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わくわく、どきどき、台風の目。

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2011年10月の記事

湘南の主の「ジブラルタル海峡を泳ぐ」

12・シュミレーション・スイム

 6月19日にキンちゃんの海練習場所、淡島~大瀬崎間(10km)でジブラルタルのシュミレーション・スイムを行うことになった。ドーバー海峡のリレー横断泳と違い、30分交代で泳ぐことになるそうである。キンちゃんはソロで泳ぐので、キンちゃんの栄養補給時間に合わせ40分交代で泳ぐことにした。

 キンちゃんの常宿だった民宿「桂」が廃業してしまったので、いつもお世話になっている船頭のTさんの紹介で今回は大瀬崎の民宿となった。

 JR三島駅にトラさんが車で迎えに来てくれることになり、キンちゃん、トミー、私が駅で待ち合わせ、Drオーは車で直接宿へ向かうことになった。19日朝、大瀬崎の小さな船着場でTさんの船を待つ。天候はあまりよくない、ぽつぽつと空から雨粒が落ちてくる。

P6190113 大瀬崎7時11分スタート。トミー、私、Drオーの順番で泳ぐ。淡島11時37分到着。1way、4時間06分。すぐさま折り返し、大瀬崎に向かう。大瀬崎ゴール14時37分。2way、3時間。トータル7時間06分だった。気温22~25℃、水温21~22℃。風、南東~北東2.8~4.8m/sec。

 ジブラルタル海峡横断泳に向けて、各自がかなり練習量をこなしてきているので、泳ぎには全く問題はなく、自分の持ち時間を極めて順調に泳ぎ切り、20kmを7時間余りで泳ぎつなげた。

 これでジブラルタル海峡リレー横断泳の準備は整ったかな?

湘南の主の「ジブラルタル海峡を泳ぐ」

11・ジブラルタル海峡水泳協会から

 大地震では幸いにもメンバーは誰も被害に会わなくて良かった。トラさんから「Drオーのご協力により、申込書が完成。ジブラルタル海峡水泳協会の代表、『ラファエル』に申込書、診断書、パスポートの写し、日程表等々を配信した」と連絡が入った。トミーには「決断をもう少し見合わせるようにと連絡を取っている」とも言っている。

 ラファエルから日本の大地震に対してのお見舞いと必要書類の催促が来ていたそうである。トラさんは「私たちは全員無事で元気です。必要書類を添付します」と送ったら、その10分後にラファエルから返信があり、これで申込み手続きは大丈夫だと思うとのことだった。

Img_2774 ラファエル(左)のポーズの真似をするトラさん(右)

 東日本大地震でメンバーに被害は無かったが、津波による東京電力の原発事故で電力不足となり、計画停電の実施などで私の地域はプールの使用も制限されて、殆ど泳ぐことが出来なくなってしまった。海で泳ぐのも東北地方を襲った大津波の映像を見てしまったので海で泳ぐこともためらわれた。

 泳げない日々が続いている中、大船の「Sスポーツクラブ」のHさんから「泳げていますか?」とメールが来た。「計画停電の合間を縫ってきめ細かな営業を行っていますので来て下さい」と言ってくれている。渡りに船と早速お誘いに乗り、練習に参加させて頂きとても助かった。

 トミーの腰痛も、彼のリハビリの頑張りでかなり改善されてきている様子がメールで伝えられてきていたが、4月1日にトミーからトラさんへ今回はキャンセルすると連絡が入ったそうである。

 四月に入り、トラさんから「そろそろ荷物の準備を」との連絡が入り、いよいよ最終段階に入ったことを思わせる。

 トラさんとキンちゃんは4月11日から二週間、マルタの「ゴソ」のスイムトレッキング。5月13日から二週間、アメリカの「デンバー」で高地トレーニングを兼ねて、30時間スイムと忙しい日程をこなしている。

 五月に入り、トミーの腰痛はかなり改善したようで、改めて参加表明をしてきた。先ずはめでたし、めでたしである。

湘南の主の「ジブラルタル海峡を泳ぐ」

10・結団式・トミーの腰痛

 泳ぐ日程が決まり、飛行機、宿泊先も決定、残るは協会に提出する正式な申込書と診断書。各自の調整の結果、3月9日にDrオーの医院で診断書を書いていただけることになった。ジブラルタル横断泳の申込書、診断書は協会のオリジナルではなくてよさそうだと分かり、Drオー自ら英文の診断書を作成してくれたようである。3月9日メンバー全員が集合、Drオーの医院で診察を受けて診断書を作成。その後、Drオーの行きつけの食事処、神田の「たるやさん」で結団式を行った。

P3090626 結団式

 その時初めて知ったのだが、トミーが大変なことになっていた。今年の初め、プールの練習帰りに人を避けようとして自転車で転倒。腰椎をかなり痛めて、歩くのも困難な状況になっていたのである。レントゲン写真を見せて頂いたが、背骨がかなり変形(つぶれていた)しているのが素人目にもよく分かるほど。

 トミーはかなり落ち込んでいて、「とても泳げる状態ではないので皆さんに迷惑を掛けるから、メンバーから外してもらったほうが良い」と言っていた。

 しかし、トラさんが自らの経験で「未だ四ヶ月あるので決断はもう少し様子をみてからでもよいのではないか」と説得していた。ジブラルタル行きの航空券は割安の分、キャンセルが利かない。「もし泳げなくても応援を兼ねて参加されたらどうか? 結論を出すのは早すぎる」と。もしだめならば、キンちゃんがリレーでも泳ぐことになる。

 そしてその二日後の3月11日、東日本大地震・津波が発生したのである。

湘南の主の「ジブラルタル海峡を泳ぐ」

9・四つのお願い

 トラさんから「四つのお願い」という連絡が来た。

①.泳ぐ日にちと方法
 ソロ、リレーとも7月20日~30日。従って滞在日は7月18日~8月1日まで、その後帰国する。「リレーを2wayにして欲しい」と要求したが、ダブルクロス(2wayのこと)はやっていない。と同時にこの期間は出来ない(理由は不明)との返事。ソロ、リレーとも1wayになります。出来るだけ長く泳ぎたいとの希望は無残にも崩れ去ってしまった。

