無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • メモ

人気ブログランキング

  • 人気ブログランキング
    人気ブログランキングへ

わくわく、どきどき、台風の目。

« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »

2013年4月の記事

2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(写真集)

キンちゃんの海練習(淡島~大瀬崎:2-way)

 1st leg = 淡島:08:51発 大瀬崎:11:28着 2時間37分
  2nd leg = 大瀬崎:11:28発 淡島:15:49着 4時間21分
  2way合計 = 6時間58分

 詳しい報告は「キンちゃんが行く」Vol.4をご覧ください。

P4240009_2
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(ギャラリーに見送られ)
P4240010
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(力泳の始まり!)
P4240013
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(目指すは大瀬崎)
P4240017
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(漁船に遭遇)
P4240019
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(力泳は続く)
P4240021
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(大瀬崎を折り返し)
P4240023
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(イェ~イ)
P4240028
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(ドアップ)
P4240034
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(目指すは淡島)
P4240043
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(力泳!)
P4240050
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(Swim Swim Swim)
P4240053
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(楽しぃ~!)
P4240056
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(嬉しい!)
P4240057
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(絶好調!)
P4240065
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(ゴールはもうすぐ)
P4240075
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(もうすぐ)
P4240084
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(もうすぐ・・・)
P4240098
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(漁船も応援)
P4240101
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(淡島は目の前)
P4240103
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(ゴール)
P4240105
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(無事に終わりました)

4月19日 耳

 最近、耳の調子が悪くて心配です。プールに入っても頭を洗っても、耳の中に水が入って取れないんです。

130418_072451

130418_072505

130418_073226
 スイミングイヤーを使って出しますが、“ボーッ”としちゃって。。。。
130418_182544

130418_184047

130418_231511
 ダイビングをしていてもなかなか耳抜き出来なくて、ゆっくり沈んで行きます。
130419_080308

130419_073308

130419_080323
 唾を飲み込まないと耳抜きが出来なくて、私は困っています。ちょっと病院に行って来るかな?
P4240007
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(スタート!)

4月18日 ダイビング

 「ラティーク」さんとこでダイビングをしています。ダイビングスタイルは毎日8時半出航なので、旅館から5分ぐらいの港まで歩いて行きます。毎日ボートダイビングで3本。
130418_083007
 お昼はラティークさんの奥様が作った手作りの料理で、1日目はソーキシチューにパン、2日目はヒジキ丼とスープで、3日目はソーキソバと、凄く美味しいし初めて食べる料理に感動しました。それに温かいものが食べられるなんて最高です。
130418_122018
 風もなく穏やかでしたが、曇りっぽく、日が射すと暑いです。
130418_083015
 水温は25度くらいで、5ミリのウェトでも大丈夫ですよ。
130418_085133
 見たことのない魚をいろいろ見させて頂きました。「まんじゅういしもち」と言う魚は下半身がイチゴみたいで食べられそう。Yさんは「イチゴのパンツ」と呼んでいましたよ。
130418_085147
 フィンを脱いでマンタのマネをしていたら、皆さんで海の中で飛び回り、下に沈んだ主人を足で踏みつぶしていたら、Yさんは笑いすぎてオシッコもらしたとか!
130418_121550
 サイパンでは普通に遊んでいる風景ですが、初めて見た? やった? みたいで楽しそうでした。オマケに踊りました。バブルリングもやったら喜んでいました。
 たまにはこういうダイビングの姿があっていいかな? と思いましたよ。
P4240005
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(ホテルのギャラリー)

4月16日 処分と予防接種二回目

 昨日(15日)、今回の事故のケガの治療のため病院に行ってきた。相変わらずレントゲンを撮って経過観察。骨折の骨はだいぶくっついてきたようだし腫れもだいぶ治まってきたのだが、相変わらずグーとパーがキッチリ出来ない。つまりグーは中指が掌に付かないしパーも中指はしっかり伸びない。また痛みも完全に取れたわけではなく、それでも障害児にとっては私の指の骨折など無関係に触ってくる。そう、指を掴んでひねるのが好きな知的障害児がいるのだ。おそらく知的障害の関係者には「ああ、そういう子は多いよね」とお思いのことだろう。特に“多動”の子に多い。
 先日もちょっとした油断に右手中指をひねられ、『ああ、このまま指が変形してしまうかもしれない』と思うほど痛かった。
 診察でドクターに「まだ痛いしグーもパーも出来ない」と言うと、「当たり前だろ、骨折したんだから!」と一喝。初めの診断書には“四週間の加療を必要と診断”って書いていたのになぁ~。もう六週間も掛かっているよぉ~~!!

 クルマの方は“ヴォクシー”になってから気になることがあった。それはスタイルのよく似たクルマが多いことだ。今まではあまり気にならなかったが、これだけ多いと『完成されたスタイルなのかな?』と思うようになった。
 まずはトヨタのヴォクシーの兄弟車、ノアだ。まあこれは“兄弟車”だから理解できる。もしかすると“ダイハツ”でも出すかな? でもダイハツは軽自動車に没頭するのかな?
 続いては日産のセレナ。まあトヨタのライバル社だからどっちがマネをしたのかわからないが、よく似ているし、以前からそのような傾向はあった。例えばトヨタのハイエースに対して日産はキャラバンとかホーミーとか・・・。これは今も続いているようだ。
 他には三菱のデリカ、ホンダのステップワゴン、マツダのビアンテなどはよく似ている。スバルは前から作っていないようだが、外車だと思われる似たクルマを見たことがある。あれは何だったのだろう??

 いずれにせよ我ハイエースは冬タイヤを履いていて事故に遭った。つまり夏タイヤは倉庫に置きっぱなし。他にスキーに行くためのキャリアなど、ハイエースのオプション部品がたくさんある。残念なのはタイヤ(トヨタ純正アルミホイール)もキャリア(inno、THULE)も新しいヴォクシーには使えないことだ。処分しなければ・・・。欲しい方には差し上げます。
 「処分しなければ・・・」と思って倉庫を覘くと不要なものがたくさんある。40代のころ、私は二度目の大学生活を送ったが、そのころに撮った授業のビデオがたくさんある。「いつか見よう」と思って撮ったものだがこの“いつか”はおそらく来ない。いや「絶対に来ない!」と言っても過言ではない。第一、ビデオデッキがもう電気屋さんから消えかけている。
 我が家ではビデオデッキがまだ現役だが、壊れたらもうおしまい。貴重なものはDVDなどに移さなければならないが、DVDもいつまで続くのやら・・・。現に“ブルーレイ”が出ているし、次世代の企画も日進月歩で出てくるのだろう。追いかける気力は消えつつある。取り敢えずクルマ用品の他にも必要ない物は処分しようと思った。

 今日(16日)、倉庫から大量に運んだビデオテープをチェックした。どうせ見ないのだから全部捨てても構わないのだが、どうしても根が“ケチ”なものだから、“捨てる”、“捨てない”を分ける作業が必要なのだ。もう20年も前の大学の授業は捨てた。だがスキーや遠泳のビデオテープは捨てられない。だいたいは平成13年(2000)前後のもので、ドーバーを泳ぐための練習風景とか、2002年のドーバーリレー泳ではキンちゃんや湘南の主さん、Dr. Oが出てくるビデオを思わず見入ってしまった。
 そんなこんなのビデオ鑑賞になってしまって時間だけはめまぐるしく進んで行く。まあ時間を追い駆けるのではなく、マイペースで処分を進めていこう。この日だけでも40本以上をチェックし、20本以上のビデオテープが処分できた。

 この日、午後6時にDr. Oの医院へ行く。ニューヨークを泳ぐための予防接種(二回目)を受けに行くためだ。湘南の主さんもやって来る。その後はいつもの神田の店に食事&ビールだ。そこにはじゅんこさんもやって来るし、Dr. Oも医院を終えた後にやって来る。美味しい料理と美味しいビール。そして楽しい会話。至福の時を過ごす。
 Dr. Oが「最近、私は“アスペルガー症候群”の気があるように思うんだ」と言うと、私も含めてみんな「自分にもある!」と言って笑った。日ごろから障害者を見つめている私は彼らから学ぶことがたくさんある。そして日ごろから『オレはアスペ(アスペルガー)だな』と思っていた矢先なのだ。もしかしたら私と仲の良い友人はみんなアスペかもしれない。

 いずれにせよO先生、いつもいつもお世話になっております。ホントにいろいろとありがとうございました。今後もお世話になると思いますが、宜しくお願いいたします。

To be continued!

P4240004_2
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(スタート地点:桟橋の釣人&ギャラリー)

4月16日~17日 金城旅館

 「金城旅館」(私たちが宿泊している)の回りには港と小さなお店屋さんと、目の前には海があるだけです。あまりクルマも通らず、トンネルを潜った小さな集落に滞在しています。信号なんてありません。とっても静かで長閑な場所です。

130419_085517
 女将さんの料理も全部手作りで“沖縄料理?”っていうか、山で採って来たもの、海で捕って来たもの、畑で採れたものを使った自然の料理で、とても美味しいです。
130415_191328

130415_191342
 ダイビングって“毎日が慌ただしい日々”がほとんどのスタイルでしたが、今回は3本のボートダイビングをしても15時30分には旅館に戻って来るので、海を見ながらビールを飲む最高な日々を毎日過ごしています。
 いろいろな花がわんさか咲いています。トンネルの手前ではアメリカ人が山羊やらニワトリを飼っており、案内して見せてくれました。
130418_071639_2

130416_180408
 西表島に来て10年、「英語の先生をしている」と聞きました。
130416_181237

130416_182947
 シャコガイを見ましたよ。夕食に出て来ました。
130416_081011
 捕れたてのアオリイカ、釣りたての刺身、採れたての野菜、満喫しました。
130417_154924

130418_070744
P4240003
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(今からスタートだ!)

4月15日 西表島に行く日が来ました。

 やっと西表島に行く日が来ました。
 主人もこの日のために一生懸命休みなく働いていました。
 石垣島まで行って船に乗って50分の所にある民宿ですが、皆さんと和気藹々で夕食です。
 その後はホタルを見に連れて行ってもらいました。
 初めて見たかも!

130415_100401
130415_155028
130415_155057
130415_155148

P4240001
2007年4月24日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(これから練習だ!)

4月14日 バタフライの練習をしなくっちゃ!

 朝練が休みだったので朝から大掃除。布団干して、シーツも毛布も洗って、冬服から夏服に変えるため、押入れから衣装ケースを出して、入れ替えをしました。
 バーのも入れ替えり、やれやれです。
 ついでに三階の掃除もやり、綺麗になりましたよ。
 12時半より竜城へ。
 今日は築山先生。私の後輩です。
 始めに100メートルを4本、1分47秒イーブンかな? スッゴクえらかったよ。
 久しぶりのロング。ちょっと練習不足をつくづく感じました。
 25メートルを8本で1分サークルは23秒イーブンかな?
 まあこれはいつも泳いでいるから慣れているよ。
 築山先生に“バタフライについて”いろいろ聞いたよ。
 バタフライは私の息継ぎのタイミングが遅いらしい。が、「こういう泳ぎもあるらしい」と言われた。
 両手が入水してかく時に頭を上げて息を吸うみたいだか、私は両手が後ろに行った時に吸っているらしい。
 後、前半に4回ぐらい手を回してから息を吸って、次からはえらくなり、息を吸う時に上半身が上がり過ぎて息を吸ってしまうから、そこで抵抗と遅れが出るらしい。
 後、ロングとショートでは入水位置が違うらしい。
 ショートはちょっと広めに入水らしい。
 ちょっと考えて泳いでみようかな?
 とにかくバタフライの練習をしなくっちゃ!
P4100124
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(お世話になった菊池さんファミリー)

