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わくわく、どきどき、台風の目。

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2014年4月の記事

2008年4月29日 プロスイマー松崎さんと海を泳ぐ会

 この詳細は当ブログ「オープンウォータースイマー “湘南の主”も行く」をご覧ください。

場所: 神奈川県逗子市逗子海岸 ⇒ 同県鎌倉市腰越海岸(相模湾)1-way(約8km)
泳者: 松崎、橋本、山本、キン、湘南の主
方法: 1-way solo swim
記録: 2時間50分
      09:20 逗子海岸 ⇒ 12:10 腰越海岸

<データ>
  水温: 18.5~19.2℃
  波高: 0.5m
  天候: 晴れ
  気温: 19.7~22.5℃
  風向・風速: 主に北 1.8~2.5m/sec

P4290002 集合~~!

P4290003 スタート~~!

P4290006 キンちゃん

P4290009 橋本さん

P4290010_2 湘南の主さん

P4290011 山本さん

P4290013 プロスイマー松崎さん

P4290014 集団泳

P4290015 キンちゃんアップ

P4290017 湘南の主さんアップ

P4290018 山本さん「私はバタフライよ♪」

P4290019 橋本さん「オレだって!!!」

P4290020 松崎さん「遊んでいると置いてっちゃうよ!」

P4290021 全員「待ってぇ~~~!」

P4290022 全員「待ってよぉ~~~!!!」

P4290023 陸のギャラリー「ホラ、頑張れぇ~~!」

P4290026 全員「追い付いたぜぇ~~!♪」

P4290027 キン&主「楽しかったね♪」

P4290032 集合写真です。

2005年4月29日 湘南の主さんの海練習

 データは以前のパソコンに入っていると思われます。しかし前のパソコン(Win 98 SE)を開ける勇気が私にはありません。したがって海洋データなどは公開できないのですが、場所は写真から湘南と思われます。曖昧でごめんなさい。

P4290004 力泳

P4290008 力泳中

P4290010 渋いねぇ~

4月12日 親父バンドの旅行

 先日、ちょっと用事があって我母校だった中学校の体育館に行って来た。今はその母校も少子化の影響で廃校になってしまったが、体育館だけは地域のスポーツアリーナとして残っていた。もちろんもう半世紀前に通っていた頃の体育館は新しいものと建て替えられているが、そこには謝恩会のイベントとして初のライヴを演奏した思い出を思い起こすには充分な講堂の姿を見ることが出来た。
 当時、「エレキギターを持っている奴は不良だ」と言われていた時代である。学校側でも『よくエレキのライヴを許してくれたなぁ~』と思う。何より私としては音楽の先生に「良かったよ」と褒められたのが嬉しかった。
 そんなバンドが15年くらい前から「もう一度やらないか」という話になり、「どうせやるならライヴをやろう」となって今年も5月17日に行われる。
 それとは別に、年に一度、このバンド仲間の旅行がもう15年くらい続けられており、4月12日から一泊で旅行に行って来た。まあ加山雄三の“若大将”が現役の時代である。行き先は“海”が多かった。今回も神奈川県三浦。三浦海岸を眺めるホテルに宿泊する。
 朝10時に母校だった小学校前に集合。この辺は小・中学と一緒だったバンド仲間の地域性が見られて良いところ。我VOXYに5人が乗り込むとそこから宴会のスタートとなる。
 あまり酒の飲まない仲間が助手席に、運転手の私と音楽話に花が咲く。後部座席に座った3人はみんな蟒蛇(うわばみ)で、あーでもない、こーでもないと論争になるが、皆さんそれを楽しんでいる。
 取り敢えず酒を飲んでいる皆さんは近くなるのでトイレに小刻みに寄って三浦を目指す。予定としてはお昼を三浦で美味しい魚を食べさせてくれるレストランに寄って、ゆっくりと食事(宴会)。ホテルのチェックインは3時なので、まあゆっくりで充分。
 ほぼ予定通り12時頃に三浦のレストラン前に到着するが、ちょいと評判のレストランなので長蛇の列。おまけに駐車場が満車ときた。まあワガママ放題の我バンド仲間は時間があっても待つのを嫌う。そこで駐車場が空いているレストランに急きょ変更。まあそれでも美味しかったから良いかな???
 午後2時にそのレストランを出る。ホテルまでまっすぐ行けば20分で到着してしまう。そこで海伝いの道に私はハンドルを切る。それでも何回かトイレタイム。まあ男ばかりなので海に向かって用足しをしてもらう以外ない。

P4121388_2 久しぶりの海。。。。やっぱり海は良いなぁ~・・・

 3時にホテル到着。今まで一滴も飲んでいない私は急いで飲んで皆さんのテンションに合わせる。そこでも音楽の話。仲間が携帯のスピーカ(BOSE)を持って来ていて、その音質の良さにビックリしながらも音楽、酒、海を堪能する。
 小さなギターを持ってきた仲間もいて、やっぱり皆さん音楽が好きなんだ。
 4時半にお風呂へ。5時半から夕食、寿司懐石である。そこでも飲んで、8時頃からカラオケ。2時間ほど歌って飲んで、部屋に帰るとまた飲む。まあ12時間以上飲んでいるんだから呆れるが、それだけ元気ということか??

 朝は8時くらいまでゆっくり眠る。ホテルはベッドルームが3つあって、イビキのうるさい者とそうでもない者と分けて寝ることが出来たので皆さん満足。その後朝食だがもうそこから宴会が始まる。
 我々の旅行の目的は“飲む”なので、10時半頃にチェックアウトすると東京へ向かうVOXYの中は宴会が続くのだ。観光などはしない。
 もちろんトイレタイムを小刻みに入れながらもお昼には東京へ帰ってしまう。いつも練習後に反省しない反省会で飲む料理店へ行って再び彼らは飲む。当然、私は“鰻重”を食べさせてもらうが、飲めない私はひたすら食べることに集中する。
 あのさぁ~、気を使ったふりをして鰻重を食べさせてもらえるのは嬉しいけれど、幹事やらされて運転手やらされて同じ費用払わされて、鰻重くらいじゃ誤魔化されないからな! もっと感謝しろよ!!!

湘南の主さんの「アメリカ・ニューヨーク、マンハッタン島を泳ぎました。ついでにリバティー島も泳ぎました。」(32/38)

32・いざリバティー島へ

 8月16日(金)、今日は私にとっては最悪と感じられた一日だった。待ちに待った自由の女神像のあるリバティー島1周レース日である。主催者側のメール案内によると「島へ渡れる人数に制限があり、それを越すと島に渡れなくなるのでなるべく早く島へ渡るように」とのことだった。
 いつものようにベーコンエッグ、パン、野菜などの朝食を済ませ、出発の準備をする。すると石井先生が「どうしても国連本部を見学させたい」と言い出した。カメラの電池切れなので「島へ渡る前に電池を買いたい」と私は昨夜話していたのだが。インターネットで調べると『42 STにカメラ屋有り』と出ている。石井先生はネットで国連本部見学の申し込みをしたが、どうもうまくいかない。そこでこのアパートのオーナーである「りょう君」にお願いして申し込みをしている。時計の針は10時半を回っている。日本語通訳の見学は11時からだそうである。当然間に合わないと私は思っているのだが、それでも申し込みをしている。りょう君が「間に合わないですよ」と言っているのに・・・・。
 地下鉄に乗ったのが11時近く。国連本部へ行くのはこれで3回目なので道順は分かっているの。国連本部入り口までスムーズに行けたが、その時既に11時半を回っていた。しかし「見学の入り口は47 STなので、そちらへ行け」と言われ、言われた入り口へ辿り着き、係りの人に尋ねたら「とても遅いのでもう回れません。しかし見学ルートを短く15分程度でしたらご案内できます。ここでしばらくお待ちください」とのこと。「お願いします」と待っていると、私たちの他に黒人の若いカップルがいた。しばらくすると最初に対応してくれた青年が案内をしてくれた。身長が190cm以上はあり、大股で歩くので後を着いて行くのが精一杯。おまけに説明は英語なので私にはサッパリ、チンプンカンプン。幾つかの会議場を案内された。時間通りに集まったと思われる何組かのグループが説明を聞きながらノンビリと歩いている。しかし私たちはそれらのグループを後目にドンドン先へ進んで行く。会議場はフカフカの絨毯(じゅうたん)で歩き心地がとても良い。会議場の外にはイーストリバーの流れも見える。15分程で「ここで終わりです」と告げられた所へ来た。オー先生たちと先週土曜日に来た土産物などを売っている所だった。外へ出た時は12時半を回っていた。

P8171175 国連本部内の会議場

 カメラの電池を買うために私たちは42 STへ向かい、通りをキョロキョロしながら探したがカメラ屋が見つからない。もっとよく探したかったがリバティー島へ渡る時間が遅くなるといけないので諦めた。非常に残念だった。レース会場の写真などが撮れないからだ。
 フェリーの発着場へ行くのに地下鉄を利用していたのだが、何故か乗る電車を間違えてチャイナタウン街へ行ってしまった。色々な所に出かけていたので頭が混乱してしまったようだ。再度地下鉄を乗り換えて、やっとのことでバッテリーパークに到着。先日来た時は大雨だったので観光客が少なかったが、今日は物凄い人、人、人の波、観光客で溢れかえっている。大会主催者のテントは船着き場に有るはずとチケット売り場へ行くと、係りの人があちらの方だと指を指す。チケット売り場は円形の建物で、その建物をグルリと囲むようにチケットを買い求める人垣が出来ている。建物を半周したくらいの所に島へ渡るためのセキュリティーチェックのテントが有り、そのすぐ側に大会事務局のテントはあった。14時少し前だった。受付を済ませる。白色の腕章を腕にはめられた。そして「早く船に乗れ」と指示される。船に乗る前に軽く食事でもと、近くの屋台でホットドックを買ったが1個$3、水は500ccで$3.75も取られた。食べ終わりセキュリティーチェックの列に並ぶ。9.11以降、あちらこちらでこのようなセキュリティーチェックが行われているのである。船に乗る人の行列は凄い人で、船に乗るのも大変だ。でも船は次から次へと来るので思ったより早く乗れた。乗船する際に人数チェックは行われていないように見えた。船に乗るスッテプを渡る時に係員が何か喚いているが、どうも「足元に気をつけろ」、「早く乗れ」と言っているように私には思えた。それにしても後から後から人が集まる。白人が多いが・・・
 リバティー島には15分くらいで到着。島の中も人で溢れ返っているように見えた。初めて間近で見る「自由の女神」。カメラが使えないのが非常に残念、無念。

P8171179 自由の女神と同じポーズ

 船着き場から時計回りに島を一周する、色々な角度からの自由の女神像を堪能する。大会事務局のテントは自由の女神像の後ろ姿がよく見える広場の一角にあった。

P8171184 自由の女神の後ろ姿はこんなんです

 パスポートの写しを見せて受付を済ませるが、昨夜石井先生がインターネットで調べてくれた私の番号とは全然違う番号で306番。そして「パーティーに参加するかどうか?」と問われたが、パーティーに出ると帰りの船が9時15分と遅くなるので「出ない」と断り、7時の船で帰ることにした。腕にオレンジ色の腕輪をはめられる。これがパーティーに出る、出ないの印になっていたようだが、これが後で大誤算となったのである。

春のスキーキャンプ2014 in 妙高(6/6)

