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わくわく、どきどき、台風の目。

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2008年6月の記事

現況

 いつもこのブログ「地球の泳ぎ方」をご覧頂きありがとうございます。
 現在、多忙な管理人@toraでして、なかなか思うように更新が出来ていません。
 「キンちゃんが行く」は6月の海練習が、9~10日の2日間で「2日で6-way」、17日に湘南の主さんとキンちゃんの2名による「2-way」を、いつもの淡島~大瀬崎間で行いました。
 すでに原稿はキンちゃんも湘南の主さんも書き終わっており、残すは私の校正と編集のみです。ただ、その校正や編集をする時間が来る前にドーバー行きになってしまいそうなので、ブログ掲載の時系列としてはチグハグしてしまいそうです。なので、このようにお知らせをさせていただきました。

今夏のキンちゃんの予定は

  1. 7月3~23日、ドーバーに滞在し、1-wayを9~19日の間に2回泳ぎます。
     ドーバーに関しては航空機、宿、泳ぐための手続き(申込書、診断書、契約書、6時間泳の証明書、費用の送金)など、すべて完了しています。また、外貨両替なども完了しており、残すは私の準備のみになりました。(キンちゃんは終了している)
  2. 8月21~28日、函館に滞在し、23~27日の間に青森⇒北海道+日本海⇒太平洋と、「津軽海峡縦横断泳」を行う予定です。
     津軽に関しても同様、航空機、宿、伴走船の依頼、海上保安部を始めとする関係各所への届け、周知が完了しています。残すは好天を祈るのみです。
  3. 8月31日、日本テレビの「24時間テレビ」で芸能人と盲人による「津軽海峡横断リレー泳」があり、サポートで守谷コーチ、キンちゃん、toraで行って来ます。守谷コーチはハワイの企画とバッティングしており、場合によっては来られないとのこと。キンちゃんと私は津軽が終わって継続して居残りです。
     24時間テレビに関しても、大まかな当方の知識は担当者に伝えました。残すはしっかり練習していただき、張り切って泳いでいただくだけです。

ブログは

 ドーバーにはパソコンを持って行きますが、現地でのネット接続が可能かどうか不安です。ネット接続が可能になるように祈ってください。
 ちなみに現地では無線LAN接続で、Wi-FiのLANカードで可能なようです。そこで電気店に行って聞いたら、「日本の周波数(無線)が違うかもしれないので、現地購入がお勧めです。」とのことでした。
 これでパソコンがつながればブログの更新は可能です。どなたかイギリスのLAN接続に詳しい方がいらっしゃったら教えて下さい。

チャネルグリース(CHANNEL GREASE)の作り方

1. スイミンググリース

 スイミンググリースは、オープンウォータースイマーが海を泳ぐとき、身体に塗るグリース(脂)のことを言う。その中でドーバー海峡を泳いで横断する人が好んで塗っているグリースを「チャネルグリース」と呼んでいる。
P81202582 一般的には“ワセリン(Vaseline)”が多く使われている。ワセリンは「白色ワセリン」とも呼ばれており、石油から精製して作られたもので、主に薬品や化粧品の基材として使われている。
 他には“ラノリン(Lanolin)”があり、ワセリン同様、薬品や化粧品の基材として使われているが、原料は羊毛から取れる脂(ウールグリース)を精製したもので、日本では「精製ラノリン」として売られている。
 尚、日本では「薬事法」によりワセリンでもラノリンでも「精製されたものしか売買は出来ないこと」になっている。ただ“化粧用”のものはかなり高価なので、購入するには薬剤店に行って「日本薬局方の精製ラノリン」と言った方が賢明であろう。
 また、こういったスイミンググリースは目的が“擦れ予防”であって、“保温”のためではない。
 チャネルグリースはこういったスイミンググリースの一種で、主にワセリンとラノリンを混合して作る。

2. ワセリン VS ラノリン

 スイミンググリースは泳いでいる間に取れていく。しかしどちらかというとワセリンの方が早くなくなり、ラノリンの方がしつこく残っている。また触った感じもワセリンは“サラッ”とした感じでラノリンは“ベタッ”とした感じだ。泳ぎ終わってスイミンググリースを落とすときも、ワセリンの方がラノリンよりはるかに簡単に落とすことが出来る。
 しかし私個人的にはラノリンの方が好きなので、他のスイマーはどうか、過去にアンケートを取ったことがあった。そのアンケートの方法は10名のオープンウォータースイマーに協力してもらって、右脇の下にはワセリン、左脇の下にはラノリンを塗ってもらう。そこで三浦半島の先端にある城ヶ島を1周(約6km)泳いでもらって右脇の下と左脇の下、どちらの使用感が良いか聞いてみた。結果は次の通りである。
   ワセリンの方が良い   2名
   ラノリンの方が良い   6名
   どちらとも言えない   2名
 やはりこの結果からも、使用感としてはややラノリンに軍配が上がるようである。まあそれでも落とすことを考えると、2~3時間で終わるような海の泳ぎならワセリン。3時間以上泳ぎ続けなければならないようならラノリンがお勧めかなと思う。

3. チャネルグリースの作り方

 今現在、ドーバーで売っているチャネルグリースは£18(約4,000円)だそうだ。おそらく16オンス(454g)くらいだろうから考えると高い。ちなみに日本ではワセリン(500g)が1,000円くらい。ラノリン(500g)が2,000円くらいだから、「作ってしまおう」と考えた。いちおう試作もしてみたのでレポートしよう。
 とりあえず作り方から・・・。
 ラノリン(80~90%)+ワセリン(10~20%)=チャネルグリース
と簡単だ。まあワセリンとラノリンの「良いとこ取り」みたいなものだ。
 で、試作してみた。
 ラノリン対ワセリンの混合比は8対2。ラノリンもワセリンも40℃以上に熱すると液状になる。だから入浴時などに湯煎による混合が良いと思う。間違っても電子レンジや、直火で溶かすようなことはしない方が良いだろう。沸騰するとかなり厄介なようだ。
 尚、ワセリンとラノリンの混合比で、ワセリンを多くするとよりフレキシブルになるらしい。また最近のドーバーでは、これに日焼け止めクリームを混合するのもあるらしい。まあいずれにしろ何回か作り直してオリジナルの自分に合った調合が出来上がるまで試作の繰り返しが必要なようだ。が、今回の試作品に日焼け止めクリームは添加していない。

