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わくわく、どきどき、台風の目。

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2008年2月の記事

「キンちゃんが行く」Vol.15

   1. アイランドスイム1-way(約22.5km)

  • 日付: 2008年2月11日(月)
  • 場所: 神奈川県三浦市三崎町城ヶ島~同県藤沢市片瀬西浜(相模湾)
  • 泳者: キンちゃん
  • 方法: 1-way solo swim
  • 記録: 6時間30分 葉山沖にてリタイヤ
  • 天候: 晴れ
  • 気温: 2.0~9.1℃
  • 水温: 13.5~14.2℃
  • 波高: 1.0~1.5m
  • 風向・風速: 主に北東 2.4~7.2m/sec
  • 流向・流速: 不明
  • ピッチ: 65~68回/min
  • 補給品: 炭水化物、果糖、お茶類

   2. 出船

 今回は城ヶ島⇒江ノ島1-wayの予定で石井コーチが計画を立ててくれた。
 船頭さんは初体験で「松本さん」と言う。
P21100012 2月10日、16時30分頃、松本さんの所属する鎌倉市の腰越漁協に行き、顔合わせと共に打ち合わせ。パッと見、松本さんは優しそうな方だった。そしてこのとき眞壁さんから電話が入り、明日、一緒に船に乗ってもらえることを知り、会える喜びと、「もう一人船から見てくれるんだ!」という嬉しさで、私の泳ぐ意欲は増していった。
 打ち合わせは集合時間やクルマの置く場所、その他簡単なコース取りなどの確認程度で素早く終えて、別れた。翌日は5時30分に集合だから、早く夕食を取って、早く就寝するためである。
 睡眠薬(?)のビールと夕食を取ると、満腹に張ったお腹はすぐに瞼(まぶた)を弛ませ、19時にはお布団の中に潜った。栄養補給作りは明日の朝にしよう・・・。
 2月11日(月:建国記念の日)は4時に起床。「お~いお茶」味と「紅茶」味の栄養補給品を15個作り、使い捨てカイロをベタベタ貼り、保温バッグに収納する。大小2つの水筒には熱湯をタップリと入れ(これはコーチたちがカップ麺を食べるとき用)、準備は万端整った。
 バタバタとはしたが、石井コーチが持ってきてくれた電気ポットが大活躍。おかげで集合時間の5分前には腰越漁港には着いていた。ほぼ同時に松本さんも到着し、荷物を船に運んだ。その直後、眞壁さんも到着。6時16分に、今回の伴走船「寿丸」は城ヶ島に向って出港した。
 港内はこれから出ようとする釣船がたくさん。私たちが荷物を運んでいるときも、釣師たちがひっきりなしに港内を歩いていた。「コーチ、こんなに船がたくさんあるよ。私、こんなの見たことがないから写真撮っておいて!」と頼んだら、「アホ~、こんな暗いところで撮ったって、フラッシュが届くわけないだろう!」と言われてしまった。

