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わくわく、どきどき、台風の目。

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2010年6月の記事

ペニーのジブラルタルWスイム

オーストラリアのペニーが泳いだジブラルタル海峡往復横断泳は、詳しい報告が彼女のホームページに掲載されました。

こちらをクリックして「Read the full story(続きを読む)」をクリックしていただくと、全文が出てきます。

英文ですので、「ウェッブページ翻訳」などをご利用になってご覧ください。

河原風呂

河原風呂
先日の旅行の続きです。
朝が早く起きるのが得意とする私は4時30分に起きて、昨日、男性陣が入っていた河原風呂に入ってきました。
何故、水着きているの? そうなんです。何処に行くにも私は水着用品は持っているんです。
このお風呂、下からボコボコと温泉が湧き出ていて暖かい所と熱い所があり、掻き混ぜながら入ります。時たま川の水を入れて調整もしますよ。
空を見ながらの河原風呂は初めて入りましたが、楽しいです。夜、入った方が「蛍を見たっ!」と言っていたから良いかもね!
ちなみにうちの旦那様はスッポンポンです。

「キンちゃんが行く」Vol.34-終

   9. データ

日 付:2010年6月15日(火)
場 所:静岡県沼津市淡島~大瀬崎間(約10km)
泳 者:キン
記 録:トラ
タイプ:3-way solo swim
   1st leg: 淡島(06:30)→大瀬崎(09:26)=2時間56分
   2nd leg: 大瀬崎(09:26)→淡島(13:02)=3時間36分
   3rd leg: 淡島(13:02)→大瀬崎(17:23)=4時間21分
     3-way合計=10時間53分

天 気:曇りのち晴れのち曇りのち雨
水 温:22.0~23.9℃
気 温:22.3~26.0℃
視 界:5~10海里
波 高:0.5~1.0m
風 向:主に西ないし北
風 速:0.0~5.7m/sec
流 向:午前中主に西、午後は東
流 速:0.0~0.5kn
ピッチ:58~63回/分
補給品:炭水化物+加糖+お茶または紅茶=300ml/40分毎

内浦三津(北緯 35度01.0分 東経138度54.0分)
2010/06/15(火)
日出 04:29        日入 18:59
月出 07:09        月入 21:24
月齢 2.7         潮名 中潮
干潮 01:10 0.87m   満潮 06:29 1.56m
干潮 13:25 0.01m   満潮 20:21 1.63m

http://www.youtube.com/watch?v=CfQEM5m2GA0

「キンちゃんが行く」Vol.34-8

   8.腰

 今回の海を泳ぐ直前に公園の掃除があった。慣れないカマを持って1時間一生懸命草を刈ったら腰の痛みが・・・。いつも利用する「やごと療院」にマッサージを受けに行く。泳ぎの疲れもあるのだが、一番は腰の痛みで、時折、歩けなくなるのである。
 何だか不思議なんだが、マッサージが終わってからは、腰の痛みが全くない。前から思う。やごと先生の手は「魔法の手」だと。

P6150035 泳ぎ終えて港に帰る。

バーベキュー

2010062713020000

もう10年以上続いているだろうか? 年に4回は開催する気の合った仲間同士のバーベキューを、27日に私の家の駐車場で行いました。
材料が、蟹、海老、帆立、イカ、大アサリ、ステーキなど高級な品ばかりで、ちょっと高いかな? とは思わない値段でいつも買い出しに行っています。
まだまだ寿司飯があったり、フルーツサラダ、生野菜などがあったりして、もう書ききれません。
12時から始めましたが、もう暑くて暑くてルービー飲んでも汗で全部出てしまいましたよ。
途中、大雨が降り倉庫に引越ししましたが、雨にも負けず最後の締めは焼きそばです。
美味しかったよ。

2010062713040000

日曜日はなかなか私が忙しく、バーベキューの日取りが梅雨の時期になってしまいましたが、またドーバーから戻ったら企画しようと思っています。
前は海に浸かりながらの海岸で毎回開いていましたが、今は海岸でバーベキュー禁止になり、出来なくなってしまって残念です。
みんな水着一枚になり、暑い時は海に浸かり楽しめたのですが・・・。
皆さん、お疲れ様でした。

ところで来週の日曜日(7月4日)は吉良の恵比寿海岸(竜宮ホテルの前)で海練習を開催します。海で泳ぎたい方は、いらして下さい。
12時から海で泳ぐ練習をします。

那智の滝

那智の滝
6月28日、今日は愛知県刈谷市にある高倉土日市場に出店している若者メンバーで、和歌山県の川湯温泉に来ています。
途中、那智黒の黒飴で有名な那智の滝に寄りました。
今日まで私は何処に行くかさっぱり知らずに、着替えだけ持って行きました。
お風呂は露天風呂と大浴場。あとは外に流れている熊野川から作られた手作りの露天風呂。
男しゅうは○ンコ丸出しで入っていましたよ。eyeng
私はホテルから手を振ってあげました。paper
明日は水着を持ってきたので、私も入ろうかな?spasign02

「キンちゃんが行く」Vol.34-7

   7.反省会

 いつものように反省会。いろいろ言われるが、この歳で、遠慮しないで言ってくれる人はそうなかなかいない。この有り難い反省会。疲れていたのか? トイレに行って寝てしまった。気がつけば、“ここは何処?”状態。トイレを出れば、「あっ、民宿のトイレじゃない!」と気付き、恥ずかしそうに反省会に戻る。笑っちゃうよね。

P6150034_2 大瀬崎の折り返し。

「キンちゃんが行く」Vol.34-6

   6.4月7日以来

 ずっと海でのロング練習はいろんなことで中止になり、2ヶ月ぶりの海水は少ししょっぱいかな? まあ海水が口に入った時だけ感じるんだけれど、行きは順調過ぎるぐらいの速い潮に乗れた。
 始めの40分の栄養補給で景色を見れば、だいたいの進み具合が分かり、後、何時間で着くのかも予想出来る。まあそれが外れる時もあるのだが、その勢いで「この1-wayを“何時間で泳ごう”」と決めるのだ。
 3時間は切るつもりでも、私はゆっくり泳いでいた。今回のモットーは「ゆっくり泳げば着く」だからなのだ。水温が高いのでこんなモットーが言えるが、低かったらそれどころではない。「1分間のピッチ数もかなり遅い!」と石井先生は言っていたよ。
 水温が高いと言うことは余裕があり、補給毎に喋りまくる自分がいる。先生と冗談を言いながら泳ぐと面白い。菊地さん(船頭さん)も「本来の美幸ちゃんの姿が久しぶりに見られた」と言っていたよ。
 まあどうなるかわからなかった3-wayが無事に終了し、少し自信が取り戻せて良かった。順調に行けば10時間切ってしまい、「練習にならないじゃん!」と言いたいこと頭の中で考えていた。
 やはり自然は計算通りに行かず、10時間過ぎたよ。多分、先生も菊地さんも同じことを考えていたと思う。だがきっと、早く泳ぐと4-wayになっていただろう。

P6150030 栄養補給。

「キンちゃんが行く」Vol.34-5

   5.久しぶりの海練習の朝

 6月15日(泳ぐ当日)の朝、5時30分ぐらいだったか? 「親戚の叔父さんが亡くなった」と妹からメールが入った。このメールがほんの数分遅れたら、知らずに泳いでいたと思う。今日がお通夜であれば早めに切り上げて帰るので、「詳しいことが分かれば、携帯は先生に預けるので連絡して」と告げた。
 朝6時に港集合。今にも雨が降り出しそうな天気の中を、淡島目掛けて船は走り出した。

P6150020 バックにうっすら富士が見える。

お達者です。

 現在、私の通うプールにやって来る常連のスイマーで、私の知る限り最高齢者は女性が88歳、男性が85歳である。

 88歳のご婦人は週に1回のペースで昼の空いている時間にやって来られ、「スイマー」と言っても泳ぐのは平泳ぎで25m程度。後はゆっくり歩かれて、残りの時間はプールサイドのベンチに座って水泳教室の子どもたちの成長をニコニコしながらご覧になっている。
 お話を伺ってみた。

 私は喘息でね。4、5年前までは発作が始まると苦しくてね。病院に行っていつも点滴。横になることも出来ないし、喘息の季節になるといつも辛かった。
 ある日、病院の先生が「水泳が良いんじゃないか」と言ってくれてね。それでプールに通うようになったんだけど、喘息の発作が出ない。こりゃ良いと続けるようになったんだよ。

私「何処か痛いところは無いですか?」

 そりゃこの年だからあっちこっちが痛いよ。でも喘息の発作が出なくなったのが一番ありがたいね。

 85歳の男性は、普段、陸上では腰が曲がって歩いているのに、水に入ると、何と、腰が伸びて、クイックターンなんかも“バシーン!”と決めちゃって、とにかくスゴイ!!
 毎日、夕方になるとやって来て、30分くらい泳ぐと帰ってしまうが、泳ぐ姿はかなり若い!
 お話を伺ってみた。

 10年くらい前まではよ、(プールに)まだ先輩もいたんだが、今はオレが一番年上になっちまった。だから次に(あの世に)呼ばれる順番は俺だと思っているよ。
 とにかく今は区の方から“入浴券”とか貰っているが、風呂に入るよりプールの方が面白い。こうやって若い連中とも話が出来るしよ。プールは楽しいよ。

 お二人に共通して言えるのは、

  • 言葉がハキハキとしていること。
  • 明るく元気で朗らかなところ。
  • 笑顔が絶えないこと。

だ。

 これから進むであろう自分の道標になっていることは間違いない。

日本百名山

 現在、私の通うプールにやって来る常連のご婦人で、「日本百名山」すべてに登られた方がいらっしゃる。普段はプールでトレーニングをされていて、プールで可能な登山のためのトレーニング方法をよく私に聞かれていた。また彼女は私が毎年ドーバーに通っていることもご存知で、そんなことも良く話したりした。
 今回は日本百名山登破についてお話を伺ってみた。

 山が好きで、若いころからよく登山に行っていました。でも「日本百名山」を知ったのはそんなに古い話ではないんです。ひょんなことがきっかけで知ったのですが、調べてみるとすでに約50座は登っていました、
「あと50座か・・・、ならば出来るかな?」と登る決意をしたのです。
 辛かったのは70座とか80座辺りですね。「登らなきゃ!」と義務感で登っていましたからちっとも楽しくない。でも90座を過ぎると先が見えてきますからね。楽しかったですよ。
 今はもう昔に戻って「楽しむ登山」をします。「百名山」とかこだわらずに。

 目が輝き、静かな笑顔で語られたご婦人は、まるで爽やかな風のように素敵だった。やはり夢や希望はいくつになられても清々しい。

19:00で終了しました。

19:00で終了しました。
残り約3.5km。約1時間30分で到着予定でしたが、無理はせず、次回に期待しましょう!

詳しくはキンちゃんの方から報告があるでしょう。

6th leg

6th leg
キンちゃん、5th legは3時間20分(4th legの約1/2の時間)で、大瀬崎を15:42に折り返しました。
5-wayの合計は22時間54分。

ここで問題が発生しました。栄養補給の在庫が残りわずかです。(まさかこんなに時間が掛かると思っていなかったので)
19:00の段階で淡島の前まで行けたら続行しますが、この段階で淡島が遥か彼方なら中止します。
現在のところ、中止の確率の方が高いようです。

合成写真?