4. 試作品の使い心地

 以前、私もドーバーのものを使ったことがある。これは色が白くてかなり臭かった。おそらくこの臭いはラノリンのものだろうと思われた。実際、私自身が羊の毛刈りを経験したことがないので何とも言えないが、毛刈りをする人に聞くとやはり臭うらしい。
 ドーバー泳を公認する団体“CS&PF”のセクレタリー“マイケル・オラム”も、その「CHANNEL GREASE quantities and mixing.(チャネルグリース量と混合)」の中で、「作るときにはその臭いで吐き気に苦しむ場合もあるので、窓を開けて云々」と書いてある。また「スイマーがチャネルグリースを塗るときに、特に船酔い状態の者はさらにその混合物の臭いで多くの人々が吐き気を催す」とも書いてある。
 この文章を読んで私も恐々作ったが、そんな臭うことはなかった。おそらくドーバーのラノリンは未精製か、その精製過程に問題があるように思われる。日本のラノリンは精製の精度が高いのか、「無臭」と言っても良いくらい臭わない。ただ、色がラノリンの色(淡黄色)で白くならなかった。
 尚、このチャネルグリースをキンちゃんと湘南の主さんに塗ってもらって淡島~大瀬崎2-way(約20km)を泳いでもらったが、「泳いでいるときはラノリン感覚の“持ちの良さ”があり、落とすときはワセリン感覚の“落ちの良さ”があった」とだいたいは好評だった。

5. 最後に

 ワセリンとラノリンは前にも書いたが、元来、薬品や化粧品の基材として使われている。どちらも“グリース”つまりネリ状の固体になった油脂なわけだが用途は同じでも性格はまったく異なる。
 ワセリンはいわゆる“油”。つまり水に相対する性格がある。しかしラノリンは水を吸収する性格がある。何もしないラノリンは淡黄色だが、水を吸収すると白く変色する。
P52700022 写真を見ていただきたい。これは今年(2008)5月27日にキンちゃんが淡島~大瀬崎間4-wayを泳ぐ直前の写真である。首周りや脇の下にタップリとラノリンを塗ってあるのはわかるが、“色”としてはあまり見えない。
P5270008_2 次の写真は大瀬崎で折り返すときに撮影したものである。首周りや脇の下が海水により白く変色している。これは海水をラノリンが吸収しているからで、「だから」と言っても良いほど“擦れ予防”としての効果は持続する。
 ただし、ラノリンを落とすときは厄介である。それでも男性はそうでもないが、女性は水着に着いたラノリンがなかなか落とすことが出来ず、キンちゃんに言わせると「プール練習で使い古した水着を着用すること。それでも海練習は3回が限度。それ以上になると水着がビニョ~ンと伸びて大変なことになる」のだそうだ。
 尚、スイミンググリースは薬品や化粧品の基材として使われているくらいだからほとんどのスイマーに問題は発生しないと思うが、“敏感肌のデリケートな人”には、例えば「ウールアレルギー」がある人などは、使用前に「パッチテスト」をお勧めする。いちおうは「ラノリンは最もヒトの皮脂に近い」と言われているが、念には念のためである。

「キンちゃんが行く」Vol.20

1. 大瀬崎~淡島間4-way(約10km×4-way)

  • 日付: 2008年5月27日(火)
  • 場所: 静岡県沼津市大瀬崎~同県同市三津淡島(駿河湾)
  • 泳者: キンちゃん
  • 方法: 4-way solo swim
  • 記録: 15時間20分
          1st leg: 04:10 淡島 ⇒ 06:40 大瀬崎 2時間30分
          2nd leg: 06:40 大瀬崎 ⇒ 11:42 淡島 5時間02分
          3rd leg: 11:42 淡島 ⇒ 15:25 大瀬崎 3時間43分
          4th leg: 15:25 大瀬崎 ⇒ 19:30 淡島 4時間05分
  • 天候: 晴れ
  • 気温: 19.9~26.2℃
  • 水温: 19.9~22.4℃
  • 波高: 0.5~1.0m
  • 風向・風速: 主に午前中=東~東南、午後=西 0.9~6.3m/sec
  • 流向・流速: 主に西 0.0~0.5kn
  • ピッチ: 62~64回/min
  • 補給品: 炭水化物、果糖、お茶類(40分毎)
  • 海洋データ(内浦三津)小潮(月齢: 21.6)
       日出: 04:33   干潮: 04:08   0.94m
       日入: 18:49   満潮: 09:04   1.23m
          月入: 10:27   干潮: 16:02   0.45m
                       満潮: 23:16   1.38m

2. モチベーション

P52700012 今回の海練習は「淡島~大瀬崎4-way(約10km×4回=40km)」。ここ淡島~大瀬崎間は私のホームグランドではあるが、4-wayは初めて泳ぐ。
 最近の海練習は10時間以上(3-way)の練習が多いので何ともないが、私の予想は“14時間”だったのに、コーチは「16時間(3、4、4、5)だ」と言う。もう少し詳しく書くと、淡島からスタートの場合は“3、4、4、5時間”。大瀬崎からスタートしたら、“4、4、5、3時間”だと言う。「同じ16時間だから、港に近い淡島スタートのほうが良いだろう。」と淡島スタートになった。ただこの“淡島スタート”の問題は、「19時頃から2時間くらいは強い逆潮になるので、“前に進む”どころか、“バックする”かもしれない。」とコーチは言っていた。スタート時間を30分から1時間くらい遅らせたほうが前半は良いのだそうだが、そうするとどうしてもこの“強い逆潮”に入ってしまうので、とりあえず空が明るくなり始める“4時スタート”となった。
 “淡島~大瀬2日で6-way”でコーチの予想がかなり的中したせいか、調子に乗っていろいろと調べては一人ブツブツ言っていた。だがいずれにせよ自分の予想とは違い、頭の中を“16時間”に切り替え、『16時間かぁ~、ドーバーの片道より少し長めかぁ~』と、またもや私の心の中は不安を横切っている。
 しかし「私には泳げる力があるんだ。何故、不安なの?」と問い質す。だが分からない。何故だか分からないが、泳ぐ気分が乗って来ない。三島に向う新幹線に乗って、本当は原稿を書かなければいけないはずが“ボーっ”とし、目の前にある流れる字幕に目を見張っていた。すると“三浦雄一郎、75歳でエベレスト登頂。涙が出るほど厳しくて、辛くて、嬉しい。”と出ていた。『ああ、良い言葉だな。よく着る私のTシャツ(CS&PFで買ったもの)にも書いてあるが、'Nothing great is easy.'(偉大なことで、簡単に手に入るものは何もない。)と、自分に忘れかけていたものを思い出し、元気になってきた。「失敗は許されない。私は泳げるんだ!」と、気持ちを新たに変え前向きに持もていった。人間ってひょんなことで変わるんだよなぁ~。