6.帰ろう

 3月27日最終日、午前中に滑って帰ることにしていたが、昨日からの雨が降り続いている。特に朝は霧も深かったし、昨晩の「トイレにいろいろ捨てる事件」のこともあり、あまりスキーに行く気分にもなれないのだが、取り敢えず少しだけ滑ろうとゲレンデへ出た。
 相変わらずS君は疲れると雪と仲良くなって寝転がっている。もちろん私も相変わらず助けには行かない。すると板を外したS君は板を担いで歩き出した。普通、スキー場は壺足(靴)で歩かれることを嫌う。ゲレンデに穴が開いて、そこに引っかかって転倒するスキーヤーが増えるからだ。つまり事故に直結する。そこで私は彼の付けた足跡を横滑りで消して行く。まるで黄門さまを追い駆ける助さん格さんか。いや、キャラクターとしてはうっかり八兵衛だな。
 斜度が緩やかになった部分に出るとS君は自ら板を履き始めた。『ああ、足の負担があまりない緩やかな斜面を滑りたかったんだ』と今更に気が付く。だが、それで下まで降りたらそれでお終い。帰ろう・・・。
 スキーの板をクルマのキャリアに積んでいる頃に空は一転、青空が覘いたと思ったら青空の範囲はみるみる間に広がり、綺麗な妙高山が現れた。『ああ、綺麗だな・・・』と思って写真も撮りたかったのだが、雲の流れが速くて妙高山は現れたり消えたり・・・。子どもらの面倒を見なければならなかったこともあって写真撮影は断念した。晴れるのがもう少し早ければ、もう少しスキーを滑っていたのにな・・・。
 帰る前にお土産を買わなければ・・・。子どもらは作業所などを休んでこのスキーキャンプに参加している。親たちは作業所にいる他の子どもたちに気遣いし、「お土産を買ってきて欲しい」と頼まれているのだ。つまり“妙高”と書かれて多めのお菓子が入っているものが良い。
 『確か、赤倉温泉の共同浴場の側に大きなお土産屋さんがあったな』と思い起こし、記憶を辿って行ってみたのだが、共同浴場さえ見つけることは出来なかった。やっぱり記憶は忘却の彼方に飛んでいる・・・。
 『駅前にもお土産屋さんがあった』と思い出し、まずはペンションに帰ってパッキングし、帰り際に妙高の駅前でお土産のお菓子を購入する。
 クルマで良かったと思うことは、濡れた子どもらのスキーウェアや小物など、クルマの中で広げて乾かしながら帰れることだ。濡れた物をそのままリュックに入れると乾いたものまで湿気てくる。それが嫌だ。
 お土産屋さんで『面白い』と思ったことは、妙高は新潟県だが長野県との県境にあるためか、米どころ新潟のお菓子と長野のリンゴのお菓子が共存しているところ。
 昔、スイスで“山のこちら側がドイツ語圏、向こう側はフランス語圏”といったところを行ったことがある。こちらから向こうまで行く登山電車に乗って、『何処で言葉が変わるだろう』と独り旅の私は他の旅客の会話に耳をダンボにして聞いていた。
 ちなみにドイツ語が少しわかる私はフランス語がまったくわからない。つまり旅客の会話がわからなくなったらそこはフランス語圏。すると基本的にはドイツ語なのに、“ありがとう”(“ダンケ(Danke)”ドイツ語)を明らかに“メルシー(Merci:フランス語)”と言っている場所がある。その内にわかる言葉はまだらになって行ったのでフランス語とドイツ語がミックスされていることがわかった。そしてまったくわからない言語になってゆく。それはそれは面白い体験だった。
 そんなことを思い出しながら帰路につく。少し早めに出発したので休憩を多く取り入れ、子どもらが持ってきたお菓子を食べさせながら帰る。基本的にトラジオンのキャンプはお菓子を食べさせない。子どもらの持ってきたお菓子は手つかずでそのまま残っている。持ってきた状態で返すのも構わないのだが、せっかく持ってきたお菓子なので食べさせた。

 今まで書いてきた以外にも、もっともっと報告できる出来事はたくさんある。しかしそれは別の機会に。各々のご両親には各々の報告をさせていただいた。まあとりわけS君にはインパクトが強いので彼を中心に書いてきたが、最終的に最も心配していた“非常ベルを押す”がなかったのが良かった。いやいや押さなかったのではない。押しには行っているのだが、皆さんご存知のように非常ベルの前にはガラスが張ってあって、簡単に押せないようになっている。そのガラスは何回も押しているのだが、ガラスを割るほどの力を入れていないので、結果的に非常ベル本体を押していないということだ。
 以前、S君ではないが、プールにある非常ベルをガラスを割って押してくれた子どもがいて、それはそれは消防車は来るは救急車は来るはの大騒ぎ。そんなことにならないように思っていたので、結果的には良かったと思っている。

2006年4月25日 キンちゃんの淡島~大瀬崎間 2-way solo swim

(駿河湾)淡島~大瀬崎間(10km×2-way solo swim)

<結果>

  • 1st leg: 3時間56分
  • 2nd leg: 3時間26分
    合   計: 7時間22分

<データ>
   天候:晴れ
   水温:14℃
   波高:0.5m
   風向:幾多の方向から吹いてきた。
   風速:10m/sec

 これでドーバーの水泳協会が求める「水温16度以下での6時間泳の証明」が出来ます。

<キンちゃんのコメント>
 行きは、初めベタ凪で『練習にならんじゃん』と思いきや、だんだん南風から北東の風に変わり、風速10メートルの向かい風になり、泳ぎ辛くなった。
 ここらから『ああ片道4時間コースだ』と思い、案の定3時間56分掛かった。
 まあ『帰りは楽に波に乗って泳げる』と『7時間を切るぞ』と、おもいっきり泳いでいたら、またもやバシャバシャ波が襲ってきて、今までで1番遅いタイムになってしまった。
 途中で船のエンジンが故障し、別の船が応援に駆け付けてくれ船を変えてくれた。まあ変えている間は遠くの大瀬崎目掛けて一人で泳いでいたが、普通ならエンジンが故障すれば、そこで遠泳は終了する。
 しかし船頭さんがとても顔の利く方で、別の船を用意してくれた。やはり私は恵まれた泳者であることをつくづく実感し、まだまだ応援して下さる方々のためにも、夢を実現するためにも、練習に励もうと思った。

Dcf_0040 力泳中No.1

Dcf_0045 力泳中No.2

Dcf_0049 力泳中No.3

2007年4月24日 キンちゃんの淡島~大瀬崎間 2-way solo swim

 この詳細は当ブログキンちゃんが行く」Vol.4を、写真は2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(写真集)をご覧ください。

<記録>

  • 1st leg = 淡島:08:51発 大瀬崎:11:28着 2時間37分
  • 2nd leg = 大瀬崎:11:28発 淡島:15:49着 4時間21分
         2-way合計 = 6時間58分

<データ>
  天候:曇り
  水温:16℃
  気温:13~16℃
  波高:0.5~1.0ⅿ
  風:風向 = 主に東 風速 = 3.0~6.7m/sec
  潮:流向 = 主に西 流速 = 0.3~0.5ノット
  ピッチ:63~71回/分

湘南の主さんの「アメリカ・ニューヨーク、マンハッタン島を泳ぎました。ついでにリバティー島も泳ぎました。」(31/38)

31・のんびりのはずが・・・

 8月15日(木)、今朝はゆっくり起きた。石井先生も珍しくゆっくり寝ている。毎日出歩いていたので疲れが出たのかも知れない。いつものようにベーコンエッグ、パン、野菜などの朝食で済ませる。このアパートに移ってから初めてテレビをつけたCBSニュースだった。天気予報でニューヨークの天気は今週末までお日様マーク、気温は78~80F、日本で使っている摂氏に直すと25~27℃くらい。日本の今の状況から比べると非常に快適な気温である。日本は連日30℃以上の真夏日だとメールが来ていた。

P8140075 毎日パソコンとにらっめっこの石井先生

 石井先生がインターネットで調べたようで、ジブラルタル海峡を一緒に泳いだトミーのドーバー海峡ソロ横断泳は失敗に終わったと毎日新聞が報じているとか。フランスまで後数マイルの所で断念したそうである。断念の詳細は不明。石井先生も私も『まぁ~当然考えられる結果だ』と思っていた。ドーバー海峡はそんなに甘くは無い。確か来年もエントリーしていたように聞いていたが、果たして再挑戦はあるのだろうか?

P8171167 国連本部内の庭にある彫像

 朝食を食べ終えたのが9時過ぎ。それから私は日記を書き続けていたが、ベッドに座って書いているので腰が痛くなる。石井先生はソファーでパソコンを使っている。2人で時々腰を伸ばしながら作業を続けていた。8月10日のマンハッタンスイムの書き込みが私は途中なので何とか纏めようと頑張ってはいるのだが、遅々として進まない。今日は朝から全く身体を動かいないので昼食は抜きしたが、腹は減っていない。

P8150113 グランド・セントラル・ステーション構内

 15時頃、石井先生が急に「散歩に行きましょう」と言ってきた。「何処へ?」と聞くと「国連」。先日行った時は中へ入れなかったが、今から行けば中へ入れそうとのこと。すぐさま仕度をして地下鉄に乗る。42 ST駅で下車、歩くこと10分くらいで国連ビルに到着。入口に立っている大柄な黒人の警備員に「チケットを買ってからでないと中へは入れない」と断られてしまった。仕方ないので引き返し、地下鉄ではない鉄道、「日本でいう東京駅のような場所が近くにある」と言うのでそちらへ向かう。「グランド・セントラル・ステーション」。大理石で作られたとても豪華に見える駅で、構内を歩き回って色々な所の写真を撮っていたが、ホームに停車していた列車を撮影していたら、係員に注意を受けた。何故なのか分からない。流石ここには立派なトイレが設置されていた。そしてとても綺麗に掃除も行き届いている。駅構内を一通り見学して外へ出る。

P8150116 ホームに停車中の列車を写したら注意された

 外へ出ると日本でTV放映されているアメリカのドラマの、ニューヨーク場面でよく映し出される特徴のあるビルが間近に見えたのでそちらへ向かう。「このビルはアメリカの自動車会社が所有するクライスラー・ビルだ」と石井先生が教えてくれた。そして又、地下鉄に乗ってアパートまで戻る。明日はリバティー島レースなので明日の朝、明後日の朝の朝食用の食料品を買いに行く。夜はパスタを茹でて食べる。今日は二人とも一日中ウトウト、グダグダしていたように思う、夕食後直ぐに床に就く。
 カメラの電池が切れた。予備をタップリ持って来ていたのだが、前のアパートに置き忘れてしまったのでアウト。明日、街に出て電池が見つかると良いのだが?

2008年4月22日 キンちゃんの淡島~大瀬崎間二日で6-way(二日目)

 この詳細は当ブログ「キンちゃんが行く」Vol.18の“8. 淡島~大瀬崎2日で6-way(約10km×6) 2nd DAY”からご覧ください。

<記録>

  • 4th leg: 06:25 淡島 ⇒ 09:10 大瀬崎 2時間45分
  • 5th leg: 09:10 大瀬崎 ⇒ 12:27 淡島 3時間17分
       赤潮回避のため船にて移動
  • 6th leg: 12:34 淡島 ⇒ 17:06 大瀬崎 4時間32分
         記録: 10時間34分

<データ>
  天候: 晴れ
  気温: 16.5~22.9℃
  水温: 19.0~20.3℃
  波高: 0.5~1.0m
  風向・風速: 主に北西 0.0~7.6m/sec
  流向・流速: 主に西または東 0.0~0.5kn
  ピッチ: 62~66回/min

P4220076 今日は二日目、後半の3-wayです。

P4220077 行ってきまーす!

P4220078 淡島をスタート!

P4220079 力泳開始!(朝から釣り船がたくさん出ています)

P4220086 これが赤潮(プランクトンの死骸)です!(赤潮の中を泳ぐと身体がチクチクします)

P4220087 大瀬崎の折り返し

P4220090 力泳

P4220097 イェ~イ!

P4220103 栄養補給

P4220105 力泳は続く

P4220108 栄養補給は40分ごとだよ。

P4220111 淡島を折り返したよ。

P4220116 力泳再開

P4220123 どアップ

P4220130 バックに折り返した淡島のホテルが見える。(右上)

P4220137 力泳は続く

P4220155 もう少しだ!

P4220159 大瀬崎到着!

P4220161 終わりました・・・。

P4220163 船頭さんと熱唱!

P4220164 さん、し、はい。

P4220165 デュエット♪

P4220166 いつも仲良し♪

P4220168 自分の歌に酔っちゃうぅ~♪

P4220169 お二人とも演歌がお好きです♪

2008年4月21日 キンちゃんの淡島~大瀬崎間二日で6-way(一日目)

 この詳細は当ブログ「キンちゃんが行く」Vol.18をご覧ください。

<記録>

  • 1st leg: 06:10 大瀬崎 ⇒ 09:58 淡島 3時間48分
  • 2nd leg: 09:58 淡島 ⇒ 14:03 大瀬崎 4時間05分
  • 3rd leg: 14:03 大瀬崎 ⇒ 17:36 淡島 3時間33分
         記録: 11時間26分

<データ>
  天候: 晴れ
  気温: 17.6~24.3℃
  水温: 19.0~20.0℃
  波高: 0.5~1.0m
  風向・風速: 主に午前中東、昼ごろ北西、午後南西 1.8~7.2m/sec
  流向・流速: 主に西 0.0~0.5kn
  ピッチ: 62~65回/min

P4210004 今日から二日で6-way(3-way×2days=約60km)です。

P4210005 大好きな船頭さんと

P4210007 今日は大瀬崎からスタートです。

P4210012 スタートしました!

P4210020 記録を取る私の机?

P4210021 船頭さんも真剣です。

P4210024 どアップ

P4210028 力泳中

P4210030 イェ~イ!

P4210031 淡島の折り返し

P4210033 大瀬崎に向かいます。

P4210035 海の色が変わっている部分が赤潮です。

P4210037 それでも力泳

P4210039 大瀬崎の折り返し

P4210041 気合を入れて

P4210046 アップ

P4210049 釣り船接近。「人間でも釣るかぁ~!?」

P4210057 釣られないよーだ!

P4210065 あと少しだ!

P4210071 淡島到着!

P4210072 「こんな日に泳いでいる人がいるよ」、「あ、ホントだ」、「信じられなぁ~い」(ホテル宿泊客)

P4210073 初日3-way終了

春のスキーキャンプ2014 in 妙高(5/6)

5.子どもの反撃?

