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わくわく、どきどき、台風の目。

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2009年6月の記事

リタイヤ

リタイヤ
1時57分、泳ぎ始めてから13時間03分、キンちゃんは両大腿部痛のためリタイヤしました。
残念です。でもキンちゃんは元気です。

3rd leg

3rd leg
3rd legは、強い波浪のため、ほとんど岸に沿って進みました。まあかなり遠回りしましたが、風があっても波が小さいのでいくらかマシです。
いちおう今(4th leg)は淡島を目指していますが、波浪により予定変更は多いに可能性があります。
自画自賛かも知れませんが、強い波浪の割には順調に思っています。
3rd leg: 3時間33分
3-way: 10時間53分

2nd leg

2nd leg
2nd legは、淡島が波が高いので危険なため、久連(くづら)で折り返しました。
久連は淡島より1kmほど短いですが、安全策です。
風はかなり凪いできましたが、うねりはまだ大きいです。(約1m)
2nd leg: 3時間20分
2-way: 6時間50分

1st leg

1st leg
1st leg
1st legは3時間30分でした。
大瀬付近で風が18.2mもあって、「遠泳中」の幟を支えるポールが折れてしまいました!
かなり難儀をしました。波高は1.5m。
現在2nd legを力泳中。
水温:22〜23℃
気温:25〜27℃

キンちゃん6-way

キンちゃん6-way
今日はキンちゃんの6-way。12時37分に淡島をスタートしました。風が5m以上と強く、波も1m以上と、この海域においては珍しいほど荒れています。
いちおう24時間の予定ですが、どうなることでしょう。
まあ先行き好天になることを期待しています。

詳細データ
内浦三津
北緯 35度01.0分
東経138度54.0分

2009/06/23(火)
日出 04:31
日入 19:02
月出 04:29
月入 19:38
月齢 0.3
潮名 大潮
満潮 04:39 1.58m
干潮 11:42 -0.10m
満潮 18:47 1.71m

2009/06/24(水)
日出 04:31
日入 19:02
月出 05:43
月入 20:28
月齢 1.3
潮名 大潮
干潮 00:15 0.93m
満潮 05:28 1.61m
干潮 12:29 -0.09m
満潮 19:30 1.70m

「湘南の主も行く」Vol.05

   箱根芦ノ湖~東京日本橋間激歩

東京~箱根間往復大学駅伝競走 復路コース(110㎞)

      23時間 ノンストップ歩行記録

          2009年5月2日(土)~3日(日)

                 湘南の主 65歳

09_05_2_3

箱根 芦ノ湖

09_0523_2

東京 日本橋

  1. 何かをせねば?

 私の水泳仲間を通じて知り合った「ビック・スイム」と言うクラブチームがある。このチームは毎年4月頃になると、メンバー全員を対象とした“30分間泳”といものを実施している。
 2回ほど私も参加させて頂いたことのある、メンバー全員が1年間の練習成果を発表する素晴らしいイベントである。又、その記録会の状況を実行委員長のだいごさんが毎回、レース直前の選手の行動、言動、そしてレース展開等々、臨場感溢れるタッチで、さながら実況中継のような雰囲気で皆さんにメールで伝えてくれる。
 今回は私自身の体調不良で不参加となったが、皆さんの熱戦を読んでいると、『自分も何かしないといけない』、という強い思いに駆られた。

  2. 歩く

 人間の運動能力の基本は“歩く”、“走る”ではないかと常々思っている。一方、私の得意とする“泳ぐ”は特殊能力、技術ではないかと考えている。
 野生の動物は生きていくための獲物を捕らえるために「歩く」、「走る」は必須で、それが出来なければそれは「死」を意味するはず。ところが“家畜化”された動物は死の心配がないどころか、自然界の動物に比べてかなり長生きするらしい。しかし自由を失われた家畜たちは自然界に生息する動物たちのような“躍動美”には欠けているように思う。
 すでに家畜化された現代人たちは動けなくても、寝ているだけで生かされてしまう。ちなみに人間の場合、スポーツなどで体を動かすグループと、ほとんど体を動かさないグループと比較して、生きている時間の差は無いと報告されている。しかし、その残された同じ時間でも元気にはつらつとして生きているのは体を動かすグループで、体を動かさないグループは病床もあるのかもしれないが、元気とは程遠い生活をしているのである。
 家畜化された動物たちも、特に舎屋などから出ることもなく一生を終える家畜たちは、人間で言う「生活習慣病」に掛かりやすいと聞いた。いずれにせよ人間の衰えは、先ず、足腰が弱くなってくるところから始まるのではないだろうか?
 そんな思いから、私のささやかな目標は「1日最低でも10㎞以上を歩く」である。それは万歩計を探している時に、ある万歩計に出会ってからだった。その万歩計には“地球1周40,000㎞”と表示されていた。「よし40,000㎞に挑戦してみよう」と思い立ち、その万歩計を購入、以来、1日10㎞以上を歩くことを目標にしている。
 ちなみに2009年5月5日現在の累計距離は35,787㎞、累計日数は3,461日(約9年5ヶ月22日)である。1日平均約10.34㎞となる。この間、万歩計を修理した回数はかなりになる。新しく買ったほうが安上がりかもしれないが、同じものを使うところに意味があるように思われた。
 2004年1月には以前から悪かった左膝が悪化してきたので診察を受けたところ、半月板がボロボロになっていることが判明、手術をすることにした。
 体への負担が少ない内視鏡による手術で、手術の経過をモニターで自分が見ることが出来る。そして経過が良ければ日帰りできるものである。手術前は、少し激しく動くと膝に水が溜まり膝は腫れ上がっていたが、手術以降は腫れ上がることは少なくなった。でも半月板を切除したことにより、左膝は骨と骨が直接接するので、膝の曲げ伸ばしをすると“ゴリゴリ”と嫌な音がする。かといって痛いからと動きを制限すると、益々足が衰えると考えて極力動かすよう努力している。

  3. 健康に感謝

 会社を退職して早や7年、戦前までは人生わずか50年、60年と言われていたが、近年は80年、90年と老後の人生が格段に延びている。しかしその長い老後の生活を元気にまっとうされる方は少ないように思う。
 昨今、“ライフ・ステージ”とか“ライフ・コース”とかを見聞きするが、言わば残された生きる時間の“生きがい”みたいなもので、元気に生きてコロリと亡くなるのを理想とする私にとって、「死ぬまで元気でいたい」と願っている。
 しかしまぁ~人間も機械と同じであり、永年使っていればどこか故障が出るのは当たり前。でも、手入れ次第では同じ年数を経ていても相当の差が出てくるのは明らかである。物の本によると人間の臓器は大事に使えば200年くらい耐えられるそうである。そこで私は「100歳現役」を目指している。
 そのためには体は外見もさることながら、内側(内臓等)のケアーをしっかりすることだと思う。どの健康雑誌、本を読んでも言える健康の秘訣は
  ◎ 定期的な運動を継続して行う
  ◎ 栄養バランスの良い食事を3食、腹八分
  ◎ 質の良い睡眠でしっかり休養を
と書かれている。
 本来なら「歩く」ではなく、「遠泳」をやりたいのであるが、サポート、支援船等々、事前の段取りや手配が必要となるし、費用も掛かるので、遠泳に必要な「精神力・持久力を養う」又、「下半身の衰えを防ぐ」ために一人で出来る長時間ウォーキングを昨年から始めている。

年月日    歩 行 経  路                  歩行距離  歩行時間
08.01.26  藤沢~JR小田原駅                   約40km   7時間50分
08.02.23  三浦半島城ヶ島~藤沢               約38km   7時間30分
08.03.15  JR小田原駅~箱根~JR三島駅         約40km   8時間30分
08.04.26  東京日本橋~藤沢                   約54km  10時間35分
08.05.31  藤沢・境川~国道246号交差点折り返し 約41km   7時間50分

 上記はいずれも途中で休憩せず、ノンストップで歩き続けた記録である。
 又、週末には時間の許す限り家から片瀬海岸まで往復約13㎞を歩いている。但し、夏場は暑いし、海で泳ぐ事も多いので歩かない。

“全ての道はドーバー海峡単独横断泳”再挑戦の為

  4. 何処が良いかな?