3. 民宿「桂」

P5270005_2 定宿の民宿「桂」では、私の行動の流れはほとんどわかっていて、ご主人と女将さんにはよくわがままを聞いてもらう。ポットも3本、電気ポット1本、海練習から帰れば「早くお風呂に入りなさい」と、優しく出迎えてくれる。お世話になりっぱなしである。
 今日は何故だか明日のために、「お肉が食べたい。何でも良いからお肉料理を作って下さい。」とお願いした。するとお肉を焼いて持って来てくれた。『明日はこれを食べれば大丈夫だな!』と、栄養補給を作りながら食べた。17時30分頃、いつもお世話になっている漁師の菊地さんの家に明日の打ち合わせに行き、“朝3時30分港集合”にした。16時間もかかる大仕事。自然相手。もしかすると16時間以上かかる可能性もあるからだ。「よ~し、今日は早めに寝て、明日の体調を満点にしておこう!」と、20時には床に入っていた。何故なら、起床は2時30分だからである。
 石井コーチはいつものように仕事を終えてから来るので「桂」に到着は21時を過ぎている。それからビールを飲みながら夕食を取り、私の作った栄養補給に使い捨てカイロをベタベタと貼っていく。そして撮影機材の充電や明日の準備に追われるのだが、私は夢心地で何となくそれを知っている程度で寝ている。
 問題は朝に起こった。栄養補給は“マキシム”と呼ばれる炭水化物の粉末と“果糖”をお湯で溶かすが、原液は2倍の濃度で作っておく。ちなみにマキシムには味がなく、これでは果糖でただ甘いだけのモノになる。そこで次に味付けでお茶や紅茶を入れて還元する。出来上がった栄養補給品は「プラティパス」と呼ばれる、医療用の点滴の柔らかい容器のように作られた水筒に入れる。プラティパスは15個あり、40分に1回ずつ補給するので、10時間分の栄養補給を私は作ったことになる。ところが予定完泳時間は16時間。差し引き6時間分の栄養補給品は作ってない。
 石井コーチから「6時間分(9個分)の栄養補給を作っておいてくれ。そしてそれ(原液)をペットボトルに入れておくので、空いたペットボトルも用意してくれ。」と言われていたのだが、どうもよく理解できないでいて、ペットボトルを用意はしたが、栄養補給の原液6時間分は作らないでいた。
石井コーチ「キンちゃん、どれが栄養補給?」
と聞かれ、
キン「??? 何も作ってないよ。」
石井コーチ「えええええええ!!!!!!」
と飛び起き、ブツブツ文句を言いながら6時間分の栄養補給を作り始めた。
 結局、そんなこんなで港に着いたのは10分の遅刻。『もう少しコミュニケーションをしっかり取っておかなければいけないな!』と反省した。

4. ケミカルライトとフラッシュライト

P5270008_2 港に着いてもまだ暗かったが、淡島に向かう途中、徐々に明るくなり始める。今回は水着にケミカルライト、スイミングゴーグルにはドーバー(CS&PF)で買ったフラッシュライトを装着する。このフラッシュライトはウルトラマンが胸につけている、時間がなくなるとピコピコなりだすような容姿をしたもので、スイミングゴーグルのゴムに挟んで後ろに付けた。
 『これを作った人はよく考えたよな』。これだと頭に当たる部分が頭にジャストフィットするような形になっているので、頭が痛くならないからである。ケミカルライトは長時間、頭に付けていると痛くなってくる。そう、物によるかもしれないが、背中に付けるのも長時間だとフックで背中が擦れ、痛くなるのだ。やはりフリーダ(CS&PFの水泳アドバイザー)のいるドーバー。『長時間泳ぐ人のことを、さすがに理解しているなぁ~』と思った。
 ところで私は海で長時間泳ぐとき、身体にラノリンを塗る。ラノリンは羊毛から取れる脂で、それを精製したものだ。一般にオープンウォータースイマーはワセリンが使われているようだが、ワセリンは石油から精製して取れる脂で、ワセリンもラノリンも化粧品や薬品の機材として使われている。
 ちなみにワセリンやラノリンなど身体に塗る脂類は、“保温用”としてではない。海水はプールの水のようにサラサラしてはなく、ベタベタしているので長時間泳ぐと腋の下や首周りなど、擦れてしまうから、その“擦れ止め”として使用するのだ。
 使い心地としてはどちらかと言えばワセリンは“サラッ”としていて、ラノリンは“ベタッ”としている。ただワセリンよりもラノリンの方が長持ちする。ただしその分、落とすのはたいへんで、ラノリンのついた水着は2~3回着るのが限度。あとは“ビロ~ン”と伸びてしまう。
 で、石井コーチはCS&PFのセクレタリー、マイクから“チャネルグリース”の作り方を教わったらしく、ルンルン気分で作っていた。“チャネルグリース”とはドーバーを泳ぐスイマーが塗る脂で、何だかワセリンとラノリンを混合して作るらしい。
 ま、きっと私がコーチの作ったチャネルグリースの実験台になるのだろうが、今回はラノリンをタップリ塗ってもらって臨んだ。

5. 前半(ベストとワースト)

P5270012_2 1st legは4時10分に淡島をスタートし、1回目の補給で丘を見ると、西浦小学校が見えた。いつも始めの補給の位置確認をしている。泳いでいても潮が私を押してくれているのがわかる。『向かい風だが、今日は良い記録が出るぞ!』と確信はしていたが、何せ4-way。慌てない、慌てない。マイペース、スロー気味で力を抜いて泳いだが、2時間30分で大瀬に着いたのはベスト記録である。伴走船に乗っている人たちも気持ちが良いであろう。
 2nd leg、大瀬崎を6時40分に折り返し、コーチの予想だと4時間。同じ時間を私の頭にもインプット。
 でも行きがこれだけ速いと帰りは向かい潮。難儀をするだろうと考えていた。『でも追い風になるから風が助けてくれる!』と、“遠泳中”の旗を見る。『なに~、また向かい風に変わったじゃん!』。いつもそうだ。『楽して淡島まで連れて行ってはくれないな』。たまに息継ぎしながら丘を見る。“西浦みかん(JAなんすん西浦みかん共同選果場)”の白くて長い建物が見える。行きだとあと40分の地点。帰りもそう思いきや、そこから2時間もかかっている。そう、5時間02分もかかって淡島に到着したのだ。これはワースト記録。ベスト記録とワースト記録が同時に出てしまった。
 コーチの予想した3時間、4時間とちょっと違い、2.5時間、5時間は、それだけ潮が速いのであろう。いずれにせよ以前のような赤潮もなければクラゲも激減していた。また、海の色も“青い”というより、少し“濃い”色をしている。“汚い”という意味ではなく、透明度は青い方が良いのだが、漁師さんに言わせると「濃い色の方が魚は獲れる」のだそうだ。まあこのような色は“夏の海の特徴”だそうで、菊地さんは「やはり5月でこんな夏色の海はやはり異常だ」ともこぼしていた。
 そういえばいつもより海鳥が多い。ということは魚も多いのであろう。暖かくなって魚も鳥も活発になってきたのかな? いずれにせよ天気は良く、水温も20℃以上に上昇している。活発になっているのは魚、鳥、キン。