 妙高の宿はちょっと洒落たペンションで、食事は主に洋食。朝食はパンで夕食はコースで提供される。初めはスープだが、S君らはスープ皿を手に持って味噌汁を飲むお椀のごとく口を皿に直接付けてズズーッと飲みたいのだ。ところがシェフはそれを許さない。「スプーンを使いなさい!」と怒鳴られて、渋々スプーンでスープをすくって口に運ぶ。
 普段、おそらくご両親も私と一緒で『(彼らの)お腹が満たされればいい』と思っている。少しくらいお行儀が悪くとも、彼らの満足感の方を優先してしまう考えを持っている。ところがお行儀の悪い食べ方を許さないシェフに私は感謝している。
 メインディッシュが来る。進まないスープをそのままにガツガツと食べたい彼らだが、「スープをすべて飲んでからにしなさい」とまた叱られ、シェフの食材に対する能書きが始まる。「このお肉は○×産の△□という品種で、☆★で漬けて風味を出しています」とか、「これはイタリアで作られている野菜を我が家で作って何とかで、何とかというドレッシングでお召し上がりください」とか・・・。この時ばかりは私も子どもの味方になった。とにかくその能書きが終わるまでオアズケなのだ。
 とにかくバナナでさえもナイフとフォークを使う。しかしおそらく、普段、彼らをお洒落なレストランなどに連れて行くことは家庭でも少ないであろう。そういう意味では良い経験になったとホントにシェフには感謝をしている。

 その晩である。S君がトイレに行った。それから少し経って私がトイレに行くと、トイレにスリッパがない。「おいS、スリッパを何処に隠した」と怒鳴ると、S君は大便の個室に入って便器に捨てて(隠して?)あるスリッパを出してきた。よくよく見ると、その便器の中には芳香剤、トイレクリーナーなどの洗剤、補充用のトイレットペーパーなどが入っている。もちろん便器に貯めてある水ですべてビショビショ、使い物にならない。それはそれは怒った。久しぶりに本気になって怒った。
 よくよく考えるとおそらくS君にとっては“捨てた”のではなく“隠した”のだと思う。彼はよくテレビのコマンダー(リモコン)などを隠す癖がある。たまたま隠し場所が便器の中だったのかもしれない。隠した物を「出せ」と言えば必ず出してくる。そういった彼の癖を私は知っているし、今回も「出せ」と指示して出してきている。しかし隠し場所が便器の中とは・・・。隠しても許せる場所と許せない場所がある。
 天気予報の通り、外は雨が降っていたのだが私はS君を外に放り出して中には入れなかった。おそらくパジャマ一枚で外に放り出されたS君は寒かっただろう。雨も降っているし、30分くらい外に出したままにしただろうか。『風邪でも引かれたら・・・』と思い、中に入れてやったのだが、その直後に彼は洗面所のコップを捨ててくれた。
 『こいつはオレを試しているのか?』、怒ってもS君はヘラヘラしている。どうにもこうにも悲しくなった。『オレはこの仕事に向いていないのか?』と自信喪失になる。
 更にシェフから「マリより頭が悪い」と言われてしまった。“マリ”とはそのペンションで飼っているハスキー犬である。『犬より頭が悪いと言うのか・・・』、返す言葉を失った。
 もちろんシェフに悪気が無いことは分かっている。だが何気なく言ったその言葉が重く私の心に圧し掛かってくる。
 よくよく考えればゲレンデで私が助けに行かなかった腹癒せかもしれない。夕食で自由に食べられなかった仕返しかもしれない。きっとS君にはそんな気持ちは無かったのかもしれない。
 S君のご両親からの情報によると、「洗面所にある花瓶などはよく捨てる」とのことだった。それで家では洗面所に花瓶は置かないのだそうな・・・。それはプールの洗面所にある一輪挿しの花瓶を捨てているところを見たことがあるのでわかる。だが全てが全て、彼に合わせることは出来ない。彼が環境に合わせなければ・・・。ペンションの洗面所にも花瓶があるので、それを捨てないかの方に私は気を配っていた。まあそれは無かったのだが、トイレの便器にいろいろなものを捨てるとは・・・。
 彼らにだってストレスはある。むしろ四六時中誰かに指示を受けているので、ストレスは尋常でないのかもしれない。だから一人でトイレに行った時は自由になって、やってみたいことをやったのかもしれない。
 取り敢えずその晩は私もなかなか寝付けなかった。いろいろと考えてしまうからである。

湘南の主さんの「アメリカ・ニューヨーク、マンハッタン島を泳ぎました。ついでにリバティー島も泳ぎました。」(30/38)

30・再びプールへ

 8月14日(水)、何日か? 何曜日か? を忘れてしまう。日付、曜日を今のところ覚えておく必要はないが、リバティー・スイムの大会の日付だけは忘れては困る。今朝は涼しい。外の木立がかなり激しく風に揺れている。でも青空なので良かった。
 ゆっくりの朝食を摂り、近くの公園にあるプールへ泳ぎに行くことになっている。その前に洗濯物が溜まっているのでランドリーを探さなくてはいけない。このアパートのオーナーだそうだが、未だ学生の「りょう君」にランドリーのある場所を尋ねたら「少し離れているがある」とのことで、泳ぐ仕度をして洗濯物を持って教えられた方角へ歩いて行くが、段々家並みが無くなってきてしまった。どうやら道を間違えたか聞き違えたか、仕方なく元来た道へ戻り、周辺をウロウロと探し回る。レキシントン通りは私たちの住んでいるアパートの道筋に当たるが何と、E 127STの角にランドリーがあったではないか! ラッキー!! 早速、頼んだ。店の女性はメキシカンのようだった。
 そのまま西方向へ歩いて行くと、マジソンAV 125STに公園があり、プールの建物は直ぐに分かった。屋外プールだった。入り口に黒人のおばさんがいて、「プール」と言うと「鍵は持っているか?」と聞かれる。先日オー先生に買ってもらったダイヤル式の鍵を見せると「OK」。石井先生はこのダイヤル式の鍵が大層お気に入りで、出来ればもう1~2個手に入れたいと思っていた。そこでこの黒人おばさんに「鍵は何処に売っているのか」と尋ねると、「あっちの店屋」と指差すが分からない。「ここにもあるか?」と聞くと「ある」と言うので見せてもらったが、ダイヤ式ではなかったので買うのをやめた。入り口の黒人おばさんは「水着は持っているか見せろ」と聞いてきた。石井先生が水着を見せると「OK」と言って建物の奥を指さした。「水着を見せろ」と私にも言っている。袋から取り出して見せると「OK」と言ってくれた。泳ぎに来ているのに何故「水着を見せろ」と言うのか理由がよく分からない。入場料は無料。中へ入るとロッカーがずらりと並んでいるが小さい。物凄い数のロッカーが並んでいるが『こんなに人が来るのだろうか?』と思わせるくらいの数である。でも鍵に掛かっているロッカーは少なかった。小さなロッカーに2人分の荷物を無理やり押し込んで鍵を掛ける。プールは2階にあるようで緩いスロープを上るとプールが見えてきた。50mプールだが、真ん中辺りがコースロープで仕切られている。半分は子どもたちが騒ぎながら遊んでいる。後の半分は3~4人の子どもが遊んでいた。何故、仕切られているのか分からない。取り敢えず子どもたちの少ない側のプールへ入り、50mプールを横に泳ぎ出す。水温は25℃くらいか。風が強いので濡れた身体が冷える。プールはブルーの塗料で塗られているが、壁も床も同じ色なので位置が良く分からず、非常に泳ぎ辛い。石井先生も言っていたが、このプールの水がとても重く感じられる。1時間くらい泳いだか、500mを4本泳ぐ。
 プールから上がり、街へ戻って昼食を食べることにした。最初にマックへ入ったが、色々注文しなければならないので諦めて、別の場所へ行く。レストランは見当たらず、軽食、サンドイッチの店が多い。空いていそうなサンドイッチの店が有ったので入るが、パン、それに挟む野菜や、ハム、肉などのトッピングを言わなくてはいけない。身振り手振りで何とか思うようなトッピングの注文が出来て食べることが出来た。昨日の昼食は$15も取られたが、今日は半分の$7で済ませることが出来た。

P8140103 リトル・イタリー街を観光客歩く

 昼食を終えてチャイナタウンへ素麺と素麺汁を買いに行くことにしていた。店を出てレキシントン通り125ST駅で南行の急行4番の地下鉄に乗り、ユニオンソーラー駅で各駅停車の乗り換え、スプリングSTで下車。ここから歩いてチャイナタウンへ向かうが、それらしき所へ出会わない。ともかく歩いて前に進むと段々それらしき通りに出会う。見覚えのあるリトル・イタリーのアーケードが見えてきた。そちらに向かって歩いて行くと、やっとチャイナタウンの通りに出ることが出来た。先日オー先生たちと来た通りだ。ここまでくれば素麺と麺汁を売っているお店、「東京市場」へと向かう。素麺、麺汁、ワサビを購入。ついでに私は日本の友人の土産も購入した。更に家族への土産を買うために、石井先生と待ち合わせ場所・時間を決めて、一人で土産物屋を探索することにした。その前にトイレへ行きたくなり、石井先生に言うと、「あそこにマックがあるので、あそこへ行きましょう」と一緒に行った。トイレは2階だったが女子トイレは行列が出来ている。やはり皆さんトイレには困っていたのだ。男子トイレも並んではいたが女子ほどではなく、用を済ませてホッとした。こんなにトイレに困っているのに、しかも観光地というのに公衆トイレが無いとは???
 ホッとしたところで家族の土産物探しに専念する。家内にはバックを買うつもりで何軒のも店屋を見て歩いたが、中々私の思うようなバックが見つからなかった。やっと『まあまあかな』と思える物を見つけた。$40と安いが、まぁ~良いかぁ・・・。それから私への土産としてニューヨークのロゴ入りキャップ、マンハッタンの摩天楼、自由の女神等を寄せ集めた小さな置物。息子には自由の女神像。娘の土産が一番悩んだ。悩んだ挙句、“これぞアメリカ”というロゴが一杯書かれたマグカップを購入する。

002 土産として購入した私のニューヨーク街模型

 帰りは近くの地下鉄駅が丁度125ST行きの6番電車だったので乗り、途中で急行に乗り換えてアパートへ向かう。アパートへ戻り、一休みしてから、今朝頼んでおいた洗濯物を取りに行く。しかし洗濯物が多くて重かったので一旦戻り、スーパーマーケットへ食料品を買いに出掛けた。

P8140108 掌の倍ほどの大きさがあるビーフステーキ

 『アメリカのビフテキを食べてみたい』と思っていたので、今夜はビフテキにした。掌の倍くらいある牛肉が1枚$5前後ととても安い。その他に朝食用のパン、ベーコンなども買う。アパートに戻った時、水を買うのを忘れたので水を買いに再度出掛ける。水の他に、友人、水泳仲間の土産も買った。夕食は石井先生が腕に選りを掛けて豪華なビーフステーキ。味付けは塩、胡椒だけだがこれで十分。肉は柔らかく、野菜もたっぷり添えて腹一杯になってしまった。素麺も食べる予定にしていたがキャンセル。満足、満足な夕食だった。そして今日は早めに床へついた。石井先生はベッド、私はソファーベッドで、今日は10km以上歩いた。

2006年4月18日 湘南の主さんの江ノ島~逗子間、海練習

 片道を以前より早く折り返したものの、忍び寄る15~15.5℃の冷水は容赦なく身体を襲います。
 目標2-wayを6時間でリタイヤしましたが、泳いだ距離は前回よりも1時間分ほど長く泳げていました。

<データ>
スタート: 07:22
ゴ ー ル: 13:22
遠泳時間:  6:00

天候: 晴れ
気温: 21~23℃
水温: 15~15.5℃
波高: 0.5~1.0m
風向: 北西・南
風速: 2~3m/sec
ピッチ数: 53~55回/分
結果: 途中棄権

P4180010 片瀬江ノ島(西浜)新江ノ島水族館前をスタート

P4180014 何故かサーファーたちが沖合に・・・。

P4180016 力泳

P4180017 エスコートボート(江ノ島が遥か後ろに・・・)

P4180018 アップ

P4180021 どアップ

P4180024 逗子海岸を折り返す(中央、水際に立っている)

P4180025 力泳は続いたのだが・・・。

2007年4月17日 遠泳は“ダラダラ速く”が速くなる?

キンちゃんの海水プール8時間ソロスイム

日付:2007年4月17日(火)
時間:09:00~17:00
場所:静岡県伊東市伊豆海洋公園屋外海水プール(50m)
泳者:キンちゃん(女性)
種目:8時間泳(ソロ)
結果:23km完泳(目標:22km)
天候:雨
水温:16℃

 この詳細は当ブログキンちゃんが行くVol.3をご覧ください。

P4170002 力泳中

P4170003 伊東の伊豆海洋公園屋外海水プール(海水:50m)

P4170006 力泳

P4170008 アップ

P4170009 ターン(プール練習のロングは壁を蹴ってはダメだよ! 足を攣るから)

P4170012 アップ2

P4170014 外は雨(所ジョージ)

P4170015 雨に濡れても(Raindrops Keep Falling On My Head: B.J.トーマス)

P4170018 終わりました。

P4170019 防水時計を壁につけて自分でもラップを計測していましたよ。

P4170020 お疲れ様でした。

春のスキーキャンプ2014 in 妙高(4/6)

4.お布団、掛けて上げようか?