 ビック・スイムの30分間泳に刺激されてから、連休を利用してどこか長時間ウォーキングに挑戦したいと色々考えていた。「24時間、休まず歩き続ける」家から日本橋往復、小田原までの1往復半、箱根越えで行けるところまで等々。
 でもある程度達成感を感じられるコースが良いと思い、箱根駅伝コースを調べところ、東京から箱根芦ノ湖までは約110㎞と、24時間で歩くには丁度良い距離であることが分かった。スタートを東京にすると最後に箱根の登りが控えているので完歩出来ないかもしれないと考え、復路コースの芦ノ湖スタート東京ゴールと決定した。

  5. 用意は?

 普段からウォーキングで私が注意しているは履物である。今はアシックスのウォーキングシューズ(フィールドウォーカーTDH120型)はエアークッションで靴底はかなり硬く、バネ性があり、歩いていると自然と足が前へ進む感じがする靴である。
 持ち物はなるべく少なくしたい。8時間ウォークの時はポケットの沢山ついたベストに水、食料、雨具等を入れて身軽で歩いている。又、ポケットラジオは一人旅では必需品だと思う。
 今回は長時間になるのでベストだけとはいかない。小さな子供用ザックに着替え一式、夜間の歩行でも目立つように蛍光グリーンのウィンドーブレーカーを新調。タオル、食料のカロリーメイト4箱、板チョコレート3枚、懐中電灯等を詰め込んだ。
 またカロリーメイト1箱と板チョコ1枚はすぐに食べられるようにベストのポケットに入れておく。それと飴玉も忘れずにポケットに入っている。

  6. 江戸時代の旅人は?

 24時間歩行に際して、昔の江戸時代の一般の人々の交通手段である「歩く」について、又、旅はどのようなものなのか調べてみた。
 江戸時代、宿場には木戸というものがあり、その木戸が開くのは明け六つ、木戸を閉じるのは暮れ六つだそうである。“明け六つ”、“暮れ六つ”を現代の時刻にすると、夏の明け六つは午前4時ごろ、暮れ六つは午後8時前後となり、日のある時間は約16時間。冬の明け六つは午前6時ごろ、暮れ六つは午後5時ごろで、日のある時間は約11時間。このように季節の日中時間、ことに夏と冬で歩ける時間がかなり違ってくる。
 従って急ぐ旅でなければ木戸が開く明け六つに歩き始め、木戸が閉じる暮れ六つに歩くのを止める。但し、宿場までの距離によって到着時間が暮れ六つを過ぎてしまいそうになれば、かなり早めに歩くのを止めて宿に上がってしまうことになるそうだ。
 江戸時代の男性が旅する際の1日の平均移動距離は大体10里(約40㎞)。現代人の平均歩行速度から推察すると大体10時間くらい。これで江戸の日本橋から京三条まで126里6丁1間(約496㎞)を12~13日で旅していたようである。宿場間の距離は平均すると2里(約8㎞)
 今と違い、江戸時代の道は舗装されてはいないし、ウォーキングシューズも無く、わらじ履き等々考えると、1日10里の歩行は妥当な距離ではないだろうかと思える。
 ちなみにマッキンリーで消息を絶った植村直己さんは、映画「南極物語」にもなったように犬ゾリを使って南極大陸横断を徒歩で行った。距離は2,000㎞。
 彼はその計画の初めに漠然とする“2,000㎞”を体感するために、九州から北海道までの2,000㎞を毎日歩き続けたそうである。そのときに分かったことは、1日の歩ける平均距離は50㎞だったそうだ。このことからも、世界的冒険家として名を馳せ、鍛え抜かれた超人的な植村直己さんが1日50㎞歩くなら、きっとそれは歩き続ける1日の距離のMaxなのであろう。

  7. 長い1日の始まり

 箱根駅伝のホームページによれば復路の距離は約110㎞となっているが、実際に歩くとなると、歩道橋、迂回路、横断歩道等々があるし、特に大きな交差点では歩道橋の横断は欠かせないので、距離は伸びるだろうと思う。それにゴールは新聞社前ではなく日本橋である。あれこれ考えながらJR藤沢駅を6時35分発の電車に乗り込んだ。
 休日の早朝にもかかわらず車内はかなりの混雑ぶり。平塚を過ぎてやっと座れたと思ったらまもなく小田原駅に到着。小田原駅は新幹線が停車するので、駅内はかなりの人が行ったり来たりと賑やかである。
 バス停に下りて行くと人影はあまり無く静か。7時30分発の箱根行きのバスを探す。停車中のバスの行き先を確認。更に運転手に念押しで尋ねる。間違いなし。既に何人か乗っているが仕事のためと思われる人達ばかり。その中で一組のご夫婦は明らかにハイキングスタイルだった。
 早朝のバスは各停車場に止まることも無く、順調に市内を通過していったが、小田原~厚木道路、西湘バイパスのつながるインターチェンジ前辺りからバスは動かなくなった。連休なので遠出するドライバーがいるのだろうか?
 箱根新道につながるところへ来ると急に車の流れが良くなり、順調に走り出した。「後、数時間するとこの曲がりくねった道を下って来るのだなぁ~~」と思いつつ、車窓の景色を眺め、「どちら側の道路を歩いたら良いのかな?」などと考えていた。そして「歩道のあるとことが少ないようなので、山側を歩こう」と決めた。
 バスの中は何時の間にか私しか乗っていなかった。元箱根のバス停に到着。本来の箱根駅伝のスタート場所はもう少し先の方だが、芦ノ湖の見える船着場をスタートラインとした。
 GWの芦ノ湖畔は暖かさとアジサイの花に誘われてか、思い思いに楽しんでおられる方が多い。釣りをしている親子連れ、湖畔を散策しているアベック等々。
09_05_23 その中の通りかかりの人に冠雪している富士山、芦ノ湖をバックに写真を撮ってもらう。
 これから長い、長い1日の始まりである時計は午前8時45分を示していた。長い道中なので先ずは足慣らしでゆっくり歩き、元箱根の町並みを眺めながら、そして芦ノ湖の景色を楽しみながら進む。

