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わくわく、どきどき、台風の目。

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2008年8月の記事

24時間テレビ

24時間テレビ
津軽海峡横断泳は、17:20、中止が決定しました。

24時間テレビ

24時間テレビ
10時間経過。写真は白神崎です。
もう北海道は、「ハックション!」とクシャミをすれば、ツバキが届くところまできましたが、目的地の福島まではまだ遠いなぁ〜。

24時間テレビ

24時間テレビ
スタートして8時間が経過しました。北海道の最南端、白神まで約5km。潮がよく変わります。

24時間テレビ

24時間テレビ
今、白神(北海道最南端)まで7マイル地点。
6時間経過。海峡に入ってきました。
風速8.5m、波高2.0m。ステキな海です!

24時間テレビ

24時間テレビ
スタートして2時間経過(午前8時現在)。小泊半島権現崎沖合。マグロがたくさんいた。

24時間テレビ

24時間テレビ
津軽海峡横断リレー泳は、順調に10分遅れでスタートしました。

青森の小泊で

青森の小泊で
何だかスゴい三人を見つけてしまいました!
左から守谷、キン、八戸

24時間テレビ

24時間テレビ
カメラテスト風景

8月29日(キン)

8月29日(キン)
朝から函館は土砂降りの雨。霧がかかり、見通しが悪く、風はそんなに吹いておらず、海は凪に見える。まったく私は本当にいつも天候に恵まれていない。
今日は青森の小泊に移動する。
朝6時に船頭さんから電話が入り、「岡崎(愛知県)が凄いことになっているよ!」と。テレビをつけると水害が! それから家に電話したが、「大丈夫」とのこと。
主人は消防で矢作川に流されたお婆さんを捜索中。「眠たい」と言っていたよ。
大分前の集中豪雨では、私の家は床下浸水になったが、その時も主人は消防に出掛け、私の家は従業員たちとで守った。
調度その日は十五夜で、岡崎の水害のことはテレビやらメールのやり取りでだいたいの把握が出来ており、松本、岡崎、東京に住む友達、サイパンからも心配で電話があった。
岡崎はあっという間に有名になったよ。
後片付けをしながら朝ご飯を食べ、残った材料で昼の弁当作り。石井コーチは津軽海峡を泳ぐことが出来なくなったことに対し、30件ぐらいに電話をかけまくっていた。
雨が小降りになったのを見計らって荷物を車に運び、ムーイの人に挨拶をし、安宅さん宅で挨拶をし、函館に戻り、海を見ながらの昼ご飯。
霧が深く、凪なんだけど、どうして私って泳げないんだろうかと思うと悲しくなってしまう。
まだ次にやることがあるから気は紛れているが、段々と寂しくなるんだろうなぁ〜。
ドーバーではもう泳ぐことがないだろうと、フランスからイギリスに行く船の中で涙を流したものの、泳ぎたいのに、ずっと待っていたのに、泳がしてくれない津軽海峡。いつかは制覇したいものだ。
青森の蟹田駅でテレビ局のクルマと待ち合わせ。今度の24時間テレビの主役、立木早絵さんと早絵さんのお母さんと共に小泊へ移動。晩御飯を食べながら明日の打ち合わせをした。

8月28日(キン )

8月28日(キン )
昨晩は寝たのが遅くなったものの、朝3時30分に目が覚め、また寝ようと思ってもなかなか寝付けづ、いい加減に起きてしまった。
また料理の話しになるが、昨日カレーの下拵えと、この前のチキンで使った残り汁を使って、おからの和え物を途中まで作っておいた。で、その仕事の続きをしたかったのである。
カレーは煮込むから時間が掛かるのである。それと昨日、新聞記事にキンが載ると言われ、ムーイに新聞配達屋さんが来る6時に待っていたのである。
フロントに行き新聞を見ると、胸から上が写真で出ており、「フジタヤ」(キンちゃんの和菓子屋の屋号)の宣伝にはならなかった。
それに元が悪いから、スッゴク変な顔。ちょっとショックだったけど、笑顔が素敵に写っている。丸にしよう。
今日の予定は昨日、下調べした恵山のプールに行くことである。午前の部は9時30分〜11時30分だったので、10時に行き3km泳いだ。
水温25℃。25mプール。コースロープなし。透き通って向こうまで見える。築30年経っているのが嘘かのようにとても綺麗であった。
入り始めはとても気持ち良く清々しく泳いでいる自分がいる。ダッシュも効いて、快調であった。
と、ピーと笛が鳴るじゃないか! 「なんだ〜」と立ち止まると、休憩らしい。
まだ1300mしか泳いでいないのに! と椅子に座り、15分も休憩。そしてまた泳ぎ始めた。
次は1550m泳ぎ、時間になった。
プールで泳いでいるのは石井コーチと私だけ。ここは私のお気に入りにしたい!
まあそれからはまた、北海道新聞函館支社に行って「今回の企画、悪天候のため取り止め」の報告をしに行ったりして、恒例の如くお風呂に入ってから、今日は早めに熟睡したのである。

8月27日(キン)

8月27日(キン)
寝ていると外の雰囲気が静かである。トイレに行き電気を付け外を見る。風が無く、木が揺れていない。『もしかして泳げるかもしれない』と思ったら、ドキドキして寝むれなかった!
昨日の夜は山菜うどんを二人前作ったが、ヘソ曲がり、ご機嫌ななめのコーチは「要らない!」と言うので、その二人分を全部私が食べた。お陰で朝までお腹が減らず、またもや朝食はヘルシーにパンと生野菜と、昨日のうどんの汁をスープ代わりにすすった。まあナメコも入っているのでドロドロして美味しいよ。
今日の予定は北海道新聞函館支社の記者、石井さんと函館市民プールで10時に待ち合わせし、取材を受ける。
プールで泳いでいる写真も撮るって聞いたから、早々とムーイ(宿)を出てプールへ向かう。
津軽を泳ぐ計画が予定通りなら、今日は青森の小泊へと移動の日でもあり、朝、船頭さんの安宅さん宅へ電話をして確認したが、「まだ様子を見る」と言う返事だった。だからまだ泳げるかどうか具体的には何もわかっていない状態だったが、それを押しての取材になる。
だが、プールの帰りにまた安宅さん宅に寄って、再び確認しようと、プールに足を運んだ。
調度クルマを降りて歩いているところに石井さんも来られ、ロビーで私の経歴や、どうして津軽? とか、ドーバーと比較してどうか? とか、抱負は? とか聞かれ、それからはプール撮影で終了した。
プールでは私の水着を見てか、「この格好、この水着で今回も泳ぐのですか?」と聞かれる、「はい、そうです。うちの会社の人達が、どうせ泳ぐなら'フジタヤ'のネームを入れりん!」と言われ、「新調した水着なんです。」と答えた。
海で使う水着は身体にラノリンを塗るため、直ぐに着られなくなってしまう。だからプールで何回も着た中古水着を海では着るのだが、それは仕方たがない。新品水着で海を泳いでみたいが、経済的にそれは困難だ。
この日もロングを4km泳いだが、昨日よりは調子が頗る良かった。
予定通り帰りに安宅さん宅に寄るが、「今日は無理」ということで、3時間ぐらいいろんな話しをした。
噂によると、FMラジオで「24時間テレビで目の見えない16歳の女性を、ドーバー海峡や津軽海峡を泳いでいる人がサポートする。」と言ってたらしいが、私は船の上でのサポートで泳ぐことはない。
30日に'海で泳ぐ心構え'を話すぐらいで、私はサポートする以上、最後までしっかり応援するつもりである。
安宅さんが「お風呂に入ったら晩御飯を食べにおいで!」と誘われ、言われる通りにお風呂(湯々館:ムーイに隣接している温泉保養施設)に入ったのだが、地元の常連客は、色の黒い(毎年津軽を泳ぎに来る)私を覚えていて、一方私と言えば、あの大勢の女性の中で顔を覚えられない人もいる。ところが最近は「もう泳いだか?」とか、私が津軽海峡を泳ぐ泳者だと言うことを知られてきていて、『毎年毎年函館に来て、顔なじみになったもんだ』と思うと同時に、覚えてくれていて、とても嬉しい気持ちで溢れるのだ。
まさに裸のお付き合い。4年間連続でお会いして話しをする女性にも、今日やっと会えた。
一年に一回しか会わなくても、会えないと『どうしたんだろう』と心配になる。
またもや'井戸端会議'ならぬ'風呂端会議'で長くなり、石井コーチに「いつまで入っているんだ!」と怒鳴られる。
安宅さんの奥さんからも電話が入り、「迎えに行くから」と言われて、ドーバーのビデオを持って出掛けた。
安宅さんファミリーのいつものメンバーに囲まれて、'残念会'が始まった。
面白い話しっていってもキンだけかも知れないが、ご当地浜町では、海と山の間の海沿いに主な道路が走っているが、波が荒い時は道沿いにもザブーン、ザブーンと波が打ち寄せる。だから時たま昆布、海藻などが打ち上げられ、「こういう所で『セルシオ』なんて高級車なんかに乗ったら、すぐさま『アジシオ』になってしまうよ!」と聞かされて大笑い。『確かだな』と納得してしまった。
だから私は逆に、私の旦那さんが乗っているクルマが'エルグランド'なので、「私の旦那さんは'エスグランドだよ!'と言ったらけっこう受けていた。
そしたら「女性に'ビールはどこの銘柄が好き?'と聞かれたら、'あなたのクチビールが好き!'答える」と、またオヤジギャグが飛び、宴会が盛り上がる。
まあ漁師さんだからいろんなハプニング話にも華が咲き、ドーバーのビデオもやはり漁師さん、どんな船か、操舵室とか、見る所が違う。
「ドーバーのボートは、何処のエンジンを使っている?」と聞いてくると、石井コーチは「ボルボとヤンマーが同格にあって、船内機はそれらが多い」と答えていた。
船のエンジンには興味の無い私だが、やはり「一般の人とは質問の内容が違うなぁ〜」と感じ、来年にビデオを撮る時は、泳者だけではなく、もう少し船に関した所も撮ろうと感じた。
また久しぶりに自分のビデオを見たが、私たち日本人が今ビデオを見ており、外人、つまりパイロットやオブザーバーなどが映ると、「まるでビデオの中のこと。自分たちとは別世界」の不思議な感じがしてくる。そしてつくづく「ドーバーは外国なんだ!」と感じた。
宴会の話しは盛り上がり、お母さんの料理もいつもながらの手のこった手作り料理が並び、安宅さんご自身が収穫した昆布を使っての、鰊のコブマキをいただいた。
型崩れがなく、味が染みて美味しい。イカに餅米が入っているイカメシ。サーモンの刺身。私がお土産で持ってきた岡崎八丁味噌を使ってのおでん。唐揚げ。漬物など、美味しくて、美味しくて、多分、毎日泳いでいるものの、幸福太りになった感じがする。
安宅さんの娘さんは私を見て「小さい!」と叫ぶ。まあ横に広いデブなんだが。何だか安宅さんの娘さん、とし子さんには、いつもお会いしているが、面と向かって話すのは始めてのような気がした。
楽し過ぎて時間が過ぎるのが早く、帰ったのは24時であった。

8月26日(キン)

8月26日(キン)
朝5時起床。朝のニュースはだいたい同じことを繰り返すので、一通り見てからブログをケータイに書き込んでいく。
昨日は食べ過ぎたから、朝は軽くトーストと生野菜、ヘルシーにした。
恒例の如く午前9時にムーイを出る。しかし今日の目標はプールの前に北海道新聞函館支局に寄り、津軽海峡を泳ぐ計画書を渡しに行くことだった。そこは函館市民プールから近く、泳ぎ出しは10時35分ぐらいからで間に合った。
「それなら4kmは泳げるな!」と、'目標は4km'を頭に入れて泳ぎ出した。しかし身体が重たい。朝から重たい感じはしたが、昨日お風呂に入ってないせいか? サプリメントは飲んでおいたがなぁ〜。
昨日と手の動き、ピッチが全然違う。まあこういう日もある。『のんびり泳ぐか!』、まあ遅くても100の折り返しは毎回ペースクロックを見てイーブンペースを保つようにはしている。
ギリギリの時間まで泳ぎ、15分で駐車場までダッシュだよ。この駐車場が結構遠いんだよな。陸上では弱い私。早歩きをしているのに、同じ考えの私よりもスリムで背の小さい女性が私を抜かして行く。頑張って私も歩くが追い付かない。
「何でこんなに遅いのか? 不思議でたまらない。
今日はムーイで、昼ご飯は焼肉を食べる予定である。ムーイの中村さんが、『とっておきの美味しい焼肉を用意して待っている』と約束してくれたのだ。
お腹を空かせ、牛肉、豚肉、マトン、ハラミを全部平らげてしまった。
もう明日にでも津軽海峡を泳げる状態にしておいた。
函館に来て初めて洗濯をする。コインランドリーがムーイに備えてあるが、時間が掛かるので待っている間、お風呂に入る。お風呂では去年お会いし、また偶然にも今年もお会いした方に、今年も泳ぎに来たことを告げた。
やはり色が黒いと目立つらしい。風呂で何人の女性と知り合いになったか? 悪いことは出来ないなぁ〜〜。
またお風呂で小耳に挟んだ情報の、恵山のプールを探険しに行くことにした。
ここは私たちがよく買い物に行く斎藤商店の近くであり、場所もしっかり聞いてクルマを走らせた。消防署の隣だと聞いていたので直ぐにわかり、'恵山総合体育館'と書いてあった。
館長に会い、利用時間や休館日などいろいろ聞いたが、その他にも雑談が入り、20分はいたかな?
お風呂で喋り、館長と喋り、あげくの果ては、洗濯から乾燥している一時間はムーイの佐々木さんと喋り、いいかげんに喉が乾いたからビール飲みながら喋ったよ!
お風呂から出て何も飲んでなかったから、冷たくて美味しかったよ!
コーチは何してるって?
こんな天候だから朝から機嫌悪く、ほかっといた(ほうっておいた)よ。

7月25日(キン)

7月25日(キン)
朝5時起床。どうしても朝は目が早く覚め、ゴソゴソしてしまう。
昨日から鳥肉(手羽)を弱火で煮込んでおり、今日は味付けをして、また弱火で煮ようと考えていた。
まあ、この骨付きの鳥肉も100g、58円と安かったので買ったが、美味しいかな?
茹でていた汁が少し多かったので、朝御飯の吸い物にしようと少し取り、鳥がらスープを入れ、玉葱とレタス、溶き卵、そしてやくみネギのみじん切りを振り掛ければ美味しいお吸い物の出来上がり!
肉詰めピーマンで残った具をハンバーグにして焼いた。朝御飯のおかずは完璧かな? 朝からハンバーグ? と言われるかもしれないが、今日も泳ぐので、お肉は食べておいた方が良い。
朝御飯が済んでからは9時にムーイを出る予定なので、準備をしてから友達にメールをしたり、母親に電話をしたり、ブログを書いたりで、自分の時間である。
部屋の掃除も9時に来るので調度良い。
プールまでは45分ぐらいで着く。もう要領はわかったので、今日はドリブルやスカーリングなどを取り入れ、3500m泳いだ。
2時間以内にプールを出て駐車場を出なければ延長料金を支払わなければいけないのである。
コーチも渋々私に付き合って泳がされている。ダイエットしないとドーバーで太り、津軽で太り、アンパンマンにっちゃうからね。
もうプールから出る時間が近付くと、コーチが一人の男性と話している。その男性は腰椎を二回手術をしたことがあるそうで、「身体を動かすことが出来るのはプールの中だけだ。」とおっしゃっていた。
頚椎も悪くしているようで、右腕に麻痺があった。しかし元のプールの館長さんからのはからいで、リハビリで水中歩行から始めたらしい。それが七年経って、今はどうにか泳げるようになったがと、スピードがないので、こうやって完泳コースのスイマーに「のろくて申し訳ないが、避けて泳いでもらえるようお願いしているんですよ。」とのことだった。
しかしそれを聞いたのはプールから出る直前だったので、「今度から充分に注意しますよ。」と言って別れた。
その間、私は話が終わるまで泳ぎ続けていたが、コーチが障害者の水泳指導をしているので、理学療法的な知識もあることに驚いていた。
そう、私の母親もそうだが、前は歩く歩幅が狭かった。足が短いせいもあるのか、歩くのが遅く、ロイヤルでもプールで歩いていたが、かなり後ろから追い抜かす人に迷惑をかけたのではないかと、私は横目でチラチラ泳ぎながら見ていたものだ。
だが3ヶ月後の母親は歩幅が広くなってきたのに気付き始めた。
陸上でも確実に歩幅が広くなり、サッサッと歩くのがよくわかり、うちのパートさん達が「別人」と言うぐらいに回復したのである。多分プールで歩いている成果が陸上にでも現れたのであろう。
ロイヤルの方々も母親の変わりようにはビックリしていたことを思い出させていた。
人間直ぐには成果が現れないが、続けていれば少しずつ、目には見えにくいが確実に進歩していることを感じさせた。
プールを出てから買い物をし、安宅さん宅に寄るが、まだいつ泳げるかわからない。マジで東風が強いからである。
日曜日辺りに晴れマークだが、大潮である。まあ待つしかない。
ムーイに戻り、昼ご飯を食べていると、フロントにいる女性からコブ巻きが届いた。ニシンが入っており、軟らかくて凄く美味しい。ムーイで、こんなに美味しい物が食べれるなんて、私はついてるよ。

8月24日(キン)

8月24日(キン)
朝6時起床。頭の中はプールに行くことと、17時にお風呂で昨日、友達になった方とお会いすることに集中している。
張り切って朝御飯の用意をして、昨日、安宅さんの奥さんから生野菜を貰っていたので、その容器にポテトサラダでも作ってお返ししようと台所に立っていた。
コーチが「ピーマンの肉詰めが食べたい」と言うので下ごしらえもしていた。
9時にムーイ(宿)を出る予定が10時になり、慌てながらフロントに行くと、ここムーイのボスである中村さんが、「二人分だけだけど、おでん用意してあるから食べて」と、可愛い鍋で用意されていた。
一食助かった反面、去年はモツ鍋を頂き、半分ぐらい食べている途中に警報が出て避難したことを思い出した。
『今日こそは味わって食べれるなぁ〜』と、暖かい中村さんの心配りに朝から胸を打たれたのである。
車に乗りながら外の景色を見る。『昨日より荒れているわ!』、『無理無理!』と安宅さん宅に寄り、いざ函館市民プールへ。
レンタカーにはナビがついているから道に迷わずすんなり行けるものの、プールの使い方、駐車場の使い方、時間制限など初めてで分からず、30分は損をしたかもしれないが、しかたがない。
この日はロングを3km泳いで出ることにしたが、13時を回っていた。
買い物をしてムーイに戻り、素麺を頂いた。何故なら、石井コーチが昨日飲み過ぎたらしくお腹の調子が悪い。大ぐらいのはずなんだけど、料理のしがいがないよね。
食べてから休憩すると動けなくなるから、直ぐにコーチが東京に忘れたヒゲソリを買いに行くことにしたが、何処に売っているか分からずフロントで聞き、「なとわ恵山(道の駅)」の前のツルヤさんにあると言われ、早速足を運び手に入れることが出来た。
他にも私の大好きなキティのタオルを購入。値下げ価格だったのでルンルンだ。私の母へのお土産にするつもりである。
母は障害者であるが、一時辞めていたプールもここ最近行きだし、一時間ずつ歩き、私と違ってそんなに喋る人ではないが、ロイヤル(私が常に練習しているプール)に行けば会員の皆さんが話し掛けてくれるので幸いである。
母は「プールに行って元気になって少しでもキンちゃんと一緒にいたい」と言う。そう、最近というかここ一年間、海練習やプール練習や、家族サービス、仕事など忙しく、相手にしていない。前は何処に行くにも一緒に行動していたが、足が弱くなり、ついてこれなくなった。
そんな母が元気になりたいからといって、また前向きな姿勢でプールに行きだした。キンも母を見習うよ。
話はかなり脱線してしまったので、元に戻そう。
まだ17時には時間があり、恵山の方にドライブしながら約束の時間にはお風呂に着く。
昨日約束した女性と会い、天然昆布を十条貰い、一緒にまたお風呂に入って話でも出来るのかなと思いきや、忙しい様子で直ぐに帰ってしまった、しかしワザワザ恵山から持って来てくれたのである。岡崎に戻り次第和菓子でも送ることにしよう。
この時は土砂降りの雨。何とかしてよって感じ。一時間お風呂に入り、楽しみにしていたおでんを頂くことにした。こんにゃくは白いのと黒いのの二種類。ハンペンも四角いのと丸いのの二種類。タマゴ、ガンモドキ、フキ、大根、タコなど、数知れずいろんなのが入っており、とても美味しく、お代わりと言ったら鍋には何もなかったのが現実であり、汁まで平らげてしまう始末。
初めてフキの入ったおでんを食べたが、美味しかったよ。北海道ならではかも知れない。
後は明日のプール練習に向けて寝るだけだよ。

