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わくわく、どきどき、台風の目。

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2008年5月の記事

「オープンウォータースイマー “湘南の主”も行く」

   1. 「プロスイマー松崎さんと海を泳ぐ会」の報告

  • 日付: 2008年4月29日(火:昭和の日)
  • 場所: 神奈川県逗子市逗子海岸⇒同県鎌倉市腰越海岸(相模湾)
  • 距離: 逗子⇒腰越1-way(約8km)
  • 泳者: 松崎、橋本、山本、キン、湘南の主
  • 方法: 1-way solo swim
  • 記録: 2時間50分
          09:20 逗子海岸 ⇒ 12:10 腰越海岸
  • 天候: 晴れ
  • 気温: 19.7~22.5℃
  • 水温: 18.5~19.2℃
  • 波高: 0.5m
  • 風向・風速: 主に北 1.8~2.5m/sec
  • 流向・流速: 不明
  • 海洋データ: 小潮

  2. プロスイマー松崎裕子さん

_0171_2 今年(2008)4月に入った頃、トラジオンスイミングの石井先生から「松崎さんが日本に戻っています。松崎さんと一緒に遠泳を計画中」と連絡が入った。
 プロ・マラソン・スイマーの松崎さんを私が知ったのは、やはり石井先生が企画されていた「遠泳フォーラム」で、2003年10月に初めてお会いし、プロのマラソンスイムレースのお話を聞かせて頂いた。「スイムでもこんな世界があるんだ」と初めて知り、彼女の書かれた“日本初のプロ・マラソン・スイマー・松崎裕子”の本にサインをもらい、彼女とのツーショットで撮った写真を貼り付けて私の宝物にしている。
 その後もご主人(石川先生:香川大学教育学部助教授)と一緒に講演された遠泳フォーラムにも参加して、レースの話やトレーニング方法などのお話を伺った。
 松崎プロはとてもオシャレで、綺麗で魅力的な方。体格はそんなに“ゴッツイ”という感じではないのが私の印象だが、泳ぎは「どこからあんなパワーとエネルギーが出てくるのかな」と思うくらいに速い。
 今年の1月には国技館がある両国で、松崎プロ、石井先生、奥澤先生と私で「松崎さんを囲んでちゃんこを食べよう」に参加して、またまた面白いお話をたくさん聞かせて頂いた。世界を股に泳いでおり、海外生活も長く、時々日本に戻られる生活をされているので、日本での生活には戸惑いも多いようだ。

  3. 懐かしのコースを

P42900132 今回の遠泳ルートは湘南の海で逗子海岸からスタート。鎌倉沖、七里ガ浜を経て腰越海岸ゴールする全長9km弱のコースである。このルートはドーバー海峡横断泳の練習コースとして私が泳いでいた懐かしのコースルートだ。又、今年で5回目となる夏の最大イベント「湘南オープンウォータスイミングレース」のコースでもある。
 今回の募集した泳者は、サポート船の関係上、“5名まで”と限定されている。3名は決定済みだが、残る2名がなかなか決まらなかった。実施予定日2週間前ぐらいにやっと決定し、“ホッ”と一安心した。
 いつものように先生から実施要綱、諸注意についての資料がメールで送られてくる。テンプレートが出来上がっているとはいえ、ここまできちんとされる方は、私の知る限りでは先ず見当たらない。石井先生には海に関する知識、その他色々な面で影響を受け、ご指導を賜っている私の師匠でもある。

   4. ちょっとハプニング

P42900142 遠泳当日(4月29日〔昭和の日〕)、集合場所は江ノ電の腰越駅に08:00。先生とキンちゃんは前日から腰越の船宿に宿泊。予定時刻より1本早めの電車で私も腰越駅に到着。先生、キンちゃん、セサミスイミングマネージャーの橋本さん、実業団スイマーの山本さん、それに私と、泳ぐメンバーは予定時刻に集合。しかし当のご本人、松崎プロの姿が見えない。すかさず石井先生が携帯電話で連絡を取る。すると、何と、何と今、「横須賀駅だ」と言う。単なる手違いか? いや、手違いではなかった。ご当人の勘違いで、スタートの逗子海岸を目指していたが、気がつけば横須賀だと言う。どうする、どうする。腰越まで戻るには時間が掛かり過ぎてしまう。直接、逗子海岸へ行ってもらうしかない。では松崎プロの荷物は? 幸いと言うか、神の巡り合わせと言うか、橋本さんのお仲間の大牟田さんがスタート、ゴールの応援に来てくれるとの事。急遽、松崎プロの荷物は大牟田さんが預かるという事で、事なきを得てやれやれである。
 ハプニングはあったけれど、我々は予定通り腰越漁港を出発。逗子海岸へ向かうことが出来た。良かった、やはり私にはドーバー泳以来の「幸運の女神」がついていてくれるのかな??
 我々を乗せた船は、ほぼ予定通りに逗子海岸に到着。遠目からも松崎プロと応援に駆けつけてくれた大牟田ご夫妻の姿が確認出来、手を振って迎えてくれていた。

  5. ウェットスーツに身を包んで!

P42900182 今回、私はウェットスーツを着て泳ぐ。他には松崎プロと山本さんも着る。キンちゃんは当然のことながら天然、自然、自前の皮下脂肪タップリ生身の身体。橋本さんも水着1枚。しかもスイムキャップなし。キャップを被ると日焼けの後が残り、仕事に差し支えるのだとか。キンちゃんは私のウェットスーツ姿を「初めて見た」と言っていた。
 ウェットスーツを着る理由は、ドーバーを泳いだときはキンちゃんではないが、私も天然、自然、自前の皮下脂肪をタップリつけていた。が、ドーバー泳も終わった段階で私は元の体型に戻した。つまり自前の体内ファット(脂肪)スーツは薄くなってしまったのである。それと、実は3日前の土曜日に、お江戸日本橋から藤沢の我が家までの長時間歩行トレーニングをやり、未だ体調が戻らず、もし途中でくたばると他の方に迷惑が掛かると考え、少しでも身体への負担を軽くしたかったからであった。
 話はそれるが、今回の長時間歩行トレーレングで歩いた距離は約54km。歩行時間は10時間35分。途中、箱根駅伝で有名な権田坂付近で激しい雨に会い、全身ずぶ濡れになりながら歩き続けた。このトレーニングは私にとって、持久力の維持もさることながら、精神力の維持、強化のためで月1回のペースで歩いている。
 ちなみに
     1月:我が家から135号線、国道1号線沿いに歩き、小田原駅まで約40kmを8時間
     2月;三浦半島の城ヶ島、北原白秋碑から我が家まで約38kmを7時間半
     3月:小田原駅から旧国道1号を歩き、天下の剣、箱根山を越えて三島駅まで約40kmを8時間半
     4月:今回のお江戸日本橋からの歩行
 しかしこれから夏の暑い時期は如何なものか検討を要する。