合成写真?
合成写真?
富士山のアップの写真と、キンちゃんのアップの写真がblog上で上手く合成出来ているでしょうか?
これが現在の風景です。
blog上で合成出来ていない場合は、頭の中で合成して下さいまし。

5th leg

5th leg
キンちゃん、12:22に淡島を折り返しました。
4th legは何と、6時間26分。またもや逆潮に翻弄されていました。
4-way合計は19時間34分。3rdと4thに時間が掛かり過ぎ!
それでも今、5th legで大瀬崎に向かっています。
天候は薄曇り。西の風が3mくらい。水温、気温とも約24℃。波高0.5m。
今は潮に乗って順調に泳いでいます。

4th leg

4th leg
おはようございます。キンちゃん、昨日の続きで大瀬崎を05:56にスタートしました。
天候は曇り。南の風1m。波高は0.5m。水温は23℃。
昨日の強風が嘘のようにマッタリとした天気です。

内浦三津
北緯 35度01.0分
東経138度54.0分

2010/06/22(火)
日出 04:30
日入 19:01
月出 15:06
月入 00:46
月齢 9.7
潮名 中潮
満潮 00:56 1.42m
干潮 08:16 0.40m
満潮 15:19 1.36m
干潮 20:22 1.00m

訂正

3rd legの時間は「6時間34分」ではなく、
5時間34分
~~~~~~~~~
でした。
お詫びして訂正します。

3rd leg

3rd leg
3rd legは、時間も掛に掛かったり6時間34分。3-way合計は13時間08分。
明日もまた泳ぐので、4th legは明日に順延。
とにかく二日で6-way泳ぐ予定です。

それにしても3rd legは逆風、逆流がスゴかった。風は時折10mを越す強風が! 潮は1.0〜0.5ノットで、常時逆潮だった!
まあ淡島⇒大瀬崎のワースト記録になったように思います。

2nd leg

2nd leg
写真は、この時期になるとキンちゃんを見に(食べに?)来る海鳥、「ミズナギドリ(渡り鳥)」です。

キンちゃん、2nd legを終え、現在、淡島を折り返して大瀬に向かって力泳中です。
2nd legは4時間15分。2-way合計は7時間34分です。
潮にあまり恵まれていません。

内浦三津
北緯 35度01.0分
東経138度54.0分

2010/06/21(月)
日出 04:30
日入 19:01
月出 14:00
月入 00:11
月齢 8.7
潮名 若潮
満潮 00:02 1.43m
干潮 07:14 0.52m
満潮 14:02 1.27m
干潮 19:03 0.93m

夏至です。

「キンちゃんが行く」Vol.34-4

   4. 年配の方の荷物

 伊豆長岡駅から出る伊豆急「伊豆・三津シーパラダイス行き」のバスは学生さんや年配の方が多い。と言っても10人ぐらいしか乗ってない。その様子を拝見していると、両手に買物袋下げている方が多数だ。何故ならば長岡市内まで行かないとスーパーがないからだ。伊豆・三津シーパラダイスの辺りは食事する店、ホテル、民宿が多い。
 私たちがよく利用するコンビニは一件だけあるが、とても流行っていて駐車場に困るくらいだ。今はクルマの時代だが、乗らない方は買物に苦労するね。
 そうそう民宿「」の前では夕方の16時と17 時に、ラッパを吹きながら豆腐屋さんが現れる。民宿に私がいれば必ず買いに行くよ。ビールのつまみには最高だからね。

P6150008 スタートしました。

1st leg

1st leg
キンちゃん、08:48に大瀬崎を折り返しました。1st legは3時間19分です。
最大瞬間風速13.4m/secを越し、かなり風が強く、それでもペースは落ちなかったように感じます。
只今、淡島に向かって力泳中。雨が降ってきました。

4-way

4-way
おはようございます。
本日、キンちゃん4-wayです。
05:29に淡島をスタートしました。
天候は曇り、北西の風4〜5m、波高1m、水温22.9℃、気温24.5℃。
2〜3日前に荒れたようで、水はかなり濁っています。

「キンちゃんが行く」Vol.34-3

   3. 珍しい光景

 JR三河安城駅より新幹線に乗り、JR三島駅で伊豆箱根鉄道に乗り換える。伊豆長岡駅で降り、次は伊豆急のバスで民宿「」に向かうのだが、伊豆長岡駅前で発見したのは学生さんたちがパンをかじりながら歩いている姿だ。そしてお土産売り場には学生さんの群れ。
 今までには見たことない光景がそこにはあった。何でも「ヤマザキショップ」とお土産屋さんの名前が変わっていた。何だか「お客様に合わしたニーズに応えているなぁ~」と感じた。
 学生さんたちはパンやらお菓子やら買っている姿が多い。ただ今17時08分、お腹が空く時間帯だね。

P6150006_2 淡島からスタート

「キンちゃんが行く」Vol.34-2

   2. 有り難いお友達

 今日は朝4時から仕事。7時から町内の公園の仕事。終わってからプール練習に行こうと考えていた。ところが慣れない桑を持っての草刈りに一時間。やっている姿勢が悪かったのか、腰が痛い。
 8時ごろ家に戻り、プールに行くまでまだ時間があったから犬の散歩でもしようと出掛けたが、途中でまたもや腰が痛くなり、歩くのがようやく状態。
 直ぐに家に引き返し、ゆっくりしてからプールに出掛けた。海練習が入っているし、あんまり無理してはいけないと1時間半歩くが、泳ぎ終わった人たちが「藤田さんコース空いたよ」と皆さん声をかけてくれる。
 かなり歩いたから「もうそろそろ泳いでみようかな?」と、泳ぎやすいコースに代わってくれた方に「慣れない掃除をして腰が痛いです」と言うと、「泳げば直る」と言われ、まるで石井先生と言うこと一緒だと思った。
 ゆっくり1,000m泳ぐとトライアスロンのお友達が私のコースに入ってきた。唯一私のコースに入って一緒に泳いでくれるお友達。大胆、55秒イーブンで1,500mを合えば一緒に泳ぐが、「今日は1,000m泳ぐ」と言われ、気が弱くなっている私を泳ぐ道に導いてくれた。有り難かった。
 プール練習で私は誰か一人でもそのコースに人が入っていたら、入らない。平日は空いている時間の17時ぐらいから泳ぎ出す。たまに泳ぎも教えながら、コミュニケーションとっているよ。

P6150004 海水が温くなりました。

「キンちゃんが行く」Vol.34-1

   1. 大あんまき、嶋咲屋さん

 いよいよ待ちに待った海練習に行く矢先、家業「フジタヤ」の下請け会社の社長Sさんが“危篤”という知らせを聞いて、直ぐに先生と先頭さんに電話し、今の私の状況を話し、「今度の海練習はどうなるかわからない」と告げる。みんな私のために時間を作ってくれているのに申し訳なく、「本当に私、ついていないんだなぁ~」と確信する。
 Sさんは20年ぐらい前、「フジタヤ」の従業員として働いていたが、今は独立して「嶋咲屋」という屋号で「大あんまき」の実演販売をピアゴやアピタ(地元のスーパー)などの店で10チームを作り売っている。勿論、粒あん、白あん、みたらし団子のたれは「フジタヤ」から仕入れている。
 とっても元気なSさんが去年9月から膵臓癌のため入退院していたが、急に連絡が入ったのにはビックリした。
 こんな話しを先生に連絡したら、先頭さんや先生は身動き出来ない私に「取りあえず15、16 日は空けといてくれる」とおっしゃった。本当に有り難い話しである。

P6150003 いつもお世話になっている船頭さん、「菊池さん」と

ライオンのたてがみクラゲ

 ドーバーの水泳仲間から「今年、イギリス沿岸で“ライオンのたてがみクラゲ”が大量発生している。要注意」と、知らせが来た。

Swarm Of Toxic Jellyfish Found Off UK Coast

「ン? “ライオンのたてがみクラゲ”?」と、「日本でも“エチゼンクラゲ”が大量発生したニュースが記憶に新しいな・・・」などと思いつつ、調べてみた。
 英名: Lion's Mane jellyfish
 学名 Cyanea capillata
 和名: キタユウレイクラゲ
「英語の名前は“ライオン”と雄々しいのに、日本の名前は“幽霊”かい。怨めしいと言うか、ずいぶんイメージが違うな」と思った。

 このクラゲは特に毒性が強いとされていて、イギリス沿岸で大量発生しており、遊泳者がこれに刺されるという被害が報告されているらしい。
 最大のものでは幅約1.8m、足までを含めた体長は約60mにも及ぶとされ、刺されると激痛が走り、場合によっては病院で治療を受ける必要も出てくるとされているらしい。

 クラゲはむやみに人を攻撃しないものの、クラゲの大群の中を泳ぐといった無謀な行動は慎むよう、遊泳者らに対して忠告を行っているという。

 キンちゃんが練習している淡島~大瀬崎間でも赤潮に混ざって体調3mくらいのクラゲを見ることがある。

 まあ「触らぬ神に祟りなし」ではないが、クラゲは触らない方が良いだろう。

 そういえばドーバーにはこういったカラフルなクラゲはたくさんいたな・・・。Mail ライオンのたてがみクラゲにやられた人の腕

応援ありがとうございました。

応援ありがとうございました。
昨日の結果は
1st leg: 淡島⇒大瀬崎=2時間56分
2nd leg: 大瀬崎⇒淡島=3時間36分
3rd leg: 淡島⇒大瀬崎=4時間21分
3-way合計=10時間53分
でした。

皆さん応援ありがとうございました。

終わりました。

終わりました。
17:23、キンちゃん大瀬崎に到着しました。
3-way合計で10時間53分でした。
今、内浦三津港に向かっています。
天候は雨、詳しくは後ほど。

2nd leg

2nd leg
2nd leg
2nd leg
キンちゃん、13:02に淡島を折り返しました。2nd legは3時間36分、2-way合計で6時間32分です。
淡島まで残り1kmくらいまで3時間30分を切るペースで泳いでいたのですが、午後になって急に北風が強くなったのと、潮が逆になって苦労しました。
現在3rd legですが、風と潮はかなり悪いです。北風5〜6m、波高1m、逆潮なので三角波が立っています。
水温23.5℃、気温24.0℃、天候は曇り。

まあ、やはり「嵐を呼ぶ女」健在といったところでしょうか・・・。

1st leg

1st leg
1st leg
1st leg
09:26、キンちゃん大瀬崎を折り返しました。1st legの時間は2時間56分。
天気予報とは逆らって、晴れてきちゃいました。富士山も美しく見えます。
「嵐を呼ぶ女」の逆襲か!?
栄養補給も「熱い!」と文句を言い、絶好調です。
水温22.5℃、気温は現在26℃まで上がりました。暑いです。

久しぶりの海練習

久しぶりの海練習
久しぶりの海練習
久しぶりの海練習
おはようございます。
キンちゃん、久しぶりの海練習です。
今日は淡島〜大瀬崎間(約10km)の3-way。
水温22℃。天候は曇り。お昼から雨の予報です。
何とか上手く泳いでくれますように!

ボケたかな?

 それに気付いたのはプールに向かう途中のクルマの中だった。「あっ、ケータイが無い!」

 クルマの運転中にケータイで電話することは無いが、いつも置く場所にケータイが無い。
 “三種の神器”ではないが、私が家を出るとき、クルマの鍵・財布・ケータイは必ず持って出る習慣がある(つもり)。すなわち、私が家を出たときは、“ケータイは持った(つもり)”になっていたわけだ。ところが現実にクルマの中にはケータイが無い。「カーブのときにどこかに落ちたかな?」と思いつつ、いつもの置く場所周辺を探してみるが、何処にもケータイは無い。

 「何処かに置いてきたかなぁ~」と思いつつ、家を出てからココまで来る経路を辿る。3箇所ほど仕事の都合で寄っているが、「そこの何処だろう?」と一生懸命思い出そうと努力している。
 まったく思い出さないが、プールの練習が終わったあと、来た道の逆コースを辿ってケータイを探した。しかし何処にもなかった。

 「またやっちゃったかな??」、過去に私は酔っ払ってタクシーの中にケータイを忘れたことがある。「まずいなぁ~、とりあえず“遺失物”として警察に届ける前に、電話を止めておかなければ!」と、ケータイの会社に電話した。そのとき思い出したのだが、私はケータイ電話の会社のサービスで、“ケータイ捜索”というのに加入している。これは「ケータイに電源が入っていること」と「ケータイにGPS機能がある」というのが条件だが、いずれも私のケータイはクリアしている。
 そのサービスで探してもらって結果、「私のケータイは私の家の中にある」ということだった。
 ええええええ、と家の電話から自分のケータイに電話をしてみる。確かに発信はしているのだが、着信音は聞こえない。何処だ??