7月23日(キン)

7月23日(キン)
今朝はゆっくり起きれば良いのに、朝6時頃からゴソゴソし始め、テレビをかけ、ニュースを見ながらクロネコヤマトで送った荷物をフロントへ取りに行く。
昨日はムーイに戻ったのが22時を過ぎていたし、両手にいっぱい荷物を持っていたため運べなかったのである。
だから朝から荷物の整理をして、軽くパンとハムエッグを食べ、私はレポートを10時まで書き、海を見に行くことにした。
風が強く、本気で飛ばされそうになる。
写真を撮ろうとクルマから降りると、昆布の良い臭いが…。
歳老いた母親とその息子さんだろう。仲良しこよしで昆布を摂っていたのである。
こういう光景は、函館を走っていればよくみられる。
荒れている海と風をバックに、石井コーチに写真を撮ってもらった。
それからは昨日にお風呂に入ってないので、お風呂に行く予定だったが、お腹が空きすぎて急遽買い物してから、昼ご飯を食べることにした。
隣町に斎藤商店という何でも屋さんがあり、毎年買い物をするが、結構お値打ちで、お土産もまとめて買うことが多い。
今日は野菜、コーンなどを買った。
ムーイに戻り、昼ご飯を食べて、休憩してからお風呂に向った。
お風呂のフロントでは去年いた方がまだ働いており、私たちの顔を覚えており、懐かしく、『今日はお風呂で何に出くわすか?』と内心ウキウキで入っていった。
始めはシャンプーとリンスは持ってきたが、身体を洗うシャンプーを忘れたことに気付き、誰かに親しくなって、ポンプ一回分だけ貰おうと思ったが、変な人に見られるといけないので、『我慢しようかな?』と思い、水分を出そうとサウナに入った。
そう私の量った体重は58.6kgと、皆さんが言うように痩せているのだ。
始めは10分入って水風呂に入り、次は『どれぐらい入れるかな?』と、またサウナに入った。
と、私一人で入っていたサウナに綺麗な女性が一人入ってきて、「黒い!」と聞こえるように言いながら私を見ている。
それからは話し好きのキンはこっちのもの。サウナに入ったり水風呂に入ったり、話がつきず、その綺麗な女性は昆布業で、明日、私に昆布を上げるよと言うことで、明日会う約束をした。
函館の人ってこんな感じの人が多いんだよなぁ〜!
話に夢中になり過ぎて、16時10分に出るはずが延長してしまい、その間に安宅さんから電話が入り、晩御飯を食べにおいでとのこどだった。
18時30分、安宅さんちに到着。乾杯音頭が始まり、この前のウニの塩辛らをたらふく食べ、シロミソベースの豚汁を頂き、函館ならではのコーン、サラダなど、お腹いっぱいになったところでサブパイロットの義春さん(安宅さんの弟)が現れ、話は盛り上がり、帰ったのが23時過ぎ!
幸せないろんな出会いの一日であった!

津軽海峡日記(7月22日)

待ちに待った津軽の縦横断泳、私にしか泳げないと確信している。
ドーバーでのムラムラした気持ちを発散しようと羽田空港へ向かった。
案の定と言うか…、16時50分発のANA函館便は10分遅れで羽田を飛び立った。
飛行機は案外空いており、寝てしまい、気がついたら青森の下北半島佐井村付近を調度通過しているところだった。
眼下には佐井の願掛け岩や漁港が見える。一昨年、私が泳いだコースである。願掛け岩を目の前にして、3時間も前に進まず、クラゲに刺されながら立ち往生していた…。まさしく忘れたくても忘れられない場所である。
東風で津軽の海は白波が立っている。低気圧が停滞しているせいであろう。早くぬけないものか!
空港に着きニッポンレンタカーの受け付けで、係員が居ないので、カウンターの指示通り電話で着いたことを知らせるが、私達の予約が入ってない!と言われるが、石井コーチは断固とインターネットで予約をしたと言い張る。口では誰にも負けないコーチはとっても割安で車を借りることが出来た。
どちらのミスかは分からないが、無事にカローラを借り、外は真っ暗で私は「寒い!」と大声を上げてしまった。
我が家、愛知県は岡崎市とこんなにも差があるのだと実感した。
船頭さんの安宅さん宅に「今、函館を出たところで、そちらに着くのが遅くなるので明日寄ります。」と言うと、「大丈夫!海はしけているから、明日は船を出さないから寄りなさい」と言う。
お言葉に甘えて買い物してから寄ることにした。滞在先ムーイにも遅くなることを告げた。
安宅さんファミリーは、一年前とは変わらず仕事が忙しく、やっと一段落したらしい。
お茶だけの予定がビールを頂き、つまみに出てきたウニの塩辛が抜群に上手い。口に入れた瞬間、ウニの甘味が口の中に広がり、段々と塩味に変わるのだ。全然塩辛くないのが不思議である。
もうウニなんてこの時期には食べられないと思っていた。こんなにいっぱい食べたら居酒屋では何千円とくだらないだろう。私達は初日から贅沢をしてしまった。
そうそう、安宅さんの第一声は「痩せたねぇ〜」だった。
ムーイでは、夜勤勤務の佐々木さんがお出迎えで、フロントで待っててくれとの、始めの第一声は「嵐を連れて来たね」だって!
本当に風が強くて寒かったよ。

今度は津軽です!

今度は津軽です!
今、北海道(函館)です。津軽海峡の縦横断泳のために来ました。
本日、最高気温は20℃も上がらず、まるでドーバーのように寒いです。
気象情報(現況)では'海上警報'が津軽海峡に「海上強風警報」として出ています。
龍飛埼灯台の風は(2008/08/23)
08:55:・16(m/s)
08:25:・17(m/s)
07:55:・17(m/s)
07:25:・14(m/s)
06:55:・14(m/s)
06:25:・14(m/s)
05:55:・16(m/s)
05:25:・16(m/s)
04:55:・16(m/s)
04:25:・18(m/s)
03:55:・19(m/s)
03:25:・18(m/s)
02:55:・14(m/s)
と、山瀬が吹き荒れています。
さすがキンちゃん。「嵐を呼ぶ女」は健在です!
まだ数日は泳がないと思いますが、「ドーバー日記」は少しお休みです。ご承知おき下さい。

7月23日(tora)

緊張感が・・・無い

 0時30分に表へ出る。夜の帳はそれほど寒さを感じさせなかった。タクシードライバーに目立つよう、道路反対側の広いところへ荷物も移動してタクシーの到着を待つ。

 0時40分、時間通りにタクシーは来たが、これがワンボックスのデカイタクシーで、キンちゃんと2人で乗るには大きすぎるほどのタクシーだった。

 荷物を積み込み、「ハーバーオフィースへ」と言うと、タクシーはハーバーオフィースに向う。時間にして約10分。まだ暗いハーバーオフィースに着いた。

 普段、ニールはイギリス時間(?)を使う。つまり「待ち合わせ1時!」と言ってもほとんど1時に来たことは無い。だいたい10分は遅れてやってくる。しかしこの時ばかりはまだ1時10分前なのに、サブパイロットのアドリアンが来て我々の荷物を持ち、伴走船「Suva」まで案内してくれた。

 Suvaに乗り込むと、何だ、アイリーンがいる。アイリーンは今日のオブザーバーなのだ。何だアイリーンがオブザーバーか・・・、パイロットのニール、サブパイロットのアドリアン・・・。何だか新鮮味が無いというか、緊張感が無いというか・・・、いずれにせよ勝手知ったる何とかかばかりだなぁ~・・・。何だか「これからドーバーを泳ぐぞ!」というには、もう少し新鮮な緊張感が欲しかった。贅沢かな??

 「お~い、全員乗ったか? 乗ったら行くぞ!」という感じで、Suvaはすぐに出航した。普通なら乗ってから確認とか、何だかんだで少し時間がかかるのだが、そんな時間は少しもなく、緊張感の無いSuvaは緊張感の無い乗組員を乗せてドーバーハーバーから出て行った。

 普通、小潮の時にはドーバーハーバーの隣のシェークスピアビーチが出発点になる。しかし潮が速くなるにつれて、出発地点は西方に移るのだ。Suvaは港を出て舵を西方に取り、シェークスピアビーチの沖合を通過して行く。

 まあ潮が速いのもあるだろうが、今回の出発地、アボッツビーチに着くまでそうとう船に揺られていた気がする。そしてひょいと後ろを見ると、同じ夢を持ったスイマーを乗せた船がSuvaのすぐ後を追いかけてきていた。

 アボッツビーチ、30m沖合に着く。おお、何だか周辺には同じ夢を持ったスイマーが、今、まさに出発せんと、準備にかかっていた。

P72301392 気の抜けた緊張感の無いSuvaからは、まあ緊張感が無いと言ったら失礼になるかもしれないが、それでも“緊張している”と書いたら嘘になるキンちゃんが準備万端出発の合図を待っていた。

 こんな時、1番多忙なのは私であろう。チャネル・グリースを塗り、写真撮影、ビデオ撮影、インタビューに記録取り、その他をバタバタとやっている間にキンちゃんは「早く~!!」という顔をする。

 普段ならなァ~、ここでオブザーバーがスイマーに泳中の注意事項とか伝授しているところなんだが、緊張感の無い連中は、緊張感の無い中で私の作業の終わりを待っていた。

 「よし、OK!!」と私が言うと、「じゃ、行ってきま~す!」と言い残してキンちゃんはSuvaから飛び込み、アボッツビーチの上に立った。

 “プォ~~~~~~~~~~!!!!!”というホーンを残すとキンちゃんは海に入ってフランス目掛けて泳ぎ出した。

 公式時間は午前1時35分。私の時計では1時36分だった。水温17.1℃、気温17.7℃。水温も気温も思ったより低くない。他にもいくつかの船がスイマーをスタートさせていた。待っただけあって風もほとんど無い。波は“潮瀬”のような波が1mくらいの高さで複雑に波打っているが、これももう少し沖合まで出れば無くなるだろう。

P7230149_2 キンちゃんが泳ぐ。その隣を船が伴走しながらスイマーが泳ぐ。キンちゃんの頭についたフラッシュライトが“ピカッ、ピカッ”と光る。隣を進む船についたスイマーの頭からも“ピカッ、ピカッ”とフラッシュライトの点滅しているのが見える。それほど近い距離を並走して船は進んでいるのだ。

 アイリーンに言わせると、今日はキンちゃんを含めて5隻のボートがフランスに目掛けて出発したのだと。周囲を見回すと、それらしき船が確かに5席いる。その中にはインド人のチームもあるはずだ。

 それにしても潮は速い。アボッツビーチまで緊張感の無いSuvaは20分以上かかったと思う。いくら緊張感が無いとはいえ、10ノット以上出る船で20分も乗れば、通常なら6km以上はドーバーハーバーから離れているはずだ。それで船はほとんど真っ直ぐにフランスを目掛けている。それなのに2時間も経てばSuvaはほとんどドーバーハーバーの沖合を通過していた。

 3時間30分経過。Suvaはドーバーハーバーを通り越し、アボッツビーチからドーバーハーバーと同じくらいの距離を東に流されている。空が明るくなり始めた。進行状況としては全体のほぼ4/3程度を通過していた。そしてそろそろ転流(スラッグ)である。

 ここはドーバーとフランスのカレーを結ぶ航路になるため、ひっきりなしにフェリーが行きかう。そんなときに私は見た。キンちゃんを追いかけるアシカの姿を!!

P7230163_2 オットセイかアシカか、はたまたアザラシかトドかはわからない。だが大きさから言ってたぶんアシカかオットセイだ。いずれにせよ魚類ではない。哺乳類の頭を時々上げて、愛敬を振りまいてから水に潜る。それでも1分もしないうちに出てきては鎌首を持ち上げている。

 写真を撮るには撮ったが、50mくらいの距離があるので上手くは撮影できなかった。

 だいたい同じ場所で、2006年には湘南の海さんが泳いでいるとき、イルカがずっと後を追いかけてきていた。このときは撮影しようとカメラを向けると、恥ずかしがり屋のイルカは潜って出てこなかった。しかし今回は下手なりに撮影した。湘南の主さんのときは「こんな寒い海で・・・」と、南の温かい海に住んでいると思っているイルカに驚いたが、極寒の海にしか住んでいないと思っているアシカかオットセイがキンちゃんを追いかけているのを見ると、「そんなに寒いかい!?」と思った。

 明るくなっても空は曇り。緊張感の無いニールがドーバーにある放送局のラジオをひねった。ラジオからはこれまた緊張感の無いディスクジョッキーが「今日のドーバーは最高気温が25℃まで上がって暖かい日になるでしょう。」とか天気予報をしゃべりながら音楽を流している。それを聞きながら、「いや、ぜんぜん晴れそうに無い。それに明け方4時ころは15℃まで下がって、それからほとんど上がっていない。水温も15℃まで下がった。ぜんぜん今の天気と合っていないな」と思っていた。

 出発して6時間40分。ハーフポイントを通過する。このとき、不思議なことが起こった。それはキンちゃんのお母さんから電話があったことだ。確かに私のケータイ電話は海外でも使用ができるようになっている。しかし、ここは海峡中央部だ。イギリスにもフランスにも15km以上離れている。繋がったのならフランスから繋がったのか、イギリスから繋がったのか、私の電話の電波は1本も立っていない。しかもキンちゃんのお母さんからの電話は1回や2回ではない。何回となくかかってきていて「お母さん、繋がらないことない?」と聞くと、「繋がらないことないよ。ぜんぶ繋がっている」とのこと。再びケータイを確認するが、私のケータイの電波は1本も立っていない。

 もう一つ。マッサージ師のルイスからもメールで「ミユキはどうしている?」と聞いてくるのだ。ケータイを確認。1本も電波が立っていない。それでも返事を作って送信すると、送信ができちゃう。何で??????

 ハーフポイントを過ぎると再び強くなった潮流は、キンちゃんを乗せてグリネ岬へと向かう。そのスピード時速8~9km。これは私の持っているGPSの計測なので嘘はない。

 その頃、同時スタートだった5隻の船の1席が見えなくなった。先に行った気配はないが・・・。見える範囲の4隻はほぼひし形を保っていてSuvaは前の左端だった。いちおうかなりバラけて、おそらく先頭を行っているのだと思うが、また潮が転流したら、2番目に落ちるのかもしれないと思っていた。

 とにかく風はない。波高は1m。天候曇り。水温16℃。気温17℃。潮は速く、津軽で見た渦を目撃した。潮は一般に水平方向にしか速さも方向も表現されないが、実は立体的な潮の動きもあるのだ。つまり上昇する潮や下降する潮。それに一つの潮に別の種類の潮がぶつかると、「カルマン渦」と呼ばれる渦が発生する。そんなアゲインストのカルマン渦がそこかしこに出来上がっている。そんな渦の中を泳ぐキンちゃんに、渦の存在を気がついているのかどうかは定かではない。

 途中、大型船舶が異常接近する。通常、我々の行動はドーバー海峡を航行する船舶の交通管制を行っている当局の認可を持って行っている。したがって交通管制センターは泳ぎを伴走する船舶の接近はしないよう指導しているのだが、時折このように指導警告を無視して突入してくる大型船舶がある。ニールは大声で、「イシイ、証拠写真だ。あの船舶の船名が見えるように写真を撮ってくれ!」。

 まあ「わかった!」と撮影はするが、「デジカメくらい持って来いよ!」と緊張感の無いニールに向って思っていた。でもイルカとかアシカ(オットセイ?)の接近遭遇は好ましいが、大型船舶の接近遭遇はジョーズより性質が悪い。
フランスに向かって
 10時間が経過し、フランスの大陸が目の前に迫ってくる。この頃にようやく私のケータイはフランスの電波を捕まえて電波の柱が2本立った。湘南の主さんからメールが入る。これは私にも理解できるが、海峡中央部でのケータイが繋がった不思議は、未だ持って謎である。

P72302002 フランスまでの最短距離は約8km。しかし目的地までは約15km。さらにグリネの沖合3kmには魔の地点が残っている。

 11時間で4/3地点を通過。潮はまた転流を始めている。

 お昼を過ぎた頃、ようやく空の雲は流れ去って晴れ間が出てきた。これは温かくなるのでありがたい!