 天候=晴れ 気温=19.2℃ 風速=3m/s

 下車したバス停を通り過ぎると早くも上り坂に差し掛かる。大きな交叉点に出る。右へ行くと畑宿経由で箱根湯本行きの旧国道1号線。昨年、箱根越えした時に歩いた道である。旧東海道の道が復元されていて、歩いてみたが石畳というより石垣という感じで、四つんばいになって坂道を登ったり下ったりしたとても大変だったという記憶がある。昔の人はこんな道をわらじでよく歩いていたものだ。
09_05_23_3 左に折れて更に上り坂を進んで行くと、国道1号線の最高地点の表示が目に入った。曽我兄弟の墓、石仏群等々、車で走っていると「アッ」と言う間過ぎてしまうが、歩いていると色々なものがとても良く見えて楽しい。
 最高地点付近の道端に、前輪、後輪そして左右にバック、寝袋、シートを着けたサイクリング車が止まっていた。白髪交じりの頭にバンダナを巻いた初老の人という感じである。
「どこへ行かれるんですか?」と声をかけた。
「実家のある群馬まで帰るところです。山口県の門司から走ってきました」
「そうですか、私はこれから箱根駅伝の復路のコースを夜通し歩いて、日本橋まで行こうと芦ノ湖をスタートしたばかりなんです」
「どのくらいの距離があるんですか?」
「だいたい、110㎞ぐらいらしいです」
「私も1日100㎞ぐらいを目標に走っていました。私も駅伝コースを走って帰ってみようかなぁ~~」
「ではお互い車に注意してゴールしましょう。気をつけて走って下さい」と別れた。
 自転車は下り坂になった道を「アッ」という間に走り抜けて見えなくなってしまった。
 スタートして1時間が経過、万歩計を見ると4㎞ちょっと。「遅いなぁ~」と思うが上り坂があったし、「先は長いのでまずまずの出足かな?」
 10時過ぎに恵明学園の少し手前で万歩計は6.3㎞。箱根登山鉄道の踏み切りを渡る。
 11時20分過ぎ、大平台付近で「この先トイレなし」の看板が目に入り、谷側に移動して簡易トイレに寄る。
 11時45分過ぎには箱根駅伝でよく映されるトンネルを通過。あと少しで小田急線箱根湯本駅だ。
09_05_23_4 湯本駅を通過して12時を過ぎたので家に電話を入れる。
「今、箱根湯本駅を通過したところ」
「電話を待っていたの。気をつけてね。それと夕方出掛けているかもしれないから、6時の電話は帰ったら私が入れます」
「了解!!」
 昼の時間になったので昼食のカロリーメイトを歩きながら食べる。ついでに板チョコも口に入れる。今日は気温が高いので水分補給が頻繁だ。
 12時15分過ぎ、駅伝の中継地点「鈴広のかまぼこ店」前を通過。駅伝選手なら1時間あまりで通過するところだが、3時間半も掛かっている。
 携帯メールが鳴った。珍しく水泳仲間の石川さんからだった。出張でイタリアのシチリア島に行っていたそうで、写メールには青い海と白い砂浜、誰もいない海岸、「勿論泳いできました」と書かれていた。
 「今、私は箱根駅伝復路コース、箱根芦ノ湖から東京の日本橋を目指して夜通し歩く予定で、湯本を過ぎたところです」と、歩きながら返信した。
09_05_23_5 小田原の市街地に入ってきた、13時40分ごろ道路脇に日本橋まで“81㎞”と書かれた表示杭があった。時速5㎞で歩き続けてもあと16時間以上は掛かる距離だ。まぁ~焦らずじっくり歩こう。
 それにしても暑い。でも自動販売機があるのでとても助かる。500ccのペットボトルを常に1本持っていて無くなると補充するが、この時点で既に3本も飲んでいた。
 14時半過ぎ、小田原市と二宮町の境、押切川に差し掛かかる。二宮の大坂を登りきるとまもなく二宮駅だ。
 15時過ぎ二宮駅前を通過するが、この頃から足の裏、膝、足の指の付け根など、関節部分が痛み出してきた。歩き出して6時間あまり、特に足の蹴りだしが辛くなり、足を置きに行くような歩き方になってきた。
 今履いているシューズは靴底にかなりバネ性があり、蹴りだすとバネの反発で自然と足が前に進む感じなのだが、今はその効果が全く感じられなくなっている。
 大磯ロングビーチを過ぎ、前方にこんもりとした森に囲まれた小山が見える。先日焼失してしまった「吉田邸」だが道路からは全く見えない。
 まもなく道路中央に大きな松並木があり、上り、下りに分かれている旧東海道の松並木を思わせる私の好きな風景が現れてきた。右手には「滄浪閣」のレストラン。ここも由緒ある建物だが残念ながらレストランは閉鎖されていた。
09_05_23_7 16時半過ぎ、大磯の町を過ぎると国道1号線と交差して、海岸の134号線に出る立体交差まで来た。ここからしばらく1号線をお別れして海岸線を歩く。
 やっと駅伝の平塚中継所まで辿り着いた。駅伝ランナーなら2時間ちょっとで走り抜ける距離。約40㎞を私は8時間かけて歩き続けている。でも歩く速度としては順調で予定通りなのだが、あと16時間あまり歩き続けないと辿り着かないことを考えるとかなり辛いものがある。
 足の裏、足首、アキレス腱、ふくらはぎと次々の痛みの範囲が広がってくる。でも、頑張らねば!
 134号線沿いを歩き出すと、上り方向の車線は車がノロノロ運転になっている。スピードは私の歩行と差ほど変わらない。車種は分からないが赤色の車と2㎞ぐらい前後しながら進んでいた。しかし湘南大橋の手前から急にスピードが上がり、あっという間に赤い車は走り去って行ってしまった。でも何となく元気づけられたようだ。
 今、湘南大橋は新しい橋を建設中で、現在の橋より一段と高くなっていた。茅ヶ崎側は未だ橋はつながっていないが、完成すると平塚から片瀬江ノ島の入り口まで片側2車線の広い道路になる。
 茅ヶ崎市内に入ると車の流れもスムーズで、連休とは思えないくらい交通量が少ない。人通りも無く寂しく夕暮れの迫った海岸通りを黙々と、前へ前へとひたすら歩く。
 海側に目をやると沖合に三角の尖った烏帽子岩が見える。湘南の海を泳ぐスイマーなら一度は烏帽子岩を海岸から往復泳ぎたいと考えると思うのであるが、どうだろうか?
 何回往復したか覚えていないが、私の記憶に残るのはドーバー海峡横断泳に挑戦する為の練習として、片瀬海岸から烏帽子岩の往復をコーチの石井先生、鈴木正子さんのサポートで6時間掛けて泳いだ。その時とっくに片瀬海岸に到着しているのに、何故か江ノ島沖方向まで泳がされていた。あとで理由を聞くと、「最低6時間泳がせたかったので、時間調整で泳いでもらった」との事。歩いていると時間を持て余すので、色々な事を思い出させてくれるものだ。
 でもその方が足の痛みを忘れさせてくれるので良いのかもしれないが、痛い。やっと茅ヶ崎と藤沢市の境、浜須賀の大きな交叉点に到着。
 18時半過ぎ、ここで134号線と別れて国道1号線を目指し左折して北上する。それまで明るかった空が急に暗くなったかと思うと、“あれよ、あれよ”と言う間に暗くなってきた。これからが「本番、正念場だな」と思った。足元が暗いのでつまずかないよう、足を引きずらないようにと注意して歩くが、足が上がらず辛い。
 18時過ぎに定期連絡のため家に電話をするが出ない。19時ごろ携帯が鳴る。家からだった。
「今、何処?」
「辻堂のナショナル工場の前まで来たよ」
「何か欲しいものある?」
「何故?」
「あれば、藤沢橋のところまで届けますよ」
「いや、別にない。藤沢橋まで後30分ぐらいかな?」
「それじゃ~気をつけてね」
「10時に又、連絡するね」
 足元が暗いので懐中電灯を首から下げ、足元を照らす。これはかなり効果があった。JRの跨線橋を渡る。線路際の暗闇で小用をたす。
 19時50分過ぎ、藤沢橋に到着。芦ノ湖からの距離が万歩計で55.1㎞を指している。箱根駅伝のほぼ中間点の距離だった。「このまま右折すれば10分ほどで我が家に行けるのに・・・」、と思いつつ、信号の変わるのを待つ。
 約11時間歩いたことになる。昨年の日本橋~藤沢間は10時間半ぐらいだったが今日はもっと掛かるはずだ。
 遊行寺の急坂で暗い道をトボトボと歩く。多分、周囲から見るとこのように見えたことだと思う。精神的にもかなり辛く、厳しい状況に追い込まれている。

  8. 正念場に入る?