6. ミズナギドリ

P52700202 この時期になるとミズナギドリが現れる。ミズナギドリは渡りをする海鳥で、5月頃になると南の国から駿河湾にも飛来する。地元では「バカ鳥」とも呼ばれ、竿などで海面を叩くとその“バシャバシャ”する泡が“魚だ!”と思うらしく、すぐに寄って来る愛嬌のある鳥だ。操業中の漁船や釣船の周りには「必ず」と言って良いほどミズナギドリは集まっている。
 ところでクロールのキックが強いのが私の泳ぎの特徴だが、その“バシャバシャ”する泡を、まるで“魚の群れが飛び跳ねているよう”に見えるらしく、ミズナギドリは私の足をつっついてくる。
 今日は泳ぐ私の前にたまたまミズナギドリがおり、プルの手でその鳥を偶然キャッチしてしまった。鳥も生きている。温かい温もりを感じた。キンは「何か触った~!」と叫ぶ。船からは「ミズナギドリだぁ~」と大笑い。そういえば2006年5月13日の海練習でも大笑いのシーンが::::::::(「海鳥とスイマーのアクシデント」)
 実はこの撮影には“主目的”があった。それは泳ぎで出来る泡を追って始めは8羽程度の群れが私を追いかけるのだが、泳ぐスピードは少し私の方が速い。するとその群れは少しずつ長くなって一列になる。最後になった鳥は飛んで来て私のすぐ後ろに着水する。しばらくすると再び列の最後の鳥が飛んで来て私のすぐ後ろに着水する。これを繰り返すわけだが、それが可愛くて面白い!
 写真ではなかなか難しいのでデジカメの動画機能を使ってコーチが撮影したら、まあ気の短い性格の鳥だったのだろう。「すぐ後ろに着水するのは面倒だ。前に着水してやれ!」と・・・。それがたまたま撮れちゃったのだ!
 いちおう今度「動画コンテスト」があったら“ハプニング映像”として出品してみようと思っている作品なのだ。
 このように海には鳥も魚も生息している。前は赤潮と巨大赤クラゲも見たし、まあクラゲは勘弁してもらいたいが、鳥との遭遇も経験した。同じ海なのに季節によってまったく違う顔をする。だから海って面白い! 毎回、毎回、泳ぐたびに違う顔を知る。それはきっとほんの少しの自然なのであろうが、その少しの自然を垣間見ることによって感じる思いは大きい。もちろん主目的は「泳ぐこと」であるが、このように自然に触れることが“副目的”にしておくのはもったいないほどの大きな感動がそこにある。

7. キンちゃんのSwimと睡夢

P52700272 淡島を11時42分に折り返し、3rd legに入る。流石に天気が良く、釣客が私の目に移る限りでは3名が麦藁帽子を被っていた。しかし今日は桟橋から少し離れていたため、手を振らずにいた。
 淡島のホテルでは調度お客さんが帰ったころであろう、部屋の掃除をしている従業員らしき方がベランダに出て、多分私を見ていたと思う。自分自身、周りを見渡しても私より綺麗な人はいなかったからである。
 それにしてもトドの水着姿は見たくなかったかもしれない。もっと色が白く、背がスラッと高くて痩せていた方が見る人たちは喜ぶに違いない。チビ、デブ、ブス、おまけに真っ黒ときている私はトドに間違えられてもしかたがない体型。
 ところで最近「何で“キンちゃん”なんですか?」と聞かれる。ここで明かすのは初めてではないのだが、その由来はこの体型と眉毛にある。眉毛が真っ黒に太く、金太郎の体型に似ているからつけられたあだ名だが、実は家業が和菓子屋で「フジタヤ」という屋号。だが前は「金太郎」という大判焼きとミタラシダンゴの店を開いていた。父親ガ私の眉と体型からつけた屋号だったが、今では経費の関係で「フジタヤ」に替え合併した。
 前おきが長くなったが、今の体型はさらに金太郎に近いドーバースタイル。しかしこれでも外人に比べれば子供である。
 大瀬崎に向かい、少しの間は追い風、追い潮で戯れていた。しかしそれも束の間、『どうしてこうもかわるのか?』、案の定、向かい風に変わった。
 スタートして8時間ぐらい泳いだ所で突如、睡魔が襲ってきた。今まで順調に泳いできたのに、『どうして今頃?』と思うが、あくびが止めどなく出て目が閉じてくる。『眠たい、眠たい、飴でも舐めようか?』
 少しの間、目を閉じて泳ぎ、船の方に息継ぎする時だけうっすらと目を開ける。スイミングゴーグルはクリアなので、私が目を閉じているのがコーチにも菊地さんにもわかってしまうからだ。頭は『眠たい、寝たい』という気持ちが他の何よりも勝っているのがわかる。一生懸命“金太郎”とかを考えるのだが、気が付くと眠っている。だが手と足は自然と動いている。不思議なものだ。
 だがあとから聞くとコーチは感づいていたようで、私の泳ぎで寝ているかどうかわかるようである。それにしてもスイミングゴーグルは、睡夢ゴーグルに変わって行った。すごく辛かったよ。『眠気さえこなければ!』と。
 『誰かが後ろから“バッ”とびっくりさせてくれれば起きるんじゃないか』と思ったり、コーチに「加山雄三の歌でも歌って!」と何回か叫ぼうと思ったりした。「もう少し泳ぎに集中すれば眠たくならない」と言ったが、なかなか難しい。
 高橋コーチのコメントの言葉を思い出す。「自分のため。これが最後だと思え。次はない!」と。何回と何回とSwimと睡夢の繰り返しで、身体は動くのに睡夢でやられそうになった。が、これを乗り切った後にはもう大瀬崎に近づいていた。3時間43分、Swimと睡夢の辛い出来事だった。