②.費用について
 必要書類は申込書、診断書、パスポートの写し。申込書、診断書はDrオーの方で3月中に相手に届くようお願いします。
 費用はリレーが1チーム2,500ユーロ。ソロは一名1,550ユーロ。その内20%を指定銀行口座に振り込む。

③.航空便は
 色々調べたがBA(英国航空)が一番安かった。但し、問題はヒースローで乗り換えるのでヒースローで1泊する必要が往復便ともあること。つまり、7月17日(日)成田発→ヒースロー着(同日着)ロンドン1泊、翌日18日にヒースロー発→ジブラルタル着
 帰りも同様8月1日(月)ジブラルタル発→ヒースロー着、ロンドン1泊、翌2日ヒースロー発→成田着8月3日。
 従って出発は7月17日(日)、帰国8月3日(木)合計17泊18日。

④.宿泊等は
 7月17日はヒースロー空港近くのホテル一泊朝食付き。
 7月18日からスペイン、タリファのホテル「Margaritas」で、ダブルのアパートスタイルとトリプルのゲストルームタイプを予約一泊90ユーロで予約。いずれも食事はなし。しかしアパートスタイルなので台所があり、自炊は可能。
P1010054 ホテル「Margaritas」
 8月1日のヒースロー一泊は朝食なし。シングルで空港の近くです。ジブラルタルからタリファまでは約30km、バスは運行していますがタクシーで行きましょう等々。かなり具体化して現実味を帯びてきた。

 翌日、トラさんから日程表、予算表が送られてきた、日程表を見るとジブラルタル海峡横断泳の実感が強く沸いてきた。

 トラさんは日程表、予算表作成に当り、相当頑張って航空費用、宿泊費用などを、インターネットをフル活用して「安く、安く」と、探しまくってくれたようだ。そのことは、ついでにTが旅行好きで「ぶらり世界一人旅」をされる方なので、トラさんのご苦労がよく理解でき、話がはずみ、トラさんは大いに喜んでいたことで我々にも理解できた。本当に、深謝、深謝です。

 今はインターネット時代であり、ありとあらゆることがネットで出来るようですが、私のようなアナログ人間にはとてもついてはいけない世の中になっている。なにせ、我が家では未だに黒のダイヤル式の電話機を使用しているのである。

湘南の主の「ジブラルタル海峡を泳ぐ」

8・ジブラルタル情報

 毎日、超多忙なトラさんから2011年1月半ば連絡が入った。忙しい中、本当に有り難いことだ。

P1010088 青い空、白い壁、石畳の路地がよく似合うタリファの街

 ジブラルタル海峡水泳協会に『日本人チーム、リレー三名、ソロ一名希望。HPにある申込書、診断書を郵送すれば良いか?』と問い合わせているが、未だ返信がないとのこと。「再度送ってみる」ともあった。

 又、「ジブラルタル行きについても色々調べているがBA(英国航空)が安く、良い感じ。但し、ヒースロー空港で乗り換えとなる。ジブラルタルに空港もあるので更に調べてみる」とのことだった。

 2月に入り、「ジブラルタル海峡水泳協会からやっと連絡があった」とのこと。その内容は『7月20日~30日に他のスイマーのキャンセルがあり、貴方達のリレーとソロ一名の準備が出来ます。必要書類と総コストの20%を送って下さい。そうすることにより、貴方達の横断泳を承認します』と言う内容だった。

 これで泳ぐ日程がやっと決まった。トラさんの幅広い世界中の水泳仲間からジブラルタルに関する情報が寄せられていること、その中でスペインにある、イギリス領「ジブラルタル」に空港があり、ヒースローから便があること等々。

湘南の主の「ジブラルタル海峡を泳ぐ」

7・合同練習

 トラさんから「2010年12月19日(日)にキンちゃんの海練習場所、西伊豆・内浦三津の淡島~大瀬崎間(10km)の2way練習をやりますから参加願います」と、ジブラルタルリレーチームに連絡が入った。12月に入ると海水温も20℃は切ってくるだろうし、今の私には2wayの泳ぎはかなり厳しい試練になりそうだ。合同練習なので参加することにした。トミーは冬の海を泳ぐのは初めてらしく、かなり緊張しているようで、色々と皆さんに確認を取りながら準備を進めている様子だった。

 前日にキンちゃんの常宿「桂」に集合。しかし残念ながら「桂」は2011年3月11日の東日本大震災後、廃業してしまったとのこと。キンちゃんはこの宿には随分お世話になっていて、遠泳用具は専用部屋に置きっぱなしにしていたほどだ。

 Drオー、トミーとは久し振りの再会だった。Drオーは「私は1時間泳げばOKだ」と言っていた。トミーは自分なりに考えた防寒対策の物を色々持ってきていた。

Pc190002_2 翌19日、5時起床軽く腹ごしらえ、6時乗船、スタート地点の淡島へ向かう。摺れ防止のラノリンを身体に塗り海へ入る。水温は20℃を切っている感じ。風、波がないので助かる。未だ太陽は昇ってこない。四人夫々自分のペースで淡々と泳いでいるが、キンちゃんはいつも一人で泳いでいる海を、今日は他に三人も泳いでいるので楽しそうに見える。

 Drオーは中間点(5km)辺りで上がった、予定よりも長く泳がれた。潮に押されてかなり速いペースで進んでいる。トラさんの大きな声が聞こえてきた。残り1kmを切ってきた、前を見ると大瀬崎の民宿がかなり大きく見える。海底からダイバーの吐く空気の泡が幾筋も上がってくる。キン、トミー、私の三人で大瀬崎の浜に上がる。身体がかなり冷えて寒い。トミーは「1wayで船に上がる」と言った。3時間04分かなり良いペースで泳げている。

 キンちゃんは当然2way。どうするか私は迷ったが、多分このまま泳いでいたら途中で上がることになるだろう。スピードも落ちてキンちゃんに迷惑が掛かるので、トミーと一緒に船に上がることにした。

 キンちゃんは三人の「ジジイ」に見守られながら元気よく2wayを完泳した。

湘南の主の「ジブラルタル海峡を泳ぐ」

6・メンバーの追加??