4月13日 ちょっと豪華なバンド旅行

 もう40年以上も続く我々“親父バンド”恒例の旅行だ。今年の場所は静岡県相模湾(熱海沖)に浮かぶ孤島“初島”。
 今までは私のハイエースで座席アレンジを対面対座にし、それは朝の出発から大宴会で、飲んで騒いで飲みまくる!
 ちょっと前までは旅行の前か後ろに海練習があって、ハイエースには楽器と海練習用の機材を積んで行ったものだ。
 しかし今年はハイエースが無い。仲間の“エスティマハイブリッド”に乗っての旅行。7人乗りのクルマに5人も乗るので車内は狭い。もちろん楽器も遠泳用機材もない。
 おかげで運転をしなくともよい私は行きからその宴会に加わることが出来た。それは久しぶり・・・? いや初めてかもしれない。
 熱海港に到着すると宿泊先である“エクシブ”のクルーザーのお迎えがある。ちょっと贅沢な旅行なのだ。
 途中、初島沖合で釣りをする。夜の宴会の“酒の肴”を釣ろうというのだ。しかし釣果は一匹もなかった。
 仕方なく夜の宴会は初島港の前に並ぶ食堂街の食事処“めがね丸”で行う。
 めがね丸は釣り船もやっていて、以前にキンちゃんの海練習でよく伴走船を頼んでいた。
 当時、パイロットである田中さんのお孫さんが小学生で、食事処“めがね丸”のすぐ上に小学校があって、校庭で走っている姿をよく見たものだ。
 田中さんの話ではそのお孫さんもすでに大学生になっていて、「東京に住んでいる」とのこと。時間は容赦なく進むものだ。
 めがね丸で美味しい魚と酒で楽しい宴会も盛り上がる。そしてエクシブに戻るとそこは豪華な部屋だ。何でも「橋本元首相も泊まったことがある」というエクシブで最も豪華な部屋だ。エクシブには温泉の大浴場もあるのだが、部屋にはバスルームが二つもある。寝室やリビングルーム、和室も別にあり、何と言っても“ちょっと豪華なバンド旅行”なのだ。
 翌朝の帰り、船から海を見ながら私は昔のことを思い出していた。それは障害者に水泳指導をするようになって、遠泳デビューがここの初島から熱海までを選んだのだ。それは昭和49年(1974)、もう39年前のことだった。
 参加選手は下肢障害の子どもたちがほとんどでリレー方式による遠泳だったのだが、選んだ伴走船は“大熱海丸”と呼ぶクレーン船。そのクレーンのロープ先に古タイヤを付け、交代の時は選手がその古タイヤに浮き輪のように捕まってそのまま船内には吊り上げて入れる。そんな方式を取っていた。
 この時、大熱海丸の船長が「同じ方法で何人の土左衛門を上げただろう・・・」と言い、“ゲッ”としたことを思い出し、「フフフ」と笑った。
 当時、NHK総合テレビの朝の情報番組で“スタジオ102”と呼ばれる生放送があった。その番組に出演した私を、バンド仲間の一人が見ていた。そんな話を帰りの船内でしていた。
 熱海港に入って私は“大熱海丸”を探してみたが、それを見付けることはなかった。
 東京に戻ると再び宴会。とにかく飲んで騒いで飲みまくる我らバンド仲間。ホントによく飲む。
 ただ、次回からの旅行はクルマが私のヴォクシーになるだろう。それが気掛かりだ。

 ちなみに4月9日に今回の交通事故の過失割合が決まった。加害者(相手):被害者(私)=9:1だ。10:0だと思っていた私にはちょっとガッカリ。でも思考は前向きに、前向きに!

To be continued!

P4100118
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(ゴール!)

4月13日 充実の日に

 朝練に参加しました。ドリルからスピード練習へ。
 『こんなもんかな?』と言う調子で50メートルが48秒イーブン。まあまあかな? 調子が良かったら45秒イーブン出たかな?
 さあバーを病院に連れて行って、ロイヤルへ。
 簡単エアロをやって、上半身の筋トレをやって竜城へ。
 今日はコンメ(個人メドレー)の練習です。
 難しいながら、考えながら泳ぎ、バッタのキックはちょっと速くなったような?
 頑張ります。
 またロイヤルに戻り、1時間ローラー台で歩き、ボディーヒーリングのレッスンを受け、豚足を買って帰りました。
 充実していました。
P4100108
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(Swim Swim Swim)

4月12日 朝の美味しい空気が吸いたくて

 朝の美味しい空気が吸いたくて、ジャッキーとユキを散歩に連れて行ったものの、手が悴んで冷たかったです。手袋が欲しかった!
 歩いていると野田さんちの畑から黒い煙が! 炭を作っている模様!!
 ちょっと寄ってみると叔父さんだけがいて、「今日は霜が落ちたからなぁ~、春キャベツ持っていきん、新玉葱持っていきん」と、野菜を貰い家へと戻りました。
 案の定、朝露でジャッキーもユキも砂だらけ。白い毛が汚れてしまい、二匹ともお風呂に入れて上げました。
 ユキは初めてのお風呂ですが気持ち良さそうです。
 ジャッキーはドライヤーが大好き! 気持ち良さそうに寝転んでくれるので助かります。
 さあ朝のお弁当。お握りだけ作って出掛けたから、おかずをちゃっと(さっと)作り上げました。
 次はお昼ご飯の用意をし、主人の薬が切れそうなので病院に行って薬だけ貰いに行き、買い物へ。
 今日は“スーパあおき”で“ハインツ”のケチャップがやっと特売で、1本98円。“お一人様2本まで”だから3回も並び、6本ゲットしました。
 昨日、ユキ先生に「ケチャップが手に入りましたか?」と聞かれ、「なかなか特売やらないんだ」と話した矢先だったので、偶然ですね。
 これでユキ先生の大好きなイタリアンパスタをお弁当に入れることが出来ます。
 荷物を家に置き、ロイヤルへ。
 筋トレ、コアートレーニングのレッスンに入り、30分歩き、竜城へ。個人練習です。
 いろいろやりましたが、バタフライのタイムが悪かったなぁ~。
 でもクロールはスッゴク調子が良いですよ。水に乗れた感じです。
 明日もこの調子で泳げるかな?
P4100099
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(どアップ!)

4月11日 まだおとなしく

 まだ今一つ調子が出ずパソコン教室へ。2時間済ませて竜城へ行きました。
 今日はコンメ(個人メドレー)の練習かな?
 終わったらキャサリンとプールを歩いて、ロイヤルで1時間歩きました。
 まだまだおとなしいです。
P4100091
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(データを取る)

4月10日 調子が悪くて

 朝から調子が悪くてずっと寝ていました。
 動くのがやっとで、気力で動くしかありません。安静にしときます。
P4100083
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(楽しい!)

4月9日 お弁当作り

 昨日から煮物を作り、味を染み込ませ、大根の煮たの、カボチャの煮たの、肉じゃが、キンピラゴボウを用意しときました。
 鳥の胸肉で作ったハムは解凍してスライスにして、生野菜サラダを作って、スイカも切ったよ。
 今日は竜城の先生三人分のお弁当作りに張り切っていました。
 ユキ先生が“一人暮らし”とのことで「野菜が食べたい」と。だからレタスと大根と胡瓜と人参で生野菜をたくさん入れて和風弁当にしました。
 だけど写真を撮るのを忘れたから残念です。
 ロイヤルに行き、スタンダードエアロをやり、筋トレをして竜城へ行きました。
 今日はバタフライのレッスンです。
 2回目のキックは「足が上がり過ぎ」と言われ、なるべく“水中”を心がけています。
 タイムも『なかなか良い』と思いますよ。
 初めてなんだけど、身体が熱くて湯気が出そうな、顔から身体から赤かったみたいです。何でかな?
 アクアダンスをやり、ロイヤルへ。
 再びプールに入り、皆さんとドリルやらイージーハードやらをやりました。
 皆さん、一人ではなかなかやらないドリルなので、「エライ、エライ」と言っていましたね。
 ドリル大好き派の私です。そしてプールの中で喋っていたら身体が冷えきり、珍しくジャグジーに入りました。が、身体が温まらず、お風呂に入りました。それでも今一つ。元気がなく、家に戻っても直ぐに寝てしまいました。
 話す元気も調子が悪く、力も入りませんでした。

P4100079
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(まだまだ!)

4月8日 クルマが来た

 7日にレンタカーのヴォクシーは返却した。何故ならば8日に私のヴォクシーが来る。我が家の駐車場を空けておかなければ! ちなみに4月8日は大安吉日である。

 ところで我が家の駐車場にクルマが無い状態を私は初めて見たような気がする。もちろん何かの都合でクルマを私道に置いて何かの作業(庭の手入れなど)で駐車場から移動することはあっても、“クルマが無い”という状態は無かった。何だかとても変な気がした。
 お昼過ぎにクルマを取りにディラーヘ。成約記念の生花をいただき、ヴォクシーの取り扱いについて説明を受ける。

Img_0402
 最近のクルマは“キー(鍵)”が無い。いや“無い”と言ったら嘘で、キーがマッチ箱台のリモコンだ。このリモコンを持っていれば扉の取手に触れるだけでクルマのキーが開き扉を開くことが出来る。しかもエンジン始動は“ボタンを押すだけ”なのだ。『ここまで必要かなぁ~』と思う。
 ちなみに私の持っているケータイはiPhoneで、ブルートゥース(Bluetooth)を使ってクルマとやり取りが出来る。クルマにはハンドルのところにマイクがあり、これで通話が可能なのだ。ますます私は電話から逃げられなくなった。
 カーナビもテレビも搭載されているのだが、ここまで必要か???????
 新しく便利になる一方、見失ってしまうものも多くなるのではないか。そちらが気になるのは年を取った証拠???
 これだけクルマに多機能を入れるためのリスクはどうなるのだろう。それこそ事故でも起こせばその修理費は莫大なものになるだろう。
 今は“新しい”が時代は日進月歩。すぐに新しい機能のクルマが登場して“古いクルマ”に変身するだろう。
 しかし今は新しい機能もある。エアコンには空気清浄機能もついており、花粉を除去してくれるようだ。花粉症の私にはありがたい機能。便利になった。そして『いつかは乗ってみたい』と思っていた“3ナンバー”のクルマになった。取り敢えずこれで良かったんだ。そう思わないとやっていられない。
Img_0403

To be continued!

P4100069
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(もう少し!)

4月8日 A型肝炎

 午前中に3時間、パソコン教室に参加。印刷のやり方までいきましたがまだチンプンカンプンな私です。
 午後より竜城でキャサリンと一緒にドリルからインターバル、平泳ぎも練習して泳ぎを見てもらいました。が、も~難しくて難しくて理解に苦しんでいます。
 クロールはパドル付けて50メートルを48秒イーブン、1分サークルで10本。同じく50メートルをパドル無しで48秒イーブン!! まあまあの調子でした。
 水泳が終わり次第、宇野病院に行き2回目のA型肝炎のワクチンを打ちました。5,000円でしたよ!
 「今日は安静にして下さい」と言われ、おとなしく帰りました。

P4100062
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(海にチュー!)

4月3日 クルマを決めた

 4月1日、シーネ(ギブス)が外れた。しかし右手中指の可動域は狭く、グーにすると中指だけは掌に付くことがなく、パーにしても中指だけは伸びきることがない。またまだかなり腫れている。湿布が取れることはないが、回復に向かって大きく前進した気がした。

 ヴォクシーの試乗は“良し”と言うことはなかった。だが逆にこれと言った“悪しき”と言うものもなかった。まあ愛車ハイエースと比べると気に入らないところも多々あるのだが、すでに乗用車のハイエースは売られていないのだから「無い物おねだり」と言うものだ。仕方ない。ヴォクシーに決めよう。

 我が家に近いトヨタのディーラーで“T-UP”と呼ばれる中古車を扱っている店舗がある。そこに置いてあったヴォクシーだ。平成23年(2011)11月の登録。色は黒。走行距離は10,000km。FF(前輪駆動)、2,000ccガソリンエンジン、フル装備のヴォクシーで価格は270万円。定員は7名で1列目のシートから2名、2名、3名となる。だが3列目のシート(3名)はとても狭く、快適に乗れるのは4名が限度かな?
 いちおう3ナンバー(普通乗用車)で5ナンバー(小型乗用車)より少し幅がある。長さもハイエースより少し長く、特にホイールベースが長い。したがって小回りが効かず(FFのこともあるし)、ハイエースのつもりでハンドルを切ると大変なことになる。まあその分直進安定性は優れているのだろう。だがほとんどが東京(都会)で運転するのだから、小回りは効く方がありがたい。それに5ナンバーだった我ハイエースに比べると室内はとても狭く・・・、いや、もう比べてはいけないのかもしれない。ヴォクシーにしたのだから・・・。

 おそらく前のオーナーは1年、10,000km乗って手放したものと思われる。その方が高く売れるし、次のクルマの購入資金になる。ちょっとした金持ちは常に新しいクルマに乗りたがる傾向がある。よくやる手だ。
 それに初めから「1年、10,000kmで乗り換えよう」と計画していたのであろう、タイヤの摩耗などを見るとローテーションをした形跡がなく、片減りをしていた。同時に10,000kmでこのような片減りがあるということは、けっこうな“飛ばし屋さん”だったとも想像できる。色(黒)といいタイヤの摩耗といい、おそらく前のオーナーは男性であろう。車種から言っても二世帯住宅の若旦那(30~40代)ってところかな? まあこの推理、あくまで私の想像だが、“当たらずも遠からず”といったところだろう。
 いずれにせよ私の条件をクリアした中古車はこれより見つからなかったし時間もない。取り敢えずコレで行こう。

 クルマを決めると超特急で必要な書類を手に入れる。印鑑証明、車庫証明などなど・・・。レンタカーの借りられる期限が4月8日までだからだ。

To be continued!