8. トルネードは魚の群れの形

P52700422 大瀬崎15時25分折り返し。段々と気温も水温も暖かくなり、丘に上がっているダイバーの姿も多くなってきている。泳いで来て、花の香も感じ、季節感を感じていた。
 いつもなら3-wayで終わるが私の頭のインプットは16時間。自然にまた何も考えずに泳ぎ出す自分が不思議であった。『嫌だな、あと1-way残っている』と思わず、『残り1-way、頑張ろう!』という気持ちでスタートした。何のためらいもない。『私には泳げる!』としか考えていなかった。
 泳ぎ始めて急に下から泡が吹き出しビックリしたら、今度は大粒の泡が! 『プランクトンの死骸が現れたのか?』とビビッたが、すぐに冷静になり『ああダイバーの泡か!』と気付き、安心した。
 本当に急に現れるものには、お化けではないが、例えゴミ袋一つ沈んでいてもビックリするものだ!
 途中、エンジンオイルの臭いか? 油臭い臭いが漂う。船のエンジントラブルか? 菊地さんが携帯で何かしゃべっている。それにしても船は動いているよな。30分ぐらい臭い臭いが続いたか?
 後から聞くと他の船が油性ビルジ(船底にたまる汚油)を海に流したらしい。これは法律違反だそうで、菊地さんがその現場を押さえ、知っている船なので携帯から警告していたらしい。菊地さんは気を使ってなるべく私を油分が少ない所を誘導してくれたみたいだが、コーチのオナラより臭かったのは言うまでもない。
 また睡魔が訪れる。今度はコーチに「眠い、眠い」と泳ぎながら息継ぎの時に告げる。するといろんな手段で私と遊び、眠気を飛ばそうとしてくれている。有り難いことだ。まあ少しの間だったが非常に眠たくなった。
 またもや急に魚の群れが突然と! 30cmはあるタラの群れだそうだが、トルネード(一般に小魚の群れは全体で“球体”になろうとする傾向がある。しかし何らかの刺激などでその球体は崩れ、いかようにもその群れの形は変化する。トルネードとは“竜巻”の意味だが、ここでは野茂英雄投手が「トルネード投法」と呼ぶ独特のフォームで大活躍したことから、このボールがマンガチックに変化する様子を思い浮かべ、これが小魚の群れの変化に似ているところから、魚の群れ全体の変化を「トルネード」とダイバーの間で呼ぶようになった。)を繰り返し、私の目の保養をしてくれる。それは船上からでもはっきりわかるようで、前でも後ろでも横からでも、まるで私がキックをしているかのようにバシャバシャと音をたてていたらしい。それは海に出ないとなかなか見られない光景だそうだ。
 最近、泳いでいても頭の中はあまり考えないことにしている。インプットしたこと以外は考えないようにしているが、この日は『海老天が食べたい!』と願っていた。
 時刻が遅くなるに連れて栄養補給も熱くなり、すぐに飲めず時間がかかりだす。まあ熱い栄養補給は海水に少し漬けておけばすぐに冷えるので問題ないが、私のリラックスタイムが始まりコーチと遊び出す。飲んだ後のプラティパスをすぐに離さずに引っ張りっこしたり犬掻きしたり、『後1-way泳げば終わりだ』と思うと余裕が出て来てしまっている。
 まだ夕暮れなのに「次はケミカルライトとウルトラマン(フラッシュライト)をつける!」とコーチが言い出す。キンは「まだ明るい!」と叫ぶが、コーチは富士山のような白髪頭が殺気立ち、「うるさい!!」と目の色を変えたように怒り出す。
 しかしいつも前もって行動しているコーチには本当に“右へ習え!”だよ。案の定、明るいうちに着く予定が、コーチの予言通り、19時頃から潮がまた変わり、“淡島まで後500m”のところから“後400m”のところまでの100mを、何と20分もかかったから。プールで泳いでいたら1,000mは楽勝に泳げる距離だよね。コーチはGPSを見ながら『まだ時間がかかる』と船上で片付ける用意をしていた。
 その一部始終を泳ぎながら見ていた私は『またコーチが言い忘れたのか?』と思いきや、ちゃんと「400(m)!」と言っていたよ。まあ暗かったので岩が多い淡島では丘には立たなかったが、4th legは4時間05分掛かって無事に淡島に到着出来た。19時30分。4-wayの合計は15時間20分掛かったのであった。

9. 泳ぎ終われば

P52700602 船に上がり、やはり気温が高いせいか帰る服装も変わってきて、検査着だけで寒くない。ただ眠いだけであり、キンは、「眠い、眠い」と叫んでいた。
 桂ではご主人が待っていてくれ、「今日はどうだった? 無事完泳出来ましたか? クラゲはどうだった? 水温は? 早くお風呂に入りなさい。」と、心配して待っていてくれ、私を導いてくれる。優しい人だ。
 お風呂に入りながら後片付けをし、菊地さんの家で打ち上げだが眠たさに勝てず、私は子供のように寝ながら食べ、寝ながら話しをし、寝ながらビールを飲んでいた。まるでコーチに眠り薬でも飲まされたみたいだ。いつものような余裕が全くなく、せっかくの御馳走も半分ぐらいしか食べられなかった。ただ、泳ぎながら夢にまで出てきた“海老天”がテーブルの上に乗っている。最近、私の夢は正夢になる。海老天だけは全ていただいた。
 菊地さんは「美幸ちゃん、今度は夜間泳をやろう!」と言ってくれた。有り難い言葉である。菊地さん夫婦を私は本当のお父さん、お母さんだと思っている。いつもありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
 翌日、菊地さんの計らいで昼ご飯をフコク生命の方二人と食事をすることになった。それはこのお二人が菊地さんのお知り合いと、地元小学校のPTA会長をしていらっしゃったからだ。菊地さんは4年間私を見続け、みんなに頑張っている人がいることを地元の人に報せようと、西浦小学校の校長先生、教頭先生にもお会いし、10月6日に講演をすることになった。
 皆さんの前で私がお話しすることを、凄く楽しみにしている。家に着いてからも、「私の今までの感じたこと、経験したことを素直に話そう!」と独り言を言っていた。何だか私のファンクラブが出来た気分だった。キン、コーチと一緒にいい講演するからね。お楽しみに。

「キンちゃんが行く」Vol.19

1. アイランドスイム2日で2-way(約20km×2) 1st DAY

  • 1st leg: 江ノ島⇒城ヶ島1-way(約20km×1-way)
  • 日付: 2008年5月13日(火)
  • 場所: 神奈川県鎌倉市腰越⇒同県三浦市三崎町城ヶ島(相模湾)
  • 泳者: キンちゃん
  • 方法: 1-way solo swim
  • 記録: 台風2号接近のため中止
  • 海洋データ(横須賀)
     月齢: 7.6(小潮)
     日出 04:38       日入 18:37
     月出 12:16       月入 00:51
     満潮 00:01  1.37m  干潮 06:18  1.06m
     満潮 10:58  1.20m  干潮 17:50   0.64m

2. 一日目(1st day)

P51300022 キン「たまには“船上から見た遠泳”とかで書いてよ!」
と頼まれて、今回は私“tora”が書くことにする。
 湘南の主「さすが“嵐を呼ぶ女と災いを呼ぶ男の名コンビ!”季節はずれの台風が接近しましたね。」
とおっしゃるとおり、台風2号の接近で今回の1日目は遠泳(江ノ島⇒城ヶ島)中止。そこで地元湘南の主さんのお勧めする平塚市の「平塚総合体育館」、温水プール(長水路)へ出掛けることになった。午前中なら空いているだろう。
 キンちゃんの友達で、数年前に藤沢へお住まいになった「増田清美さん」(何処かでマラソンの選手で聞いたことあるような名前だが、別人)とおっしゃるオープンウォータースイマーもご一緒してくださるということで、私も含めて4名で泳ぎに行った。この増田さんは以前、KFC主催のテニアンのレースでお会いし、一緒にダイビングした仲間でもあった。
 湘南の主さんは最近他の水泳練習で“100m×100本”を2分とか1分50秒サークルで回る練習をしているらしく、私なんぞは「あれよ、あれよ」と言う間に“1周”、“2周”と抜かされてしまう。海で泳ぐよりかなりピッチも早い。
 湘南の主「海は到着するまで泳ぎ続けなければならないでしょう。プールは時間泳とか距離泳だから飛ばしますよ!」
とのことだった。
 まあ私はゆっくり頑張らないで泳ぐタイプ。それでもいつも偉そうにしているので、期待されて「かなり速く泳ぐのだろう」と思われるのが嫌で、知っている人がいるところではあまり泳がないが、「あいつはのろい」と周囲が知っているいつものプールでそこそこに練習はしているつもりだ。
 もちろんキンちゃんはいやらしく、抜かすときは私の足の裏をくすぐってから“ニヤッ”と笑って挨拶代わりに“ブタ鼻”でもしてから行く。まあ最近は慣れたけどね。
 午後になって片瀬西浜のビーチ沿いにあるイタリアンレストランで昼食会。
 美味しい食事と楽しい会話をつまみにビールをたくさんいただいた。満足、満足!
 三々五々、翌日の遠泳があるのでキンちゃんと私は帰ったが、増田さんと湘南の主さんは歩いて帰られた。何故ならばお二人とも最近は“歩き”にはまっているようで、地元、藤沢の街を歩き回っているらしい。