 トラさんは超多忙な毎日を過されている方であり、ジブラルタルの情報もしばらく停滞していたが、2010年11月12日のメール送信先に、「トミー」の名前が突然追加されていた。いつからメンバーに加わったのか?

 その説明はトラさんからは無かったが、後日、確認するとトミーのドーバー海峡・ソロ横断泳挑戦でトラさんが指導を引き受けたが、練習が思うように出来ていないので、ジブラルタル海峡横断泳の話をして、「もし良かったらリレーで泳ぎませんか?」とお誘いした経緯があったそうである。

 トミーはDrオー、私とも水泳界で顔見知りであり、本人も「それなら」と今回のリレーメンバーとなったが、年齢は全員60歳越えの「ジジイ」となった。そしてキンちゃんはソロで泳ぐことに専念することとなった。

 又、そのメールにはトラさんの知り合いスイマーのジブラルタル横断泳の記録が記されていたが、ソロで速い人なら3時間を切り、遅い人でも4時間半程度となっている。従ってリレーなら5時間を切るのは確実なので、2wayを申し込む予定だが、未だ連絡が取れていない(相手先から返事が来ない)とのこと。

 そして滞在先のタリファの町について少々情報が入ってきた。風が強い所で、そのスイマーは風が収まるまで7日間待ったそうだ。ドーバーのように横断泳待ちするスイマーは誰も居なかった等々。そして潮の流れは大西洋から地中海に向かってとても強い流れがあることも伝わってきた。でも海水温はどうなのは分からなかった。

 「ジブラルタル水泳協会へ馬力を掛けてコンタクトを取るから、少々お待ち下さい」と、トラさんのメールは締めくくってあった。

 Drオーからは上記のメール内容に対して「言いだしっぺの私が足を引っ張るのは確実ですが、宜しくお願いします」とのコメントが寄せられてきた。

 トミーからは「マスターズ水泳から目標が変わったので宜しく」と、私宛のメールが届いた。

Photo_8 スタート地点はタリファの南にある島の、更に最南端にある灯台の前から泳ぐ。

湘南の主の「ジブラルタル海峡を泳ぐ」

5・ジブラルタルへ行くには?

 トラさんは既に30数年前にジブラルタル海峡をソロで泳がれている実績がある。当時はジブラルタル海峡横断泳の拠点「マラガ」へ辿り着くのも大変だったようだ。ヨーロッパ大陸の最南端、ジブラルタル海峡横断泳のスタート地「タリファ」の町へ行くのには、今の時代でも容易ではなさそうであった。

 先ず、日本とスペインを結ぶ直行便が無いこと。経由便なら首都の「マドリッド」でなくジブラルタルに近い「マラガ」発着便がないか。価格を調べると英国航空(ブリティシュ)が一番安い。但し、ロンドン・ヒースロー経由となること。その他色々あるが、マドリッド便が主で、そこから又、飛行機、鉄道、バスを利用することになり、かなり時間が掛かるそうである。

 最終的にはトラさんの並々ならぬご努力により、スペインにイギリス領の「ジブラルタル」に空港があり、イギリスのヒースローから直行便があることが判明し、ヒースロー一泊経由で目的地「タリファ」へ行けること。そして出発は7月18日となった。

Photo_7 ジブラルタル海峡を泳ぐには、タリファ(イベリア半島最南端)からアフリカ大陸最北端に向かって泳ぐ。

湘南の主の「ジブラルタル海峡を泳ぐ」

4・1way、2way、それとも3way

 キンちゃんのガッツある意見に対し、「ジブラルタルを泳ぎたい」と言われているDrオーのコメントが無いのが気になった。

 キンちゃんの意欲は分かるが、Drオーがどのようにお考えなのか、「Drオーの意見に私は従います」と返事をした。そしてトラさんからメールが来た。

 Drオーはトラさんに回答を出されたようで、「やはりジブラルタルを泳ぐことを主目的に、小潮周り期間で2wayを泳ぎましょう」と言う内容だった。これで決まった。

 トラさんから更に気になるのが一人当たりの泳ぐ時間。「過去、日本人リレーチームの『さざなみ』は7~8人で泳いでいるが、一人当たり40~45分程度だった。たった40~45分泳ぐために高いお金と時間を費やして行くか? 仮に三人で1wayを泳ぐとして5時間前後で完泳したなら、一人当たり1時間40分ほど泳いだことになります。

 2002年にドーバー海峡横断泳をリレーで、12時間チョットで完泳された皆さんは一人当たり約2時間。それでも私は『短い』と感じています。なので、可能な限り長く泳いで頂きたいのでジブラルタル海峡は2wayにしましょう。そして、小潮期間でキンちゃんは2wayのソロも泳ぎましょう」。

 これで我々のジブラルタル海峡横断泳の泳ぎ方は決まったのだが、後に大どんでん返しが・・・・・・・・

Photo_6 ジブラルタル海峡は、ヨーロッパ(スペイン)とアフリカ大陸(モロッコ)の接点にある。

湘南の主の「ジブラルタル海峡を泳ぐ」

3・いつ泳ぐのかな?