P4100053
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(風が出てきた:A旗)

3月30日 VOXYに変更

 スキーキャンプが終わり、通常の水泳教室に戻るにはクルマが商用車のハイエースでは話にならない。“人”を運搬するには向かないからだ。レンタカー会社に連絡してトヨタのヴォクシーに変えてもらった。
 実を言うとそろそろ次のクルマをどうするか絞り込んでいた。それがトヨタの“ヴォクシー”だった。この間、積極的に情報を入手し、価格、条件などを設定してターゲット(ヴォクシー)を絞り込んでいたのだ。
 次は試乗をしてみたかった。気になるのは燃費、性能、乗り心地、エトセトラ。これで気に入らなければ“第二案”に移行する。取り敢えずヴォクシーの性能を試みることにした。
 結果、燃費はヴォクシーで1リッターにつき走行距離は10km弱。ちなみにハイエースは7km強。ガソリンと軽油の値段の差は現在約20円。まあ1kmを走行する燃料代はどっこいどっこいか。力はやはり“3,000ccディーゼルターボエンジン”のハイエースに軍配が上がる。(ヴォクシーは2,000ccガソリンエンジン)
 他の性能や乗り心地は少し別の次元だが、ヴォクシーの方が良い部分、ハイエースの方が良い部分があって、これもどっこいどっこいかな?
 燃費だけで言うなら最近はやりの“ハイブリッドカー”になるが、とても高値で手は届かない。

To be continued!

P4100046
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(折り返し:バックには山桜)

湘南の主のウォーキングコースを写真で紹介(引地川コース)5/5

・日 時:2013年3月9日(土曜日) 午前7時10分~午前11時
・コース:我が家~引地川~鵠沼海岸~片瀬海岸~境川~我が家 約13.8km

 
<境川⇒我が家編>
045
 昨年に設置された境川の河口からの距離と、海抜を表した表示塔。500mごとに設置されているが、どうも我が家の近く5kmぐらいまでのようだ。
 これも東日本大震災での教訓か? 今までは河口から100mごとの距離表示が護岸に貼り付けられていたが、海抜表示が加わった。
 我々には大いに参考になる表示だが、聞くところによると不動産関係では困っているようだ。
 海岸に近くて海抜が低いとなると、不動産価値の下落につながるそうだ。意外なところに影響が出るものだ。
043
 境川河口の風景。川に係留されているプレジャーボートの群れ? ここから上流、2.5kmぐらいの間にこのようにボートがずらりと係留されているのである。しかし動かしているところをあまり見たことは無い。
 ボートの船底に海藻がびっしり張り付いている船が多い。
046
 河口に近い場所に浮かぶ「第二湘南丸」。この船は私が2006年にドーバー海峡ソロ横断泳に挑戦する際、片瀬海岸~逗子海岸往復の遠泳練習でお世話になった船である。
 向こう岸に見える建物がこの船のオーナーで、片瀬江の島漁協組合長の店舗兼住まいである。組合長は「しらす漁」をしており、ここでも販売している。ここを通るたびに、あの苦しかった練習を思い出す。でもあの苦しい練習があったから、ドーバー海峡ソロ横断泳が成功したのである。
047
 境川での船の係留は暫定係留(?)のようで、西浜橋にはこのような警告の横断幕が掲示されていた。
 しかしこの膨大な数の船が直ぐに移動できるとは思われない。
 腕に腕章を付けた年配の男性が数名、ボートの係留状況(?)をチェックしている姿をよく見かける。
 今年の3月末にどうなるのか見届けよう。
048
 西浜橋を過ぎた辺りの境川風景。川の左側にずら~っと係留されている船。遊漁船らしき船もある。
 右側には船が殆どない。それは川が左カーブしており、右側の護岸側は堆積物が溜まっており、引き潮の時は川底が露出してしまうくらい浅いのである。
049
 境川を渡る「江ノ電」。橋の左側の直ぐ側に「鵠沼」という駅がある。四両編成の可愛らしい江ノ電が丁度、橋を渡っている。
 この辺りの両川岸にはプレジャーボートがびっしりと係留されている。が、動く気配は全く無い。
 ここまで約10km。
050
 鵠沼松が岡の公園に咲く「河津桜」。今年は例年より寒さが厳しかったので「開花が半月ほど遅れた」と掲載されていた。今がちょうど見頃の満開か?
052
 公園内には菜の花も咲いている。
 河津桜に菜の花、正に伊豆半島の河津地方の風景にそっくりではないか?
 居ながらにして“伊豆の河津”へ行った気分である。
051
 河津桜をバックに写してみました。
055
 境川でも練習!! 偶然でしたが六人乗りのアウトリガーが川を遡って来ました。漕ぎ手は五名、後方の一人は進路の設定とパドルを「右漕ぎ」、「左漕ぎ」の合図をしていました。見ていると大体15回漕ぎで右、左を交代していました。
 2~3年前に石井先生と一緒に茅ヶ崎の鈴木一也さんの海練習のサポートで、一度、海で乗せてもらったことがありました。かなりスピードが出て速いですよ。
057
 境川に掛かる県道467号線の境川橋。この辺りは川幅もかなり広い。以前の川幅はこの半分くらいだった。今から30年は経つだろうか? 何十年に一度と言う大雨が降り、川が氾濫して大変な事態になったことがあった。それ以来かなりの年月を掛けて今のような川幅に整備された。以来、氾濫することも無くなったのである。
058
 境川の橋の側に新しく出来た喫茶店。以前はこの場所には高級日本料理店が店を構えており、法事等の際に何度か利用したことがあった。
 いつの間にやら喫茶店に変わってしまった。しかし結構繁盛しているようで、駐車場は常に満杯状態である。駐輪場にも自転車がかなり停まっている。
 『こんなところに喫茶店』と思ったが、意外や意外、流行っているようだ。
059
 境川橋から藤沢駅方向を見る。これからの季節、江の島、鎌倉へ向かうクルマで元通り、クルマが数珠繋ぎとなり、横浜、東京方面へ帰るクルマは大変時間の掛かる場所。
 ここまで10.6km。
 約2時間のウォーキング。
060
 遠くに見える小高い山(?)は「片瀬山」と言われて海抜50mほど。山の天辺まで住宅が立ち並んでいる。この頂上から湘南の海がよく見える。
 手前の橋は片瀬山の住宅地へ通じる「新屋敷橋」である。この橋のチョット先で川でのプレジャーボートの係留が禁止になっている。
 片瀬山の北側に新林公園があり、山の中を散策出来るように細い道が整備されており、私はよく歩いた。
061
 新屋敷橋から片瀬山の住宅地へ通じるメイン道路。かなり急な坂道になる。頂上付近は鎌倉市との境になっており、道路を隔てて藤沢市、鎌倉市の表札が見えるところだ。
 藤沢駅まで2.5kmぐらいなので、駅まで歩く人は多いようだ。
064
 平成23年9月から始まっている鵠沼東部1号貯留管工事の案内板。空撮写真の右側の境川から鵠沼の通称蓮池辺りまでの地下に、内径3.5m、長さ652.7mの貯留管を作り、「約6,000tの水を溜めることが出来る工事を行っている」と書かれている。
063
 「蓮池」と言われる地域は地盤が低いのだろう。中学生のころ、蓮池に悪友と私はよく釣りに行ったものだ。当時の蓮池は文字通り“蓮”が一杯生えていた沼だった。その沼は鯉の養魚場でもあった。大きな蓮の葉に隠れて短い竿で鯉釣りをしていた。時々見回りの人が来て見つかった人は竿を折られたり、怒鳴られたりと、怒られていた。
 魚が釣れた時に見回りの人が来て、蓮の葉に隠れて息を殺して見回りの人が帰るのをジィ~~ッとしていたこともあった。
065
 以前、私が勤務していたマンション。家から歩いて20分くらいの所にあり、近くて良かったのだが、会社から勤務先の変更を命令されて、今の鵠沼海岸のマンションへ移った。海が好きな私には最高の勤務場所。毎日海を眺められるのは幸せである。
 ここまで約11.5km。
067
 秩父宮体育館付近対岸の護岸工事風景。護岸の石積が広範囲に罅割れている。大雨で増水して水圧が掛かると崩れる恐れも考えられる。
 以前から気にはなっていたが、ここまでの工事で優に3年くらいは掛かっている。予算の関係もあるのだろうが、何とも“お役所仕事”の典型的な護岸工事。今回の工事期間で完成を見るのだろうか?
068
 秩父宮体育館。確か昭和天皇の弟だったと思うのだが、1953年(昭和28年)1月に亡くなられている。藤沢市鵠沼に別邸が有ったそうだ。
 その秩父宮様を記念して1955年(昭和30年)に造られ、「第10回神奈川国体」のメイン会場として使用されたそうである。以前は鉄骨で蒲鉾型の屋根だったように記憶している。
 1997年(平成9年)に建て替えられて、やはり“第53回神奈川国体”の時も「バレーボール会場」として使用された体育館である。
069
 秩父宮体育館の先の奥田橋から川上を見ると、川が二つに分かれている。見える橋は「新川名橋」で、右側が柏尾川で大船駅前。戸塚駅の側を流れている。
 左が境川。以前はこの合流地点の川幅も狭くて大雨が降ると、この辺り一帯は川が氾濫して大変な事に何度も遭遇していた。今は川幅も以前の倍以上に拡張されてそのような事態は起きなくなった。
070
 NTTのアンテナ塔。我が家の200mぐらいの所にあり、塔の高さも優に100m以上はあり、遠くからでも良く見える。以前は白と赤のツートンカラーでもっと目立っていたが、チョット目立ち過ぎだったのだろう、グレーに塗り替えられた。
 この塔から南側は平地なので遠くからでも我が家の方向がよく分かる。とても良い目印となっている。
 左側手前の建物は私が第1回目の卒業生となる大道小学校。その当時はNTTの建屋の所は砂山で、私が小さい頃の“絶好の遊び場所”だった。

S34_10

 1956年(昭和31年)頃の藤沢市役所、大道小学校付近、藤沢駅周辺の貴重な写真である。右側の太い線は東海道線、上方向が平塚方面。大道小学校は右中段端のL字型をした建物。その上が藤沢市役所本館。その間はこの写真では分かり難いが砂山。線路から南側は田圃や畑。今は大きなマンション、ビルなどが立ち並び、当時の面影は全くない。境川と柏尾川の合流地点も見える。今でもこの辺りは海抜5m前後と低い土地。
071
 我が家から一番近くに見える境川。右側の高台は「御幣山」と言われている。見える橋は堰橋。昔、今から50年前ぐらいにこの位置に堰があった。橋から上流は農業用の水路が設けられていた。
 悪餓鬼がこの堰を解放して、堰き止められていた水を流し、そして堰を閉め、堰の上から水が流れ出るまでの間、下流は水が無くなり、手掴みで魚を捕まえた記憶がある。
 当時、この川にも鮎がいたのだ。
072
 堰橋付近に設置されている海からの距離と海抜表示板。川沿いに歩くと川が蛇行しているので“5km”とあるが、家からの直線距離だと4kmぐらいになる。
 もう20年以上も前になるが、「この境川が何処から流れて来るのか」と、江の島の河口から歩いて境川の源流を訪ねたことがあった。四日ぐらい掛かった。
 源流は「城山湖」という人造湖だった。人造湖というのは山間の川を“ロックフィルダム方式”で作られたダム。
 “ダム”と言うと『コンクリートで造られたダム』を想像するが、この城山湖は石積と砂で作られており、ダムの頂上から見ると左右の傾斜がとても大きかった。
 写真を沢山撮った記憶もあるが、当時は未だフィルムだったので残念ながら何処かへ紛失してしまったようで見つからない。
 今日は3時間50分ほど歩いた。藤沢生まれの私は藤沢育ちで68年。この先も多分、死ぬまでこの地で過ごすことになるはずだ。このように写真で眺めると思い出がいっぱいあることに感謝かな?
 生涯を生れ育った土地で過ごせる幸せと、他の所を知らない不幸せ? もっと良い処があるかも知れない?
 いやいや、藤沢は住みやすくて良い所だ。これからも大いに思い出作りに励もう。

