         合計: 13時間20分

<データ>
  風速: 5.0~18.2m
  波高: 1.0~1.5m。
  水温: 22〜23℃
  気温: 25〜27℃

2009年6月23日 (火) 今日はキンちゃんの6-way。12時37分に淡島をスタートしました。風が5m以上と強く、波も1m以上と、この海域においては珍しいほど荒れています。
いちおう24時間の予定ですが、どうなることでしょう。
まあ先行き好天になることを期待しています。

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大好きな船頭さんと

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行ってきます!

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淡島をスタート(荒れているので上陸はしません)

1st legは3時間30分でした。
大瀬付近で風が18.2mもあって、「遠泳中」の幟を支えるポールが折れてしまいました!
かなり難儀をしました。波高は1.5m。
現在2nd legを力泳中。
水温:22〜23℃
気温:25〜27℃

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強風のためポッキリ折れてしまったポール

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大瀬崎の折り返し

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夕映え

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黄昏の富士

2nd legは、淡島が波が高いので危険なため、久連(くづら)で折り返しました。
久連は淡島より1kmほど短いですが、安全策です。
風はかなり凪いできましたが、うねりはまだ大きいです。(約1m)
2nd leg: 3時間20分
2-way: 6時間50分

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久連(くづら)の折り返し

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夜間泳

3rd legは、強い波浪のため、ほとんど岸に沿って進みました。まあかなり遠回りしましたが、風があっても波が小さいのでいくらかマシです。
いちおう今(4th leg)は淡島を目指していますが、波浪により予定変更は多いに可能性があります。
自画自賛かも知れませんが、強い波浪の割には順調に思っています。
3rd leg: 3時間53分
3-way: 10時間43分

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力泳

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力泳中

1時57分、泳ぎ始めてから13時間20分、キンちゃんは両大腿部痛のためリタイヤしました。
残念です。でもキンちゃんは元気です。

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元気です♪

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食欲も旺盛!!

津軽の下見 5.ウニ

 2002年6月19日、北海道大学の教授が中心になって津軽海峡圏の縄文文化の交流を再現しようと、青森県大間町と北海道戸井町の有志らが縄文時代に作られた手作りの木舟(全長7.7メートル)を再現し、津軽海峡横断に成功した。青森と北海道南部は縄文時代、同じ円筒土器文化圏だったといわれ、青森市の三内丸山遺跡や道南の遺跡からは共通の特徴を持つ土器が出土している。丸木舟での交易も推測されるという。
 19日は午前5時過ぎに青森の大間港を出港。漕ぎ手5チーム、計25人が交代で波をかき分け、9時間かけて約17.5キロ離れた北海道・戸井漁港に無事、到着。海峡を渡った縄文人に思いを巡らせた。
 この時の水先案内をしたのが今回、私が依頼している漁師さん。何でもこの時、北大教授はパソコンを駆使し予定コースを作られたらしいが、現場の漁師さんが「違う。こっちだ」と言ってパソコンデータとはまったく違うコースを選び、成功させたというのは「やっぱり漁師は違うね」と、津軽海峡圏の人々を唸らせた有名な逸話。いや伝説と言っても良いかもしれない。
 ウニ漁を主な仕事とする漁師さんは今時珍しいヘルメットダイビング漁だ。ヘルメットダイビングとはスキューバダイビングのような空気ボンベを背負って潜るのとは違い、宇宙飛行士のような首から上をスッポリと覆ってしまうヘルメットを被り、生命線であるエアチューブで船と繋がれており、船ではコンプレッサを使って空気をダイバーに送り込む。ボンベ利用のダイバーの場合、ボンベの空気が無くなる前に浮上しなければならないが、ヘルメットの場合はコンプレッサで空気を送っているため、潜っていられる時間の長さが違う。
 5月6月は漁期で、荒れていなければ毎日潜られているようだ。この時、海底にいるダイバーの動きに合わせて空気を送る海上の船は微妙な動きをしなければならない。これが遠泳のサポートに必要なテクニックなのだ。漁師なら誰でも良いというわけではない。
 昨今、漁船の技術開発は目覚ましく、船の発達、漁具の発達で今では「速く、速く」の世界になっている。お陰様で私たちは新鮮で美味しいお魚を食べることが出来るのだが、現状としては速く漁場に行って速く漁をし、速く市場へ帰らなければならない。時にもう少し漁の時間があれば捕れるのに、出荷の時間があるので漁を途中で切り上げて帰らなければならないこともよくあるらしい。いずれにせよ昔の“五感”を駆使した漁師は減少の一途を辿り、代わりに機械を駆使した漁師が増える一方だということだ。
 実際、泳ぎのサポートを頼んだ漁師の話では「そこまで行くのにブーーーンとエンジンを回せばすぐ着くのに、ノロノロノロノロと、、、、イライラする」とのことだった。まあエンジンはアイドリング状態、それでかつクラッチを断続的に繋いだり切ったりする。そうして泳速に合わせ、しかも潮や風を考慮しながら目的地に向かう。つまり遠泳の成功は90%が漁師さんの腕にかかっている。その中には漁師さんの性格も大きなポイントになるのだ。
 それらすべてを満足させる漁師さんとの打ち合わせを終える頃、奥さんが夕飯の支度にかかった。ノンビリしているとご馳走になってしまう。ムーイの支配人Nさんとの約束、極上級A-5ランクの奥尻和牛、焼肉が待っている。頃合いを見てお暇(おいとま)しようとすると、奥さんが「これ、持って行きなさい」とウニ一パック、タコの頭一パックを私に持たせた。このウニ、東京の築地ならおそらく4~5,000円はするだろう。またここ戸井町はミズダコが名産で、茹でたミズダコの頭も2~3,000円はすると思われる。やったー!!!!!
 漁師さんの家からムーイに向かうクルマの中、昔のウニの出来事を私は思い出していた。それは、、、、、日本(対馬)から韓国(釜山)まで我トラジオンの子どもたちとリレーで泳いだ。終わってからは子どもたちとソウルまで観光をし、それから帰って数日後にこの企画に参加した子どもの父親から電話があった。
父「息子がね、家に帰ってから“ウニが喰いたい、ウニが喰いたい”と盛んに言うんですよ。あまりにもしつこく言うものだから、仕方なく寿司屋に連れて行ったんですがね。息子が“とーちゃんこれウニじゃねぇよ”と言うんですよ。そりゃもうビックリしちゃって、どんなウニを喰わせたんですか?」
私「ああ、対馬で合宿をしていた時にですね。子どもたちと泳いでいたら海底にウニ(バフンウニ)がたくさんいたんですよ。ホントはいけないのだと思うんですが、子どもの人数分ウニを捕って、泳ぎ終わった時に浜の石でかち割って食べさせました。その時のことを言っているんじゃないですかねぇ~。それ以外でウニなど食べさせていませんから・・・」
 やはり新鮮なウニは子どもの舌にも美味しかったのだと思う。
 また2005年5月にキンちゃんと津軽を泳ぎに来たとき、ここの漁師さんから生きたままのウニ(ムラサキウニ)をバケツ一杯くれて、やはり奥さんから包丁でウニの割り方まで教わって、毎日、毎日ウニを食べた。
 そうそう、1975年に私は初めてリレーで津軽海峡の横断泳を障害者で成功させた。(詳細は当ブログ“1975年(昭和50年)ころの思い出”、“海上保安部”を参照)この時滞在していた宿でイカそうめんが出て、その美味しかったこと。「とても美味しかった」と家主に言うと、それから毎日がイカそうめんだった。ウニもイカも美味しいが、毎日出されるとちと飽きる。贅沢????
 まだある。ムーイの隣は「ふれあい湯遊館」と呼ぶ温泉施設があるのだが、誰とでも仲良くできるキンちゃんが地元の漁師のかーちゃんと仲良くなった。そして津軽の横断泳の話をしていたら、「塩辛あげるから取りに来なさい」と言われ取りに行った。この塩辛の美味しいこと!!!!!
 ムーイのバーベキューハウスはお休みなのに、Nさんは私のために開けてくれて美味しい焼肉とウニ、タコをつまみにビールをいっぱい(一杯ではない)飲んだ。飲んで津軽の美味しい思い出話たくさんした。
 ムーイは今夜も満室だそうである。さすがNさんだ。だがそのためにNさんは帰らなければならない。つまりクルマなのでビールが飲めないのだ。呑兵衛の私は思い出話に長くなる。休みを返上して出てきてくれたNさん。しかも長い私の話に付き合ってくれてもう夜も遅い。ありがとうNさん。Nさんに感謝し、幸せな気分で私は床についた。

2010年6月21、22日 キンちゃんの淡島~大瀬崎間二日で 6-way solo swim

2010年6月21日(月)

<結果> 6-way solo swim(前半)

  • 1st leg: 淡島(05:29)→ 大瀬崎(08:48)=3時間19分
  • 2nd leg: 大瀬崎(08:48)→ 淡島(13:03)=4時間15分
  • 3rd leg: 淡島(13:03)→ 大瀬崎(18:37)=5時間34分
       前半3-way合計=13時間08分

<データ>
  天 気:曇りのち雨のち曇りのち薄曇り
  水 温:23.0~23.5℃
  気 温:23.9~25.7℃
  視 界:5海里
  波 高:0.5~1.5m
  風 向:主に南
  風 速:1.0~13.4m/sec(最大瞬間風速16.4m/sec)
  流 向:午前中主に西、午後は東
  流 速:0.0~0.8kn
  ピッチ:58~62回/分

2010年6月22日(火)

<結果> 6-way solo swim(後半)

  • 4th leg: 大瀬崎(05:56)→ 淡島(12:22)=6時間26分
  • 5th leg: 淡島(12:22)→ 大瀬崎(15:42)=3時間20分
  • 6th leg: 大瀬崎(15:42)→ 淡島(19:00)=3時間18分(中止)
       後半3-way合計=13時間04分
         6-way合計=26時間12分

<データ>
  天 気:雨のち曇りのち薄曇りのち晴れ
  水 温:23.0~26.0℃
  気 温:22.9~27.0℃
  視 界:3~10海里
  波 高:0.5m
  風 向:主に西
  風 速:0.4~5.7m/sec
  流 向:主に南西
  流 速:0.0~0.5kn
  ピッチ:56~62回/分

おはようございます。
本日、キンちゃん4-wayです。
05:29に淡島をスタートしました。
天候は曇り、北西の風4〜5m、波高1m、水温22.9℃、気温24.5℃。
2〜3日前に荒れたようで、水はかなり濁っています。

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大好きな船頭さんと

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行ってきます!

