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海外で活躍する日本人妻(2/3)

 ドーバーでもイギリス人と結婚した日本人妻に時折お会いすることがある。「久しぶりに日本語を話しました」だそうだ。だがこれから書くことは、そういった「日本人妻」には全く関係がない。ただマラッカの話をしたので、その関連した、「災いを呼ぶ男」と呼ばれる所以になった飛行機の話をしたくなった。宜しければお付き合いいただきたい。
 マラッカ海峡横断泳が終わった後、私はすぐには帰国せず、そのままジブラルタル海峡横断泳(タリファ:スペイン⇒セウタ:スペイン領モロッコ)でスペインへ行った。その旅程はクアラルンプール(マレーシア)からMAS(マレーシア航空)でバンコク(タイ)へ。そこで大阪から来るJAL(日本航空)に乗り換えてローマ(イタリア)へ。再びイベリア航空(スペイン)だったかアルタリア航空(イタリア)だったか、それに乗り換えてバルセロナ(スペイン)に入る予定だった。
 MASは予定通りクアラルンプールを出発してバンコクへ到着。バンコクのトランジット・ルーム(乗り換えの待合室)でJALを待つことになる。ところが、、、JALがなかなか飛んで来ない。。。ローマで乗り換える予定があるので私の心情としては遅れることが許されないのだ。
 イライラして待つが、待てど暮らせどJALは飛んで来ない。時間的にみて、ローマでの乗り換えはかなり難しい時間帯になってきた。そこで我慢しきれなくなった私はバンコクの空港内にあるJALのカウンターに行って事情を話す。
 すると係の女性はバンコクからローマへ飛ぶ飛行機の時刻表を調べて「大阪から来るエア・インディア(インド航空)に乗れば、ボンベイ(現:ムンバイ)で乗り換えになりますが、ローマでの乗り換えに間に合います」と言って、親切にJALのチケットをエア・インディアに切り替えてくれた。
 再びトランジット・ルームに行って今度はエア・インディアを待つ。ところが、、、、、エア・インディアが飛んで来ない。。。。。
 どうあがいてもローマの乗り換えには間に合わない時間帯になった。『それなら日本語が通じるJALの方が良い』と思い、今度はエア・インディアのカウンターに行って「JALに戻して欲しい」と頼んだのだが答は「No」だった。
 渋々トランジット・ルームに戻り、いつ来るのかわからないエア・インディアを待つ。すると、、、私が乗る予定だったJALが飛んで来て給油を済ませるとローマへ向かって飛んで行った。。。
 何時間待ったのかもう記憶にないが、かなり待ってようやくエア・インディアが飛んで来てボンベイへ。当然、ボンベイからローマへ飛ぶ飛行機が待ってはいない。聞くと次のローマ便は三日後だそうで、半強制的に私は三日間、ボンベイの滞在になる。
 まあ学生だったから出来たのか。。。ローマからバルセロナへ飛ぶ飛行機はたくさんあって、すぐに乗り換えることが出来た。まあめでたし、めでたし。

 そのスペインからの帰りである。マドリッドからローマまでは予定通り飛んだ。それはイベリア航空だったかアルタリア航空だったか記憶にないが、取り敢えずローマでJALに乗り換えることになる。
 ローマから東京まで飛ぶJAL便は毎日運航していたが、たまたまこの日のJALは“北回り”しか飛んでいなく、“南回り”のチケットしか持っていない私はローマで一泊の滞在になる。まあお陰様で映画ではないが、予定にない楽しい“ローマの休日”を送ることが出来た。
 ちなみに当時、日本とヨーロッパを結ぶ飛行機は“北回り(アンカレッジまたはモスクワ経由”と“南回り(アジア、中東を幾つも経由する)”とがあった。もちろん貧乏学生の私は安い南回りの便を選ぶことになる。
 南回りは約4時間飛ぶと寄港して燃料を入れ、また4時間飛ぶと寄港して燃料を入れ、更に乗務員が交代する。その乗務員が三交代、つまりローマを飛び立って6回目の着陸地が東京(羽田)になるのだ。24時間掛かった。だが学生だった私にはいろいろな国に行けて楽しかった。
 そんなトランスファー(経由地)でテヘラン(イラン)に着いた。空港に降り立つと自動小銃を持った私と同年代の兵隊がたくさんいた。その内の一人がニコニコしながら私に近寄って来て話しかけてきた。何でも彼の趣味はコイン収集だそうで、世界の珍しいコインを集めているとのこと。「交換してくれ」と言うので私は日本の穴の開いているコイン、5円玉を財布から出して渡した。彼は「これは珍しい」と喜んで彼の持っている七角形のコインを私に渡した。
 初め、自動小銃を持った兵隊が近付いてきたときにはビックリしたが、話すと何の変哲もない青年だった。ただ、同世代でも生まれて育ったところが違うだけで片や国を守る兵隊、片や海を泳ぐスイマー。その違いがショックだった。

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