3月27日 春スキーキャンプ

 この日、スキー場は『黄色い風が吹いている』と思わせるくらい花粉が飛んでいた。東京では花粉(杉)の飛散が峠を越したと思っていたのに・・・、スキー場ではまさに今が峠だった。思わず『3月9日の事故日もこのような飛散で悲惨だったなぁ~』と思い出していた。
 とにかくこのスキーキャンプでは踏んだり蹴ったり! 第一に“踏んだり”は上記の「花粉の大飛散」。花粉症の私はもう大変! リフトに乗っていても鼻水ダラリ。滑っていても眼がカユカユ。どうにもこうにもゲレンデにいる限りこの花粉から免れない。
 次の“蹴ったり”は下痢。何故かは分からないが、それは“ピーピー”なんてもんじゃなく、“シャーシャー”とほとんどが水分だ。取り敢えず何かが悪い。悪い物を残したまま下痢を止めるのではなく、出るものは出してしまおうと一日一食で薬(下痢止め)は飲まずに過ごした。後から聞けばキャンプ前に下痢をしていた子どもがいて、もしかすると細菌性のもので移ったのかもしれない。
 もう40年以上も続く“親父バンド”の仲間からは「それはノロ(ノロウィルス)じゃないの? 普通は対抗できるけど、身体が弱ってくると感染するんだ」とのアドバイス。ノロだったら隔離されてしまうから違うだろう。しかし身体が弱っていることは否定できない。少し私には“休暇”が必要かもしれない。
 とにかくキャンプ中は下痢、花粉、右手中指の骨折、左肩健部分断裂と、ダブルパンチ、トリプルパンチ、その上の“クアドラプルパンチ”を食らっていた。これにクルマのことも加えるとさらにパンチが増え、“クインティプルパンチ”になる。何だかわからないが気持ち的にはさらにパンチが加わり、確かにKO直前状態だったかもしれない。だが交代してくれる人は誰も居ない。気力だけでこのキャンプを乗り越えた。
*1.シングル 2.ダブル 3.トリプル 4.クアドラプル 5.クインティプル 6.セクスタプル 7.セプタプル 8.オクタプル 9.ノナプル 10.ディカプル

 ちなみにレンタカーのハイエースは山道に驚くほど非力だった。1,250㎏積のハイエースに500㎏も積んでいない見積もりだが、上り坂では“ウィン、ウィン”と唸るだけでなかなか登らない。『これで1t以上も積んで山道を上がるのだろうか?』と疑問になる。腐っても3,000ccディーゼルターボエンジンの愛車ハイエースと、2,000ccガソリンエンジンのレンタカーハイエースの差は歴然で、我車は力に余裕があった。でもこれからはそんなことを望んではいけないのかもしれない。だがおそらく4ナンバーのハイエースを買うことはないだろう。
 そうそう、骨折した右手中指に装着したシーネ(ギブス)は、仕事中(水泳教室中、スキー教室中)は外していた。右手中指、整形外科のドクターにはナイショ!

To be continued!

P4100044
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(先に行っちゃうよ!)

湘南の主のウォーキングコースを写真で紹介(引地川コース)4/5

・日 時:2013年3月9日(土曜日) 午前7時10分~午前11時
・コース:我が家~引地川~鵠沼海岸~片瀬海岸~境川~我が家 約13.8km

 
<片瀬海岸⇒境川編>
037
 片瀬海岸の冬の風物詩。
 竹を使った飛散砂除けの垣根? 春先の南の強風が吹き荒れるとまさしく「湘南の砂嵐」となる。
 砂がまるで生き物のようにウネウネと護岸のよじ登り、砂溜りを作る。
 この飛散砂除けでかなり防いでいる。これがなければこの階段は砂に埋まっているはずだ。
038
 右側のこんもりとした砂浜は引地川から運ばれてきた川砂である。
 鵠沼海岸に比べると砂浜がかなり狭くなっている。
 左側の飛散砂防止の垣根の前には飛んで来た砂が垣根に遮られているのが良く分かる。
 春の強風が続くと、この垣根一杯の高さまで飛び砂が溜まる個所もあるくらい。凄いことになる。
039
 江の島水族館、正式名は「新江の島水族館」と言うようだ。一度だけ入館したことがある。とても大きな水槽があり、沢山の魚が仲良く(?)一緒に泳ぎ回っていた。
 “イルカショー”なども行われている。これから春になると子どもたちの遠足などで水族館、海岸はとても賑やかになってくる。
 ここまで約8.3km。
040
 海泳ぎの時、私がスタートする水族館前の海岸。ここの浜は江の島に遮られて、南風が吹いた時でも海の荒れ具合が鵠沼海岸に比べるとかなり違う。
 又、初心者サーファーもこの辺りで練習することが多い。
 海泳泳ぎにはスタート、ゴールがとても楽な場所である。
 水族館前から西方向の海を見る。
041
 水族館前から江の島の西端を見る。以前はこの浜から、“江の島一周スイム”のスタートを切り、半時計回りで江の島を泳いでいた。境川の流れがあるので江の島の先端まで約1.5kmを15~20分で到達。しかし島の裏側へ入ると潮の流れがアゲンストになるので、ヨットハーバーのある防波堤までかなり時間が掛かってしまう。
 この海域を一人で泳ぐスイマーは居ない。従って遊漁船はビックリするらしい。
 それでヨットハーバー内にある海上保安署に遊漁船から通報されて、指導を受けたことが二度ほどあった。
 以来、他のスイマーのためにもよくないと思い、この海域を一人で泳ぐことを止めた。
 今は西浜~鵠沼を海岸線と平行に泳いでいる。
042
 おとぎ話に出てくる「竜宮城」を模した小田急線の片瀬江の島駅。かなりユニークな形をしているので、駅を降りた人がよくカメラを構えている姿を見る。
 この形は私が小さい頃からあったように思う。
 ここまで約8.5km。
044
 片瀬江の島駅前に掛かる弁天橋。以前は木製で赤く塗られていた橋だったが、老巧化して架け替えられてから近代化した橋に変身。
 以前の橋の方がはるかに趣はあった。だが時代の流れでしょうがない。

3月22日 保険屋さんというのは・・・。(見えてきた答)

 「弁護士を使いたい」と私の自動車保険の特約を使おうとすると、しばらくしてその保険会社S社の担当者M(女性)から連絡があった。初めは「適当な弁護士を探す」と言っていたのに、コロリと掌を返してきた。「過失を認めて自分の保険を使った方が良い」と言うのだ。
 今回の事故で私は自分の過失を認めていなかった。何故ならばいくら走行中の事故と雖も相手方から飛び込んで来たのだ。相手から飛び込んで来る車両をどうやって“避けろ”と言うのだ。“出会い頭”ならまだわかる。交差点を通過中のハイエースのどてっぱらに飛び込んで来て、何処に過失があると言うのだろう。
 これはあくまで私の想像だが、おそらくMは自社(S社)の損失計算をしたのだと思う。つまり弁護士に支払い、その結果によってさらに私の車両保険を支払う。その金額はいくらかわからないが、一般的な判例によると両方が走行中の事故の場合、そのほとんどが双方に過失割合が発生するというのだ。つまりMには弁護士を使う、使わないを問わず、その結果は予想できていたのだと思う。であるならば余計な弁護士料など支払いたくない。そこで私に説得にかかってきた。再度言うがこれはあくまで私の想像である。事実なのは私に「過失を認めた方が良い」と説得してきたことだ。もっと言うと私に勝ち目があるなら弁護士も喜んで出してきただろう。
 相手方の保険会社A社と私があーだのこーだのやっている時は黙って見ていた。いちおうそのやり取りは逐一S社のMに報告をしている。そして私の契約している保険の特約事項を教えてくれたのもMなのだ。つまり私が勝てばS社に損失はない。ところが私が「弁護士を使いたい」と言い出すと「探す」と言いながら計算をし、“弁護士は使わせない方が良い”との判断ができたのであろう。そうじゃなければもっと早めに言っているはずだ。
 しつこく言う。上記はあくまでも私の想像だ。とにかく事実はMまでもが私に「過失を認めて保険を使った方が良い」といきなり言い始めたことだ。
 自分の保管会社でさえ敵にしてしまったような気がしてきた。
 ここで具体的な金額を提示しよう。

  • A社の言う私の車両時価格=28万円
    A社の支払額=28万円-私の過失割合分=20万円ちょっと
  • S社の支払は私の車両保険満額=50万円
    合計:20万円ちょっと+50万円=約70万円

 ハイエースを直すには今、預かっている自動車修理工場での見積もりは100万円以上。直すとすると約30万円の赤字。それでいてちゃんと直るという保証はない。どうするか?????????????
 “70万円”をヒントに新車にするか、中古車にするか、修理をするか考えてみた。「過失を認めない」と言うのは自分の保険会社であるS社まで敵にしたのだ。“諦める”と言うより“あきれた”。面倒くさい。第一、レンタカーを保険で借りられる限度は4月8日までなのだ。それまでに自分のクルマを手に入れなければならない。積極的に、積極的に!
 知り合いのクルマに詳しい者、専門家に訪ねた。自分でもインターネットを駆使して探した。出来る限りのありとあらゆる方法を駆使して情報を集めた。結果、自分の条件に担うクルマで70万円以下は見つからなかった。同時に新車では300万円以上した。信頼できる中古で自分の条件に担うクルマは300万円弱だった。
 ちなみに“私の条件”とは

  1. 扉、窓の開閉を私がコントロールできること。
    障害者に水泳指導を仕事としている私はプールへの送迎も行っている。すなわち送迎用の車両として使うのだが、知的障害の生徒に走行中、「事故が見たい」と扉を開けられたことがあった。他にも子ども同士の喧嘩で喧嘩相手の靴を窓から捨てた子もいた。まだまだいろいろある。ちなみに“チャイルドロック”では開けられてしまう。
  2. 燃費が良いこと。
    ハイエースに乗り始めたころは年間走行距離が軽く3万kmを超した。だからディーゼルエンジンにしたのだが、ご存知のようにディーゼルは昨今、都会では乗れなくなっている。最近でこそ仕事が減って走行距離が短くなったが、それでも年間2万kmより減ることはない。現在、軽油とガソリンの値段の差は1リッターあたり約20円である。この差は大きい。
  3. 乗り心地が良いこと。
    少なくとも“人”を運搬することを目的としている。荷物の運搬ではない。安全で快適に乗れる条件を満たしていなければならない。

以上である。
 もっと言うと必要ない物は要らない。例えばカーナビ。送迎コースはほぼ決まっているのであえてカーナビなど必要はない。稀に必要な場合でも私の持っているiPhoneの地図アプリで充分に事が足りる。
 いずれにせよ70万円ではクルマを買う頭金にしかならない。上記条件に担う中古でも200万円は足りない。約200万円・・・・・・、老後の生活費約一年分の金額である。仕方ない、一年早く死ぬとするか!!??!!

To be continued!

P4100042
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(乗ってきた!)

湘南の主のウォーキングコースを写真で紹介(引地川コース)3/5

・日 時:2013年3月9日(土曜日) 午前7時10分~午前11時
・コース:我が家~引地川~鵠沼海岸~片瀬海岸~境川~我が家 約13.8km

 
<鵠沼海岸⇒片瀬海岸編>
028
 やっと鵠沼海岸へ出た。週末なのでサーファーが沢山出ている。波もそこそこにあるので今日は良いかもしれない。
 ここまで家から約6.1km。1時間20分くらいかな?
029
 鵠沼海岸から江の島を見る。
 サーフィンを私はやらないので、どのような波がサーフィンに適しているのか分からない。ただ大きければ良いと言うものでもないらしい。
 何を語り会っているのか、若いカップルが一組。
030
 鵠沼海岸から辻堂方向の海を見る。サーフィンには良い波だと思うのだが?
 鵠沼海岸は片瀬西浜海岸より波が大きくなるので地元の人、サーフィンの上手な人しか入らないようだ。
031
 引地川河口。この河口には砂がよく溜まる。今は上げ潮なのでよく分からないが、護岸の左側に砂の溜りが見える。今、ここの砂をパワーショベルで掬い上げ、キャタピラのついたダンプカーのような運搬機で江の島水族館前まで運んでいる。
 江の島水族館前の海岸は砂が削られて海岸線がどんどん狭くなっているのである。
032
 江の島水族館の側には境川が流れ込んでいるが、河口付近に漁港が作られてから潮の流れが変わってしまったようだ。海岸に砂が付かず、逆に流れ出しているように見える。
 サーフビレッジ前の海は引地川の流れと波がぶつかり合うので、他の何処よりも波が大きくなる。
 ここまで約6.9km。
033
 最近よく見かけるスポーツだが、名前は知らない。テニスボールのようなカラフルなボール。ラケットもテニスのようなラケットだがガットは無く、全面黒いカバーで覆われている。
 コートの大きさはバレーボールのコートと同じくらい。ネットもバレーボールのネットを利用しているのかな?
034
 スピード感はかなりある。反射神経が鋭くないと出来ないスポーツのように思える。
035
 東日本大震災の教訓を生かして設置された津波避難用の避難所。海抜12mぐらいだそうだ。
 まぁ~、付近には高台が無いのでこれでも多少は気休めにはなるかな?
 朝、誰が開けるのか分からないが、扉が解放される。出来上がった直後は扉が閉まっていた時があった。扉には「扉が閉まっていたら、ここを壊して避難してください」と書かれている。
036
 鵠沼海岸のサーフビレッジ前から片瀬西浜海岸の江の島水族館前までの約1.5kmは津波対策としてこのような護岸が作られている。海抜5mぐらいの高さで、この護岸の左側に防砂林を隔てて国道134号線が走っている。

3月19日 サヨナラかな?