 スキーでも水泳でも私のレッスンは休みがない。長距離を滑らせ、泳がせるのが私流。まあスキーの場合はリフトやゴンドラに乗っている間が“休み”だと思っているので滑っている途中、止まってあーだのこーだの講釈を述べることはない。増してや知的障害の子どもたちに理論など馬の耳に念仏。“習うより慣れろ”を主眼にとにかく滑らせる。
 まあそれが合っているのかどうかは別にして、とにかく子どもたちはボーゲンでもそこそこ滑ってくる。そこにS君の登場である。彼は身長180cm以上、体重100kg以上の巨漢である。相撲の新弟子検査は間違いなく合格するだろう。それにスキー場のトイレは小便器が小さいのか低いのか、まあ私にはさほど感じなかったのだが、S君が小便器の前に立った時のオチンチンの位置が小便器の上にある。つまりオシッコをすると小便器の上にかかってしまうのだ。もちろん「オチンチンを下に向けろ!」と怒鳴るのだが、私の足が短いのか???
 とにかくそんなS君が止まらずにスキーを滑ると、どうやらモモに疲れが出るようで、“失敗して転倒”ならまだしも、“止まってから倒れる”をやってくれる。まあズゥ~~~~っとボーゲンだし、彼の体重を支えた太腿が痛くなるのもわからないわけではない。しかし“お腹が邪魔して起き上がれない状態”になってしまうのだ。これが困る。
 S君は眼で「助けに来い」と言っている。しかし100kg以上もある巨漢、私だって助けに行きたくないし、とにかく自力で立ち上がって欲しい。
 それでもスキーの板が付いているので足が不自由な彼は板を外したがる。ところが斜面で板を外されたら履かせるのが困難なことは眼に見えている。そこで下から「板を外すなぁ! 板を(斜面に対し)横に向けて立てぇ!」と私が怒鳴る。するとちょっとは努力したフリを見せるのだがすぐに諦めてしまう。
 そんなこんなで私が下から怒鳴っていると、上から滑ってきた背格好からすると50歳くらいのご婦人(ゴーグルにハンカチを広げて挿んで顔に日除けをしているので顔は見えない)、あまりスキーが上手でもないのに「大丈夫? スキーの板を横にして立つのよ」とか教えてくれている。
 そのご婦人、身長は150cmくらい、体重は50kgくらい。S君の半分以下のようなご婦人にS君を助けられるわけがない。
 「すいません。その子は知恵遅れでワザと寝ているだけです。放っておいてください」と私が大声を出した。
 普段、スノーボードの若者たちがゲレンデのところ構わずに座っている姿を見て『邪魔だなぁ~』と思い渋い顔をしている私だが、この時ばかりはゲレンデが空いているし、『最近コンビニの前でも平気で座っている若者と変わらない・・・』と少しだけ気が楽になった。
 とにかくS君は疲れると“座る、寝る”を繰り返してくれた。大声で指示出しをするとまた助けに来てくれるといけないので、とにかく黙って彼の立ち上がるまで、スキーを履くまで見守ることにした。もちろんS君は眼で「助けに来い」のサインを盛んに出すが、この辺の忍耐力は彼らに鍛え上げられた私、待っているだけで絶対に助けにはいかない。
 しかし、あまり上手ではない若者のボーダー君がやって来て、「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。おそらくかなり上からS君の寝ているところを確認していたのだろう。そして、側まで降りて来たのにまだ寝ているのだ。『怪我でもしているかもしれない』と思ったのだろう。『ボーダー君もまんざらではない』と思いつつ、「彼は知恵遅れでワザと寝ているだけです。大丈夫です」と気持ちの良いボーダー君に言った。
 いずれにせよS君は体重の増加に対して筋力の増加が追い付いていないように思える。プールの更衣室でも床にベタリと座って更衣する。それは体重の大きい子どもに多くみられる。S君の知的レベルを言語で言うと2歳くらいだろうか。出てくる単語の数は100もない。更にそれは聞き取りに難儀をする。慣れないと何を喋っているのかわからない。もちろん単語をつなげて文章にする(言語にする)などは出来ないが、欲求はストレートに出す。まあ“裏表がない”ということでもあるので、会話は難しいがある意味わかりやすい性格でもあるのだ。
 それにしても上手な人は風のように滑り去ってしまうので声をかけてくれる人はいない。しかし中級くらいの人はゲレンデの状態を確認しながら滑って来るので、寝ているS君に声をかけてくれる。
 いずれにせよ親だったら助けに行ってしまうだろう。可愛い子どもが雪上で寝ていて放って置かれることが耐えられない。しかし私の鍛えられた忍耐力は半端じゃない。子どもが立ち上がるまで待つなんて、いくらでもお付き合いが出来る。それどころか逆に「そんなに寝ていたら風邪ひいちゃうよ。お布団、掛けて上げようか?」と言ってやっているくらいだ。


妙高、赤倉観光リゾートスキー場とS君

湘南の主さんの「アメリカ・ニューヨーク、マンハッタン島を泳ぎました。ついでにリバティー島も泳ぎました。」(29/38)

29・ニューヨークを散策

 8月13日(水)昨夜は比較的良く眠れたようだが、でも眠たい。身体の疲れがピークのようだ。外はポツリ、ポツリと雨が降り始めてきた。今日の予定は週末に予定されている「リバティー・スイム」に参加するための現地集合場所行のシミュレーション。

P8130034
9・11の跡地、グランド・ゼロには今も多くに人々が訪れて来ている

P8130030

 アパートから2ブロック先に地下鉄のE 125ST駅があるので、そこから4・5番の地下鉄に乗るとバッテリーパーク近くまで行けるはず。地下鉄駅まで行く間のストリートには黒人たちが大勢たむろしている。特に駅入り口周辺には人が多く、何となく不気味な感じがする。アパートを出る頃には雨は上がっていたが、用心のため傘を持って出掛ける。地下鉄の4番と5番の違いは急行と各駅停車の違い。来た電車に乗ったのが4番で、急行だったから速いこと速いこと、目的地近くの駅「ウォール・ストリート駅」まで30分で到着した。地上に出ると又雨が降っていた。先ずはリバティー島行のフェリー発着場探し。雨の中を探し回りやっと見つける事ができた。これで一安心。雨はかなり強く降っており、観光客は傘を差したりビニールのカッパを着たりと、雨対策をしながら観光地を歩いている。

P8110546 ニューヨークで一番賑やかな(?)ストリートを散策

 この近くに例の9.11の「グランド0」、貿易センタービル(ツインタワー)崩壊の跡地が有ると言うので行くことにした。激しく降る雨の中を「グランド0」を目指す観光客が周辺をウロウロしているので、道路がとても混雑していた。その後について歩いて行ったので直ぐに分かった。
 「グランド0」は工事用の鉄板で囲われて中を見るとこは出来ないが、工事用車両が出入りしており、新しいビルの建設がかなり進んでいるようにも見えた。アメリカ人の誰もが心に刻まれた、忘れることが出来ないあの9.11の出来事。近くに展示館があり、中へ入って見た。本が色々出されていた。写真集も沢山あった。館を出たが、雨は一段と激しく降っている。あまりにも激しい降りなので、『昼食でも』と思い歩くが、ホテルが立ち並ぶ通りなので、どの店も値段が高いのでやめた。丁度地下鉄の入り口が目に入り、取りあえず避難のため階段を降りた。ラッキーだったのはその地下鉄はA・B・E路線でE線に乗ればLex・AV 53stへ行ける。地下鉄に乗り、慣れたことに感謝だ。

P8110534 マジソンスクエウアーガーデン

 53stで下車して地上に出たら雨はやんでいた。さっきまで激しく降っていたのが嘘のようだ。雲も薄くなり、陽射しもあるではないか? ニューヨークの中でもこの辺りが一番賑やかで、ビジネス街、商店が多く建ち並んでいる。『昼食』と思い探すが中々見つからない。やっと見つけたレストランとは言えない、サンドウィッチを主とする食べ物屋で何やら色々とトッピングするらしい。これは私に無理な所。石井先生が「ここで良いですか」と聞いて来たが、「ここは駄目」と私は言って店を出た。しばらく歩くと又同じようなサンドウィッチの店があった。でもこの店は日本で言う「マック」の様な感じで、サンドウィッチが棚に色々並んでいる。自分の食べたい物をレジカウンターへ持って行き精算するようになっている。これなら私でも問題なく注文できそうなので店に入る。雨に濡れて身体が冷え、小用を模様してしたのでレジの人に「トイレ」と聞くと、奥を指さして教えてくれた、良かった。ここにはトイレがあったのだ。
 ニューヨークの街には公衆トイレが殆どない。地下鉄の駅にも、コンビニにも、スーパーマーケットにも無い。ニューヨークの人はどうしているのか不思議だ。その点、日本は駅には必ずあるし、公園にもある。トイレの心配は殆どしなくて済んでいたのだが・・・・・・
 トマト、野菜の挟んであるサンドとヨーグルト、オレンジジュースを私は買った。$15もした。ニューヨークは物価が高い。
 150ccのヨーグルトが$5、500ccのペットボトルは3ドル近くもする。私の食べたサンドウィッチは$7.5もした。でもトイレも済ませたし、お腹もほどほどに膨れて来たので『まぁ~いいか』って感じだ。

P8130039 ニューヨークのど真ん中にある広大な公園セントラル・パーク

 石井先生はエンパイヤ・ビルを見学した時に市内観光のチケットを$100位で買っていた。しかし使ったのはエンパイヤ・ビルだけなので「何処かへ行きますか?」と聞いたら、セントラル・パークを歩いてみたいとのことだったので、そちらへ行くことにした。ここからはさほど遠くない所にある。5 AVから西の59stから8 AVの間、110stまでの南北に長い公園。13ブロックで約1kmだそうなので。約8km弱の広い公園。

P8130045 公園内でシャボン玉のパフォーマンスが!!

 公園内に入った途端、あのニューヨークの喧騒が嘘のように静寂になった。ここは本当にニューヨークなの?? 何処か山の森林浴に来ているのではないかと思わせる所だ。しかし鳥の鳴く声は殆ど聞こえない。そして公園内の歩道は曲がりくねっているので、時々方向を確認しないと元来た方向へ行ってしまうのである。公園内にある案内板を見ると私たちは北へ向かうとアパートに近くなるので、そちらを目指して歩くが、時々南方向へ歩いていたりする。石井先生がスマホの方位磁石で方位の確認をしながら歩く。それほど広く、自然が豊かに守られており、アメリカの誇れる場所の一つではないだろうか。公園内の手入れも行き届いている。しかし残念なのは歩く所が舗装されているのと、その道の脇には何故か鉄の柵。ここでの鉄の柵は不要に思えるのだが・・

P8130067 緑豊かな公園内と古風な建物がマッチしている

 時折、木立の間から高い建物が見える。でもその建物は最新の建築物だけではなく、年代物の建物も見え隠れしている。それはこのセントラル・パークの森の景色とマッチして実に素晴らしい。
 この公園があまりにも広いので、公園を散策している人は多いと思うのだが、日本の公園のようにゾロゾロと繋がって歩くことは無い。広場に来ると人々が集まってはいるが、一歩散歩道に入ると行きかう人は余りいない。そうそう、ジョキング、ランニングをしている人も結構見かける。
 何時間歩いたのか分からなくなったが、公園の北側に出た。近くに地下鉄の110st駅があり、地下鉄に乗り、私たちが泊まっているアパートの125st駅まで帰る。アパートへ帰る途中

P8130049 園内には大きな噴水池があり憩いの場所

でスーパーへ寄り、食料を買って部屋へ戻った。今日はかなりあるいた為か、とても眠たいほど疲れてしまったようだ。夕食はパスタを食べた。石井先生は大好きなビールを買って来たが、小瓶だったので直ぐ飲み干してしまい、8時過ぎに又ビールを買いに走った。今度は少し大きめの瓶になっていた。ハーレム街なので「夜、街中を歩くのは危ない」と言われていたが、「この格好なら全然大丈夫だ」と言っている。確かに地元の人と変わらない格好だとは思うのだが・・・・。そのビールも朝には3本に減っている。石井先生は本当にビールが好きなんだなぁ~。アル中かも知れな??