  6. いよいよスタート

P42900192 話を元に戻そう。スタートはドーバースタイルで一度海岸に上がり、船からの合図で泳ぎ出すことになっている。しかし、我々が船上でもたもたしていたので、痺れを切らした(?)松崎プロが船に向かって泳ぎ出して来てしまった。慌てて私は船から飛び込み、松崎プロを制止した。もたもたしていた理由だが、実は船が逗子海岸の岸に近づいて、海底が見えたとろで船頭の松本さんが「海底にタコが歩いている」と言ったものだから、船上では“タコ取り”で大騒ぎしていたからである。
 「岸からスタートするので申し訳ありませんが、もう一度海岸に戻って頂けませんか」と松崎プロにお願いした。彼女は「寒い」、「冷たい」と騒いでいる。まもなく全員が海岸に上陸して来た。セサミの応援者の方も見えていて、盛んに写真を撮ってくれている、泳者は思い思いのポーズでカメラに収まる。遠泳のスタートでこんなに応援者、見学者がいるのは初めての経験だった。
 例によって石井先生は伴走船で総指揮を取る。その船上から「プウォー」と聞きなれたホーンの合図が先生から発せられた。腕時計のストップウォッチを私は押す。ウェットを着ているので冷たさは全くない。でも松崎プロは「冷たい」、「寒い」と相変わらず騒いでいる。陸から応援している仲間に我々は手を振りながらゆっくりと海水に浸かり、身体を慣らしていく。キンちゃんは船に向かっていつもの6ビートキックで勢い良く飛び出して行った。湾内の透明度は比較的良く6~7mぐらいあり海底が良く見える。水温も19℃前後を指している、今年は海水温が高めのようだ。

   7. さすがプロの泳ぎ

P4290023_2 松崎プロはかっ飛んで泳いでいる。そのあとを橋本さん、山本さんがついて行く。キンちゃんと私はマイペースで船を見ながら泳ぐ。今日の潮周りは「小潮」。干満の差も少ないので潮の流れもあまり感じられない。海底から伸びている海藻がほぼ真っ直ぐに海面に向かっているので良くわかる。大崎の鼻辺りの海底で突然巨大な筒のような長いものが目に飛び込んできた。全員大騒ぎで、「何だ、何だ」とその物体の正体を確認している。その長ぁ~い筒のような物体の先を辿ると漁船がいた。何かの“網”のようだが、何の網だか初めて見る。おそらく“しらす漁”の網だと思うが、とても目の細かい網である。でも正体が分かり、一安心。又、泳ぎ出す。
 1回目の補給時間。キンちゃんと私は慣れているので直ぐに飲み干す。橋本さんと山本さんには泳ぐ前、宿でシミュレーションしていたので要領は分かっていると思う。松崎プロはプラティパスに入った温かい飲み物を「温かい、温かい」と言って顔に押し当てたり、脇に挟んだりしていて飲んでいない。船から網が出され、プラティパスを戻し、又、勢いよく泳ぎ出す。松崎プロは泳ぎのスピードが速く、キンちゃんや私のスピードでは寒くて身体が冷えてしまし、「ペースが乱れるから」と、ジグザグに泳いで調整しながらキンちゃんと私のスピードに合わせている。
 そのジグザグ泳ぎは、私の前や横を力強いストロークとキックで通り抜けて行く。そして暫らくすると又、前や横をすごいスピードで通り過ぎて行く。まるで暴走族スイマーのようだ。さすが“プロの泳ぎ”、疲れを知らない子供のように泳ぎまくっている。そして補給の度にプラティパスを抱えて「温かい、温かい」と騒いでいる。
 船上を見るといつの間にか操縦席に石井先生が座って舵を取っていた。大崎を過ぎて、江ノ島を目指して泳いでいたが、船は稲村ガ崎を目指して進んでいる。後で聞いた話では、船頭の松本さんは沖へ沖へと舵を取っているので、松本さんが食事の間に、進路を岸寄りに変更して進ませたようである。
P42900272 この海域は何度も泳いでいるが、七里ガ浜沖で海底や海藻が見えるぐらい浅瀬、近場を泳いだことはなかった。
 七里ガ浜沖で最後の補給を受け、いよいよフィニッシュに向かう。腰越海岸の手前、小動ケ崎の見晴台から応援者の大牟田ご夫妻、橋本さんの奥さんとお子さんの大声援が、泳いでいる我々にも聞こえた。全員泳ぎを止めて応援者に手を振って答える。山本さんは腰越漁港の防波堤に近づき過ぎて、防波堤で釣をしている糸に掛かりそうなくらいだったとか、釣人もびっくりしたことだろう。
 ゴールの腰越海岸には既に大牟田ご夫妻、橋本さん親子などが待機していて、上がってきた泳者を“拍手”と「お疲れ様」の言葉で迎えてくれた。ここでもゴールの写真攻め。ストップウォッチを見ると2時間49分を指していた。距離は9km弱でこの時間ならまあいいペースで泳げたのではないだろうか。やはり今日は潮回りが良かったのだろう。のんびり泳いだ割には3時間を切っている。泳ぎ終わった後は再度、船に戻って船で漁港に帰るはずだったが、松崎プロは「寒いから嫌」と、このまま宿へ行くといって船には戻らなかった。残る4人は沖で待つ船に乗り込み漁港へ戻った。