 朝、起きてからの、自分の普段の行動を追いかける。それも「朝起きて」、「顔を洗って」・・・、あった。洗面所の台の上に置いてある・・・。きっと「濡れるといけないから」と、ワザとケータイを濡れない台の上に置いたようだ。
 落ち着いて考えれば思い出すことだが、これが出来ない・・・。もちろんケータイ電話会社には即効で電話して止めてもらうのを拒否したが、そうやっている自分が情けない。どうして思い出せないのだろう??

 最近、健忘症が激しい。30年前のことはまるで昨日のことのように覚えているのに、昨日のことを思い出すのに苦労することがある。
 それこそちょっとさっきまで思い起こしていたのに、10分後にその名称が出てこないのだ。“ボケたかな?”と思う瞬間である。
 いずれにせよ記憶が断片的になりつつあるので注意はしているが、子どものころは砂に水を撒くようにス~~ッと吸収したのに、いまや石に水を撒くように、水をはじくばかりになっている自分に気が付くのだ。

 嫌だなぁ~・・・、ボケたかなぁ~・・・。

すべてはドーバーのために15/15

その他

1)水分補給        4)キャンディー 生梅飴
1.持参            1.11:30
2.16:15           2.12:35
3.18:50           3.13:35
4.22:20           4.15:50
5.01:00           5.17:00
6.06:30           6.18:30
7.09:10           7.21:00
8.11:50           8.00:30
合計8本 4リットル       9.05:30
                 10.08:30
2)カロリーメイト    11.11:50
1.11:30 1箱       合計11回 253kcal
2.18:30 1箱
3.04:30 1箱
合計3箱 1,200kcal

3)チョコレート
1.11:30
2.13:35
3.17:00
4.16:30
5.00:30
6.05:30
7.08:30
8.11:50
合計 2枚 626kcal

すべてはドーバーのために15/14

東京・箱根間大学駅伝コース往路の時間経過

日時:2010年4月29日(木)~4月30日(金)
所要時間24時間20分  歩いた距離:114.1km(歩数換算148,183歩)

屠計  経過  累計歩行 時間当歩行
時間  時間  距離(km) 距離(km)  経 過 場 所 等
11:30   0     0    ○        東京日本橋スタート
12:30   1    4.7   ○ 4.7  芝郵便局前
13:30   2    9.5   ○ 4.8  品川・八ツ山橋上
14:30   3   14.3  ○ 4.8  大田区・平和島交叉点
15:30   4   19.2  ○ 4.9  大田区・東六郷多摩川大橋手前
16:30   5   23.9  ○ 4.7  鶴見橋通過
17:30   6   28.9  ○ 5.0  東神奈川浦島地区
18:30   7   33.6  ○ 4.7  横浜・西区浜松町交叉点
19:30   8   37.8  × 4.2  権田坂入り口
20:30   9   42.8  ○ 5.0  戸塚・不動坂交叉点
21:30  10   47.6  ○ 4.8  戸塚・大坂上
22:30  11   52.6  ○ 5.0  藤沢・遊行寺坂上
23:30  12   57.1  × 4.5  茅ヶ崎・浜見山交叉点
0:30  13   61.5   × 4.4  茅ヶ崎駅南口交叉点
1:30  14   66.5   ○ 5.0  平塚・高浜台
2:30  15   71.4   ○ 4.9  大磯・消防署前
3:30  16   76.2   ○ 4.8  二宮・JR変電所入り口
4:30  17   80.9   ○ 5.0  国府津・前羽小学校入り口
5:30  18   85.9   ○ 5.0  酒匂川橋上
6:30  19   90.7   ○ 4.8  小田原・箱根登山鉄道、板橋駅前
7:30  20   94.2   × 4.2  箱根・湯本・三枚橋交叉点
8:30  21   97.6   × 2.7  箱根・出口
9:30  22 102.2   × 4.6  箱根・宮ノ下
10:30  23 106.9   ○ 4.7  箱根・恵明学園前
11:30  24 111.5   × 4.6  箱根・双子茶屋バス停前
11:50  24.3 114.1      2.6  箱根・元箱根・芦ノ湖

平均時速=約4.7km

  • ○ 平均時速をクリヤーした回数17回
  • × 平均時速をクリヤー出来ない回数7回

すべてはドーバーのために15/13

消費カロリーについて

 前述にも述べているが、「休まず、停まらず」を目標としているので、食事は歩きながら食べられて、カロリーや栄養分をある程度摂取できるカロリーメイト、カロリーの高いチョコレート、口、喉の渇きを押さえる飴を用意した。

消費カロリーについて(簡易消費カロリー計算)
 運動強度=ウォーキング81m/分(時速約4.8km)
 1.05×エクササイズ(メッツ・時間)×体重=消費カロリー1.05×(3.3×24.3)×67.9=5,717kcal

 カロリーメイト 400× 3=1,200kcal
 チョコレート  313× 2=  626kcal
 梅飴        6×11=   66kcal
摂取カロリー  合計     1,892kcal

体重の変化
 スタート前の体重67.9kg 帰宅直後の体重65.9kg

植村冒険館

   1. 冒険家?

 久しぶりにまとまった自由時間(1日)が取れた。暇ができたら行ってみようと思っていた「植村冒険館」に行ってみることにした。植村さんと直接の面識はないが、いろいろな面で関心はあったし“遠い存在”という感じはしなかった。なぜならば私をこの世界に引っ張り込んだ恩師、故中島正一氏が植村さんと対談をしていたし、当時、「冒険」という言葉にお二人ともこだわっていた。
 共通する部分は“山”または“海”がお二人にとって日常であり、確かに“危険”というリスクが隣り合わせでも、そのリスクから自分を守る術は知っていた。とは言っても植村さんはマッキンレーで、中島氏は東シナ海で消息不明になってしまうのだが・・・。いずれにせよ「冒険家」という言葉にお二人とも抵抗があったことも似ている。
 まあ植村さんは「自分のやっていることを冒険と思ったことはない。ただ未知のものに挑む冒険心は常に持っていなければならない」と語っていたし、中島氏は自ら「泳士」と名乗っていた。武士道ではないが、“泳道”が中島氏の好きな言葉だった。
 まあこの辺の違いがあっても自分たちの行為について、植村さんは「必ず生きて帰らなくてはならない」と言っているし、中島氏はよく私に「海で死んではいけない」と饒舌に語っていた。だがそれが実行できなかったお二人だから「冒険家」と語られても仕方ないことなのかもしれない。
 これはあくまで私個人の見解だが、「こんな山や海のプロでも亡くなるから危険」という発想が出てくるのは致し方ないにしても、だから「やめる」はしないほうが良いように思う。おそらく何らかの判断ミスなのだろうが、「プロでさえミスをするのだから、さらに慎重に構えなければならない」と考えるほうが正しい。「危険だからやめる」は一向に問題の解決につながらないのだ。
 都会で生活をしていると、火事、交通事故、事件、その他数々の危険因子があちらこちらに点在している。それらは日常的に発生していてたいしたニュースにもならない。そしてそのほとんどが人災。「天災は忘れた頃にやってくる」ではないが、天災は珍しいからニュースになる。
 植村さんや中島氏の事故が「人災か天災か?」と問われたら回答に困るが、いずれにせよ最も恐いのは人災、つまり人の行為である。彼らは、決して天災に対して“無謀”ではなかったはずだ。危険因子は絶対的に人災の方が多い。ただそのわずかな確立に悪魔が忍び寄ったに過ぎない気がしている。

   2. 死を予期する

 また偶然かもしれないが、植村さんを私が詳しく知るきっかけがあった。それは仙台に住む友人Y氏の影響である。彼は1989年、私が企画した「スイムマラソン12大会(12時間泳)」に参加し、12時間を泳ぎ抜いた第1号であった。このスイムマラソン大会は海に出て長時間泳ぐ前に、普段練習しているプールで長距離泳に慣れてもらうことを目的にした大会だった。
 Y氏は私と同い年の車椅子に乗った銀行員。彼に言わせると、私の「影響を受けた」と言うが、まっとうな銀行員から足を荒い、フリーの身になったのだ。まあ普通に考えればなんともったいないことをしたか・・・。と思うが、それはY氏の生きる道。
 そして何を思ったのか、植村さんの足跡をたどって世界中を旅して歩いたのである。車椅子のY氏が植村さんの足跡をたどる・・・。考えただけでもそれこそ“冒険”である。
 Y氏の報告によると、「植村さんは、おそらく自分の死を予期していた。」と言うのだ。それを検証する文章がそこにはあった。

 1999年6月、ニューヨークの「マンハッタン島1周スイムレース」に参加した帰りである。飛行機の中で、私は変な揺れを感じていた。「おかしいなぁ~・・・」と思いつつ窓の外に眼をやると、植村さんが眠るマッキンレーが美しく輝いていた。そして手前に眼をやると、翼からジェット燃料を捨てている。あきらかにおかしい。
 あの歌手「坂本九」が亡くなった御巣鷹山の日航機墜落事故を私は思い出していた。「“ダッチロール”と言うのかどうかはわからないが、“死を予期する”ってこんな感じかな?」と思った。それにしてもアラスカ上空は晴れていて、美しいマッキンレーを見ながら「植村さんの側で死ぬのか・・・、それもオレの人生」などと考えていた。
 すると飛行機はマッキンレーの麓を旋回しながらアンカレッジ空港に緊急着陸した。“緊急”なので我々乗客は外に降ろしてもらえなかった。もちろんアメリカの飛行機会社だ。緊急着陸の理由も飛行機がどうしたのかも、いっさい説明は無かった。まあ“何でも裁判”のお国柄だからであろう。日本の航空会社ではありえない。
 緊急着陸後、飛行機の中には整備員らしき男たちがドカドカと乗ってきて、何やら整備を開始した。それが終わるまで約5時間、我々は狭い飛行機の中で缶詰状態だった。
 命からがら日本へは帰国できたが、そんな事故が植村さんと私の距離をいっそう近くした。
 また植村さんの奥様のご実家は、東京の北区でお豆腐屋さんを営んでいると聞いた。北区出身の私は嬉しくなって、わざわざそのお豆腐屋さんに豆腐を買いに行ったりもした。

   3. パイオニア

 学生時代から私は歴史が大の苦手だった。「良い国(1192年)に作ろう、鎌倉幕府」くらいは覚えても、鎌倉幕府があまりにも遠い存在なので私には“ピン”とこなかった。それでも歴史に興味が湧いたのは、海を泳ぐようになってからだ。大航海時代のパイオニア、マゼランやコロンブスがどのように航海したのか、目的は? 動機は? それらは海を泳ぐ私にとって非常に興味深く、参考になった。それはもちろん「東方見聞録」のマルコ・ポーロにまで興味が飛び火する。
 おそらくマゼランもコロンブスもマルコ・ポーロも自分たちのことを「冒険家」とは思っていなかったであろう。その行為に行き着くまでにその時代の丹念な下調べがあった。陸路ではマルコ・ポーロはシルクロードを通るヴェニスの商人たちから東方(アジア)について詳しく聞いているし、海路ではマゼランはインド経由でマレーシアまで来ている。こういった知識や経験が彼らの行動を起こす引き金になったのは間違いない。
 植村さんや中島氏も私にとってパイオニア。彼らの足跡を学ぶことが、次に私が進む道標になる。
 特に今回「植村冒険館」に行って面白いと思ったものは、植村さんの行動があまりにもシンプルなことだ。
 南極大陸を徒歩で横断するための距離が3,000km。距離がピンとこなかった植村さんは、北海道の稚内から鹿児島までの3,000kmを歩いた。3,000kmを実感するために、ほとんど何も持たずに・・・。
 北極点まで犬ぞりで行くために、エスキモーと暮らした。エスキモーに犬ぞりを習い、狩を習った。極寒地で犬はペットではなく、運命共同体なのだ。
 こういったシンプルなトレーニングがスゴイ!!

 シンプルなトレーニングとして私はキンちゃんが「スゴイ!」と思ったことがある。2006年、ドーバー2-wayを目指すキンちゃんのトレーニング場所として、私は高知県の土佐湾横断泳を計画していた。まあ当時、小型船舶の法律が変わった直後もあってか、計画進行が難航していた。(まあそうでなくとも日本の海は泳ぎにくいのだが・・・、)
 それを見ていたキンちゃんが私にこう言った。
「私はドーバーを泳ぎたいのだから、ドーバーでトレーニングをします。」