 坂上に出ると道路と民家の間の歩道は松並木となっているが、小さな上り、下りの連続で痛む足にはかなり辛い道になった。
 20時40分過ぎ、原宿の交叉点に到着。交通情報でもよく出てくる渋滞の名所?だが、今、立体交差の工事が長期間、大々的に行われており、最近上り車線だけ開通したそうである。下り車線はかなり渋滞している。
 駅伝では戸塚市内は通らずバイパスを通り、不動坂で国道1号線に出るコースだが、駅伝の戸塚中継所を前方に見て、私は右に折れて戸塚の大坂を下り、戸塚市内に向かう。戸塚の町も今、大変なことになっている。JR戸塚駅西口の再開発と“開かずの踏み切り”で有名な戸塚駅のそばの大踏み切りの地下道路工事と、駅周辺はぐちゃぐちゃ。踏切が目の前にあるのに直進出来ず、グルッっと大回りさせられた。戸塚は私が長年勤めた会社があるところ。柏尾川沿いに懐かしの会社が見える。昨今の厳しい社会状況の中、工場は生き残れるのだろうか?
09_05_23_8 22時になり、本日最後の連絡を家に入れる。
「今、戸塚のブリジストン工場前まで来た。足が痛いが何とか頑張っているよ」
「了解、じゃ~気をつけてね」と言われる
「じゃ~お休みなさい」と電話を切る
 不動坂に到達。ここで駅伝コースと合流だ。道が少し明るくなった。明かりを煌々と点けた店舗が多いせいのようだ。
 深夜バスが盛んに通過する。戸塚行き東戸塚行きのバスである、しかも結構お客が乗っている。バス停でバスを待っている人もいる。
 有名な「権田坂」の上りに差し掛かる。家並みも途絶え、暗い道を、懐中電灯を頼りに進む。深夜なのに前方に女性と思われるシルエットが歩いている。バスに乗り遅れたのだろうか?
 23時20分過ぎ、「権田坂」の頂上? ゆるい登り坂だったので汗をかいている。汗が冷えるといけないのでバス停のベンチを利用して着替える。夜歩くよう新調した蛍光グリーンのウィンドーブレーカーも着た。
 下りに入ると又、店舗が多くなってきたので足元が明るくなり安心して歩けるようになった。
 0時00分過ぎ、JR保土ヶ谷駅前を通過。東海道線の湘南電車下りが通過して行く。乗客はかなり乗っている、「毎日、皆さんお疲れ様です」。駅前の飲食店は未だ店を開いているところが結構ある。
 0時40分過ぎ、横浜駅に着いた。駅周辺は工事中で、歩道に沿って歩いていると“グルグル”回されて方向が分からなくなりそうなる。高速道路を目指して歩き、何とか国道に出ることが出来たが、昨年はここで青木橋を渡り、国道1号線を歩いたのだ。だが今回は駅伝コースと同じ15号線を行くことにした。
 15号線を歩いて正解だった、歩道は広く、店舗も多く足元が明るくて歩きやすい。1号線は道幅の狭いところもあるし、店舗も少ないので暗いと思う。
 それにしても深夜だというのに何と人通りが多いことか。アベック、千鳥足の酔客、自転車など、何でこんな時間なのに歩いているのだろう? そう言う自分もその中の一人ではあるが!!
 24時間営業のコンビニ、食べ物屋などの煌々と明るい光がやけに目立つ。しかしお客さんの入っている所はあまりない。まあ明るいし店員もいるので防犯上では有効かもしれないが、営業上では無駄なようにも思える。
 2時半過ぎに鶴見川を通過するが、駅伝の中継所は何処だったのか分からずじまいだった。疲労もかなり激しく思考力が相当低下しているようだ。夢遊病者のように歩いているかも知れない。
 でも自分では全く眠気は感じていないのだが、「休みたい、座りたい」という衝動に駆られる。それでもひたすら「歩く、歩く」。しかし膝から下の足の痛みはどんどん増幅されている。「休みたい、休みたい」と全身が訴えてくる。
 マンションの前の花壇がちょうど良いベンチに見えてくる。でも座ったら、多分立てなくなってしまいそうなのでその誘惑を断ち切るのは大変だった。
 又、自転車が道端に沢山止まっている。「鍵のかかっていない自転車はないかな?」と真剣に探している自分。「自転車に乗って一気にゴールまで突っ走って、この苦痛から開放されたい」など、色々な妄想に取り付かれてきた。
 これも今回のテーマの一つ「精神力の強化」につながる修行の一つであろう。
 3時15分過ぎ、川崎市の大きな交差点の歩道橋を渡ると「元木公園」があり、小用をたす。
 3時半過ぎ、神奈川県と東京都の境、多摩川の大きな橋を渡る。いよいよ東京に突入だ。歩道をグルリと回って東京の地に足を踏み入れたが、どの方向が日本橋なのか分からない。相当思考力が鈍ってきている。
 「どちらかな?」と思案していたら、目の前に自転車を押しながら通る人がいて、何のためらいも無くその人の後について階段を登って行った。又、橋に出た。そして前方を見ると今まで歩いて来たところのように見える。何のためにこんな所にいるのか分からないが、橋のたもとに警察官が3名いて話しをしていた。
「すみません。東京へ行きたいのですがどの方向でしょうか?」
「ここは東京だよ」
「アッ、済みません。日本橋に行きたいのですが?」
「それならこっち方向です」と反対方向を指差された。
 完全に思考力が低下している。
「有り難うございます」と言って、元来た階段を引き返す。階段を下りると、何故か又、警察官が一人自転車と一緒に立っていた。
「すみません。日本橋はどちらへ行けば良いのでしょうか?」
「この道を行けば着きますよ」と教えてくれた。
「ありがとうございます」とお礼を言って指された方向に歩き出す。
 やっと橋の歩道に出て、15号線だと分かった。
 京浜急行線沿いに歩くようになって、聞き覚えのある地名、駅名が次々と出てきて、何となく安心感が増してきた。しかし膝から下の痛みはかなり強烈で辛い。
 4時過ぎに蒲田駅前を通過。蒲田駅周辺も凄い工事を行っていた。踏み切りの高架工事に伴い、かなりの長い区間が高架になるようで、まだまだ相当の日数を要すことだろう。
 この工事で驚いたのは、各工事区の現場の警備員の出勤が早いこと。午前4時過ぎだというのに工区の扉を開け始めていた。
 「ご苦労さまです」と声をかけると「おはようございます」と返してくれる。
09_05_23_9 日本橋まで“18㎞”の表示が見えた。あと4時間歩けばゴールだ。夜明けも近い。
 5時過ぎに大森の懐かしい場所に来た。会社を退職する前の約10年間通ったところだ。京急の大森駅、駅前の歩道橋、毎年お参りに行った「磐田神社」など、何だか元気が出てきたような気がする。暗かった空も明るみを帯びてきたこともあるかもしれない。
 6時前、携帯電話が鳴った。家内からだった。
「今、どこですか?」
09_05_23_11「品川のJR高架の八ツ山橋手前まで来たよ」
「へぇ~随分頑張ったわね」
「足はかなり痛いけど、あと3時間ぐらいなので頑張るよ。何でこんな時間に目が覚めたの?」
「トイレに起きたからよ。じゃぁ~ね~」
「ゴールしたら連絡するよ」
 この頃になると「座りたい、休みたい」と言う気持ちが無くなってきた。逆に止まるのが苦痛になってきたのだ。信号待ちで歩みを止めるのが嫌だ。早朝だったし、車が通らなければ信号を無視して前へ進んだ。
 ただ歩道橋の上り、下りは辛いので嫌だった。手摺につかまり、つかまり慎重に進んだ。
 品川駅前を通過。田町を過ぎた辺りに差し掛かった時、T字路の交叉点の奥の方に東京タワー、増上寺の赤い建物が見えた。「駅伝はあの道を通るのだな?」と思ったが、私は15号線で銀座、日本橋を目指すことにした。

