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わくわく、どきどき、台風の目。

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2011年8月の記事

ドーバー2-way

ドーバー2-way
写真は、今回ドーバーの2-wayを成功させたリズことエリザベス・フライ(アメリカ人)とキンちゃん。リズの記録は24時間12分(1st leg: 12時間ちょっと、2nd leg: 11時間ちょっとと帰りの方が速い)。
「2-wayはタイミングが重要! 潮と水泳のタイミングが合えば何とか上手く泳げる」(リズ談)
「Well done!!!」と抱きしめたら「イタタタタ、身体が痛いから抱きしめないで!」と言われてしまいました。
アメリカで有名なスイマーでもやはり身体が痛くなるくらい疲労するのですね。

 8月19日朝9時頃、パイロットのニールから電話が入った。「12時30分にマリーナ集合。今日は天気が良くなったので泳ごう!」と言ってきたのだ。そう、昨晩の午後7時頃には「天気が悪いので待機。明朝にまた連絡する」と言ってはいたが、それは「翌日(20日)以降」と思っていた。それが「当日(今日)」とは・・・。まあニールからの連絡はいつもこうである。
 慌てて栄養補給30時間分を作り、買い出しに行く。ちなみに栄養補給は40分毎に300ml飲むので、少し余裕を持って15L作る。
 残り少ない時間に間に合わせ、バタバタとした感じではあるが、何とか準備は整ったかと思う。逆に制限時間には30分の余裕ができ、応接間で座っていたアメリカ人スイマーと話した。
 彼(ブライアン)は61歳でシアトル出身の男性。何でも明日、フォルクストンのマリーナに朝3時集合でドーバー泳を試みるらしい。とてもナーバスになっている。そして話をしていると全くのドシロウト。「これでこの海峡を泳ぐのか!」と心配になってきた。(ただしジブラルタルはソロスイムで3時間台の好記録で完泳したらしいが・・・)
 日程が私たちと違えれば石井コーチをサポートで頼んであげるのにな・・・。
 まあ終わってから聞いた話だが、案の定6時間泳いで「スッゴクチャッピー(荒れた波)で泳げなかった」と言う。
 人それぞれチャッピーを感じる感覚は違うが、私は「海練習が足りなかったのではないか!?」と判断している。

 話は戻って石井コーチ、キン、潤子ちゃん三人の準備が終わり、私たちが泊まっているチャーチルゲストハウスのご主人、アラスティアにマリーナまで送ってもらった。が、既にエスコートボート「スバ」にはパイロットのニール、サブパイロットのアドリアン、オブザーバーのアイリーンとマーチン(二人)は乗船しており、残る私たちが乗るとスバはすぐに出航した。
 「シェークスピアビーチ(ドーバーマリーナのすぐ隣)からスタートだ」と思い、泳ぐ準備はすでに完了。「今回は擦れないよう、取れないように」と、ラノリンを身体中ベタベタに塗ってもらった。
 でも予想が外れ、スタートはシェークスピアビーチから東、フォルクストンにほど近い「サンファィヤホー」のビーチ。ここからのスタートは初めてである。
 13時22分、フォーンの合図と共に水温17度の海へと入り、泳ぎ出した。ちょっと泳ぎにくい波だったが順調に気分良く、楽しいことばかり考えて泳ぐ。
 途中、イギリス(ドーバー)とフランス(カレー)を結ぶフェリーを何度も見た。暗くなってからもハーフポイント(ドーバー海峡中央部に立つ灯標)の光っているのが見える。
 頭の中の計算だと8時間でハーフポイントまで泳いでおり、フランスに到着するのは「うまくいって単純計算で16時間はかかるなぁ〜」と頭にインプットした。