 何よりも説得力のある言葉だった。
 そしてそのドーバーでのトレーニングがドーバーの1-wayになり、その記録がキンちゃんのベスト記録になっているのも面白い。

 先日プールでこのブログをよくご覧いただいている知人に会った。彼は私に「湘南の主さん、スゴイですね!」と話した。今、連載している箱根駅伝コースを歩破した話を言っているのである。
 だが湘南の主さんも闇雲に歩いているのではない。彼は毎月1回、8時間とか、12時間とか、目的を持って歩くトレーニングを実施させているのである。湘南の主さんには「ドーバー海峡横断泳世界最高齢記録」に挑戦するために歩いているのである。彼の目標は「100歳現役」なのだ。

 こういった“スゴイ人たち”に恵まれた私は幸せ者である。
 「植村冒険館」に行って、私のようなものでも彼らの少しでもお役に立てればと、決意を固めて帰ってきたのであった。

サーファー対立波高し

6月10日「読売新聞湘南版」より「湘南・鵠沼、波高し…サーファー2団体が対立

湘南の主さんから寄せていただきました。

「確かにサンデーサーファーの中には海岸使用のルールを守れない人もいますが、何だかおかしいと思います。
その内スイマーも何か言われそうで嫌な話しですね。」

マナー、モラル、エチケット・・・、「江戸の粋」じゃないですが、相手を思いやる心があれば、問題は生れないはずなんですがねぇ~・・・。

すべてはドーバーのために15/12

後日談

 水泳の練習として私は月に3回ほど東京原宿の代々木公園にある50mインドアプールで行われる「100m×50本泳ぐ会」の練習に参加している。24時間歩行が終わったあと、未だ痛みや疲れが抜けていないにもかかわらず、5月2日(日)にその練習会に参加予定していた。当日の朝、両脚のくるぶしの内外の腫れは多少引いてはいたが、未だ痛みと腫れが残っていた。
 いつもの時間に小田急電車に乗り、いつもは代々木上原駅で下車。ウォーミングアップ代わりに30分ほど歩いてプールへ行くのだが、今回は、多少疲れが残っているから歩くのは遠慮してと思い、中央林間下車。東急田園都市線で澁谷駅経由でプールへ行こうと考えた。
 田園都市線に乗り換えてしばらくして電車が急停車、車内放送で「只今、緊急停止信号により停止しました」と放送が入った。まもなく動き出し、やれやれである。ところが停車した駅「青葉台駅」で構内放送、車内放送で「只今、人身事故ため停車しています。発車の見通しは立っていません」とのこと。そして私の乗っていた電車はここで運転打ち切りとなりますとの放送。
 時計を見ると10時30分。練習開始時間まであと1時間。間に合うのかなぁ~と心配しつつ、改札口へ向かう。振替輸送の切符を貰う人で改札口は長蛇の列。パスモをかざして改札口を出ると、駅員がバスの経路を貼り出していた。一番近そうなのはJR横浜線の中山駅、バスで20分ほど掛かるらしいが仕方ないとバスを待つ。バスは振替輸送の乗客で満員状態。しかも途中で止まるし、乗り降りに時間が掛かり、中山駅に着いたのは11時20分過ぎ。あと10分しかない。今日の練習は諦めた!!
 多分、天の声で「未だ、休め、無理するな!!」と言って下さったのだと思った。家に戻り、ゆっくり昼食を摂り、それからスポーツクラブへ行き、サウナに入り、2kmほど泳いだ。

すべてはドーバーのために15/11

ダメージ

 帰宅後、先ずは風呂に入り、汗と疲れを流した。そして軽く食事を摂り、2時間ほど仮眠を取った。家内はスポーツクラブに出掛けて留守である。夕方、行きつけのマッサージ店で下半身を重点的に疲れと凝りをほぐしてもらう。背筋、腰、大腿部、ひざ、足首、足裏等を揉みほぐしてもらう。そして何故か両手の親指がつっている。多分、歩いている時、腕を下げて歩いていたため、指先がパンパンに腫れてボールペンが持ちにくくなった。そこで腕を肘から曲げて指先が心臓の位置より下がらないように保った姿勢で歩いたことによるかも知れない。
 足首の腫れのピークは2日後の日曜日だった。月曜日は腫れもかなり引いてきたので友人と海で1時間半ほど泳いだ。ひざも多少疲れが残っているかなと言う程度まで回復してきた。歳をとると痛みや疲れはすぐにやってこない。2~3日後がピークとなるが、それから回復力が遅くなる。
 昨年同様、右親指の爪が黒ずんでいる。又、剥れてしまうかも知れない。

「キンちゃんが行く」Vol.33

   1.ついてない

Dsc08544_2 このブログの「お久しぶりです!」にも書いたが、今年になって海練習をした日は1月6日の2-way、3月9日の1-way、4月6日の1.5-wayと、6月現在に至るまでたったの3回しかやっていない。ちなみに昨年は、1月を除いて6月末までに、月に2回のペースで10回は海練習をしていた。特に6月9~10日の5-wayは20時間07分泳ぎ、自己の長時間泳記録(海)を更新したものだった。
 今月になってあと2回海練習の予定を入れているが、それでもようやく5回。去年の半分にしかならない。
 毎年1月になってから正月、節句、お彼岸、花見、子どもの日と、和菓子屋を忙しくさせるイベントが目白押しになるが、それは毎年のこと。何も今年だけが忙しいわけではない。だがこれに加えて工場の建て直し、つまり引越しをしながらも操業は続けなければならない状態になっていった。まあしかしこれも予期できること。工場長にお孫さんが誕生し、そのことで「一ヶ月休みたい」と言う。まあこれも出産がわからなかったわけでもないから無理やり納得させることも出来る。
 ただ予期できなかった事態は1月の主人の怪我から始まって入院騒ぎ、ようやく良くなったと思ったら再び怪我。また私自身も胃腸風邪が2回、肋間神経痛まで・・・。「年を取ったな・・・」、「ついてないな・・・」と思った。
 そんな状態で、予期できる忙しさの合間に海練習を入れてもドタキャンばかり。これには石井コーチが怒った! 怒られても仕方が無い。「仕方ないで済む問題か!」と石井コーチがまた怒る。コーチの気持ちは痛いほどわかるが仕方ないものは仕方が無いのだ。
 5月になって石井コーチから「ドーバーの2-wayは無理だから1-wayに変更するか?」と聞かれた。「無理かもしれないが、私はやってみたい」と答えたが、よくよく考えるとやはり無理のようである。何しろ練習していないのだから・・・。
 少しでも時間が出来ればそこそこプールでは泳いでいたつもりだが、仕事のことが頭をよぎって水泳に集中できない。そこで「やはりドーバーは1-wayにする。それから津軽は斜め横断ではなく、ストレートな横断に変えて欲しい」と連絡した。自分では苦渋の決断だと思っている。石井コーチもさぞかしがっかりしただろう。
 「頭を切り替えなきゃ」、多忙トンネルの出口が見えてきたときそう思った。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」これは小説「雪国」(川端康成)の冒頭である。狭い闇のトンネルから白銀が眩い銀世界が広がる。“闇”から“光”へ、“狭い”から“広がり”へと、光や空間の変化のように私自身も「変わらなきゃ!」とサイパンで思った。

   2.海練習の報告

 もう2ヶ月以上経ってしまったが、とりあえず前回、4月6日の1.5-wayの報告をしておこう。頭を切り替えるためだ。

Sp4060001 初めて一緒に海練習するニックはイギリス人。何でも東京に住んでおり、証券会社で働いているらしい。出社が遅く、帰りも遅く、なかなかプール練習が出来ないらしい。そんな彼が9月にドーバーをチャレンジするために、「今日は1-wayにチャレンジする」と言う。何でもプールでは3時間半ぐらいしか泳いだことがないらしかった。
 泳ぐ前日の夜中に民宿「桂」に着いたみたいで、私は既に寝ていた。それにニックは慌て過ぎたせいか、スイミングキャップを忘れたらしく、石井コーチに借りたらしい。
 朝、スタートして泳いでいると、何だか「海の色が少しおかしいな」と気付きながら泳いでいた。と、下の方に目をそらすと赤クラブの姿が見えた。「そら耳ではなく、そら目かな?」と、その時は何も考えなかった。が、段々泳ぐに連れてプランクトンの死骸があり、少しずつ臭くなり始めた。「ひょっとしてさっき見たのは赤潮によく現れる巨大クラゲか?」と、大瀬に近づくに連れて数が増してきた。
 ニックは、私が普通の人より遅いのに、それに輪をかけたかのようにかなり遅い。一緒に泳いでいると私は寒くなり、ボートの回りをグルグルと泳いでいる。でもこの巨大クラゲの団体の中で泳ぐ気力はなく、大瀬手前から私はクラゲが怖くなり、大瀬目掛けて先に泳いでしまったよ。
 言葉では言い表せないほどの巨大クラゲの団体は、頭の傘は茶色で白髪が生えたように白い筋が入っており、足の長さは2mから3m。まるで石井コーチを巨大化したように見えるが、唯一違うのは足の長さだろう。
 そのクラゲがたまに油断をすると、目の前を横に通過する。刺されたらたまったもんじゃない。「こんな所では泳ぎたくない」と、もうまっしぐらに大瀬まで泳いだが、出て来る、出て来る、久しぶりに大群を見かけ、怖かったよ。急に現れるからね。
 大瀬の浜でニックを待つこと30分。ビーチに上がって私は待っていたが、身体が冷え過ぎてしまった。
 何だぁ、かんだぁ、と泳ぐ気力を失った私は、ニックも「1-wayで終わる」と言っていることだし、私も「1-wayで辞めたい」と告げると、「今、4時間泳いだから後2時間泳ぎなさい。ニックに6時間泳の証明書を作るから」と石井コーチ。「わかった」と私は返事をした。
 ニックがビーチに着き、とても寒そうだが、「後2時間泳ごう」と私は導いたのである。スピードがかなり落ちているリックだが、ゆっくりゆっくり泳ぎ始めて口を開いた。「後どれくらい?」
石井コーチ「40分だ!」
 きっと限界に近かったのだろう。「ゴースイム」と私は声をかけ、リックは最後まで泳ぎ切った。拍手だ。遠泳は泳ぎ切ることが大切。カメで良いのだ。本人が、スタッフ同士が一丸となって楽しみながら泳げば。リック6時間完泳おめでとう。

Sp4060022 船に上がればリックのにこやかな顔、泳ぎきった表情は最高だね。これを自分自身の自信に繋げてドーバーを完泳して欲しい。後から聞いた話では、リックのファミリー、リックの会社の方など大勢の方から応援エールを送られていたそうだ。
 帰りの船は、風が強くゆっくりと走らせながら、やはり海は赤潮だらけだった。例えて言うなら「味噌汁に一味を振り掛けた状態」かな? ところがそれがオレンジ色で綺麗なのだ。よくこんな所で泳いだと思う。
 リックは寒くて服を着だした。私は検査着一枚だけだけどね!
 皆さんいろいろありがとう。これからもリックとキンちゃんをよろしく見守っていて下さいね!

すべてはドーバーのために15/10

頑張れるのか?

 商店街をさけ、川沿いの裏道を歩いて進む。箱根の山々は若芽がふき出し、新緑の濃い若々しい山に見える。焦らず、マイペースで少しずつ標高を刻んでいく。箱根の道は歩道がなく、歩行者には優しくない道である。まぁ~箱根の山道を歩いて登る人も居ないからだとは思うのだが。山側の道路の方に雨水排水溝が作られているので、道路端に引かれている白線の幅が若干広めなので、排水溝のふたの上をつまずかぬよう慎重に歩く。しかし、山から落ちてきた枝や枯葉が積もっていて歩きづらい。山肌に沿って歩くので日差しは遮られて涼しいので助かる。谷川方向を見ると太陽が山の斜面を照らし、新緑がいっそう際立ち、「あぁ~春だな」と思わせる景色。そして時折、ウグイスの「ホーホケキョ」爽やかな鳴き声が聞こえて心が和む。
 連休の為か、行楽地に向かうと思われる車の流れが続いている。又、元箱根に向かう路線バスと、箱根の山を下るバスがフル稼働のようにひっきりなしに歩いている私の横を通り抜けて行く。しかし、乗客はさほど多く乗ってはいない。休んだお陰で足の具合は何とか持ちこたえてくれているようで助かる。
 標高が上がるにつれて山陰や木陰が少なくなり、急に前方が日に照らされて明るくなった。大きなカーブを曲がり登りきると、箱根登山鉄道の大平駅前に着いた。時計を見ると9時10分過ぎ。湯本を出て1時間10分経過。歩行ペースはまずまずの運びではないのだろうか、日差しが出ると暑い。駅前の自販機でペットボトルを購入。駅の横にある小さな空き地で休憩している人が何人かいる。先ほど、自転車(ロードレーサー)で私を追い越していった人達である。この先この人達とは何度か追い越したり、追い抜かれたりしながら芦ノ湖まで行くことになった。
 山陰、木陰が無くなり、日差しに照らされながら大平台の温泉街を進む。温泉客の姿が多く見られるようになってきた。
 9時30分、箱根宮ノ下温泉街の三叉路に到達。スタートからの距離は102.2km。山登りのペースは時速4.6kmと、かなりいいペースで歩けているではないかと自分で自分を褒める。宮ノ下温泉街は観光客がかなり見られる。足の疲れは相当な疲れだが、休みたいという気持ちは全く起こらない。昨年の終盤はよれよれで「休みたい・休みたい」と言う気持ちが非常に強かった。