  9. ラストスパート

 銀座八丁目の表示が目に入ってきた、「やっと、たどり着いたぞ! あと少しだ」と心の中で自分を励ました。早朝の銀座通りは殆ど人通りも無く静かなものだ。
 五丁目、四丁目とどんどんゴールに近づいてくる。パンパンに腫れ上がり、ジンジンと痛む足に最後のムチを入れ、気力を振り絞り歩き続ける。
09_05_23_12 橋が見えてきた。「やった~! やっとたどり着いたぞ!」と思ったが、以前見た橋と様子が違う。
「変だなぁ~~」
 橋のたもとに交番があり、巡査が立っていたので
「ここは日本橋ですか?」と尋ねると、
「これは京橋です。日本橋はこれを真っ直ぐにあと15分くらいかかりますよ」との返事
「有り難うございます」
 23時間の内の15分など「どぉ~ってことない」とがっかりはしたが、更に心と体に“喝”を入れ、最後の力を振り絞って先へ先へと進む。
 デパートの高島屋が見えてきた。あと少しだ。交叉点を渡ると見覚えのある大きな欄干が見えてきた。高速道路の下で何とも重苦しい景色だが。
 やっと辿り着いた橋の欄干に“タッチ”して時計を見る。午前7時45分。
 予定より1時間も早い23時間で完歩だ。万歩計を見ると「111.6㎞」を表示していた。疲れがドッとでてきた。
 達成感はあまりない。「目標を達成できた」という気持ちと、「疲れた」という気持ちが入り混じっているが、「疲れた」という気持ちの方が勝っている感じがする。日本の道路の基点にあたる日本橋。橋を見に来ていた親子連れの人に写真を撮ってもらう。
09_05_23_13 家に帰るため東京駅に向かうが、急に足が動かなくなった。腰から下がパンパンになっている。ノロノロと足を引きずりながら歩いて行くが、今はもう歩きたくない思いが頭の中をグルグル回る。駅舎では階段を上がりたくないのでエスカレーターを探し、歩かずに進む文明の利器を活用させてもらう。
 家に電話を入れて風呂の用意をお願いする。電車の中で24時間振り座るが、膝から下のふくらはぎ、アキレス腱、足首、足の裏がジンジンする。そしてパンパンに腫れ上がった感じである。座ったら立てなくなりそうだし腰も痛い。
 疲れがドッと出て車内ではウトウトしていたので、アッという間に藤沢駅に到着。昨夜は12時間掛けて歩いた距離を1時間弱で帰ってきてしまった。
 風呂にゆっくり浸かり疲れを癒し、ベッドに横になると最高に幸せの気分だ。
 翌日は膝から下はもっと腫れ上がりパンパンになるが、プールへ泳ぎに行った。泳ぎは素晴らしい。横になった姿勢なので足に体重がかからず、足は動くし痛くもない。熱を持った足を冷やしながら、血流も良くなりそうな気がした。
 歳をとると運動の疲れ、痛みは翌日、翌々日と増してくるのだが、翌日がピークだったようで、それ以降は回復してきた。
 今回の目標の一つでもあったが、「いかに早く疲労を回復させるか」も意外と早く戻ってきたのでビックリ。まぁ~連日マッサージ、針灸に通って治療はしていたからだろう。それと“泳ぐ”に比べれば運動強度がかなり違う。

「次は24時間泳に挑戦かな?」

  10. 記録

 今回のウォーキングは1時間毎に歩行距離、場所、何を思い、何を考え歩いていたかの記録をメモにとった。
 歩行距離は既に10年近く愛用している「YAMASA」の万歩計「WM-450」で計測。この万歩計は何回も修理に出しては使い続けている代物である。
 歩幅はいつも歩いている境川に100m毎に表示されている距離を参考にして算出した。100mをだいたい125~130歩で歩くので、1歩の歩幅を77cmで入力してある。

箱根・芦ノ湖~東京・日本橋間111.6㎞の歩行記録

  10-1 歩行距離ほか

時  間   距離(㎞) 1時間毎(㎞)  備    考
 8:45   0.0  0.0  箱根・芦ノ湖スタート
10:00   6.3  6.3  猿の茶屋・恵明学園手前
11:00  11.8 ◎5.5  大平台
12:00  17.1 ○5.2  小田急線箱根湯本駅手前
13:00  21.3 ▼4,3  小田原市内。石川さんにメール
14:00  26.5 ○5.2  小田原小八幡
15:00  31.4 ○4.9  二宮・梅沢川
16:00  36.6 ○5.2  大磯・滄浪閣レストラン跡前
17:00  41.5 ○4.9  平塚市・扇の松入り口交叉点
18:00  46.6 ○5.1  茅ヶ崎市・漁港入り口
19:00  51.7 ○5.1  辻堂・ナショナル工場前
20:00  56.4 ▽4.7  藤沢・遊行寺坂
21:00  61.1 ▽4.7  戸塚区・大坂上
22:00  65.5 ▽4.5  戸塚区・ブルジストン工場前
23:00  70.3 ▽4.7  戸塚区・平戸
24:00  74.7 ▽4.4  JR保土ヶ谷駅前・権田坂で着替え
01:00  79.5 ▽4.8  横浜・市場前交差点
02:00  84.3 ▽4.8  横浜・大里町
03:00  89.0 ▽4.7  川崎市
04:00  93.8 ▽4.8  蒲田
05:00  98.4 ▽4.6  京急・大森駅前
06:00 103.4 ○5.0  品川・八ツ山橋跨線橋
07:00 108.1 ▽4.7  浜松町・大門前
07:45 111.6  3.5  日本橋・ゴール

 * 所要時間=23時間 歩行距離=111.6km 平均時速=4.85km
   ◎印は最高歩行距離10:00~11:00=5.5km
   ○印は平均時速をクリヤー9回
   ▼印は最低歩行距離12:00~13:00=4.3km
   ▽印は平均時速以下 12回

 この表から見ても分かるように、日中の日の出ている時間帯は平均時速距離をクリヤーしていたが、中間点の藤沢を過ぎてからペースが落ちてきている。
 疲れが最大の要因だと思うが、よく頑張って歩けたと思っている。

  10-2 エネルギー補給&水分補給について

 今回持参したエネルギー補給品は大塚製薬の「カロリーメイト」のチーズ味、フルーツ味を各2箱ずつ、それと森永の「ミルクチョコレート」3枚、黒飴1袋、水分は500ccのミネラルウォーターを自動販売機で随時購入した。

   補給品&補給時間
NO  時 間  場  所    補 給 内 容
 1 08:45  芦ノ湖     ①ペットボトル
 2 10:00  恵明学園前    チョコ1/4
 3 12:00  かまぼこ店前   カロリーメイト1箱・チョコ1/4・②ペットボトル
 4 14:40  二宮手前    ③ペットボトル
 5 15:00  二宮梅沢川    チョコ1/4
 6 16:10  吉田邸前    ④ペットボトル
 7 16:50  平塚中継所前   チョコ1/4
 8 17:40  茅ヶ崎柳島   ⑤ペットボトル
 9 19:10  辻堂ナショナル前   ⑥ペットボトル
10 20:45  原宿交叉点前  ⑦ペットボトル・チョコ1/4
11 22:35  戸塚平戸前   ⑧ペットボトル
12 23:00  戸塚平戸     カロリーメイト1箱・
13 01:10  横浜・市場過ぎ ⑨ペットボトル・チョコ1/4
14 04:40  京急大森駅手前 ⑩ペットボトル・チョコ1/4
15 06:00  品川八ツ山橋   カロリーメイト1箱
16 07:00  浜松町大門   ⑪ペットボトル

 この他に黒飴を大体2時間おきに1つ口に入れていた。黒飴の消費数15個。

   補給エネルギー
1.カロリーメイト3箱×400kカロリー=1200kカロリー
2.板チョコ2枚×340kカロリー=680kカロリー
3.黒飴15個×4kカロリー=60kカロリー
4.補給カロリー合計1940kカロリー
5.水分補給はミネラルウォーター500ccを11本、5500cc飲んだ。

  10-3 消費カロリーについて

   簡易カロリー計算式により今回の消費カロリーを算出
運動強度=ウォーキングは81m/分(4.86km/時間)と今回の運動強度と等しい数値。
1.05×エクササイズ(メッツ・時間)×体重=消費カロリー
1.05×(3.3×23)×63.6=5、058.6kカロリー
 補給カロリーに対して消費カロリーが3、118kカロリーとオバーとなった。
 ちなみに私の好きな水泳での消費カロリーを計算してみると
運動強度=水泳45m/分(2700m/時間)として
1.05×(8.0×23)63.6=12、287kカロリーとなる。
 ウォーキングの約2.5倍の消費カロリー計算、やはり水泳は体力を使う運動であることが分かる。