 事故車は結論が出るまでレンタカーを使うことになった。と言っても“30日を限度”として、更に言うと私の“保険特約”として使えるのであって、相手方の保険ではない。
 日産の“セレナ(8人乗り)”を借りたのだがハイエースと比べるとやはり狭い。また初めて乗るFF(前輪駆動)車。『こんなにも小回りが利かないのか』と思った(ハイエースの方が小回りは利く)。それと最近流行りの“エコ機能”なのか、デジタルの計器類が「エコ運転をしている」とか「していない」とか・・・。アナログに慣れきってしまっている私にはちゃらちゃらと光る計器がやたらと見辛い。第一、ボンネットがあるのにボンネットの先が運転席からは見えない。つまりどこまで前があるのかわからない。ハイエースオーナーとしては何から何まで気に入らなかった。
 相変わらず事故関連では解決に向かって何ら進展はない。ただただ時間だけが無駄に過ぎ去っているように感じて私はイラ立っていた。もう一つの保険特約として交通事故に対して“弁護士特約”があるそうで、私はそれを使おうと考えた。事故解決に向かって弁護してくれればかなり私のストレスは楽になる。
 時間の経過と共に気になること。それはハイエースに残された荷物のことである。仕事に関係する最低限の荷物(水着など)は事故直後に降ろしたものの、キャンプ用品などはそのままだ。キャンプ用品は四六時中使っていたので積みっぱなしになっている。後部扉も開かなかったため(無理やり開けたら閉まらなくなる恐れがある)、事故の衝撃でどうなったのかも気になっていた。
 同時に春休みが近付いている。春休みにはスキーキャンプも控えている。借りたセレナは夏タイヤで、春とは言え℃スキー場では降雪がある可能性がある。冬タイヤでなければ仕事にならない。ちなみにハイエースは冬タイヤ。
 そこでレンタカー会社に連絡して冬タイヤを着装しているハイエース(4ナンバー:商用車:1,250㎏積)に変えてもらった。しかしこのハイエース、土建屋さんなどが使うタイプだが空荷だとかなり跳ねる。サスペンションが固いからだろうが、我が家の駐車場にはなかなか入れないのだ。まあ勢いをつければ入れないことはないが、危険極まりない。それでも仕事なので我慢しなければならない。

Photo_3

グーグルアースのストリートビューで見た我が家とハイエース
道路から駐車場へ入るには、一度ハンドルを左メいっぱいに切って、次に右メいっぱいに切って入る。
道路と駐車場は高低差があって、4ナンバーのハイエースは斜めになったときタイヤが滑って上がれない。

 18日(月)に2回目の通院があって骨折を診てもらった。まだ腫れがひどく医師からは「他の指を動かしても痛いだろ? ホントは手を下に降ろさない方が良いんだ。三角巾などで腕を吊って下げないようにした方が良いんだが・・・。まあなるべく他の指も動かさないように」と言われた。
 診察の後に看護師さんからシーネ(ギブス)と湿布をして包帯で巻いてもらうのだが、この時の会話が可笑しい。
看護師「他の指も動かさないと動かなくなってしまうので、なるべく動かしてくださいね」
私「えっ? 今、先生から“他の指も動かさないように”と言われたばっかりなんだけど・・・」
看護師「でも動かさないと、他の指も動かなくなってしまいますよ」
私『いったいどちらを信用したら良いんだ!!??!!』

 いずれにせよ19日(火)、定休日の私は荷物を取りにハイエースが入っている自動車整備工場の駐車場に行った。ところがその駐車場はおそらく7~8台しか入れないようなスペースに、約11台もの事故車、故障車が所狭しと入っていた。その中で私のハイエースは奥の方に入っている。人が入るスペースがやっとでとても荷物を出すことが出来ない。そこで整備工場に連絡すると白いつなぎを着たおじさんがやって来て、ブツブツブツブツと言っている。
 それは、おじさんの頭の中で「あのクルマは動く、このクルマは動かない。あのクルマをこちらに移してそのクルマをこっちにして・・・」と、まるでパズルのようなクルマの移動を考えてくれていたのだ。おじさんのパズルを解いてくれたおかげで私は愛車ハイエースの荷物を取り出すスペースが確保できた。
 幸いキャンプ用品に壊れたものは無かった。我ハイエースは私だけでなく、荷物さえもあの衝撃から守ってくれたのだ。後ろ扉が開かないため横のスライドドアから入り、座席をまたいでの作業になる。痛い指を抱えての作業はけっこう時間が掛かった。
 すべての荷物をレンタカーのハイエースに積み替えると私は我ハイエースを綺麗に掃除してカーテンを閉じた。本当は直してもう一度日本一周でもやってみたいのだが、日野自動車に勤める友人から聞いた言葉が頭をかすむ。「クルマを長く乗ろうと思ったら、大きな衝撃をクルマに与えないことだ。事故のような大きな衝撃はクルマを歪ませる。修理をすれば一見直ったように見えるが一度歪んだ車体は元には戻らない」と。
 だから大事に乗ってきたのになぁ~。44万km(地球11周)以上も乗ったクルマはすでにオレの一部になっていたのになぁ~。よくも長くオレを支えてくれた。日本中を走り回ってたくさんの思い出を作ってくれた。良き相棒よ。お前とももうサヨナラかな?
 そう思うと涙が止まらなくなった。

To be continued!

P4100036
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(絶好調!)

湘南の主のウォーキングコースを写真で紹介(引地川コース)2/5

・日 時:2013年3月9日(土曜日) 午前7時10分~午前11時
・コース:我が家~引地川~鵠沼海岸~片瀬海岸~境川~我が家 約13.8km

 
<引地川⇒鵠沼海岸編>

011
 国道30号線からちょっと外れて、私が通っていた中学校「藤沢第一中学校」を訪ねてみた。
 昔の面影は全く無かった。中学校を卒業したのは1960年(昭和35年)であるから、今から53年前。半世紀以上も前になる。
012
 中学生代、私は自分では“暗黒の時代”だったように思う。中学時代のことはあまり覚えていないし、思い出したくもない。本当に自分としては暗い人生の一時期だった。楽しかったことなど全く無く、貧乏のどん底。一年生の時から夕刊だけの新聞配達を3年間続けていた。夏休みは母の知り合いのパン屋さんでアルバイトをしていた。
 だから中学を卒業したら当然、『就職』と思っていた。当時の中卒は「金の卵」と持て囃されており、クラスの半数近くが就職していたように思う。
 中学校の隣は神奈川県でも有名な「湘南高校」。当時は超エリートが入れる高校だ。
 当時の通学路は今日歩いて来た道ではなく、家からほぼ直線になるような道を選んで歩いていたが、それでも30分近くは掛かっていたのではないだろうか?
 ここまで家から約2.2km。
013
 国道30号線に掛かる引地川橋。写真の奥の方が上流で藤沢市の北部方面になる。この引地川に沿って下り、鵠沼海岸へ出る。
 ここまで約2.5km。時間にして約40分。いつもなら30分くらいで来るのだが、今日は写真を撮ったり中学校に寄ったりして、多少時間が掛かっている。
 ここからは川沿いに歩くので気持ちが良い。
014
 川沿いから見る引地川橋。後方に見える白に赤リングの巨大煙突は藤沢市のゴミ焼却場の煙突で、藤沢バイパス道路沿いにある。かなり遠くからも見えるので、自分の現在位置を確認するのにも役立つ煙突である。
015
 川と並行して道路があり、この道も海岸へ通じている。
 川と道路に挟まれて遊歩道も設置されており、クルマを心配することなく散歩、ウォーキング、ジョキングが出来る。
016
 場所によってはこのように舗装されたところではなく、木々の間を抜けて歩くことが出来る。環境は素晴らしいところである。
 時間が早いのかここを散歩している人は殆ど見かけない。
017
 チョット分かり辛いが、JR東海道線の湘南電車が丁度、川を右から左へ、東京方面に向かって走り去って行くところである。その手前には道路の橋も掛かっている。
 橋の左側には「ヤクルト」の会社建物が見える。
 ここまで約3.6km。
018
 道路とJRの線路を潜る地下道路。
 橋を潜り抜けると引地川親水公園に出る。
 いつも時間帯が早いためか、ここで遊んでいる子どもたちを見たことはない。
019
 境川には残念ながらこういう川遊びの場所、施設がない。多分、夏には賑やかな場所になるのだろう。今度、夏になったら来てみよう。
020
 同じく親水公園にあるトイレ。
 トイレは私の歩くコースでは必要不可欠。何せ“前立腺肥大症”なのでトイレに行きたくなったらどうしようもなくなるのである。
 だからここのトイレには必ず寄ることにしている。この先のトイレは海岸まで行かないと無い。
021
 国道330号線。大学箱根駅伝コースで海岸の134号線から東京方面に向かう道路である。交差点の右上の白い囲いをされている所は松下電器。今はパナソニックと社名が変わったが、工場の閉鎖で更地となり、跡地が何になるのか興味があった。どうも住宅地になるらしい。工事車両が入り整地をしている。でもこの辺りは海抜が低いので、大津波が来ると水没してしまうかもしれない。
023
 引地川沿いにある。市営の「長久保植物公園」。
022
 未だ私は一度も足を踏み入れたことがないが、藤沢市の広報にも良く名前が出てくる公園だ。
 ここまで約4.2km。
024
 東日本大震災で津波の恐ろしさをテレビの映像で何度も見ている。
 以来、藤沢市では海岸に近い地域の電柱にこのような「ここは海抜何メートルです」と表示が出されている。川沿いの公園内に表示された津波注意の表示では海抜5.2m。この辺りには高い建物はひとつも無い。いざという時はどうすればよいのか分からない。
025
 JRの線路を潜り抜けてから川沿いに立ち並ぶ住宅街。殆どが二階建て住宅である。津波が来たらこの川を津波が遡ってくるのは明らか!
026
 鵠沼運動公園。通称「八部公園」と言い、野球場、テニスコート、屋内プール、屋外プール等がある。
 丸い屋根は屋内プール。以前はその場所に50mの屋外プールがあり、夏にはかなり賑わった。夏になると私はほぼ毎週のように通っていた。藤沢市の水泳大会も開かれていた。
 今は屋外の50mプールは藤沢市の北部の秋葉台運動公園に移ってしまい、交通が不便なので行くことはなくなった。
 ここまで約5.2km。
027
 引地川を離れ海岸へ向かう。134号線の「松波交差点」の下を通り抜ける。この地下道を抜けると鵠沼海岸へ出られる。
 海側から見る地下道の屋根は白く、大きいので私は泳ぎのポイントの一つにしている。
 「江の島水族館」前から泳ぎ出し、ここまで大体40分以内。それ以上時間が早い時は潮の流れが強いので、戻りが大変になる。

3月15日 再聴取

 3月13日に今回の事故の担当警察官から電話があった。何でも11日に提出した診断書の内容が“骨折”で「四週間と加療を要す」とあって、警察官の予想より重症だったからのようだ。何でも15日未満か以上で書類が変わるらしい。そこで「書き直すのでもう一度警察まで来て欲しい」とのことだ。残念ながらこのことで加害者の法的処罰(人身事故における刑事責任(罰金)、行政処分(免許の効力停止)、民事責任(被害者への損害補償))は重くなることだろう。しかし事実だから仕方のないことだ。
 15日の午前中、警察を訪れる。警察官が描いた現場検証の図を見ながら聴取を進めた。その図は実に詳しく細かく記載されていた。まあ図ではないのだが、グーグルアースの“ストリートビュー”を見ながら再検証したい。ちなみにストリートビューはいつ撮影されたかわからないが、実際、当日の景色とは少し様子が違う。また事故日時は3月9日午後11時05分頃、つまり夜中なので写真とは様子も違うのでこの辺は考慮してほしい。

<私から見て>

Photo_5

当方から見た交差点

 ほぼ当方の運転席から見た写真である。標識も確認していただきたい。相手方はここの交差点を右から左へ直進しようとしていた。また交差点の真ん中に描かれている“+”の脇にマンホールの蓋が確認できる。このマンホールの上にワゴンRのラジエター液などがこぼれていたので、マンホールの上が衝突現場だ。

<相手方から見て>

 Photo_6

相手方から見た交差点

 これは相手方から見た交差点の写真である。運転手の証言は
「交差点に差し掛かった時、横断歩道の右側に歩行者がいた。『渡るのか』と思い“止まれ”で一時停止をして待ったが、その歩行者(ご婦人)はケータイ電話を取り出し話し始めた。そこで『渡らないなら』と交差点に入ったとき、ハイエース(当車両)が目の前を左から右へ直進していたので急ブレーキを掛けたが間に合わず衝突した。だが急発進はしていない。」