 気温はグングン、20℃くらいまで上がってきた。しかしSuvaの進路はとても気になっていた。どうも見る限りにおいて好ましいコース取りではない。気温が上がったのは嬉しいが、好ましくないコース取りは嬉しくない。

 操舵室に行ってニールに聞くと、今までの完泳者のデータで、ほぼ同一の潮周りで同一のコースを取った場合のデータ解析を見せてくれた。そのデータ解析は全てSuvaのレーダー件GPS件海図に集積されている。そのプロッタ画面を見ながらニールの説明を聞くと、そのコース取りは正しいのだ。

 しかし再びデッキに出て周囲を観察すると、どうもそのコース取りは間違っているような錯覚に陥る。緊張感の無い私の頭に「それでよいのだ!」と言い聞かせた。

 ただニールの判断が正しいと確信できたのは、転流して潮が速くなってきてからだった。泳ぎだしてからほぼ12時間後、Suvaはグリネ岬3km沖合の“魔の強流地帯”に吸い込まれるように入っていった。その時見たものは、今まで少し離れた“船団”のようにフランスに近付いて行ったものの、そこからSuvaだけが強流地帯に入った途端、あれよあれよという間に他の3隻とは離れた。みるみる間にその3隻は後方へと見えなくなっていったのであった。

 その強流地帯はまさに潮瀬で、波高2mほどのコブのような波が凸凹しているのである。まるでキンちゃんはスキーの「モーグル競技」のバーンを泳ぐように、その凸凹の中を突き進んで行った。もちろん海の色も変わり、水温が少し上昇したものの、風が出てきて波高を高める手伝いをしていた。

 目の前にはグリネの灯台やアンテナが見える。しかしゴール地点はそのグリネ岬を越した向こう側なのだ。きっとキンちゃんの目にも「何でこんなコース取りをしているのだろう」と思っているであろう。

 グリネ岬を大きく迂回してしっかりとしたゴール地点が決まった。去年ゴールしたヴィサンの町よりかなりグリネ岬寄りである。しかしここで問題が発生した。

 ちなみに栄養補給は40分毎に300mlの炭水化物と果糖をお茶で味付けしたものを採っている。栄養補給と同時に私は記録を取っている。写真撮影は気の向いたときだが、ビデオ撮影は1時間毎に撮っている。つまり、2時間毎に補給、撮影、記録を同時にやらなければならない多忙時間があるわけだ。

 それとは別に、「ゴールは一緒にフランスに立とう」という約束もある。まあ緊張感の無いニールにしてみても、わざわざ小さな船を出してフランスの陸まで誘導するより、私に泳がせて私に誘導させた方が“楽”というものだ。

 ここ数年、私はキンちゃんと一緒にゴールしているし、当然、「今年もそうするだろう」とニールは思っていたに違いない。

 で、何が問題かと言うと、どう見積もってもゴール時間は14時間を切れないとわかった段階から始まる。まあ14時間を切れないと言っても、14時間をほんの少しだけオーバーするだけの話である。この“14時間”、2時間毎にやってくる私の多忙時間と一致し、かつゴールで一緒に泳がなければならないのだ。

 そこで少しだけ補給時間を前倒しし、撮影も記録も慌ててやる。その間にもキンちゃんは進行しているし、フランスの陸地までは500mを切って、ビーチにいる人々もはっきり確認できる距離まで来ていた。慌てて着替えたときにはSuvaは喫水の関係上、それよりもフランスに近寄れなかった。アイリーンはキンちゃんに「そのまま泳いでフランスに行け!」と指示出しをするし、ニールは「早く着替えて早く行け!」というし、キンちゃんが上がってきてからの受け入れ態勢も整えておかなければならないし、まあ、すったもんだで海に飛び込んだときにはキンちゃんははるかフランスに立てるくらいの距離まで泳いで行った。

 なんてったって私が上陸したときには、キンちゃんはSuvaに帰ろうとしていたくらいなのだから!!

 それでもいちおう二人で上陸すると、近くにいたフランス人が話しかけてきた。それに答えていると、キンちゃんは「風で寒い」とか言って、先にSuvaに向って泳ぎ出して行ってしまったのだ。まあ何とも緊張感のないゴール。

 いちおうアイリーンの時計(公式)では、「14時間02分」でゴールしたことになった。

 ま、その日泳いだリレーチームやソロスイマーの中で、はダントツの1位でゴール!! ま、競泳じゃないんだけどね・・・。それでもやはりトップは「超、気持ちいいっす!」(何処かで聞いたな・・・)

 これでキンちゃんの6回目のチャネルスイミングが成功。

P72402072 Suvaに上がってからもキンちゃんは元気で、普通、船に上がるとそのまま“バタッ”と倒れて寝てしまうものだが、キンちゃんは寝ることもなく普通に私と話をし、今日の船で起こったことを聞いていた。これも緊張感がないからかな?

 Suvaがドーバーハーバーへ向ってスピードを上げると、まだフランスに向けて力泳を続けるスイマーの姿を見た。ご健闘を祈ります。

P72402122 ドーバーに戻ると、アイリーンがアイリーンのクルマで我々を送ってくれるという。お言葉に甘えることにした。

 宿に戻るとビールで乾杯! すると眠気がドッと出てきてシャワーも浴びずにベッドに潜り込んだ。

7月22日(tora)

午前1時は今夜? 明朝?

P71000362 我々の宿の地下にインド人チームが滞在しているのは何回も話しているが、その彼女らが昨日、「明日の夜に泳ぎ出す」と言っていた。今度は1-wayを3名のリレーで泳ぐ計画だ。彼女らはCSAなので、イギリスアーミーのレース(全てCS&PFに依頼されているため)には関係が無い。つまり、今日の午前1時頃から泳いでいるはずである。と私は信じていた。しかし彼女らは現在、地下に滞在している。

 おかしいなぁ~と思ってよくよく聞くと、明日の午前1時、つまりキンちゃんと同じ時間に港に行く。どうも午前1時というのは“今夜(25時)”なのか、“明朝(午前1時)”なのかよくわからない時間帯だ。

 いずれにせよ“一緒だ”ということを知ったキンちゃんは、「ならば一緒にタクシーでいこまい(行こう)!」と言った。まあその方がタクシー代が割り勘になって安いからだ。すると考えることは一緒で、インド人のダイバ・バッタが3階の我々の部屋まで上がってきて、キンちゃんと同じことを言った。

 しかしよくよく聞くとインド人チームの船はフォルクストンに停泊しており、ニールの船はドーバー港が母港なのだ。つまり港はフォルクストンとドーバーでバラバラなのだ。まあお互いが勝手に行くこととなった。しかし同じ目的を持ったもの同士が助け合おうとする気持ちと行為が何とも嬉しい。

 今日のキンちゃんの予定は、ビーチに行っても泳がない。明日の準備、帰る準備、そしてマッサージに行くことだ。もう買い物に行くこともない。冷蔵庫の食料の在庫を食べ尽くすこと。洗濯も今日が最後になるだろう。

P72301382 スーツケースが開けられ遠泳用品が出されると、戸棚にしまってあったいろいろなものを整理しながらそのスーツケースに入れた。まあだいたいは手馴れたもので、あーだのこーだのが準備され、整理されていった。

 ここで少し私は気が付いた。数年前から比べると、荷物がかなり少ない。つまり遠泳用品が洗練され、必要品がキチッと整ったということだ。まあこれならドーバー港まで歩いていけない距離でもないのだが、泳ぐ前に歩きが苦手なキンちゃんに歩かせることもあるまい。

P72201332 ビーチに行くと、ちょうどクリスチャンが泳ぎ終わって海から上がってきていた。キンちゃんが「ラノリン(チャネル・グリース)を落とすアルコール入りウェットティッシュ」と言うと、「アハハ、ドーバーにアルコール入りウェットティッシュは売っていなかったが、これが売っていたよ」と“赤ちゃんのお尻拭き”をカバンから取り出して見せてくれた。こんな触れ合いが何とも嬉しい。

P72502172 キャッスル・クリニックのマッサージ師、ルイスにしても、キンちゃんのチャネルスイミングが水曜日と決まった途端、「火曜日の午後2時にマッサージにおいで」と彼女からメールが入ってきた。まあ“商売上手”と言われればそれまでだが、ちゃんとキンちゃんを気に掛けてくれていたことが嬉しい。甘んじてキンちゃんは午後2時からのマッサージを受けた。

Dcf_0169_2 もちろんここのマッサージは“チャネルスイマーご用達”なので、ここでのマッサージを受け、チャネルスイマーになった者のリストカードがマッサージ室のパネルに張ってある。もちろん湘南の主さんのカードも張ってあった。

 そうそう、ちなみにこの“キャッスル・クリニック”は我々の宿の前にある。電話でタクシーを予約するときに、どうも私は地理を電話で説明するのが苦手で、ルイスに明日の午前0時40時にタクシーが迎えに来てもらえるよう頼んだ。

 マッサージを終えると早めの夕食を取って早めの就寝。明日の朝ではない、今日の夜11時に起床してキンちゃんは最終の栄養補給品を作り、それでもってドーバー港へ行くのだ。

7月21日(キン&tora)

月曜日とドーバーは

キン

 今日は1時間、ローラと一緒に泳ぎました。ローラは去年より6キロも痩せて“寒い、寒い”と、今は4時間泳ぐのが精一杯です。ローラはクリフの彼女。昨日ビーチから帰る時、クリフが「ミユキ、明日ビーチに何時に来る?」と聞かれ、「10時!」と答えました。多分、ローラと一緒に泳いで欲しいから聞いてきたのだと思います。

 たった1時間だけですが、一緒に泳いだらとても喜んでくれました。

P72402142_2 それからクリスチャンは髭が濃く、ワセリンだけでは擦れて顎に蚯蚓腫れが何本もできて、痛がって困っていました。そこでクリフとクリスチャンはラノリンが主成分のチャネル・グリースを買ってきて、塗っていました。

 泳ぎ終わった後、「ラノリンの調子はどう?」と聞いたら、「とても良い!」と言っていましたよ。

tora

Dcf_0001_2 昨日、書くのを忘れたが、フリーダにCS&PFのボランティアが使用しているボードを貰った。どうもフリーダは我々にそうとう気を使っているようだ。ダイちゃんの作ってくれた“画板+カバン”を見せて説明した。そして「これが欲しい!」と私がおねだりすると、何と新品を“ホイッ”とくれたのだ!

 これは今回ドーバーに来る直前にスキー仲間である大野カバン店のダイちゃんから、CS&PFのイメージと、昔、お絵描きで使ったボード+カバンの超ワガママを私が言って作ってもらったものだ。

 ダイちゃんは「画板のついたカバン」と、「カバンのついた画板」をイメージして作ってくれたが、「すいません。全天候型(雨天対応)にはならなかった!」と私に話してくれた。しかしフリーダにもらったボードは「Weather Writer」と呼んで、全天候(雨天対応)型ボードなのだ。これで私は記録を取ることにおいては「天下無敵」になった。

 そんな昨日のボランティアが終わって帰る頃、クリフが「明日は何時にビーチに来る?」と聞くので、「いつものように10時には来ているよ」と答えた。まあ、だいたい9時から10時までの間に我々は毎日ビーチにいる。

 いつものようにビーチに現れると、クリフがいてローラが泳いでいた。最近、クリフは調子が悪そうで、ビーチでもマッサージだけ受け、日本語の「クソォ、クソォ!」と叫んでいる。どうも腰や背中が痛いみたいだ。

 ローラは毎週泳いでいるが、やはりスマートなのか、あまり長時間泳いでいることが難しいようだ。海から上がろうとすると、クリフに叱咤激励されてシブシブ海に戻って行く。そんなローラの姿にクリフはキンちゃんに伴泳を頼みたかったようである。

 ローラは3時間泳いで上がってくる。そんなローラにクリフの叱咤激励が飛ぶ。シブシブ海に戻るローラにキンちゃんは伴泳して泳いで行った。

 そんなビーチでニューヨークから来たアメリカ人、クリスチャンがクリフに何か話している。それはグリースのことだった。CS&PFのボランティアは一般にワセリンを使っている。しかし髭の濃いクリスチャンにとって、ワセリンでは利かないのだ。やはりラノリンのほうが良い。そこでクリフはラノリンが主成分のチャネル・グリースが良いと話しているのだ。
クリフ「イシイ、ちょっとクリスチャンと一緒にチャネル・グリースを買ってくるので、それまでこの荷物を見ていてくれないか?」
tora「OK!!」

 グッドタイミングでローラとキンちゃんが上がってくる直前にクリフは帰ってきた。ローラはキンちゃんが伴泳してくれたことにすごく感謝していたが、キンちゃんに言わせると「遅過ぎる。あれじゃ寒くなっちゃうよ!」とのことだった。

 ビーチではクリスチャンが顎にチャネル・グリースをタップリ塗って試泳に出て行った。

P72101242 イギリスアーミーの連中が賑やかに騒いでいる。六つのチームはそれぞれのカラーを出して、中には海賊の姿になったり、ムキムキのマッチョマンが女性用の水着で泳いだりで、まあ黙ってみている部分では楽しい。しかし、『彼らのために我々は犠牲になっているんだぞ!』と思うと、手放しでは喜べない自分がそこにあった。

 しかしもう水曜日に泳ぐと決まったことだ。だがキンちゃんは「木曜日にも泳げないかなぁ~」と言い出した。木曜に泳いで金曜に帰る。まあ木曜は泳げば午前3時くらいのスタートになるから、明るいうちに終えて帰ってくることもできる。しかし翌日の8時30分にはフリーダがお迎えに来る。それまでに後片付けもする。できるかなぁ~・・・。

 いずれにせよアリソンには聞いてみるが、金曜日からは次の潮が始まる。シアトルから来たアメリカ人、マイクや、髭の濃いクリスチャンたちが泳ぎ出すのだ。パイロットの立場からすれば休みを入れたいかな??

 クリスチャンの試泳が終わって上がってくる。さて困るのは、そのタップリ塗ったチャネル・グリースの後始末だ。ワセリンよりしつこく落とし難い。しかしラノリン使用では上を行くキンちゃんは、常に海に行くときは「アルコール入りウェットティッシュ」を持っていて、それでクリスチャンの顎を拭いて上げた。きれいに落ちるので「サンキュー!」とクリスチャンはお礼を言ったが、こういった光景を見ていてもキンちゃんはチャネルスイムのベテランだと思う。何と言ってもすでに5回も成功しており、明後日6回目を泳ぐ予定で、明々後日には7回目を泳ぐかもしれない。

 他の国のスイマーからも、「Queen of the Channel in Japan」として見られている。スイマーとしての尊敬と、ボランティアとしての敬意で、ビーチでは絶大の人気がある。昨日、「No go Home!(帰らないで!)」と言われたが、その気持ちがわかる。そんなキンちゃんの「何でも屋」として私も鼻が高い。

7月20日(キン&tora)

再変

キン

P72001052 いつ泳ぐのか? いつ泳ぐのか? とわからないまま、もう17日間も愛の修行的日々が過ぎました。もう大潮でしょうか?

 23日にドーバーを去る予定でしたが、何とか天候が良い日に泳ぎたいと願い、帰りを2日間延ばしました。

P72001072 今日は日曜日です。本来なら今日が泳ぐ予定でしたが「波はサーフィンが出来るほどの波高だ!」と言われ、やめました。

 アリソンの話しだと「天候は回復していく。」とのことで、火曜日と水曜日に泳ぐことになりました。これが最後のチャンスです。

P72001092 日本に戻り次第、山ほどやることが待っているのです。もう少し滞在が出来れば次の潮を待ち、良い条件で泳げたかもしれません。

 まあこの先どうなるか分かりませんが、帰る日まで良い天気を待ちます。

P72001102 毎日の体調管理、精神状態、ドーバーの天候、コンディション維持に忙しいです。

 先程、ニール、アリソン、フリーダと会い、「月曜日と水曜日はどうだ?」と、また変更を言われましたが、私は金曜日の夜から考え事が多く、あまり睡眠が取れていません。

P72001112 火曜日、水曜日と言われていたので、体調管理をそちらの方に持っていました。

 月曜日に泳ぐ予定なら朝1時スタートになります。

 体調管理以外はベストですが、日曜日にずっとボランティアをやっており、その後に聞いた話しなのでもう私には無理です。

P72001132 風も強いです。あえて今年のドーバーは、予定ですが1-wayを1回チャレンジすることに変更しました。

 天候は日に日に良くなるみたいです。それを信じて水曜日の朝のスタートを待つばかりです。

tora

 再び変更に。イギリスのアーミー6チームによるレースが火曜日に変更になり、我々はその犠牲になった。つまり火・水で「2日で2-way」の予定は没。

P72001152 今日は日曜日。昨日から天気は回復傾向にあるが、火曜にアーミーのレースがあるなら、初めから月・水にすれば良かった。ちょっと勝手が過ぎるのも頭に来ていて、アリソンにそのことを話すと「月曜の天候は、今日の夕方以降に海を見なければわからない。風がどう変わるかは、まだわからないから」と言った。しかし今回の潮の期限、19日はもうとうに過ぎている。もう大潮なのだ。

P72101182 気持ちを切り替えて「泳ぐ日は水曜日のみ」。そうアリソンに言って、残り1回分の登録料、頭金などは一切を来年に回してもらうことで同意してもらった。もちろんこれは、申し訳ないがCS&PF側のミスなので、ノープロブレムになるのは当たり前のことだった。

 そしてキンちゃんと私は普段の週末のようにボランティアに勤しんでいた。尚、帰国の日はフリーダがじきじきでヒースローまで送ると言う。まあちょっとしたビップ待遇かな?

P72001142 とりあえずキンちゃんは極近い将来にドーバーを泳ぐのだから、今日は1時間泳と短時間の練習にしておいた。しかし入水のとき、いつも週末に来るノッポのスイマーにふざけて水を掛けながら入って行った。以来、このノッポのスイマー君はキンちゃんの頭をポンポンと叩く。

 そんなこんなでキンちゃんはドーバーハーバーのビーチで人気があり、周囲のボランティアやスイマーから“No go home.(帰らないで)”と言われていた。

P72101162 ちなみにキンちゃんと去年一緒に泳いでくれたマイクことマイケル・クロスは、今年2-wayを狙っていて、7月12日に泳ぎ、1st leg (E/F)を15時間37分で成功させ、2nd leg (F/E)は4時間18分でストップしてしまった。彼の話によると、来年、再チャレンジするらしい。

 また夜には地下のインド人たちとドーバーの町のインド料理屋に食事に行った。本場の人と、本場のインド料理を食べる。旨かった!

P72101212 その夜になってアリソンからインド料理レストランにいる私にメールが入る。「風が良くなったので、月曜に泳げるが、どうするか?」と。

 月曜と言っても出発は午前1時。もし今日泳ぐなら、今頃インド料理なんて食べてない。もちろんボランティアもすることなく、宿で仮眠していたであろう。アリソンの気持ちもわからなくは無いが、もう我々の気持ちに明日のドーバー泳は無かった。

7月19日(tora)

Shit!

 今日は土曜日。ビーチでは週末のにぎやかな海練習が繰り広がれる。朝から強風と雨で「これで人が集まるのかい?」と思うが、黄色キャップ約20名、赤キャップ約30名(その内12名が7時間泳)、合計約50名のスイマーが集まるのだからスゴイよなぁ~!