  10-4 その他

08:40 09:50 11:25 16:00 19:35 23:20 03:15
と7回小用をたしている。

  10-5 体重の変化

 今回は補給エネルギーが少なかった為、体重にどのように変化あったのか?
 今から17年前の1992年から風呂上りの体重を毎日記録している。当初は体重のみであったが、2005年に7種類の数値が表示される体重計に変えた。

 * 参考に2006年8月のドーバー海峡単独横断泳挑戦直前のデータも掲載した(2006.7平均値)
項   目  1992.1月平均値 2009.4月平均値 2009.5.3帰宅直後 2006.7平均値
体重 kg     61       63.6       61.5        73.8
基礎代謝kcal            1487        1468         1638
筋肉率 %             29.9       31.1        29.4
体脂肪率 %            22.6       19.4        25.8
BMI                  22.0       21.3        25.2
内臓脂肪レベル             8.2         7          12.7
体年齢                50.7       47          57.5

5th leg

5th leg
5th leg
午後4時40分、大瀬崎において、キンちゃんの5-wayが無事終了しました。
5th legの記録は強風と向かい潮のため、6時間18分でした。
5-wayの記録は20時間07分で、キンちゃんの持つ『海の最長時間泳記録』を約2時間半ほど更新しました!
キンちゃん、おめでとう!

4th leg

4th leg
11時22分、キンちゃんは淡島を折り返しました。
4th legは3時間29分、4-wayは13時間49分でした。
只今5th legを力泳中!

3rd leg

午前7時02分、大瀬崎をキンちゃんが折り返しました。
3rd legは3時間04分、3-wayで10時間27分です。
明け方気持ち悪がっていましたが、どうやら復帰したようです。
現在、4th legを力泳中!
動画は10時間目の栄養補給の様子です。
video001.3gpをダウンロード

2nd leg

2nd leg
6月10日、午前3時58分、淡島をキンちゃんが折り返しました。
2nd legは4時間17分、2-wayで7時間25分です。
外は少し明るくなり始めました。
現在、「気持ち悪い」と言いながらも3rd legを泳いでいます。

1st leg

1st leg
23時41分、キンちゃん大瀬崎を折り返しました。
1st legの記録は3時間08分です。
天候 曇り
水温 20.1〜21.0℃
気温 21.6〜22.2℃
波高 0.5m
風速 0.9〜4.9m/sec
風向 主に南西
流速 0.0〜0.3nt
流向 西
ピッチ 63〜65回/分

5-way

5-way
本日(6月9日)、キンちゃんは淡島〜大瀬崎の5-wayに挑戦です。
20時33分に淡島をスタートしました。20時間の予定で泳ぎます。
海洋データは次の通りです。

三津内浦
北緯 35度01.0分
東経138度54.0分

2009/06/09(火)
日出 04:29
日入 18:57
月出 20:25
月入 05:13
月齢 15.6
潮名 大潮
干潮 00:03 0.94m
満潮 05:14 1.50m
干潮 12:14 0.15m
満潮 19:17 1.55m

2009/06/10(水)
日出 04:29
日入 18:57
月出 21:05
月入 06:09
月齢 16.6
潮名 大潮
干潮 00:38 0.93m
満潮 05:50 1.49m
干潮 12:49 0.18m
満潮 19:51 1.53m

「キンちゃんが行く」Vol.29

   1. 5月の海練習

 和菓子製造業“フジタヤ”は私の家業であり屋号でもある。端午の節句の5月5日までは仕事が忙しく、海練習を入れることが出来なかった。GWが終わった後は従業員が休みを取って行くので、その後に私の海練習を入れた。すなわち、5月の海練習は19日に3-way、26日に4-wayと毎週に続いてしまったのである。
Ssmalp5260011 まあ両方とも完泳で終わったのであるが、共に反省点が多く残っていた。そのうちの一つは関東、東海では4月の下旬から5月の上旬にかけて、つまり“椿の花が咲く頃”がドーバーの7月下旬から8月上旬に気候や水温が似ている。だからこの頃に海練習を入れたかったのだが、仕事だから“仕方ない”と諦めよう。しかしこれからドーバーを目指すスイマー諸氏には是非ともこの時期には海練習を存分に入れてもらいたいものである。
 もう一点は、今年になって始めての3-wayと4-wayの完泳である。それまでは水温が低いせいもあったのだが、完泳したからと言ってもろ手を挙げて喜べない自分がそこにはいた。特に4-wayは“完泳の仕方”が満足出来るものではなかった。
 ちょうどその淡島~大瀬崎間の4-wayを泳いでいた5月26日、東京では元いじめられっ子のチャンピオン、プロボクサーの内藤大助選手が世界ボクシング評議会(WBC)フライ級タイトルマッチ12回戦を熊朝忠選手(中国)とで行われていた。結果は判定(3-0)で内藤選手は5度目の防衛に成功し、彼自身の持つ世界王座の国内最年長防衛記録を更新した。
 しかし彼は「しょっぱい試合をしてすみません。これが実力。相手をなめていなかったけど、ボクシングは難しい。」とため息交じり。「情けない。才能がない。」と傷だらけの顔で、試合後は謝罪会見のようだった。
 次朝、テレビでそのことを知った私は、内藤選手の言葉、試合後の言葉が忘れられなかった。勝ったのに「皆さんごめんなさい。」と謝っている。凄くこの気持ちが分かる。勝った内容だよね。キンも泳げたが船の上で泣いていた。

   2. 船に乗って

 苦しみながらも何とか4-wayを成功させ、泳いで船に戻るとき、「早く上がって来い!」と石井コーチに怒鳴られてもしばらくは梯子に触りながら、「オシッコ!」と溜まりに溜まったオシッコをしている自分がいた。そういえばスタートは船の上でビデオ撮影しながら「何をそんなにモジモジしとる?」と質問され、「ウンコが出ちゃう!」と淡島からスタートして暫くは岸沿いでウンコしたのを思い出した。そう、始めから終わりまで私は“締め”を何かの形で今回はしてしまったのである。
Ssmalp5260034 まあ余談はこの辺りにして、船に上がってからというもの、いつものようにコーチが首にタオルを巻いたり検査着を着せてくれたりポンチョを着せてくれたり・・・。着せ替えのフランス人形に私は成り済まし、コーチの暖かい優しさにこの時だけ甘えている。コーチの「船の後ろに行きなさい。」の指示に従い、船頭さんの後ろに座る。
 しかしそこには落胆した私がいた。とても悲しくて涙が止まらなかった。先週の3-wayを終え、今回の4-way。「たった1-way増えるだけだ。」とモチベーションを高める必要もなく望んだのだが、最後の2900mで音を上げてしまった。それは自分の満足出来る泳ぎではなかった。この辺が内藤選手の「しょっぱい試合をしてすみません。」の心理状態が似ている気がしたのである。コーチや船頭さん、他の皆さんに泳がされ、何とか完泳出来た。
 いつかのドーバーの時の泳ぎと一緒であった。いくらドーバーで1-wayや今回の4-wayを泳いでも、“弱音をはきながらの泳ぎは自分の泳ぎじゃない!”と確信している。ショックで、ショックでたまらない自分がそこにいた。
 内藤選手の殴られても、殴られても血が出ながらも戦い続けている姿を見て、「どうして痛いのに、血が出ているのに戦うのだろう? 歳なんだから。もう止めればいいんじゃない?」と感じたが、「何かがあるんだろうなぁ~、やったことがない、目標がない、とことんやった人じゃないと分からない何かがあるんだろうな。」と、彼と私の姿を入れ交えながら考えていた。内藤選手は“勝ち方”に満足出来ていないのだ。そう、それはキンの“完泳のし方”に満足出来ないのと類似している気がした。そして内藤選手じゃなければ見えない“何か”を、キンじゃなければ見えない“何か”にすり替え、それを見たいと思ったのであった。