 トラさんからジブラルタル海峡を泳ぐ日程について連絡が来た。ジブラルタル海峡は横断泳をサポートする団体「ジブラルタル海峡水泳協会」があることが分かった。

 海峡を横断泳するには潮周りが重要であり、2011年度の小潮周りについてキンちゃんのドーバー海峡横断泳の日程と合わせて予定が記されていた。

  1. 6月 8日~13日 ジブラルタル候補
  2. 6月23日~28日 ジブラルタル候補
  3. 7月 7日~18日 キンちゃん・マギー津軽海峡予定
  4. 7月21日~29日 ジブラルタル候補 本命か?
  5. 8月 7日~12日 ジブラルタル候補 キンちゃんお盆で無理
  6. 8月20日~27日 キンちゃんドーバー 1way
  7. 9月 5日~10日 キンちゃんドーバー 2way
  8. 9月18日~24日 ジブラルタル候補 キンちゃんの彼岸で無理

 「皆さんのご都合もあるでしょうから、いつが良いか連絡を下さい」と書かれていた。

 「キンちゃんのドーバー海峡横断泳に合わせた日程で予定を組んだほうが日程的にも金銭的にも良いのではないか」と私は提案した。しかし、今考えればいつ泳ぐか分からない海峡横断泳を二つ同時に予定するのはおかしいと思う。

 「ドーバー海峡を泳ぐ合間を縫ってジブラルタル海峡を泳ぐなんてありえませんかね? 『海をなめたらアカン』ですかね」とも私の提案メールには書かれていた。

 トラさんの返信メールには「リレーならば天候さえ良ければ大潮でも泳ぐことは可能と思われます。事実ドーバー海峡では大潮でリレーの横断泳が実施された記録がある」とのこと。ジブラルタル海峡は1wayなら3~6時間以内、おそらく4~5時間、キンちゃんはソロも泳ぎたいとのこと。

 キンちゃんの考えは、「キンはあくまでもドーバーがメインであり、ジブラルタル海峡を泳ぐのもやはり、『天候の良い日に泳ぐ』ということは、いつ泳ぐか分からない。ジブラルタルをリレー、ソロでも泳ぎたい私はメインであるドーバーに向けてモチベーション、コンディションに不安が残る。短期間にジブラルタル、ドーバーを一度に泳ぐ事は時間的、経済的に楽ですが、色々考えると別々の日程で考えたほうが良い」。

 又、「キンとしては6月8日~13日がベスト、希望としては2way、3wayをやりたい。過去のジブラルタル横断泳の記録をみると2way、3wayも魅力的です。皆さんと違うことをやりたいし、1wayではもったいない気がします」。

 色々検討を重ねた結果、トラさんが本命と称されていた7月21日~29日と決定した。

Photo_5 ジブラルタル海峡はヨーロッパ、地中海と大西洋の出入り口にある。

湘南の主の「ジブラルタル海峡を泳ぐ」

(南欧・スペイン~北アフリカ・モロッコ間)

2・メンバーの横顔
Drオー(ドクターオー)

14 オー(ドクターオー)

 今回のジブラルタル海峡リレー横断泳の発案者、水泳仲間から「泳ぐドクター」と言われており、東京・江戸川の船堀で内科を開業されているお医者さんだ。左足に障害をもたれているが、水の中ではそれを全く感じさせず、ダイナミックな泳ぎをされるスイマーです。
 Drオーの名刺には学生時代から泳がれた色々な場所の海、海峡の名前が名刺の裏一杯に記載されている。Drオーとの出会いは2002年、ド-バー海峡リレー横断泳に声を掛けて頂き、リレーメンバーの一員として参加、無事完泳出来た。以来何かとお世話になっている。

 このドーバー海峡リレー横断泳成功以来、私はドーバー海峡に憧れをもった。この年、会社を早期退職した時であり、第二の人生をどう歩むか思案中の私に大きな影響、夢を与えてくれた方でもある。

 もし、Drオーとの出会いが無ければ、私の第二の人生は平々凡々のつまらない日々を過ごしていたに違いない。

 そして時折、水泳に関する集まりがあるとトラさん共々声を掛けて頂き、食事をすることもある。お医者さんというと、私の生活圏では医者と患者の立場でしか接することしかないが、Drオーから医学の話、水泳界の裏話等々、私の知らない話が聞けて実に楽しい。

トラさん
026トラさん

 今回のジブラルタル海峡リレー横断泳でDrオーから「面倒みてよ」と言われ、飛行機、宿、協会との折衝等々全般の計画・立案を取り纏めて頂いた。

 又、海峡横断泳実行委員会を主催する方で、オーシャン・スイム指導では日本の第一人者だと私は思っている。トラさんと私の出会いは、トラさんが主催していた「城ヶ島一周遠泳大会」に参加させて頂いた、今から10数年前にさかのぼる。

 トラさんのオーシャン・スイム指導の実力と名声は、某テレビ局の人気番組で実施された「津軽海峡横断泳」の実施に当たり、テレビ局の担当者がトラさんの所へご指導を仰ぎに来て、トラさんは先導船に乗って指導している。

 若かりし頃は、自らジブラルタル海峡、マラッカ海峡等々、ソロ横断泳成功の実績を持つ。指導者になられてからは日本各地の海峡、遠泳の指導をされ成功させている。

 そして、学生時代に立ち上げた障害者水泳は、現在も精力的に取り組まれ、数多くの障害児スイマーを育て上げている。
 特にドーバー海峡横断泳に関しては、他を寄せ付けない経験と実績をもたれており、現在、キンちゃんのドーバー海峡横断泳のソロ2way、日本人初の成功に執念を燃やし、キンちゃんとの二人三脚で取り組んで久しい。今年もドーバーに挑戦している。ドーバーの浜で「日本の大将」と呼ばれているらしい。そして、ドーバーつながりで世界中のスイマーとの交流があり、色々な情報がトラさんのブログに登場する。
 2002年、2006年、私のドーバー海峡横断泳挑戦の時の指導者でもある。