 キンちゃんはドーバー泳の他にボランティアも楽しみにしているので朝5時には起きて準備を始める。だが自分の練習は、明日ドーバーをフランスまで泳ぐかもしれないので1時間にしておいた。

 練習が始まり、スイマーのほとんどが出払うとビーチは少し暇になる。赤色キャップスイマーの始めの栄養補給が2時間後(11時)だからだ。黄色キャップに栄養補給はなく、各々が2時間以内に上がってくるが、キャップの回収とナンバー(名簿)のチェックをするだけで良いので楽チン。

 そんなこんなでくつろいでいるとアリソンからメールが来た。「天気は回復傾向にあります。これから日を追うごとに天気は良くなっていくでしょう。ただ月曜日は他の予約(イギリスアーミー6チームによるレース)があるので駄目ですが、それ以外なら大丈夫です。日曜日は午前中にサーフィンが出来るくらい波があるでしょうが、それ以降なら大丈夫です。日曜と火曜にするか、火曜と水曜にするか、どちらを選びますか? 選んだ結果をニールに電話してください。」と。

 これは難しい選択だ。いちおうキンちゃんの意向も聞かなければならない。そこでフリーダがどう思うのか尋ねてみた。すると「あなたはどう思うのか?」と聞き返された。「どちらも一長一短だな・・・」と答えると、「そういうときは、“シッツ!”(Shit!)と言うんだ」と教えてくれた。

 “シッツ!”とは「ちくしょう!」とか「クソォ!」と言うときに使う言葉。

 つまり我々はイギリスのアーミー6チームによるレースのために我々の泳ぐ日が拘束されるということだ。しかも我々に残された時間は少ししかない。もちろんこれはCS&PF側のミスなので、「いや、我々は月、水と泳ぎたい!」と言えなくもないのだが、6チームの団体対一つのソロスイムでは、団体が優遇されるのもわからなくは無い。「そういうときに“Shit!”と言うんだ」とフリーダに教わった。

 「日本語では何て言うの?」とフリーダが聞いてくるので「クソォ!」と答えると、何故かものすごくバカ受けして多くのボランティアたちがあちらこちらで「クソォ!」が連発された。まあ言葉は綺麗で上品なものより、品のない俗語の方が早く覚えるのは何処の国でも共通のようだ。

 いずれにせよ天気は予報通り、朝の強風と雨はお昼までにやみ、天気は回復して暖かくなった。前線が通過したのだろう。しかし港の外の海を見るとものすごく荒れているのがわかる。明日の日曜日も少しは余波が残るだろう。

 ニールは「連続した日程でドーバーを泳ぐのは難しい。間に1日置いて、」と言う。ならば月、水が良いのだが、イギリスのアーミー6チームが・・・。残された道は火、水しかない。ニールの言うこともよくわかるが、今まで日本で淡島~大瀬崎間の“2日で6-way”とか、“4-way”をやってきているのだ。これで「ドーバー2日で2-way」がほぼ決まったな、と思った。

Dcf_0173_2 この日、他にビーチに久しぶりのお客さんが来た。ロシアで初のチャネルスイマーになった青年、パーヴェルである。彼は今年、4名のリレーでドーバーを渡ったようだ。7月14日に、11時間12分で成功した模様。

 その彼がドーバーの隣町、ディールから彼の仲間と一緒に自転車で現れた。

 「Well done!!」と言うと、「ミユキは2日で1-wayを2回やるんでしょ! その方がスゴイよ!!」と驚いていた。

7月18日(キン&tora)

延長

キン

 今日、CS&PFの協会から、日曜日と火曜日に天気が良いみたいなので、その両日を泳ぐ日に設定されたが、帰国予定日が水曜日なので、朝早くにハウスを出なければいけないし、飛行機を一日遅らせるように言われている。どうなるかまだはっきり分からない。

tora

 何故か朝からご機嫌斜めなキンちゃんとビーチに行く。天気もキンちゃんに似てか、ご機嫌斜めであった。無愛想にキンちゃんが泳ぎ始めると、イギリスアーミーの水泳選手15名がにぎやかに来て海に入って行った。次にアイスランドのリレーチーム。ビーチはいっそうにぎやかになった。同じ様に私のケータイメールがにぎやかになった。

Dcf_01762 それはほとんどがアリソンからで、今回の件(誤解)の謝罪と滞在期間延長への申し出であった。まあ結果から言うと我々の帰国予定の23日(水)は延長して25日(金)まで伸ばす。キンちゃんの泳ぐ予定は天候の回復する日曜(20日)に1回目、火曜(22日)に2回目を泳ぐこととなった。今回の潮の期限、19日は過ぎてしまうが、仕方がない。それが残された道の最良の方法だった。

 とにかく飛行機の変更手続きや宿の延長手続き、その他いろいろが同時進行で、あーでもない、こーでもないとバタバタやった。その間にフランク(チャネルスイマーの本を書いている)から取材申込があったりなんだりで、まあ1日中ケータイメールが鳴っていたような気がする。

Dcf_01742 もちろんキンちゃんは午後にはカレーを作り上げ、地下のインド人ルームに持って行ってお邪魔しているときも、私のケータイメールは鳴り続けていた。キンちゃんカレーはインド人も美味しいと言ってくれたし、私自身も上手いと思っていた。しかしキッチンでチャパティなどを作っている本場インド料理と比べると、やはり本家本元に勝つことは難しいと思った。

 本当はここで今日のメールのやり取りやどう話が展開していったかを書こうと思ったが、何だかそれを書き始めると止めどなく長くなる文章になりそうなので、ここでは結論だけにした。まあ明日はフランクが取材に来ることと、25日にはフリーダが直々に我々をヒースロー空港まで送ってくれることとなった。

 また、今日は期間延長のためのお金を下ろしに銀行に行った。銀行の帰りはちょっとビーチに行ってみた。相変わらず風が強く、今日の私のケータイと同じ様にビーチの旗はバタバタとうるさく音を立てていた。

7月17日(キン&tora)

誤解

キン

 昨晩8時にニールから電話が入り、明日10時にビーチで話したいことがあるというので、今日もいつものようにビーチへ足を運ぶ。当然のようにマイクがビーチで一人、海を眺めていた。
キン「昨日は、何時間泳いだ?」
マイク「3時間!」
マイクにしては、長く泳いでいるなぁ~。

 昨日、私たちが来た時にはもう泳いでおり、帰る時にはまだ泳いでいたからあえて聞いたのである。

 次は13時間19分で成功したアメリカ人のエドワードが現れ、疲れた様子で「ハイウォーターだった」と言い、アイスランド人のベンディが来て「16時間かかったよ。凄く流された」とも言っていた。

P71700932 多分この二人はビーチに誰かかんかいることを知っているので、報告をしに来たのであろう。私はベンディと今度いつ会えるか分からないから、たくさん写真を撮ってもらった。念願のおんぶの写真もね。

 ベンディは「今から祝賀会だ」と言い、足早に去って行った。

 次はインド人が今日は3人で現れ、いつものようにおしゃべりが始まると、私のパイロット、ニールが現れ、コーチと話している。そこで食い違いが発見された。ニールは去年同様6週間も私たちが滞在すると勘違いしており、一つの潮で2回泳ぐとは思ってもいなかったらしい。

 「ベーリーソーリ!」と言われても、私としてはずっと待っていて予定の練習をこなして日本に帰ろうと思っていたのに、まだ1-wayすら泳げずに体調管理をして待っていた。

 天候が悪いのは仕方がないが、もう少し早くこのことが分かっていれば、もう少しどうにかなっていたかもしれない。

 天気は土曜日までまた悪い。今度は日曜日に泳ぐ予定になった。

 この先どうなるか? 本当に神様に祈るしかない。

tora

 朝10時、我々は日本人の時間感覚らしく、20分前にはビーチに到着していた。しかしニールはイギリス人らしく(?)30分遅れで「いやー、探したよ」と言いながら現れた。とりあえずそこで話す話はこうだった。

 ミユキが一つの潮(9日から19日まで)で2回も泳ぐなんて考えられなかった。だから滞在期間は長いだろうし、もう少し良い潮になるまで待っていた。と言う。そういえば今年の申請はチグハグだった。こちらはちゃんと申請しているのに、返ってくる返事がちょっと違う。その割にオラムもアリソンも「申請に間違いがないように」と注意してくる。そこで問い合わせると「間違いはない」と返ってくる。とりあえず私自身も間違いはないと確信しているし、相手方も間違いはありませんと答えているのだ。だから問題はないはず・・・。

P71700952 ニールに言わせると短期間で2回もドーバーを泳ぐなんて、常識的には考えられないこと。だから滞在期間が長く、期間をおいて泳ぐのだろうと想像していた。とのことだ。何が常識で何が非常識かはわからないが、来年の2-wayを考えるなら、短期間で2回泳ぐトレーニングの何処が不思議か聞いた。

 いずれにせよ我々は23日に日本に帰るし、それまでに2回泳ぎたいことを伝えた。ニールは何とかその希望がかなうよう努力してみると言って分かれた。

 ビーチではいろいろなスイマーに出会える。ヨタヨタになったエドワードが現れ「昨日、13時間19分で行けたよ」何て聞くと、姿だけを見れば「おめでとう!」とは言い辛い風体だが、心は充実感に溢れているに違いないと思う。ドーバー泳はそんなところだ。ニールの言う常識の方が正しいのかもしれない。

 ほどなく大きな身体を軽々と揺らしながら嬉しそうにベンディがやって来た。どうやら昨日は16時間でチャネルスイマーの仲間入りをしたようだ。我々の姿を見て「まだ泳げないのか?」と言ってくれたが、ニールからの名案はまだない。それに今日の天気では泳げないと誰にでもわかるような風が吹いている。ベンディは「これから祝勝会だ!」と言って出て行こうとしたが、キンちゃんが「おんぶ!」と言って大きな背中に小熊が木に登るように飛びついた。ベンディは笑って応えてくれたが、疲れているだろうに、ご苦労様。

 キンちゃんが泳ぎに海に入ると、まもなくニールやニールの船のクルー、ボランティアのサムが現れた。この3名はどうやらイギリスのアーミー、6チームとの水泳レースに参加するらしい。そこで練習に来たのだ。ニールの素晴らしさは、こうした彼自身がスイマーであることだろう。スイマーの気持ちがよくわかっていてくれる。

 部屋に戻り、一休みしていると私たちの部屋のドアを叩く音が・・・。ドアの向こうには地下のインド人スイマー(コーチの娘さん)が、インドのおつまみを持って来てくれた。オニオンをどうにかして揚げた物らしい。スパイスが効いて、これがまた上手い!!

 ビーチでニールと話しているとき、このインド人たちが現れて我々にインドのピーナッツのお裾分けがあった。キンちゃんはたまたま持っていたせんべいをみんなに配ったが、昨日はお茶のお呼ばれで日本の土産を配ったものの、インドの土産を貰ってしまった。尚且つインドのお菓子のお持ち帰りもあり、今回の揚げ物の件もあり、キンちゃんは日本のカレーライス(肉抜き)で応戦することにした。本家本元に日本のカレーは何処まで通用するか!?

 買い物に行き、食材を揃える。もちろん食べさせるのは明日だが、カレーを作り始めるのは今日から。日本のカレーは作った翌日の方が美味くなると言う。

7月16日(キン&tora)

ニールからの電話

キン

 今日もドーバーは泳ぐことが出来ず、またビーチで泳いでいました。アイスランド人のベンディは、ボートが出たようでいません。

 あと、アメリカ人のクリスチャンもビーチにいないので、ボートが出た様子です。

 他のアイスランド人たちがいて、リレーにチャレンジするみたいで「明日泳ぐ」と言っていました。

 一時間泳いで私がビーチでのんびりしていたら、インド人たちが「ミユキ、帰るよ」と誘われ、一緒に帰ってきました。

 インド人たちの部屋は1階と地下。私たちの部屋は3階で一緒のハウスだからです。

P71600912 インド人たちの部屋で、インド人が食べるお菓子をいろいろ食べ、お土産を交換して帰りました。

 ドーバーの気温は22℃、水温は16℃でした。

tora

 朝起きてビーチへ行く。とりあえずビーチに行けば、いろいろなスイマーに出会えて情報が入るからだ。アイスランドのリレーチームスイマーたちが居た。どうやらベンディは朝の8時32分にフランスを目指し、泳ぎ始めたようだ。天気が良いとは言えないが、上手く行ってくれることを願うばかりだ。

 他にビーチにシアトルから来たアメリカ人、マイケルの荷物がポツリと置いてある。雨避けに黒いビニール袋に入れてあり、その上にタオルが置いてある。沖を見ると一人のスイマーが力泳を見せている。そのタオルといい、あきらかにマイケルだ。

 ちなみにドーバーのビーチにやって来るスイマーは驚くほど軽装だ。盗難の心配もあるのだろうが、一人で来るスイマーはまるでプールにでも行くようなスタイルでビーチにやって来る。まあむしろ我々日本人が異常に重装備過ぎるのかもしれない。

 とりあえず「西岸海洋性気候」のドーバーは空気が乾いており、海自身が日本ほど潮臭くないので、そのままタオルで身体を拭くだけでも日本ほどベタベタせずに済んでしまう。

 マイケルだけを例えれば、彼は海水パンツの上にズボン、上は長袖のシャツのみでビーチにやって来る。持ち物はタオル、スイムゴーグル、スイムキャップのみ。泳ぐときは靴と衣類をドーバーのゴミ袋(黒いビニール袋)に入れて、その上にタオルを置いて泳ぎに行く。

 初めて彼に会ったとき、「飛行機に預入手荷物が届かなくって着の身着のままでビーチに来た」と言っていたが、すでにその荷物は「やっと届いた」とは言うものの、初対面のときのスタイルとあまり変わらない。

 海水パンツには栄養補給品が忍ばせてあり、パンツの紐には部屋の鍵が結ばれている。

 泳ぎ終わるとそのままタオルで拭いて、そのまま服を着て帰る。

 日本の海水浴場のように海の家があり、シャワーがあり、荷物預かりがあり、監視員が居る場所ではない。すべて泳いでいる間の荷物管理まで自己責任なのだ。もちろんお互いが水泳仲間だからビーチに居る人間が荷物管理はしてあげるが、一人で来たスイマーはそのほとんどが自己管理。そして意外にも一人でやって来るスイマーは多い。

 まあマイケルほどではないにしても、多かれ少なかれドーバーにやって来るスイマーは軽装で、男も女もビーチで更衣する。もちろんビーチに更衣室などあるわけではなく、タオルを身体に巻いて更衣をする。すなわち、すべてのスイマーが“何処でも更衣室”が出来なければならないし、自己管理が出来なければならない。

 インド人スイマーたちは、もう一度チャンスを貰ったようで再チャレンジに相成った。キンちゃんが水着に着替え、海に入ろうとするとインド人スイマーたちが現れた。キンちゃんが「一緒に泳ごう」と誘い、インド人たちも同意してくれたのだが一向に着替えようとしない。痺れを切らしたキンちゃんは「先に行くわ」と言って泳ぎに行った。インド人スイマーたちは、遅れてくるもう一人のスイマーを待っていたのだ。

 1時間きっかり泳いでキンちゃんは上がってきた。ビーチでは風が強く、雲が足早に通り過ぎて行く。西岸海洋性気候は日当たりがあるところは暑いくらい暖かく、日が陰ると寒くなる。忙しい天気が通り過ぎて行った。

 ベンディはどうしていることか・・・?

 ビーチに鳩のおばちゃんダッセルバが現れた。彼女ならフレッド・ハモンドの情報を知っている。ダッセルバにもフレッドの状態を聞いてみた。彼女の話しによるとフレッドの病気はほとんど完治し、毎日家の周りを歩いているらしい。元気になってくれたようなのでホッとした。

 ほどなく遅れて泳ぎ出したインド人スイマーたちも上がって来る。そして彼らは我々をお茶に招待してくれた。このインド人たちの一行は、キンちゃんと同い年の水泳コーチ(去年泳いだアキシャの水泳コーチでもある)、その娘、アキシャと同じく生徒の3名がスイマーで、水泳コーチの弟が一行の面倒を見ている。またそこに“謎のおじいさん”が同行していて、合計5名のグループであった。

 この“謎のおじいさん”、インドの仙人“ダイバ・バッタ”に似ていることからここでは「ダイバ・バッタ」と名付けておこう。ダイバ・バッタは2006年に我々に会っていると言う。そう言えば2006年には東欧から来た青年、イゴや、ロシアから来た青年(ソ連のチャネルスイマー第1号になった)と友達になった年であった。その中にインドから来た兄弟もいて、お姉さん(リツ)がけっこう速いスイマーであった。彼女は11時間でチャネルスイマーになったが、「8時間でフランス手前3km地点まで行けたが、残りに3時間もかかった。」とこぼしていた。確かにドーバー海峡をイギリスからフランスに渡る3km手前には魔物が住んでいる。

 まあ“魔物”の話は後でしよう。とりあえずダイバ・バッタはその2006年のときに居たらしい。そう言えば見たことがあるかもしれない。その兄弟で泳ぎに来たインド人スイマーたちを私は覚えているが、決して彼らの親ではない。何故ならそのときに親はいて、その兄弟の親ならまだ私も覚えている。しかしそれほど印象がないのは何故なのだろう。何をしに来たのか、何故居るのか聞いてみたが、残念なことに私の英語力不足。貿易関係の仕事をしていてインドネシアに30年滞在していた。来年は東京に行くと言うが、それとドーバー泳とどんな因果関係があるのかわからないままになってしまった。もう少し英語を勉強して、来年、このダイバ・バッタが東京に来たときに聞いてみるか!?

 このインド人のお姉さん、リツは、去年、アキシャが居たときにもあとからやって来た。だからダイバ・バッタはアキシャも知っているのだ。もしかしたら、やはり仙人なのかもしれない。

 ちなみにインド人ご一行様は私たちの宿の地下に滞在している。我々は最上階(3階)。去年は私たちが1階だった。そのときアキシャたちは確かユースホステルに滞在していたと思う。そのユースホステルも昨年で閉鎖してしまった。何だか城ヶ島の大会を思い出してしまう・・・。

P71600892 インドのおやつ3種類を我々は貰ってきた。彼らは宗教の理由から牛や豚の肉は食べないし、酒類も飲まない。しかしこのおやつがビールの相性に抜群に良い。インド人は人生の楽しみを少し無駄にしていると思った。で、最も私の気に入ったものは米から作るおやつだ。昔、「爆弾」とか言って大砲のような筒に米を入れ、“ドッカ~ン!”と音が鳴ると米のおやつがパラパラと落ちてくる。おそらく製法は同じだと思う。しかし味付けが違うのだ。インドの香辛料タップリで、これでビールを飲まないインド人が私にはわからない。

 そうそう、“魔物”の話もしておこう。マギーットがまだ我々の宿の隣に滞在し、毎日楽しく私たちの部屋に遊びに来てくれていた時に、よく水泳の話をした。彼女も昨年11時間でチャネルスイマーになったのだが、やはりフランス手前約3kmの魔物について熱心に話していた。特にキンちゃんは2004年にドーバーを2回チャレンジしているが、1回目は大腿部痛のため、2回目はこの魔物にはまって流されて、フランス3km手前でリタイヤをした。

 マギーットはキンちゃんの成功話より、こういった失敗談の方に大きく耳を傾けていた。

 2006年に湘南の主さんがドーバーにやって来たとき、同じ年に泳いだ先ほどのインド人女性スイマー、リツの話をした。その話を熱心に聞いた湘南の主さんは、「3km手前まで8時間で行って、残りを3時間もかけて泳ぐ・・・。私には絶えられるかな?」と言った。そのことは湘南の主さんの報告書に詳しく書かれている。

 ドーバーを泳いで渡ってみようと思っている貴兄には肝に命じた方が良いかもしれない。

 この日、ようやくニールが電話をよこしてきた。明日の朝10時、ビーチで待ち合わせをしていろいろと話そうと言うのだ。日程も迫ってきた。天候も良くないし、止むに止まれぬ事情もあるのだろう。とりあえず明日、キンちゃんのチャレンジについてジックリ話そうと思った。

7月15日(キン&tora)

準備は万端

キン

P71500872 月曜日(昨日)に泳ぎに行ったインド人たちが朝から洗濯物を干していたから、「2-wayにしては帰りが早いじゃないか!?」と思った。ちょうどビーチでそのインド人たちと会ったので聞いたら、フランス側が3mの波で、9時間でリタイヤしたらしい。