 人に良く聞かれることで、「遠泳や長時間歩行の時、何を考えているのか?」よく「無の境地で何も考えていない」と言う答えを耳にするが、確かに無の境地、と言うより「思考力が低下して考えられなくなっている」時があることは確かだ。でも辛くなったり、痛みが出てきた時は、その事ばかり考えてしまいより、一層辛くなり、痛みが倍増してしまうように思う。そこで私は全く別のことに集中して、辛さ、痛さを忘れさせていた。泳ぎであればストローク数を数える。思考力低下の頭で、かなり真剣に数えていないとすぐ判らなくなる。泳いでいる時は、視界に入るのが海と空と支援船だけと単調な景色なので見飽きてしまう。
 歩いている時は色々な物や音が、目や耳に入ってくるのでそれらを楽しみながら歩けるので飽きることはなく、辛さや、痛みを忘れさせてくれる。足は機械的に前へ前へと突き進んでいくだけ。
 しばらく進むと、前方にテレビなどのコマーシャルで有名な箱根小涌園が見えてきた。色々なお風呂が楽しめるところのようであるが、私は未だ入った事がない。小涌園の前を90度曲がって更に先へ進む。道の両側にあるつつじの開花は未だ先のようで葉が青々している。
 10時30分、恵明学園前を通過、園内の広場で子供たち5~6人がボール蹴りをして遊んでいる。ここまでくればゴールは近い。周囲の景色がだんだん変わってきた。今までは谷間を歩いている感じで両側はそそり立つ山並みだったが、周りが明るくなり時折、山の尾根から山頂まで見えてくるようになってきた。それに伴って今までは殆ど感じなかった風を強く感じるようにもなってきた。しかも前方、南からの風である。
 しばらく進むと急に視界が開けてきた、「あぁ、思い出した」、国道1号線の最高地点に近い所だ。視界が開けてきた途端にモーレツな強風が行く手を阻むかのように吹きつけてくる。帽子を飛ばされないように脱いで手に持った。前方の坂を登り切れば最高地点だろう。風が強く進みが急に遅くなる。
 11時17分、国道1号線最高地点の表示板を通過。万歩計は110.7kmを示している。相変わらず強い風(風速7~10m/sec)が吹き、温度計は11度だが、体感的にはかなり寒い。鼻水がやたらと出てくるようになった。
 石仏群のある小屋、手前の精進池は昨年に比べると水量が多いよう見えた。砂埃の舞い上がる強い風に逆らうように平らになった道を進む。後は下りの坂道だから楽なはずだと、心に余裕が出てきた。
 登った後の下り坂は足腰、特に膝にくるから気をつけてねと家内の言った言葉を思い出す。しかし、心配することなく自然、自然に足が前に出てくれて、何と歩くことの楽なこと。今までの登り坂の苦労が一気に報われた気がする。芦ノ湖の姿もちらちら見えてきたで余計に足取りも軽くなってきたようだ。
 11時30分、双子茶屋のバス停を通過。あと少しでゴールだ。カーブを曲がるとその先に元箱根のバスの駐車場が見える。更にその先には家並み、商店街そして芦ノ湖が目に入る。元箱根の町中は観光客が多く見られ散策を楽しんでいる。
 湖畔に到達した。私は芦ノ湖湖畔到達でゴールとした。時計を見ると11時50分を示している。駅伝コースのゴールは更に1.5kmぐらい先にある観光船の発着所であるが、それは次回のお楽しみにしておこう。
 山登りに3時間50分。昨日、東京を午前11時30分にスタートしてから歩行時間は24時間20分。万歩計は114.1kmである。今回は山登り前に休憩を取った、初めてであるがこれは正解だったと思っている。
 今回も達成感は余り感じられないが、前回と大きく違うのは足の痛さ、膝の痛さ、体の疲労度、精神的疲労度の感じ方は、今年の方が小さいように思える。私は未だ、「進化」しているのだろうか?? でも実際にはくるぶし、ひざの痛さは昨年と全く変わりはないのだが、経験がそう思わせたのかも知れない。
 海賊船型の観光船、白鳥をイメージした観光船が湖面を走っていた。昼時なので湖畔で食事を摂っている人々がかなり見受けられる。円陣を組んで女学生がワイワイいいながら食事をしていた。そばに桜が満開に咲き誇っている。何という種類の桜なのだろうか? 小ぶりの花びらでかわいい。食事中で悪いとは思いながら女学生の1人に声を掛けて、湖畔に咲く桜をバックに写真を撮ってもらう。他の女学生から写真を撮る仲間に「頑張れ」の声援が飛んできた。「はい、チーズ」の声も飛ぶ。礼を言ってその場を離れ、船の発着場の建物に向かう。自販機でペットボトルを購入。これで何本目なのか? そのまま帰りのバス停に向かう。バスの車内ではうとうとしていたのでアッと言う間に湯本駅についてしまった。やはりかなり疲れている。

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マンゴ狩りツアー

マンゴ狩りツアー
最終日のサイパンダイビングはオブジャン、オブジャンの2本。透明度は60mくらいあり、何処までも青く清んだ海と白地の砂に光りが差し込み、とても幻想的です。いつのまにか私はフラシュダンスを踊っていました。
「ダイビングしてきているのだから、おとなしく魚でも見とけ!」って感じですよね。
最終日にしては満足出来る撮影会(?)でした。
写真はマンゴかり狩りです。まあ、毎日落ちているマンゴを拾っては食べているのですが、こんな感じで「これでもか!」って言うぐらいに落ちています。
やはりこの時期のサイパンダイビングは、マンゴ狩りツアーも付いているので病み付きになりますよ。
さあ、来週から海練習です。張り切って泳いで行きたいと思います。

すべてはドーバーのために15/9

やっと行程半ばまで

 22時35分藤沢橋通過、万歩計は53km。やっと半分来た。歩き始めてから11時間経過、疲れも相当なものだ。ここから我が家まで歩いて10分も掛からないのだが、これからあと倍以上の時間を歩き続けなければ目標達成とはならない。いつもこの時間なら風呂に入って、足裏お灸も済み、ベットで横になっている至福の時なのに・・・・・
 疲れてはいるが眠気は感じない、気分が高揚しているためだろうか? 信号待ちの間、エネルギー補給のチョコ、飴玉を口に入れ、体に活力を与えた。信号が青になり、箱根に向けて再び歩き始めた。
 22時58分JRの跨線橋手前で携帯電話のメール着信音が聞こえた。チェックすると、娘の麻純からだった。
「電話をしたが出なかったのでメールをします。又、歩いていそうですね、車に気をつけて下さいね」と打たれていた。
 多分、携帯ラジオを聴いていたのと、車の騒音で電話の着信音を聞き逃したのだろう。それとも疲れていてボーっと歩いていたためかも知れない。
 早速電話を入れる。
「もしもし、お父さんだけど電話をくれたんだね」
「そう、でも出なかったのでメールしたの」
「有り難う、よく分かったね、母さんに聞いた?」
「そうだけど、何処を歩いているの?」
「今、藤沢駅に近いJRと国道が交叉する跨線橋の近くで、これから箱根の芦ノ湖まで夜通し歩いて行くところ」
「家には寄って行ったの? どのくらい掛かるの?」
「いや、寄らない、電話を入れただけ。一応、24時間の予定だけど。麻純は未だ仕事かな?」
「そろそろ帰るところで、未だ、平塚にいるの。夜は車が危ないから気をつけて下さいね。夜、工事する人みたいに、反射板のついたのを着たほうがいいんじゃない」
「いや、大丈夫。蛍光のウインドブレーカーと首から懐中電灯をぶら下げているから」
「首じゃなくて、頭につけるやつじゃないの」
「足元を照らさないと道がでこぼこしてつまずくと危ないから」
「気をつけて下さい」
「ああ、メール有り難う。頑張って箱根の山を登り切るから」と電話を切る。
 少し元気が出てきたような気がする。薄暗い湘南新道30号線を海岸の134号線に向けてとぼとぼと歩く(多分、他人が見たらそう見えと思う)。
 午前0時に134号線と交叉する辻堂の浜須賀交叉点に到達した。風は緩やかに海方向から吹いている。交叉点付近はオレンジ色の照明で明るいが、交叉点を過ぎると外灯は全くなく暗闇、夜中に歩く人などいなから照明も必要ないのかも知れない。車のヘッドライトが目に入ると周囲が見えなくなってしまう。仕方なく下を見ながら歩く。車が途絶えると真っ暗に感じるが、闇に目が慣れると、月明かりが意外と明るい。見上げると満月に近いお月さまが南方向の余り高くない位置に輝いている。遠目には月明かりで照らされた海面は穏やかに見える、昼間の強風からするとかなり大荒れのはずだが納まったのか?
 歩道も月明かりでガードレールの影が映るくらい明るい。しかし、車が通ると目がくらむ。この時間になると乗用車は少なく、大型トラックが東京方面に向かって列をなし、騒音を撒き散らしながら疾走していく。人通りは全く無く、ただ1人黙々と前へ前へと進むだけ。交叉点に来ると、オレンジ色の照明が目に優しく入って来る。交叉点は車が来なければ信号無視で進ませてもらう。
 午前1時過ぎ、湘南大橋に到達。3月か4月ごろ湘南大橋は上り線用と下り線用に分かれて、ここから江ノ島入り口まで片側2車線になったそうだ。深夜の134号線は大型トラックの天国なのか、ともかく車が途切れることなく走り去っていく。
 午前2時5分、平塚の花水川渡る、駅伝の平塚中継所である。ここで134号線と分かれて国道1号線に入る。スタートから14時間半経過。69.4km。
 「草木も眠る、丑三つ時(午前2時~2時30分)」国道1号線に入ると道路が急に明るくなった。人間、明るいところへ来ると元気が出てくるのだろうか? それとも私だけなのだろうか? 何だか元気が出てきたように思えた。134号線を歩いていた時は、車のライトと月明かりだけで何となくボーっとしていたようだったが、一番は疲労だろう。足の痛みもかなり来ているが、この程度の痛みは経験済みと疲れた脳みそが発信している。
 午前2時30分、大磯消防署前を通過。134号線では大型トラックがガンガン走っていたのだが、国道1号線は時折、乗用車が通るだけで非常に静かである。バイクに乗った新聞配達の人に出会う。随分早くから新聞を配っているんだなあ。大磯の松並木、滄浪閣(伊藤博文の別荘跡)焼けてしまった吉田邸を過ぎ、大磯ロングビーチ前を通過。足の痛みは相当なのもだが、精神的にはマダマダ余裕がある。昨年は疲労と足の痛みが何処まで来るのか分からず不安だったが、今回は昨年の経験があり、歩いた後の体の状態も分かっているのでマダマダ大丈夫と自分に言い聞かせながら歩いている。
 午前4時過ぎ、駅伝のポイントの一つと言われている二宮の押切川の大坂に出る。万歩計は76kmになっていた。相変わらず人通りはなく、車の通過も少なく、黙々と言うより、ボーっと歩いているように思う。
 しばらく進むと大型トラックが列をなして走ってくるが、全てのトラックが右折している。西湘バイパス橘入り口だった。
 大型トラックはここから、西湘バイパス~134号線を走り抜けていたのだ。だから1国道号線は静かだったことが判った。国道1号線沿いは商店や住宅が多いので、トラックの騒音で安眠妨害などのために、深夜の交通規制が掛かっているのも知れない。
 午前4時30分、東の空がうっすらと白み始めてきた。歩き始めてから17時間経過。距離は80km。足の痛み、疲労はかなりのものだが、許容範囲だと自分に言い聞かせ歩き続ける。昨年に比べると自分自身がかなり進化しているなと思った。でも、明るくなったら何となく疲れが出て更に、頭がボーっとしてきた。暗い時は緊張していたのかも知れない。
 道路から海が良く見える。国府津駅前を通過、空も周囲もかなり明るくなる。しかし、未だ人通りはないが時折、犬を連れて散歩をする人とすれ違うようになって来た。
 午前5時30分、酒匂川橋に到着。いよいよ小田原の市街地に入る。とたんに回送バスがやたらに行き交う。前方に小田原城の天守閣がちょこっと見える。
 国道1号線を進み、左折し、更に右折してJRのガードをくぐり市街地を抜ける。左折すると早川、真鶴の道路標示が見える。そのまま直進して箱根に向かう。
 もうちょっとで午前6時30分、箱根登山鉄道の板橋駅前に着いた。だんだん家並みが少なくなってきた。6本目のペットボトルを購入、暑くないためかペットボトルの消費が少ない。
 午前6時30分、駅伝の中継所である「鈴廣かまぼこ店」前に来た。ここから芦ノ湖のゴールまで約20kmだが疲労度、足の具合から考えると、箱根の山登りには5時間以上は掛かるのではないだろうか。
 午前7時10分ごろ、国道1号線と箱根新道の分岐点で長袖シャツを脱ぎ、Tシャツとウインドブレーカーに着替えた。風はさほど吹いてはいないし、気温も低くはないので大丈夫だと思った。
