「キンちゃんが行く」Vol.17
- 淡島~大瀬崎間3-way(約10km×3-way)
- 日付: 2008年3月31日(月)小潮
- 場所: 静岡県沼津市三津淡島~同県同市大瀬崎(駿河湾)
- 泳者: キンちゃん
- 方法: 3-way solo swim
- 記録: 10時間36分
1st leg: 06:32 淡島 ⇒ 09:16 大瀬崎 2時間44分
2nd leg: 09:16 大瀬崎 ⇒ 13:41 淡島 4時間25分
3rd leg: 13:41 淡島 ⇒ 17:08 大瀬崎 3時間27分 - 天候: 雨時々曇り
- 気温: 7.2~10.4℃
- 水温: 16.0~16.8℃
- 波高: 0.5~1.0m
- 風向・風速: 主に東南 2.1~7.4m/sec
- 流向・流速: 主に西 0.0~0.5kn
- ピッチ: 63~67回/min
- 補給品: 炭水化物+果糖+お茶類=300ml(40分毎)
2. 「猫の手隊」の助け
和菓子屋である我社「(有)フジタヤ」にとって、3月は繁盛期である。まずお雛祭りに始まり、お彼岸、お花見と多忙な日々が続く。まあ前回の海練習はそのお雛祭りとお彼岸の隙間に入れたのだが、ここのところ続いているスランプの絶頂期であったのかもしれない。途中で泳ぐ気力がなくなり、リタイヤで終わったのである。とにかく私にとって“死ぬの生きるの”とまではいかないが、遠泳を“やめるか続けるか”の瀬戸際まできていた。そのリタイヤの反省もあるし、「このままではいけない」、「極力早いうちにリベンジを」と考えていた。しかし仕事が・・・。シェイクスピアの「ハムレット」にある名台詞、"To be, or not to be, that is the question." (生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ)に近い、“To do, or not to do, that is the question.”(やるべきか、やらざるべきか、それが問題だ)状態になっていた。
仕事は猫の手も借りたいほどの多忙を極めていた。繁盛期の助っ人である「猫の手隊」のパートさんたちには全員召集させて、この難局を乗り切ろうとしている。その中での外出は後ろ髪を引かれる思いがある。しかし3月も終わりに近付くと、この多忙な出口も見えてくる。猫の手隊の皆さんもすでに軌道に乗り、リズム良く順調に仕事をこなしてくれている。そこで思い切り私のワガママを聞いてもらうことにした。
3月30日は朝からお墓掃除、岡崎公園への「ジャンボ花見団子」の配達もあり、それを終えてから三島に向うことにした。
ちなみに「ジャンボ花見団子」でネット検索していただきたい。そこに出てくる写真などは、ほとんどが当社「(有)フジタヤ」の人気売れ筋商品である。まあジャンボ花見団子を作っている会社は当社フジタヤと他にもう一社あるが、他社は1本1,500円に対し、当社は1本1,000円で販売している。普通の花見団子12本分の大きさがあり、以前は嘘かホントかは知らないが「ボブ・サップも食べた!」などと書いてあった。今は「ホワイトデイの少し遅れたお返しに」と書いてある。また何処かのホームページには「最近“メガ”という言葉が流行しているが、ジャンボ花見団子は“メガ”が流行る前から“メガ級”の大きさだ」と書いてあった。とにかく“デカイ”ので一見する価値はある。是非、写真だけでもご覧いただいて、話の種にでも買っていただければ幸いである。ただ季節商品なので今は作ってない。欲しい方にはお知らせいただければ配送もするが、来年の花見のシーズンまでお待ちいただかなければならない。
このくらいコマーシャルをすれば、私のワガママも勘弁してくれるかな??