キンちゃん、08:48に大瀬崎を折り返しました。1st legは3時間19分です。
最大瞬間風速13.4m/secを越し、かなり風が強く、それでもペースは落ちなかったように感じます。
只今、淡島に向かって力泳中。雨が降ってきました。

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大瀬崎の折り返し

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ミズナギドリも応援に来ました♪

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力泳中

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ガンバレー!(ミズナギドリ)

キンちゃん、2nd legを終え、現在、淡島を折り返して大瀬に向かって力泳中です。
2nd legは4時間15分。2-way合計は7時間34分です。
潮にあまり恵まれていません。

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淡島の折り返し

3rd legは、時間も掛に掛かったり6時間34分。3-way合計は13時間08分。
明日もまた泳ぐので、4th legは明日に順延。
とにかく二日で6-way泳ぐ予定です。

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大瀬崎到着

それにしても3rd legは逆風、逆流がスゴかった。風は時折10mを越す強風が! 潮は1.0〜0.5ノットで、常時逆潮だった!
3rd legの時間は5時間34分です。まあ淡島⇒大瀬崎のワースト記録になったように思います。

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前半が終わりました。

おはようございます。キンちゃん、昨日の続きで大瀬崎を05:56にスタートしました。
天候は曇り。南の風1m。波高は0.5m。水温は23℃。
昨日の強風が嘘のようにマッタリとした天気です。

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今から後半です。

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大好きな船頭さんと

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行ってきます!

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大瀬崎から再開

キンちゃん、12:22に淡島を折り返しました。
4th legは何と、6時間26分。またもや逆潮に翻弄されていました。
4-way合計は19時間34分。3rdと4thに時間が掛かり過ぎ!
それでも今、5th legで大瀬崎に向かっています。
天候は薄曇り。西の風が3mくらい。水温、気温とも約24℃。波高0.5m。
今は潮に乗って順調に泳いでいます。

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淡島を折り返しました。

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富士山が綺麗です!

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力泳中

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栄養補給

キンちゃん、5th legは3時間20分(4th legの約1/2の時間)で、大瀬崎を15:42に折り返しました。
5-wayの合計は22時間54分。

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大瀬崎の折り返し

ここで問題が発生しました。栄養補給の在庫が残りわずかです。(まさかこんなに時間が掛かると思っていなかったので)
19:00の段階で淡島の前まで行けたら続行しますが、この段階で淡島が遥か彼方なら中止します。
現在のところ、中止の確率の方が高いようです。

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残り約3.5km。約1時間30分で到着予定でしたが、無理はせず、次回に期待しましょう!

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終わりました♪

詳しくはキンちゃんの方から報告があるでしょう。

 このキンちゃんの報告と詳細は当ブログ
「キンちゃんが行く」Vol.35-1 多忙の中の連続葬儀
「キンちゃんが行く」Vol.35-2 20日(日)感動を秘めて
「キンちゃんが行く」Vol.35-3 眠たくて
「キンちゃんが行く」Vol.35-4 二日で6-way(前半)
「キンちゃんが行く」Vol.35-5 データ(前半)
「キンちゃんが行く」Vol.35-6 二日目(後半)
「キンちゃんが行く」Vol.35-7 6-way目
「キンちゃんが行く」Vol.35-8 反省会
「キンちゃんが行く」Vol.35-9 水着
「キンちゃんが行く」Vol.35-終 データ
をご覧ください。

2011年6月19日 ジブラルタルのシミュレーション solo & relay swim

場所:静岡県沼津市大瀬埼~淡島間(10km)

泳者:Dr. オー、湘南の主、トミー、キン

方法:2-way solo swim (キン)
 And 2-way relay swim (トミー、湘南の主、Dr. オー)
 (リレーは40分毎に交代)

<結果>

  • 1st leg: 大瀬埼 07:31 ⇒ 淡島 11:37 4時間06分
  • 2nd leg: 淡島 11:37 ⇒ 大瀬崎 14:37 3時間00分
       合計=7時間06分(20km)

<データ>
   天気 小雨のち曇
   視界 5~8海里
   風向 午前中 主に南東 午後 主に北西
   風速 2.8~4.8m/sec
   気温 22.3~25.0℃
   水温 21.0~22.0℃
   波高 0.5m
   ピッチ キ  ン: 62~64回/分          ト ミ ー: 48~56回/分
             湘南の主: 44~48回/分           Dr. オー: 50~54回/分
   流向 主に西
   流速 0.0~0.5kn(1kn: ノット=時速1.852km)

 この詳細はジブラルタル海峡、シミュレーション泳の詳細を写真はジブラルタル海峡シミュレーションスイム(ソロ&リレー)アルバムをご覧ください。

2007年6月19日 キンちゃんのアイランドスイム(江ノ島~城ヶ島間:約22.5km)2-way solo swim

<記録>

  • 1st leg: 04:14片瀬西浜⇒14:04城ヶ島着 9時間50分
  • 2nd leg: 14:04城ヶ島⇒22:00残り7.5km地点でリタイヤ 7時間56分
                      水泳時間: 17時間46分

<データ>
   天候:曇りのち晴れ
   気温:22.3~24.6℃
   水温:20.0~22.0℃
   波高:0.5~2.5m
   風速:0.7~6.8m/sec
   風向:午前中主に北、午後は南西
   流向:午前中主に西向0.5kn、午後は北東向0.3~0.6kn
   ピッチ:58~68回/min