 今日はアイスランド人のベンディが泳ぐ予定だったが、強風のためボートがでなかったみたいだ。

 ベンディとビーチでまたお話をした。どうやら明日、泳ぐとのこと。

 今、ビーチにいるが、凄く風が強いです。

tora

 今日のドーバーは朝から曇り、風が強く寒かった。こんな天気を見て「今日じゃなくて良かった」とキンちゃんがポツリと言う。それにしてもキンちゃんはよく寝る。黙っていると平気で10時間以上は寝る。それがキンちゃんの元気の元か? とにかくよく寝る。今朝はタップリと朝寝坊をした。

 遅い朝食を終えるとそろそろお昼。それでもビーチが気になって見に行く。おやおやベンディが泳ぎ終わってビーチから上がってくるところだった。どうやらこの悪天候で今日は泳がなかったらしい。「スタートは明日の朝になったよ!」と大きな身体を揺らせて言った。「じゃあホントに明日は一緒にスタートできるかもしれないね」と我々も答えた。

 するとインド人たち(女性3名による2-wayリレーチーム)がやって来て、やはり昨日泳いだようで、一人1時間ずつで3ローテーション。つまり9時間泳いだ段階でやめたと言う。波の高さが3~4m。船の小さなトイレに入ると波の揺れでおでこをぶつけたり後頭部をぶつけたりでたいへんだったらしい。出発時間は朝の8時20分。1-wayも終えることが出来ずに帰ってきたようだ。

 明日インドに帰って次の潮で来られたら来るらしい。それじゃなかったら来年また来るようだ。

 次にあのおしゃべりアメリカ人女性がやって来て、「いつ泳ぐ?」、「何時から泳ぐ?」と続けざまに質問していった。「おそらく出発時間は潮汐表の高潮時に泳ぎ出すから、潮汐表を見れば“いつなら何時”ってわかるよ」と言ったが、この女性、“潮汐表”そのものを知らない。まあこの女性にドーバーを泳がすには10年早いような気がする。

P71500882 そんなこんなでビーチに居ると寒くなってきた。お弁当は持ってきたものの、今日はキンちゃんも私も泳ぐ予定はない。まあ遅い朝食でお腹もすいていないし、買い物だけ先に行ってお弁当は帰ってから宿の部屋で食べることにしよう。

 部屋に戻り、洗濯物を取り込んでたたんだり、新たに洗濯をしたり、同時進行でドーバーを泳ぐための準備を整えたりしたら、昼食何だか夕食何だかよく分からない時間に食事をした。その間、ニールから何の連絡もない。おそらく今日は出ていないので、キンちゃんの泳ぐ日程はまた遅くなったのかもしれない。こういうときにむしろキンちゃんは私より堂々として、「そのうち電話があるさ」と言う。肝っ玉も大きくなったものだ。

 それに加え、「もう寝る」だって! あれだけ寝てもまだ寝られるキンちゃんに脱帽! “寝る子は育つ”と言うが、すでに“子”と言うには程遠い年齢になっていると思うが・・・。とにかくキンちゃんには驚かせられることが多い!

7月14日(キン&tora)

泳ぎ終わった仲間と、泳いでいる仲間と、これから泳ぐ仲間

キン

 今日のドーバーは朝から良い天気に恵まれ、気温は上がり25℃、水温16℃です。半袖と半ズボン。

 ビーチでは半ズボンの日焼けの後が付くので、水着姿になりました。

P71400712 昨日(日)は2時間泳ぎましたが、今日はオフにしようと思いました。でもアイスランド人のベンディと、35分一緒に泳ぎました。すっごく気持ち良く、泳ぎ足りないですが調整しています。

 写真はそのアイスランド人、ベンディです。とってもカッコ良く、今度おんぶしてもらって写真を撮って欲しいです。

 石井コーチは今日30分泳ぎました。いつも一緒に行動していますが、よくパソコンを打っているので、その間、私は寝ています。

 ビールもそう飲んでいませんよ。

 ビーチにはインド人たちがいないので、おそらく船が出たのでしよう。

 一応、私は水曜日の予定です。

tora

 今日の朝はゆっくりした。キンちゃんの泳ぐ日が間近に迫ってきたからだ。キンちゃんは「今日は泳がないよ」と言っていたが、天気が良いので私が泳ぐことにしていた。

 ビーチではシアトルから来たアメリカ人、マイクがいて「1時間泳ぐ」と言う。「オレは30分だよ」と言って私が先に海に入った。天気も良く波もない海は、私の泳ぎを楽しませてくれた。しかし調子に乗ったのか、両足の大腿部裏側中央をつってしまった。トホホホホ・・・。

 他にビーチではおしゃべり女のアメリカ人も来てマイクと話していたらしいが、泳いでいたのは別々だった。おそらくマイクが嫌がったのに違いない。

 いつも今の時間にはいるインド人たちが居ない。きっと今日はドーバー海峡の中かな? 3名の女性リレーチームで2-wayを狙っているらしい。波が嫌いだと言っていたが、上手くいくといいな。

 ほどなくマイクも帰って来て自分の宿に戻った。何だかパソコンをやるらしい。さすがマイクロソフトの社員。・・・と言うか、仕事かな??

 お昼のお弁当を食べる。するとまたニューヨークから来たアメリカ人、ジェフリーが現れて、昨日泳いだようだ。時間は10時間30分で成功。周囲の人たちから「おめでとう!」と言われていたが、「ミユキはこれを一つの潮で、2回もやるんでしょ!? クレージーだよ!」と言って帰った。

 キンちゃんに言わせると「全身ソバカスだらけ!」と言うが、ジェフリーはとてもアメリカ人らしいフレンドリーな好青年である。

 そう言えばさっき帰ったマイクも「友達(ケティ:アメリカ人)が昨日泳いで10時間23分で成功したよ」と話していた。ビーチで知り合った仲間はどんどん泳いでいるのに、どうしてキンちゃんには順番が回ってこないのだろう?

 次に何だかテレビ局らしきカメラマンと音声担当がやって来て取材の準備をしていた。見ているとどうやらその取材の対象はアイスランドから来たあのスタン・ハンセンのようだ。そうだ、スタン・ハンセンのホントの名前を聞かなければ。

P71400822 スタン・ハンセンのホントの名前は「ベンディ」と呼ぶらしい。そして彼はキンちゃんを呼んで「彼女は去年、スタートのときに一緒にいたんだ。今年も彼女とスタートしてフランスまで泳ぎたい。」と言っていた。それからベンディとキンちゃんは35分くらい一緒に泳いできた。そしてキンちゃんもインタビューされ、もしかしたらアイスランドのテレビに出てしまうかもしれない。

 そんなベンディからアイスランドの国旗を貰った。ちなみに私は今回「日の丸」を持ってきたが、キンちゃんが泳ぐときは掲揚しようと思っている。まあ日本人の中には日の丸を嫌がる方もいらっしゃるようだが、過去の歴史や日の丸の意味合いよりも、私は単純に「国旗がないのは寂しい」と思っている。日の丸の思想云々よりも、自分の国旗として掲揚したいと考えている。

 その後、我々もいったん宿に戻り、買い物、夕食。「明日泳ぐよ」と言うニールからの連絡はない。まあニールのことだからギリギリまで連絡はよこさないだろうが、いつ電話がきても良いように準備は「心」意外にも整えていった。

 おそらく明日ベンディはフランスに向かって泳ぎだすのだろう。ベンディは昼間デジカメ写真を、カメラを通して見せてくれた。その写真には氷の中を泳ぐスイマーの姿が写し出されていた。さすがアイスランドである。しかし、キンちゃんの心配は低水温ではなく、ベンディ自身の泳ぐスピードにあると言う。確かにベンディは身体の割に泳ぎは遅い。上手くいくと良いと、キンちゃんも私も願った。

7月13日(キン&tora)

不思議な6時間泳の証明

キン

 やはり土日の朝は忙しい! 毎日朝5時には起きているが、ボランティアがあるため7時45分にはビーチに行かなくてはいけない。誰よりも早く一番に着いていたいのが私のポリシーだ。だから朝ご飯食べて弁当作ると、いい時間になってしまう。

 そういえば昨日、ジブラルタル海峡を泳ぐためにオックスフォードから練習で6時間を泳ぎに来た青年がおり、何回か日本も仕事で東京の代々木に来ているみたいだ。

 栄養補給を渡すと「どうも」と言う。まるで日本人でも余り使わない言葉を使うのでびっくりする。普通なら、「ありがとう」 である。

tora

 CS&PFではその申込書類に「水温16℃以下による海での6時間泳の証明書」を添付するよう義務付けられている。やはりドーバーを泳ぐには大きなリスクを背負う形になる。ちなみにキンちゃんや湘南の主さんの「6時間泳の証明書」は私が発行している。

 本来、その証明がなければドーバーは泳げないのだが、ドーバーに来てからドーバーハーバーで6時間を泳いでもかまわない。その証明をフリーダが行うのだ。そして今日の海練習はフリーダの「6時間泳の証明」も含まれている。

 さて、「ドーバーを泳ぐには・・・???」と疑いたくなるようなスリムな女性が数名居る。やはり16℃以下はウェットスーツ代わりになる脂肪が必要なのだ。ところが案の定“ガクガク”と振るえながら「もう上がりたい」と訴えて上がろうとする。それをフリーダが許さない。周囲のボランティアからも叱咤激励が飛び、再び海に戻って行く。しかし栄養補給で上がるたびに「もうやめたい」と訴える。仲間のスイマーが彼女と一緒に海に入って泳ぐ。

P71300522 去年、CS&PFのボランティア、クリフと結婚した新妻ローラはそんなスリムな女性だ。今年、何だかフリフは調子悪そうで泳がないが、ローラは毎週泳いでいる。しかし6時間は持たない。2時間泳いで彼女が上がろうとすると、周囲から「もう1時間泳いで来い!」と言われ、シブシブ海に入って行った。

 キンちゃんはこの日も2時間泳いで上がり、後半はボランティアに徹していた。そんなキンちゃんが2時間泳ぎ終わって暖を取っているビーチの隣で今度はローラが暖を取り始めた。「ウェルダーン!(よくやった!)」と私が言うと苦笑いをしていたが、キンちゃんの話しによるとローラはそうとう震えていたらしい。

 16℃の水温はそんな世界だ。

 しかしとっても不思議な光景を見ることがある。それは栄養補給のたびに「上がりたい」、「やめたい」とガクガク震えながら涙ながらに訴える女性スイマーたちが、6時間経過して上がってくる姿に震えも涙もないのだ。悠々たる態度で6時間を泳ぎ終えた充実感でいっぱいの顔をして上がって来る。ボランティアからは「ウェルダーン!」の拍手でいっぱいになり、辛い涙は喜びの涙に変わる。目的が達成されれば震えは威風堂々の姿に変えるのだ。

 何だか自分ももらい涙で涙ながらに過去に「12時間泳」の企画をしていたことを思い出していた。

P71300552 6時間を泳いだ連中は帰り、フリーダから「6時間泳の証明書」を貰う。それはちょっとその努力の割には安っぽく、何だか日本のスイミングクラブや学校で行われる水泳検定の「◎級」とか言う認定書のようで、自分で言っては何だが私の作った証明書の方がずっと高級感があると思う。しかし今日6時間泳いだ連中にとってはこの上ないプレゼント。「◎級」の認定書を貰って大事に家に持って帰る日本の子供のように、その証明書を大事そうにカバンに入れていた。

7月12日(キン&tora)

ジブラルタル海峡

キン

 朝から物凄く良い天気で、スイミングコートはハウスに置いてきたものの、10時ぐらいから曇り空。風が出て来てボランティアしている時はとても寒かったです。でも晴れると暑くて半袖になります。

P71300512 水温は15℃。冷たかったですが、7時間も泳ぐ人がいるので、元気に栄養補給を渡しています。私は2時間泳ぎました。気温は18℃です。

 アリソンが来て「ミユキ、多分水曜日に泳ぐよ」と言われましたが、早く泳ぐ日が来ないと潮が速くなるばかりです。

 まあ2-wayを目指しているので何時間でも泳ぐのが当たり前の世界ですから、モチベーションをそのように持って行きます。

 日本は物凄く暑いみたいですね。

 イギリスにいると感覚が鈍くなります。

 外に出るときは帽子を被って、たくさん水分とるように!

 熱中症に注意して下さいね。

tora

 今日は週末、キンちゃんはまた張り切って早朝から元気いっぱい飛び出して行った。今日は広場の朝市でトマトも買う。天気も良く、ビーチに着けば我々が一等賞だった。荷物をビーチに置き、いつもフリーダが止める路上パーキングの前のベンチにキンちゃんとお雛様のように座る。フリーダが来ればすぐに荷物を降ろすことが出来るからだ。

 すると一人の青年が現れた。「おはよう」と我々が挨拶すると、「おはよう」と返してきて少し話した。彼はオックスフォード大学OBで、以前に仕事で東京は代々木に行っていたこともある青年だ。で、今年はドーバーではなく、ジブラルタル海峡を泳いで渡りたいという考えを持っていて、その練習でわざわざオックスフォードから来たのだと言う。

 ちなみに私も1974年にジブラルタル海峡を渡ったことがある。スペインはイベリア半島のタリファからアフリカ大陸のセウタ(スペイン領:モロッコではない)まで泳いだのだ。そんな話から盛り上がったが、いかんせん30年以上も前の話。近くにマラガと言う町があって、そこにはコスタ・デル・ソル(太陽の昇る海岸)があって、そこで練習したとか・・・。そのくらいまでしか話せなかった。

 また、今回キンちゃんがドーバーに来る前に、オープンウォータースイマーには老舗のホームページ、「泳ぐ旅人」の主催者ハルさんからメールが転送されてきた。それは娘さんがケンブリッジ大学に通う日本人のお母さんからで、娘さんの名前はジェシカと言う。何でもケンブリッジとオックスフォードの「対抗ドーバー海峡横断泳リレーレース」があるとかで、ケンブリッジの選手に選ばれた娘ジェシカを心配してネット検索したところ、過去にキンちゃんが「泳ぐ旅人」の「奮戦記」に出品しているところからハルさんにメールが入った。

 去年はオーストラリアへ留学した女の子がオーストラリアリレーチームの一員としてドーバーにやって来た。このときもこの女の子のお母さんからいろいろとメールが入った。やはり何処の国のお母さんも心配なのだろう。

 ジェシカのお母さんの話しによると我々の潮の一つ前の潮で泳ぐらしい。それでも我々はドーバーでジェシカに会えるようだったが、ちょうど我々がドーバーに出発する前日の7月2日、マイケル・オラムから「ケンブリッジ対オックスフォード」とのメールが入った。結果はオックスフォードが勝ったようだ。それをジェシカのお母さんへ転送したら、「もう行ってしまわれたかもしれませんが」と言う返事が返ってきた。それはレース結果について書いてあるのと、ジェシカは我々とすれ違いでケンブリッジに帰るとのコメントだった。

 結果を言えばオックスフォードが10時間04分。対するケンブリッジは10時間19分でオックスフォードが勝利した。

 ちなみにこのレース、ケンブリッジはCSAでオックスフォードはCS&PFなのだ。つまり「CSA対CS&PF」でもあった。そしてまたビックリしたのはそのCS&PFのパイロットは、いつもキンちゃんが頼んでいるニールだったのだ。先週の日曜日にニールは私に会うためビーチまでやって来た。そのとき「おめでとう」と言ったら“ニヤッ”と笑っていた。このようなレースならもっとやれば良いのに!!

 この話を始めにジェシカのお母さんから聞いたとき、ドーバー泳は「完了目的」であって「勝敗目的」ではない。確かに“結果”はあとから付いてくるが、まずは「泳ぎきること」が課題なのだ。時折キンちゃんは「私は遅いから・・・」とこぼすが、「バカ、10時間で泳ぐやつと、20時間で泳ぐやつと値段は一緒なんだぞ! だったら20時間で泳いだ方が“お値打ち”と言うものじゃないか!」と私が言う。

 実際、昔の1950年代にドーバー泳はレースもあったそうだが、現在は行われていないし、私個人はあまりドーバー泳のレースに興味はない。しかしCSAとCS&PFが「対抗した」と言う点では多いに評価できると思う。お互いが認めざるを得ない状況が何となく伝わってきた。

 ちなみにこのジブラルタルを泳ぎたがっているオックスフォードの青年、本日は6時間泳に挑戦だった。栄養補給で私が彼に補給品を手渡すと、彼は「どうも」と日本語で言ってそれを受け取っていた。日本語の「どうも」という曖昧な表現を、よくぞ知っていたなと思った。さすがオックスフォードだ。
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P71300452 この日、最長7時間を泳ぐスイマーが数人居た。まあよく泳ぐと思うが、そのバックアップにCS&PFのボランティアの姿がある。7時間を泳いだ連中からこんな私へも「ありがとう」と言ってくれる。泳ぎ始める前のガイダンスから始まって、ワセリンを塗ってくれる。栄養補給をしてくれる。最後のスイマーが上がるまで面倒を見てくれる。これを誰にでも無料で行っているのだ。スゴイよなぁ~!!

 そうそうアリソンが来て「ミユキの泳ぐ日はたぶん水曜日になりそうだ」と言っていた。ちなみに今日の水温は15℃。この水温で7時間泳ぐ人もスゴイが、キンちゃんの予想完泳時間は約15時間。おおよそ倍も泳がなければならない。しかも水曜に泳ぐとすると、潮汐表から見ればスタートは午前10時頃になる。それから15時間後だから終了は深夜(翌日)の午前1時。

 睡魔と寒さにキンちゃんは耐えなければならない。しかし目標は来年の2-wayなので、そんなことは言っていられないのだ。それ相応にキンちゃんは自分のモチベーションを高めていった。

7月11日(キン&tora)

試泳

キン

 今日はとても良い天気で、半袖、半ズボンで過ごせました。

 ビーチではアイスランド人、インド人、アメリカ人など、いろいろな国々のスイマーがいて国際的です。

 水温は相変わらず16℃、一時間泳ぎました。調子は良かったのですが、ヨットがたくさん出て来て危ないのでやめました。

tora

 朝は曇っていたものの、我々がビーチに着く頃は風が強いが晴れてはきた。天気もそろそろ良くなってくれても良さそうな気がする。ウィークデーのドーバービーチではインターナショナルに外人スイマーばかりが闊歩する。

 ただ少し思うことだが、ビーチでは我々の泳ぎ始めるビーチから海に向かって右側が午前10時頃からと午後1時頃からと、それぞれ2時間ずつくらいディンギー(小さいヨット)の講習をしている。当然“講習”だから乗っているのは初心者ばかり。流されたり転覆したりすると、ゴムボート(エンジン付)に乗った指導員が助けに右往左往する。

 本来ならディンギーの練習エリアは決められていて、岸から見て沖合に浮かぶヨットの右側、岸側だけしか使わないのだ。したがってスイマーはヨットの沖合を泳がなければならない。もちろんヨットのエリアよりも沖に出たり左に出たりするディンギーもあるが、彼らは“初心者”なのだ。

 それに比べれば「ドーバーを泳ごう。イギリスからフランスまで泳ごう!」と思っている水泳自慢に初心者スイマーはおそらく居ない。つまりスイマーがヨットのエリアを避けなければならない。それはきっとドーバーの主、フレッド・ハモンドが居たら、それぞれのスイマーに注意を促し、ハーバーの使い方について秩序が守られたに違いない。岸に沿って岸寄りを泳ぐのは危険なのだ。増してやディンギーのエリアを横切っていくのなんて言語道断!!