   8. 楽しかった昼食会

P42900322 宿に戻り、湯船にゆっくりと浸かり、一息入れてから松崎プロを囲んでの昼食会となった。松崎プロは別人のようにお洒落な姿になって登場。『これがやはりプロだな』と思わせる。泳ぐ時は水着1枚なので、せめて海から上がった時ぐらいはキチッとした服装に変身しないと。なのに我々のスタイルといったらジャージの上下か、Tシャツ・短パンスタイル。寂しい限りの服装だ。もう少し気を使わなくてはいけないかも知れない。
 松崎プロの話は面白い。練習場所のオーランドでは湖で泳ぐことが多いようだが、そこは「ワニ」も一緒に泳いでいるらしい。一度ワニと目があってしまい、世界新記録スピードで岸に向かって戻ったとか。
 一般の人に私も「海を泳いでいる」と言うと、「サメ対策は?」とは良く聞かれる質問だが、“海にはサメ”、“湖にはワニ”がいるのだなあと改めて思った。
 また海外での日本食も日本では想像もつかないような食材や形など、お品書きから本来の日本食をイメージしたら大間違い。作っている人が中国系やアジア系の人が多いらしい。本来の日本食では外国に方にはお口に合わないから、現地仕様に変更されているのかも知れない。
 一緒に泳いだ橋本さんは先日行われた海の大会で、プレゼンターとして参加していた松崎プロと一緒に撮ったメンバーさんのツーショット写真にサインをお願いしていた。そして着ているシャツにもサインをおねだりしている。松崎プロは気持ち良くサインに応じていた。さすがプロサインには慣れている。
 キンちゃんは松崎プロの泳ぎをしっかりと目に焼き付けたそうである。
 プロスイマーと一緒に泳ぐなんて機会は先ず無いし、考えられなかったので今回の企画は本当に良かったと思う。
 石井先生本当にありがとうございました。
 そして松崎プロ、一緒に泳いでくれてありがとう。私の水泳人生に又、新しい思い出の1ページが追加されました。

「キンちゃんが行く」Vol.18

     1. 淡島~大瀬崎2日で6-way(約10km×6) 1st DAY

  • 大瀬崎~淡島間3-way(約10km×3-way)
  • 日付: 2008年4月21日(月)
  • 場所: 静岡県沼津市大瀬崎~同県同市三津淡島(駿河湾)
  • 泳者: キンちゃん
  • 方法: 3-way solo swim
  • 記録: 11時間26分
          1st leg: 06:10 大瀬崎 ⇒ 09:58 淡島 3時間48分
          2nd leg: 09:58 淡島 ⇒ 14:03 大瀬崎 4時間05分
          3rd leg: 14:03 大瀬崎 ⇒ 17:36 淡島 3時間33分
  • 天候: 晴れ
  • 気温: 17.6~24.3℃
  • 水温: 19.0~20.0℃
  • 波高: 0.5~1.0m
  • 風向・風速: 主に午前中東、昼ごろ北西、午後南西 1.8~7.2m/sec
  • 流向・流速: 主に西 0.0~0.5kn
  • ピッチ: 62~65回/min
  • 補給品: 炭水化物、果糖、お茶類(40分毎)
  • 海洋データ(内浦三津)大潮(月齢: 15.0)
          日出: 05:05   満潮: 05:19  1.54m
          日入: 18:21   干潮: 11:51  0.14m
          月出: 19:21   満潮: 18:28  1.55m
          月入: 04:59

     2. “4、4、3と3、3、4”の怪

P42100042 3月31日に淡島~大瀬崎3-wayを泳いで以来、私は少しずつ自分の泳ぎを取り戻していた。今回、4月21、22日に同じ場所で3-way×2日(6-way)を完泳したわけだが、ドーバー2-wayを目指してようやく“目から鱗(うろこ)が”というか、今までのスランプ状態から脱皮した自分を発見したようだった。
 ここは私のホームグランドで早4年の年月がある。3-wayや2-wayは何回もチャレンジし成功しているが、2日で6-wayは時間の都合上、出来ないでいた。しかしながら「こうも海は変化するのか」、毎回、毎回違う顔をしている。そんなこんなを今日も書いてみよう。
 4月20日は移動日。石井コーチは14時にはJR三島駅で待っていてくれた。民宿「桂」に向う道すがら、スーパーで夕飯、船でコーチが食べる食材、-etc-を買い込む。もちろんビールもね。
 桂に到着。伴走をしてくれる漁師の菊地さんのお宅へ伺う。明日の打ち合わせ、桂に戻ると夕食を取りながら栄養補給品を作る。そして早々と就寝。
 いつもならビールを飲めば“バタン、キュー”とすぐに鼾(いびき)をかいて寝てしまうキンだが、この日に限って早く寝なくてはいけないのにちっとも眠れず朝が来てしまった。その間、菊地さん宅での話した打ち合わせのことが気になって何回も思い出していた。
P42100062 地下鉄漫才の
三球「しかし、考えてみると不思議ですね。地下鉄って」
照代「何が不思議なの?」
三球「地下鉄の電車って、どこから入れたんでしょうね。考えると、また寝らんなくなっちゃう」
ではないが、コーチは初日、「大瀬から出発し淡島でゴール。翌日は淡島から出発し、大瀬でゴール。」と話していた。この“初日、大瀬からの出発”がわからない。それを考えるとホント、寝れんくなっちゃう。
 今までのデータから
    淡島⇒大瀬=約3時間
    大瀬⇒淡島=約4時間
かかっている。つまり淡島からの3-wayスタートなら
    3時間、4時間、3時間の合計10時間だ。
これが大瀬からなら
    4時間、3時間、4時間で合計11時間になってしまう。
しかもコーチは
    「初日は4時間、4時間、3時間。
    次の日は3時間、3時間、4時間だ」
と言う。完泳予定の合計時間に変わりはないのだが、途中の経過時間がデータと違う。この辺になると益々わからない。いずれにせよ私は「淡島スタートの方が良い」と思っているのだ。「何故、淡島スタートの3-wayにしないのか?」、「コーチは“長い時間キンを泳がせたい”と思っているのかな?」、真相がわからない。時間が“4、4、3と3、3、4”の組み合わせも不思議だった。だが私はコーチに黙ってついていくしかない。
 ちなみに地下鉄漫才の春日三球・照代さん、三球さんの方がコーチといとこに当たるらしい。今から30年位前に一世を風靡したらしいが、そんな古い話はコーチに聞くくらいで私は覚えていない。
 またコーチから後々から聞けば、「継続する。」、すなわち
    大瀬⇒淡島⇒大瀬⇒淡島⇒大瀬⇒淡島⇒大瀬の6-way
としたかったそうで、私の考えていた
    淡島⇒大瀬⇒淡島×2日=6-way
とは違っていたのである。
石井コーチ「初日に長い方が良いでしょ。だから大瀬スタートだ。」
と、あくまでも“継続”にこだわっている。そして経過時間については
石井コーチ「大潮でしょ。満潮と干潮の時間もわかっている。“(潮流+海流)の成分×キンの泳力=たぶんこうなる”とわかる。まあ風の影響で少しは変わると思うが・・・」
 コーチは今までの経験上からそう言うのだと思うが、3rd legはキンも疲れている。「そんな速く泳げるわけないじゃん!」と思うし、データから考えても私にはチンプンカンプンであった。
 とにかく4月21日は大潮で十五夜ときている。満潮と干潮の時間を調べ、当日は朝5時に港に集合、6時大瀬崎スタートとなった。キンにわかっていることはそのくらいのことだった。
 ようやくウトウトした4時に起床。「しまった、遅刻だ~!」と、お湯を水筒やポットに入れたり、着替えたりのバタバタ状態で、5分遅刻で港に着いた。