 午前7時30分、箱根湯本の三枚橋に着いた。94.9km、20時間経過。ここでは流石に桜も散っていた。八重桜が多少残っている程度。箱根の山々は新緑の緑に包まれて若々しさを感じさせてくれる。道路脇を流れる早川の水量が多くて冷たそうで気持ちよさそうに感じる。湯本の駅前に来た、時間が早いので土産物屋は店を開けていなくて静かである。トイレを探したら建物の地下で、階段を降りるのだがとても辛い。膝と足首にかなりの痛みがあり、疲労のピークのように思える。やっとの思いで階段を降りる。用を済ませて又、階段を上がるのも厳しかった。この状態で箱根の山登りは途中で挫折しそうなので少し休憩をとる事にした。
 20時間歩き続けてやっとバス停広場のベンチに腰を下ろす。昨年は座ると立てなくなってしまうのではないかと座らずに歩き続けていた。
 「おぉ~~何と足、膝の楽なこと」体重の負荷がなくなるということは、こんなにも足は楽になるのだと言う実感が身にしみる。靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、素足に、箱根のひんやりした新鮮な空気を当ててあげる。両足の甲が真っ赤に擦れている。足をコンクリートに下ろすと、ひんやりとしてなんと気持ちがいいこと。
 「川の流れに足をつけたらもっと気持ちがいいんだろうなぁ~~」と思いつつ、しばしの休憩を楽しみ、体力と足の回復を図る。足の裏とくるぶしに湿布薬を貼るが爽快感は全くない。朝食のカロリーメイト、チョコ、飴を食べる。アッと言う間に30分が過ぎて時計は午前8時を示している。大急ぎで身支度を整えて、今回のハイライトである箱根の山登りに挑む。

鈴木一也さんからの報告

日本でも頑張っているスイマー、鈴木一也さんから、報告をいただきましたので紹介します。

S30km

本年度も実施予定の「大島~湘南泳断チャレンジ」に向けたトレーニング/30kmスイムを昨日終えましたので、簡単にご報告させて頂きます。

  • 【日時】6月6日7時~15時 ★合計8時間
  • 【コース】茅ヶ崎→大磯プリンス手前→茅ヶ崎→烏帽子2往復 ★合計30km
  • 【天候】晴れ、水温19℃(沖)~20℃
  • 【その他】鈴木大地さんとの共同研究で心電図をつけながら練習実施

【ドルフィン・スイミング】
最初の10Kmは思考だらけでした。
あ~、これやっとけば良かった。とか、俺、こうしなきゃいけないとか
ひたすら、自分を見つめなおします。

ただ、次の10kmからは気付くと頭の前の方から爽快感が流れ出し。ただただ泳ぐ事が心地良くなります。
眼はもう閉じています。耳も聞こえず、嗅覚もありません。

ただ、水が体を流れていく、その感覚が心地よくて。
水に潜ればどこまでも吸い込まれていきそうな一体感。
水の中で産まれたんではないかと錯覚する安心感。

空気を吸えば美味しいし、水に潜れば心地よい。
体の痛みは無く、波の動きを感じて、泳がずとも体が前に進んでいく感覚。
「気持ちよい」ではなく「心地よい」です。

泳ぎながらずっと考えていました。
この感覚は何に近いんだろうか?どうやったら言葉で伝えられるのだろうか?

まったく同じとは言えませんが、自転車で坂道を下る時に風が後ろに流れる壮快感が近いかもしれません。
風ではなく、水がからだを流れます。
そして包まれている安心感があります。

PCに向かい左脳を使い出すと、その栓が閉じてきているのが分かるのですが、人間は頭の前のほう(髪の生え際より上の中)に何かセンサーがあるはずです。
快適さを流し込むセンサー、感じるセンサー。

そこから、喉や首を通し体全体に心地よさが広がっていきます。

海で生活する哺乳類。
僕はイルカと泳いだ事がないので分かりませんが、彼等の気持ちが分かる気がしました。イメージできました。

話は長くなってしまいますが、たぶん、手を頭より前に出さずに進む事が出来たらもっと心地よさを感じられると思いました。
今の競泳のフォームではありえないんですが、腕をまわし頭の前に入水する動きが「不純」というか、泳ぐという行為に対し「純度」を落としている気がしてなりませんでした。

これ、知り合いのスイマーにも伝えたいんですがね。。。
誰も分からないんですよね。

凄い発見をしたから誰かにも教えたい。
でも、言葉に出来ない。
もどかしさがあります。

次は40kmスイムを7月に実施予定です。
それを終えたら、もっと良い表現が見つかるかもしれません。

誰も知らない、あの世界。
秘密にしたいですし、ぜひシェアしたいです。

ドーバー、ビーチ練習の様子

5月になって、ドーバーではビーチ練習も始まり、毎週末に集まるスイマーの数は平均で60名くらいだそうです。ちなみに気候は、

  • 気温:10~17℃
  • 水温:14℃前後

お天気はあまり安定していないようです。

6月になって、ペニー(オーストラリア)がジブラルタルを泳ぎ、ドーバーでもそろそろ海峡横断泳が始まります。

日本ではそろそろ入梅の季節。「梅雨が明けたら海練習でも始めるか・・・」と考えている輩、遅すぎませんか??

そんな皆さんにハッパを掛けたく、ルイス(Louise Kent:スポーツマッサージ師:ビーチボランティア)の送ってくれたアルバム「Back on the beach 2010」から写真を少し公開しましょう。

29729_1424908952094_1513862492_3104 左はエマ(Emma)、右は今年からボランティアになったスー(Sue)。受付をしています。

28829_1452063110931_1513862492_3111 左はエマ、右はアイリーン。受付を終えるとここでスイムキャップをもらいます。

29729_1424913912218_1513862492_3104左からサリー、サム、バリー、アイリーン。水着に着替えると、身体にワセリンを塗ってくれます。

30829_1427077806314_1513862492_31_2 こんな風に・・・。(写真はルイス)

29729_1424913952219_1513862492_3104 雨の日でも。。。(バリー)

29729_1424909072097_1513862492_3104 そして泳ぎに行きます。大勢いますねぇ~。

29729_1424910792140_1513862492_3104 雨、、、寒そうですねぇ~。

28829_1452063190933_1513862492_3111 そんなスイマーを安全のためにチェックする人がいます。

28829_1452063310936_1513862492_3111 栄養補給するスイマーを助ける人もいます。

29729_1424916752289_1513862492_3104 ボランティアも寒い・・・。(バリー)

28829_1452063030929_1513862492_3111 ボランティアはスイマーのシューズまで管理します。(日本でもよくあるようなサンダルばかり・・・)

29729_1424916712288_1513862492_3104 暖を取りながら、おしゃべりしながら、楽しく。(左からエマ、フリーダ、アイリーン、ミッシェル)

30829_1427077526307_1513862492_3104 最後に、「あなた方(キンちゃんと私)が来なけりゃ、ビーチの練習は始まらないよ!(We are all looking forward to your arrival, the beach isn't really started until you and Miyuki arrive )」と、嬉しい知らせを送ってくれたミッシェルです。

おにぎり

おにぎり
今日は午前中にボートダイビング2本(バンザイ、ウイングビーチ)、午後からはビーチ(ラウラウ、ラウラウ)の2本、合計4本でした。
カメ、イーグルエイ、マグロ、ホワイトチップ、かなりのものが見れてよかったです。
いたずらもたくさんしたよ。友達のエアーを閉めて呼吸が出来なくしたり、エアーをウエットスーツの中に入れてびっくりさせたりね。しょうもないことしてるよ。
写真はうちの主人。
サイパンではお寿司の形をしたおにぎり、真ん中に塩昆布か「ご飯ですよ」の海苔を引いて、ご飯の上に「スパム」と言うハム(?)ソーセージ系を載せ、海苔で巻いてあるのがよく売ってある。
それはご飯とおかずを一緒に食べるようなもの。後は一番上に生姜が載ってるよ。
形は違うがコロッケやカツが挟んでいるおにぎりもある。

ペニーから送られた動画

ペニーがジブラルタルの動画を4本送ってくれました。

Penny Palfrey Gibraltar Swim 2010 - White Caps

Penny Palfrey Gibraltar Swim 2010 - Turn Around

Penny Palfrey Gibraltar Swim 2010 - Pilot Whales

Penny Palfrey Gibraltar Swim 2010 - Cargo Ship

1本目の「White Caps」は津軽海峡を見ているようでした。

3本目の「Pilot Whales」はペニーのバックにイルカのような背鰭(せびれ)が見えますが、これは鯨です。

ジブラルタルを泳ぐとき、「獣道」ではないのですが、鯨の通る道があって、そこを横断しなければなりません。場合によって鯨と遭遇するのですが、私が行ったときはもっと大きな鯨と遭遇しました。

それは泳ぐ前にジブラルタルのパイロットに聞いていたことですし、「人を喰うことは無い」と聞いていたから大丈夫なのですが・・・、

伴走船の全長は10mくらい。鯨は伴走船の下に潜り込んで、一緒に泳いでいます。そしてそれは伴走船よりも遥かに大きい。つまり鯨の全長は10m以上・・・。

喰われない私は心配ないのですが、鯨がいたずらして伴走船にちょっとでも触ろうものなら・・・、きっと船は転覆してしまう・・・。

それを知らせたくて船に大声で叫んだのですが、スペイン語はわからない・・・。

彼らは私が鯨に恐がっていると判断したようで、笑って「心配は無い」と言っているようなのですが、私の心配は私自身ではなく、「あなた方なのですよ!」と言いたかった!!

まるでスローモーション映画を見るように、鯨の頭が出て、背鰭が出て、尾鰭が出て、ドッパーン!! となるまでの時間の長いこと!!

しかも周囲は30頭くらいであっちでもこっちでも“ドッパーン(←背鰭で水を叩く音)”、“シュー(←潮吹きの音)”がするのです。

まるで、アフリカの草原で像の群れの中で走っているようだった・・・。

すべてはドーバーのために15/8

何があったのだろう?

 14時30分、私が約10年間勤務していた大森を過ぎ、競艇で有名な平和島の交叉点に差し掛かった。現役の頃、昼休み時間を利用して競艇の練習風景を何度か見に来たことがある懐かしいところだ。
S2010_4_29_021 15時ごろ京急蒲田駅前にきた。線路の高架工事が行われて凄いことになっている。蒲田駅は3層構造で高いところは5階建て位の高さである。まだまだ工事はかかりそうな気配でも、先日羽田行きの1路線が開通したと報じられていた。
 15時20分ごろ京急雑色駅入り口に来た時、サイレンを鳴らしたパトカーが何台も通り過ぎて行った。何か事故か事件か? と思いながら進んで行くと、前方にパトライトを点滅させたパトカーが5~6台停車していた。歩道に人だかりも出来ている。何が起きているのか近づくと、事故ではなさそうである。1台のワゴン車が停まっていた、その運転席側のドアから車内で何やら書類らしき物を調べている。車外には50歳代と思われる白髪交じりの男性が警察官と話していた。あの人は何? 何があったのか? などなど疑問譜一杯で色々想像しながら現場を通過して行った。
S2010_4_29_023 15時30分、東六郷3丁目土手に来た。多摩川大橋(正式には「新六郷橋」と言うらしい)が前方に見えてきた。ここで思い出されるのが昨年歩いていた時、神奈川県から東京都に入ったが、川上側の歩道はループ状になっており、360度グルリと回って道路に出たが、夜中の3時で疲労困憊の状況であり思考力はゼロ、どちらへ行けば良いのか分からなくなった。何のためらいもなく、たまたま前を歩いていた人について階段を上がっていったが、何と橋の川下側の歩道に出てしまい、又、神奈川に逆戻りしてしまうところだった。幸いなことに何故、そこに警察官がいたのかは不明だが警察官に確認して何とか東京都に入る事が出来た。昨年の失敗を思い出しながら階段を上がると多摩川の河川敷が良く見えた。いよいよ神奈川県に突入だ、歩行開始から4時間、約20km歩いた。
 河川敷で川の流れに近い所は雑木林のように木が生い茂っており、背丈より高いと思われるアシの枯れ葉が雑木林を埋め尽くしている。ホームレスの人達のブルーシートの小屋がいたる所に建っているのが目立つ。中には木材を使ってしっかりと家のような作りの小屋もあるが屋根はブルーシート。畑のようなものも見えるがどんな人達が生活しているのだろう。