 ところがウィークデーのビーチではそれを知らない外国人スイマーが平気でディンギーエリアを横断して行く。前をあまり見ることが出来ないスイマーがヨチヨチディンギーの合間を泳ぐ。危険極まりない。

 キンちゃんはディンギーが出て来た段階で予定の2時間泳を切り上げて1時間で海から上がってきた。仮に今日はもっとスイマーが多く、それらスイマー全員がドーバーハーバーの使い方を熟知しているなら問題なく継続して泳いでいただろう。ちなみにドーバーハーバーの使い方は、ハーバー中央の掲示板に張り出してある。しかし掲示板の云々ではなく、あきらかに誰が見てもヨチヨチディンギーと明白な存在なのだから、スイマーがそのエリアから離れるのがマナーだと思うがいかがなものだろうか。

 ちょっと話が飛ぶが、ドーバー泳を公認する団体は現在2つあり、1つはCSAであり、もう1つはCS&PFである。1999年までは1つの団体CSAだったが、内部分裂があってCSAを脱退した連中が2000年から新たなCS&PFを作った。現在ではCS&PFの方に人気があり、成功率も高くなっているが、古いCSAの連中は「裏切られた」と言う思いがあるのかCS&PFを認めようとしない。

 つまりCSAに言わせると「ドーバー泳を公認できるのはCSAただ1つであり、まがいの団体(CS&PFのこと)によって泳いで仮に成功しても、それは残念ながら認めることは出来ない。」と言っている。これに対してCS&PFはCSAで泳いだ連中も認めている。

 まあどちらの団体もイギリスの沿岸警備隊から認可を受けて活動しているのだから、公には双方とも平等に“認められた団体”なのだ。少し逆説的に言えば、CS&PFを認めないのはCSAだけで、イギリスのマスコミ全体もCSAであろうがCS&PFであろうが、ドーバーを泳いだことに対して成功した者には素直に喝采を浴びさせている。

P71000352 第一ドーバーハーバーのビーチに来てスイマー同志が「君CS&PF? 俺はCSA!」とか「私はCS&PFよ!」何て会話が飛び交っている。それはどちらで泳ごうが“認める”とか“認めない”とかではなく、お互いが「ドーバーを泳ぐ」と言う共通の観点から会話が成立しているということである。

 ちなみにどちらの団体も組織内の構成は瓜二つだ。何故ならば過去は同じCSAだったのだから。

 だが、ここで少し話を元に戻させていただくが、ドーバーハーバーを使うスイマーのマナーの悪いのはどちらかと言うとCSAに軍配が上がる。アイスランド人、インド人はCSAで、アメリカ人は二手に分かれるが、CSAのスイマーの多くは平気で我が物顔にディンギーエリアを泳いでしまう。CS&PFの連中はおおよそそのようなことは少ない。これは普段のボランティアのガイダンスによる差かもしれない。

 一昨年まではドーバーで365日泳ぐドーバーの主、フレッド・ハモンドがいた。彼は古くからのCSAだが「CSAもCS&PFもない。問題はドーバーを泳ごうとするスイマーがいかに“成功”に近付けるかだ!」と言って分け隔てなく面倒を見ていた。

 その彼が去年は病に伏してビーチに現れることはなかった。フレッドによく見舞いに行っていたバリー(CS&PF)に彼の様子を聞いたが、「もう病気は良くなった」とは言うものの、ビーチでフレッドの姿を見ていない。そこで鳩のおばちゃんことダッセルバにもう一度フレッドのことを聞いてみようと思うが、ダッセルバも毎日ビーチに来るような事はなくなっていた。まあ今度会えたら聞いてみよう。

 いずれにせよ現在ビーチで泳ぐボランティアはCS&PFに多く、CSAは少ない。もちろんCS&PFではCSAのスイマーも面倒を見るが、残念ながらそれは週末のみであって、平日は不在になる。まあ時折平日にCSAのボランティアがスイマーに「あーだの、こーだの」と言っている光景を眼にするが、彼らが泳ぐことはない。そして同時にCS&PFのスイマーに分け隔てがある。

 ちなみにキンちゃんは現在CSAのバッグを欲しがっている。過去にCSAでも泳いだことのあるキンちゃんだから、どちらに拘るではなく、両方の良いとこ取りなのであろう。これはきっとこれからのチャネルスイマーの姿なのかもしれない。これからはきっと「キンちゃん型スイマー」が増えるに違いない。おそらくCSAもCS&PFも想像していないくらい最近のスイマーは賢いのだ、

 ちなみにキンちゃんはインド人スイマーに「CSAのバッグを買って欲しい」と頼んだが、「それはネット通販だから、日本に帰ってから買えば良い」と言われてしまった。ところがキンちゃんにしてみればネット通販では日本までの運賃が高いと考え、スペインから毎年やって来るおしゃべりおばちゃんのCSAボランティア、モンセラに頼むと言い出した。モンセラは我々と同じ宿だし、宿の主人からいつモンセラがやって来るかも聞いている。我々が滞在中にモンセラとはきっと出会う。きっと帰るまでにキンちゃんはCSAのバッグをゲット出来るだろう。キンちゃんは想像以上に賢いのだ。

P71100402 とりあえず私個人の意見としては、CSAとCS&PFの問題は過去を知らない若い連中が「組織は一つに統一すべき」という意見を真顔で言うが、おそらく遠い将来ではそのようなことがあっても、近い将来ではありえないだろう。それよりも一つで独占するより、少しくらい自由競争があった方が良いと思う。お互い切磋琢磨して良い組織になってくれればそれで良いのだ。

 キンちゃんが海から上がって休憩していると、それはちょうどお昼になったのでディンギースクールもお昼休みになった。「よし!」とばかりに私も30分ばかり泳いできた。

 久しぶりの水温16℃。CSAとかCS&PFとか・・・。それより私はこんな冷たい海で、どうして「ドーバー海峡を泳いで渡りたい」と思うのか、そのような発想を持てる人たちに尊敬できるのであります。ハイ!

7月10日(キン&tora)

ああ、この人が!

キン

P71000342 ハウスを出た時は小雨がぱらついており、「また雨かい!」とトボトボ歩いてビーチまで行くと、一人の男性“マイク”がいた。マイクは一昨年からのメールのやり取りで、「日本に仕事でよく行くので、日本に行った時、ミユキと海練習がしたい」と言っていた人で、それまで会ったことは一度もありません。そのマイクに偶然会い、びっくりした。

 マイクは前(2006年)にドーバー泳にチャレンジし、5時間でリタイヤしたらしい。

 飛行機の預入荷物のスーツケースがエアポートに届かず、機内持込手荷物の鞄一つでドーバーに来たと言っていた。スーツケースは何処の国に行ったのやら・・・。でもスイミングの用意だけは鞄に入れておいたみたいだから流石だね。

 キンもいつでも泳げるように、水着はスーツケースには入れないよ。始めは一時間泳いで調子が良かったので、また一時間アイスランド人と一緒に泳いだ。

 またもや奇遇なことに、去年1-wayを泳ぐ時、シェークスピアビーチでたまたま同じ時間にスタートし、抱き合ったアイスランド人がその中にいた。

 顔は私には分からなかったが、相手は去年調べたのか? 聞いたのか? よく私のことがわかったなぁ~と感心し、これも一つの縁だと新しく友達が出来た。

 この日はビーチで昼ご飯のサンドイッチを食べてのんびりした。

tora

 一昨年、CS&PFのセクレタリー、マイケル・オラムが「CS&PFからの周知と、会員相互の親睦を深めるためにチャット(メーリングリスト)を用意したので参加して欲しい。」と連絡があった。過去に、私自身城ヶ島の大会や12時間のスイムマラソン、遠泳フォーラムなどの企画をしているのでメーリングリストのメリットも知っていた。しかし同時にデメリットも分かっていた。だがマイケル・オラムはそのメリット、デメリットをどうやってかいくぐってくるのか興味もあったので私もそのチャットに参加させてもらうことにした。

 しかし案の定、メリットとしてのCS&PFからの通達は効果があるものの、一般的にドーバーは1回泳げばそれで充分。増してや2度も3度も泳ぐのは物好きかキンちゃんのようにドーバー泳とその他のドーバーの楽しみを見つけた連中ばかりで、その他のほとんどのスイマーは一度泳ぎ終わってしまえば再びドーバーを訪れる可能性はかなり低い。

 もちろんドーバーを泳ぐための費用の高さにも問題があった。マギーットも指摘していたが、ドーバーを泳ぐための費用は高過ぎる。だから「2回目、3回目となると考えてしまう。」とのことだった。しかしこれは大声で言うことは出来ないのだが、キンちゃんが「2回目、3回目」を泳ぐとき、普通の公開されている価格かというとそうではない。少しは融通が利いているのだ。

 ここでちょっと値段の話に少し脱線させていただくが、正直言ってイベント(オープンウォータースイムレース)の値段(参加費)は、「安全の値段と比例している」と言って過言ではない。つまり値段の安いイベント、イコール「安全に手を抜いたイベント」と言って良いだろう。

 参加スイマーのレベルが高ければそれは問題がない。しかしレベルがそれほど高くもないスイマーが安い参加費のイベントに参加すると、次回はほとんど出て来ない。何故ならば“嫌”と言うほど恐怖感を味わったからである。

 キンちゃんに言わせると、マイケル・オラムは私に似ているらしい。つまり「人に優しいイベントは、不可能を可能にする手助けをし、尚且つ次回につなげる引き金になる。」と。

 ちょっと余談が過ぎたので元に戻すが、マイケル・オラムが始めにたくらんでいた(1.)CS&PFからの周知と(2.)会員相互の親睦において、後半の「会員相互の親睦」においては、現在、そのチャットのほとんどの人が昨年に泳ぎ終わっているのでまさに「OB,OG会」になっている。

 また今年新たに加わった連中にしてみれば、去年の今ごろと同じ様な質問がどうしても飛び交うわけだ。それを1回こっきり泳いだ連中が偉そうに答えるわけだ。それを聞いて(読んで)いる私などは腹が立ってくる。おそらくマイケル・オラムも同じ思いであろう。

 決して間違っているとは言えない。だからと言って決して合っているとも言えない。経験が豊富になればなるほど「そういう時もある」が正しい表現なる。チャットには出てくるがビーチには出て来ないホッフィやダミアンは、きっとマイケル・オラムにしては“お荷物”以外に他ならないと思う。

 まあそのチャットに私も時々参加させていただいている。頻度としては“忘れ去られないようにする”程度である。実際、人種差別ではないのだが、東洋人より西洋人の方がリーダーシップを取ろうとする傾向はかなりある。それで上手くいけば問題はないとキンちゃんも私も“事なかれ主義”だが、あまりにも「それはどうかなぁ~?」と思う提案には私も一言言わせていただいている。そこでキンちゃんの「5回成功している」と言う実績がモノを言う。

 ちょっと余談が過ぎた。元に戻そう。今日、アメリカはシアトルから来たマイクに会った。マイクはマイクロソフトに勤めるアメリカ人。日本にも時折出張で新宿に来ると言う。キンちゃんの富士山が見える駿河湾でのスイムを、自分も期待している妙なアメリカ人である。しかし日本への出張はいつになるか分からないらしい。だが日本に来たときは駿河湾の淡島~大瀬崎スイムを約束した。2006年にもドーバー泳に来た事があるそうで、湘南の主さんと同じパイロットはクリス・オズモンドだったようだ。だがそのときは失敗に終わったようだ。

 どうやらマイクは昨日イギリスに到着したらしい。しかし空港で自分の機内預入荷物が届かなかったらしく、まさに着の身着のまま、シャツに単パン、タオルに海パン一丁と、それこそプールに行く姿でビーチに登場した。またマイクは東洋人の私を見て“こいつがイシイか”と確信したらしい。

 ちょっと話している間、「ああ、こいつがマイクか」と私も確信した。つまり、そういう意味からしても、マイケル・オラムの判断に間違いはなかったわけである。その他にマイクとは無関係のアメリカ人女性がそばに来て私にベラベラとしゃべっていったが、あまりのおしゃべり女は私は好きになれない。

 その他にアイスランドから来た大男がいる。その大男はCSAだからチャットには縁がないのだが、何だかやたら慣れ慣れしく下手くそな英語を使って我々に近付いてくる。どうやら昨年、彼と私は何処かで会っているらしい。しかし私には記憶がない。

P71400732 いちおう彼の名前を“スタン・ハンセン”にしておこう。まさに彼の体格はプロレスラーの“スタン・ハンセン”に似て大きいからだ。そのスタン・ハンセンは昨年、キンちゃんがシェークスピアビーチから出発しようとしたとき、まさに同じ時間に同じ場所から出発しようとしていたスタン・ハンセンがいて、キンちゃんと抱き合ってからスタートしたのだった。

 この日、フランスまで泳ぎ着いたのはキンちゃんしかいない。他のスイマーは2mの荒波に一人、また一人と消えて、スタン・ハンセンも5時間でリタイヤしたのであった。

 しかし私は思う。キンちゃんは自分のことを“チビ、デブ、ブス”と言うが、スタン・ハンセンはキンちゃんの2倍はあろうと思われる大男だ。その身長180cm以上、体重100kg以上と思しきスタン・ハンセンと、いくら「太った」とは言え、身長150cm、体重60kgのキンちゃんと同じ土俵に立つのである。

 体型だけを見ればまさに貧弱そのもののキンちゃんがスタン・ハンセンの上を行く。キンちゃんはスタン・ハンセンを簡単に「のろい」と評価をしていた。海の上では体型と実力は必ずしもイコールではない。しかしあまりにも大きな他のスイマーとキンちゃんとの体格差により、想像するならキンちゃんの体型は相撲で言う“前頭”とか“序の口”に過ぎないが、実力は“大関”程度であろう。いずれにせよスタン・ハンセンは我々のことをよく覚えていた。おそらく、大人と子供くらいの差があるスタン・ハンセンが途中でリタイヤし、この日唯一フランスまで泳ぎ渡ったキンちゃんに印象が深かったのかも知れない。

 そうそう、明日にはスタン・ハンセンの本当の名前を聞いておこう。

 それにしても相撲部屋直結のちゃんこ鍋屋さんは、キンちゃんの到来を待っているかもしれない。(ああ、ドスコイ、ドスコイ!!)

7月9日(キン&tora)

別れと始まり

キン

 マギーットは私より3つ年上の45歳です。昨日の文章は少しおかしかった。「マギーットと行くのは嫌だな!」と書いたが、それは雨の中を歩き、ビーチまで行くのが、お互いに行きたくないので顔を見合わせては「嫌な顔をしていた。」って言う意味。マギーットが一緒で嫌なのではない。

 風も強くて、キン、飛ばされそうだったよ。昨日の天気は安定せず、ずっと降っていた雨が、マギーットとビーチに行く時やんでいた。夕方は降ったりやんだりしていた。

 ビーチでは4名のスイマーが泳いでおり、鳩のおばちゃんもいましたよ。鳩のおばちゃんの名前は“ダッセルバ”と言い、毎日ビーチに来ては泳ぎ、日向ぼっこして、鳩に餌(クッキー)を上げているんだよ。手慣れたもので、鳩が一列に並んでいるんだ。最近はカモメとスズメもいるよ。

 私たちも10時より泳ぎ出し、マギーットとキンは1時間30分泳いだが、一昨日より寒く感じたよ。一昨日は水温16℃だった。

 泳いだ後、バリーとアイリーンが頼んでおいたCS&PFのパーカーやスイムキャップ、Tシャツをビーチに持って来てくれた。何故なら土日のビーチでいつも買えるが、雨降りで片付けられてしまい、手に入らなかったから、日曜日の夜メールして「火曜日までに手に入れたい」と伝えておいたんだ。

 マギーットがパーカーを持ってないのを私は知っていた。わざわざドイツから来てくれたので、何かお返しがしたかったのである。手に入って良かった。

 気が付いたら12時を回っており、マギーットが「昼ご飯はドイツ料理を作る」と言い、ミートボールとパスタトマトを作ってくれた。

 ミートボールと言っても日本で言えばハンバーグのミニ。マギーットは小さく丸く作っていたが、キンは小さく三角に作ったら大笑いしていた。

 トマトは缶詰を2種類使っていた。ベースはいつもバターを熱しフラワー(小麦粉)を混ぜて、ピーマン、オニオン、マシュルーム、ネギを入れ、トマトの缶詰を入れていた。まあ、忘れないうちにノートにでも記帳しておこう。結構、日本人の口にも合うでしょう。

P70600112 気が付けば14時。散歩に行くことにした。ビーチではインド人がちょうど泳ぎ終わって着替えており、6時間泳いだ人が出て来た。その人は長時間泳いでいるのに身体は震えていない。寒くないのか? 直ぐに着替え、サラダみたいなものを食べていた。

 と、雨が降ってきたので近くの洋服屋さんに入り、雨宿りをした。後はドーバーの商店街を歩き、眼の保養と何かお土産がないか探していた。マギーットは明日ドイツに帰ってしまう。

 なるべく日本料理をと、晩御飯は手巻き寿司とシチューにした。ドーバーでは刺身なんて手に入らないが、蟹スティックもどきと、キュウリを使うことにした。海苔に寿司飯を乗せ、キュウリか蟹スティックもどきを乗せて巻いて醤油を付けて食べるのだ。

 マギーットは箸を上手く使いこなし、セッセと食べていた。マヨネーズ、卵が食べられればサラダ巻きも出来るのだが・・・。

 手巻き寿司の食べ方が気にいったみたいで、ドイツに戻ったら作るらしい。お互いに料理をしながら、ドイツ料理、日本料理を勉強している。

 内緒で用意していたパーカーを渡すと、「今日はクリスマスだ!」と喜んでくれた。遠泳の話に切りは無かった。

 今日は朝から雨。10時半にマギーットと待ち合わせ! ロンドン・ヴィクトリアまで特急バスで帰るマギーットを、バス・ステーションまでお見送りに行くのだ。これで少し寂しくなってしまう。キンは、言葉はあまり通じないが、本当の友達が出来た感じで嬉しい半面、別れなければならない辛さが後を絶たない。まるで今朝の雨のようだ。

 マギーットを見送った後も雨は降り続き、今日は泳ぐ気になれなかった。買い物をしてハウスに戻る。

 ドーバーは半袖だと寒いので、またベッドに潜ってこの原稿を打っている。ドーバーは天気が悪く、昨日ビーチに行ったら他のパイロットが来て「スタートは土曜日ぐらいかな?」と言っていた。いつ私は泳ぐのか、この雨がやまなければ無理だろうな!

マギーットの手巻き寿司講座

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海苔の上に寿司飯を乗せます。

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次に具を乗せて巻きます。

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醤油につけてパクッ!
美味い!!

tora

 朝から冷たい雨が降っている。天気予報でも今日は一日中雨が降ると言っていた。今日、マギーットはベルリンに帰る。そして今日からキンちゃんの泳ぐ日程がスタートするのだ。

P70800272_2 マギーットはドーバーから高速バスでロンドン・ヴィクトリアへ行き、電車で空港へ、そこから飛行機でベルリンに帰る。11時発のバスなので、10時半に宿の前で約束した。落ち合ってバス停に見送りに行く。雨は絶え間なく、「これは“涙雨”と呼んで、マギーットと別れる私の心の涙が雨になった」と話した。日本ではキザな言葉が英語だと簡単に出てくるのは何故だろう?