 この詳細は当ブログ「キンちゃんが行く」Vol.8を写真は2007年06月19日、神奈川県三浦半島西岸(相模湾)江ノ島~城ヶ島間 2-wayをご覧ください。

津軽の下見 4.函館で

 6月2日(月)朝7時頃、夜行バス“津軽号”は青森フェリーターミナルに到着した。本来なら午前10時発のフェリー“ブルーマーメイド”に乗るはずだが、その前、7時40分発のフェリー“えさん2000”がある。フェリーのカウンターへ行くと受付の人が「えさん2000は型も古くて小さいですが、お急ぎなら変更出来ます」と言うのだ。『何だ、変更可能ならもっと遅いフェリーにしてもらって先に青森を回ったのに・・・』とブツブツ考えながら『早ければ余裕の時間も出来る』とも思い、えさん2000に変更してもらった。
 えさん2000は船内にレストランなど無く、自販機でカップ麺が売っていたので一つ買って朝食。二等の船室はいわゆる雑魚寝の広間があるだけ。いつも思う。日本のフェリーはこれが普通。しかし外国の、ドーバーでもジブラルタルでもフェリーに雑魚寝の部屋は無い。テーブルがあって椅子が幾つもあって、旅客は思い思いの椅子に座ってお菓子や飲み物などをテーブルに置いて寛ぎながら船旅を楽しむのだ。日本のフェリー、雑魚寝の二等船室には女性が入りづらそうで、船室端で寝転がってしまった男性陣の目を気にしながら船室の真ん中で気恥ずかしそうに横になることも出来ずに座っていた。可哀そうに・・・。
 逆に日本のフェリーの素晴らしいサービスもある。それは風呂やシャワーの設備があることだ。これはおそらくトラックドライバーの利用が多いからだろうが、乗船中にサッパリ出来るのはありがたいサービスだ。実を言うと昨日の水泳指導が終わってシャワーを浴びた後、入浴も何もしていない。夜行バスで身体がベタベタして気持ち悪かったし着替えもしたかった。そこでこのありがたいシャワーの恩恵を受けようとタオルをリュックから出そうとした。ところが無い。リュックの中にタオルが無いのだ。荷物表の中には“タオル”が書かれているし、準備した記憶もある。ところがリュックの中には無い。このミステリアスな現象はどういうことか、準備した状況を思い起こした。
 着替えなど、旅行用品はジャンル別に分けて袋に入れる習性が私にはある。ところが衣類は一つの袋には入れ切れず、もう一つの袋にも入れたのだ。タオルと靴下。。。。。それをリュックに入れるとき、増やした袋を急いでいたあまり、リュックに入れ忘れたのだ。道理でパッキングの時に『ン? 何故かリュックに余裕がある』と思ったものだ。何でその時に気付かなかったのだろう。歯ブラシなど洗面用品は化粧品・薬の袋に入っている。シャンプー・リンスなど、風呂用品は旅行用の小さなものの在庫が切れていた。それで駅前のコンビニで購入していたのだ。ところが肝心要のタオルが無い。万事休す。まったくもって困った健忘症に自分を責め、仕方なくシャワーを諦め、洗面所で歯磨きして顔を洗った。顔はハンカチで拭いた。トイレから出て手を洗って拭いたハンカチで。。。。。
 シャワー室では着替えだけ。靴下はそのまま履くことにしたのだが、何ともサッパリしないなぁ~。それから船室で私はこの原稿を書いた。
 フェリー“えさん2000”が津軽海峡に出た頃合いを見て私はデッキに出た。海が見たかったのだ。海はベタ凪だったが霧が濃い。視界は500mくらいか。『これでは泳げない』と思いながら近くにいた甲板員に「毎日こんなですか?」と聞いた。「ああ、5月から7月にかけてはだいたい毎日こんなもんだ」と甲板員は笑顔で教えてくれた。今の時期、外気温の上昇に対して海水温の上昇がついていけないのだ。つまり気温と水温の差が激しいので霧が発生する。だが霧は海面に近い部分で発生しているので上を見ると青空が広がっている。
 そういえば海保とアポイントを取った時「今年はエルニーニョ(日本付近は冷夏)らしい」と言っていたし、漁師さんも「今年は水温が上がらない」と言っていた。それに対してここのところの暑い天気は北海道でも気温を上げている。現在のところ津軽の水温は10℃も上がっていないのに、最高気温が30℃近くまで上がっている。その差は最大で約20℃。霧が発生するのもうなずける。
 えさん2000は定刻通り11時30分に函館港フェリーターミナルに着岸した。レンタカーは24時間で予約しているので今借りては早過ぎる。まあ早く着いた分だけ用事を済ませようと函館海保に連絡するも、担当者不在でダメだった。やはりアポイントを取った時間帯で回らなければならないようだ。
 毎日三食きちんと食事をしないと気が済まない私は朝がカップ麺だけだったのもあるし、フェリーターミナルで早お昼にして時間調整を行った。それでも12時半には食べ終わり、タオルと靴下を買わなければならない急用も出来たので早めにレンタカー屋さんに行った。レンタカーは空いているようで、「13時くらいに戻ってくれればイイですよ」と言ってくれた。
 勝手知ったる函館の街、大型衣料量販店に行ってタオルと靴下を購入すると、ムーイ目指してクルマを走らせた。ムーイは正式な名称を「函館市戸井ウォーターパーク」という。この名前になる前は「トーパス・ヴィレッジ・ムーイ」と呼び、その頃から厄介になっているので今でも私は「ムーイ」と呼んでいる。ちなみにムーイはキャンプ場で、隣には「ふれあい湯遊館」と呼ぶ温泉施設がある。ところが残念ながら月曜は休館。
 ムーイも湯遊館も同じ管理者で、ここの支配人Nさんも月曜が定休日。それで翌火曜日の朝に会って打ち合わせをするつもりでいたのだが、連絡すると月曜でも出てきてくれるとのこと。ありがたいことだ。それでも普通は午後5時までの仕事だから、早めに会って打ち合わせを終わらせよう。
 ちなみにNさんは女性でありながらムーイの時代に赤字続きだった経営を黒字に転換させ、更にそれを右肩上がりに向上させ、それは今でも進行形の状態にしている手腕を持つスーパーウーマンなのだ。そんなムーイに私が到着すると、Nさんは事務所におらず、奥のハーブ館の方で畑仕事をしていた。それこそ長靴と手袋でお百姓さんのような姿になって。。。。。この辺が並みの支配人ではない。
N「いやぁ~、toraさん早かったねぇ~」
tora「いやぁ~、Nさんに会いたくてさぁ~、いの一番で飛んで来たんだよ」
N「やめて、本気にするから」
と言い合って笑った。更に
N「toraさん、いつもイイ時に来るねぇ~。美味しい肉が入ったよ。希少な奥尻和牛。しかもA-5ランク(最上級)。一流レストランじゃないと食べられないよ。それをいつもと同じ値段で出しちゃうんだからねぇ~、ウチは。考えられないよ」
と言うのだ。どうやらひいきにしている肉の卸し屋さんが気を利かせて置いていったらしい。そう、ここのキャンプ場にはバーベキューハウスがある。それを聞いたらいきなり焼肉が食べたくなった。漁師さんのところで誘われるであろう夕食をキャンセルすればよいのだ。
 それからNさんとは今年の遠泳の打ち合わせをして函館市戸井支所へ行く。

 実を言うと戸井支所には毎年津軽を泳ぐ計画が出来上がると、その計画書を持って行っていた。それはキンちゃんが泳いでいた2010年ころまで。。。。それまではおそらく『東京モンが来て勝手にやっていくものだ』と思われていたのであろう見向きもされなかった。たぶんこの予想は大幅にずれていないと思う。ところが支所長が変わって一変した。増してや2011年、3.11の震災以来、日本には外国人観光客が激減し、それは函館においても範疇の外ではなかった。
 震災前、2011年の夏に津軽を泳ごうと考えていたオーストラリアの水泳仲間ペニーが震災後、「しばらく様子を見る」と言ってきた。またドイツの水泳仲間マギーは「政府が“日本への渡航は自粛するように”と指導があった」とキャンセルしてきた。実際、この年の4月、キンちゃんとゴゾ(マルタ共和国)のスイムトレックに行ったのだが、予約をしていたスイスの航空会社乗務員が「日本へ行くのは嫌だ」と言って飛行機が飛んで来なかった。そこで急遽ドイツの航空会社に変わったのだが、それは日本の航空会社と共同運航していて、結局は日本の航空会社の飛行機で行ったのだ。何だかややこしいが、詳細は当ブログ「3.風評被害?(ゴゾ スイムトレック:4/11 - 24)」をご覧いただきたい。
 いずれにせよ北海道に「原発事故の影響はない」と私が言ったところで説得力はない。公的機関からの何らかの安全宣言のようなものが必要だった。結果、在日米国大使館とIATA(国際航空運送協会)が“日本の安全に関する宣言”をしてくれたのでペニーとそのご主人のクリスは来日することになった。
 函館市としては「広く日本の安全性と津軽海峡の素晴らしさを世界に広めて欲しい」考えるようになったようである。
 そんなこんなでペニーとクリスが来函した時は空港で大歓迎をしてくれた。以来、戸井支所とはお付き合いをさせていただいている。

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2011年9月15日函館空港にてペニーとクリス

 戸井支所での打ち合わせを終え、漁師さん宅へ。だが家には誰も居ない。『おかしいなぁ~、ちゃんと約束したのになぁ~』と思っていると、家の裏にある丘の上から掃除機を抱えた奥さんが降りてきた。聞くと「ウチのトーちゃんが丘の上に別荘建ててね。掃除機が一つ壊れちゃったからホラ、一つの掃除機で別荘掃除したり家を掃除したりだよ。ま、上がんなさい」と言って家に入れてくれた。更に話を聞くとご主人は孫の塾通いの送迎で出掛けているらしい。その間、新しくなった船舶検査証書をお借りして近くのコンビニへ行き、証書のPDFファイル化をさせてもらった。これで海保に届ける書類はいくつでも印刷出来る。
 コンビニから戻るとご主人はもう帰っておられ、聞くと津波に備えて丘の上に家を建てたらしい。
 ちなみに船検(クルマでいう“車検”)は6年毎で、昨年が初の船検である。つまり7年前に新艇を創ったのだ。普通、日本の漁船の値段は普通の家一軒分である。つまり7年前に船を買い替えて、去年は家を建てている。スゴイ。。。。。。。

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ピカピカの新しい漁船(2007年)

2008年6月17日 キンちゃんと湘南の主さんの淡島~大瀬崎間 2-way duo swim

<結果>

  • 1st leg: 淡島 05:33 ⇒ 大瀬崎 09:00 3時間27分
       (4分もダイバーと話していた)
  • 2nd leg: 大瀬崎 09:04 ⇒ 淡島 13:15 4時間14分
         合計=7時間41分

<データ>
   天候 曇ったり晴れたり
   風向 主に北西
   風速 0.0~5.1m/sec
   気温 22.5~27.3℃
   水温 21.1~23.0℃
   波高 0.5m
   流向 西及び南
   流速 0.0~0.5kn
   ピッチ キン:56~64回/分 湘南の主:50~60回/分

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前日に栄養補給品を作るキンちゃん

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張り切る湘南の主さん

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集合~♪

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行ってきます!

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行ってきます~♪

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淡島をスタートです。

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キンちゃんアップ

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湘南の主さん力泳中

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大瀬崎はダイビングスポット。ダイバーとお喋りが長~い。。。

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ようやく折り返し

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二人揃って仲良く栄養補給

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キンちゃんどアップ

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湘南の主さんアップ

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まもなく到着だよ♪

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そっか・・・・・・

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お疲れ様でした。

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疲れた・・・・・

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疲れてないよー!

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終わればカラオケでパーッと!!