Photo_7

一時停止で止まって見た右側

 角が斜めに切れているので左より見易い。

Photo_8

一時停止で止まって見た左側

 角が90度で右より見難い。

 さてこの交差点中央にある“+”の脇のマンホールまでは「止まった」と言う停止線からほぼ10m。現場に“ブレーキ痕”はない。逆に私が事故直後に聞いたタイヤが路面を擦った音やエアバッグが膨らんだ事実、大破したワゴンR(相手車両)を見ていくつかの疑問が湧いてくる。
 まず左前方不注意が最も大きな事故原因であることは言うまでもない。おそらく“急ブレーキを踏んだ”のペダルはブレーキではなくアクセルだったのではないだろうか。それでも“0発進”10mで時速20~30km以上まで加速するのは大人が二人乗った軽自動車ではかなり難しいと思う。

 決して相手ドライバーが憎たらしくて言っているのではない。事実を知りたいのである。そしてそれは特に相手方の保険会社、A社の担当者Kに知らせたいのだ。
 Kは加害者の証言を言う。つまり「一時停止はしており急発進はしていない」と。まあそれは自分の会社の顧客だから仕方のないことかもしれないが、証言と実証が明らかに食い違っていることを認めようとしない。第一“止まれ”の標識は「止まれば良い」という合図ではない。「止まって安全確認しなさい」という意味だ。安全確認もしないで飛び込んで来るのはそれこそ自殺行為。それと同時にKが最も気に入らなかったことは、A社の顧客である加害者(二十歳の女性ドライバー)を「○×」と呼び捨てにしていることだ。
 それは初め、『A社の社員を指しているのかな?』と思ったほどだ。呼び捨てを私にしているわけではないのだが、聞いていて何とも良い気分がしない。同時に全てにおいて一方的であるKを私は気に入らなかった。
 警察を訪れたついでと言っては何だが、聴取が終わった後に私は警察官にこのことについて相談した。
警察官「外資系の保険会社ではよくある話だよね。せっかく被害者と加害者が上手く示談に持ち込もうと思っているのに、保険会社がその間に入って話を複雑にする・・・。話が余計にややこしくなる。
 クルマ好きが中古でもお気に入りのアメ車を買って乗り回し、それが事故に遭っても保険会社では“時価”なんだ。本来、その交換部品は数百万円もするものだが中古車の時価が数万円だったら保険会社は数万円しか出さない。そのクルマに対する“思い”や“思考”は値段に反映されないんだ・・・。」
 話を聞いてもらって私はかなり楽になった。加えて気に入らないKに対しては
警察官「保険会社にはおおむね“お客様相談室”のような、苦情受付窓口があるからそこに相談した方が良いよ」
とアドバイスしてくれた。
 確かにインターネットで調べるとあった。そこでその“お客様相談室”に電話すると、後に“Kの上司です”と名乗る男性から電話があった。ちょっと話してみるとちゃんと加害者を「○×様」と敬称を入れて話す。『少しは分かるやつかな?』と思い、そこでKの無礼さ、対応の悪さ、証言と実証の食い違いなどを話した。
 結果が変わることはなかったが、もう二度と私はKと話すことはないだろう。精神衛生上にもその方が良い。

To be continued!

P4100031
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(後ろには山桜が)

湘南の主のウォーキングコースを写真で紹介(引地川コース)1/5

・日 時:2013年3月9日(土曜日) 午前7時10分~午前11時
・コース:我が家~引地川~鵠沼海岸~片瀬海岸~境川~我が家 約13.8km

 
<我が家⇒引地川編>
001
 我が家を朝、7時10分に出発。家の前の県道467号線を西へ向かう。
 いつもと違うのはデジカメ持参で、自分の歩くコースの風景などを撮影してみようと思ったのである。
 今日は「気温が高くなる」との予報なので、半袖シャツにベスト姿。いつものようにポケットラジオを聴きながら歩く。その他にはキャンディーも持った。ティシュペーパーは忘れずに。
002
 休日の早朝は道路も閑散としている。
 県道467号線を西方向に見る。通称「江の島街道(?)」は私が小学生のころに舗装されたが、その時はコンクリート舗装でコンクリートが乾くまでの間、交通止めとなり、この道路で思い切り遊んだ記憶がある。
003
 ラジオの交通情報等でよく聞く“藤沢橋交差点”。上方向が横浜、東京方向である。大学箱根駅伝の“難所のひとつ”と言われている「遊行寺坂」は藤沢橋を渡ると直ぐ先になる。
 もう10年以上も前になるが、台風による川の増水で藤沢橋が壊れてしまったこともあった。確か見に行き、写真も撮ったはずだが・・・。ここまで家から約600mの距離である。
004
 「遊行寺」の境内へ通じる赤い橋。江戸時代は多分この橋を通っていたはず。
 「遊行寺」と言えば春、秋の“開山忌”があり、私が小学生時代の秋の開山忌は非常に賑やかだった。9月20日ごろから秋のお彼岸のお中日を挟んでの一週間くらいはJRの藤沢駅から遊行寺までは人の波、波で凄かった。遊行寺の境内にはサーカス、見世物小屋、屋台、食べ物屋が“所狭し”と立ち並び、この時代、私としてはとてもエキサイティングな時期でもあった。橋のたもとで叔父が八百屋をやっていた。幸治おじさんが梨を売るのを手伝った記憶がある。当時は木箱に籾殻(もみがら)、大鋸屑(おがくず)などで梨が傷まない様に詰めてあった。梨は長十郎、二十世紀梨だった。とても沢山売れた記憶がある。
005
 大正時代から昭和30年ころまではここ“藤沢本町通り”が藤沢の中心地で、問屋、商店がズラ~ッと軒を並べていた。しかし今はJRの藤沢駅周辺が中心となり、この本町通りは寂れていまい、店を開いている店舗はとても少ない。
 この店舗は「桔梗屋」と言って紙問屋さん。かなり年季の入った店構えである。
 この通りは昔「国道一号線」と言われていたが、バイパスが出来から「国道467号線」となってしまった。
008
 白幡交差点手前のこの細い路地の奥には“藤沢の史跡”しては有名な「源義経首洗井戸」と言われる井戸が存在するのである。
 ザックを背負った熟年世代の方々が良くこの奥へ入っていくのを見かける。
 入口には“白幡の交番”があるので直ぐ分かる。
006
 「義経の首洗いの井戸がある」と言うのは聞いていたが、どのような井戸かは分からなかった。立札によると斬首された義経の首が、境川を遡ってこの地へ辿りついたようだ。
 境川にはこの他にも、ここより下流に境川へ注ぐ小さな支流に「馬鞍橋」という小さな橋があるが、この橋の由来も確か、源頼朝にまつわる話だったように記憶している。
007
 これが「源義経首洗井戸」だそうである。
 綺麗に整備されており、何だか拍子抜け。
 周りは民家に囲まれた一角で、小さな公園のようになってベンチも置いてあった。
009
 白幡の交差点で写真の奥方向は通称「藤沢~町田線」。この道路も県道467号線。交差点から西方向は国道30号線となる。
 写真の奥に白い鳥居が半分くらい見えるが、そこが「白幡神社」となる。
 神社の後ろを藤沢バイパス道路が走っている。白幡神社の神様は何方か分からないが、まさか神社の後ろを道路が通るとは思ってみなかったのではないだろうか?
 ここまで約1.4km。20分かな?
010
 小田急線を跨ぐ伊勢山橋。後方に見えるこんもりとした山(?)丘はこれまた藤沢市では有名な「お伊勢山」と言われて桜の名所となっている。桜の開花時期は全山ピンクに染まる。しかし近年は桜以外の木々が多くなり、ちょっと淋しい。でもシーズンになると山の頂上広場は宴会場となる。
 ここまで約1.5km。

3月12日 謝罪

 今回の交通事故で私は立場上、被害者になった。加害者は救急車で病院送りになったが、現場の処理が終わったとき、警察の交通課係官から次のように言われた。
係官「相手方の住所など詳しくは個人情報なのでプライバシーの問題があり教えられない。しかしケータイ番号と名前くらいは知らせるので、後でお互いに連絡を取り合って住所などを交換してください。そして今回の事故の問題解決に向かって努力してくださいね」

 9日の事故で加害者は救急車で病院へ運ばれたが、入院になるほどのケガではないことが素人の私にでもわかる。警察官が私に話した内容は絶対に加害者にも話してあるはずだ。筋としては加害者の方から私へ連絡があるはずだ。第一、警察への通報は私が行い、救急車への通報は事故現場の近所の方がしたのだ。つまり加害者は“やってもらう”ばかりで自ら“やる”という行為が感じられない。それが少し私は気に入らなかった。
 そろそろ「加害者の方から連絡はあるもの」と思っていたが、昨晩(11日)になっても連絡はなかった。“前向きに事故解決へ”と“時間と共に事態が変わる”が気になって、とうとう私の方から加害者へ連絡した。すると信じられない言葉を聞いたのだ。自分が加入しているクルマの任意保険会社から「今回の事故に関して、私へ“連絡をするな”と止められている」とのことだった。ええええええええええええええええええええええ???????????
 ただ「明日(12日)、現場検証でそちらに行くので、謝罪で伺いたい」とのことも付け加えられた。「別に私の家へは来なくても良い。ただし私は今回の問題解決に向かってあなたへは連絡を取ります。それだけは承知してください」と言った。ただ私への連絡が“しなかった”のではなく、“止められて出来なかった”と知ると、相手への気持ちが少しは楽になった。矛先は相手保険会社へ移行したのだ。

 その保険会社からの連絡は今日(12日)の午前中にあった。ここで実名を上げてもよいと思うのだが、いちおう伏しておこう。その保険会社はテレビCMでも“安さ”だけを売りにしている外資系のA会社である。特に今回の事故の担当となった“K(女性)”は驚くほど、信じられないほど一方的で話にならない。
 一般に“会話(話し合い)”というのは“話のキャッチボール”だと思うのだが、おそらくマニュアルでもあるのだろう、その“型”に入れたくて、すでに答えは出ており、“それで解決だ”と思っているらしい。

<一方的である部分>

  • 今回の事故に関して加害者とは連絡を取らないように(のみを取り上げても)
    ⇒「今回の事故は加害者と私との事故であり、A社と私との事故ではない。警察官からも“お互いの話し合いで円満な事故解決へ”と指導されているので、私は加害者と連絡を取る」
    ⇒「それは困る」
    ⇒「あなたに“困る”と言われても私は困らない。逆に私は加害者と連絡を取らなければ困るので連絡を取る」
    などなど。
     仮に加害者から私へ「今回の事故に関し、私の加入している自動車保険で解決したいと思っているので、今後は保険会社と話し合って欲しい」との連絡があり、それを私が承諾してからなら話は分かるのだが、それすらないのだ。と言っても、今更になると“腹が立って”というよりも“臍が曲がって”加害者からそのような依頼があっても「嫌だ」と断るだろう。そのくらいA社の担当者、Kの対応は悪かった。

 この日の午後、加害者は母親を連れて我が家まで菓子折り持って謝罪に来た。加害者は二十歳の女の子。ワゴンRは親に買ってもらったか借金して買ったものだろう。“安さ”を売りにする保険会社に飛びつく気持ちもわからなくはない。それにおそらく警察官に言われたか母親に言われたかだろう。私と同じように手に包帯を巻いていた彼女は「すいませんでした」と謝った。聞けば救急車で運ばれた病院は私が通院を始めた病院と同じ場所だった。そしてワゴンRは全損で廃車にしたそうだ。事故は被害者も加害者も得をすることはない。
 「必要に応じて私はあなたへ連絡します。何故ならばあなたと私の間で発生した事故であって、保険会社と私との事故ではないし、警察からも“お互いに話し合って”と指導されているからです。分かりますね」と私は言った。

To be continued!

P4100024
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(海が大好き!)

4月7日 活!!

 『昨日は朝から晩まで身体を動かしていたから朝練はどうなるか?』と、たった2時間の練習。されど2時間の練習。『一生懸命泳ごうじゃないか!』と足を運びました。
 ストレッチの時に皆さんが話していた言葉、「朝、起きたら肩が重たくて起きるのに大変だった」と。そう、朝、起きて『感じている気持ちは似ている』と、『そこからの気持ちを上向きにするのが皆さんの肝心なところだな』と、私も含めて感じました。
 練習はドリルから泳ぎ始めましたが、最後は200メートルを5本で4分サークル。始めの3本はパドルを付けて3分25秒。次はパドルを取って3分30秒。考えたら『クロールもバタフライも変わらんじゃん!』と思いましたよ。
 最近、パドルを付けてクロールを泳いだ方が楽チンですね。
 隣で泳いでいたバンさんは凄く綺麗なフォームで速くなりました。
 積み重ねが重要ですね。つくづく感じました。

 それからは家でノンビリし、マサラップが来て「名古屋マスターズに出ないか?」と誘われ、主人に話したら「目標を持った方が良いよ」と言われ、バタフライ100メートルと50メートルを申し込むことにしました。
 最近、思っていた。7月はオープンウォーターのレースがあり、クロールの練習ばかりしていたが、バタフライの練習が疎かになっていた自分に“活を入れる”方法はやはり目標を作らないと練習が疎かになると。
 キンちゃん、バタフライの練習も頑張ります。
P4100015
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(波に負けるな!)