3. トラジオンスイミングクラブ

P51400042 少し私の仕事を紹介しておこう。ちょうど二十歳の学生の頃、障害者を対象に、海を泳ぐことを目的にトラジオンスイミングクラブは生まれた。その後、対象枠に“障害者”がなくなり、現在では“誰も”が入会できるようになっているが、やはり障害者が多いのがこのクラブの特徴であろう。まあ少数ながらも何とか現在でもこのクラブを継続させていただいている。
 さて、先ほど「私は水泳の練習でも頑張らない」と書いたが、水泳指導でも頑張らない。まあ障害者相手であるとかないとかではなく、スポーツ指導者の基本は「のん気」、「根気」、「元気」の“3気”だと思っている。だから「頑張って、頑張って、頑張って25m泳げるようになった。」より、「“愉快、愉快”とプールを楽しんでいたら、いつの間にか25m泳げるようになっていた。」の方が良いと思っている。
 上段に構えて「水泳とは~!」と口角泡を吹き飛ばして熱弁を語らずとも、環境を整えれば良いスイマーは自然に育つと信じている。樹木を云々語る人が多いが、問題はそれを育てる土なのだ。ハイレベルな技術の薀蓄を語る人が多いが、実は基礎となる裾野を広げなければ高い山にはならない。最も重要なのは、『反復練習』。それはきっと何処の世界でも共通していると思われる。
 まあいろいろと言い分けさせてもらったが、「愉快」、「楽しい」が私の水泳指導のモットーなので教室の雰囲気は明るい。が、実はけっこうハードな練習をしている。それをハードであるかどうか感じるのは各々の感性だが、演出として「厳しい」を望むならトラジオンスイミングクラブには向いていない。
 実は海を泳ぐのも一緒でハイレベルな技術論云々ではないと思っている。海は「経験」がモノを言う。その環境の変化に順応できるスイマーが最も海を泳ぐ能力が高いと言える。以前、国体に参加したこともあるスイマーが海では腰より深いところへ入れなかった。海とはそんなところである。
 さて、今年28歳になったKがいる。彼は知的障害でトラジオンには中学の頃に入会した。中学を卒業するとデパートの食堂に就職し、来る日も来る日も皿洗いをしている。しかし彼にとってそれは楽しいのだが、月曜が休日の彼は他に遊び相手の友達がいない。月曜日は二コース続けてトラジオンの水泳教室に参加しているのだ。
 数年前、Kは英語に凝り始めた。そこでプールの監視員室に貼ってあるカレンダーで“January”、“February”、“March”、“April”、・・・とやり始めた。まあ水泳教室をやっているんだか、英語教室をやっているんだか・・・。それでも重要なのは“繰り返し”である。何とか彼は1月から12月までを英語で言えるようになった。
 そこで次は曜日である。“Sunday”、“Monday”、“Tuesday”、“Wednesday”、“Thursday”、・・・。1週間をようやく覚えた頃に彼は私に質問をしてきた。
K「先生、“ソース”は英語で何て言うか知ってる?」
tora「ン? “ソース”は英語でも“ソース”じゃないの??」
K「違う!」
tora「ヘー、じゃ英語で“ソース”は何て言うの?」
K「ソースは・・・ブルドック!」
 このときは大いに笑った。
 最近のKの言動も面白いので書き加えておこう。多くの自閉的性格を持つ人と同じように、Kが好きなのはカレンダーとか天気予報だ。先のことを知って予定通りに行動をするのが好きだ。嫌がるのはハプニング。予定通りではないからだが、ご両親はこの辺を心配してKにケータイを持たせている。「ハプニングでどうしたらよいかわからない。」とか「迷子になった。」などというときにケータイが活躍する。
 最近社会では子供にケータイを持たせるべきか否かで問題になっているようだが、それはケータイの持つ利便性の是非を論議しあっているに過ぎない。まあ「裏サイト」などと呼ばれるケータイの落とし穴に“転ばぬ先の杖”を出そうとしているのであろうが、Kに関しては問題がない。何故ならば彼は必要なひらがな以外は読めない。いわゆる“サイト”と呼ばれるケータイのネットを仮に開くことが出来ても読むことは出来ないからである。
 そんな彼がつい先日私にこんなことを言ってきた。
K「ケータイに変な人から電話があった。」
そんな怪訝な顔をしているKに
tora「ふ~ん。ケータイ見してみん。」
ケータイを見ると着信履歴にそれらしき人からかかってきた形跡はない。
tora「お前が誰かにかけたんじゃないの?」
K「オレ、かけないよ!」
 口を尖らせて言う彼に嘘はない。(嘘がつけるほど知的レベルは高くない)
 こんなときは関心事を変えた方が良い。
tora「天気はどうなんだ。明日(遠泳予定日)は晴れるか?」
K「明日は台風。」
tora「ええ、お前、呼んだな?」
K「えっ、オレ、呼ばないよ!」
tora「嘘つけ! お前が電話して、“台風、来てください”ってお願いしたろ!」
K「してないって!」
tora「いや電話した。どうやって何処へ電話したんだ!? 言ってみろ!」
K「フィリピンに電話した・・・」
tora「ほらやっぱり電話したじゃないか!? 電話番号は?」
K「1711」
tora「みろ! お前はフィリピンに電話して“台風、来てください”って頼んだんだろう! みんなが迷惑!!」
K「してないって!」
tora「じゃあ“1711”って何処の電話番号だ?」
・・・てなことで、可愛そうにもKは私によって「台風を呼んだ」ことになってしまったのだった。
 Kの言葉をまともに通訳すると、「フィリピン付近で生まれた台風2号は日本に接近して、明日、最も関東地方に近付く」、ということだ。
 このようにまっとうなことより“ノリ”で関心事を変えていき、周囲の人(Kを知っている健常者)に「Kはフィリピンに電話して台風を呼んだ!」と言っているほうが、周囲の人も「お前、スゴイ奴だな!」と言ってくれるので、Kもそのハプニングを忘れ、笑顔に戻るのである。
 さてこのK、自分のお尻を“パン、パン、パン”と叩くこだわりがある。それが実に良い音で、プール中に響き渡っている。あまりにも良い音なので私も真似してお尻を叩いてみるが、彼のような良い音は出ない。それでも“パン、パン”叩いていると、まだ言葉の出ない知的障害の子が「ウ~~」とうなりながら模倣で自分のお尻をパンパンと叩き出す。それが「ウ~~」と“パンパン”が重なって、とてもセッションなのだ。その内私はプールで音楽をやりだすかもしれない。もしかしたらライブでも・・・。
 そんなこんなで私の仕事はとても愉快で楽しい。まあ水泳教室の内容を語るほどのものではないが、指導者はやはり「エンターテイナー」でなければならないと思っている。
 まあ他に「プールでウンチ事件」は珍しいことではなく、“素手でウンチ処理”など手馴れたものだ。こんな時、『海だったら良いのになぁ~』と思うことがある。まあ海は水洗便所の中で泳いでいるようなもの、海が勝手に浄化してくれる。
 また全盲の子供を持つお母さんがよく言う。「見えないから手づかみで食べるが、ココは日本だからね。インドだったら誰も何とも思わないだろうに・・・」と。
 このように「海だったら良い」とか、「インドだったら良い」とか・・・。“無いものおねだり”なのかもしれないが、環境や条件によって変わってしまう。海で泳ぐことも同様。“日本の常識、世界の非常識”とか、“世界の常識、日本の非常識”とか・・・。最近、こんなことばかり考えている。
 とにかくトラジオンの会員さんはそれこそ“人種の坩堝(るつぼ)”と言って良いくらい個性豊かな面々ばかりである。毎日が“珍談・奇談”の連続であって、それこそ「何が常識」かわからなくなる。
 まあ障害者のこと、海を泳ぐこと、その他いろいろ言いたいことはあるが、それは「いつしか」ということにしてもらって、さて、台風はKが呼んだかキンちゃんが呼んだか不明だが、本題に戻そう。