P8140095 アパート近くの公園内にプールが

 インターネットに「今回のレース結果が発表されている」と教えてくれた。我々のチームの正式タイムは8時間43分35秒。4人リレーの部では10番、総合では11番。しかし18チーム出場のはずなのに、タイムが出ているのは16チームだけ。一番速いチームは7時間50分02秒でラストチームは9時間21分45秒。1チームは選手の体調不良で途中棄権して、選手は救急車で病院へ搬送されたと聞いた、後の1チームはどうしたのだろうか? タイムオーバーだったのか??? 出場選手の中で私は2番目に高齢者。1番は何と82歳、82歳でマンハッタンを泳ぐとは、凄いスイマーだ!!!

2009年4月14日 キンちゃんの淡島~大瀬埼間 2-way solo swim

 この詳細は、当ブログ「キンちゃんが行く」Vol.27をご覧ください。

<結果>

  • 1st leg: 淡島 07:02 ⇒ 大瀬崎 09:58 2時間56分
  • 2nd leg: 大瀬崎 09:58 ⇒ 淡島 14:08  4時間10分
        合計=7時間06分

<概況>
   天気 曇りのち雨
   視界 1~6海里
   風向 主に南
   風速 1.0~3.2m/sec
   気温 15.3~17.1℃
   水温 15.8~16.8℃
   波高 0.5m
   ピッチ 62~65回/分
   流向 主に西
   流速 0.0~0.5kn

P4140001 大好きな船頭さんと

P4140002 行ってきます。

P4140003 淡島のスタート

P4140007 いきなりどアップ

P4140012 力泳中

P4140018 真剣に操船する

P4140019 大瀬崎の折り返し

P4140023 力泳

P4140029 ゴールしました。

P4140030 ただいま。

P4140031 イェ~イ

春のスキーキャンプ2014 in 妙高(3/6)

3.リフト代、高い? 安い?

 ゲレンデではたまたまマルハ君(まるで初めて)は居ない。みんなボーゲンだがそこそこ滑ってくる。まあリフトの一日券を買っても元は取れるので一日券を買う。
 ところでリフトの代金だが、赤倉観光リゾートスキー場ではリフト一回券が400円。ゴンドラは一回が1,000円(リフト三つ分上る)だ。リフトの長さは1,000mくらい。もちろんゴンドラは3,000mくらいあるのだが、距離だけでいうと『高いなぁ~』と思う。『電車で1,000円分の切符を買ったらどのくらいの距離が行けるだろう・・・』と考えてしまう。
 もちろん電車は生活圏の乗り物だしリフトやゴンドラはレジャーで季節ものの乗り物だからある程度はわかるのだが、やはり『高いなぁ~』と考えてしまう。
 ところでリフト一日券の値段は、赤倉観光リゾートスキー場の値段設定が複雑なので詳細はこちらを見ていただきたいが、春スキー(3月24日~)の場合は大人が2,500円、子どもが1,500円、中学生・シニアが2,000円。子どもたちはみんな二十歳以上なので大人料金になり、もちろん私はシニア料金になる。これだと大人料金でもゴンドラ三回乗れば元は取れる。
 だが目聡い私は券売所で「障害者割引はありますか?」と聞いた。するとあるのだ。障害者自身とその介添者は「子ども料金の1,500円になる」と言う。オオ、ゴンドラ二回乗れば元は取れてしまうではないか!!
 でもさあ、これって安いと思う? 高いと思う? 電車の都区内トクトクきっぷ(一日乗車券)が730円だよ。大人の料金で!

2006年4月12日 キンちゃんのサイパン24時間泳(プール)

 このデータは古いパソコンに入っており、古いパソコンを開く勇気が私にはありませんので、皆さんにはご迷惑をおかけしますが写真のみとなります。

P4120001 スタート前にガーリー(ライフガード)と

P4120003 イェ~イ

P4120004 サイパンのスイミングクラブの練習

P4120005 記録用デスクと食材が置いてある。

P4120007 ナイトスイム

P4130009 明るくなってきました。

湘南の主さんの「アメリカ・ニューヨーク、マンハッタン島を泳ぎました。ついでにリバティー島も泳ぎました。」(28/38)

28・引っ越しです

 8月12日(火)今日はオー先生が日本へ帰られる日であり、私と石井先生がハーレム地区のアパートへ引っ越す日でもある。朝食後、荷物を纏めてアパートを10時過ぎに出る。後で分かったのだが、私は忘れ物をしていた。キッチンの上の棚の中に、薬、インスタント味噌汁、カロリーメイト、懐中電灯、そして大事なカメラの予備電池等々である。
 昨日、下見に行ったので今日の移動は非常に楽にスムーズに行動出来た。アパートから8番のバスで3 AVまで行き、そこで103番のバスに乗り換えてE 123stへ。しかしここでバスを待っている時、石井先生がトイレへ行きたくなり、バス停の前にあった軽食屋さんに入って「トイレ」と「聞くとトイレは無い」、「何処に有るか」と聞くと「少し離れた場所の“マクドナルド”ならある」とのこと。石井先生とオー先生が一緒にそちらへ向かった。

P8110526 バス車内で、バスのベンチはとても硬い

 一人私が大きなトランク3個も目の前にして道路に立っていると、イエローキャブが何台も停まって「乗らないか」と合図をしてくる。多分、タクシー待ちをしているのと勘違いされたようだ。二人とも中々戻って来ない。やっと石井先生だけ戻って来た。聞くと「トイレを使うには何かを注文しなければならないので、今注文してオー先生が待っていてくれるからマックへ行って下さい」と言われた。マックへ入るとオー先生が待っていてくれた。飲み物を飲んで、私もトイレを使わせてもらった。確かにニューヨークは公共のトイレが無いように思った。地下鉄のホームには無い。多分、犯罪の起きやすい場所になるからなのだろう。石井先生もトランク3個の荷物番をして立っていると、「イエローキャブが何台も声を掛けてきた」と言っていた。

P8120023 空港へ向かう車窓から見た郊外の住宅地

 103番のバスに乗ってE 123 STまで行ったのだが、時間的に道路が一番混雑する時間帯だったようで1時間も掛ってしまった。新しいアパートに我々の荷物を置いて身軽になり、オー先生を見送り方々、自分たちの帰りのコースの下見を兼ねてオー先生をJFK空港まで見送りに行くことにした。
 又、103番のバスに乗り、E 51 STまで戻り、そこから地下鉄のE線で空港近くまで行く。更にその駅から空港を周回しているエアトレインに乗り換えて8番のターミナルへ向かう。日本からJFK空港へ来て、空港からイエローキャブで最初のアパートまで行った時は$100も取られたが、バスと地下鉄を利用すると$10もしない。1週間乗り放題のメトロカードを$25で購入したが、お釣りがくるくらい活用している。
 マンハッタン島から地下鉄で郊外へ向かい、エアトレインに乗り換えて車窓からの景色を眺めると、アメリカの人々が住む家並みがよく見える。一見、日本の住宅とさほど変わらないようにも見えるが、一戸の家の敷地がかなり広い。でも家はビッシリと建ち並んでいる。私のアメリカ人の家のイメージとは遠くかけ離れて見えた。

P8120019 JFK空港へ向かうエアートレインで外の景色を

 JFK空港は日本から到着した時、約半日時間を過ごした場所なので何となく懐かしい気がした。日本行の飛行機は8番ターミナルだが、そこには休む所が無いのでエアトレインで1番ターミナルまで行き、そこのレストランで食事をした。
 オー先生を見送り、帰りは来たコースを使って戻り、新しいアパートへ帰った。新しいアパートの近くで大きなスーパーマーケットを見つけることが出来、食料品をたんまり買い込んだ。今日は朝から一日中動き回ったのでとても疲れた。夕食は軽く素麺で済ませた。

2007年4月10日 キンちゃんの淡島~大瀬崎間 2-way solo swim

 この詳細は当ブログ「キンちゃんが行く」Vol. 2をご覧ください。

<結果>

  • 1st leg 淡島09:06⇒大瀬崎12:34 3時間28分
  • 2nd leg 大瀬崎12:34⇒淡島15:43 3時間09分
         記録:2way = 6時間37分

<データ>
水温:15.5~16.0℃
波高:0.5m
天候:晴れ
風向:西
風速:0.2~5.0m

P4100002 大好きな船頭さんと

P4100003 淡島をスタート

P4100004 いきなりどアップ

P4100009 さらにどアップ

P4100010 イェ~イ!

P4100013 力泳

P4100014 力泳中

P4100031 さらに力泳中

P4100036 さらにさらに力泳中

P4100042 さらにさらにさらに力泳中

P4100044 もう少しだ!

P4100046 大瀬崎の折り返し

P4100050 どアップ

P4100053 A旗、風が強いです。

P4100054 遠泳中の幟、風が強いです。

P4100056 それでもイェ~イ

P4100062 どアップは続く

P4100091 データはこのように機械で取っています。

P4100099 さらにどアップは続く

P4100107 三角山の淡島、左はスタート地点のホテル

P4100108 ゴールしてきたよ!

P4100119 終わったよ。イェ~イ

P4100124 船頭さんの自宅で

4月8日 祝 VOXY 一周年お誕生日

 ちょうど1年前の今日、我が家にVOXYがやって来た。「やあ、やあ、やあ」と挨拶し、それから1年。走行距離は2万km弱。
 HIACEは3年(車検)で10万kmを越し、タイミングベルトを交換した。「初の車検でタイミングベルトを交換する人なんて、滅多に居ませんよ」と整備士に言われたので記憶がある。つまりその頃の年間平均走行距離は約3万4,000km。その当時から比べると今は60%くらいが減ったかな? それでも燃料費が変わらないのはどういうわけか!!??!!(高いぞ、ガソリン!!)

P4081374 枝垂れ桜

 何かお祝いをしてあげようと思ったが、これといって良いアイディアもなく、結局は東京の春を捜しに花見に行った。だが人混みをあまり好まない私。“花見の名所”と呼ばれるメジャーな場所を避け、“裏花見名所”を考えた。

P4081380 春の花は桜だけじゃない。

 皇居ではこの日まで「乾通り」と呼ばれる桜の並木道が一般公開されている。何でも天皇陛下が去年、80歳、傘寿の誕生日を迎えられたことを記念したものらしいが、「それなら」といつでも一般公開されている皇居へ行くことにした。皇居へ花見に来る方々は『ほとんどが“乾通り”に行く』と考えられたからだ。

P4081387 昔、ここに江戸城があった。当時も桜は咲いていたのか?

 結果から言うと武道館では我母校の大学の入学式が行われていて、たまたまタイミングがその式典の時間に合ってしまったのか、新入生と思われる学生とその父兄の行列と一緒になってしまい、ゾロゾロと皇居へ。お蔭で人混みは避けられなかった。満開は終わっていた。花粉症で眼がカユカユになっていた。で、一歳のお誕生日の祝日に似合わない日になってしまったのだ。
 まあ、それが“オレらしい”かな???

P3311350 子どもたちはもう水遊び

 実は3月31日にテレビでは「桜満開」が公表されて、カメラぶら下げ我が家の近所にある親水公園に行ったのだ。そこに親水公園があるのは以前から知っているが、ココに移り住んで25年以上も経つのに、公園に行くことを目的に公園に行くのは初めてのことだ。

P3311351 親水公園

 ちょっと「人」という字をそのまま地図だと思っていただきたい。書き始めの“ノ”の筆を置く部分辺りに我が家がある。そして書き終わりの先が川と接合されている。次に右に伸びる部分は隣の区と繋がっているのだ。書き始めの“ノ”の筆を置く部分から川と接合する書き上げる部分までの長さは3.5km。幅は所々で大きな公園があり広いが、狭い部分では10mくらいか? いずれにせよ細長い人工のせせらぎがあり、それに沿って散歩コースがある。

P3311352 人工だが小さなせせらぎと散歩コースがある。

 とにかく端から端まで一往復をしたのは初めてで、『ヘェー』と思うことは多々あったが、テレビで言っていた「桜満開」は『嘘だなぁ~』とも思っていた。とにかく八分咲きくらいの桜をシャッターに収めはしたのだが・・・。

P3311354 せせらぎには子どもたちの遊べるスペースがある。

P3311358 散歩が楽しめる小路がある、

P3311359 少しゆったりと流れる時間・・・。

P3311369 喧騒の中のオアシス?