     3. 初日(1st day)

P42100202 港に着くと菊地さんはすでに船のエンジンをかけて待っていた。
キン「おはようございます。」
菊地さん「今日は天気が良いし、暖かいぞ!」
キン「そうですね。」
と不安いっぱいで答える。
菊地さん「グッスリ眠れたか?」
キン「ぜんぜん寝れなかった!」
 よく子供が次の日に嬉しいことがあると、興奮して前の晩は寝られなくなることがあると聞く。キンの場合、顔は笑ってはいるが、精神状態は“不安?”、“緊張?”、“アドレナリンの増加?”、それらが総合していっぱい、いっぱいになったのか、ぜんぜん寝られなかった。『泳いでいるときに眠くなりませんように』と神様にお願いした。
 海は凪であり、私たちを乗せた船は大瀬崎へと向う。
 港を出るとき、防波堤の先端に赤灯台があり、そこで釣人がヒラメを釣った瞬間を見てしまった。オオ、80cmはある。一本釣で陸に上げ、ヒラメが跳ねてる、跳ねてる!
キン「こんなところでこんなデカイのが釣れるんだぁ~!」
と私が感激していると、
菊地さん「イカで釣るんだ。」
と教えてくれた。最近のヒラメはグルメなんだな。
 船は大瀬に向って全速前進でヨォ~ソロ~。いつもは泳ぎながら時折見える景色。今日は船からゆっくり見物が出来る。3月31日に泳いだときは山々に山桜が満開で、それは、それはきれいだったな。今日は青々しているよ。
P42100292 ボーっと陸を眺めていると、キンをリラックスさせようと思ったのかコーチが笑わせてくれる。
石井コーチ「キン、気がめいることを教えてやるぞぉ~。ほ~ら、水温は19度だぁ~!」
キン「え~、マジィ~。31日は16℃だったのに、3℃も上がってるじゃん!」
嬉しいのか、悲しいのか、まだ不安がいっぱいのキン。
 大瀬に近付くにつれ、海の表面が赤く染まった。
キン「コーチ、もしかして赤潮?」
石井コーチ「そうだな・・・」
菊地さん「泳ぐキンちゃんにとって19℃は嬉しいだろうが、漁師にとって4月の19℃は異常に温かい。それにこんな赤潮の大量発生は10年ぶりだな・・・」
 城ヶ島を泳いだとき、私も少しだけ赤潮を経験したことはあるが、こんなにも一面、広い範囲での赤潮を見るのは初めてであった。
 『ひょっとして、ひょっとしてじゃないよなぁ~。ここを通過するときは赤潮の中を泳ぐんだよなぁ~。何でこうも運が悪いんだろう・・・。我慢して泳ぐしかないなぁ~』と諦めていた。ハァ~~~~・・・・

     4. 水着

 『いちおう今日は“4、4、3”』、コーチの言われた半信半疑のことを頭にインプットして私は6時10分に泳ぎだした。
 ギャー、海がメッチャ汚い。このブツブツ、何だぁ~? 海のゴミか? 海のシラミはチンクイ虫だが、ゴミはプランクトンの死骸だ。ああ、キンは死骸の中で泳いでいるのだ。ただ下のほうに青くキラキラ光っているものがたくさん見える。夜光虫らしいがそれがきれいで眼の保養になる。
 クラゲに“ピッ、ピッ、ピッ”と刺される。チンクイ虫は“チクッ、チクッ、チクッ”と痛さが違う。それにしてもこの痛さもだいぶ慣れたもんだ。たぶん糸クラゲだと思う。細くて透明で見えない。見えるクラゲなら避けようもあるが、見えないクラゲには刺されるがままなのだ。
 同様に見えないチンクイ虫にも注意をしなくてはならない。チンクイ虫は水着の中にも入ってくると言う。今日着ている水着は、もう海で着るのはさよならする予定だ。この青い水着も伸びてダブダブになった。
P42100332_2 今回は2日間に分かれているので水着は2枚用意した。1枚は今着ている青い水着で、もう1枚はダイビング用に使っていたやつを降ろすことにした。何故ならプールで半年はもつ水着も、海ではラノリンを使っているせいか、海水だからか、紫外線でやられるのか、10回くらい着たらもうダメになってしまう。
 いつも私はプール練習で古くなった水着を降ろして使っているのだが、今回の水着はとにかく私に最後のお勤め。これが災いしてか、伸びき~った水着は胸からお尻から海水が入る、入る。まさに“クラゲさん、チンクイ虫さん、いらっしゃ~い”状態なのだ。
 『こんなの着てないと一緒じゃん! ウゥ~、冷たぁ~』と思うと、クラゲが私のお尻に“ピッ!”。そのクラゲを素手で取ろうものなら、その素手がクラゲに刺されてしまう。つまり痛くても我慢するしかないのだ。
 もぉ~、こりごり。“あまりにも伸びた古い水着は、もう着るのをやめよう!”と、硬~く、硬~く誓ったのであった。