最寄りの新幹線の駅、三河安城までは、当然、会社の人が送ってくれるわけがない。しかしたまたま日曜日だったためか、義弟のI 君(キンも入っている地元のスイミングクラブ「安城マスターズ」では、いつもレースに出ては金や銀のメダルを取り、種目はフリー。毎週日曜日のマスターズ練習には、休んだことがない。しかも最近はブレストにも挑戦している。)が子供たちを連れて我が家に遊びに来ていた。ちょうど子供達は新幹線を見たがっていたのが幸いした。I 君と甥や姪たちとで三河安城まで送ってもらうことにした。
12時30分くらいから天気予報どおりに雨がパラパラ降ってきた。風が吹き、半袖では寒いが、甥や姪たちは新幹線が通るたびに黄色い線まで行き、覗いていた。こうやって海練習に出掛けるのに、見送られるのは初めてかもしれない。
新幹線の中では日曜日か、春休みか、子供連れの家族で賑わっていた。しかし私は多忙の疲れが出たのか、ウトウトと眠ってしまった。
気がつくとすでに新富士。いけない、いけない、三島を通り越してしまう。
石井コーチはすでにクルマで来ていて三島駅のホームで待っていた。
石井コーチ「メールをしても、ちっとも返ってこん!」
キン「ゴメン、ゴメン、寝とった」
石井コーチ「ホントにも~!」
キン「お昼、食べた?」
石井コーチ「まだ」
キン「私も。ウナギが食べたい!」
ということで、三島では有名な“行列が出来る老舗の鰻屋さん”元祖「うなよし」に連れて行ってもらい、グルメなキンは特上鰻丼と肝焼きを食べ、肝吸いを飲んで明日の3-wayへの体調を整えた。
3. 夢か幻か現実か
いつもの民宿「桂」に到着。船頭さんの菊地さん宅へ挨拶がてら明日の打ち合わせに行く。それからお風呂、夕食、栄養補給品作りへと続いていく。最近、私の味付けは「お~いお茶」と「紅茶」の2種類まで的は絞られてきた。その補給品に使い捨てカイロを貼って加温する。ところが最近、石井コーチが用意したカイロは安物で、“温まりにくい”、“破れやすい”の欠点があった。いつもなら栄養補給の容器「プラティパス」1つに、カイロ2枚でサンドするのだが、石井コーチは4枚も貼り付けていた。
キン「もったいないから2枚でいいよ!」
と言うのに、断固としてコーチは4枚ずつ貼り付けていた。
キン「も~!」
と私は怒っている。怒りながらもカイロの接着面のテープを剥がしていた。
10時間分(15個)の栄養補給を作るのに、1時間は掛かってしまう。
石井コーチ「料理と一緒で時間をかけて、心を込めれば美味しい栄養補給品が出来るでしょ!」
と言う。確かに同じ材料なのに、石井コーチが作ってくれたもの方が私のものよりダンゼン美味しいのである。(ヨイショ、ドッコイショ!)
19時30分に寝た。何故か夢を見た。津軽海峡の横断泳をするときにお世話になっている船頭さんの安宅さんと、会社の猫の手隊隊員1名が港に船を着岸させ遠泳の迎えに来てくれたのである。しかし朝方で暗く、石井コーチは足を踏み外して海に落ちてしまい、泳ぎながら船に乗ったのだが・・・。
そう、この夢を見て思い出した。3年位前か、初島~熱海2-wayを泳いだあとのこと、初島の船頭さん、田中さんの食堂(めがね丸)でご飯を食べていた。このとき石井コーチは「船に忘れ物をした!」と言って、夜、寒くて暗い中、取りに行ったのである。ところがちっとも帰ってこない。痺れを切らした田中さんと私見に行くと、この寒く、暗い港の中で誰かが泳いでいる。「まさか・・・」と思いながらも見に行くと、やはり石井コーチであった。
船に乗り移ろうと港の岸壁から船に足をかけると、船が“スーッ”と岸から離れたらしい。そこで足の短い(?)石井コーチはその場で落水。冬だったのでバカナガ(腰まである長靴)を履いていて、その中に海水が入り、泳ぐのに難儀をしたらしい。今、思えば笑い話である。
が、どうして安宅さんが夢に出てきたのだろうか? わからないが、たぶん「頑張れ!」と応援に来てくれたのだろう。そう、3-wayなんて何回も泳いでいるのに、私は不安でいっぱいだからである。
4. リベンジ
朝6時に出港。さすがに“嵐を呼ぶ女(私)”、朝から雨、雨、雨。泳ぐ私は雨でも構わないが、船上の菊地さんや石井コーチは「冷たいだろうなぁ~」と思う。淡島までのキンの服装はスイミングコートの上にポンチョをはおり、長靴を履いてニット帽を被っている。まあ暖かい服装だが菊池さんたちは操船や記録取りなどの作業があるため、これほど厚着はしていない。