   3. 淡島~大瀬崎3-way

「キンちゃんが行く」Vol.28をご覧下さい。)

   4. 淡島~大瀬崎4-way

日付:2009年5月26日(火)
場所:静岡県沼津市淡島~大瀬埼間(約10km)
泳者:キン
方法:4-way solo swim = 40km
結果:1st leg: 淡島 04:36 ⇒ 大瀬崎 07:20  2時間44分
   2nd leg: 大瀬埼 07:20 ⇒ 淡島 09:54 2時間34分
   3rd leg: 淡島 09:54 ⇒ 大瀬崎 16:37  6時間43分
      4th leg: 大瀬埼 16:37 ⇒ 淡島 21:02 4時間25分
   合計=16時間26分
概況:天気 曇りのち晴れのち曇り
   視界 5~10海里
   風向 主に北ないし西
   風速 0.7~7.0m/sec
   気温 17.3~23.2℃
   水温 19.2~22.0℃
   波高 0.5m
   ピッチ 59~63回/分
   補給 炭水化物+果糖+茶類=300ml/40分毎
   流向 朝は西、昼は東に弱く、夕方から再び西に弱く
   流速 0.0~0.8kn
潮汐:内浦三津(北緯 35度01.0分 東経 138度54.0分)
   日出 04:34       日入 18:49
   月出 05:42       月入 20:58
   月齢 1.6         潮名大潮
   干潮 00:20 0.88m        満潮 05:36 1.58m
   干潮 12:36 -0.11m       満潮 19:40 1.64m

   5. 最近のプール練習

Ssmalp5260005 4月の海練習をしても身体の故障はなく、プール練習に力を入れていた。5月に入って19日の海練習3-wayはクラゲに刺される事もなく無事に終え、身体の故障もなかったが、目に見えない披露が蓄積されているので20日はのんびり1500mスイム。21日はやごと療院へマッサージしてもらいに行って練習はオフ。22日もオフ。23日から泳ぎ出したがスピードが出ず、落ち込みながらもロングを泳いでいた。気分転換でアクアダンスもやったよ。練習はサボっていない。
 水曜は仕事が休みなので、一日の泳ぐトータル目標は10km。その他はトライアスロンをやり初めて最近3000mが泳げるようになったMさんと50m×60本、1分サークルで50秒イーブンをやった。だいたいがインターバルトレーニングの嫌いな私、それでも「なかなかいい感じじゃん!」と気を良くして、次は100m×50本、2分サークルがやりたくなった。
 「誰か私の相手をしてくれる人いないかな?」と安城マスターズ所属の田辺さんを思い出し、電話をしてOKを貰った。1分40秒イーブンで私は全部回ることが出来、次は海練習の前々日なのだが、100m×100本、1分55秒サークルで回してタイムがどう変化するか試してみたくなった。また相手探しだ。
 心辺りの友達にメールをしたが、石垣島のオープンウオーターレースに来ているとか、来週京都で短水路のレースで調整しないかんとか、トライアスロンのレースが控えているとか、皆さんなかなか多忙で練習相手が見つからず、今度は逆に「誰からかな?」と来たメールを開けてみると、水曜日の朝練習の高橋コーチからだった。
 “飛んで火にいる夏の虫”と練習相手を頼む。すると「一人では練習相手は出来ませんが、旦那さんと交代制で泳ぎます。」との返事。「やった~!」と心弾ませたらもう一人出現。いつも4kmをイーブンペースで泳いでいる馬越さんだが、一緒のコースで泳ぐことを約束した。このメンバーで初のチャレンジ。心が躍る。
 皆が皆、私のインターバルの中で自分の目標を掲げて泳いだのである。高橋コーチは朝5時から自分の仕事。トライアスロンの指導を終え、旦那さんを家まで迎えに行き駆け付けてくれた。それも朝からバナナ一本しか食べてなかったらしい。だから最後の方は途中で栄養補給切れ、75mになったり50mになったりしたが、馬越さんが補助をしてくれた。
 馬越さんは5kmにチャレンジし、その後1kmまた泳いで高橋コーチの補助側に廻った。
 高橋コーチの旦那さんは9月の伊良湖のトライアスロンに出るために最後まで泳ぎ切ったのである。後から聞いた話しでは、クルマの中で「絶対に無理。泳げん!」と言っていたらしいが、イーブンペースで泳いだのである。スイム練習は久しぶりと聞いていた。
Ssmalp5260007_2 さて、私の方はというと初めの50本は 1分40秒、後の50本は1分45秒のイーブンだ。皆それぞれの目標を掲げてチャレンジし、完泳出来て本当に良かった。こうやって私も周りの皆さんに支えられながら練習が出来、感謝している。本当に有難うございました。
 いつも私を支えてくれる皆さんに感謝しながら、来週(26日)の海練習4-wayにつながって行くのだ。

   6. 1st leg

 1st legは先週と同様凪で泳ぎやすい。「朝一はいつも凪なのか?」と思わせるくらい静かで、始めからは飛ばさずゆっくりのんびり泳ぎ出す。頭のインプットは3時間である。
 ミズナギドリ(通称「バカ鳥」)は今の時期にお会いする鳥だが、今日は一匹だけ。何故ならイルカが跳びはねているからだ。1st leg(淡島⇒大瀬崎)は2時間44分と速い。さすがに今までの経験上、大潮で到着出来る時間帯である。潮に乗って来たのだ。
 シリコンの耳栓を新しいのに変えたのだがなかなか耳にシックリこない。耳栓のメーカーが私には合っていないようである。髪も女らしくかなり伸びてきたのでメッシュのキャップを被って頭の毛をまとめ、その上にシリコンのキャップを今は被っている。多分、遠泳をやっている女性ならお分かりと思うが、中途半端な髪の長さはキャップを被って後ろから出ていると擦れてくるのである。だから後ろ髪は縛ってキャップに入れられる長さが一番良いのである。
Ssmalp5260010 面白いことに男性は泳いでいる間にヒゲが伸びるらしい。だから息継ぎの時に顎が当たる位置はラノリンを塗るのである。これは実際の話で、ドーバーでアメリカから来た男性に私はラノリンを塗ったり、ラノリンの落とし方も教えたりしたのである。
 大瀬崎ではダイバーが早朝ダイビングをしていてビーチには誰もいなかった。

   7. 2nd leg

 行きが潮に乗って泳いだので「次は逆潮かな?」と思いながら、頭の中は4時間をインプットした。まだまだ凪である。途中、栄養補給の時に石井コーチが「イルカが見えるか!」と聞く。「う~ん、船に捕まって見ていいですか?」と、“バシャン~、バシャン~!”と飛び跳ねている約20頭のイルカを発見。背鰭も見える、見える。
Image164_2 よくイルカウオッチングに行ったことはあるが、こんなにもの大群に出くわしたのは初めてである。「魚でも追いかけていたのだろうか?」、「今日の漁師さんはお手上げですね!」
 2nd legは2時間34分。2-wayで5時間を切った。もしかするとベストタイム? まずまずの出来、久しぶりの良い記録が出たのである。