湘南の主さんの「アメリカ・ニューヨーク、マンハッタン島を泳ぎました。ついでにリバティー島も泳ぎました。」(27/38)

27・エンパイヤ―ステートビルに昇る

 8月11日(日)念願のマンハッタン島1周リレースイムは見事、時間内に完泳出来てとても良かった。昨日の疲れは殆ど無い。4回泳いだけれど、時間も短かったし交代で泳いだので、休む時間もたっぷりあったからだろう。オー先生がアイパッドを駆使して色々と調べてくれるおかげで、とても楽に安心してニューヨーク市内を移動出来るし、散策出来てとても助かっている。今日はバスを使い、ニューヨークで一番賑やかな所へ行った。エンパイヤ―ビル、次に私と石井先生が泊まる、ハーレムのアパートの下見などをした。

P8110539 目貫通りをドミニカ共和国のパレードが行く

 先ずはバスを乗り継いで市内の中央へ出て、そこから更にバスに乗って北上し、途中で国連ビルに立ち寄った。しかし休日のため建屋の中へ入って土産物屋の所までしか行けなかった。仕方なくここからバスで更に北上、1時間ほど乗って次のアパートの場所を確認した。
 1階には小さな食品店があり、その横から建屋へ入る扉がある。しかしその扉の前の階段には黒人が数人たむろしているし、食品店の前にも黒人が居て、常に大声で話していると言うより、怒鳴り合っている感じに聞こえてくる。アパートの受付が食品店になっている。石井先生が早めに来て良いか? 荷物は置かせてもらえるか? など確認してみるが、話がうまく通じない様だった。止む無く諦めて引き上げる。取り敢えず場所さえ確認できれば安心する。
 又、バスに乗り、賑やかな場所へ戻ってきた。エンパイヤービルへ行くのだが、周辺で大きなパレードが行われていて、かなり遠回りして何とかビルの前まで来た。パレードはドミニカ共和国パレードだそうである。流石、自由の国アメリカ、余所の国のパレードにも関わらず、交通規制や大勢のポリスが駆り出されている。

P8110558 エンパイヤ―ビルからイーストリバーを見る

 エンパイヤ―ビルに入るのにはセキュリティチェックが厳しく、エンパイヤ―ビルだけでなく、公共の人が多く集まる場所、建物は全てセキュリティチェックが行われていた。そして建屋の中をグルグルと引き廻され、途中で記念撮影の写真も撮られた。やっと展望台へ通じるエレベーター乗り場まで辿り着いた。80階まで上がり、そこから別のエレベーターに乗り換えて86階まで上がった。やっと外の景色の見える所へ出た。何とビルの外へ出られるではないか、ビックリである。日本では絶対に有り得ない事だと思う。ここからの眺めは「素晴らしい」の一言。展望台はビルをグルリと1周出来るようになっている。展望台には色々な国々から来た人々でかなり混雑している。昨日泳いだイーストリバー、ハーレムリバー、そしてハドソンリバーが眼下に広がり、「ウム、ウム、あそこを泳いだのだなぁ~」と景色を眺めて1人悦に入っていた。

P8110560 エンパイヤ―ビルの展望デッキは人・人

 360度の景色が見渡せるが、山並みが見えない、日本なら大抵、山並みは見えているはず。流石、アメリカは広い国だ。真下を見ると、碁盤の目の様な道路に沿ってビルが立ち並んでいる。パレードの流れも豆粒のように動いている。テレビドラマで見る、ニューヨークの上空からの空撮そのままの景色を堪能出来た。1時間ほど居ただろうか、オー先生情報によると今日のエンパイヤ―は空いているそうだ。いつもなら1時間以上は待たされるとか・・・。ラッキーであった。帰りもバスでアパートまで行った。オー先生は普段、殆ど歩かないそうであるが、今日はとても沢山歩いたのでかなりお疲れでなないだろうか?

2009年4月7日 キンちゃんの淡島~大瀬埼間 2-way solo swim

 この詳細は、当ブログ「キンちゃんが行く」Vol.26をご覧ください。

<結果>

  • 1st leg: 淡島 07:53 ⇒ 大瀬崎 11:07 3時間14分
  • 2nd leg: 大瀬崎 11:07 ⇒ 淡島 14:39  3時間32分
       合計=6時間46分

<データ>
   天気 晴れ
   視界 5~7海里
   風向 主に西
   風速 2.2~5.1m/sec
   気温 12.0~20.4℃
   水温 14.5~15.3℃
   波高 0.5~1.0m
   ピッチ 62~65回/分
   流向 主に西
   流速 0.0~0.3kn

P4070022 大好きな船頭さんと

P4070025 まだ冷たいよ!

P4070026 スタート(淡島にて)

P4070029 山は青くなり、山桜が綺麗です。

P4070033 力泳中

P4070043 それにしても山桜は見事に満開で、とても綺麗です。

P4070045 大瀬崎の折り返し

P4070048 大瀬崎も山桜満開♪

P4070049 眼にも美しい春の息吹を感じながらの力泳

P4070052 淡島到着

P4070054 ただいま~!

P4070056 今日もご馳走とビールが旨い!

2010年4月6日 キンちゃん&ニックの淡島~大瀬崎1.5-way(6時間泳)

<記録>キンちゃん、本日はニック(英国人)とタンデムです。

  • 1st leg: 07:01 淡島 ⇒ 10:57 大瀬崎 3時間56分
  • 2nd leg: 10:57 大瀬崎 ⇒ 13:01(6時間)2時間04分
      記録: 6時間00分

<データ>
  水温: 15℃
  気温: 14℃
  天候: 晴れ
  風向・風速: 南東の風4m
  波高: 0.5m
  視界: 10km

* ニックのドーバーを泳ぐのに必要な証明書、「16℃以下の水温で6時間泳いだ証明」を作ることに成功。

 詳細はこのブログ「キンちゃんが行く」Vol.33“2.海練習の報告”に掲載されていますが、少しアレンジして次に記載します。

2.海練習の報告

P4060001 船頭さん、キンちゃん、ニック

 初めて一緒に海練習するニックはイギリス人。何でも東京に住んでおり、証券会社で働いているらしい。出社が遅く、帰りも遅く、なかなかプール練習が出来ないらしい。そんな彼が9月にドーバーをチャレンジするために、「今日は1-wayにチャレンジする」と言う。何でもプールでは3時間半ぐらいしか泳いだことがないらしかった。

P4060003 行ってきます!

 泳ぐ前日の夜中に民宿「桂」に着いたみたいで、私は既に寝ていた。それにニックは慌て過ぎたせいか、スイミングキャップを忘れたらしく、石井コーチに借りたらしい。

P4060004 Let's Go!

 朝、スタートして泳いでいると、何だか「海の色が少しおかしいな」と気付きながら泳いでいた。と、下の方に目をそらすと赤クラブの姿が見えた。「そら耳ではなく、そら目かな?」と、その時は何も考えなかった。が、段々泳ぐに連れてプランクトンの死骸があり、少しずつ臭くなり始めた。「ひょっとしてさっき見たのは赤潮によく現れる巨大クラゲか?」と、大瀬に近づくに連れて数が増してきた。

P4060005 淡島にて「頑張ろうね!」

 ニックは、私が普通の人より遅いのに、それに輪をかけたかのようにかなり遅い。一緒に泳いでいると私は寒くなり、ボートの回りをグルグルと泳いでいる。でもこの巨大クラゲの団体の中で泳ぐ気力はなく、大瀬手前から私はクラゲが怖くなり、大瀬目掛けて先に泳いでしまったよ。

P4060007 キンちゃんアップ

 言葉では言い表せないほどの巨大クラゲの団体は、頭の傘は茶色で白髪が生えたように白い筋が入っており、足の長さは2mから3m。まるで石井コーチを巨大化したように見えるが、唯一違うのは足の長さだろう。

P4060008 ニックのアップ

 そのクラゲがたまに油断をすると、目の前を横に通過する。刺されたらたまったもんじゃない。「こんな所では泳ぎたくない」と、もうまっしぐらに大瀬まで泳いだが、出て来る、出て来る、久しぶりに大群を見かけ、怖かったよ。急に現れるからね。

P4060012 2人揃って栄養補給

 大瀬の浜でニックを待つこと30分。ビーチに上がって私は待っていたが、身体が冷え過ぎてしまった。

P4060015 大瀬崎にて「頑張ったね!」

 何だぁ、かんだぁ、と泳ぐ気力を失った私は、ニックも「1-wayで終わる」と言っていることだし、私も「1-wayで辞めたい」と告げると、「今、4時間泳いだから後2時間泳ぎなさい。ニックに6時間泳の証明書を作るから」と石井コーチ。「わかった」と私は返事をした。

 ニックがビーチに着き、とても寒そうだが、「後2時間泳ごう」と私は導いたのである。スピードがかなり落ちているニックだが、ゆっくりゆっくり泳ぎ始めて口を開いた。「後どれくらい?」

石井コーチ「40分だ!」

P4060018 ニックのどアップ

 きっと限界に近かったのだろう。「ゴースイム」と私は声をかけ、ニックは最後まで泳ぎ切った。拍手だ。遠泳は泳ぎ切ることが大切。カメで良いのだ。本人が、スタッフ同士が一丸となって楽しみながら泳げば。ニック6時間完泳おめでとう。

P4060022 キンちゃんのどアップ

 船に上がればニックのにこやかな顔、泳ぎきった表情は最高だね。これを自分自身の自信に繋げてドーバーを完泳して欲しい。後から聞いた話では、ニックのファミリー、ニックの会社の方など大勢の方から応援エールを送られていたそうだ。

P4060024 寒いよ!

 帰りの船は、風が強くゆっくりと走らせながら、やはり海は赤潮だらけだった。例えて言うなら「味噌汁に一味を振り掛けた状態」かな? ところがそれがオレンジ色で綺麗なのだ。よくこんな所で泳いだと思う。

 ニックは寒くて服を着だした。私は検査着一枚だけだけどね!

P4060033 よく6時間泳いだね♪

 リアルタイムの報告は海練習から、ニックの報告はReport of Nickをご覧ください。

春のスキーキャンプ2014 in 妙高(2/6)

2.花粉症の再来

 3月25日、この日は年度末の五十日(ごとおび)。消費税が上がる直前でもあるのだろうか、とにかく道路は混みに混んでいた。普段の約1.5~2倍の時間が掛かる。お昼過ぎには妙高到着予定だったが、正午でまだ行程の半分までしか進んでいない。そこでお昼は途中のサービスエリアで食べさせることにした。
 どうにか予定より2時間ほど遅れて現着。滑る時間はあまりないが、とにかくゲレンデへ行くことにした。何故ならば天気予報では明日から下り坂、どうなるかわからないので天気の良いうちに滑らせることにした。
 ゲレンデに出ると、、、、、3月の初めに東京ではマックスだった花粉がようやく『峠を越したな』と思っていたのに、スキー場ではこれから花粉が飛びまくる状態だった。『そういえば去年もそうだったな・・・』と思い出した。
 去年もS君は春スキーに参加していた。たまたま宿に他のお客さんが居なくて良かったが、プールで誰かに貰ったウイルス性の下痢で私は大変だった。とにかく何かを食べるとすぐにピーピー、というよりシャーシャーのまるで水分のみの便が出る。(お食事中の方、ごめんなさい)
 朝、少し食べると、それ以外はすべて子どもたちに分け与えた。腹減らしの子どもたちは喜んで食べてくれたが、交通事故直後だった私は骨折した右手中指のギブスを外し、食事も出来ずに花粉症でトリプルパンチを喰らったスキーキャンプだった。(詳細はこのブログ「3月27日 春スキーキャンプ」をご覧ください)
 今回も鼻水ズルズル、クシャミをしながら『去年は力のないレンタカーのハイエース(商用車:4ナンバー)で来たっけ・・・』などと思い出していた。

Img_0717 天気が良いので撮影を先にした赤倉観光リゾートスキー場

湘南の主さんの「アメリカ・ニューヨーク、マンハッタン島を泳ぎました。ついでにリバティー島も泳ぎました。」(26/38)

26・大会を終えて

P8100500 やったね~、ゴール! お疲れ様

 大会終了後、場所を移してパーティー&表彰式が行われることになっている。場所はノースコープと言う所。着替えて荷物を纏めて、大会本部が用意したクルマで会場まで行った。辺りはすっかり暗くなってきている。先日下見に来た時に通った場所だった。今回サポートしてくれたカヤックもここから出て行ったそうである。一般の人々もかなり食事に来ていた。我々は建屋の中へ入り、大きなテーブルに全員座った。陽子さんが色々と料理を注文してくれていた。
 我々の座っている周辺は今大会に参加したグループ、もしくはその家族や仲間と思われる人々で大変賑やかな雰囲気となってきた。テーブルの空きが少なくなったようで、我々のテーブルの空いている席に年配のご夫婦が座った。すかさず陽子さんが話かけていたが、今大会のカメラマンだそうである。会場はざわざわと人の話し声で大変賑やかだが、我々日本人グループはお通夜の席にように静かに黙々と料理を食べていると言う感じである。1人、陽子さんだけ周囲の人々と話し込んで楽しそうにしている。やはりこんな時、英語が自由に話せたらもっと楽しい思い出が作れるのだろうと思う。表彰式は外で行われているようであった。完泳の記念のクリスタルの小さな盾を頂いた。スタート前に会った若いグループは優勝したそうである。
 食べ物も無くなり、会場の雰囲気に慣れないし、話すことも無くなり、疲れているので帰る事した。石井先生は相変わらずムッツリとしている。よほど悔しく、不満が残ったのだろう。陽子さん、キンちゃんと別れ、タクシーを捕まえてアパートへ戻った。今日はとても、長い~~長い~一日だったように思う。