 15時50分川崎駅前を通過、昨年も寄った元木公園でトイレを済ませ、大きな歩道橋を上がり車道の下り線側に移った。風向きが少し変わってきたようで今までは前方からだったが、横方向になってきた。進路が西になったためと思われる。
 16時15分、川崎と鶴見の境に近い池田町でペットボトルを購入。今日、初めての購入だった、日差しはあるが風が強いため汗の出方が少なくて水分補給が少なかったことに今気づいた。5時間近く歩いて500ccは少ないだろう。
 16時22分、駅伝の鶴見中継所に着いた、昨年は夜中だったので何処だか全く分からなかったが、今日は良く見えたし分かった。万歩計は23.9kmを示していた。16時30分鶴見橋を通過、5時間経過したところで、でん部に疲労感が感じられてきた。まだまだ先は長いのに今から痛みや疲れが出てどうするのだ。
S2010_4_29_025 18時にJR横浜駅前に到着、当初の予定通りの時間だ。距離は31.7kmを刻んでいる。家に定時報告を入れる。
「予定通り横浜駅まで来られた。疲れてはいるが、まあまあ順調に歩けているよ。これから暗くなるので気をつけて歩いて行くよ」
「凄いじゃん、疲れていないの、気をつけてね」と家内の返事
「次は10時頃に連絡するが多分、藤沢橋付近まで来ていると思うよ」と言って電話を切る。
 18時50分、保土ヶ谷駅前を通過、昨年は丁度午前0時に通過したところだ。今日は時間も早いので人通りも多く楽しい。2本目のペットボトルを買う。夕食の時間なのでカロリーメイト、チョコ、飴玉を食べながら歩く。
 19時15分、権太坂手前の川沿いの細長い公園で夜間に備えて長袖シャツ、ウィンドブレーカーを着る。今までずっとTシャツ1枚とベストで歩いていた。懐中電灯を首からぶら下げた。ザックを背負う時、左手にはめていたブレスレットが引っかかり「ぶちっ」と音がしてゴム紐が切れてしまった。お気に入りのブレスだ。以前にも切れたが、家の中だったので難なく拾い集めることは出来た。が、今回は外でしかも暗くなった公園の中、最悪の条件だ。懐中電灯で周囲を照らしながら探す。2個見つかったが残りが分からない。辺りをぐるぐる探し回っていたら、何と幸運なことにビーズはゴム紐に繋がったままで落ちていた。ゴム紐が太くてビーズが外れなかったようだ。19時30分、探し物で少々時間を取られたが、権太坂にさしかかるが10分ほどで坂の頂上を通過、時間的には遅くはないのだがこの辺りまで来ると人通りが少なくなってきた。昨年は23時過ぎにこの坂を通っていたが全く人通りはなかった。
 20時30分、戸塚の不動坂交叉点までたどりついた。スタートから9時間42.8km、未だ半分も歩いていない、疲れはあるが精神的にはかなり余裕がある。昨年同じコースを歩いて、疲労度、精神的ダメージがどのようなになるか分かっているからだろう。やはり経験というものは何物にも変え難い貴重なものであることをつくづく感じる。駅伝選手はこの不動坂を右方向のバイパスを通って箱根に向かうのだが、私は左側の道路で戸塚の大踏み切りを渡って行くことになる。
 20時55分、戸塚の大踏み切りに来た。戸塚駅の西口は再開発で大変なことになっていた、ビルは完成したようで商店も入居しているようだったが、踏み切りの地下道工事で駅前はごちゃごちゃしている。駅前を抜けると急に静かになった。勤め帰りと思われる人が何人か足早に私を追い越して行く。
 21時30分、戸塚の大坂の上に出る。駅伝の中継所のある所だ、車の交通量はかなり多いが歩いている人は私の前に1人、多分、戸塚駅から歩いていると思う、大きなビニール袋の買い物とハンドバックを肩に掛けている。なぜ、歩いているのかな? 祝日でバスの本数が少ないのだろうか? もう30分以上も歩いている。いった何処までいくつもりか、などと余計な心配をしながら私も前に進む。交通量は相変わらず途切れることなく騒音を撒き散らしながら走り去っていく。急に彼女が曲がった、国道沿いのマンションに入って行った。
 この頃から段々疲れが出始めて、余りも物事を考えなくなり、ただひたすら前へ前へと歩く感じになってきた。暗くなり、歩いている周辺が見えなくなっていることも影響しているかも知れない。原宿の交叉点を過ぎ、旧国道とバイパスが交差する道路をバイパス沿いに下りながら暗闇の木陰で小用をたす。今日は水分をあまり取っていないので排尿も少ないようだ。藤沢市と横浜市の境、鉄砲宿に到達。いつの間にか風も感じなくなっていた、周囲の照明も薄暗く首から提げた懐中電灯が非常に役立つ。遊行寺坂の手前まで来た、時間は22時、家に連絡を入れる時間だ。
「私です」
「今、どこですか?」
「遊行寺の坂上の緑ヶ丘辺りかな?」
「大丈夫ですか?」
「何とか歩けているので頑張るよ」
「気をつけてね」
「有り難う、じゃあ、明日朝、8時ごろ連絡するから、予定では小田原かな?」

すべてはドーバーのために15/7

鈴ケ森刑場

S2010_4_29_020_3 鈴ケ森刑場について調べてみた。鈴ケ森刑場は品川区南大井にかつて存在した刑場。江戸時代には北の入り口(日光街道)沿いに設置されていた小塚原刑場、西の入り口(甲州街道)沿いに設置されていた八王子の大和田刑場(又は、中仙道の入り口板橋刑場とする説もある)と共に江戸3大刑場と言われていた。元々この付近は海岸線の近くにあった1本の老松にちなんで「1本松」と呼ばれていたが、この近くにある鈴ケ森八幡(現磐井神社)の社に鈴石(振ったりすると音がする酸化鉄の一種)があったため、いつの頃からか「鈴ケ森」と呼ばれるようになったと言う。
 慶安4年(1561年)に開設された。間口40間(74m)奥行9間(16.2m)と言う広さがあり、閉鎖される明治4年(1871年)までの220年間に10万人から20万人もの罪人が処刑されたと言われているが、はっきりした記録は残されていない。当時は東京湾沿いにあり、刑場近くの海で水磔による処刑も行われたとの記録も残されている。
S2010_4_29_015_3 当時の東海道沿いの江戸の入り口とも言える場所にあるが、刑場設置当時浪人が増加し、それに伴い浪人による犯罪件数の増加、江戸の入る人達、特に浪人達に警告を与える意味でこの場所に設置したと考えられている。
 最初の処刑者は、江戸時代の反乱事件、慶安事件の首謀者の1人「丸橋忠弥」であると言われている。その後も、平井権八、天一坊、八百屋お七、白木屋お駒と言った人物がここで処刑されている。

三姉妹?

三姉妹?
仙台の友達、ひとみさん。日本に住んでいるのに、いつも「サイパンでお会いしましょう! 今度はいつにする?」と約束している。
もちろん横浜の友達、たえさんもその一人である。「三姉妹?」と呼ばれるくらい仲が良い。
今日は4ダイブ。
午前中はボートダイビング(バンザイクリフとスポットライト)。
昼からはオブジャンとナイトダイビングのオブジャンである。
ただ今、休憩中。
おやつに拾ってきたマンゴをたらふく食べたところ。暗くなるのを待っています。
サイパンは天候に恵まれ暑く、海は凪で静かです。

ジブラルタル海峡横断泳のご紹介

 えー、速報が入ってきました。

 ハワイを泳いだペニーとクリス夫妻(オーストラリア)がジブラルタル海峡を泳いだようです。
 奥さんのペニーはスペインからモロッコまでの1-wayを3時間03分(女性記録)で泳ぎ、そしてスペインまでの帰りは、合計で8時間27分(女性記録)だそうです。
 ご主人のクリスは1-wayを3時間59分。
 詳細はまだわかりませんが、またまたスゴイ結果を出しましたね。おめでとうございます。

 さて、「世界オープンウォーター水泳協会(WOWSA: World Open Water Swimming Association」によると、世界のオーシャンスイマーがあこがれるメジャーな海峡は7つあるそうです。そしてその7つの海峡「オーシャンズセブン(Ocean's Seven)」と呼ぶのだそうです。

 このオーシャンズセブンとは、

  1. ドーバー海峡(イギリス~フランス間)
  2. カタリーナ海峡(アメリカ:サンタカタリーナ島~ロサンゼルス間)
  3. クック海峡(ニュージーランド:北島~南島間)
  4. ジブラルタル海峡(スペイン~モロッコ間)
  5. 津軽海峡(本州~北海道間)
  6. カウアイ(モロカイ)海峡(ハワイ:モロカイ島~オアフ間)
  7. アイリッシュ(北)海峡(アイルランド~スコットランド間)

だそうです。
 もちろんこの7海峡の中で最もメジャーなのはドーバー海峡ですが、今、人気急上昇中はジブラルタル海峡でしょう。

 ジブラルタル海峡は地中海と大西洋の接点にあります。イベリア半島(スペイン)の最南端~アフリカ大陸(モロッコ)の最北端の間。距離は最短で14.4km。平均で3ノット(1ノット=1.852km/h)の潮がスイマーを苦しめます。
 泳ぐ期間は6月から10月まで。

S090728_114126 ここ数年、ドーバーに私が通うようになって知り合った友達で、ジブラルタルを泳いだ仲間は今回のペニー(オーストラリア:彼女はキンちゃんをよく知っています)、去年はレシミ(インド:ここ数年、ドーバーのビーチでキンちゃんと一緒に泳いでいます)、一昨年はジェームス(イギリス:昨年の12月、キンちゃんと一緒に淡島~大瀬崎を泳いだ)、そして今年の夏はキンちゃんと最も仲の良いマギー(ドイツ:毎年キンちゃんを応援にドーバーまで来てくれる)が泳ぐ予定です。
Sp7170058_2  キンちゃん自身も「ドーバーの2-wayが成功したら、今度はジブラルタルに行きたい」と語っています。

 ちなみに1974年に私はジブラルタルに行っています。もう30年以上前の話で、当時はココを泳ぐための水泳協会なんぞはありませんでした。
 まあ当時と潮が急変しているわけではないでしょうし、ジェームスの報告や、マギーの計画などを聞くと当時と同じコースをたどるようです。スタート地点はタリファ(スペイン)、ゴールはセウタ〔モロッコ〔スペイン領〕〕。

 水温は、私が行ったのは6月で、20℃は無かったように記憶しています。(何せ古い記憶なもので怪しい限りですが、)詳しくはジブラルタル海峡水泳協会にお問い合わせください。

 えー、オーシャンズセブンに津軽海峡が入っていますが、そこの問い合わせ先は私のようです。(いつからそうなったんだろう??)
 どうりで最近、海外から津軽海峡についての問い合わせが多いわけだ・・・。
 また、海外からの問い合わせで多いのは、「韓国から日本まで泳ぎたい」です。

 あくまでも“私の知る限り”ですが、韓国から日本まで泳いだ初めのスイマーは、昨年亡くなった韓国のチョ・オリョン氏(「アジアのオットセイ」と呼ばれた)です。
 彼は1980年8月、釜山(韓国)から対馬(日本)まで13時間16分で泳いでいます。また1982年には9時間35分でドーバー海峡横断泳にも成功しています。
 日本から韓国まで泳いだ初めのスイマーは私の同僚のMです。彼は1991年7月に、23時間20分で対馬から釜山まで泳いでいます。

 この辺の詳細はまた別の機会に。

サイパンのマクドナルド

サイパンのマクドナルド
ナイトダイビングはいろんな生き物が動き出すから面白いが、ガンカゼのデカイの(直系30cm)に刺されたら面白いでは済まされない。
サイパンの海は比較的デカイ生き物が!
ナマコなんていつも隅っこにいるのだが、堂々と「我が道を通る」とばかりに這っているんだよ。
普通ウミウシなんて小さくて可愛いのに、ヒメダラマウミウシなんて直系20cmはあったよ。
でもそういう生き物を観察するのは大好きである。
今日はオブジャン二本とグロット一本。
ただ今、サイパンのマクドナルドでしか売ってない、ANGASUバーガーとダブルフィレオフイッシュを買って食べたとこ。めちゃくちゃデカイ、美味しい、腹一杯である。

すべてはドーバーのために15/6

前途多難???

 4月29日(木)午前10時過ぎに我が家を出発、東京駅へ11時過ぎに到着。駅構内は相変わらずの人込みである。連休初日でもあり、旅行へ出掛けであろうと思われる人々が右往、左往している。
 東京駅北口の日本橋口を目指して駅構内をゆっくり歩きながら周囲を観察。北口広場には団体旅行客が何組か集まっていた。私が時々利用するクラブツーリズムの小旗をもった添乗員も何人かいた。建物の外に出ると強い風が吹いていた。ビル風は方向がよく分からない、時折強烈な風が吹き付けくる。国道1号線を日本橋目指して歩くが、風向きは南西方向でビルとビルの谷間は凄い風だ、簡易風力計で計測すると7.9m/s平均風速でも5m/s以上である。
 1号線と15号線の交差点を左折したとたん、帽子を「あっ」いう間に吹き飛ばされた。幸いにも風が少し弱まり10mほど先で止まり拾えることが出来た。この風に向かって歩くのはかなり厳しい前途多難な出だしである。
S2010_4_29_005_3 日本橋周辺にはいつも誰かがいる。日本の道路元標であり、ここから日本全国の道路距離を表示している。