     5. クラゲ オン パレード

 1st legを4時間でインプットしている。向かい潮、向かい波、向かい風の中を泳ぐ。まあ往きがこうなら帰りは逆になるだろう。凪だし、まずは1-way。まだ力はあるし、余裕である。
 赤潮に近付くにつれ、海のゴミも増える。本当に凄いのである。
 19日に主人と行ったサイパンのダイビングから戻ったばかりで、そのギャップもあるのか、『31日もそうだったかなぁ~?』と思い出すが、ここまでひどくないよ。
 それでも「赤潮でもかなり薄いところを通った」と言うが、赤潮の塊の中に入り、時折、プランクトンの死骸が海に沈み、それが白くなって私の視界を邪魔してくる。『こんな海で泳いだことないよ!』、それに見たこともないクラゲのオンパレード。
 何て言って説明したら良いのか、種類だけでも7種類以上はあるよ。まあ見えるクラゲは刺されないように周囲に気を配りながら泳いでいる。
 でも赤クラゲの3m。このデカイのにはさすがにビックリしたよ。ここ4年、今まで泳いだ中で見たクラゲでは1番デカイ。それが1匹だけではないのだ。泳ぐたびにあちらこちらで見かける。赤クラゲの長い足には小魚がまとわりついていて、これはその小魚が他の魚に食べられないよう、クラゲの足の近くにいるそうだ。赤クラゲはこの小魚は食べないが、他の魚はその長い足の触手でショックを受けさせ、その魚を食べるそうだ。
 そう、クマノミもイソギンチャクに隠れているが、イソギンチャクもクマノミ以外の魚は食べるらしい。世の中、うまくいっているものだ。
P42100502 サイパンを思い出しながら私は海の色のギャップを感じていた。そして栄養補給をすると、何故だか身体が沈んでいく。『ああそうだ。いつもダイビングをしているときのBC(浮き沈み自在のジャケット)を着て浮いている感覚であったので、気持ちと行動を切り替えなくては・・・』。
 次の補給ではクロールの格好。身体を水平にして摂った。何故なら恥ずかしい話だが、私は立ち泳ぎ(巻き足、あおり足など)が出来ない。だからいつもいろんな格好をして補給を摂っているのである。
 淡島には9時58分。1st legを3時間48分で泳いだ。4時間を切ったので、なかなか良い出来ではあった。桟橋では釣客がおり、キンは嬉しくてたまらない。見てくれているだけで良いのである。

     6. 怖さと恥ずかしさと

 そしてまた大瀬へと目指す。と、気のせいか、淡島の方がクラゲがたくさんいるように思う。クラゲが私の横を“スーッ”と通り過ぎるときは“ドキッ”とし、コーチも船上から指を指している。『温暖化のせいでクラゲも成長したのか?』、今でも眼に焼きついている。
 海水のゴミが一段と増え、赤潮に入り、何回となく沈んだプランクトンの白い死骸の中を通過する。あまりにも多いクラゲの量と種類。赤潮の汚さ。白い粉でも降ってきたようなプランクトンの死骸に、「前が見えん~!」と私は叫び、泳ぎ出す。
P42200862 再び白い粉。もう怖くて、怖くて
キン「怖い、怖い。こんなに汚い海、危ないよ。泳ぎたいけど前も見えない!」
菊地さん「大丈夫! 赤潮だから!」
キンは意味がわからない。『赤潮だから大丈夫?』。
 時折、石井コーチも菊地さんもわからないことを言う。「“4、4、3”と“3、3、4”」だとか、「赤潮だから大丈夫」だとか・・・。いちおう「周りが白くてクラゲが見えなくて怖いんだけど・・・」とキンの気持ちは伝えてある。しかし菊地さんもコーチも何も気にしていない様子である。
 だが船上から見ているコーチが、クラゲがキンの近くを通るときはいつも教えてくれる。
 1st legは向かい風。2nd legはきっと追い風でキンを押してくれ、楽チンで泳げるだろうと期待しながら「遠泳中」の旗を見る。またもや向かい風じゃないか! 運が悪い。絶えず私はクラゲと旗をにらめっこしていた。
 「2nd legは4時間」とコーチは言っていた。案の定4時間05分、14時03分に大瀬に到着。“4、4、3”の4、4まではほぼ一致している。これなら3rd legも3時間で泳げるのだろうか?
 大瀬崎ではドライスーツを着た女性が立っており、丘についた私を拍手で迎えてくれた。“ハァー、ハァー、ハァー”と息をきりながら私は頭を下げる。やはり誰かかんか見ていてくれるのは、キン、嬉しいなぁ~!!
 と、水着を見ると、ノビノビの水着は下へ、下へと下がっており、すぐに上へ、上へと持ち上げた。手にラノリンが付いたのは言うまでもないが、太ももで拭っておいた。
 さああと残りの3rd leg。もちろん追い潮、追い波であった。やっと念願がかない、私は“スー、スー”と波に乗りながら泳いで行った。『気持ちが良い! これならコーチの予言、“3時間”が切れそうだ』。だが、そう上手くはいかない。淡島まで残りわずかで三角波に変わり、風向きも変わり、必死で泳がなければならなくなった。
 17時36分。コーチの予言よりちょっと遅れた3時間33分で淡島に到着した。まあキン自身の疲労と最後の風の影響がなければ、ほとんどコーチの予言が当たっている。不思議だ。
 淡島のホテルのレストランで食事をされている方、外で写真撮影している方に見守られ、大潮の満潮で満ちていた時間も重なって、丘に上がり、手を上げ、無事に私は3-wayを完泳することが出来た。良かった。
 いつものように船に戻り、梯子に摑まって船に上がる。するとまたもや水着がずれ、胸が、乳首が見えそうであった。
キン「コーチ、コーチ、オッパイが見えちゃう!」
石井コーチ「おお、おお、今すぐに服を着させてやるぞ!」
船の中は大爆笑の渦である。
 こうしていつもの検査着を着させてもらったが、もう伸びた水着はこりごりだ。明日は初めて海に降ろす水着だから大丈夫だろう。『もう水もガバガバ入らない、良い条件で臨もう』と思った。

     7. 食事会

 いつもながら民宿「桂」のお風呂に入って、菊地さん宅の大ご馳走を頂きに伺う。お母さんはいつも、いつもキンが「疲れていないか?」、「お腹がすいていないか?」、-etc-と心配してくれ、細々と気配りのある料理を作ってくれている。いつも、いつもの親切に、私はたいへん感謝をしている。
P42100742 明日もあるので21時には終え、桂の部屋に戻った。
キン「コーチ、今日は疲れているしビールも飲んだから、栄養補給は明日の朝に作っていい?」
石井コーチ「いいよ。」
キン「じゃあ4時半に起きて作るね。」
石井コーチ「わかった。明日も残りの3-way、泳ぐんだぞ!」
 キンは何も返事は返さなかった。自信がなかったし、どうなるかわからない自分に言い表す言葉がなかったのである。
 この日の夜もビールは飲んでいるし、疲れているはずなので、すぐに寝付くはずなのだが、ちっとも眠れずに朝が来てしまったのである。