キンちゃん
79 キンちゃん

 知る人ぞ知る、日本のドーバー・クイーン。日本より海外の多くのスイマーに「MIYUKI」の名で知られている凄い人である。何故「キンちゃん」なのかと言うと、足柄山の「金太郎」に似ているからである。それはドーバー海峡を泳ぐために皮下脂肪をタップリ蓄えた体形。いつも日焼けした真っ黒な顔と肌。正に「金太郎さん」である。
 彼女とは2002年のドーバー海峡リレー横断泳で一緒にドーバーを泳いだ仲間である。以来、ドーバー海峡に取り付かれ2005年にドーバー海峡・ソロ横断泳成功を始めとし、昨年までに何と7回もソロ横断泳に成功している。しかし彼女は2wayを成功させるのが目標なので、1wayでは満足していない。3年先までドーバー海峡を泳ぐ予約が既にされているそうである。
 時々キンちゃんの海練習に声を掛けてもらうが、10kmはウォーミングアップ。20km、30kmが本格的な遠泳の練習になる。それもイーブンペースで泳ぎ切ってしまう。どこにそんなスタミナ、気力が隠されているのだろうか? ともかく凄い人である。数少ない私の友人の一人である。

トミー
12 トミー

 一流大学で有名なK大で水球選手として慣らし、その後は水とは縁が無く、会社を退職されて、大学の先輩に声を掛けられマスターズ水泳界にデビュー。たちまち実力を発揮し、今やマスターズ水泳界のトップスイマーとして活躍している。
 又、70歳でドーバー海峡ソロ横断泳を目指して、トラさんのご指導を願っている。(しかし、後日その指導は解消したと聞いている)
 学歴があり、そのつながりよる学閥、コネ、金ありと人生の成功者ある。
 しかし今回18日間の共同生活から見えたのは、朝からビールを飲み、昼も夜も酒、酒、酒。自らも古酒を作られるお方だ。まあ酒好きは好みだから仕方がないにしても、朝っぱらからとなると酒をやらない私には信じがたい。
 更に口癖は「それは分かります」、「分かっています」。
 この歳になって今更「学歴コンプレックス」でもないが、中学を卒業して社会に出た私にでも「全く分かっていない」と分かる。
 学歴も、金もなく、世の中の底辺で静かにひっそりと暮らす私の世界では受け入れ難い人物である。
 ただ、人生のエリートコースを邁進されてきたお方であることは間違いない。

湘南の主(私)
44 湘南の主(私)

 湘南(藤沢)生まれの、湘南育ち、湘南の海に散骨を願っている、生粋の湘南の主と自認している。30代半ばに子供と一緒にスイミングスクールに通い、四泳法を習得。40代半ばでマスターズ水泳大会に参加。多いときには月に2回ぐらいのペースでマスターズ大会に参加していた。
 今から12年前の1999年、スイム仲間に誘われて初めてオープン・ウォーター・スイムの三浦遠泳大会に参加。そのための海練習を7月の海開きを待って8月末の大会まで毎週、一人で悪戦苦闘しながらの練習を重ねて大会に臨み、なんとエイジ別で優勝してしまった。これですっかりオープン・ウォーター・レースにはまり、以来、沖縄方面の大会に毎年4~5回。関東エリアの大会へと参加していた。今は大会には参加せず、毎週、湘南の海を楽しんで泳いでいる。
 1998年から放映された某テレビ局の「ドーバー海峡横断部」を見て、ドーバー海峡を知る。ドーバー海峡の水温の低さを体験すべく1999年、冬の冷たい海泳ぎを初体験。冷たさで身体がしびれ、震えが止まらず、硬直し動けなくなった記憶がある。それ以来一年中、湘南の海を泳ぎ続けているが仲間は無く、いつも一人で泳いでいる。

ついでにT
Imgp4940_2ついでにT

 Drオーの息子さん。Drオー曰く、「タリファで元気に過しているか見て来い」と家族に言われて監視に来たのだとか。ついでにTは旅行好きで、今回も小さなトランク一つ。帰りの飛行機のチケットだけ確保して、後は勝手気ままにヨーロッパを回るそうである。かなりマニアックな旅行者で、トラさんとは話が合い、大いに盛り上がっていた。

湘南の主の「ジブラルタル海峡を泳ぐ」

(南欧・スペイン~北アフリカ・モロッコ間)

第1部・ジブラルタル海峡リレー横断泳

  THE「GIBRALTAR・ZIZZY」TEAM

  2011年7月22日 4時間37分で完泳

2011_2 日本人のジブラルタル海峡リレー横断泳成功を伝える地元の新聞

第1部 ジブラルタル海峡リレー横断泳

1・ お誘い
 世界中のオーシャン・スイマーが「一度は泳いで見たい」と憧れるオーシャンズ・セブン(世界の7海峡)とは次の通り。

・ノース海峡(アイリッシュ海峡) 北アイルランド~スコットランド間
・ドーバー海峡 イギリス~フランス間
・カタリナ海峡 アメリカ サンタ・カタリナ島~ロサンゼルス間
・クック海峡 ニュージーランド 北島~南島間
・カウマイ(モロカイ)海峡 ハワイ モロカイ島~オワフ島間
・ジブラルタル海峡 スペイン~モロッコ間
・津軽海峡 日本 本州~北海道間

The_oceans_seven

 幸運にも私はドーバー海峡横断泳を2002年8月にリレーで、二度目は2006年8月にソロで泳ぎ、いずれも完泳することが出来た。

P7060020  2010年7月5日、キンちゃんの海練習場所、西伊豆の三津浜「淡島~大瀬崎間(10km)」の2wayをキンちゃん、イギリス人のニック、私の三人で泳ぎ、2wayを5時間50分で完泳した。キンちゃんはこのコースを何十回となく泳いでいるが、多分、2wayで6時間を切って泳げたのは新記録ではなかろうか?