4. アイランドスイム2日で2-way(約20km×2) 2nd DAY

  • 2nd leg: 城ヶ島⇒江ノ島1-way(約20km×1-way)
  • 日付: 2008年5月14日(水)
  • 場所: 神奈川県三浦市三崎町城ヶ島⇒同県鎌倉市腰越(相模湾)
  • 泳者: キンちゃん
  • 方法: 1-way solo swim
  • 記録: 10時間57分
      06:30 城ヶ島 ⇒ 17:27 江ノ島
  • 天候: 曇りのち雨、のち晴れ
  • 気温: 10.1~16.5℃
  • 水温: 16.0~18.5℃
  • 波高: 1.0~1.5m
  • 風向・風速: 主に北、ないし北東 3.2~10.2m/sec
  • 流向・流速: 主に東、ないし東北東 0.3~0.5kn
  • ピッチ: 63~68回/min
  • 補給品: 炭水化物、果糖、お茶類(40分毎)
  • 海洋データ(横須賀)
     月齢 8.6(長潮)
     日出 04:38       日入 18:37
     月出 13:17       月入 01:18
     満潮 00:55  1.40m  干潮 07:35  0.88m
     満潮 13:05  1.23m  干潮 18:59  0.73m

5. 二日目(2nd day)

P51400052 早朝4時に起床。薄明るくなった外を眺めると“台風一過”という期待を裏切られ、どんよりとした雲の多い中、4時半、腰越漁港に集合。湘南の主さんも到着、5時に出航し城ヶ島に向かう。いちおう漁網など、定置網や設置された漁具の位置確認をして城ヶ島に向かった。
 6時に城ヶ島の浮き桟橋に接岸し、キンちゃんは泳ぐ準備にかかる。船揚場に歩いて行って6時半に泳ぎ出す。まあここまでは「順調」と言って良いだろう。ところが「さすがキンちゃん!」と言うべきか、予想した潮とはほとんど違っていたのである。
 相模湾内の海流は、普通“半時計回り”に流れている。それに潮流の成分が海流の成分を加減させている。潮汐では8時頃に干潮で13時頃に満潮になるので、理屈ではその間はキンちゃんを潮が押してくれるはずである。もちろん風の影響もあるのだが、私の考えでは三浦半島に沿って北上した方が潮に乗って泳げる計算だった。
 ところが・・・、
 城ヶ島には神奈川県水産技術センターがあって、そこではリアルタイムで海のデータを出している。それを私の持っているケータイ端末で見ることが出来る。まあ便利な時代になったものだが、ものの見事に私の出した潮の流れの予想とは違ったものになっている。おかしい・・・。
 過去に2回ほどキンちゃんは「アイランドスイム2-way」に挑戦している。このときは江ノ島の隣、片瀬西浜の水族館前のビーチから城ヶ島への往復計画であった。結果は城ヶ島への1st legは2回とも10~10時間30分程度で成功している。しかし帰りの2nd legで2回ともリタイヤしてしまった。
 一般的に2-wayなら行きは“潮に逆らって”帰りは“潮に乗って”が順当であろう。しかし楽なはずの2nd legで2回ともリタイヤしたのは「キンちゃんらしい」と言えばキンちゃんらしい。したがって今回は初の“城ヶ島⇒江ノ島”になる。しかも普通なら楽なはずなのだが・・・。
 スタートして2時間。午前8時を過ぎると雨が降り出した。風は台風の置き土産か、相変わらず強い。7~8mの北東風が容赦なく吹いてくる。まあ風が北東もあって、“いつもなら”潮が我々を押してくれるはずなので、船が風に向うようスパンカーを張り、三浦半島の沖合約3kmを三浦半島に沿って北上するよう舵をとった。
 しかし進みが悪い。ケータイ画面から見る神奈川県水産技術センターのデータもまったく私の予想を裏切っている。そして風は最大風速10mを越した。
 たまたま三浦半島に沿っているので波高は風の影響が少なくそれほど高くはない(1.5m)のだが、私の持つ“安全基準”では「風速10m/secを越したら“不可”」となっている。まあおそらく天気から予想して今が“最大”なのであろうが、ある意味「中止」が私の心をよぎっていた。