     8. 淡島~大瀬崎2日で6-way(約10km×6) 2nd DAY

  • 淡島~大瀬崎間3-way(約10km×3-way)
  • 日付: 2008年4月22日(火)
  • 場所: 静岡県沼津市三津淡島~同県同市大瀬崎(駿河湾)
  • 泳者: キンちゃん
  • 方法: 3-way solo swim
  • 記録: 10時間34分
          4th leg: 06:25 淡島 ⇒ 09:10 大瀬崎 2時間45分
          5th leg: 09:10 大瀬崎 ⇒ 12:27 淡島 3時間17分
              赤潮回避のため船にて移動
          6th leg: 12:34 淡島 ⇒ 17:06 大瀬崎 4時間32分
  • 天候: 晴れ
  • 気温: 16.5~22.9℃
  • 水温: 19.0~20.3℃
  • 波高: 0.5~1.0m
  • 風向・風速: 主に北西 0.0~7.6m/sec
  • 流向・流速: 主に西または東 0.0~0.5kn
  • ピッチ: 62~66回/min
  • 補給品: 炭水化物、果糖、お茶類(40分毎)
  • 海洋データ(内浦三津)大潮(月齢: 16.0)
          日出: 05:03   干潮: 00:04  0.68m
          日入: 18:22   満潮: 05:41  1.54m
          月出: 20:21   干潮: 12:19  0.13m
          月入: 05:31   満潮: 19:02  1.52m

     9. 二日目(2nd day)

P42200772 何も言わずに用意されている3本のポットと1本の電気ポット。民宿「桂」のご主人も手馴れたものだ。起床と同時に私は栄養補給作りに専念していった。コーチは船で食べる自分の食材を近所のコンビニに買いに行ったり、朝ごはんを食べたりで、なるべく自分のことをやってもらった。(コーチはのろいから!)
 朝ごはんを食べない私(泳いでいてトイレは困るので)は、補給品作りが終われば使い捨てカイロをその栄養補給品の容器、プラティパスに貼り(温めるため)、水着に着替えて、その上に洋服を着て、港に行く準備を淡々と済ませていく。
石井コーチ「キン、日焼け止めは塗らんのか?」
キン「あっ、忘れてた。」
石井コーチ「まあ無駄な抵抗だがな。」
 着ていた服を脱ぎ、全身に日焼け止めを塗っていく。特に顔は念入りに塗っておいた。
 港に朝6時集合。船のエンジンはもうかかっていた。
菊地さん「おはよう、美幸ちゃん、ぐっすり眠れたかい?」
キン「昨日も今日もぜんぜん寝てないよ。眠れなかった。」
菊地さん「そうか・・・」
 『あれ~、赤潮が一面、港の中まで入ってきているではないか』。昨日からの風で流されてきたみたいだ。それに昨日より範囲が広い。『またもやこんな汚いところで泳ぐのか!?』と、もう赤潮との対面も諦めに入っていた。なんだ~、かんだ~と言っても泳がないかんからだ。
石井コーチ「キンちゃん、今日は3、3、4だよ。」
キン「ねえ、どうしてわかるの? 何で最後が“4”だよ。何で大瀬から淡島(2nd leg)が“3”なの? 何で?」
石井コーチ「長年の経験からだよ。」
キン「フ~ン・・・、今日の方が昨日より予定時間が1時間少ないじゃん。疲れているのに・・・。それにしても赤潮だらけだなぁ~」

     10. 見方を変えれば

P42200842_2 6時26分、淡島から大瀬へ1st leg。
 3人の若い男性が散歩をしている。『待って~、行かないで~、私がスタートするまで見ててよ!』と心の中で叫ぶ。もう一人の桟橋を歩いていた男性は私と手を振り、束の間のコミュニケーションを楽しんでいた。
 今日の水着は“ビシッ”と身体にフィットし、快適に泳ぎ出した。『気のせいか?』、いいや、気のせいではない。“赤クラゲ3m”がうじゃうじゃと、そこらじゅうにいるのだ。それに赤潮、見たことのないクラゲ、ゴミみたいなブツブツ・・・。『これもだんだんに慣れてきた』と思うと、『この“ゴミ”って何かに似てるよなぁ~』と考え出した。『う~ん、何か夜空の星々に見えるよ。そう、ロタ島でいつも夜空を見上げていた満点の星に見えるよ。そう、これは海が空で、ゴミが星なんだ。スゴクきれい!』。このきれいな星を見ながら楽しみ、私は『きれいだ~、きれいだ~』とロタの空を思い浮かべている。
 ダイバーでもある私はいろいろな魚を見て楽しんでいる。『そうだ、ここは水族館なんだ。泳ぎながら私は海の観察をしているんだ。スゴイ! あすこにここに、ああ、いろんなクラゲがいる。贅沢だよな、私って・・・。こんな海、誰も見たことないよ。私しか・・・、今、泳いでいる私しかこの世界は見られないんだ。この貴重な時間を大切にしなくてはいけないんだ。何回も、何回も海を泳いでいる私だが、昨日といい、今日といい、こんなにリッチな条件で海を見たのは初めてだ。これが最後になるかもしれない。今、ここで“水族館”と“星空”を大切にしよう。』と、見方、考え方を変えると泳いでいるのが楽しくなってきた。
 赤潮の中を何回となく泳ぐが、それが頭にぶつかるたびに「きた、きた、きた」と、息を吸うときに横目で何色の海になっているか観察し、「やっぱり!」と納得し、昨日まで怖がっていた自分が“月とスッポン”に変身してしまったのである。たぶん昨日、「赤潮は大丈夫!」と言った菊地さんは、「クラゲに刺されればいい。死ぬことはない!」という意味かもしれない。そう思った途端、開き直りというか、「どんな状態に陥っても、泳がずにはいられない!」と、改めて泳ぐ気になったのだと思う。
 『きっと水中カメラでこの海の中を撮影したら、一生の思い出になるだろうなぁ~。誰もこんなにいろいろな種類のクラゲ、撮れないだろうなぁ~。想像できないだろうなぁ~。』と、みんなにも写真でも撮って見せてあげたかった。今までここ、淡島~大瀬崎間を泳いで、初めての経験をしたからである。
 そんなことばかり考えていたら、“アッ”という間の2時間45分で大瀬に着いてしまった。
 ここも赤潮だらけで丘から見ているダイバーは、『よくこんな汚い海で泳いでいるなぁ~』と思っているに違いない。が、キンは『こういう海でこそ潜っていろんなモノ(赤潮だからこそ見られる生物)に触れた方が良いのではないかなぁ~』と思った。