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楽しいよ♪

津軽の下見 3.ライオンは寝ている。

 青森行きの夜行バス「津軽号」は東京駅八重洲南口7番乗り場を定刻の午後9時30分に出発をした。これから新宿を経由して青森へ向かう。普段、運転席にしか座ったことのない私は『どうやって新宿に向かうのか』、関心があって仕方がない。ホントはいけないのらしいけれど、窓に閉められてカーテンを少し開けて外を眺めていた。すると、、、、隣の席から大きなイビキが。。。。。しまった。先を越された。それはもうライオンの雄叫びのような大イビキで、せっかく飲んだ眠り薬のビールを打ち消すには充分なほどの音量だ。ちなみに私も大イビキをかくらしいが、私自身聞いたことはないし、『これほどではない』と勝手に思っている。
 皆さんはおそらくトーケンズの“ライオンは寝ている”という曲を知っているであろう。知らないにしても聞いたことはあると思う。聞いたこともないと言う人のために埋め込んでおきましょう。

 この曲の内容は
大きな、大きなジャングルに小さな、小さな部落がある
その平和で小さな部落の近くでライオンが寝ている
静かにしてください
ライオンを起こさないでください
平和な部落を保つために

というようなものだ。
 この内容に従って静かに私は外を眺めていた。新宿を出た津軽号は首都高を経て東北道へ。都会の喧騒、明るさが走るに連れなくなっていく。すると空には瞬く星々が見えるようになってきた。遠くの明かりが静かに車窓を流れていく。こんな明かりを飛行機からも船からも見るのが好きだ。灯台は船乗りの運行を助けるサイン。飛行機の窓から見る明かりは“そこに人の生活がある”証になっている。『どんな生活だろう』と想像力を掻き立てるのが私は好きなのだ。

 そういえば昔ジブラルタルを泳ぎに行った時、スペインの首都マドリードからマラガまでタルゴ(スペインの特急列車)に乗って行ったのだが、この時も夜行で、車窓から見る景色は何処までも続く広大な原野だった。月明かりから見る景色は『アパッチが馬に乗って出てきてもおかしくない』と思わせる原野がずぅ~~~~っと続く。日本だったら山あり谷ありで曲がりくねった線路であろうに、『ここは原野だけで線路もひたすら真っ直ぐ続いている』と思った。後々から聞けばやはりココではマカロニウェスタンの西部劇映画ロケ地になっているらしい。やはりな。。。。。

 そんなこんなを思い出しているうちにいつの間にやら私もライオンになっていたようだ。。。。。

2010年6月15日 キンちゃんの淡島~大瀬崎間 3-way solo swim

<記録>

  • 1st leg: 淡島(06:30)→大瀬崎(09:26)=2時間56分
  • 2nd leg: 大瀬崎(09:26)→淡島(13:02)=3時間36分
  • 3rd leg: 淡島(13:02)→大瀬崎(17:23)=4時間21分
         3-way合計=10時間53分

<データ>
   天 気:曇りのち晴れのち曇りのち雨
   水 温:22.0~23.9℃
   気 温:22.3~26.0℃
   視 界:5~10海里
   波 高:0.5~1.0m
   風 向:主に西ないし北
   風 速:0.0~5.7m/sec
   流 向:午前中主に西、午後は東
   流 速:0.0~0.5kn
   ピッチ:58~63回/分

 詳細は当ブログ
「キンちゃんが行く」Vol.34-1 1. 大あんまき、嶋咲屋さん
「キンちゃんが行く」Vol.34-2 2. 有り難いお友達
「キンちゃんが行く」Vol.34-3 3. 珍しい光景
「キンちゃんが行く」Vol.34-4 4. 年配の方の荷物
「キンちゃんが行く」Vol.34-5 5. 久しぶりの海練習の朝
「キンちゃんが行く」Vol.34-6 6. 4月7日以来
「キンちゃんが行く」Vol.34-7 7. 反省会
「キンちゃんが行く」Vol.34-8 8. 腰
「キンちゃんが行く」Vol.34-終 9. データ
をご覧ください。

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大好きな船頭さんと

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行ってきます!

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淡島をスタート!

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いきなりどアップ!

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絶好調!

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富士山も応援してくれる♪

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大瀬崎の折り返し

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栄養補給(美味しいよ♪)

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淡島の折り返し

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大瀬崎のゴール!

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無事に終わりました。

「空(Sky)」(ライヴ用トーク原稿<5/5>)

 この文章は2014年5月17日に行われた我々親父バンド“DIS”のライヴ用トーク原稿です。ライヴは二部構成で一部はtoraのお喋り、「空を歌おう♪」です。二部ではマジックショーなどお披露目しながらの楽しいライヴですが、ココでは“一部のみ”を公開することにします。
 ご注意していただきたいのは実際のトークとこの原稿とは少し違います。ストーリーは覚えていますが、内容をその場の雰囲気で変えるからです。また音楽はYouTubeを使用しています。実際の音源ではありません。

 さて、“空”というテーマでいろいろお話をさせていただきました。皆様にはいかがでしたか? 空から観天望気、天文学、天体潮汐、ナビ、天文航法、黄昏と、実際に泳いだ鳴門海峡の話もさせていただきました。もし少しでも「何か得した気分」とか、「空や星や海の話でロマンを感じた」とか思っていただければ幸いです。

 ところで今月14日、宇宙飛行士の若田光一さんが国際宇宙ステーションで188日間の滞在を終え、ソユーズ宇宙船TMA-11Mでカザフスタンへ帰還しました。彼は日本人初の船長をおやりになったんですよね。素晴らしいです。
 さて皆さんは「何処にでも連れて行ってあげる」という人が現れたら、皆さんは何処へ行きたいと言いますか? 「オーロラを見たい」ですか? 遠く太陽から地球の極地に降り注ぐ太陽風による発光現象、それも良いでしょう。ですが私は間違いなく「宇宙に行きたい」と言うでしょう。若田光一さんのように宇宙から地球を眺めてみたいのです。
 海に行くと、沖から見るのは私の場合、陸です。たぶん生まれ故郷だからでしょう。飛行機に乗って空に上がりましても地上ばかり眺めて、「地図そっくりだ」と感動しきりです。「あすこからあすこまで泳いだ」なんて思い出します。
 同じように宇宙から地球を眺めて「あの国に行った、この国に行った、ああ、この国に行ってみたいな」などと思い起こしてみたいのです。
 皆さんもいかがですか? 空を見上げてみよう、星を眺めてみよう、などとお思いになりましたか? そんなこんなで本日の“空を歌ってみよう”のトーク、第一部を終わりにします。第二部は“マジックショー”なども準備しております。お楽しみにして下さい。どうもありがとうございました。
 この後、Aちゃんから皆さんへ、本日のこれからのご案内があります。ではAちゃん、宜しくお願いします。

2006年6月13日 湘南の主さんの片瀬西浜~逗子海岸 3-way solo swim

<記録>

  • 1st leg: 逗子 → 片瀬西浜 3時間51分
  • 2sd leg: 片瀬西浜 → 逗子 4時間57分
  • 3rd leg: 逗子 → 片瀬西浜 4時間27分
                合   計: 13時間15分

<データ>
   天候:曇り
   水温:20~21℃
   波高:0.5~1.0m
   潮 :午前:西流、午後:北流(0.3~0.5ノット)
   風向:朝:北、昼:東、夕:南(1~3m/sec)

 写真は当ブログ2006年6月13日、江ノ島(片瀬西浜)~逗子間(写真集)をご覧ください。

2007年6月12日 キンちゃんの淡島~大瀬崎間 2-way solo swim

<記録>

  • 1st leg: 淡島07:46 ⇒ 大瀬10:45 2時間59分
  • 2nd leg: 大瀬10:45 ⇒ 淡島13:54 3時間09分
       2-way合計: 6時間08分(ベストタイム)

<データ>
   天候:曇りのち晴れ
   水温:19.5~21.8℃
   気温:21.4~26.4℃
   波高:0.5~1.0m
   風向:主に午前中は南、午後は西
   風速:1.2~5.4m/sec
   潮:流向(流速):主に午前中は東(0.4kn)、午後は南(0.3kn)
   泳法:クロール(左右呼吸=3ストローク1ブレッシング)
   ピッチ:62~74回/min

 詳細は当ブログ「キンちゃんが行く」Vol.7を写真は2007年6月12日、静岡県沼津市(駿河湾)淡島~大瀬崎間(2-way)をご覧ください。

「空(Sky)」(2014年5月 ライヴ用トーク原稿<4/5>)

 この文章は2014年5月17日に行われた我々親父バンド“DIS”のライヴ用トーク原稿です。ライヴは二部構成で一部はtoraのお喋り、「空を歌おう♪」です。二部ではマジックショーなどお披露目しながらの楽しいライヴですが、ココでは“一部のみ”を公開することにします。
 ご注意していただきたいのは実際のトークとこの原稿とは少し違います。ストーリーは覚えていますが、内容をその場の雰囲気で変えるからです。また音楽はYouTubeを使用しています。実際の音源ではありません。

 今、お聴きいただいている曲は「星に願いを」。1940年のアメリカ・ディズニー映画「ピノキオ」の主題歌です。もう70年以上昔の曲なのに、ちっとも“古さ”を感じさせないところがスゴイですね。