 潮の流れ、天候、海の状態に恵まれた海練習ではあったが、それには地元の船頭Tさんの腕の見せ所が遺憾なく発揮された泳ぎでもあった。1wayが余りにも速かったので、2wayを心配したTさんは漁に出ている僚船と連絡を取りながら、潮の流れの良いところに先導してくれたお陰で、2wayが6時間を切る快泳につながったのである。
 この泳ぎでも分かるようにサポートする船は非常に重要であり、海峡横断泳が成功するか否かはサポート船、すなわち操船するキャプテンの技量と経験が物をいうと言っても過言ではないと私は思っている。

 ドーバー海峡横断泳では人気の船(キャプテン)は、3年先まで予約でふさがっていると聞いた。

 この海練習の時、トラさんからDr(ドクター)オーがキンちゃんと私の三人でジブラルタル海峡を泳ぎたいと連絡があったと聞かされた。

 翌日トラさんからDrオーからのメールが転送されてきた。内容は「来年あたりジブラルタルをキンちゃんや湘南の主とリレーで渡りたいと思っています。僕じゃ~体力的に無理かな~」Drオー。

 早速私はDrオーに返信し、「前向きに検討させて下さい。キンちゃんは既に行く気になっています」と伝えた。

 折り返しDrオーから連絡が来て、キンちゃん、湘南の主が一緒に行ってくれるとしたら「正に鬼に金棒です。僕だけ役不足で御免なさい」とあり、これでジブラルタル海峡のリレー横断泳は決まった。

キンちゃんのジブラルタル日記2011

洗濯と買い物(8月1日)

 大体一回、回して洗濯が終わるのに3時間は掛かります。だから朝8時からやっても終わるのは11時だから、回している時間に朝食を済ませ、買い物に行っています。

Imgp4970  「今日は何やる?」、「う~ん、寿司にするか!」と、寿司のネタを買いにスーパーへ。アスパラやらエビ、カニカマ、ハム、卵、胡瓜など、最終的には素晴らしい手巻き寿司、散らし寿司が出来ました。

キンちゃんのジブラルタル日記2011

風邪(7月27日)

 とうとう風邪をひきました。湘南の主さんが成田からヒースローまで行く飛行機の中で声がガラガラ声になり、「乾燥しているせいか?」と。

Img_2777_2  ボートパイロットと

 タリファに滞在中「三半規管がおかしいのか、めまいがする」と言っていました。こんなときに安心できるのがDr. O先生が同行していること。薬もたくさん持ってきていただいていました。

 それでも次にトミーが風邪をひきだし、次は私の喉が痛くなり、調子が悪くなりました。今日は咳をした途端に吐いてしまいましたよ。

Img_2778_2 インフレータブルボートパイロットと

 まあ、吐いた後の片付けは言うまでもありませんが、トラコーチがモップを持って拭いています。「俺のリュックにつけやがって・・・」とブツブツ言いながら・・・。

 「コーチ、砂だらけだからこっちも拭きん!」とキンは威張っていますよ。

Img_2769 スペインの女性ソロスイマー、MARINA BASART VENDRELLと。
彼女は7月27日、6時間13分で成功した。(4番予約)

 そしたら“ボキッ”と音がするじゃないですか! コーチはモップを壊したのです。折れてしまいました。今、アパートに住んでいますが、風通しがよく、ついでに部屋も砂ボコリになるのですよ。

キンちゃんのジブラルタル日記2011

リレーチーム(7月25日)

 朝8時のスタートかな? スペインのリレーチームがスタートをし、4時間35分で横断したそうです。おめでとうございます。

2011 認定証

Photo チャート

 さて私達は認定証を貰いにジブラルタル海峡水泳協会へ。賞状みたいに大きく、認定証も写真付きでしっかりしたものでしたよ。チャートも戴き、待ちに待っていたものだから皆さん大喜びでした。そしてスイミングキャップをプレゼントしてくれました。

2011_2 ジブラルタルじじぃを報道する新聞(スペイン)

キンちゃんのジブラルタル日記2011

三番予約(7月24日)

Img_2672  そういえばリレーが終わった後、私の次に泳ぐスペインの方達(身体障害者のリレーチーム)と偶然に会いました。私は土曜日。彼女達は日曜日と言っていましたが、今日ホテルから戻り(日曜日)、ビーチへ泳ぎに行くと彼女達がいるじゃありませんか!

 朝から風が強いと思いましたが、やはり船は出ていなかった模様です。また明日の天候次第みたいですね。

 でも自宅から片道一時間で来られる距離にお住まいの方達ですから近いですよね。完泳して欲しいです。

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24日からは(7月25日)

 またもや宿泊場所が別の場所に移動ですが、このアパートで私はやっと落ち着きます。オーナーはみんな一緒何ですが、今日からは三人(Dr. O先生、トラ、キン)がアパートで、二人(湘南の主、トミー)はマルガリータ ホテルです。

P7300413_2  こちらの方は買い物が出来るから良いし、アパートの屋上はビールを飲んだり、洗濯物が干せれたり、景色は海が見えて最高です。一つ言えば、日曜日は店がほとんど休みで開いてないのがネック。食料は買えずに、ある材料で晩御飯です。

 ジャガ芋を茹でて、素麺とトマトにオニオンスライス。質素だけどお腹いっぱいになります。ずっと外食続きで皆さんデブになってきたから調度良いですね。

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ラッ テラ 二日目(7月24日)

Img_2656  今日の昼ご飯件夜ご飯の材料は、昨日、泳いだ後にちゃっと買い物してきました。ちょっと高価な生エビを買い、塩茹でしてつまみです。生野菜、カレー、ビール、ワインなどお祝いし、20時ぐらいまで盛り上がっていましたよ。何せ、皆さん、ホッとしたと思います。

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泳ぐ日(7月23日)

P7230342  リレーが終わり私の番がきた。よくわからないけど昨日と同じ時間、6時半に港集合である。昨日からホテルが変わり、山奥からっていってもクルマで10分だが、マルガリータ ホテルのオーナーに頼んで朝早く迎えに来て貰った。

 昨日の様子を見ていたので、ボートやら船着き場やら場所はわかっており、スムーズにことは運んでいった。

P7230348  6時半といっても暗いんです。7時ぐらいから明るくなり、ボートが船着き場を出ます。一艇は栄養補給用ゴムボート(トラ、湘南の主、パイロット)。もう一艇は監視用小型クルーザー(Dr. O先生、トミー、パイロット、オブザーバー)と、二艇のボートが出でました。