     11. 友達

P4220087_2 9時10分、石井コーチの予言、「3、3、4」の2nd leg、“3時間”を半信半疑で淡島目指して泳ぎ出す。
 そういえば昨日、アリソンからメールがあった。アリソンはイギリスに住む女性スイマー。ドーバーは3-wayを1回、2-wayなら3回、1-wayは34回と合計43回も泳いで渡っており、「世界で最も多くドーバーを泳いで渡った人」としてギネスブックにも出ており、時のエリザベス女王からも“MBE”という称号をもらっている。ドーバー泳の“チャンピオン”であり“女王”なのだ。
 そんな彼女も昨年はドーバー泳のサポート船の免許を取った。そして今年から試験的にサポート船の船長をする。今年私はドーバーを2回泳ぐ予定で、1回目はいつものニール(アリソンの弟)、2回目はアリソンに頼んだ。そんなこんなでアリソンとはメル友になっている。何だか「世界のアリソンと友達」というだけで嬉しい。
 そんなアリソンに石井コーチは船上からケータイで写真を撮り、「今、ミユキは2日で6-way、つまり2日で60km泳に挑戦している。」と写メールで送った。すると直ちに返事が来た。「グレイト!!」と。
 昨晩の食事会のとき、石井コーチは菊地さんや私にその写メールの写真をお披露目してくれた。
キン「この写真、(水着がずれているので)オッパイ見えとるじゃん!」
石井コーチ「えええ、そんなことないよ!」
菊地さん「どれどれ。フ~ン・・・、見えとると言えば見えとるかな?」
大爆笑の中でキンは「まったくもう~!!」と怒っている。でもアリソンから応援メールが来てくれたことは、素直に嬉しかった。
 いずれにせよ今の時代はリアルタイムで写真やメールのやり取りが出来る。船の上からケータイでイギリスまでメールのやり取りが出来てしまうのである。まったく便利な時代になったものである。
 また去年ドーバーで友達になったドイツ人女性チャネルスイマー、マギーットからメールが来る。彼女は今年、スイスのチューリッヒで行われるオープンウォータースイムレースに参加するそうで、ドーバーは泳がない。が、私に会いにドーバーまで来てくれる。今年泳ぐ私に応援をしてくれるために、わざわざ彼女の住むベルリンからやって来てくれるのだ。
 ドーバーを泳ぐようになって、世界中に友達が出来た。それも“メール”という便利な道具のお蔭だ。

     12. 葛藤

P42201012 朝、泳ぎ始めてそろそろ5時間が経過する。昨日の3-wayの疲れがボクサーで言う“ボディブロー”のように、徐々に、徐々に効いてくる。だんだん疲れてくると、ちょっと前までスランプだったときの“弱気な自分”が現れる。補給も前は見ず、後ろを向いたり潜ったりして摂っている。
 「肩が痛い!」、「肩なんか痛くない!」。「寒い!」、「寒くなんかない!」。この堂々巡りを繰り返す。そして「これからもこの堂々巡りを繰り返すのか!?」と気が滅入ってくる。
 『高橋コーチが言っていたじゃないか、“次はないと思え!”と。そうだよ、私は何しにきたんだ。泳ぎに来たんだ。泳ぎをやめるためじゃない。自分のために来たんだ。失敗は許されない!』と、何回も何回も繰り返し、石井コーチや菊地さんの顔を見る。『みんな一生懸命なんだ。頑張るよ!』、気を取り直し、また泳ぐ。
石井コーチ「淡島のホテルの前は赤潮がひどいので、桟橋の右の方で折り返す!」
 “ハッ”と気が付くと淡島は目の前だった。石井コーチの声を聞いてはいたが、耳栓をしている私は何となく「わかった」と言い、何となく指示された方向へ泳ぐ。
 それにしてもこんなに早く淡島に着くなんて思ってもみなかった。コーチは「3時間」と言っていたが、3時間17分で折り返し。まあまあの出来かな?

     13. クラゲとキッス

 それからは赤潮がひどいため船に乗り、帯状の赤潮の切れ目がある方向へ船は走り、そこからのスタートとなった。12時34分、大瀬崎へと泳ぎ出す。
 プランクトンの死骸シャワーが幾度となく押し寄せる。風も潮も“向かい風”、“向かい潮”に代わっていた。
 「ギャーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
大声で叫び、止まる。
 「大きな、大きな傘がぁ~~~~~~」
全長3m以上はある赤クラゲの頭が私の泳いでいる真ん中を通過する。
菊地さん「頭の前を泳げば良い!」
キン「わかっているけど怖い!」
赤クラゲが通過するのを私は待つ。待てども、待てども3mの長~い、長~い足のフィニッシュにたどり着くのはかなりの時間がかかった。
P4220110_2 『さっき言われたように、傘の前を泳いでいれば良かったよ!』
そう、目に見えている足は良いが、最後の方の足は最終的にわかりにくいのである。『あんなのにやられたら死んじゃうよ!』
 観察していると小魚がその赤クラゲの長い足にまとわりついて泳いでいる。他の魚に食べられないようにするための知恵(?)だが、『クマノミもそうだったよなぁ~』と改めて納得し、再び泳ぎ出す。
 『まだまだ未熟?』、赤クラゲが近くに来ると、ドキドキして『来るな、来るな』と『まだまだ友達にはなれない』と思う。
 糸クラゲには何回となく刺されている。この“刺され”にはかなり慣れたが、唇にキスされたのはまいったなぁ~。刺したクラゲを直接素手で取る。これはその手にクラゲの触手が触ることになるので、その手も刺されることになる。つまり直接クラゲに触ったり幹部をなでたりしない方が良い。“ヒリヒリ”がひどくなる。あるいは“ヒリヒリ”が広がるだけだからだ。だから私はいつもほかって(ほおって)泳いでいるが、唇にはちょっと不便さを感じ、ドーバーでやってはいけないことだが、船に近寄り、
キン「コーチ、コーチ、唇にクラゲがついたぁ~!」
石井コーチ「ちょっと待っとれ、今タオルを探すから!」
キン「早く、早くぅ~! 痛~い!!」
コーチはタオルが見つからず、ティッシュで私の唇を拭いてくれた。ようやくクラゲが唇から離れたのである。
 あっ、だからかぁ~? 今、私の唇が腫れているんだ!

     14. こんだけ~!?