Img_2740 見事完泳した我がチーム。石井先生はムッツリ蚊帳の外

 結果は翌日にインターネット上に成績が公表された。私たちの正式時間は8時間43分。順位は11位。18チームの出場だったが記録は16チームまでしかなかった。聞くところによると、1チームは途中で選手の船酔いが激しくてリタイヤ。選手は病院へ搬送されたとか。もう1チームはどうなったのか? もしかしたらタイムオーバーだったのかも知れない。

2013年度のマンハッタン島1周リレースイムの結果
   順位  時間  その他
        1.   7:50.02    4人
        2.   8:08.58    4人
        3.   8:10.57    4人
        4.   8:11.26    4人
        5.   8:12.20    6人
        6.   8:22.22    4人
        7.   8:27.08    6人
        8.   8:29.00    4人
        9.   8:31.06    4人
      10.   8:38.53    4人
      11.   8:43.35    4人    津軽チーム
      12.   8:59.59    4人
      13.   9:11.13    6人
      14.   9:11.43    6人
      15.   9:19.48    4人
      16.   9:21.45    4人

 結果が16チームしか発表されていない。1チームは途中で選手が体調不良となり棄権、救急車で病院行きとなったと聞いたが、残り1チームはどうなったのか不明。我が津軽チームは11位。6人組みを除けば9位となっている。

                    我が津軽チームの経過
   No  泳者   時間  泳時間  経過時間  泳距離(km)  備考
       1.   眞壁  09:38    1:02                      3.7
       2.   藤田  10:40    0:30      1:02          3.5
       3.   奥澤  11:10    0:50      1:32          2.8
       4.   青島  12:00    0:45      2:22          0.9
       5.   眞壁  12:45    0:30      3:07          0.8        3:30
       6.   藤田  13:15    0:30      3:37          1.6
       7.   奥澤  13:45    0:30      4:07          1.8
       8.   青島  14:15    0:30      4:37          1.6
       9.   眞壁  14:45    0:30      5:07          1.8
     10.   藤田  15:15    0:30      5:37          1.5        5:45
     11.   奥澤  15:45    0:30      6:07          2.5
     12.   青島  16:15    0:30      6:37          2.1
     13.   眞壁  16:45    0:30      7:07          3:0        7:30
     14.   藤田  17:15    0:30      7:37          2.4
     15.   奥澤  17:45    0:36      8:07          3.7        9:10
     16. ゴール 18:12    8:43      33.3

 通常のOWSレースは青い海、青い空、水平線、白い砂浜と海をイメージするが、このマンハッタン島レースはニューヨークの摩天楼を見ながらのスイムで、私としては生涯の思い出に残る楽しいスイムレースだった。私のオーシャンスイムに又、一つ自慢の出来る内容が加わった。

001 ニューヨーク・マンハッタン島完泳・記念クリスタル盾

春のスキーキャンプ2014 in 妙高(1/6)

1.重い障害の子どもと宿は

 3月25日、トラジオン春スキーキャンプのスタートだ。ちょっと重度の知的障害児(と言っても全員二十歳を越しているが)を連れて行く。特にその内のS君は冬のスキーキャンプにも参加しており、このブログ「知的障害者とスキーキャンプ」にも紹介しているが、とにかく問題行動が多い。
 S君の問題行動で、宿の女の子(一般のお客さん)の部屋に無断入室して暴れてみたり、他のお客さん(特に女の子)に触ったりと、とにかくいろいろやってくれる。逆を言えば他のお客さんと一緒の施設は難しいということだ。
 以前ならこういった問題行動を起こす子どもたちの宿として、理解のある施設は石打(新潟)、丸沼(群馬)、妙高(新潟)と三件あり、毎年冬、春と二回のスキーキャンプをやるトラジオンとしては宿泊地をローテーションして行っていた。
 ところが30年以上続けていると宿の家主も高齢化していき、石打の宿は「80歳を越したので」という理由で宿自体を閉鎖してしまった。丸沼の宿は息子の代になって、考え方が変わったようで障害を持つお客さんに対して冷たくなったように感じる。妙高の宿は閉鎖まではいかないにしても、積極的にお客さんを集める努力はしなくなった。
 同時にスキーヤーの人数が下がりつつある昨今、トラジオンのスキーキャンプも参加人数が下がりつつあった。つまり宿自体を貸し切ることが出来るほど人数を集めることが出来ず、最終的に他のお客さんと一緒の宿を選ぶしかなくなっていった。
 まあそれでも問題行動の少ない子どもたちが参加するなら良いだろう。しかし他のお客さんに迷惑をかけるであろう確率の高いS君のような障害児が参加する場合、どうしても他のお客さんのいない宿を選びたい。
 結局、妙高の宿を無理矢理にお願いし、何とか今回も行うことが出来た。が、やはり他にお客さんが居ないのは楽。一般のお客さんに気を遣わなくて済むのはホントに楽だ。もちろん最も良いのは他のお客さんと一緒になっても迷惑のならないようトレーニングをされた子どもが参加することだが、トレーニング途中の子どもにはやはり貸し切り状態の宿が良い。

 S君のこだわりは何と言ってもスイッチ。とにかくスイッチというスイッチはすべて触りたい、押してみたいなのだ。ピンポンダッシュはお手の物。プールでは蛍光灯のスイッチ、ペースクロックのスイッチ、トイレにある非常コールのスイッチ、エトセトラ、エトセトラ・・・。
 待ち合わせでS君をクルマに乗せた途端、ルームミラーをグニャリ、サンバイザーを下して内側にあるミラーの窓を開く、エアコンなどのスイッチを押しまくり・・・。即座に後ろ席に移動させた。
 スタッフは私一人しかいない。運転中も後部座席の状態を気にしながらの運転。まったく私が二人欲しかった。

湘南の主さんの「アメリカ・ニューヨーク、マンハッタン島を泳ぎました。ついでにリバティー島も泳ぎました。」(25/38)

25・マンハッタン島一周を泳ぐ

 主催者側からの指示で「最初に泳ぐ選手はグループの中で一番スピードのある選手にしてください」との要望があった。理由としてはスタート地点から直ぐの所にフェリーの発着所があるので、そこはなるべく早く通過したい。それとフォローの潮がまだそれほど強くないので、なるべくトラブルの無いようにしたいとのこと。しかし海面の状況はあまり良くない。三角波が立ち非常に泳ぎ辛い。でも皆さんとても速い。アッと言う間に見えなくなるほどカッ飛んで行ってしまった。人のペースに合わせると潰れるので『マイペース、マイペース』と言い聞かせて、マンハッタンの摩天楼群を見ながら楽しんで泳ぐ。左呼吸の私はズゥ~~ッとマンハッタン島を見ながら泳げるので最高の気分だ。今回、第一泳者は3つ目の橋(ウイリアムバーグ・ブリッジ)の下まで。風は北寄りでアゲンストぎみ。潮の逆流と風で三角波が立ち泳ぎ辛いことこの上ない。

Img_2530 カヤッカーのスティーブン

 しかしカヤッカーが私を見つけてくれ、私の呼吸側(左)に就いてくれたのでとても助かる。でもカヤッカーもとても漕ぎ辛そうである。ヘッドアップせずカヤッカーを見ながら私は泳ぐが、何度か方向を指示される。『あまり岸沿いを泳ぎたくない』という気持ちが表れていたのだろうか? 「レフト、レフト!」と合図される。ヘッドアップして前方を見ると、川が左へ曲がっており、私は川の真ん中辺りを泳いでいる状態になっていたのである。それからはカヤッカーの側を泳ぐ事にした。

Img_2523 イーストリバーから見る摩天楼群

 川とはいえ水の味は海水。それに汚れがひどい。時々指先に“ヌルッ”とした物が当たる。というより触れる。クラゲの触感だが水が汚いので正体は分からない。キンちゃんも同じことを言っていた。
 左オープンなので呼吸をする度に私はマンハッタンのビル群を見ながら、「本当にニューヨーク・マンハッタン島の摩天楼群を見ながら泳いでいるんだぁ~」と信じがたい最高の気分である、この光景は生涯、最高の思い出の一つになる事間違いなしのスイムである。カヤッカーのスティーブンは常に私の左側をサポートしてくれているので、前方は殆ど見ずにカヤックとマンハッタン島の景色を見ながら泳いだ。時々前を見るが、一緒にスタートしたスイマーの姿を見ることは無かった。皆さん物凄いスピードでイーストリバーを遡って泳いでいるようだ。やっと一つ目の橋を通過した。時折、船の引き波の大きいのが押し寄せて来る。とても川を泳いでいるという感じはしない。でも摩天楼を見ながら泳いでいる。何とも不思議な気分。二つ目の橋を通過。あと一つ橋をクリヤーすればキンちゃんと交代だ。

Img_2529 イーストリバーを泳ぐ私とカヤッカー、見守るキン

 ヘッドアップして前方を見ると遠くにサポート船のお尻が沢山見える。かなり離されているようだが、自分としては精一杯頑張って泳いでいる。だが中々前を泳ぐ人たちに追いつかない。やっと3つ目の橋、ウイリアムバーク・ブリッジまで来た。我がチームのボートが近くにいた。キンちゃんが泳いで近づいてきた。ハイタッチをする。右手を高く上げて私は交代を告げた。ボート後部のステップから船に上がると、キャプテンがボート備え付けのシャワーで身体の汚れを洗い流してくれた。

Img_2528 ウイリアムバーク・ブリッジの下

 キャビンに入り、身体を拭き、着替えをしてから辺りを見回すと何とも素晴らしい眺め。オー先生が私は最後尾だったが、「交代直前に一人抜いたよ」と教えてくれた。見ると、直ぐ後方にボートが一隻いたし、前方にはサポートのボートが団子状態でいるように見えた。
 キンちゃんは4つ目の橋(クイーンズボロー・ブリッジ)まで。彼女がドーバー海峡の2-wayを目指していた時の体重は62~65kgと丸々として、まるで足柄山の金太郎のようだったが、今のキンちゃんはそのころの面影は全く無く、頬も痩せこけている。まぁ~彼女の身長からすると今の体重、姿が普通なのだろうが、それにしてもゲキ痩せの感はある。『あの体形では以前の様なスタミナは無いだろうなぁ~』と想像できるほどの痩せ方だ。確かに泳ぎを見ていても、ドーバーを目指していたころの泳ぎとは違う。力強さを感じない。でもオーシャンスイムの経験は今回出場選手の中では群を抜いていると思う。
 1回目の泳ぎを終えてボートから改めて周囲を見回すと、川の両岸には高層ビル群が立ち並び素晴らしい眺め。陽子さんの提案で今回のスイムの各自のデータを取ることにした。データを見ると私の泳ぎは水温24℃、ストローク数は58回/分、泳速は何と6~7/哩、9.6~11.2km/hとある。正に川を遡る潮に押されて泳いでいるというより、潮に押されて流泳と言う感じである。確かにキンちゃんの泳ぎを見ていると1ストロークでの泳ぐ距離が半端でなく長いのである。

Img_2531 国連ビルをバックにオー先生と

 スタート時間は午前9時38分。キンちゃんへ交代したのが10時40分。1時間2分泳いだことになる。泳いだ距離は約3.3km。キンちゃんもそうだが、どうも岸よりを泳ぎたがる理由は2つ。大会本部からなるべく岸に沿って泳ぐようにと指示されていたのと、カヤッカーのスティーブンが盛んに「レフト、レフト!」と声を掛けてくるのである。ボートキャプテンのトウゴさんに言わせると、「少し沖目の方がより強いフォローの潮があるので沖目が良い」のだそうだ。彼は日系3世だそうで、この大会のサポートを15年くらいやっているので、このコ-スは熟知しているそうである。
 何だかんだとボートからアドバイスを送っているうちにキンちゃんの責任区間の橋、クイーンスボロー・ブリッジ下まで30分で来た。キンちゃんは30分で約3.5kmの距離を稼いだ。この区間はファローの流れが強かったのかも知れない。

Img_2535 強いフォローの潮に押されて遡る

 次はこの大会に参加しようと提唱されたオー先生の出番である。11時10分に交代。オー先生はフート・ブリッジまでの区間を泳ぐのだが、イーストリバーとハーレムリバーの合流地点にある“ミル・ロック”という小さな岩付近は流れが複雑で、ややもするとイーストリバー方向に流されてしまうようだ。6月に行われたソロスイムでは、この地点でイーストリバーへ流される選手が続出したそうである。なので、必ず「ミル・ロックとマンハッタン島の間を通過するように!」としつこく指示を受けていた。監視のボートもミル・ロック付近に待機して大きなオレンジ色のブイを載せて目印にしている。そしてイーストリバーへ流されないように早めに指示を出している。しかしオー先生はそのブイの右側を通過しそうになり、船から大声で叫び合図を送るとどうやら分かったようで、何とかブイの左側を通過することが出来た。この時点で我々のチームは最後尾ではなかった。後方に何チームかのボートが見える。その中の1チームはブイの左側をクリヤー出来ず、右側を通過して行った。本来ならこの行為はペナルティーの対象となるのだが、どのようなペナルティーを科せられるのか?? このコースの難関を何とかクリヤー出来てオー先生も良かった。責任区間の橋、フットブリッジ下に辿り着いた。天候の変化が激しく雨がパラパラ来たと思ったら日が射したりと、天気が目まぐるしく変わる。オー先生は約40分で2.7km泳いだ。これから先は当初の予定通り第4泳者は45分、以降は30分交代で泳ぐ事になる。オー先生が交代したのが丁度12時、陽子さんの泳ぐ番である。オー先生が船に上がってきた。「ちっとも進まなかったよ」と言ってぼやいていた。「でもうまくミル・ロックをクリヤー出来て良かった。流されたらどうしようかと心配していた」そうである。