 タリファの壁を7時08分にタッチしてスタートです。

P7230356  泳ぐ前にパイロットから「4時間で泳がないと速い潮が流れて来て、それを過ぎると難しいよ」と言われていました。

 昨日のリレーは4時間38分。一人で泳ぐ私は「大丈夫かしら?」と、初めからピッチを上げて飛ばしました。

Img_2608  空は曇っているし、朝日を見ながら楽しんで泳ぐはずなのに的が外れ、波と戦っていましたよ。

 監視船は100メートルぐらい前にいるから波や曇っていて見えない。フィーディング ボート(栄養補給用ゴムボート)は私の横にいたり、後ろにいたり、前にいたり、ちゃんと横についてくれないのである。

Img_2597  「こっちかな?」と感で泳ぐととんでもない所に行っている時がある。このジブラルタルは、二艇もいらないのではないかと思うよ。泳者の役にあまりたたない。

 栄養補給はスムーズに10秒以内ででき、完璧である。私の頭は水温が急激に下がった辺りの4時間を過ぎると速い潮が、川のように流れていることをインプットしてあるので、またもやピッチを上げて泳ぎたしました。

Img_2634  海練習やドーバーなんてマイペースでのんびり泳いでいるが、ここは距離は短いが速く泳がないとたどり着けなくなるから必死だよ。

 5時間05分で泳げたものの、最後の1時間は潮が速くてゴールが見えているのにちっとも近づかなく、タンジェの壁にタッチするのに必死もいいことろで、ようやく着いた感じでした。

P7230366_2  無事に泳げて良かったです。船に上がり、皆さんに祝福されましたよ。検査着を着て、たっぷりついたラノリンはトミーがくれたタオルでDr. O先生が綺麗に拭いてくれました。皆さんとっても優しいですよ。

 検査着一枚でいたら、パイロットが「寒くないか?」と聞いてきた。「寒くない」と答えると、「ユー アー ストロング!」と言われました。

 そう、水温が22℃から18℃に落ちたのはわかりましたが、その変化は私にとって気持ち良かったです。ドーバーに向けて、良い練習が出来ました。

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ウン○(7月23日)

 港の桟橋を歩いていると、またもや湘南の主さんが柔らかいウン○を踏んでいる。今日は私の泳ぐ日だからウンがついたのは良いんだけど、私が踏むはずだったのに・・・、まっいいっか!

Img_2581  それにしても二回目とは。ほんと、リレーの時は鏡のような水面に天候は良く、スムーズに終わり、湘南の主さんの第一回目のウン○を踏んおかげだと思う。

 さあ、第二回目のウン○を踏んだウンは、今日、ついてくれるかな?

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ラッ テラ(7月22日)

 22日から24日まではホテルからアパートに移り変わりましたが、何ていったって山奥で、お店屋さんが近くに何もない。そんなことを察したのかトミーは移動する前にワインを買っていました。だから夜はビール無しのワインで乾杯。

Img_2271  日本から持って来た米を磨いで、その上に珍味をばらまき、そのまま炊いて、インスタントみそ汁で過ごしましたよ。後はDr. O先生が持って来てくださった佃煮です。そうそう、船で食べていた食料もありましたね。

 皆さん、久しぶりのお米を喜んでいましたよ。何せ、やっと調理が出来ました。

Img_2275  山の上だから景色も良いし、天気が良いから直ぐに皆さんの洗濯をしたし、なかなか良い場所でしたね。

 まあ一つ言えば、買い物するための小さなスーパー、コンビニでもあったらいいなぁと。歩くしか交通手段ないからね。

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リレー(7月22日)

P7220249  金曜日(22日)から日曜日(24日)は、マルガリータ ホテルの姉妹店(?)である山の中のアパートに移るのだが、調度、金曜日はリレーが泳ぐ日である。

P7220262  朝に荷物をまとめ、フロントに預け、港まで歩いていった。お湯がホテルでは手に入らないので、ちょくちょく行っていたバルで入れさせてもらった。

 船の上で寒いか暑いかわからないし、コーヒーや紅茶など飲むためだ。6時半港集合、7時に港を出て第一泳者、トミーが7時10分にタリファの壁を触りスタートをした。

Img_2453  潮はかなり速い。みるみるうちに左へと流され進んで行く。朝日はゆっくりと上って行き、泳者も見ないかんわ、朝日の写真は撮らないかんわ、忙しかった。

Img_2378  イルカの群れを見ましたよ。やっぱりピョンピョン飛んでいる姿は感動しますね。

 みんな泳いだ後は「ブルーの海は綺麗で気持ちが良い」と言っていましたよ。

Img_2347  そんなことを聞くと「私も見て見たい!」、「早く泳ぎたい!」という心情に絡まれました。

P7220293  天気が良いからお天道様が身体を温めてくれるし、申し分ないです。海面はフラットだし、風はないし、最高ですね。

Img_2448  4時間ぐらいか、かなり水温が落ちたみたいで、湘南の主さんが「冷たくなった!」と言っていました。何も知らずに飛び込んで行ったDr. O先生は冷たいだろうな! それに潮の速い事、速い事、まるで川のように流れています。

P7220280  バシャバシャ波の中を泳いでいるDr. O先生、さぞかし大変だったと思います。それも左に流されているのが岸の景色を見ていてよくわかりますね。

 「早くこの潮からダッシュして欲しい!」と願っていました。

Img_2528  ゴールはDr. O先生かと皆さんが思っていましたが、最後のどんでん返しでトミーに変わり、潮が逆流し、右に流され、みるみるうちに岸壁に着きゴールしました。

P7220338  速い潮でしたよ。4時間38分で完泳しました。おめでとうございます。

 帰りの船ではシャチを見たり、マンボーを見たりと楽しみながら乗っていました。

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ブレック ファースト(7月21日)