 家族づれ、自転車の人、恋人同士、ウォーキング、ジョキングの人等々、結構賑わっている。
 私と同年輩と思われる男性の方に声を掛けて日本橋をバックにスタートの写真を撮ってもらう。私はこれから夜を徹して東京~箱根間駅伝コースを歩いて行くための証拠写真ですと説明。するとその方も、私は今朝、府中から歩いて、新宿に寄って今、ここに到着したところです。6時間掛かりましたと言っていた。
 私も1枚お願いしますとその方からカメラを渡された。礼を言ってから時計を見ると11時30分。
 丁度良い時間だ、いよいよスタート、これから24時間余り、途中どんなドラマが待っているのだろうか? と南西の強風に向かって歩き始めた。JRのガードをくぐり右に折れて、駅伝のスタートである読売新聞社前を通る。駅伝の時は凄い人波だが、今日は休みということもあり全く人通りがない。少々遠回りになるが、そのまま直進して内堀通り向かう。大手濠、大手門、桔梗濠を右に見ながら皇居外苑へ向かう。風は相変わらず風速5m/s以上で前傾姿勢を強いられる。昼時間になったのでカロリーメイトを口に入れながら歩く。皇居前広場には家族ずれ、団体客、若いカップル達が散策や木陰で会話をして楽しんでいる姿がみられる。二重橋付近にはかなりの人が見える。
 祝田橋を渡り左折し、日比谷公園沿いに日比谷通りを目指す。日比谷公園は新緑の木々に覆われ涼しげに感じる、写真撮影にもよさそうなポイントもありそうだ。
 今日のスタートは何だかのんびりムード、左右に目をやり、周りの景色を楽しみながら歩いている。風が強いせいもあるが歩みが思うように伸びていないようだ。
 日比谷通りに入り1時間経過、芝郵便局前に来た万歩計を見ると4.7kmである。「やはりなぁ~」少し遅いけど先は長いのでこのままのペースで行こう。芝公園のトイレに寄る。日差しはありスタート時の気温は22℃を越しているが、風が強いので体感温度は15~6℃というところか、風は相変わらずアゲンストで体力を消耗させられる。
 一見してウォーキングだと分かる格好をした人達とすれ違うようになった。程なくビルと木々の間から東京タワーの上部が見えてきた。
S2010_4_29_008_2 その先には赤塗りの大門、増上寺が見える、増上寺の手前の木陰から東京タワーの下まで良く見えてきた。増上寺の前もかなりの人だかりである。
 都心の真ん中ではあるがこの辺りは緑豊かな公園が多く、心と体が休まる景色が続く。
 12時55分日比谷通りと国道15号線が合流する地点に到達。昨年の復路コースを歩いた時は15号線を歩いて銀座を抜けて日本橋へ行った。
 ウォーキンググループの人達が続々と私の歩いてきた日比谷通りに向かって歩いて行く。横断歩道で信号待ちの時、ウォーキング姿の人に声をかけた。
「今日は歩いている方が随分と多いのですが、何かあるのですか?」
「山手線内回りコースのウォーキングですよ、でも、私は関係なく、外回りを一周して、品川駅ゴールなのでもう少しです」とのことだった。
「私はこれから東京~箱根間駅伝コースの往路を箱根に向かって行く所です」
「かなり時間が掛かりますよね」
「一応、24時間の予定ですが? どうなることやら」
「そうでしょうね、私も定年になったらやってみたいです。今、京都までを何回かに分けて歩いていまして、あと少しで京都に着くところです」
「それではお互い、気をつけて歩きましょう」と言って分かれた。
 歩みの遅いのが分かった、昼間なので交叉点での信号待ちにぶつかることが多くて、中々ペースがつかめなくてスピード上がらないのだった。昨年の時は同じコースを日本橋に向かって歩いていたが、早朝と言うこともあり、歩行者の赤信号も車が来ないことを確認して信号無視で休まず歩いていた。
 13時20分JR品川駅前に着いた。思い出されるのは昨年の品川駅前の歩道橋、早朝で疲労と両足はジンジンと痛み、この歩道橋を渡る際、両手で歩道の手摺につかまり、体を引っ張り上げながら階段を上った。降りるときは膝がガクン、ガクンとして足に力が入らず難儀をしたものだ。でも、今日は未だ2時間弱なので非常にスムーズに昇り降りが出来る。
 13時30分、駅伝中継でよく放映されるJRの跨線橋「八ツ山橋」を通過チョコと飴玉を口に入れる。京急の高架線に沿って歩くが、相変わらず前方からは強い風が吹き続けて歩き辛い。
S2010_4_29_011_2 14時、大井消防署前を通過、現役時代にはこの消防署に何度かお邪魔したことが思い出される。大森のビルに勤務していた時、3つのビルの防災訓練での打ち合わせや、防火管理者の資格取得などでお世話になった。特に防災訓練では1つのビルで2,000人前後の社員がおり、その避難訓練の計画立案打ち合わせ、タイムテーブル作成、実施、とそれは、それは大変なものだった。それをビル毎に年に1回、合計3回実施していた。今にして思えば、それはとても貴重な体験だし良き思い出になる。
 14時29分鈴ヶ森刑場跡に着いた。今は国道15号線の脇にひっそりとたたずんでいるが、当時のこの辺りはどのような姿だったのだろう? 火炙り台跡、磔台跡などが残っている。この刑場でどのくらいの人々が処刑されたのだろうか? ここには処刑された人の怨念がこもっているような気がした。

マンゴ食べ放題

マンゴ食べ放題
ダイビング三本目はラウラウビーチ。あまり透明度はないが、潜りなれているのでリラックスし、日本で買ったクジラのおもちゃで遊ぼうと試した。が、これが性もなくたるく、ちっとも飛ばない。もう二度と買わない。もう少し高いの買わなくては。
四本目はオブジャン。相変わらず綺麗で透明度は25mくらいである。
達磨カレイを二匹見つけ、追いかけごっこをする。途中で止まったカレイは息が荒い荒い。もう少しカレイと遊びたかったが時間切れになってしまった。
写真は取れたてのマンゴ。拾ったマンゴを食べるところ。10個は食べたかな?
まだあるけど、今の時期はマンゴ収穫時期。ただ(無料)で美味しくて言うことない。
さあ五本目はナイトダイビング。このまま暗くなるのを待ちます。

続いて禁断の島の反対側

続いて禁断の島の反対側
海の透明度40mくらい、深度のアベレージ8m、マックス14m。
またもや何もいなかったけど、なかなか面白い迷路コースでした。
とにかく初めて潜るポイントは何処でも興味があり、そしてここはまた来たいポイントでもありました。

禁断の島

禁断の島
海の透明度は45mくらい。ナポレオンぐらいしかいなかったけど、青くて綺麗。珊瑚だらけでした。
ポイント的にはお気に入りになりそうです。
初めてのポイントですよ。
深度のマックスは14m。アベレージ7m。51分のダイビングでした。

サイパン

サイパン
ダイビングショップ「エーストマト」で、「禁断の島」へダイビングに行くボートの中ですよ。
隣にいらっしゃるのは神奈川県にお住まいで、○×海上保安部で働いている御主人をお持ちの奥様です。
ずいぶん前になりましたが、私たちが海で泳ぐときに愛用している「A旗(国際信号旗)」を譲っていただきましたよ。
私たち、とても仲が良いです。

お久しぶりです!

お久しぶりです!
皆さん、お久しぶりです。キンちゃんです。
今年になってから、1月に旦那さんの怪我で、あとになってから入院騒ぎ。そのあとも再び怪我で大騒ぎ。そんなことが3月まで続きました。
その間に家の引越しやら、壊したり、新しく工場新設、さらに税務署が入り、さらに節句で忙しく、その間、工場長が一ヶ月休んだり、またもや私が胃腸風邪を二回、肋間神経痛になったり、さんざんな目にあいました。
でもようやく落ち着いた次第です。
また海練習を再開しますので、応援よろしくお願いします。
今はサイパンにいます。写真はハファダイホテルから撮影したものですよ。

すべてはドーバーのために15/5

エネルギー補給!!

 昨年の経験から今回も昨年同様のエネルギー補給品を用意した。メインはカロリーメイト、主食なので昼・夜・朝・予備としてフルーツ味とチーズ味を各22箱、森永ミルクチョコレート3枚、生梅飴1袋、水分はその都度自販機で購入することにしている。チョコは3かけらを2時間おき、飴は1時間おきと大まかな目安を立てた。
 カロリーメイト1箱80g当り400kcal、チョコ1枚313kcal、飴ひと粒4g23kcalの表示となっていた。

ドーバー海峡横断の夢を持ち、夢を叶える

the Telegraph(テレグラフ:イギリス)より

フランス人男性「フィリップ・クロイゾン(Philippe Croizon:42才)」は、1994年にテレビアンテナの修理中、2万ボルトの感電を受けて、手足を失いました。

現在はドーバー海峡横断泳の夢を持ち、その夢に向かって準備万端整ったようです。

アメリカ人男性「ジョナサン・トラッペ(Jonathan Trappe:36才)」は、2010年5月28日(金)、“クラスタ気球(ヘリウムガスの気球)”でドーバー海峡を横断飛行した最初のパイロットになりました。

最大幅8mの気球はカラフルで幾つもあり、からりと晴れた空とうららかな日の光が降り注ぐ朝、彼はアシュフォード(イギリス)に近いケント・グライディング・クラブから飛んで、ダンケルク(フランス)のレタス畑に到着しました。

「飛行は楽しかったが、着陸は怖かった」と語っています。

ドーバー海峡を横断するのにイギリスの海岸から1時間で四分の三に達しましたが、残りに再び1時間かかりました。

風のため、計画されたコースよりややカレーに流されたからです。

イギリス当局による指導で飛ぶ高度の幅は狭かったようですが、彼は「究極の夢をかなえた」と語っていました。

すべてはドーバーのために15/4

準備は!!

 経験と言うものは何者にも変え難い大変貴重なものである。昨年の長時間歩行の時は、何をどう纏めて良いのか、又、何かが起きるのでは言う不安もあり、試行錯誤の準備であった。結局は冬場に実施していた8時間歩行の実績を参考に持ち物を決めたが、実際にはさほど問題なく実行出来た。
 今回も昨年同様に、小さなリュックサックに食料、着替え一式、雨具、懐中電灯、そして今回は新たに湿布薬を加えて纏めた。それからウォーキング用にと家内が買ってくれたポケットの沢山ついたベスト。これが結構便利で8時間歩行ならこのベストだけで充分なくらい色々な物が収まる代物。身に着けると分からないが、脱いで持つと結構重たくなっている。
 又、長時間歩行で重要なものは履物である。昨年はアシックスのウォーキングシューズで歩いたが、紐の締め具合が難しい、途中では足が細くなったように感じる時もあったが、終盤は足首から先が炎症をおこして、パンパンに腫れ上がり、靴がとてもきつく感じられた。今回も同じアシックスのシューズだが、くるぶしまで覆う長めの靴にした。そして紐はゆるめに締めておいたが、くるぶしまで覆っているのでとても歩きやすかった。それでも、歩き終わった後、足の甲はかなり赤く腫れ上がっていた。
 1人歩行の時のポケットラジオは旅の友。携帯電話も便利であるが歩きながらのメール打ちは私には出来ない。
 家との連絡は18:00、22:00、翌日08:00の3回で、18:00は横浜駅付近、22:00は藤沢橋付近、翌08:00は小田原付近という大まかな目標を立てている。
 忘れてはならないのが歩いた距離を測る道具、既に10年以上使い続けている万歩計「YAMASA WM-450」だ。地球1周4万キロと書かれたキャッチフレーズに魅せられて4万キロを目指して歩き続けている。2010年5月4日現在の歩いた累計距離は39.738km、累計日数3813日で4万キロまであとわずかなところまで来ている。歩幅は77cmで入力してある、長年歩いていてこの歩幅数値でほぼ間違いない。

すべてはドーバーのために15/3

目標を持つ

 なぜ、彼女がそこまで出来るのか、やれるのか、それは「ドーバー海峡の2way」と言う、世界でも未だ20人しか達成出来ていないとてつもない「目標・夢」を持っているからだ。
 冒険家・プロスキーヤー「三浦雄一郎」の数々の言葉の中で私が好きな言葉

  • 老いるのは怖くない。でも目標を失うのが怖い
  • 目標が厳しければ厳しいほど、大きな力が湧いてくる
  • 日々の積み重ねがやがて大きな力になる

 現役を退いた後の60歳以降の人生は、その人の「人生の総括」の時でもあると思う。
 よく言われる言葉で「病か気から」遠泳の時も同じような事が言える時がある。体力消耗による衰えを、気力・精神力でカバーして泳ぎきれた事が何度かある。
 長時間歩行はどちらかと言うと、気力・精神力の鍛錬だと思う。自分で考え、実行する。誰かに言われたり、誘われたりしての歩行なら、出来なかったり、嫌になったりした時の言い訳は簡単だ。人のせいにすればよい。言い訳の退路を絶つのも大切かも知れない。

70歳 ドーバー海峡単独横断泳に再挑戦の夢実現に向けて頑張るぞ

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