P42201212 頭の中は石井コーチの予言、“6th legは4時間”がインプットされている。向い波、向かい潮の中、一生懸命泳いでいる。気を抜こうものならせっかく泳いだ分、後ろへと流されてしまう。
 毎回、淡島を見ながら補給もする。2時間泳いだときの補給で、船の合間から“チラ”っと左の風景に目をやると、「ええ~、まだここ~!?」。ここはいつも1時間泳いだときに見る風景であった。目を疑う。『でも淡島も近くに見えるよなぁ~』、『こんなに一生懸命泳いで、2時間でこんだけ~!?』
 気が滅入ってきた。計算する。『あと6時間はかかるのか?』
 頭を切り替える。『あと2時間泳いで何処まで行けるか?』
と考えていたら、風向きで船の位置が私の左から右へ。景色が見やすくなったのである。
『本当だ。ちっとも景色が変わらない。進んでいないのだ。いや、ほんの少ししか進んでいない』
また弱い自分が出てきてしまう。
『美幸、昨日といい今日といい、今度のドーバーのシミュレーションをしているんだぞ。今日泳がないと、7月の計画なんて泳げないぞ! 昨日アリソンから“今、海練習で60km泳いでいる”というメールの返事で、“グレイト!”って言葉が返ってきたじゃないか!』と、自分自身を叱咤激励する。
『今、ニールとアリソンが船に乗って、キンを見とるぞ。ガンバレ!!』、『マギーットが応援しとる!』と、考え方を前向きに変えていった。
 一生懸命、一生懸命泳ぐ。今日で2日目、最後の6th leg。『よくこんなにも力が残っているな!』と自分を褒める。と、気のせいか、景色がだんだん、だんだん速く変わっていった。すると
石井コーチ「あと1,000(m)!」
『ええ、信じられない。良かった!!』、『もう少しで着く』。そう思うとまたもや力が入り、残り最後に悔いが無いように泳いで行った。
 こうしてコーチの予言した“4時間”とは「当たらずとも遠からず」の4時間32分でゴールしたのである。
 大瀬では私のゴールをダイバーがビデオで撮っていた。またもや私は手を振り、今度はコーチや菊地さんが待つ船へと泳いで行った。そして船に上がると菊地さんの操舵室の後ろへ行って、港に帰る船の風を避け、寒さをしのいだ。
石井コーチ「キン、長靴履くか?」
キン「いい、暖かいから!」
 そう、昨日より私は寒さを感じてはいない。船に上がってもだんだんと着ていく、履いていくものが変わっていく。季節を感じ始めたのだ。

     15. いろいろな意味

P42201302 終わってホッとしたのだろうか、私は涙を浮かべている。最近は“嬉し泣き”もするようになったキンであった。
キン「コーチ、良かったよ。本当、最後の6th legが向い波、向い風で。自分の力がどこまで出せられたか、わかったような気がする。そりゃ誰だって“追い波、追い風”の方が良いに決まっている。でもそれじゃ楽すぎて自分のためにならんもん。良かったよ。」
 とにかく6th legは途中から「6時間かかる」と覚悟を決め、それから泳ぎながらいろんなことを考え、“自然”というものを垣間見た気がした。一生懸命泳いで良かった。また、ここまで泳ぐことが出来た自分を発見出来て良かった。
キン「すんなり泳げたら、こんなこと感じることは出来なかったもん。良かったよ。」
と、素直にコーチに感謝した。
 ここにきてようやく石井コーチのこだわる“継続する”の意味がわかった気がした。1st legから6th legまで継続する。これが私の考えていたプランなら、1st legから3rd legまでの2回を泳ぐことになる。おそらくこの方が早く楽に終わっていたような気がするが、それでは本来の目標としている私の“ドーバー2-way”ではないのだ。
 時折、コーチはわからないことを言う。例えば「2+2=4、これは合っているね。それでは2×2=4、これも合っている・・・かな?」、「足し算と掛け算の違いだが、足し算はどうしても答えは“4”になる。しかし掛け算は“2の二乗”が正しい答えだと思う。」と言う。
 どうもよくわからないのでさらに聞くと、「なら2m+2m=4m、これ、わかるね? ならば2m×2m=? 答えは4平方m。つまり足し算は“長さ”を表しているが、掛け算は“面積”を表しているんだ。だから意味が違う。わかる?」、どうも私にはわかったような、わからないような・・・、でも今回でわかったような気もしているが、要は今回も掛け算ではなく、足し算の方式で泳がせたかったようだ。実はその“足し算方式”も“掛け算方式”も本当は私にもよくわからないが、結果的に私は「良かった」と思っていることは事実だ。だからきっと良い方法なのだと思う。
 “4、4、3”と“3、3、4”の予言もわからなかったが、結果的にはとても類似している。そんなことをいとも簡単にやってのけるコーチだが、実はけっこう単純である。
石井コーチ「まあだいたいオレの言った時間に合っているでしょ!」
キン「スゴイねぇ~!」
 コーチのデカイ身体が一段と胸を張って、態度までデカクなっていく。
 『さすがだよ、このコーチ』、キンはまたもや見直した。
 そうこうしながら赤潮の海を、船は港へと進んで行った。

     16. みんなに感謝

P42201502 夜はいつものように盛り上がる。菊地さんのお話が私は好きである。本当の子供のように私を可愛がってくれて、真剣に遠泳について考え、アドバイスをしてくれる。
菊地さん「美幸ちゃん、夜、眠りながら泳ぐのもわかるが、もう少し泳ぎに興味を持ちながら泳いだらどうだい。人間、好きなことであれば夜中の何時でも夢中になって遊び、眠くはならない。そういう気持ちに泳ぎを持っていけば、眠くもならないんじゃないかい?」
菊地さん「今度、夜間泳をやろう。寝たらいかんぞ。オレもがんばる。だから美幸ちゃんも頑張りなさい。」
 こんな言葉、いったい誰が言ってくれるだろう。真剣に私のことを考え、応援してくれている。
キン「寝ないよう私も頑張って日々の生活から気をつけ、生活パターンを変えていきますので、どうぞ宜しくお願いします。」
P42201692 コーチも大喜びである。
 こんなに良い船頭さん、お母さん、コーチに囲まれ、菌も負けずに泳ぎます。それにここまで来られた私の環境。これらすべての方々に感謝します。
 ありがとうございました!
 今回はいろんな場面があり、今思えば懐かしく、もう一度、海で泳ぎたい。何が起きるかわからない。何を感じさせてくれるのかわからない海。いろんな経験をさせてくれる海。キンはガンバルヨ。みんな見ててね。

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