4月6日 高橋先生と杉様と柴田先生と

 朝、お弁当を5人分作り、朝練習に参加しました。
 何か肩が重たくて「今日は軽い練習だと楽チンだなぁ~」とか、「高橋先生、結構泳ぐ前に体操とストレッチを30分もやってくれるから、凝っているところが治るかな?」とか考えながら家を出ました。
 いつもだけど真剣にストレッチをしました。高橋先生の泳ぐ前の体操とストレッチが私は大好きで、お気に入りなんです。イメージトレーニングも泳ぐ前に出来るからです。
 真剣に“だるまさん、こぉ~ろんだ!”を5回やっている最中に遅れて入ってきた杉様が私にちょっかいを掛けてきたもんだから、だるまが崩れ、その反動で足を伸ばして杉様を蹴ってやったよ!
 みんな、大爆笑だね。
 お陰で泳ぐ前に身体が柔らかくなり、杉様のちょっかいで泳ぐ気になりました。有難うございます。
 今日は女子中学生が居ないし、いつも泳ぐ時にターゲットにしている男性も居ないし、『どうやって気分を向上出来るかな?』と横を向けば、杉様のお顔が!!??!!
 『杉様、速いからなぁ~』と、練習はいつものように始まり、今日は杉様と一緒のメニューでした。迷惑を掛けないように一生懸命泳ぎましたよ。
 でも最後の200メートルを1本、100メートルを2本、50メートルを4本は『こっちのもんかな?』という気分で泳がせてもらいました。
 まあ私はパドルを付けてクロールで泳ぎましたが、200は3分30秒、100は忘れた。50は48秒イーブン。まずまずかな?
 だって昨日、パドル付けて50を20本やったから、私には感覚が分かっているから、OK牧場だよ。
 杉様には「負けないから。足に触るから」と、さっきちょっかいを掛けられた分、気合いを入れてあげました。
 何て私って優しいのかな?
 25も6本はみんなで一斉スタートだったけれど、杉様スタートが凄く上手くて最初から私より前を泳いでいて、それを抜かすのに必死でノーブレ(息継ぎ無し)状態だね。
 必死に泳ぐ杉様は素敵です。たまにはこういう練習も面白いよ!

 家に戻り、昼ご飯の仕度をしてロイヤルでエアロビクス、筋トレをして竜城へ行きました。
柴田先生「痩せたんじゃない?」
キン「先生が“5キロ痩せたら速くなる”って言ったから。でも後1キロは痩せないかん」
柴田先生「下痢したら1キロくい痩せるよ」
キン「そんなんじゃいかん。朝、体重を計って自然に54キロにならな自分は納得しん!」
と毎週レッスンを受けているのに『やっと気が付いたんだなぁ~』と思いましたよ。

 “順番で行けば今日はバタフライのレッスンだ”とクルマの中で気が付いた私は『力が残っているかな?』と。でも私は負けない! 『頑張る!』と張り切っていたのに、「平泳ぎのレッスン」と聞いた時には“ガクッ”としました。
 朝練で私の姿を見た柴田先生が気を使ったのでしょうか? 平泳ぎも頑張りましたよ!
 ビート板を持ってクロールのキックをバタバタバタバタとしたら、平泳ぎのキックを1回するのと、両肘を持って、そうピンク・レディーが踊った「UFO」の形にして足は平泳ぎ、息を吸うときに前に広げます。広げてかく時に息を吸います。
 後、手をかいて前に出す時に手を“グー”にして素早く前に出すのと、手を前に出して広げた時に小指を上にしてスカーリングをしながら引いてくるのを頭に入れて泳いだよ。
 ほとんど私、頭パニクリ状態!!
 「深く入り過ぎ!」、「頭が動き過ぎ!」など、いろいろ指導されました。
 平泳ぎのキックが弱いから、手だけでも上手くなりたいです。
 レッスン終了後、ロイヤルで残りの筋トレをして、1時間ローラー台で“ランダム”で歩き、ボディーヒーリングをやったけど、大分バランスが良くなった感じです。
 もう風吹の中、家へ戻りました。
 体重は54.9キロ、朝より500グラム減りました。
P4100013
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(力泳中)

4月5日 スイマーの体毛はカルキで漂白される?

 スタンダードエアロをやり、コアトレーニングのレッスンに入り、1時間ローラー台で歩きました。
 竜城に行き、個人練習です。クロールのドリルから始め、パドルを付けて50メートルを20本、1分サークルで48秒イーブンでした。フォームを気にしながら泳ぎましたよ!
 母の薬を貰いに眼医者に行き、家に戻りましたが主人の仕事が終わるのが遅そうだったので、美容院に行ってカルキで金髪になった髪をオレンジ系に染めてきました。
 スイムキャップから出ている髪は毛先が白っぽくなっています。染めてもカルキのお陰で直ぐに色が抜けてしまう今日この頃です。
P4100011
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(睡眠グ?)

4月4日 マー君

 甥っ子のマー君が昼から「ユキ(犬)と遊びたい」と言うことで、9時にはロイヤルへ。

130404_160626
 筋トレをやっていたら「エアロビクスが始まります」と先生に声を掛けられたので“簡単エアロ”に参加し、筋トレをして45分だけ歩きました。
130404_160633
 竜城に行き、平泳ぎのレッスン。何をやったのかあんまり覚えていないけど、何しろ田崎先生はちょっと頭を使う内容が多いですね!
130404_160640
 その後は2キロをパドル付きで泳ぎました。
130404_162646
130404_164051
 は~い、マ~君を迎えに行き、一緒に犬を連れて散歩に行きました。
130404_164111
 途中、野田さんちの畑で野菜貰い、土筆も採りました。
130404_170056
 明日はマー君の中学の入学式です。
130404_170118
 妹たちとお祝いをしましたよ!
130404_170125
 マー君、おめでとうございます。

130404_170137
P4100010
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(イェ~イ!)

4月2日 質問

 昨日頂いたワケギで味噌和えを作り、大根の葉っぱを使って、ニンジン、ちくわを炒め、ジャコを入れました。
 ゴボウとニンジンのきんぴら、ポテトサラダなど、台所でゴソゴソしていました。

 銀行屋さんが来るので、いろいろ用意をしてロイヤルへ出掛けました。
 スタンダードエアロ、筋トレをし、竜城へ。

 今日はクロールです。
 サイドキックをして、息をしてから、行きは背泳ぎみたいに上に手を回して向きを変え、帰りはクロールみたいに下に手を回して向きを変えました。
 先生に質問しました。
キン「何でサイドキック? 正面のキックとの違いは?」
先生「サイドの方が付加がかかるから。正面は上に足が出て楽が出来る」
なるほどね。
 後、「行きはゆっくり、帰りは早く泳ぐ。だけどタイムは一緒になるように」だって!
 この練習の意味が分からない! 何で一緒のタイムなんだ?

 次は手を入れて泡が無くなってからかく。というのをプルブイをはめてやりました。
 手を入水してから私は泡が立たないので「入水位置が上手だ」と誉められましたが、そぉ~っと手を入れているだけなんだけど。
 でも誉められると嬉しいです。

 次は75メートルを4本。25メートルは個人メドレーの順番で、残り50はクロールです。
 バタフライが足を閉じて水面でキックが出来た感じで、上手く泳げた感じ。
 その後のクロールは息が荒くなっており、疲れたな~。

 ハ~イ、最後は25メートルを4本で50秒サークル。
 バタフライで泳いだけれど、良い感じ。21秒が出た感じ。

 先生に質問しました。
キン「私のクロールの欠点は?」
先生「キンちゃんのクロールは頭が下げ過ぎで両手とも入水した時に外に広がる」
と言われ、
キン「入水を見ながら泳ぐと肩があんまり伸びない感じがするし、腰が痛くなるような気がするが?」
先生「船は船首を上にして走るのと一緒だよ」
キン「そうか?」
 Wildさんも「キックは水中で打つように」って言っていた原理と一緒か!?
 何かちょっと分かった!
 もっともっと練習しよう。

 そう言えば昨日、岩井さんに「泳ぎが変わったね」と言われました。
 気を付けて泳いでいます。

 さあアクアダンスをして、ロイヤルへ。
 15時からクロールのドリルをしながらのレッスンを皆さんとして、個人練習をして、家に帰りました。
P4100005
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(アップ)

4月1日 ロイヤルの友だちとランチ

 ロイヤルが休みなので、いつものメンバーで西尾市の「」と言う“味噌”をテーマにした和食バイキングに行って来ました。
 10時10分より皆さんをお迎えに行き、45分には着きましたね!
 一番で名前を書き、開くのを待っていました。
 一番って良いですね。温かいし、誰も手を付けていない料理を一番で食べられるなんて最高です。
 皆さん、たくさん持って来とるわ!!
130401_110443
130401_110707
 野菜もお肉も、果物、和菓子、飲み物、うどん、味噌カレー、天ぷら、素材が凝っていましたよ。
 ああ味噌ソフトクリームもあった。味噌胡麻ドレッシング、味噌田楽、牛筋の味噌煮込みやら何やら・・・。
 ここは元々、味噌と醤油屋さんだから、それを使った料理が多いんです。
 美味しくて、皆さん、お腹一杯になり、満足していました。

 さあ~、恒例の主婦ならではの買い物です。
 幡豆の「ビッグママ」で大量に買い、ちょっと散歩をしに寺部海岸へ行きました。
130401_141908
 皆さん初めて来たみたいで、いつもガツッリ、ロイヤルでトレーニングをしているのでノンビリ出来たと思います。
130401_142856
 貝殻をひろったり海草を触ったり、ゴカイを捕っている叔父さんと話したりと、なかなか出来なかったと思います。
130401_143033
 海水に触りました。18度かな?
130401_143039
 温かく感じ、『もう泳げる!』と思いましたよ。
130401_143748
 ぼつぼつ私の時期が来たかな?

 家に戻り、ジャッキー・リーンのお散歩です。
 途中で知り合いに会い、春大根、春キャベツ、ほうれん草、ワケギ、ヒヤシンス、チューリップ、スイセンなど、たくさん貰い、ジャッキー・リーンを置いて自転車を借りて、一度荷物置いて家に帰りました。
 戻ってきてコーヒー飲んで、イチゴを頂いて至れり尽くせり!
 たまにはいいですね。

 さあジャッキー・リーンの散歩の続き。
 堤防で土筆を採りながら家に着いたのが18時30分。日が長くなりましたね!

 今日は久しぶりにノンビリ出来、楽しかったです。
 皆さん有難うございます。
P4100001
2007年4月10日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(スタート)

3月31日 朝から晩まで動き詰め

 何となく元気が出ないまま、朝練がなかったのでジャッキー・リーンを連れて散歩に行って来ました。
 朝の散歩は気持ち良いですよ。
 カリフラワーはもう終わりですね。
 土筆は土手にバンバン生えていました。
 桜も満開!
 今日は岡崎公園も賑わうんだろう。
 うちの主人も今日は仕事です。
 3月から一度も休みを取っていません。
 脳梗塞で倒れんかな?

100_0181
2007年3月13日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習

 9時よりロイヤルへ。
 日曜日はレッスンの時間が1時間、始まりがずれていました。
 筋トレをして、10時30分より足心ヨガ、スタンダードエアロをやり、パンプをやろうと待っていたら、45分も時間が空いていた。
 知らなかった私は『みんな来ないな~・・・』と思ってプログラムを見たら、やっと気付き、ローラー台で25分歩いてスタジオに行ったら、もう満員で入れず、止めて1時間、またランダムで歩きました。
 汗がタラタラ、バスタオルで汗を拭いていました。

100_0180
2007年3月13日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(強風の中で)

 ハ~イ、お次はコアトレーニングのレッスンに入り、最後は『死ぬか』と思いましたよ。
 それから碧南市の油ヶ淵にあるプールに行き、安城マスターズの方たちとプール練習。
 始めの200メートルは3分50秒。メチャメチャ遅いじゃん!
 と、次は横で泳いでいた岩井さんにくっついて行き、3分40秒。
 次はパドルを付けて3分20秒。やっといい感じになってきた。
 松尾さんが「俺たち休憩している間に藤田さん、もう1本泳いでおいでん」と言うのでキンちゃん、泳ぎました。3分20秒です。
 そうやって言ってくれて、スッゴク嬉しかったです。有難うございます。
 待っていてくれて有難う!

