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おかしなイルカに万歳!

 自分の履歴を思い出すにあたって、インターネットや図書館を利用するのは変な気分だ。それほど有名なわけでもないのに、いろいろなところからヒントが出てくるのが不思議に思えた。かすかな記憶とこのヒントを引金に、その時代が走馬灯のように思い出された。当時、障害者スポーツや遠泳(海峡横断泳)の市民権を得ようと必死になっている自分がいた。
 資料によると2回目の津軽海峡横断泳は1982年(昭和57年)で、記憶では小学校の高学年男子をリレーで青森の小泊から北海道の福島まで泳がせている。ただ3回目の津軽泳は年代の記憶があいまいで、おそらく1993年(平成5年)ころに、小学生や障害者のリレーによる遠泳で、コースはそれまでの西側から東側、青森の佐井から北海道の戸井(実際には流されて恵山)までを泳いでいる。ちなみに年代以外の記憶は確かである。
 4回目は2005年(平成17年)に、ご存知キンちゃんが佐井(青森)から戸井(北海道)までを泳いでおり、これが現在の私たちのスタンダードコースになっている。(詳細は「キンちゃんが行く」Vol. 1の“14.2005年の思い出”を参照)

 さて障害者スポーツの方はというと、1974年(昭和49年)5月、大阪(大阪市東住吉区・長居公園内)で日本初の障害者のためのスポーツ施設「大阪市長居障害者スポーツセンター」が設立された。これを皮切りに東京では「東京都多摩障害者スポーツセンター」が1984年(昭和59年)5月に、「東京都障害者総合スポーツセンター」が1986年(昭和61年)5月に設立された。
 当時、当トラジオンSCの指導員だった増岡尚(ポリオによる片下肢障害)は、東京都障害者総合スポーツセンターの屋内プールで練習して、1988年(昭和63年)8月、日本人初の対馬(日本)から釜山(韓国)までの単独泳に成功させた。

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 今回、当方の履歴を調べているうちに、『日本の戦後はアメリカにどう伝えられていたのか』(ハル A.ドレイク 持田鋼一郎[訳] PHP研究所)に「おかしなイルカに万歳!」というタイトルで、“対馬~釜山単独泳”について紹介されている。
 この遠泳は確か、対馬の郷土史などを書かれた本を、筆者である地元、対馬のジャーナリストが私に送ってくれた。それは有難いことだし送っていただいた筆者にはたいへんに申し訳ないことだが、この本も事務所移転の際の処分品に含まれていた。図書館で調べた上では新聞に記載されていたが、この本は何処にも見当たらなかった。

 ただ、この『日本の戦後はアメリカにどう伝えられていたのか』という長いタイトルの本の「おかしなイルカに万歳!」という文章の中で、“波の荒い対馬海峡を横断するといったもっと人目を引く例証が必要だった。”と書いてある。

 ちなみにキンちゃんが初めて泳いだ津軽泳の2005年(平成17年)に、彼女はドーバーを泳いで“その年の最も印象的な女性による水泳”として、「ガートルード・エーダリ賞」を受賞している。“ガートルード・エーダリ”とはアメリカの女性スイマーで、世界初のドーバー完泳者である。
 「人々は『女性がドーバー海峡を泳ぐことは出来ない。』と言いましたが、私は自分自身で泳ぎきれることを立証しました。」――エーダリ
 その後も彼女の偉業はスポーツにおける女性の可能性が無限にある証拠として常に役立っている。

 同様に増岡の水泳は障害者のスポーツが特別なものではなく、障害者の可能性が無限にあることを立証するために必要な水泳だった。

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