 さて、海の自然の力は太古の昔より北欧のヴァイキングなど海の先人たちが航海に使われており、マゼランやヴァスコ・ダ・ガマなど、大航海時代に出てくる歴史上のパイオニアたちも海や風や流れを理解していました。
 皆さんはクルマを運転する方も多いと思われますが、「カーナビ」と呼ぶナビゲーションシステム、GPSをご存知のことと思います。これは人工衛星から道案内してもらっています。
 それでは皆さん、「羅針盤」ってご存知ですか? これは「方位磁針」、「コンパス」とも呼びます。まあ東西南北を測る磁石のことですね。山歩きをされる方には必須の持ち物です。海や砂漠では他に「六分儀」と呼ばれる星の高さを測る単純な器械があって、先人たちは空に浮かぶ星々を見て地球上の何処へでも旅をしました。海では「天文航法」と呼び、星は航海する上で重要な道標を船乗りに教えてくれます。まあ今も昔も「行き先は星に教えてもらう」に変わりはないようです。
 さて、昼の青い空、夜の満天に輝く星々、その中間に夕方があります。ちょうど日没の頃ですね。そのちょっと後、まだ空に“赤さ”が残る時間帯で、「黄昏時」とも言われております。ちょうど海と空の色が溶け合って水平線がわからなくなる時で、その色を「黄昏色」とも呼びます。
 ちなみに黄昏の語源は江戸時代になるまで「たそかれ」と言い、暗くなってシルエットだけになった人に向かって、「誰そ彼(誰ですかあなたは)」と尋ねるところから来たと言われております。
 また黄昏時になると、人は何故か物哀しい想いになることから、第三者のそんな様子を見て「たそがれている」などと表現することがあります。
 そんな空の色とか時間をイメージしていただき、Aちゃんに歌ってもらいましょう。♪黄昏のビギン♪

津軽の下見 2.津軽弁、、、思い出しちゃった。。。

 6月1日(日)、午前の水泳教室を早々と終え、帰宅した。何と言っても今回の下見、書類や荷物表は作ったものの、その先のことは何もしていない。慌てて衣類など、必要な旅行品を準備する。ところがココで不思議な現象が起こった。リュックの大きさと荷物の量、“これが限度”と経験的感覚で分かっている。ところがいざパッキングでリュックに入れると余裕があるのだ。リュックに。。。『ン?』とは感じつつも『余裕があるのは良いことだ』と勝手に自分に言い聞かせている。実はそれは忘れ物があったからだとは後々に気が付くのだが、、、
 この日、東京はとても暑かった。連日30℃を超し、もう夏の陽気になっている。夜行バスは東京駅バスターミナルを21時30分発になっているが、とにかく初の夜行バスなので心はウキウキ、ワクワク、ハラハラ、ドキドキしている。もう子どもが遠足に行く時のようにジッとしていられないのだ。それに『もし眠れなかったら困る』と、不眠対策最強の助っ人、『ビールを飲まなきゃ』で早めに家を出た。
 我が家から駅まではバスだが、このバスが停留所にやって来るといきなり運転士から「何処までですか?」と聞いてきた。「駅までです」と答えると「それなら大丈夫です。実は途中の道路で事故があって、通行止めになっているんです。迂回するので通行止めの部分のバス停には止まりません。それから駅までは通常より時間が掛かりますが、それもご理解ください」とのことだった。「わかりました」と乗車し、『時間に余裕があって良かった』と思った。
 少し遅れながらも駅に着くと、駅前のラーメン屋さんに入ってギョーザをつまみに生中を二杯、夕食代わりにラーメンを食す。それから駅に行くと「ただいま、当駅で発生した人身事故でダイヤは大幅に遅れています」と構内放送があった。『今日はよく事故があるなぁ~。それでも良かった。余裕を持って家を出てきて。これがもしギリギリだったらバスに間に合わないかもしれない・・・』。
 駅のホームで一人立っている。熱い。駅前ビルの壁面にある電光掲示板で天気予報が流れている。現在の気温は26℃。もう午後6時を過ぎているのにこの気温。暑いはずだ。。。
 電車は定刻より約10分の遅れで入ってきた。それに乗って東京駅へ。東京駅のバスターミナルは八重洲南口の前にあり、1から10までの乗り場が並んでいる。驚いたのはその10あるバス乗り場から10分ごとにバスが各地へ出発して行く。つまり10分で10台、1時間だと60台のバスが全国各地へと出発して行くことだ。これほどまでバスの運行があるとは!!!!!!
 飛行場の出発ロビーにある行き先と時間、出発ゲートナンバーがズラーッと並ぶ表示板のように、バスターミナルにあるカウンター裏では同じようにバスの案内が表示されている。それによると私が乗るバスの出発時間までまだ1時間以上ある。『これはビールを飲まなきゃ』と、東京駅の地下にあるだろうレストラン街のビールを飲める場所を求めて階段を下りて行った。あった。“キリンシティ”と書かれたビアホール(?)である。そこで再び生中を二杯飲んで再び私が乗るバス乗り場7番へ行った。
 三々五々集まっていた旅客は各々のバスに乗車して出て行く。『スゴイなぁ』と思って目を見張っていると、来た。津軽号が。。。。。
 津軽号とは私の乗るバスの名前で青森のバス会社。“津軽号”という名前が何とも良い。バスが止まって降りてきた乗務員に私がチケットを渡すと「ああ、toraさんね。toraさんは3-Sです」と教えてくれた。ただその言葉がバリバリの青森方言なのだ。『ウワァ~、青森だぁ~!』と思った。もし私が青森出身者だったら、きっと涙が出るくらい喜んだことだろう。しかも乗ってくるお客さんのほとんどが青森方言。『このバスの中は青森だ』と思ったほどだ。
 生まれて初めて乗る夜行バスは三列独立シートで一つ一つはカーテンで仕切られている。乗って乗務員に言われた3-Sを捜す。シートは進行左側からA列、中央のB列と並んでいる。すると右側はC列だと思う。私は。。。。。ところが“C”の表示が見当たらない。またシートは前から1、2、3、4と並んでいる。『ン? オレの席は何処だ??』。『もしかしたら“3-Sです”ではなく、“3-Aっす”と言ったのかもしれない』と思い、3-Aに座った。何と言っても青森方言バリバリなのだから。
 シートは50人乗りくらいの大型バスに28席しか設けていない。確かに幅は普通だが長さは普通のシート3席分くらいある。『なるほどな』と思ってリクライニングを倒し、リラックスしていると乗務員が「toraさん、高いお金出して高い方の席を予約しているでしょ。toraさんは3-S、右側の中央付近ですよ」と教えてくれた。確かに私は『1,000円くらいの差額で安眠できるのならその方が良い』と考えたので高い方にしたのだ。言われたとおりバス内中央まで行くとあった。3-Sが。。。。幅は一緒だが、長さはさらに長く、4席分くらいある。とにかく足置きまで足が届かないのだ。単にオレの足が短いだけ???

 そんな青森方言に囲まれたバスの中で、過去に津軽弁の通訳をした思い出を思い出していた。それは某テレビ局が毎年夏になると行う人気番組「24時間テレビ」だ。
 2008年春、番組制作会社の偉い人が菓子折り持ってわざわざ私のオフィースまでやって来て、「盲の障害者と水泳経験のある芸能人、それに元オリンピック水泳選手とのリレーで津軽海峡を泳いで渡る番組を作りたいのだが、是非協力して欲しい」との依頼だった。
 実を言うと私はあの番組があまり好きになれない。いわゆるパターナリズム、温情主義的に障害者を使い、そこに寄付行為をするところが何ともいやらしい。そんな意図の感心できない番組ではあるが、ほとんどが障害を持つ当スイミングクラブの生徒のほとんどがあの番組のファンである事実だ。これは無視できない。中には番組のオリジナルTシャツを買って私にプレゼントしてくれる生徒もいる。まあいろいろ考えるところもあったのだが、“それで海峡横断泳の普及になれば良い”と引き受けることにした。
 で、この時は青森の漁船をサポート船に頼んでいて、番組スタッフと漁師さんとの打ち合わせをしたのだが、とにかく漁師さんはバリバリの津軽弁で、それでも気を使って一生懸命標準語で喋ってくれてもスタッフは「まるでフランス語を聞いているようでまったくわからない」とのことだった。まあ100%わかるほどでもないのだが、そこそこ津軽弁に慣れている私は通訳のようなことをした。日本人に日本語の通訳をやったのはその時が後にも先にも初めてだった。
 ちなみにこの番組放送日は大潮に当たっていて、「無理」と私は初めから言っていたのだが、政策担当者は「遠泳のための番組ではなく、番組のための遠泳なので実施日はずらせない」とのことだった。さらに「途中でダメになったとしても、“ダメだった”と放送すればよい」とのこと。つまり成功させることが目的なのではなく、実施することが目的なのだ。だがそれでは私のプライドが許さない。一生懸命やりましたよ。
 結果、北海道の数百メートル手前まで泳げたが、それから先は元オリンピック水泳選手が泳いでも進まない。結局は失敗に終わったが海峡横断泳とはそんなものだ。でも選手たちはよく泳ぎましたよ。
 とにかく番組主体の遠泳なので条件が厳しい。それは“成功率を上げる”私の目的と“視聴率を上げる”番組制作側の目的では意見が一致しないのだ。例えば“スタートは日の出(午前4時頃)とともにする”と言う私の意見に、“そんな早い時間にテレビを観ている人は少ない。少なくともみんなが起きている午前8時頃とする。スタートのセレモニーも行う”とのことだった。“更にゴールはメインイベントであるマラソンがゴールする前。日没前の明るい時間帯”とのこと。“明るい時間帯に終始するのは賛成するが、津軽泳はそんなに速く泳げない。少なくともスタート時間はもっと早い時間にして欲しい”との私の意見でようやく“スタートは午前6時”と妥協した。
 ちなみにドーバー海峡横断泳はスタート地点がイギリス、ゴールはフランスとされている。まあイギリスのドーバー付近からスタートするのだが、その日の潮の状態で成功率を上げるため、スタート地点はいろいろある。しかもゴールはフランスなので、フランスなら何処でも良い。このようにスタートはイギリス、ゴールはフランスと的は大きいのだ。更にスタート時間は潮との関係で深夜でも出て行く。津軽泳にしても同様だと思う。たまたま日本の海保は「夜間泳は止めて欲しい」とのことで夜は泳げないのだが、北海道と青森の間を泳げば「津軽海峡横断泳」になるはずだ。ところが番組ではスタート地点もゴール地点も番組制作の都合が良いピンポイント。時間さえ指定されてくる。それは針に糸を通す行為の数百倍もの難しさだ。
 たまたま失敗に終わった2008年の津軽泳の評判が良かったようで、翌2009年も「“リベンジ”という形で泳ぎたいのだが協力して欲しい」との依頼があって、それは放送日がたまたま小潮に当たっていたので引き受けることにした。
 結果、まあ運が良かったのもあるが、厳しい番組の条件をクリアして成功させましたよ。と、ちょっと自慢。
 青森方言に囲まれたバスの中で、そんなことを思い出していた。