 11時間20分の栄養補給の時に、急に足がつりそうに痛みだし、石井コーチに告げた。と、今度は左肩が痛くなり始め、腕が回らなくなり、またもや石井コーチに告げ、次の栄養補給時(12時間)に痛み止めの薬(イブプロフェン)を貰って飲んだ。
 肩が痛くなるのは初めてのこと。泳いでいて、たまに波に手が当たるから「おかしい」とは思っていたのだが・・・。
 足の痛みは治ったものの、今度は左肩が痛くなり、また石井コーチに告げ、再び薬を飲む。
 そういえばさっき二つ薬を貰ったが、栄養補給のドリンクがなくなり、口の中に入れていたものの、海の中に吐いたんだよな。その吐いた薬、丸くて薄いのだった。今度も同じだが、肩も足も痛み止めは一緒か?
 痛くて、痛くて「腕が回らない!」と叫ぶと、「泳げ!」の一言。片手クロールだ。
 「痛い!」、「泳げ! 後10キロだ!」と、また頭で計算。いつも練習している淡島〜大瀬崎を思い出した。順調に行けば後3時間30分だ。
 腕が回るようになったら「こっちのもん」で、クロールで泳ぐが、時たま痛くなり、片手クロールになる。プルが苦手な私は「さっきの足の痛みが何処にいったのか?」と思うぐらいにキックをバンバンに打っている。
 片手クロールはバランスが悪いせいか、船から離れてしまう回数が増えてきた。この時、「もっと片手クロールの練習しとけば良かった」、「キックの練習しとけば良かった」と反省した。
 ビックリしたのはスバに頭から激突。初めてである。痛かった。暗いから見にくいし、スバは風で押されてくるし、夜泳ぐのは船との距離感覚が難しい。
 スバのマストに赤いライト(航海灯)が点いている。いつも私はそのライトを見ながら泳いでいた。
 栄養補給で「あと3300メートル!」と言われ、次の栄養補給で「あと3キロ」と言われた。距離に関して、石井コーチはGPSをいつも確認しているのでシビアである。つまり栄養補給から次の栄養補給までの40分に300メートルしか泳いでなく、がっかりした。
 普段私は3時間で7〜8キロを泳ぐ。しかもそれを30時間は継続出来る。つまり10〜12時間くらいなら私は毎時2.6キロを継続している計算なのだが、それが潮の関係で「下手すると1000メートルを1時間30分も掛かるのか!」と頭の中の計算を切り替えた。

 最後はだいたい石井コーチがフランスまで伴泳してくれる。フランスのビーチは遠浅で、喫水(船が水に浮いたときの水面から船底までの鉛直距離)の関係からスバはフランスビーチ沖合200〜300メートルで待機する。そこから石井コーチの伴泳になるのだが、珍しく泳者ではなくカヤックが来て私をフランスまで誘導してくれた。
 ゴールをしてから普段なら石井コーチと二人で遠浅のビーチをスバまで泳いで帰るのだが、カヤッカーになったマーチンから「泳いで行くか?」と聞かれ、私は「カヤックについている後ろの紐を持つ」と言い、楽チンでスバまで戻った。スバに乗船している皆さんは「コングラッチュレーション」と喜んでくれた。
 とっても私は嬉しいし、サポートしてくれた石井コーチに感謝しています。どんな時でも「泳げ!」と導いてくれる石井コーチ。フランスまで私を導いてくれるパイロットのニール。信用しています。
 「泳ぐ」と決まったら、わざわざ私のためにオブザーバーを志願した、ドーバーでは私の母親的存在のアイリーン。そしてサブコーチ兼通訳の潤子ちゃん。いつも片時も離さず、寒い中、スバから私を見てくれていてありがとう。とても勇気付けられました。他にもいろんな方のご協力のお陰で私は泳ぐことができました。いつも思います。一人では、何も出来ない私だと。

 お陰様で18時間12分。ドーバー泳いで8回。最も鈍い記録です。今は膝、ふくらはぎ、左肩などが故障しています。早く治さなければ、次が待っているからね。

1-wayで

1-wayで
キンちゃん、1st legで持病の大腿部痛と左肩痛のため中止をしました。
時間は18時間12分。

2-way

2-way
8月19日(金)13:22(イギリス時間)、イギリス(ドーバー)からフランスまで泳ぎ、再びイギリスに泳いで帰るという2-wayをスタートさせました。
現在、フランスに向かって(1st leg)力泳中。
はたしてどうなるでしょうか!?

行ってきます!

行ってきます!
今、成田空港です。
まもなくイギリスに向かって出発です。
行ってきま〜す!

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