 定刻通りとはいかなかったが、バスはマギーットを乗せてロンドンに向かって去って行った。マギーットは最後まで元気だった。

 まあ今日からキンちゃんの泳ぐ日程だが、泳ぐ24時間前にパイロットから連絡があることになっている。日曜日のビーチでキンちゃんのパイロット、ニールに合ってお互いの携帯電話番号の確認もし合った。しかしニールが24時間前に連絡をしてくれる可能性は低い。去年は6時間前にようやくよこしたぐらいだから・・・。

 いずれにせよ今日泳ぐ可能性はない。それは今日の天気を見れば誰にでも判断できることだ。マギーットと別れたあと、雨の中をキンちゃんと買い物に出たが、たいした買い物もせずに宿に帰って寝ることにした。もちろん、今日はビーチに行って泳ぐこともしない。1週間のオフ日にするのだ。

 イギリスに来て時差ボケを矯正するため昼間は寝ないようにしてきた。この昼寝で日本の時間に戻ってしまうかなと心配したが、それほどの心配にはおよばなかった。かなり身体はイギリス時間になっている。まああとはキンちゃんのコンディショニングでいつ泳ぐ連絡が入っても大丈夫なようにしておくことだ。

 あれだけ昼寝をしたのに、ちゃんと夜も熟睡することが出来た。

7月8日(キン&tora)

ビーチで

キン

 昨日9時頃、マギーットと待ち合わせした後、またもやドシャ降りの雨の中、ビーチへと足を運んだ。沖を見ると今まで見たことがないくらいに波は激しく暴れており、風と共にビーチまで押し寄せて来ていた。と、いつもの仲間が集まるビーチを、誰もいないだろうと遠くから眺めると一人の女性が! ドイツ人のバサンティであった。まさかと思いきや、一人の男性が泳いでいた。この寒くて荒れ狂っている海に、それも水着一枚で(それは、当たり前か)、キンは今日、泳がないつもりが、昼からの方が天気が回復するから、15時から一緒に泳ごうとバサンティに誘われ、渋々またビーチに行くことになった。

 バサンティは今日、ドイツに一回帰って、また八月に来てソロを泳ぐらしい。ドイツでは初の女性チャネルスイマーらしい。だから、昨日は最後の練習日だから泳ぎたいが、一人では泳げないのでキンを誘ったらしい。

 ビーチへの散歩の後に買い物に行き、昼ご飯の用意をした。それはとにかくマギーットに日本食を食べてもらおうと、お好み焼きと生野菜サラダと、雨が降って寒かったので、温かいうどんにした。初めて食べるみたいだが「美味しい」と言っていたよ。

 おしゃべりに夢中になり、気が付いたらビーチに行く時間。小雨の降る中を「マギーットと行くのは嫌だな!」と歩いている。15時、約束の時間にバサンティは現れ、キンは渋々水着に着替え、「どれくらい泳ぐ?」と聞くと「30分!」。

 「何だ、たった30分で海水に浸かるのか!?」と海に入って行った。思ったより温かく感じ、だんだん泳ぎが乗ってきて、30分泳いだ時点でキンが「もう一度泳ごう!」と誘い、延長した。キンはラフウォーターが得意である。入る前は付き合いで入ったが、楽しく楽しくて波と戯れていた。45分経って「もう一度泳ごう!」と誘ったら、「ラフだから出る!」と言い、ビーチに戻った。

P70700192_2 バサンティは「一緒に泳いでくれてありがとう! 一人じゃあ泳げなかった」と無茶苦茶喜んでいたが、あれほど昨日は泳ぐ気がなかった私を、泳ぐきっかけを作ってくれ、楽しんで泳げたことに、私はバサンティに感謝しなければいけない。

 ハウスに戻り、晩ご飯の支度。昨日のチキンを煮た出し汁を使って、白菜、人参、マシュルーム、オニオン、フイッシュを入れ、日本の鍋風し、パスタの醤油味とポテトを茹でておいた。

 再び海を泳ぐ話しにまたもや盛り上がったが、「来年はミユキの2-wayを泳ぐときのボートに一緒に乗って見ている」と言う。何でこんなにまでしてくれるのだろうと不思議でしかたがない。

 今日は、9時30分に待ち合わせをしている。天気は雨、時々晴れかな? 落ち着いた天気ではない。

tora

 天気は「良い」とはどうしても言えない。週間予報でも今週いっぱいは良くない。それでもキンちゃんはマギーットと約束して2時間ほど泳ぎに海に出た。

 2人の準備が終わって海に出ようとした瞬間、日本のスキー仲間、あべさんからメールが入った。無事に到着したかの確認メールである。7月1日、出発前日に壮行会をしてもらい、帰りに私が居眠りしてタクシーで帰ったものだから、心配してくれているのである。ありがたいことだ。

 マギーットとキンちゃんのこれから泳ごうとする写真に、ドーバーの香りがするようなメールを書こうと努力はしてみたが、どうしたって日本食やドイツ料理、ビールに至っては「ステラ」と言う銘柄のベルギービールである。

 ビーチを見ても「さすがドーバー」と思うほど海外から来たスイマーばかりである。週末のビーチならイギリス人も多いのだが、平日はそのほとんどが外人。キンちゃんたちのあとにビーチを訪れたのはオーストラリア人スイマー、そのあとはインド人スイマーたち。ウ~ン・・・、これがドーバーの香りかな?

 ほどなくマギーットは「寒い、寒い!」と言いながら上がってきた。去年はドーバーを泳ぐためか少しは太っていたのだが、ドーバーが終わってスリムになった。過去にはデンマークからドイツまで泳ごうとしたことがあるそうで、あまりにも冷たく失敗したそうである。そのときも太ることが出来なかったからだろか・・・。

 ほどなくキンちゃんも上がってきてビーチで休んでいると、バリーが現れた。約束のCS&PFグッズを我々の宿まで持って来てくれたのである。ところが我々は宿にいない。「これはきっとビーチで練習しているのに違いない!」と言う正しい判断でアイリーンと孫娘を連れてやって来てくれた。バリーたちにはいつも助けられている。

 キンちゃんはキンちゃんの日本の仲間にCS&PFのスイムキャップやTシャツを買い求めると、同じくマギーットにも渡したいパーカーを買って、「わがまま言ってごめんね。実はドイツから来たマギーットは私に合うためにドーバーまでやって来てくれた。そのマギーットに私はプレゼントをしたいんだ。明日、マギーットはドイツに帰るので、どうしても今日までにパーカーが欲しかったんだ。」と言った。バリーもアイリーンも事情はよく分かってくれた。

 ビーチでは他に鳩のおばちゃん“ダッセルバ”も現れた。キンちゃんの話しによると土曜日か日曜日にも来ていたらしいが、私には気付かなかった。相変わらず鳩とはお友達のようで、足に鳩をとまらせては餌をやっていた。見事なものである。ダッセルバは日本で言うと老人会の海水浴部長かな? まさか日本では老人会に「海水浴部」なんてないだろうが、ダッセルバは「水泳部」と言うにはおこがましいほど日中に日向ぼっこと海水浴を楽しんでいる老人会(?)の幹部である。ドーバーには毎日日光浴と海水浴を楽しんでいる老人会がある。うらやましい限りである。

 他にフレッド・ハモンドと呼ぶドーバーの主がいる。彼はドーバーを泳ぐ連中の手助けをするきっかけを作った張本人である。おそらく彼が居なければ現在のドーバーボランティアはなかったであろう。彼の過去は、第二次大戦で家庭はバラバラになり、その後、青果の卸問屋をやりながら現在に至った。一昨年までは1年365日ドーバーを泳ぐ、増してやドーバー泳に関して彼に聞けば分からないことはないほど、まさに“主”だったフレッドが去年は病に倒れた。

 現在、フレッドの後継をしているCS&PFのバリーが、昨年は「お見舞いの寄せ書きカードを作ってフレッドに送るので、イシイも何か書いてくれ」と言われて喜んで一筆書かせてもらった。そのフレッドもバリーの話しによると今年は元気になったと言う。しかしビーチにフレッドの姿は見えない。おそらく孫娘さんたちがビーチに行くことを禁止しているのであろう。詳しくはダッセルバに聞いたほうが早いかも知れない。あまりダッセルバとは親しそうではなかったが、フレッドは老人会海水浴部の発起人みたいなものであるから。

 キンちゃんは「ダッセルバなら潮汐表を持っている」との読みが見事に的中し、ダッセルバから潮汐表をお借りしてキンちゃんの泳ぐ日程の潮汐を書き写させてもらった。

 マギーットは週に5回くらい練習し、1回の練習量は5~6kmだそうである。スリムになって寒さを訴えるのは湘南の主さんと似ている。湘南の主さんも一昨年のドーバーが終わってからスリムになった。

 逆に太ったのは今年2-wayをチャレンジするマイケル。キンちゃんはここのところ毎年ドーバーを狙っているため太ったまま。確かにスリムなマギーットに比べるとキンちゃんは寒さに強い。しかし陸上を歩くのは一番のろい。「アレ?」と思うとマギーットと私の遥か後ろを“ドスコイ、ドスコイ”と歩いている。

P70800222 この日のお昼はマギーットがドイツの一般的な家庭料理を作ってくれる。それはミートボールにパスタ、それをトマトソースで絡めたものである。決して豪華さはないが、ボリュームがあって飽きない味である。美味しかった。ご馳走様。

 マギーットは日本の食文化にも大いに興味があったようだ。どちらかと言うとドイツ料理はフランス料理に似てソースで食べさせる。ところが日本は素材の味を重要視する。そこで夕食はキンちゃんがお寿司を作ることになった。とは言っても新鮮な魚が手に入るわけでもないので、海苔巻、すなわちカッパ巻きとかサラダ巻き。ドーバーのスーパーには“蟹モドキ(日本にも売っている)”を売っている。それを買ってきて「蟹モドキ巻き」を手巻きで作った。

 まず海苔を掌に乗せ、少しの寿司飯をその海苔の上に乗せる。そしてキュウリとかサラダとか、蟹モドキを真中に乗せてクルクルっと巻き、醤油をつけて食べる。マギーットはこの食べ方が大いに気に入ったようで、幾つも食べていた。箸の使い方も抜群に上手くなった。

 ところがベルリンにも日本食レストランがたくさんあるそうで、そこで見た寿司レストランの海苔巻はもっと小さくカットされていて、箸を使って食べていた。と言うのだ。ウ~ン・・・、かなり観察しているな。するとキンちゃんが「通はこうして手で食べるんだ」と話した。

 そしてキンちゃんはマギーットにCS&PFのパーカーを手渡した。もちろんマギーットはたいへん喜んでくれ、来年の再開を約束した。

 食べ物の話、水泳の話、楽しい時間は瞬く間に通り過ぎていき、我々の部屋からは笑い声が絶えなかった。

7月7日(キン&tora)

ラフウォーター

キン

 今日は朝から風が強く、雨がパラパラと降ってきています。朝9時ごろに、マギーットとビーチに行く約束をしてありますが、泳がないかも・・・。風邪を引きそうだから、部屋でおとなしくハガキでも書こうかな? と考えています。

 こんな天気では、明日はボートが出ないのではないかと思います。私の神経はピリピリ状態です。いつ泳ぐかわからないのは毎度のことながら疲れます。早く2本とも泳いで気分スッキリしたいですね。

 昨日のドイツ料理は美味しかったよ。作り方、一応見といたけどね。チキン、マシュルーム、缶詰のニンジンとグリンピースが入っているのと小麦粉を使っていた。もちろんチキンを茹でた汁、缶詰の汁も使っていましたよ。

 ドーバーのスーパーは缶詰の種類が多く、こんなふうに使うんだなぁ~、と感じました。マギーットは、たまにチキンは食べるみたいですが、アレルギー体質で、卵黄(マヨネーズも含む)、肉類(ハムも含む)などが食べられないようです。この前のカレーに牛肉入れた時は、肉を除けて食べていました。

 だから、昨日のお昼の弁当はイタリアンパスタでしたが、ハム、ウインナーなど、肉無しは言うまでもありません。でもキンは痩せちゃう・・・。(ジョーク)

 今回の部屋は、応接間と寝室二部屋、台所にトイレ+シャワーなど、五つの部屋があり、過ごしやすいです。でも今は寒いから、服を着てベッドの中からこの原稿を打っていますよ。

tora

 朝から横殴りの雨が窓に叩きつけている。風の音と雨の音が重なって、海の状態が悪いことを誰にでも予見させていた。泳ぎに行く気力を失わせる条件を充分に備えていたが、まあそれは気力の喪失ではなく、自己防衛的反応として「今日は泳がない方が良い」との判断によるものでもあった。

 マギーットとは9時半に海に行くことを約束していて、ドイツ人らしく時間通りに我々の宿にやって来てくれたが、今日の天気を見ていて「今日は泳がない方が良い」と話してくれた。

 そこでキンちゃんは「プールにでも行ってみんなで泳ぐか!?」とも言ったが、マギーットは「ドーバーまで来てプールで泳ぐなら、泳がない方が良い」と言って散歩をすることになった。行き場所はビーチ。とにかく全員が“じっとしているのが嫌いなこと”、“海が好きなこと”は共通のタイプだった。

P70700142 たまたま雨がやみ、強風の中ビーチまで行くと海は大波に頭に白波が加わり、大荒れに荒れていた。しかし、スイマーが一人海を泳いでいる。「ワォー! クレージーだ!」
 ビーチではもう一人のドイツはハイデルベルグから来た女性スイマー「バサンティ」がいた。バサンティは泳ぎたがっていた。しかし一人でこの荒波の中を出て行く気にはならず、今、泳いでいるスイマーが上がってきたら一緒に泳ぎに行こうと、誘う魂胆だった。だが16℃の水温とこのラフウォーターの中を泳いだスイマーが再び泳ぎに行く気力を出すのは困難だと誰もが想像出来た。そこでバサンティはキンちゃんと泳ごうと、誘うターゲットを変えたようである。

 そこで少しバサンティと話した。バサンティは明日ドイツに帰るそうである。7月24日に再びドーバーに訪れて、その次の潮で泳ぐ予定だそうだ。まあ日本ほど遠くはないので、行ったり来たりがそれほど難しいことではないのであろう。何しろドーバー海峡を渡ればドイツまで電車でそのまま帰れるのだから、日本ではちょっと考えられない事実なのである。
 バサンティはキンちゃんの泳ぐ日程について心配してくれた。長期の天気予報でキンちゃんの泳ぐ予定の頃の天気が悪いのだ。

バサンティ「天気が悪くて泳げなかった場合、日程を次の潮に変更するの?」
tora「いいや、そのまま帰るよ。我々には次の予定がある。」
バサンティ「来年は2-wayでしょ。予約金は来年に回してもらえるの?」
tora「それはわからない。でも交渉してみようとは思っている。何故ならば彼女は何回もドーバーを泳ぎに来ていて、パイロットにしてみれば良い顧客なんだ。だからきっとこの交渉はかなうと思う。」

 同じ外国とはいえ、行き帰りの交通が比較的簡単な方法で行える近くの国と、ほぼ飛行機で行く方法だけが一般的な日本との、距離の差を感じてしまった。第一、ドーバーから見えるフランスは時差が1時間あり、フランスの時間とドイツの時間は一緒なのだ。

 バサンティの天気予報によると、今日の午後からは少しは天気が回復するそうで、午後3時に再びビーチで落ち合い、30分キンちゃんと泳ぐ約束をした。バサンティは明日帰るまでにどうしてももう一度ドーバーの海で泳ぎたかったようである。

 宿に戻るとキンちゃんは日本のうどんとお好み焼きを作った。もちろん他に芋の煮っ転がしとかサラダとかもあるのだが、メインデッシュはうどんである。もちろんマギーットも箸でうどんを食べてもらった。そこでマギーットは日本とドイツの食文化の違いを話し始めた。

 ドイツでは食事をするとき、スープを飲むとき、音を立てないのがマナーだそうである。ところが日本では音を立てて食事をするし、直接、食器を持ったり、直接、食器に口をつけて食べたりするのがマナー違反にはならない。

 「それは、日本では食事の音も味のうち」と説明したが、マギーットにしてみればよほど我々のうどんをすする音が気になったのであろう。それにしても箸はドイツ人にしてみればフォークになり、ナイフになり、時としてスプーンにもなる。と感心していた。

 しかし思えば、日本の麺類を日本人が音も立てずに食べている光景はどう見ても美味そうに見えない。もちろんマギーットは音も立てずにうどんを食べていたが、それは習慣がそうさせたのであろう。もし、マギーットがベルリンに戻って日本食レストランに入ったとしたら、一緒に入った友人にマギーットは自慢げに言うのであろう。「日本では音も味のうち」と言って、彼女はズルズル音を立てながらうどんを食べ、味噌汁を飲むのに違いない。

 バサンティとの約束、「午後3時にビーチ」の時間には充分に間に合うように我々は宿を出た。先に我々がビーチに到着したが、バサンティも遅刻することなく現れた。バサンティの天気予報では午後に凪になるはずなのだが、雨が止んだ程度で相変わらず風が強く、外洋の波はドーバー港の防波堤を乗り越えて港内に入ってくるほどの大きな波が押し寄せていた。おそらく港の外の波高は4mくらいであろう。もちろんバサンティは風上、すなわち港内でも波の少ない方へ泳ぐコースをキンちゃんに説明した。まあこれは説明しなくとも常識であろう。

P70700182 ちなみにキンちゃんはラフウォーターが好きである。バサンティには申し訳ないが、ラフウォーターではキンちゃんの方が一歩も二歩も先を進んでいる。ただ、今回の状況、すなわち“バサンティが泳ぎたくてキンちゃんを誘った”、と言う状況からバサンティがリーダーシップだが、海に入ると立場が変わったようである。バサンティは「30分」と言って海に入ったが、ラフウォーターで「これは楽しい!」と感じたキンちゃんが、(30分経過してから)「もう1回!」とバサンティを誘い45分泳いだ。キンちゃんは「もう1回!」とバサンティを誘ったのだが、「もう荒れているから」とバサンティの方から断ってきたらしい。

 泳ぎ終わってからもキンちゃんは「楽しかった!」を連続してしゃべっていたが、バサンティは「それは良かった」と言いながらも顔は「早く終わらせたかった」と充分に分かる顔つきをしていた。

 夕食は前日にマギーットが作った「フリカッセ」の出し汁を使って鍋風の茹でた野菜と煮た芋、醤油味のパスタを作ってマギーットと3人で食べた。

 ちなみにキンちゃんとマギーットが台所仕事をしているとき、私が買い物に出るとインド人のスイマーたちと道端で会った。彼らは「今日、泳いだの?」と聞いてくるので「もちろん! 50分泳いだ!」と言うと、「エッ!? この荒波の中で?」と聞いてくるので、「このくらいの波でも泳げなければならない」と偉そうに言っておいた。

7月6日(キン&tora)