* 当ブログ24時間テレビ 総集編(2008年)津軽海峡横断リレー泳(2009年)参照

2009年6月9、10日 キンちゃん、淡島〜大瀬崎間 5-way solo swim

本日(6月9日)、キンちゃん淡島〜大瀬崎の5-way(約50km)に挑戦です。20時33分に淡島をスタートしました。20時間の予定で泳ぎます。

P6090001
大好きな船頭さんと

P6090003
行ってきます!

P6090008
前夜にスタートです!

23時41分、キンちゃん大瀬崎を折り返しました。
1st legの記録は3時間08分です。

P6090014
大瀬崎の折り返し

  • 天候 曇り
  • 水温 20.1〜21.0℃
  • 気温 21.6〜22.2℃
  • 波高 0.5m
  • 風速 0.9〜4.9m/sec
  • 風向 主に南西
  • 流速 0.0〜0.3nt
  • 流向 西
  • ピッチ 63〜65回/分

P6100016
淡島に向かって力泳中。

P6100031
もうすぐ淡島だ。

6月10日、午前3時58分、淡島をキンちゃんが折り返しました。

P6100033
淡島の折り返し

2nd legは4時間17分、2-wayで7時間25分です。
外は少し明るくなり始めました。
現在、「気持ち悪い」と言いながらも3rd legを泳いでいます。

P6100036
気持ち悪い・・・。

午前7時02分、大瀬崎をキンちゃんが折り返しました。

P6100037
大瀬崎の折り返し

3rd legは3時間04分、3-wayで10時間27分です。
明け方気持ち悪がっていましたが、どうやら復帰したようです。
現在、4th legを力泳中!

P6100039
気持ち悪いのが治ったよ。

P6100041
淡島に向かって力泳中。

動画は10時間目の栄養補給の様子です。

video001.3gpをダウンロード

11時22分、キンちゃんは淡島を折り返しました。

P6100043
残り1-wayだ・・・。

4th legは3時間29分、4-wayは13時間49分でした。
只今5th legを力泳中!

午後4時40分、大瀬崎において、キンちゃんの5-wayが無事終了しました。

P6100045
大瀬崎に到着!

5th legの記録は強風と向かい潮のため、6時間18分でした。

P6100046
お疲れ様でした。

5-wayの記録は20時間07分で、キンちゃんの持つ『海の最長時間泳記録』を2時間半ほど更新しました!

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記録更新でした!

キンちゃん、おめでとう!

「空(Sky)」(ライヴ用トーク原稿<3/5>)

 この文章は2014年5月17日に行われた我々親父バンド“DIS”のライヴ用トーク原稿です。ライヴは二部構成で一部はtoraのお喋り、「空を歌おう♪」です。二部ではマジックショーなどお披露目しながらの楽しいライヴですが、ココでは“一部のみ”を公開することにします。
 ご注意していただきたいのは実際のトークとこの原稿とは少し違います。ストーリーは覚えていますが、内容をその場の雰囲気で変えるからです。また音楽はYouTubeを使用しています。実際の音源ではありません。

 今、お聴きいただいている曲名は「スターダスト」。ホーギー・カーマイケルが1927年に発表したジャズのスタンダード・ナンバーです。皆さんには昔の歌のテレビ番組、「シャボン玉ホリデー」でご記憶の方も多いと思います。

 ところで「宇宙」と書いて、「そら」と読ませることがあります。昔、私は40歳を過ぎた頃にもう一度大学に入り、天文学を勉強しました。それは海を泳いでいて感ずる事が、宇宙だからでした。海をしばらく見ていると海面が上がったり下がったりしますが、これは「天体潮汐(てんたいちょうせき)」と呼んで、主に太陽と月の引力が海を満ちたり引いたりさせているのです。
 まあ最も大きな力は月ですが、地球は月とその反対方向へ引っ張られます。その中で24時間かけて1回転しますので、ほぼ6時間毎に海面が上がったり下がったりするわけです。
 ちなみに海の干満を起こす力を「潮汐力」と呼びますが、潮汐力は海洋の表面積に比例します。つまり太平洋は日本海より干満の差が大きいのです。ですから日本海岸では干潟が出来にくい。潮干狩りが出来にくい。となるわけです。
 それではもっと狭い海、瀬戸内海を考えてみましょう。瀬戸内海ではほとんど潮汐力はありません。そこで太平洋と瀬戸内海の接点はどうでしょう。鳴門海峡ですが、ご存知のように“鳴門の渦潮”が出来ます。太平洋の海面が高くなると低い瀬戸内海に海水が流れ込みます。太平洋の海面が低くなると瀬戸内海の海水が太平洋へ流れ出て、これをほぼ6時間毎に繰り返しているのです。
 過去、鳴門海峡を私は泳いでみました。距離は1,500mです。オリンピックの選手なら1,500mを約15分で泳いでしまいます、でも私は30分かかります。それでも30分あれば泳ぎ切れます。そこで太平洋と瀬戸内海の海面の高さが等しくなったとき、これを「転流」と呼びますが、その時に泳いでしまいました。
 まあ大学生の無謀で、海の決まり、つまり船舶交通や漁師さんたちの漁業を全く考えずに泳いでしまったものですから、後から海上保安部に偉く叱られました。ま、あまりやらない方がよい海域です。
 さて、大学で天文学を勉強した私ですので、ここでもD先生に歌っていただきましょう。♪空に星があるように♪

津軽の下見 1.計画(パズル)

 今年の夏、南アフリカの水泳仲間、ロジャーとアメリカのリズが津軽海峡を泳ぎに来る予定だ。そのために必要な届を提出しに津軽へ行く。主な行き先は海上保安部(以下“海保”と呼ぶ)、お役所である。もちろんスイマーを水先案内する船の漁師さんとも打ち合わせをしてくる。昨今、電話、ファックシミリ、メールなどの通信機器が発達しているが、やはり顔を合わせて話すことがお互いに理解しあえる最も良い方法だと考えている。何と言ってもスイマーの命を預かるのだから。。。。
 ただお役所となると開いているのが平日の午前9時から午後5時ころまでと決まっているし、漁師さんは朝が早いので失礼なくお会いできる時間は夕方と決まっている。まあこれが主目的だがそれ以外の副目的として震災被災地(石巻)を回りたい。これはやはり2011年の津軽への下見の帰り、石巻に寄ったのが始まり。それから毎年行って、被災地の状況を見聞きしている。
 したがって行き先は北から函館市、青森市、石巻市となる。これを効率よく回るにはどうしたら良いか、パズルである。ちなみに青森県はご存知のように鬼の角のごとく下北半島と津軽半島が伸びている。実際泳ぐのはこの角の先端部からスタートするかゴールするかなのだが、届け先は角の根本、つまり陸奥湾の最南部になる。ちなみに津軽海峡の最狭部は幅が20kmもない。ところが青森市と函館市の間は100km以上もあるのだ。つまりいつも『もったいない』と思うのは昼間の移動時間。青森市も函館市もお役所、海保を含めて半日で終わる。移動時間も2時間以上、つまり半日かかるのだが、それを昼間に当てるのがもったいない。なるべく移動は夜の時間帯に行いたいのだ。さてこのパズル、皆さんにはどのように解くか!!??
 おそらく最も効率的な案は朝一の飛行機で東京(羽田)から函館まで飛んで、昼にお役所、海保を回り、夕方漁師さんと会い泊(たぶん漁師さんと飲むので)。翌朝、青森に移動しお役所、海保を回り、夕方に石巻へ移動して泊。翌朝、石巻を回って夕方に帰路。と、北から南下すれば二泊三日で終える。だが、、、
 毎年毎年津軽へ行っている。その移動方法は船舶、航空機、電車、クルマであった。まあヒッチハイクとか徒歩とかを除く他の方法。それは夜行バスの利用である。つまり電車、航空機を使わずに往復する。それでいて無駄な時間は使わないことにこだわってみようと思った。
 調べてみると青森までの夜行バスと函館までのフェリーが付いたセット券が販売されている。ならば朝着いた青森でお昼までに海保、お役所を回って午後のフェリーで函館へ。夕方に漁師さんと会い打ち合わせ、泊。翌朝から海保、お役所を回って午後に石巻へ、泊。翌朝から石巻を回り、夕方に帰る。これなら航空機や電車を使わなくとも回れる。。。
 ところが夜行バスとフェリーのセット券は乗るフェリーが指定されていて、青森港10時発の“ブルーマーメイド”(函館13時40分着)に乗らなければならないのだ。まあ“ブルーマーメイド”は今年4月に就航された新艇で、会社「津軽海峡フェリー」の看板船なのであろう。まあ仕方がない。で、次のような日程になった。