6. 海峡横断泳実行委員会

P51400222 再び“のっけ”からで申し訳ないが、もう一つの私の顔、「海峡横断泳実行委員会」について触れておこう。
 今から30年ほど前、海峡横断泳の発展(普及と養成)を願って「海峡横断泳実行委員会」なるものを立ち上げた。主な内容は「大会の開催(プール、海)」、「フォーラムの開催」、「海峡横断泳の企画及びコンサルタント」だ。もちろん当時、「オープンウォータースイミング」なんて言葉はない。“遠泳”と言えば、古式豊かな隊列を組んで「エーンヤコラ~!」とか叫びながら顔上げ平泳ぎで泳ぐ方法をイメージされてしまうので、「ロングディスタンススイミング」とか「マラソンスイミング」とか、とにかく“横文字”の言葉を書き連ねていた。まあ「海峡横断泳」と言うのも“顔上げ平泳ぎではない”という少しのこだわりであった。
 今では少なくなった質問だが、以前は「何泳ぎで泳ぐのですか?」とよく聞かれ、「クロール」と答えるとほとんどの人はビックリしていた。どうも“顔上げ平泳ぎ”のイメージがあるようだ。それもそのはず私の幼少の頃、辞書で「クロール」を調べると、「短距離を速い速度で泳ぐ泳ぎ方」と書いてあった。昔の海は、顔上げ平泳ぎが主流であったのかもしれない。ちなみに今のトライアスロンやオープンウォータースイムレースではクロールが主流である。
 さて、キンちゃんとはこの中の「大会の開催(城ヶ島1周のレース)」で2000年に知り合った。もちろんキンちゃんは選手として参加してくれたのである。以来、「大会(12時間スイムマラソン[プール])や「遠泳フォーラム」にも参加してもらっている。
 1999年に芸能人の「ドーバー海峡横断部」の放送(16時間37分で成功)があって以来、多くの海を泳ぐスイマーがドーバー泳に関心を持ったようだ。
 海峡横断泳実行委員会としても1999年に障害者も含むリレーチームを作ってドーバーの1-wayを成功させている(CST 99 Japan 14時間00分)。また2001年には同じく障害者を含むリレーチームでドーバーの2-wayにも成功させた(CST Japan Team 28時間44分[英→仏13時間44分+仏→英l5時間00分])。
 こういった企画の中で、“泳ぐドクター”として知られるO先生に、「どうかリレーチームを作って私にも参加させて欲しい。」という依頼を受け、当時、海峡横断泳実行委員会で行っていた企画に「ドーバーを泳ぎたい」と要望をしている6名のスイマーを集めてチームを結成した。そのチームの中にキンちゃんがいて、湘南の主さんも加わっていた。そしてこのリレーチームは2002年に1-wayを成功させたのだった(Okuzawa 12時間03分)。
 2003年には各自、各々のスイマーに戻るのだが、キンちゃんは「今度ソロで泳ぎたい。」と2004年から私と“二人三脚”でドーバーを望むようになった。
 2004年は2回チャレンジして2回とも失敗に終わった。しかし2005年に再び2回チャレンジして2回とも成功(17時間03分 13時間41分)。2006年にも1回泳いだ(13時間35分)。ちなみに2006年に湘南の主さんも成功させている(15時間50分)。2007年に2回泳いで2回とも成功(13時間59分 13時間54分)。まあ全て1-wayであって、主目的は日本人初の2-wayなのだが・・・。
 他にキンちゃんで言えば津軽海峡を4回横断している(2005年 1-way 11時間36分 2006年 3-way 37時間24分[青→北11時間43分+北→青15時間28分+青→北10時間13分)。
 この他、海峡横断泳実行委員会ではドーバー海峡では4回、津軽海峡では3回のサポートしている。他にも「海峡」と呼ぶ名の横断泳は国内外を合わせるとかなりあり、「海峡」と呼ばれなくとも距離が10km以上の遠泳は、その合計は100例を軽く越す。
 例えばキンちゃんだけを見ても初のサポートは三浦半島の先端、城ヶ島から毘沙門天の往復になるが、以来、城ヶ島の周回、三河湾の舵島往復と周回、相模湾は城ヶ島~江ノ島間、初島~熱海間、駿河湾なら三保~戸田間、そしてすでにホームゲレンデになった淡島~大瀬崎間、などなど。その合計でさえおそらく100例は越しているであろう。
 ただ、2006年3月末日を持って大会やフォーラムは撤退した。現在は「海峡横断泳の企画及びコンサルタント」のみしかやっていない。何故ならば私にも他にやりたいことができたからだ。時折「城ヶ島の大会に参加したいのですが」と未だに問い合わせがあるが、現在は城ヶ島の大会はやっていない。
 最近になって「他の大会の企画を」と少し考えるようになったが、おそらく城ヶ島ではやらないであろう。

7. 一期一会と祈り

P5140025_2 自分がまだよく海を泳いでいた頃、よくパスカル(Blaise Pascal [1623年6月19日~1662年8月19日:フランス人] 数学者、物理学者、哲学者、思想家、宗教家)の「人間は考える葦である」を考えていた。この「人間は考える葦である」はパスカルの「パンセ(キリスト教弁証論)」の中に出てくるあまりにも有名な言葉で、「人間は広大な宇宙から見ると“無に等しい”ほど小さな存在であるが、その思考は宇宙をも包み込むことができる。」という意味である。
 海を取り巻く環境は、潮流や海流、風などに支配され、海の営みに比べれば私の存在など“無に等しい”と思えたからであった。例えば潮汐は「天体潮汐」と呼んで月や太陽の重力が大きく支配している。海流も風(貿易風や偏西風)と同じように回転する天体に存在する流体物(液体や気体)の動き(コリオリの法則など)である。いちおう学生時代は「体育学」を専攻していたが、40歳を過ぎて再び大学に通い始めた。専攻は「天文学」である。「宇宙」という大きな営みから「自然と人間との係わり」を捉えたかったからであった。
 いずれにせよ今、キンちゃんは大海原の中で江ノ島を目指して泳いでいる。150cmと、宇宙から見れば吹けば飛ぶような小さな身体をメいっぱい使って泳ぎ続けている。この“非生産的な行為”は、政治や経済を主眼におく方々にあまり理解はされないが、「人間が人間である立証」に多いに貢献していると思われる。「夢を現実に」、これは動物界の中でも人間のみにしか許されていない行為なのだ。
 「願わくば、キンちゃんの夢を叶えてください。」と祈るばかりなのだ。
 絶え間なく降る雨は小さな波を抑えてしまう。江ノ島までのコース取りは、今までのデータから来る潮の流れを考えた方法だが、それはあくまで“統計と確立”から算出したものに過ぎない。海の神様は“女”だから、昔の海は「女人禁制」だった。神様が“やきもちを焼く”からだそうだ。
 湘南の主さんが「“嵐を呼ぶ女”と“災いを呼ぶ男”のコンビだから・・・」と、ボソッと言った。確かに我々は想定外のトラブルが多い。
 キンちゃんはよく「場所が同じ海でも同じ海の顔を見たことがない。」と言う。それはドーバーを43回も横断したギネスブックにも載るスイマー、“アリソン・ストリーター”も同じようなことを言う。「43回ドーバー海峡を泳いで渡っても、一度として同じドーバー海峡を見たことはなかった。」と。
 このようにしてキンちゃんは海との“一期一会”を楽しんでいる。時折「まいった!」と根を上げることもあるが、ほとんどは海との一期一会を楽しんでいる。そこがキンちゃんの素晴らしいところなのだ。
 午後3時を過ぎた頃、ようやく雨が上がり、風が凪いできた。しかし相変わらず潮周りは良くない。それでもそんな海を恨むでもなく泳ぎを楽しんでいる。無邪気な子供が遊ぶ小さなプールに浮かぶ人形のように・・・。
 完泳予定の8時間はとうに過ぎ、船は風に立てるため北西を向いているが、進行方向はほぼ西の江ノ島を目指していた。
 知的障害のKが呼んだか、キンちゃんが呼んだかは定かではないが、ようやく台風2号が過ぎ去ったらしく、雲の切れ間に太陽が顔を出した。船上の我々はビショビショになった服や機材をデッキに出して乾かし始めた。そんな折、船長の松本さんが一言。「始めからこの天気だったらなぁ~・・・。」
 こうして17時27分、江ノ島の隣の腰越のビーチにキンちゃんは立つことが出来た。城ヶ島を出発して何と10時間57分後のことであった。
 キンちゃん、感動とデータをありがとう!!

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