P7190241  一日おきか? 風が強い。今日も朝から風が強くて帽子が飛びそう。

 ヤッケを来て朝食へ。いつも「ブランコ」と言う所へ食事に行っていたが、皆さん飽きた模様。そこで別の場所へ。中庭もあり、音楽が奏で、喫茶店らしい。入口には犬がおり、大人しくて可愛いが犬臭い。

P7200247  イングリッシュ ブレックファーストとスパニッシュ ブレックファーストがあり、毎日スパニッシュ ブレックファーストを食べていたから、今日はイングリッシュ ブレックファースト。目玉焼き、ベーコン、トースト、ティ、結構お腹が膨れる量でした。

 トミーは醤油を持って来てくれたので卵にかけてやりました。値段は? いつもの所より3ユーロも高い。ここの喫茶店、リゾート客相手だからだろう。

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マルガリータ ホテル(7月19日)

Img_2228  19日から22日まで宿泊するホテルはタリファの「マルガリータ ホテル」である。ホテルと予約メールのやり取りでいろいろあり、取りあえずキッチンなしの部屋。冷蔵庫無し。電気ケトル無し。まあ、部屋にはトイレとシャワーはある。

 ロンドンの「ヒースロー イン ホテル」は電気ケトルが部屋にあったが、トイレとシャワーは共同であった。どちらも冷蔵庫は無い。比べたらどちらが良いだろう。何とも言えない所ですね。

P7190244  まあ外食ばかりだからお湯が沸かせなくても何とかなる。だからマルガリータの方が良いかな?

 クーラーがついて、昼間30℃でも過ごしやすいからね。

Img_2166  そう、でかいスーパーを見つけましたよ。ドーバーのスーパーより品揃えが多いし、新鮮な魚屋さんもあった。パン屋さんも肉屋さんも入ったし、言うことないかな?

 26日から自炊が出来るので楽しみである。

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タリファの街(7月18日)

Imgp4669  今までとは違う別の国、スペインに来た。これまで来たことのない海外のリゾート地、タリファである。クルマがいっぱい、お店屋さんがいっぱい、人がいっぱいの都会である。路上にはギッシリと詰まった駐車。クルマの前と後ろの幅なんて10センチも開いているだろうか?

Img_2178  朝は7時ぐらいにならないと明るくならないし、夜は22時ぐらいにならないと暗くならない。お店屋さんなんて昼の休憩が14時から19時と、街が一番賑やかなのは、おそらく21時過ぎだと思う。

Img_2179  だいたいが遅くならないと店が開かないのである。何ともまあ不思議な街だ。まあ昼休みに結構皆さんビールを飲んでいる方多いですよ。道を歩けば犬のウン○に出くわすが、湘南の主さんは泳いだ後でシャワーを浴びようと歩いていた矢先、軟らかいウン○を“グニャグニャ”と踏んでしまった。

Img_2180  これで「リレーはウンがついたので成功間違いない」と確信したが、私は街を歩いていて硬いウン○を蹴ってしまった。「ああこれで私のウンは飛んで行ってしましたのかな?」と、「ウン○を踏まなくては」という、変な衝動に絡まれている。

 はたしてタリファは私に合っているか? 田舎者の私には賑やかな所は苦手である。

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ヒースロー イン ホテル(7月17日)

 ジブラルタル海峡横断泳では「タリファ」という街で滞在するのだが、ここまで来るのに東京(成田)で一泊、イギリスのロンドン(ヒースロー)で一泊と、結構時間が掛かるものだ。まあヒースローで泊まったホテルはインド人が経営しており、回りに住んでいる方もインド人が多いような?

P7170235 成田空港で

 ここ「ヒースロー イン ホテル」では一階がパブになっており、Dr. O先生はお気に入りのようだ。特にビール、ワンパイントが2ポンドはお値打ちである。ドーバーと価格が全然違う。

Img_2141_2 美味しいインド料理

 その後、インド料理を食べに行ったら量も多く、またもや安くて美味しいときた。なかなか満足しましたよ。「二~三日滞在しても良い」と思いました。

Img_2145 インドレストランの前で

 でもヒースローからタクシー代が49ポンドは高かったです。バスなら片道2.5ポンドらしい。

 ロンドンの気温は19℃と肌寒いです。ちゃっと持参したヤッケを着りましたよ。ロンドンの悪い所は“天候”と“水”と“女”らしい。タクシーの運転手が言っていました。笑えますね。何処の国でも“女”は入っているのでしょう。

礼状

P9211064 ペニーたちからお礼状が届きました。

津軽の横断泳は彼らのブログから見ることが出来ます。

泳ぐ前

津軽海峡横断泳

泳いだ後

他に報告は「津軽海峡横断泳 ペニー」とでも入れて検索してみてください。

いろいろな新聞記事などが出てきます。

誕生日

2011年10月1日、トラジオンSCは38回目の誕生日を迎えました。

1973年10月1日、トラジオンSCは産声を上げました。

以来、国内外を問わず海を泳いできました。

これも皆さんのお陰です。

ありがとうございました。

津軽海峡横断泳協会発足へ

津軽海峡横断泳協会発足へ
写真はゴゾ島(マルタ共和国)です。(本年4月撮影)

本年10月28日(水)にペニーたちはオーストラリアに帰りました。「また日本へ泳ぎに来る」と約束をして・・・。

津軽海峡が世界のオーシャン・スイマーの憧れる7つの海峡、「オーシャンズ・セブン」に選ばれていながら、「津軽海峡横断泳の情報が無い」と海外のオーシャン・スイマーたちに言われていました。

東日本大震災以来、日本は世界から注目を集めているのもあるのでしょうが、日本の復興も願ってさらに多くのスイマーたちが私に問い合わせて来るようになりました。

 オーシャンズ・セブンの中で横断泳をサポート・公認する団体が無いのは津軽海峡だけです。

 そこで函館市の協力を求めて「津軽海峡横断泳協会(仮名)」を発足する運びとなりました。

詳細は今、煮詰めています。

今後とも皆さんのご理解とご協力をお願いいたします。

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