  • 6/1(日):21:30 東京駅八重洲南口 ハイウェイバス7番乗り場(弘南バス)
  • 6/2(月):13:40 津軽海峡フェリー函館ターミナル到着
       レンタカーにて函館市戸井支所へ。午後3時より打ち合わせ。
       トーパスヴィレッジムーイへ行きチェックイン
       漁師さん宅へ
       トーパスヴィレッジムーイ泊
  • 6/3(火):朝 ムーイの支配人(Nさん)と打ち合わせ
       10時より函館海保にて打ち合わせ
       13時頃 レンタカーの返却(津軽海峡函館フェリーターミナル)
       14時発 フェリーにて青森へ(17:30着)
       ホテル(青森)泊
  • 6/4(水):午前9時より、青森海保にて打ち合わせ
       午前11時より、青函圏交流・連携推進会議(青森県庁)にて打ち合わせ
       14:10 青森駅前8番より仙台行バス(弘南バス)仙台駅前19:30着
       ホテル(仙台)にてチェックイン後、Y君と会食
  • 6/5(木):仙台駅前33番(宮城交通高速バス仙台石巻線)10:17発
       石巻駅前11:40着 被災地視察
       石巻駅前22:10発(京王電鉄バス(株)・宮城交通(株))
  • 6/6(金):05:45 新宿高速バスターミナル着

「空(Sky)」(ライヴ用トーク原稿<2/5>)

 この文章は2014年5月17日に行われた我々親父バンド“DIS”のライヴ用トーク原稿です。ライヴは二部構成で一部はtoraのお喋り、「空を歌おう♪」です。二部ではマジックショーなどお披露目しながらの楽しいライヴですが、ココでは“一部のみ”を公開することにします。
 ご注意していただきたいのは実際のトークとこの原稿とは少し違います。ストーリーは覚えていますが、内容をその場の雰囲気で変えるからです。また音楽はYouTubeを使用しています。実際の音源ではありません。

 今、お聴きいただいている曲は「太陽がいっぱい」。1960年のフランスとイタリアの合作映画でアラン・ドロンが主演でした。まあ「日本のアラン・ドロン」と呼ばれている私ですが、皆さん、イメージしてみてください。「空」と聞くと何を思われますか? 太陽がいっぱいの青い空、白い雲。そんな想像をして『広くて気持ちいい』とか『白い雲が何かの形に似ている』と思われたりするかもしれません。
 ちなみに私は雨の後の虹が好きです。虹が出た後は天気が良くなるんですよ。ご存知でしたか? これは「観天望気(かんてんぼうき)」と呼んで、雲の形、空の色、風向、動物の行動などを観察して天気を予測することです。昔の人は色々な自然現象を経験し、そこから得た知識で天気を予測したのです。現在では観天望気は天気の「ことわざ」という形で言い伝えられています。この「ことわざ」を知って、実際の自然現象と照らし合わせて天気をある程度予測することができるのです。ごく狭い地域では気象庁の天気予報より的中率が高いです。本当に昔の人の生活の知恵ってすごいですね。
 スキーや遠泳で山や海によく行く私は空を見上げて観天望気を思っているのが大好きです。また、大きな空を見上げていると、それまで小さなことで腹を立てたりくだらないことで嫌な思いをしたりしていた自分自身がホントに小さな存在に感じます。そんな“心の洗濯”をするにも私には「空」が重要です。
 また海や山と空はよく合いますね。5月、今頃の海や山は暑くもなく寒くもなく、爽やかな風を感じ、静けさの中から聞こえてくる潮騒で胸をときめかしたり、何処からか香る花に優しい喜びや溢れる夢を思ったりするのでしょう。
 そう、昔、グループ・サウンズが流行っていた頃は“空”、“海”、“ビーチ”、“星”などがあると「曲が出来る」と言われておりました。人気映画の“若大将シリーズ”、「加山雄三」がこれらを題材に、たくさんの曲を「弾厚作」という名で作ってくれました。
 その中の一曲を、“空の若大将”こと私、toraの歌で聴いていただきましょう。♪夜空を仰いで♪

湘南の主さんの「アメリカ・ニューヨーク、マンハッタン島を泳ぎました。ついでにリバティー島も泳ぎました。」(+3/3: 41/41)

41・番外編 湘南オープンレース10km大会

 8月24日(土)午前5時起床。お餅を3個食べて6時40分の電車で逗子駅へ向かう。藤沢駅で海練習を一緒にしていた友人に会い、会場まで一緒に向かう。会場は既に大勢のスイマーが集まっていた。1年振りの再開で色々な皆さんにご挨拶。皆さんの中には私のニューヨーク・マンハッタン島一周レースに参加していることを知っている人も何人かいた。
 一年振りの再開で衝撃的だったのは、高木さんの話だった。高木さんは今年73歳。マスターズ水泳界で超有名人のスイマーで、私が以前、マスターズ大会に参加している時に知り合った方。この湘南オープンも10年連続出場されているそうだ。
 彼は私がドーバー海峡横断泳成功者「チャネル・スイマー」だと言うことを最近知ったらしい。「全然知りませんでしたよ。身近にこういう凄い人がいるのはとても嬉しいことです」と言っていた。話の中でトミーの話が出た。彼も日本を代表するマスターズのトップスイマーの1人。年齢もお互い近いので知り合いになって当然だが、トミーから私の話を聞いたそうである。その話の内容がとても嫌な内容で、私を知る高木さんにはどうも納得出来なかったので、私に確認したかったそうである。「話を聞けて良かった」と言ってくれた。それにしてもトミーはどんな性格をしているのだろう? 今日の大会でも顔を見かけたが、声を掛けなくて良かった。
 この大会に向けて一緒に練習してきた女性、本間さん、荒川さんも元気一杯で良かった。本間さんの水泳仲間の小坂ご夫妻が応援に駆け付けてくれていた。レースは15分遅れの9時15分にスタート。『今日はゴールまでは泳げない』と思っていたので、後方からゆっくりとスタート。逗子湾内の1km周回コースがとても長く感じられたし、今日の海はクラゲだらけで、何度もクラゲの大群が漂う海面を泳いでゴールへ向かって行った。逗子湾内は比較的大きめのクラゲで頭にゴツン、ゴツンと当たっていたが、沖へ出ると直径7~8cm位の小さなクラゲだらけの海の中を、クラゲをかき分け、かき分けながらの海域を何度も通過した。
 力まず、ストロークを“大きく、大きく”を意識しながらとても気持ち良く泳いでいた。鎌倉沖で稲村ケ崎に近くなってきた地点でライフガードに声を掛けられた。「大変申し訳ありませんが、ここが5km地点です。しかし、タイムオーバーになりましたので残念ながら船に上がって頂きます」。泳ぎを止めて見回すと直ぐ側にゴムボートが居て、係員2名が乗っていた。他にも1名のスイマーがやはり止められていた。ボートに引き上げられ、更に大きな漁船に乗り移った。すると女性2名が居た。1人はピーターさんの知り合いの女性だった。私を含め4名が船上の人となった。係りの人に時間を聞くと10時58分だった。9時15分スタートだから5kmの制限時間“1時間40分”は10時55分。まぁ~仕方ないか、でもゆったりと泳いでいたので泳ぎの疲れは全く感じられない。無理せずノンビリと泳いだのが良かったのだろう。

 この大会を私は第1回目から参加しており、今回初めて途中退水となった。その後続々と選手が船に上がってきた。係りの人が「今、トップの選手がゴールしました」と教えてくれた。2時間7分台。2隻の回収船はほぼ満杯状態。私の乗っている船だけでも20名以上のスイマーがいたので、40~50名が5km地点でタイムアウトになっている勘定。
 選手の回収が終わり、船は腰越漁港を目指して走り出した。沖を見るとスイマーが点々とゴールを目指して力泳している姿が小さく見える。今回は不思議なほど悔しさを感じない。練習不足、体調不良などが上げられるが、一番大きな要因は今回、自分の生涯に残る思い出、ニューヨーク・マンハッタン島一周レースに参加して完泳出来た喜び、満足感の方が大きなウエイトを占めているからからかもしれない。
 一足先に港へ戻り、次々にゴールしてくる選手を拍手で迎える。皆さん、私がゴール地点にいることに対して一様に驚いていた。海練習仲間の本間さんは3時間15分台、荒川さんは3時間20分台と見事に完泳された。
 来年70歳。年々体力の衰えが顕著になり、果たして10kmを制限時間内に泳ぎ切れるのか全く分からない。

「空(Sky)」(ライヴ用トーク原稿<1/5>)

 この文章は2014年5月17日に行われた我々親父バンド“DIS”のライヴ用トーク原稿です。ライヴは二部構成で一部はtoraのお喋り、「空を歌おう♪」です。二部ではマジックショーなどお披露目しながらの楽しいライヴですが、ココでは“一部のみ”を公開することにします。
 ご注意していただきたいのは実際のトークとこの原稿とは少し違います。ストーリーは覚えていますが、内容をその場の雰囲気で変えるからです。また音楽はYouTubeを使用しています。実際の音源ではありません。