Img_2542 ミル・ロックをクリヤーして力泳するオー先生

 陽子さんの泳ぎはストロークに力強さは無く、ゆったりとした泳ぎである。呼吸の度に動きが一瞬止まる。ヘッドアップの時も止まる。しかし確実に前には進んでいる。どこのチームが抜け出せるのか、コース取りによって直ぐに前後の位置が入れ替わる微妙な流れのある川である。ミル・ロックを過ぎると、川の名前はイーストリバーからハーレムリバーとなり、川幅も段々狭くなってくる。川の水は相変わらず汚くて、泳ぎ終わって上がってくると顔や体中が薄汚れている。陽子さんの責任時間45分を泳ぎ終えて船に上がってきた。45分で約800m。

Img_2553 オー先生から陽子にバトンタッチ

 これからは30分交代となる。30分間ダッシュスイムのつもりで私は泳ぐが進みが余り速く感じられず、30分間はアッと言う間に来てしまった。この間、私は殆どヘッドアップをせず泳いでいた。交代の時はボートが横に着くので『あぁ~交代の時間になったな』と分かる。30分間で私も約800m。キンちゃんと交代して船に上がる。シャワーを浴び、身体を拭く。天気が良くなり、シャツを着なくても暖かい。
 キンちゃんは快調に飛ばしている。と言うより流泳している。その速いこと、速いこと。多分泳がなくて浮かんでいるだけでも進むと思うくらい速い。30分で約1.6kmと、私の倍の距離を稼いだ。オー先生の2回目のスイム。1時15分過ぎにキンちゃんと交代した。この間も非常に速いフォローの流れに乗って(ボートキャプテンによると時速約3kmの流れがある)スイスイと進んでいる。30分で何と約1.8kmも泳いだことになる。

P8100476 カヤッカーの休憩所になっているボートハウス

 陽子さんと交代。水温は24℃、気温32℃、北の風5.3m/sと、少しアゲンスト気味の風である。が、良いファローの潮に乗って陽子さんも順調に距離を稼いでいる。ボートキャプテンに聞くと、時速約4.5kmの潮の流れが押してくれているそうだ。少し左側の岸に寄り過ぎて泳いでいるので、船の上から「右、右、ライト、ライト!」と叫んでみたが、聞こえていない様だった。先日私たちが乗った「マンハッタン島1周クルーズ」の遊覧船が側を通過。船の大きな曳き波が彼女を襲う。身体が上下に大きく揺さぶられて彼女の焦っている姿が良く分かる。しかし相変わらず左側の岸寄りを泳いでいる。上流から“ネズミの死骸”が流れてきて彼女の脇を流れて去って行った。この光景を見て『やはり予防接種は絶対に必要な大会だ』と思った。彼女も30分で約1.6km泳いだ。

Img_2560 流れも穏やかになってきたハーレムリバー

 3回目の私の泳ぎの番が来た。ハドソンリバーと繋がる水路の様な狭い川幅で、しかも非常に強いアゲンストの風。前から来る風波に負けないよう全力で泳ぐが、進みは非常に悪く、とても厳しい泳ぎだった。水路が狭いのでボートが何処に居るのか分からない。ヘッドアップで前方を確認するのだが、バシャバシャの風波で良く見えない。が、前方に我々のボートがいるのが何とか確認出来た。鉄道が通る鉄橋が見えてきた。いよいよハドソンリバーへ入るのだが、私は川の真ん中を通過していたようだ。泳ぐ前にボートキャプテンから「鉄橋の左側を通過した方が良い」とアドバイスを受けていたのだが、アゲンストの風波を乗り切るのに全精力を傾けていたので、そのことをすっかり忘れていた。何とか一番厳しい場所を通過出来て良かった。大会のルールではこの地点を「スタートから5時間45分以内に通過しなければならない」と決められていた。我々のチームは5時間30分ぐらい、つまりギリギリで通過出来たようだ。

Img_2619 厳しかった泳ぎに険しい表情

 ハドソンリバーへ出ると視界が広がり、まるで海を泳いでいるような、ゆったりとした気分になった。先ほどの狭い水路を泳いでいたので、余計にそんなことを感じたのかも知れない。30分で約1.8km、物凄く頑張った。何とピッチ数は74回だったそうである。やはり全力を出し切って泳いだことが分かる。この辺りはマンハッタン島の最北端地区で、島の周囲は緑に囲まれており、『ここもニューヨーク?』とはとても思えない。それだけ変化の激しい島なのだ。ハドソンリバーへ入ったのが15時15分過ぎ。スタートしてから5時間37分経過。キンちゃんと交代して船に上がる。川の前方に大きな吊り橋「ジョージ・ワシントン・ブリッジ」が見える。北西方向からの風がかなり強く吹き付けている。水面に風波が立ち、泳ぎ辛そう。カヤッカーも多分この風ではコントロールするのが大変だろうと思う。

P8100481 マンハッタン島北部の景色

 ボートキャプテンのトウマさんから「なるべく川の中央を泳いだ方が下り潮の速いのがあるので速いはず」とキンちゃんは泳ぐ前にアドバイスを受けていた。なのでカヤックではなく、ボートの後を追い掛けるように泳いでいる。しかしNYCの大きなオレンジ色のブイを載せた監視艇が近づいて来て、「もっと岸寄りを泳ぐように!」と警告をされてしまった。「川の中央はタンカーが通過するので危ない」と言っていたそうである。確かにしばらくすると、タンカーらしき船が何隻も川下から上がって通過して行った。

Img_2621 NYCの監視船から警告を受ける我がチームのスイマー

 カヤッカーのスティーブンは盛んに「レフト、レフト!」と叫んで指示を出しているが、キンちゃんは全く無視してボートの後を追いかけて泳ぎ続けている。
 スティーブンは諦めたようで、我々のボートとはかなり離れてしまった。が、取り敢えず船を追いかけて着いてきている。キンちゃんが30分間泳ぎ終えて船に上がって来た。この間約1.5km進む。
 次はオー先生。風が5.5m/sとやや強くフォロー気味の北西の風。キンちゃんの時はフォローの潮を貰えなかったようだが、オー先生の時は時速約5kmの速い下り潮で矢のようなスピードの流泳で進んでいる。オー先生もカヤックではなく、船を見て泳ぐように指示を受けていたのだが、風波があるのでヘッドアップしても船が良く見えないのか、中々船に着いて来られない。更に一段と風が強くなり、船はマンハッタン島に寄せられる格好になってきた。船を沖へ向けて泳がせようとするが、スイマーは風に流され、岸辺に寄せられていく。岸に近付くと返し波で泳ぎ辛いはずなのだが? それでも下りの速い潮をもらい、30分で約2.5kmも進んでいる。泳ぎ終えて船に上がって来たオー先生はかなり疲れた様子だった。なるべく沖を泳ぐように皆で手を振ったり、叫んだりしたのは全く分からなかったそうである。確かにスイマーと船の距離があり過ぎたかもしれない。
 陽子さんもオー先生と同じで中々船に着いて来られなくて、岸沿いを泳いでいる。カヤッカーとしては都合が良いのだが、北西の風で更に岸に寄せられていく。
 何度となく、船の方に来るように叫ぶが全く分かってくれず、淡々とマイペースで泳いでいる。この区間も速い潮に助けられて30分間で約2.1kmも泳げていた。

P8100482 ジョージ・ワシントン・ブリッジを通過するキン

 4回目の私のスイムが回ってきた。多分この泳ぎで私のマンハッタン島1周スイムの最後の泳ぎだろう。今大会で決められている第3チェックポイント、79ストリート・ボートベースを7時間30分までに通過できるのか、ギリギリの時間になってきている。陽子さんと交代した時間が16時45分。スタートからの経過時間は7時間07分である。残り時間は23分。全精力を傾けて私は泳いだ。カヤックは全く当てにせず、ただひたすら我々のボートの後を追い続けてガムシャラに泳いだ。途中の景色もあまり目に入らないが、自分としてはかなり良い感じで泳げているように感じた。船からは交代5分前になると目印の布を振ってくれるのだが、私はヘッドアップ回数が少ないので船の中でも諦めたのか分からなかった。ともかく前へ前へと進んだ。ヘッドアップ回数の少なさは湘南の海でトレーニングしている成果が今、とても役立っているように思える。
 やっとキンちゃんと交代。30分で何と約3kmも進んでおり、第3チェックポイントもクリヤー出来て自分の責任を果たせてホッとした。この調子で進むとフィニッシュはオー先生になりそうな気配だ。キンちゃんもカヤックではなく、ボートの後を追いかけて泳いでいる。が、川下に近付くに連れて小型のボートがあちらこちらからと出没して、危なくなってきた。そこで止む無くコースを岸沿いに変更して進むこととなった。この先辺りからゴール地点までは沢山の港があり、要注意の場所となっている。川の流れは相変わらず速くて快調に進んでいる。キンちゃんも30分で約2.3km泳いだことになる。

Img_2687 又、ニューヨークのビル群が見えてゴールは近し

 今大会のルールではピア25付近での選手交代は禁止されている。なのでオー先生がフィニッシュと決まった。オー先生が泳ぎ出したのが17時45分。川幅は更に広がり、まるで海のようである。ゴール地点に近付くに連れて海面の状態は悪くなり、スイマーにとってはかなりタフなコースとなっている。オー先生にボートの後ろに着くようにと皆で声を張り上げて指示、応援をするが、中々ボートに着いて来られず、沖へ沖へと向かって泳いでしまう。カヤックのスティーブンはノースコープでお別れとなり、残り約1kmはボートだけでの誘導となる。が、風波があるのでボートはスイマーに近付けず、サポートが難しい状況となっている。オー先生は風波に揉まれながらも懸命に泳いでいる。我々の後ろには何隻かサポートのボートが見えるので、我々がラストでないことは分かる。オー先生はかなり疲れたような泳ぎに見えるが、最後の力を振り絞って頑張っている。

P8100487 懐かしい姿を見せて走る外輪船

 バッテリーパークに来ると、歩いている人が足を止めスイマーを見ている。バッテリーパークの先端まで来ると、オレンジ色の大きなブイが岸壁の側に見えた。そのブイにタッチしてゴールとなるのだ。皆で大きな声で声援を送り、オー先生を励ます。
 5m、4m、3m、とブイに近付き、ついにブイへタッチ、フィニッシュした。18時21分、8時間43分。オー先生とても頑張って泳いでくれた。ありがとう。
 ボートが側にいるのでオー先生はボートに向かってゆっくりと泳いで来た。ボートのステップに足を掛けて上がろうとするが、腕が疲れて力が入らないようで、身体が水から上がらない。腕を持って引き上げる。「お疲れ様でした!」とメンバーから声を掛けられて、オー先生はとても満足そうだった。「とても疲れているように見えましたが・・・」と言うと、「そうでもないよ」との返事。ボートはピア25の桟橋へ戻って行く。既にゴールした何組かのグループが大会本部のあるテント周辺に集まっている。石井先生のグループも既にゴールして戻って来ていた。スタート前に会った若いグループのメンバーもいた。

P8100491 ゴールは近し、バッテリーパーク付近を力泳

 我々が桟橋に戻ると石井先生が出向かえてくれた。しかし顔の表情は憮然としている。明らかに今回の大会に対して大いに不満があるのが見て取れる。

2006年4月1日 湘南の主さんの片瀬西浜~逗子海岸6時間泳

 この水泳はドーバー海峡横断泳を試みるスイマーの条件、“水温16℃以下で6時間以上泳いだ証明書”を作成するために行いました。

★☆データ☆★
スタート:08:03  ゴール:14:03
遠泳時間:06:00  結果:6時間泳完泳
水温:13~15℃   気温:9~16℃   天候:晴れ
風向・風速:午前は北東の風3m/sec 午後南の風10m/sec
波高:0.5m

P4010001 本日の湘南の主さん(左)とそのお仲間です。

P4010002 湘南の主さんお手製のA旗と“遠泳中”の幟

P4010003 船頭さん

P4010004 気合の入る湘南の主さん

P4010005 冬と夏が入り混じった装い(左:私)

P4010006 栄養補給

P4010008 記録と取るお仲間

P4010010 アップ

P4010011 お疲れのようで、、、、

P4010013 湘南の主さんを見つめるお仲間

P4010016 逗子海岸の折り返し(ビーチ中央)

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