   8. 3rd leg

Ssmalp5260012 淡島はちょうど干潮で岩がゴロゴロ見えだし、乗りたくない岩の上に立っての折り返しになった。裸足だし、海水でふやけているし、足の裏を切る可能性大なのである。
 波と共に立っているとバランスも悪くなり怖いのだけれど、コーチはビデオ撮りと写真撮影に忙しく、「まあちょっと! まあちょっと! 動くな!」としゃべりまくっている。まだまだ余裕の私がそこにはいた。
Ssmalp5260017 頭の中のインプットは4時間に合わせた。案の定、南の風が吹き出し、逆潮に向かい風、最近は昼から風が出てくるのを予想はしていたが、向かい風ながらの波でも泳ぎやすかったので良かった。
 1st legが2時間44分。3rd legも2時間泳いだ所で「もう少しかな?」と期待したのだが、栄養補給の時にコーチに呼ばれ、「嫌なこと聞きたいか?」と言われた。
キン「は~ん?」
コーチ「今40分泳いで700mしか進んでない!」
キン「え~!!」
と後ろを振り返り周りの景色を見渡す。
「本当だ! さっきみかん共同選果場の屋根を見たんだけど、まだこんなに近くにあるよ!」と、「何でそんなことコーチが教えるんだ!」とキンは怒れてきた。と同時に気が弱くなり、4時間泳いで途中で止まり
キン「あの~、まだつかないんですけど~・・・」
コーチ「いいから早く泳げ~! 喋っている間に下がるぞ! 早く行け~! 早く~! 止まるな~!!」
キン「わかった! ただ言いたかっただけ!」
と必死に泳ぐが、“大潮の逆潮と向かい風のコンビ”VS“爺二人に可愛いキンちゃんのトリオ”の意地の張り合いになってきた。
 心の中では「少しずつでも進んでいるから泳ぎ続けりん!」と励ましていた。頭の中のインプットは“6時間”に切り変えたのである。
 「逆に向かって泳いだら、きっともの凄いスピードで泳げるな・・・」と、何回も何回ももう淡島に向かって泳ぎたい自分がそこにはいた。
 以前に中澤先生たちと泳いだ時も6時間以上掛かったことがあるが、あの時は「大潮と泳ぐスピードが遅いんだ。」と思っていた。が、「かなり速い潮だったんだ!」と今更ながらに改めて気付かされた。
 どうにかこうにか大瀬崎に着いたが、6時間43分も掛かってしまった。始めは「前半の2-wayが6時間を切ったなら、後半の2-wayも6を足して12時間ぐらいで上手く行けば終わってしまうのではないか、」と考えた。「そしたら今日は5-wayに変更か?」とも考えていたのに、私の考えは非常に甘かった。大自然の力を目の当たりにした感じだった。
Ssmalp5260020 いつも下ばかり見て泳いでいるので気が付かなかったが、大瀬崎ではカメラマン二人とダイバー一人がビーチで待っており、私の泳いでいる姿、海から上がってくる姿をパチパチと撮っていた。耳栓を外しながら
ダイバー「何処から来たの?」
キン「淡島から来ました。今これで30km泳ぎました。今は逆潮で6時間も掛かってしまいましたよ!」
Ssmalp5260019ダイバー「淡島まで何kmあるんですか?」
キン「10kmです!」
ダイバー「ふぇ~!」
キン「ドーバー海峡往復泳の練習をしており、いつも淡島~大瀬崎を行ったり来たり、年がら年中泳いでいます。今日は40kmです。ところで私もダイバーなんですよ。日曜日からサイパンに行きます!」
などと、久しぶりに世間話しをした。
ダイバー「頑張ってください。」
キン「行ってきます。」
と、私の心は気分転換とともに、晴れやかに変わっていった。

   9. 4th leg

 風に押されながら潮に押されながら、気分は快適であった。船の様子も追い風とともに進み出したせいか、皆の顔つきが変わった。
コーチ「浮かんどるだけで進んでいるよ!」
キン「うん、私もそう思う。」
 「栄養補給は15時間分作ったので、3時間で泳げばちょうど無くなるし、無くなったらアミノバイタルゼリーだな~。いいせん行ってるじゃないか!」
 コーチがフラッシュライトを渡してくれたのでキャップにくっつけ、「もうそんな時間になるんだな?」と感じ始めた。
Ssmalp5260028_2 船のライトも点き始め、暗くなると町の光、ホテルの光以外は何も見えない。真っ黒な景色を右にしながら泳ぐ。何だかまた進んでいないような気がする。
 泳げるのだが、泳ぐのが段々嫌になってきた。「ここでやめたら今まで泳いできたことが駄目になるよ。後少し泳げば着くよ。」と自分に励ますが、弱い自分が出て来てしまい、
キン「コーチ、もう疲れた! もう泳げん!」
と弱音を吐き出した。
コーチ「後2900m。1時間ちょっとだ!」
「まだ、そんなにあるのか!」気を入れ直して泳ぐが、コーチが「2800、2700、2600、・・・」と、残りの距離を叫ぶ声が早く聞こえないかとイライラしながら泳ぎ続ける。栄養補給も幾度なく飲んだが、もう大瀬崎から何回目の補給か分からなくなってしまった。
 「もう少しの我慢だ。」、だけど私から見える港出入口の赤灯台は、淡島から後1000mくらいの所にあるが、景色がちっとも変わっていない気がする。
 ドーバーでは残り3km付近でリタイアする方が多いが、キンは残り1100mで止まり、「気持ちが悪い。」と言い出した。
 先頭さんは船を下げ「後もう少しだ!」と言う。コーチは「早く泳げ!」と言う。こうなったらもう泳ぐしかなくなり、再び泳ぎだした。
 前を見てはいけないが、「近づいたか?」、「近づいたか?」と気になってしかたがない。コーチが叫ぶ声もうっすらとしか聞こえなくなってしまっている。
 身体はまだ泳げて動く自分がいるのに、精神的に参ってしまったのである。
 それでも何とか先頭さんとコーチに導かれながら完泳出来た。それも4時間25分も掛かってしまった。潮が途中で変わったらしい。5-wayなんてとんでもない話だった。

   10. 反省会

Ssmalp5260032 船から上がっても、私には何時かさっぱり分からず宿に戻り、すぐにラノリン落しと洗い物に取り掛かる。もう慣れた手つきで次から次へとことが進み、フロントに行くと民宿「桂」のご主人が出て来て今日の出来事をいろいろ二人で話し出す。早朝に出て行き、帰って来るのが遅いから心配して下さっていたのだろう。
 この時にやっと今の時間が確認出来た。22時30分であった。慌てて洗い物を干し、船頭さんの菊地家へと「反省会」と名がつく食事会に行ったのである。もう23時を回っていた。
 夜分遅くからの食事は皆さんお疲れムードだが、やはり私が弱音を吐いたことで結果より中身の問題で指摘された。それは私には重々承知の上であるが、何も言わずに泳ぎ切った方が良いに決まっているのはわかっている。そして「最近は前向きじゃない。」とお叱りを受けた。
 今度は5-wayである。時間が20時間以上は掛かるであろうこの大仕事を、この三人一チームが心一つになって為せる技である。誰一人欠けても完成出来ない大掛かりな仕事。今度こそは弱音を吐かないように泳ぎ切りたいと思う。
 菊地さんと奥さん、桂の皆さん、家族、会社の皆さん、友達、どうも有難うございました。そしてまたキンは泳ぎ続けます!

   11.母親

Ssmalp5260022 以前は足を痛がって、私のプール練習をする“ロイヤルスポーツクラブ”でリハビリのため毎日のように歩いていたが、最近、ここ半年は「今日は足が痛むから、」と言って、ちっとも「プールに行く!」とは言わなくなった。そんな母親が久しぶりに「キンちゃん、プールに行く!」と言い出した。
 運動不足と足のリハビリを心配していた私は、嬉しくて、嬉しくて、母をロイヤルに連れて行ったのである。時間がなかったせいもあるが15分歩き、お風呂に入れて帰った。すると「次の日も行きたい!」と言うので1時間歩かせた。そしてまた次の日も「行きたい!」と言い、時間の関係上40分歩いた。
 手が不自由でキャップを被ったりチャックを嵌めたりが大変だが、ロイヤルの会員の皆さんが気付いたらお手伝いをしてくれるみたいだ。有り難く感謝しています。母親に負けず、キンも泳ぎます。

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北海道函館の潮汐

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