100_0185
2007年3月13日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習

 次は100メートルを2分サークルで10本、1分40秒イーブン。
 パドルを付けていたけれど、昔は楽勝に50本はこなせれたよ。パドル無しでね!
 今はフォームを直しているから慌てないよ。私だけ11本泳ぎました。
100_0188
2007年3月13日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(フィニッシュ)

 次は50メートルを5本で3セット。70秒サークル、65秒サークル、65秒サークルで回し、クロールで48秒イーブン。まずまずかな?

100_0190

2007年3月13日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(パイロット【菊池さん】のお宅で夕食)

 次は50メートルを5本でイージー・ハードです。
 ハードはなかなか手が回らないから
松尾さん「“ハァ~、ハァ~”言っとらんじゃん!」
キン「手が早く回らない」
松尾さん「手をグーにして泳ぎん!」
キン「分かった」
とやったら泳げたよ。手も早く回りました。
 以上で練習終わり。
 50の個人メドレーを合計400メートル泳いで、私も練習を終わりにしました。
 ちょっとストレス解消が出来、皆さんと泳げて良かったです。
 有難うございました。

100_0195
2007年3月13日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習(お世話になった民宿「桂」のご主人と)

 主人は会議で、夜、私は一人でビール飲んでいたら、昔の歌番組をテレビでやっていましたね!
 水前寺京子の歌で「三百六十五歩のマーチ」を聞いて感動したよ。
 今の私、マイナーでちっとも進んでないよな~。
 47歳の今日って、もう戻って来ないんだ!
 もうちょっと前向きに考えて行動しよう。
 その後、「希望」、「明日を生きる歌」などがかかりました。
 う~ん、この歌聞いたことあるよ。海練習をした後、菊地さんたちと歌を歌いによくカラオケに行ったんだけど、その時に民宿「桂」で働いていた女性がいつも歌っていた。懐かしかったです。CDが欲しいです。
 たまに一人でビールを飲むのも良いですね。

3月30日 失言

 朝からず~っと料理していました。
 竜城スイミングの田崎先生が「シチューが好きだ」と聞いていたので、“クレアおばさんのシチュー”を私はいつも使っていて、水よりも牛乳を多めで作ると美味しいから、作って差し入れをしました。
 後、ひじきの煮たのも差し入れしました。
 後は唐揚げの下拵えとか、胡瓜の酢の物(ワカメ、タコ入り)を作って、ほうれん草のお浸しかな?
 とにかくず~っと台所でゴソゴソしていました。

 仕事は4月の配置です。
 ない頭をひねりながら作成しました。
 と、もうお昼頃。

 竜城に行きましたが、柴田先生が遅れて来ました。
私「先生、遅刻じゃん!」
と叫んだものの、先生には聞こえておらず、『あっ、しまった!』と反省しました。
 本校で仕事して、南校に一生懸命来たんでしょう。
 この前の私と一緒なのに、こんな発言をした私は反省して、元気が出て来ませんでした。
 柴田先生が来なかったら、中級と上級が合体して、一人の先生に見てもらうのに・・・。
 柴田先生は生徒さんが待っているから、必死に間に合う様に来たのに・・・。

 よりによって今日は平泳ぎでした。
 手を前にしてスカーリングをしてから平泳ぎのキックとか、手を前に出して水面に広げて確認してからかくとか、クロールの手を3回かいてから平泳ぎのキックとか、顔上げ平泳ぎとか、ドリルとかをやったけれど、身体が沈んでしまい上手くいかず、また落ち込んでしまいました。
 ロイヤルへ行ってもボディーヒーリングのレッスンを受けたものの、『1時間歩こう』と思ったが気分的に乗れず、お風呂も入らずに直ぐ帰りました。
 家に帰っても主人と話も出来ませんでした。
 まあ主人も仕事で疲れていて話もしませんでしたが・・・。
100_0179
2007年3月13日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習

3月29日 ハイエルボー

 竜城のフリータイム1時間半ではドリルを中心に練習しました。
 10分間だけ、小林先生にクロールを見てもらいましたが、「泳ぎが変わった!」と言われました。
 う~、、、取り敢えず高橋先生に言われたことを頭に入れて泳いでいます。
 後、柴田先生に言われている“ハイエルボー”も頭に入れています。
 小林先生曰く、「右呼吸の時に左手が下がってかいている。もう少し前へ伸ばすように」と。
 それからは右呼吸の時に「右」、「右」と唱えながら気を付けています。
 「ハイエルボーも肩が痛くならないなら良いけど、痛くなるんだったら優しいハイエルボーで良い」と言われました。
 無理矢理やっているのが分かるハイエルボーは、ロボットが泳いでいるみたいでぎこちないらしい!
 よし、頑張って直します。

 フリータイムで歩いているおばさんたちは2,300メートルをいつも歩きます。
 その一人に“胡瓜の漬け物の作り方”を教わりました。1対2対5の割合で、順番は酢、砂糖、醤油です。
 よく私は焼酎漬けで作りますが、ちょっとチャレンジしてみます。
100_0175
2007年3月13日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習

3月28日 やっと見えた“4”という数字

 今月中のパソコン教室は残り1時間おり、9時から行きました。
 我が家ではティッシュやらトイレットペーパーやらが切れていたので、ついでに薬局へ買いに行きました。
 そして豚足を買いにスーパーあおきへ。安いものだけを買い、ビールが無くなったので酒のすぎたへ。
 アルコールは料理に使う白ワイン、赤ワイン、焼酎、そして、私のエナジー、ビール500㍉㍑7ケース、350㍉㍑5ケースを買いました。
 本当はもう少し買いたかったんだけど、台車に乗らなかった・・・・・・・・・。
 それでもってビール2ケースにつきティッシュ3箱サービスしてくれて、無茶苦茶嬉しかったです。
 ビールはドラフトワンからスタイルフリーに変えました。値段は高くなったけど、カロリーが少ないから良いかな? と。
 「どんだけ飲むんだ?」って感じだよね。そう、因みに私は毎日500㍉㍑を3本飲んでいます。

 買い物も無事に終わり竜城へ。今日も背泳ぎでした。
 田崎先生はちょっと変わったドリルをいつもやりますね。難しいけど最近はよく見てくれて、おかしいところ直してくれます。
 柴田先生から「入水の位置が深過ぎる」と言われた箇所を見てもらい、直っており、安心しましたが忘れないようにしなくてはいけませんね。
 まあ終わってからはロイヤルで筋トレし、1時間歩きました。
 体重54.9キロでしたね。やっと“4”と言う数字を見ました。
100_0172
2007年3月13日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習

3月27日 ナガシマスパーランド

 水曜日は主人の仕事が休みですが、花見の時期で忙しく、10時まで仕事をしていました。

 バーの病院は9時からですが、私は8時半には連れて行って一番を狙いました。安の条、精神内科は一番ですが、整形が次にあって、家に戻ったのは10時です。

 妹の子どもたちは春休みで家におり、一緒にナガシマスパーランドに行きました。
 キンは苦手なんです。イチゴ狩りの方が良いんですけど、ジェトコースターは何十年ぶりに乗るのです。
 有名なホワイトサイクロン、1時間15分も待って乗りましたよ。並んでいるときは『恐いものなんて私に一つもないわ!』と軽はずみな気持ちで乗りましたが、もう動き出したら喚く、喚く。腹の底から喚きあがいて、最後は「キャー!!」、「ギャー!!」の連発。

130327_125303
 両目も“これでもか~~っ!!!”って言うぐらい大きく開いたり閉じたり。涙、鼻水、涎(よだれ)、顔から出る水分は全部出ちゃって、足は踏ん張り、両手はレバーをしっかりと持ち、全身に力が入りっぱなしでスッゴク疲れたよ。
 ほんの数秒でしたが「こう言う疲れかたもあるんだなぁ~」と久々に若返った感じ。
 回りを見れば中学生、高校生、大学生やら友だち同士が多いですね。
 幸加も高校生。同じような世代の方と来た方がもっと楽しめるんじゃないかな?
 その後もいろいろ乗ったけど、待ち時間は30~60分がざらでした。だから全部で5個ぐらい乗ったけど、もう充分です。気持ちが悪い!
 妹はダウン。幸加と私は昔のジェトコースターに乗ったけど怖かった。よりによって、一番前で、死ぬかと思ったぐらい。また叫んでしまった♪
 乗り物ってこんなに疲れるんだね。
130327_153725
 乗り物には130センチ以上じゃないと乗れないとか、54歳以上は乗れないとか、制限がありました。
 今日来といて良かったです。じゃなかったらこんな経験、もう出来なかったかもしれません。
 子どもたち、有難うございます! こんなおばさんと一緒に遊んでくれて。良い経験が出来ました。
100_0167
2007年3月13日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習

3月26日 バタバタ充実

 午前中はパソコン教室で3時間。午後より竜城で背泳ぎのレッスンを受け、キャサリンとクロールの練習。ドリルをたくさんしました。
 ロイヤルへ行き、筋トレと1時間を歩いておとなしく帰りました。それでも充実していましたよ。
 体重は55.3キロでしたね。
100_0159
2007年3月13日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習

3月25日 調子は上々かな?

 朝の4時よりお台所に立ち、お弁当作りに励み、朝練に行くまで時間があったからマカロニサラダを作って、味ご飯の具を煮て、きんぴらゴボウを作るため、ゴボウの悪抜きをしてから出掛けました。

 泳ぎの調子は昨日のキャッチを思い出しながら取り組みました。なかなか良い感じ。楽に泳げます。リズミカルです。この泳ぎでロングが泳いでみたいです。

 帰るや否や、再びお料理に紛争。ゴボウとニンジンのきんぴら、味ご飯、ひじきを煮て、鶏肉も煮たよ! 楽しいです。

 妹が子どもを連れて来たので新学期に向けて学用品を買いに行きました。そのついでにスーパーあおきでお買い物。
 鶏のむね肉100グラムが28円。安い! これでハムが作れますよ。

 そしてお昼御を飯たべに「大漁亭」へお寿司を食べに行き、皆でワンちゃんたちのお散歩です。
 子どもたちは「キンちゃん、何処まで行くの?」、「長くな~い?」、「まだ~?」と。
 「まだまだ、今日はこれでも短いよ」と私。
 土手の土筆、頭が出て来ましたね!
100_0162
2007年3月13日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習

3月24日 慌ただしい一日

 お弁当を作り、そしていざ朝練へ。

 何かちょっと水を掴む感覚が分かった感じ。高橋先生にも誉められました。

 と、練習が終わり次第、バーの病院の二件をはしごしました。二件目は、最低1時間半は待つから、その間蒲郡市にあり、友だちが経営している「あらじん」と言うパン屋さんに行き、たくさん買って来ました。片道30分はちょっと遠かったよ。

 病院に戻り、30分ぐらい過ぎてからやっと順番が来て、お話をバーと一緒にしました。
 その先生って患者さんとの会話が凄く上手で、親身に聞いてくれて答えてくれる。その話のもっていきかたがバーをその気にさせてしまう話術だったよ。素晴らしかったです。

 時計とニラメッコしながら私は12時半から竜城で練習があるけれど、『間に合うな?』、『今から行けば20分は泳げるかな?』と、バーにはクルマの中で待ってもらい、練習に参加することが出来ました。
 クロールの練習でハイエルボーのドリルです。この練習をやりたかったんだ。来て良かったです。

 そして妹が来たり、友だちから「ニンジンを煮たから取りにおいでん」とか言って来たり、ゴタゴタし、土筆(つくし)の成長を見ながらジャッキー・リーンの散歩をし、慌ただしい一日が過ぎていきました。
100_0155
2007年3月13日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習

3月23日 友だちと長話

 朝からパソコン開けてキーボードをたたく練習をしていました。

 「今日はガッツリ運動するぞ!」と出掛け、筋トレから始め、コアトレーニングをし、1時間歩くつもりが、ロイヤルの4月からのメニューが変わったことに、有志だけで曜日と時間を決めて一緒に泳ぐ話をしていたもんだから歩く時間がなくなり、竜城に行き、個人練習で3キロ泳いで来ました。

 5時に予約のバーの歯医者さんまで時間があったから、主人の大好きな豚足を買いに行ったら、パソコン教室の友達に会い、「キムチをつけたから取りにおいでん」と言われ、家まで取りに行ったはいいけど一人暮らしで寂しいのか、「直ぐに帰る」と言ったものの、「これ食べりん、これ食べりん」とか、「このジュースフジのリンゴジュースで美味しいよ。飲みん」とか、居座ってしまいました。腹が膨れた、膨れた!!
 冷凍庫を開け、「こうやって冷凍してあるんだ」と見せてくれるし、長引いたよ。

 お陰様で歯医者に行ったものの、駐車場は無かったし、三人は待っていたし、1時間は待たないかんで、予約の取り直をして帰りました。明日また来ます。
100_0154
2007年3月13日、駿河湾(淡島~大瀬崎間)の海練習

« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »

北海道函館の潮汐

ウェブページ

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

BV

  • BV