 皆さんこんばんは。本日はようこそいらっしゃいました。そしてお越しいただき、ありがとうございました。
 本日の前半は私、toraが進行役になっております。宜しくお願い致します。
 仕事は水商売でクラブ経営をやっております。クラブの名前はトラジオンスイミングクラブ、障害を持つ子どもたちに水泳を教えております。
 さて、始めにお聴きいただいた曲はご存知“007シリーズ第2作”で、「007危機一発-ロシアより愛をこめて(From Russia with Love)」。イアン・フレミングの長編小説第5作で1963年に製作されたイギリス映画でした。そして次にお聴きいただいたのは「スタンド・バイ・ミー」。これは1986年に公開されたアメリカ映画で同名のテーマ曲でした。そう、去年は「チョッピリ映画音楽」をテーマにやらせていただきました。まだちょっと引きずっています。

 さて5月ですね。風薫る5月、とても気持ちの良い季節です。昼間は暑いですが夜は涼しくて眠るにも都合が良い。この時期はイギリスのドーバーの真夏の頃に似ています。何故それを知っているか、それは私が遠泳をやっていて毎年ドーバー海峡横断泳へ行っているからです。同時に日本の津軽海峡横断泳も行っておりますが、不思議なことにドーバーではイギリス人スイマーが最も多いのに、津軽では外国人スイマーの方が多いです。ドーバーの真夏より津軽の真夏の方が暑いのに日本人スイマーが少ないのは、それだけ海を泳ぐ認知度が日本人には少ないように思えます。
 ま、今年もドーバーへ行って70歳、日本人最高齢の男性スイマーを泳がせてきます。また津軽では南アフリカの男性スイマー、アメリカの女性スイマーを泳がせます。まあ何とか全員が成功出来るよう頑張ってきます。
 で、我々も秋のライヴですとその遠泳報告をさせていただくのですが、初夏の気持ちの良い季節なので、気持ちの良い“空を歌ってみよう”と言うお題でのトークと決まりました。
 なかなか難しいのですが、何とかない頭を絞って考えてきました。拙い進行とお喋りかと思われますが、皆さんには我慢していただければ幸いと存じ、本日はよろしくお願いいたします。

湘南の主さんの「アメリカ・ニューヨーク、マンハッタン島を泳ぎました。ついでにリバティー島も泳ぎました。」(+2/3: 40/41)

40・今回のレースを振り返って

 今回のニューヨーク・マンハッタン島一周リレースイム、そして自由の女神像のあるリバティー島一周スイムレースの参加は、今までの海外遠征スイムとは全く違い、観光旅行の様な感じでもあった。今までの海外遠征では必ず近くに海があり、毎日海で泳いで過ごしたが、今回のニューヨークは泳げる海が近くに無かったとこ。「アメリカの中のアメリカ」と言われているニューヨーク・マンハッタン島での2週間余りの生活がそうさせたのかも知れない。

P8101044 石井先生がオブザーバーを務めたチーム「Swim the Citi」

 今回の「チーム・つがる」は全くチームとしてのまとまりが無かった。これが色々と問題を引き起こす原因となったように思う。チームメンバーは同じ釜の飯を食い、寝食を共にしてチームとして成長するものだと思う。大会前日に現地集合では良い結果が得られるはずもない。
 又、石井先生はオー先生から依頼されて、当初から計画、立案、実行等々大変ご苦労されて、何とかチームを取り纏めてニューヨークへ来たのだが、一番肝心な我々チーム一員として当日は参加出来ず、レースで私たちの泳ぎを見ることが出来なくなったこと。これは我々も大変ショックだった。が、一番悔しく、情けない思いをされたのは石井先生ではないだろうか。

P8111080 皆さんとても若そうですが・・・・8時間12分20秒で6名リレーの部、優勝だそうです。

 何のために貴重な時間を費やしてここまで来てチームのメンバーとして参加出来なかったのか? チームの一員としてマンハッタン島スイムの我々の話の輪の中に加われず、蚊帳の外。何で他の国のボランティアをしなければならなかったのか? 「頭に来て早く帰りたかった」とも言っておられた。
 チームの皆さんが帰国された後の一週間、石井先生と2人だけの生活を過ごして徐々にではあるが、その怒りが少しは収まってくれたように私は感じた。
 陽子さんには今回のマンハッタン島スイム計画では大変お世話になったことは重々承知しているが、オーシャンスイムのルールに関して、石井先生に決めつけたような言い方をするのは「10年早い」と言いたい。彼女に言わせれば「私は大会本部の見解を伝えるメッセンジャーの役に徹した。決断をしたのはあくまでも石井先生です」との答弁だった。でも石井先生に言わせれば、「そう言わざるを得なかったように仕向けたのは誰だ!!」と言われていた。
 石井先生はご自身でもオーシャンスイム大会を企画、実行されており、オーシャンスイムのルール運用については熟知されている。大会本部にルールについて問い合わせをすれば、必ず「ルールに従って行う」と言うことは百も承知。でもレースになればオブザーバー、ボートキャプテンの判断が最優先する。このことは昨年、津軽海峡を泳がれたアメリカ人のパットさんの横断泳でオブザーバーを務めた私の判断を見ても分かると思う。ルールではゴールは岸から上がって完全に身体が水から出ることとなっているが、もし、あの時ゴールを函館港に変更すると言ったら多分、彼女の津軽海峡横断泳は成功しなかったことであろうと今でも思っている。

P1010139 津軽海峡を泳ぐアメリカのパットさん

 では、陽子さんはどうすれば良かったのか? 「大会本部ではこういう解釈です。後は石井先生の判断にお任せします」。我々チームとしては、石井先生がボートに乗ったことで万が一失格と言われても、『それでも良い』と思っていた。チームと言うのはそういうものだと思う。この時点では私も事態がよく把握出来てなく、適切な意見を言うことが出来なかったことを今も大変悔やんでいる。
 陽子さんはこれからもオーシャンスイム大会に参加されることと思いますが、今回の出来事を教訓にとして、今後対応されることを願っています。
 まぁ~それにしても海外のオープンウォーターレースの運営、進行は私に言わせれば「お粗末」の一言。ルールがあって無きに等しく、マンハッタン島レースは何年やっているのか分からないが、ルールでは“1回目は45分、2回目以降は30分交代”となっているのに、第一泳者はスピードスイマーで三つ目の橋の下まで、ルールにはそのようなことは一言も書かれていない。であるならばルールを変更するべきであると思うが・・・・・
 まぁ~街中を歩いていて、ニューヨークポリスが赤信号で道路を横断している姿を見てしまったのだ。ルールは柔軟に運用、解釈すべきかな??
 又、リバティー島スイムレースは夕方6時のスタート。それが1時間半も遅れ、辺りは真っ暗闇。それでもレースは続行。よくぞ事故もなく皆さん完泳出来たものだ。日本では考えられない事態の中でのレース。これも自己責任の世界で通用するレースなのか? 大いに疑問が残った。

<追伸>
 2014年1月4日(土)の夕方、アメリカから1通の郵便物が届いた。開封してみると昨年8月に泳いだ、アメリカ、ニューヨーク自由の女神像のある島、リバティー島1周レースのクリスタルの盾だった。エイジ別で1位だそうである。それにしてもやることが遅い。

THE GREATEST ENGLISHMAN

 イギリスに住む水泳仲間、ジェームスが関係してドーバー泳初の公認完泳者“キャプテン・マシュー・ウェッブ”の映画「THE GREATEST ENGLISHMAN」を作るようです。
 ジェームスは何回も来日していて、キンちゃんや湘南の主さんとも泳いでいます。
 映画の完成と共に、日本でも公開してくれることを祈ります。

 キャプテン・マシュー・ウェッブ(Captain Matthew Webb)については当ブログ「ドーバー海峡横断泳の歴史」をご覧ください。またジェームスについても当ブログ「昨日と明日」を、写真は「2009年12月6日 4名×1-way」をご覧ください。

湘南の主さんの「アメリカ・ニューヨーク、マンハッタン島を泳ぎました。ついでにリバティー島も泳ぎました。」(+1/3: 39/41)

39・絶不調

 8月20日(火)、体調調整のため今日の仕事は休みを貰っている。明日から出勤だが時差ボケと蒸し暑さで体調は絶不調。昼頃にマスターズ水泳の練習に参加して『身体を動かせば少しは良くなるかな』と思ったが、身体は重たく、だるく、力が入らない。無理せず後方でゆっくりと身体を動かして調整するが、全然ダメである。家に戻り、録画されたドラマを見て、ともかく“眠らないよう”にと頑張るが、蒸し暑さで身体がとろけるようにだるい。

Img_2493 マンハッタン島を泳いだ「チームつがる」のメンバー

 今週末には湘南オープンの10kmレースがあり、参加することになっているが、『今の調子だと1km泳ぐのが精一杯だろうな』と思った。

 8月22日(水)午後、海泳ぎに行く。いつものように西浜監視所に寄り挨拶をする。「久し振りですね」と言われた。海はうねりが大きい。昨日は静かだったのに!! 台風12号の余波。台風12号は台湾方面に向かって行ったはずなのに、今頃になって余波とは、まぁ~海は続いているのでだが、かなりのタイムラグがあるものだ。
 時差ボケなのでのんびりとエリア内を一往復したが、大きなうねりのために何度も波くぐりをしながら泳ぐ。泳ぐには泳げたがやはり身体に力が入らず、身体は重い。湘南オープンの出場をどうするか悩む。取り敢えずは前日のエントリーは済ませ、取り敢えずレース距離の半分、5kmまで泳ぐ事にした。

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