雨なので今回はビデオもデジカメもクルマの中に置いてきた。石井コーチのケータイカメラで雨から隠れるように撮影してくれたが、リベンジの私の姿をもっとちゃんと撮ってもらいたかった・・・。が、仕方ない。
淡島ホテルには家族連れや夫婦など、3つの部屋から私のスタート風景を見てくれていた。いつもいる桟橋の釣客は、雨のせいか一人もいない。
船から海水を触ると気温が7.2℃と低いせいか、生温く感じる。菊地さんも「だいぶ温かくなったよ」と教えてくれるが、キンはあえて水温は聞かなかった。聞けばまた頭の中でゴチャゴチャ考えてしまうからだ。しかし船の梯子から海に下りると私の体感水温計は“16℃”を指していた。おそらく本物の水温計と私の体感水温計の誤差は±1℃未満であろう。
岸へ泳いで行くとやけに海草が多い。掻き分け、掻き分け泳いで行ったよ。そして岸に上がると船の方に振り返り、胸を張って右手を上げたよ。すると石井コーチから“○(丸)”のサインが出て泳ぎだしたんだ。
6時32分、天候は雨。少しだけホテルから「誰か見てくれている人はいないかな?」とチラチラ見ながらね。だって誰かにキンを見ていて欲しいもん。
泳ぎ始めたのはいいが、「ええ~、何これ~。クラゲの大群さんいらっしゃ~い状態じゃん!」。雨天のため海の中は暗く、クラゲが見難いには見難いが、たぶんかなりの量で固まっている。こういうのはかえって見えない方が良いので雨天に感謝をしたが、“ツルッ! ピッ! ツルッ! ピッ!”の連続。「何でこの時期にもうはい(ものすごく)クラゲがいるの?」信じられない。昨年はこんなことなかったよ。それに前回(3月11日)は水温が14℃。「2℃も上がるなんて、どうなっているのかなぁ~?」と、そんなことを気にしながら泳いでいた。
時折赤クラゲが私の腿の横を通り過ぎる・・・。「ギャー!」と叫んだせいか、刺されはしなかった。「良かった。いつ現れたんだろう? 下ばかり気にしていたからか? ちっとも気付かなかったなぁ~」。
カモメが私の泳いでいる上空をグルグルと回りながら飛んでいる。息継ぎをしながら私も「今、あそこだ!」、「今度はここか?」とカモメと遊んでいた。きっとバチャバチャ泳いでいる私を「餌なのか?」、「何なのか?」と不思議そうに見ていたに違いない。それにしてもクラゲが多過ぎる!
大瀬崎の折り返しが9時16分。1st legが2時間44分。まあまあの出来かな。いつも“2時間30分を切ろう”と心掛けているのだが・・・。
「ああ、これから3時間44分以上は必ず掛かる。向い潮だし、向かい波。仕方がない」と、頭の中の設定時間を“2nd legは4時間”に切り替える。それにもう前は見ない。栄養補給もわざと後ろを向いて摂った。足が痛くなりそうなときは泳ぎを少し変えた。すると痛くなりそうな気配が遠退いた。
大瀬崎ではイワシの稚魚(ヒコイワシ)の大群に出くわした。キラキラ光ってとてもきれい。その中を私は泳いでいるのだ。その大群が通り過ぎるまで、1分くらいは掛かったであろう。
船を見れば石井コーチが、カップラーメンを食べている。これで4つ目だ。種類も何を食べているか、私は泳ぎながらチェックをしているのである。そう、用意したサンドイッチをクルマに置いてきちゃったんだもんなぁ~。でもこの雨の中、よく食べるなぁ~。大波の中でも雨の中でもよく食べる。毎回コーチの食べる姿を見るやいなや、そう思っていたよ。それにしても雨降りの中で船に乗っている人たちはたいへんだよなぁ~。でもこういう経験がないよりも、少しはあった方が人間、強くなると思う。
相変わらず時折、足が痛くなりそうになるが、臀部を少し持ち上げ気味に泳ぐと痛くなりそうな気配が遠退く。そればかりか力も抜ける感じがして調子が良い。知らないうち(?)、いや長かった。2nd legの淡島までは、4時間25分も掛かったのである。1st legと比較すると、1時間45分も余計に掛かった。「小潮での向い潮、向かい波の影響は大きいなぁ~」と思ったのである。
淡島の折り返し。やはり雨降りで釣客も居ないし、ホテルから見てくれる人もおらず、何回も周りを見ながら泳ぎ始めた。3rd leg、だいたい3時間が目安である。
時折、船が先に行ってしまう。「どうしてだろう? いつも真横につけてくれるのに・・・、おかしいなぁ~。菊地さんは3時間を切ろうとしているのか?」必死で私はついて行く。あとから聞くと、少しピッチが弱まったため、“頑張れ!”の意味で速度を少し上げたらしい。
津軽を泳いでいたときもそんな場面があったなぁ~・・・。そう、早く別な海流に乗せないと、太平洋まで流されてしまうので、船の速度が上がったんだ。まあ自然が相手、いろいろな条件の中で泳者は泳ぐのだ。それに順応できる泳者が“完泳”の文字をつかむことが出来る。