フリカッセ

キン

Dcf_01452 昨日から2時間泳いでボランティアをしているけれど、13時を過ぎてから大雨が降ってきてマギーットが寒がっていた。だからマギーットとハウスに帰って来たよ。ドイツ料理に時間がかかるみたいだから。今日は早めに食事の支度だよ。

 ビーチの水温は16℃。冷たい海だ。そうそう、今日、1番目の予約したパイロットのニールが来て、いつ泳ぐか聞いたら、明日は天気が悪いから明後日だと言っていたけれど、天気次第だからわからない。だいたい連絡が6時間前だからね。急なんだよなぁ~。たくさん食べなくっちゃ!

tora

 今日は日曜日。昨日と同じ様に朝一番でビーチに行き、場所取り、機材の設営から手伝っていく。もちろん私は昨日の書き残したキャップのナンバリングから仕事に入る。

 昨日と同じ様にフリーダが一人一人にアドバイスをしながらキャップを渡す。もちろん赤キャップはナンバリングが若い方から使うが若い方は長い時間泳ぐ人が多い。だから急いでナンバリングを書き込む私に周囲を観察する余裕は無い。だが、スイマーは順番を並んで待っているので私の作業は並んだスイマーの全員が見ていることになる。中には「イシイ、久しぶりだなぁ~!」と声をかけてくれるスイマーが何人かいた。それはお調子者のマイクことマイケル・クロスだったり、去年のソロスイムで失敗して、「今年は足の悪いスイマーと二人でリレーで泳ぐんだ」と教えてくれたエマがいたりした。

P70600102 みんな1年ぶりなのだ。マイクは今年2-wayに挑戦するそうで、かなり身体を太らせていた。また去年“ビッグ・エマ”と呼ばれていたエマはちょっとスマートになったような気がする。みんなそれぞれの1年があったのだなぁ~。

 ナンバリングも終わって一段落ついた頃、湘南の主さんからメールが入った。「体調はどうですか?」とか「ファーストトライはいつですか?」などと心配の内容だった。心配してくれる人がいる。・・・ありがたいことだ。

 「ドーバーの水温は16℃。最高気温が18℃程度。天気は晴れていますが風が7~8mと強く、昨日まで見えていたフランスが今日は見えません。」と書き、マギーットやマイケルのことを書き加えて写真を付けて返信した。

 実際、ここの宿の主人に東京にいるときに何回かメールのやり取りをしているが、「天候が悪いが、あなた方が来る頃には回復しているよう祈っています」などと返事をもらっていた。何となく去年のドーバーを思い出していた。

 例えば今日の天気にしても湘南の主さんからメールをもらったときは確かに晴れていたが、朝は雨、後に晴れたが、晴れたり曇ったりを繰り返し、午後には雨が降ってきた。

 たまたまキンちゃんのパイロット、ニールが来て話したが、やはりここのところ天候の悪化で泳いでいないようである。まあ7月9日から19日までだが、「今週中は無理だろう」との事だった。

 ビーチでは雨が降ろうが風が吹こうがスイマーが泳いでいる間にボランティアスタッフは帰るわけにはいかない。最長6~7時間泳ぐスイマーがいる以上、全員が海から上がったことを確認するまで帰るわけにはいかないのだ。

 だがマギーットはキンちゃんに付き合って2時間泳いだものの、昼食のお弁当のパスタを食べても震えが止まらなかった。増してや午後からの冷たい雨はマギーットを暖める条件を無くしていった。忙しい天気にキンちゃんは心配してマギーットと先に帰ることにした。時間は午後2時を過ぎている。最終泳者が終わるのは午後3時過ぎになるが、すでにスイマーの人数は数えるほどしかいない。まあキンちゃん一人くらいいなくとも何とかなる。それにマギーットには帰ってからドイツ料理を作ってもらわなければならない。

 ただ、キンちゃんはわざわざ自分たちに会いにはるばるベルリンからやって来たマギーットに何かプレゼントをしたかった。それはマギーットの持っていなかったCS&PFのパーカーだった。CS&PFの購買係りはアイリーンとバリーがやっている。そこでキンちゃんは慌ててビーチに戻ったのだが、あいにくアイリーンとバリーは何かの用事があったのか、早々と帰ってしまってキンちゃんと会うことは出来なかった。そこで「火曜日までにCS&PFのグッズが欲しいので、我々の宿まで持って来て欲しい」とメールした。

 雨の中、最終泳者がビーチに上がるとボランティアスタッフも足早に片付けて帰路になる。足早に私も帰ってドイツ料理をいただくことにした。

P70700122 そのドイツ料理は「フリカッセ(Frikhasse)」と呼ばれるドイツでは一般的な家庭料理だそうだ。食べ方は日本のカレーライスと同じでご飯の上にかかっているルー(?)と一緒にスプーンで頬張る。チキン、小麦粉、バター、グリンピース+人参(缶詰)、マッシュルームなどで、洋風の「中華丼」のようだ。ただご飯は日本のものを使ったので、マギーットに言わせるとドイツの米はパラパラしていて日本の米のようにくっつかない(タイ米?)のだそうだ。そこが違うだけであとは一緒。とても美味かった。

 しかしマギーットは日本の米をたいへん気に入ってくれた。おそらくベルリンに帰っても日本の米を買い求めるだろう。去年もビーチでお弁当のおにぎりを食べていたくらいだから。

24時間テレビ

 今年の8月30、31日に、日本テレビ系列で毎年行われている「24時間テレビ」がある。

 まあ「パターナリズム(温情主義)的チャリティ番組」という気がしなくもないが、それを楽しみにしている方々も大勢いるのは間違いない!

 主義主張はどうであれ、資本主義経済大国の日本では視聴率を取ったものが勝ち! というのは、何とも日本人的精神構造を表現している気がしてならないが、芸能人と全盲の女の子が津軽海峡を泳いで渡るそうで、それは黙ってみていられない。

 始めに制作会社の担当者が我が事務所に来てくれて、いろいろ話した。番組を制作する上でいろいろな制約を抱えながら作られていくテレビ事情を目の当たりにして少し考えが変わった。

 6月に中野(東京)のプールで練習会があって拝見させていただいたが、それまで想像していた芸能人より真面目で積極的に取り組んでいる姿を見た。まあこれならうまくいくかも知れない。

 昨日(8月1日)、東京辰巳国際水泳場にこの遠泳の監督に就任した鈴木大地さんと会って話してきた。この日、辰巳のプールでは関東学生選手権が行われていた。何とも懐かしい匂いと雰囲気を味わってきた。

P80100012 まあ話を戻そう。テレビ局の担当者、鈴木大地さんらと話し合った内容は、津軽を泳ぐための作戦。

 我々がドーバーに行っている間、守谷さんが千葉の館山で海練習をしてきたはずである。また一部の芸能人は今頃、練習のため津軽に向っているはずだ。まあ多忙な芸能人のインスタント遠泳チーム。本格的なオーシャンスイマーたちから見れば、6名の芸能人と1名の盲人、合計7名がウェットスーツを着て最長でも40分という短い時間でとっかえひっかえ交代して泳いでしまおうというのだ。「それはねぇだろう!」と言いたい気持ちもわからなくもないが、それを真面目に取り組んでいる。

 それに、さすがテレビ局! と思わせる護衛船4隻以上の船団でこの企画をサポートする。その中の1隻(芸能人用)は、100名以上乗れるフェリーを借りてきて、・・・と言っても船舶検査上、航行区域をはみ出るので臨時検査を受けて40名くらいまで定員は落ちるのだが、それでもそれほど大きな船で伴走する。

 まあヨダレの出るほどうらやましい話・・・。まあ我々の遠泳とは何とも別世界の話。それでもこの番組制作会社の担当者に打たれて私はコーチとしてこの企画を引き受けた。障害者に水泳指導をし、海を泳がせることを目的に活動して30年以上の歳月が経過した私には、ここで成功する、しないは別にして、視聴率ではなく、良い番組作りに協力しようと心に誓ったのだった。

 もちろんキンちゃんもこの企画に参加する。

7月5日(キン&tora)

初練習

キン

 今日のドーバーは雨、のち晴れ。ビーチの水泳仲間は私のこと覚えてくれていて、意気投合していたよ。そう、新しくオーストラリア人、ドイツ人、インド人と友達になったよ。去年、友達になったインド人とスイム仲間らしい。キンの名前はドーバーでは有名だよ。

P70400033 マギーットはドイツからわざわざ私に会いにドーバーまで来てくれたけれど、何処に私のそこまでの魅力があるのか? 今日も一日中一緒だったよ。何故だか来年も会いに来るらしい。

 昼ご飯はお弁当のサンドイッチ。夜はカレーライスと生野菜サラダ。それにナスを焼いたよ。マギーットは喜んで食べてくれた! 日本の食事は素朴で良いらしい。

 マギーットはナスに生姜醤油を付けて食べていた。箸の使い方もとても上手くなってきた。また、明日一緒に泳ぎ、ご飯も食べる。明日は海練習の後、マギーットがドイツ料理作ってくれるよ。楽しみ。作り方を見とく。

tora

 ドーバーの海練習は毎週末に盛大に行われる。キンちゃんは早々と朝5時には起きていた。それはドーバーを泳ぐ楽しみの次に来る楽しみ、週末のビーチでのボランティアであった。練習は午前9時からだが、ボランティアスタッフの到着はスイマーより1時間くらい早く、ビーチでスイマーのための準備をする。キンちゃんはそれより30分くらい早くビーチに行って、場所取りをしようと言うのだ。朝7時半にはビーチに到着するよう朝食も早めだ。だが外は雨。ビーチに行く意欲を無くすのに充分な雨だった。しかしキンちゃんの決意は屈しない。去年、雨の中で遅刻して、大目玉を喰らったからであった。

 ボランティアはドーバー泳の大将、フリーダを中心に10名くらいが集まる。それはとてもスイマーにとってシステマチックで、栄養補給を始め、身体にワセリンを塗ってくれたり、安全面を考えた色別でナンバー入りスイムキャップを無料で貸してくれたりする。同時に練習前に一人一人にフリーダはカウンセリングをして、例えば黄色のキャップのナンバー1は誰で、何時間泳ぐかが記載された名簿を作られる。まあ黄色は2時間以内と決められていて、それ以上泳ぐとなるとキャップの色は赤になる。赤キャップは始めの2時間が経過するとビーチに戻ってきて栄養補給を受けると同時にナンバーチェックと身体の状態をチェックされる。それから先は1時間毎に栄養補給とチェックが義務付けられる。こうしてすべてのスイマーの安全管理をしているのだ。

 この日ビーチにやって来たのはもちろん我々が一等賞。ほどなくフリーダがベンツに乗ってやって来た。1年ぶりの再開に抱き合って熱いキスをする。まあこれはイギリスの習慣。

 知らぬ間にクリフがフリーダの後ろにクルマ(三菱デリカ)を止めて仮眠していた。フリーダがクリフを起こす。フリーダの荷物をビーチまで我々が運ぶ。次にバリーとアイリーンがやって来ていろいろな機材を運搬する。そして設営。ドーバーは“ただのビーチ”から“ドーバーを泳ぐための特別なビーチ”へと変貌する。

 ドーバーに来る前にバリーやアリソンから「ビーチにスイマーが溢れて困っている。早く手伝いにきてくれ!」とのメールも入っていた。これでも我々も少しは頼られる存在なっていたのだ。

 バリーがやって来て「先週は80名もスイマーが集まったんだ。それはもう大変だったよ!」としゃべるが早いか、フリーダはスイマーの受付を開始した。

 フリーダはドーバーをいつ泳ぐのか、今日は何時間泳ぐのか、と続けざまに質問をする。その時のスイマーの立居振舞をつぶさに観察していて、必要に応じてアドバイスをする。そこで今日何時間泳ぐかが決定するのだ。

 フリーダはあらかじめ“赤”と“黄”に分かれていてナンバリングがしてある名簿に名前と今日の泳ぐ時間を記入する。そのナンバリングに合わせてスイムキャップをアイリーンと私がスイマーに渡す。キンちゃんは始めの2時間を泳ぎ、その後はバリーと一緒に1時間毎に上がってくるスイマーに栄養補給を渡したり、スイマーのサンダルを波打ち際に移動したりする。

 去年、すべてのスイムキャップのナンバリングを私が書き直したのだが、やはり1年を経過してか、すでに数字が薄くなっている。そこでポツポツと私が書き直し始めると、フリーダとアイリーンは泳ぎ終わったスイマーのキャップをすべて私の前に集めた。フー、ちくしょう! やってやる! すべてのスイムキャップをすべて書き直してやる!!(ちなみにスイムキャップを英語では“スイムハット”と呼ぶ)

P70600092 お昼のお弁当はサンドイッチ。マギーットとキンちゃんは他のスイマーとも含めて楽しそう談笑しながらお弁当を食べていた。それを気の毒に思ってくれたのか、キンちゃんは私のお弁当を、ナンバリングの書き直している私のところに持ってきてくれて、『早く書けば~』という顔をして去って行った。

 また今日は土曜日。ドーバーの町の広場では市が開かれている。マギーットとキンちゃんは「ちょっと行ってくるわ」と言って出掛けて行った。

 ここでの最長練習時間は6~7時間。その間、最も長い練習をするスイマーにボランティアたちは付き合うことになる。つまり午前9時にスタートしたスイマーは、終わるのが午後4時。それまで付き合って撤収をして帰るのは4時半くらいか。朝の設営から撤収までは8時間は有にある。これを毎週土日になるとやっているのだ。すごいなぁ~。

 ナンバリングの書き直しは最後のスイマーが終わるまですべてを書き直せるわけではない。この日60名程度のスイマーが集まって、最後の6時間泳をしたのは6名。つまり6個の赤キャップは書き直しが出来ないまま終わってしまったのだ。残りは明日の朝だ。

 撤収も終わり、三々五々にみんな帰路につく。帰ってからキンちゃんは日本の家庭の代表的な料理、カレーライスを作る。それはマギーットに日本の家庭料理をご馳走して、明日の日曜日はマギーットがドイツの代表的な家庭料理を作ってくれるのだ。楽しみだなぁ~!

 キンちゃんは日本から味噌、米、醤油を持ってきていたし、日本のカレー粉も持ってきていたのだ。去年、マギーットに日本のおにぎりを食べさせたが、そんなに嫌な顔はしなかった。キンちゃんのカレーも美味しかったよ。

 マギーットも「とてもファンタスティック!」と喜んでくれた。

7月4日(キン&tora)

友達

[キン]

 イギリスの天気は良いものの、肌寒いです。今、洗濯をしていますが、時差ボケなのか、長時間、飛行機や電車に乗ったからなのか、身体がついていきません。洗濯が終わったらまた寝ますが、今日は着いたばかりなので買い出しがたくさんあります。そしてマギーットにも会います。

 朝食は日本からお米を持って来たので、シジミスープと一緒に食べました。水は昨日買いましたけど、コンビニで買ったので高いから少しだけ。
 今日は10時~12時まで歩きっぱなしで買い物し、重たい荷物を持ってハウスに戻るとちょうどマギーットにも会え、昼ご飯はハウスで一緒に私が作ったサンドイッチとスープを食べました。

P70600082 マギーットとの話しは盛り上がり、午後はビーチに散歩がてら買い物に行って、またもや夜ご飯。野菜炒めと肉ジャガにしました。

 明日はみんなとの練習日だから、朝早く起きて昼のお弁当作り(もちろんマギーットの分)で忙しいです。でも仲間に会えるので楽しみです。

 ドーバーの街は、17時には店が閉まってしまうので少し大変かな? 一つだけのスーパーは、20時までやっています。

[tora]

 ベッドに潜ったのまでは良いが眠れない。さっそく“時差ボケ”である。寝たか眠れなかったかわからないままに夜明けを迎えた。強制的にイギリス時間に合わせるため、私たちはそのまま起きることにした。

 朝食はキンちゃんの持ってきた日本の米(ご飯)と即席スープである。まあちょっとわびしいが、今日のメインイベントは「買い物」である。それも主に食べ物。それほど広くはないドーバーのメインストリート。何処で何が売っているかはおおよその見当がついていた。

 ドーバーの町に大きな変化はない。しかし毎年に訪れていると些細な変化にも気が付いてくる。「あ、あそこの店が無くなった」とか「へー、こんなところにこんなものが出来た」など。それはきっと里帰りをした人が感じる故郷の変化にも似たものだと思われる。ドーバーが故郷になった??

 まずは銀行。トラベラーズチェックを現金化する。その後なるべく遠くの海岸道路の釣道具屋さんで海図を購入することから始まり、必要物品の値段を調べながら徐々に隣町、フォルクストンへ向かう道の洋服屋さんの向こうまで見に行った。欲しいものがあるか、値段は何処が安いかなどキンちゃんの目が光る。そして買い物は遠いところから近いところへ、軽いものから重たいものへと購入が続いた。

 最終的に宿に近いスーパーで最も重い買い物、水を10L購入して宿に戻る。重い荷物を背負いながら宿に戻る道すがら、我々の宿とは隣の宿に入ろうとするマギーットの姿がたが見えた。

 マギーットは去年チャネルスイマーになったドイツ人女性。偶然に我々と隣の宿だったわけだが、ビーチの練習で仲良くなって、帰る頃には宿の下で「ミユキ!」とか「マギーット!」とか呼ぶとお互いが窓から顔を出すほどに仲良くなっていた。今年マギーットはスイスのチューリッヒ湖のレースに出るのだそうだが、ドーバーを泳ぐわけではない。わざわざキンちゃんに会いにはるばるドイツはベルリンからやって来たのだ。

 マギーットは今日から9日まで滞在する。その間、キンちゃんの練習に付き合ってくれる。かなり前からメールでのやり取りがあって、今日の午前3時にベルリンを出て、お昼にはドーバーに着くのだと言う。もしやと思っていたが、やはりマギーットに再会出来た。何でも来年、キンちゃんの2-wayチャレンジのときは、一緒に船に乗って応援してくれるらしい。頼もしい助っ人なのだ。

 さっそくキンちゃんは今買ってきたばかりのパンと野菜でサンドイッチを作り、マギーットを昼食に招待した。とは言ってもサンドイッチはセルフサービス。自分の好きなものをパンに乗せて挟んで食べる。この食べ方は万国共通のようだ。

 食べ終わるとマギーットは「買い物に行きたい」とのこと。我々もまだ買い足りないものもあったのでお付き合いしてスーパーに出掛けた。

 マギーットは「日曜日にドイツ料理を作って我々に食べさせたいので、その日の夕食時にキッチンを貸して欲しい」との事。もちろんOK! それを聞いたキンちゃんが「それなら私は土曜日に日本料理を作ってマギーットに食べさせたいから夕食を食べに来てね」と言った。まあイギリスのディナーは出てこないが、何だかインターナショナルだなぁ~・・・。

 この日キンちゃんは簡単な野菜炒めを作ってご飯を炊いた。去年、マギーットにはお弁当のおにぎりを食べさせたりしているのでご飯のことは知っていた。しかも日曜日にご馳走してくれるドイツ料理は米を使うらしい。マギーットがスーパーで米を買おうとしていたので、「日本の米があるので買わなくて良い」と言った。いずれにせよマギーットは日本のご飯を「美味しい」と言って食べる。私たちは彼女に箸の使い方を教えた。

 楽しい会話は時間を短くする、お互いに眠いのもあって、明日の簡単な打ち合わせをして早々と帰って就寝をした。

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