そう思っていると今まで雨天だった天候が一変して晴れてきた。まさに大瀬に着く20分くらい前である。遠くには富士山も真っ白な姿できれいに見えて、それはあたかも今までスランプの中でもがき苦しんだ私の、「スランプ」と呼ぶ名の雲が去り、晴れ渡る日差しが眩しく新たな出発への迎光のように思えた。
3rd legは3時間の予定が3時間27分も掛かってしまった。3-way合計でも10時間の予定が10時間36分も掛かった。しかし今は完泳出来た喜びの方が大きい。久しぶりの成功に船に上がれば
菊地さん「美幸ちゃん、よく頑張ったね!」
石井コーチ「キン、よく泳いだじゃないか! オレは心配で、心配でたまらなかったぞ!」
と喜んでくれた。
失敗するとみんなで悲しみ、成功すればみんなで喜ぶ。そう、みんなの心が一致団結したんだ。誰もリタイヤなんかしていない。みんなの愛に囲まれ遠泳が出来て、私は幸福者だよ。
今回は栄養補給のとき、私は一言もおしゃべりはしていない。スゴク真面目に3-wayを泳ぐことが出来た。
大瀬ではダイバーが数人、私の方を見ていたが、それすら祝福してくれているように感じたほどだった。
5. 渡る世間に奇遇有り
ドーバーを目指すようになって私は耐寒能力を上げるため、身体を太らせた。今では身長150cmに体重60kg。まさに「チビデブちゃん」になったのだ。そこでそれまでの服は全て着られなくなった。まったく不経済な身体に変身してしまったわけだが、着るのがきつくなったのは服ばかりではない。ダイビング用のウェットスーツがきついのだ。そこで最近は主人のウェットスーツを借りてダイビングに行くのだが・・・、花見(繁盛期)が終わる4月の第1か第2日曜から、次の繁盛期、5月のゴールデンウィーク直前まで、その間を狙って主人とサイパンにダイビングに行くことになった。(もちろん「海練習」の予定も入れてあるが)、つまり主人のウェットスーツを借りるわけにはいかなくなったのだ。そこで私のウェットスーツを新調することになった。
刈谷(愛知県)にある“ソットマリノ”と呼ぶダイビングショップへウェットスーツを作りに行ったら、色は黒いしジャージで行ったものだから、
店員「何かスポーツでもしていらっしゃるんですか?」
キン「海を泳いでいます。」
携帯の待ち受け画面に写っている、白い富士山をバックにして私が泳いでいる写真を見せ、
キン「淡島から大瀬崎の間をよく泳いでいるよ。」
店員「あああああ、見たことあるぅ~!!! 丘から船が来たので見ていたら、隣で泳いでいる人がいたぁ~!!!」
世間は狭い。やはりダイビングスポットの大瀬崎、地元のダイビングショップの方々に私は見られていたのである。
いずれにせよ今回のチャレンジは3-wayを結果として成功で終わらせた訳だが、まだまだドーバーの2-wayに向っては多くの問題が山積している。しかし一応はこの長かったスランプを脱出出来たとように思う。その間、前回のような非常に悔しい思いをし、多くの涙を流し、長く苦しい思いをたくさん重ねてきた。そこには石井コーチや菊地さんご夫婦のご協力がある。励まされ、ご厄介になりながらここまで来た。そしてそのバックでは家族、猫の手隊の面々の暖かい温もりや支えがある。そればかりではない。多くの友達に励まされ、会社の仲間からも支えがあった。こういった方々みんなに私は感謝している。
やはり遠泳は一人では出来ない。それに今までが苦しかったからこそ、こうして私は笑顔でペンを握ることが出来ている。
普通「一歩一歩進む」と言うが、私の場合は「10分の1歩、100分の1歩、1,000分の1歩」くらいしか進めない。非常に進みがのろいのだ。それでも諦めず応援してくれる皆さんに感謝。お蔭で立ち直ることが出来ました。ありがとうございました。
| 固定リンク
「スポーツ」カテゴリの記事
- 「オープンウォータースイマー “湘南の主”も行く」(2008.05.16)
- 「キンちゃんが行く」Vol.18(2008.05.11)
- 津軽旅情(2008.04.30)
- 「キンちゃんが行く」Vol.17(2008.04.24)
- 「キンちゃんが行く」Vol.16(2008.04.10)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/191997/40980146
この記事へのトラックバック一覧です: 「キンちゃんが行く」Vol.17:


コメント