   3. 寒さと冷たさと

 港内では気温1℃、水温11℃。“マジィ~?”と思いながら船は港を出て行く。操舵室にはいくつかのディスプレイがあり、その中の「魚探GPS」の画面にある温度計の数字を私はチェックしていた。だいたい13~14℃でしたよ。
 「まあこの間、淡島~大瀬崎の水温が14℃だったから、泳げないことはないだろう。今日の予定は8時間。普段なら何気なく泳げる時間だ。だが気温が異様に低いなぁ~・・・。」と考えている。船で城ヶ島へ着くまでの1時間が、とても寒かったからだ。
P21100032 船は城ヶ島に到着。白と赤の灯台が見え、釣客も見え、私は心を弾ませていた。また今回のビデオ撮りのカメラマンは眞壁さんで、石井コーチが私にラノリンを塗っているところもしっかり撮ってくれた。それでも服を脱いでいく度に寒く、風が無くて良かったと思う。このときの気温が2℃。石井コーチはいきなり「コーヒーを飲むのにちょうど良い。」なんて言い始めた。みんな「???」という顔をしていると、「“ニド”クリーミーパウダー。」なんて言った。もう私はそのくだらない“オヤジギャグ”に唖然としていた。
 釣客は水着になった私の姿をどのように見ていたであろうか? まさか“泳ぐ”なんて思っていないと思う。「せめてウェットでも着て・・・」と思っているに違いないが、私のは“ウェット”じゃなく“ファット(脂肪)”だよ。しかも自家製の黒い色の厚さが10mmもあるとても暖かいやつなんだ。そんじょそこらには売っていないんだよ。と言わんばかりに船のはしごから下りて行った。
 このとき指がはしごに挟まり、
キン「コーチ、コーチ、指がはしごに挟まった! 痛い、痛い!」
松本さん「大丈夫だ! ほら!」
とはしごをずらしてくれた。「いたたたたた」と海へ飛び込み、丘へと向った。陸に上がって指を見ると「あ~、傷になっとる! 痛い、痛い!」と独り言。
P2110006_2 何だか眞壁さんは釣客としゃべっている。船に掲げた「遠泳中」の鳩を見て、
釣客「何処まで泳ぐのですか?」
眞壁さん「江ノ島までです!」
釣客「えええええええぇぇぇぇぇぇ~~~~~~!!!!!」
キンは寒いから早く泳ぎたく、さっきから手を上げているのに、「早くフォーンが鳴らんかな?」と待っていた。やはり水着1枚に気温が2℃は寒い。泳いでいる方が暖かく感じる。
 「パァ~~~~~~~~~~!!!!!」
 ようやくフォーンが鳴り響き、水中へ入る。船に近付こうと泳いで行ったら、「あっちの水路から出なさい。」と指示を出され、一人で先に泳いで行った。「ん? ちっとも船が後ろからついてこない。どうしたんだろう? まあこの城ヶ島は泳ぎ慣れているので、まずは赤灯台を目指して泳げば良い。」
 寒いので止まりたくはない。ひたすら泳ぎたいのである。「ああ、赤灯台が見えた!」と思うや否や、前方に大きな船が通過して行った。「ああ、危ないじゃん! 船がおるじゃん! もう、他にはおらんのか!?」と呼吸をしながら周囲を確認。「見えた、見えた! 後ろから“A旗”を掲げた船が!」やっと私に追いついたのである。
 「何をしていたのだろう?」と後で聞くと、松本さんがオシッコをしていたらしい。どうもキンがいたので出来なかったそうだ。眞壁さんは私のそばを大きな船が通過して行くのを見て、「早く船を出してください!」と言ったらしい。
 灯台を出て緑色の灯浮標を左に見る。右は防波堤のテトラを見ながら「今日のコースは“岸沿いに行く”と言っていたなぁ~。」と確認していた。それにしても船は私の後ろからついてくる。「まあここは何回か泳いだから出て行き方はわかるが、そこから先はわからんよ。」と思っていると、石井コーチも盛んに“船と泳者の位置関係”について説明しているようだ。
 まあまだ船は私の前に行ったり、後ろに行ったりだが、順調に進み、40分毎の補給。やはり唇が悴(かじか)んでいる。プラティパス(栄養補給用水筒)が膨らませられない(プラティパスは飲み終わった後、沈まないように空気を入れる)。普段は水中で絞り込んで飲み、次に水上で膨らませてから上を向いて飲む。何てたって「栄養補給は10秒以内に!」と言われているので、この方法が1番早く、全部飲み干すことが出来るのだ。しかしこのときは“プラティパスを上に向いて膨らませて”の膨らませることが出来ない。そのときは諦めていた。
 次の補給からは水中でなるべく搾りに搾り出して飲み、そこで膨らませたら、すぐに終わらせることが出来るようになった。人間、咄嗟になれば何とかするものである。
P2110011_2 「あれ~、石井コーチが操船しているよ。ウン、とても上手だよ。松本さんは何をしているのかなぁ~? ああ、ご飯食べてるじゃん! 眞壁さんはビデオを撮っているなぁ~。」、「風が出てきてみんなたいへんそうだなぁ~。きっと船も寒いんだろうなぁ~。」と船上ウォッチングを楽しんでいた。フと前を見ると、江ノ島がクッキリ見える。こんな距離まで来たんだなぁ~。
 しかし何だかわからないが、ずぅ~っと寒さを我慢して泳いでいた。
眞壁さん「寒いか?」
キン「寒い!」
2時間40分、3時間20分と経つと、淡島~大瀬崎を思い出し、「ああ、今頃大瀬崎に着く時間だなぁ~。1-wayが終わって2-wayに入ったところだ。残り、頑張らないかん!」と思っていた。
 “寒い”とか“足が痛い”とか考えると、どんどん自分が弱くなって行く。逆に“楽しいこと”、“嬉しいこと”を考えると、“寒さ”も“痛み”忘れてしまう。不思議なものだ。ただ問題はこの“不思議なもの”も、“長続きしない”という欠点がある。
 補給のときに、寒くて
キン「コーチ、一生懸命泳いでいるのに寒い!」
石井コーチ「8時間泳ぎなさい!」
だんだん足が痛くなり止り始めたが、足を動かす努力をする。ストレッチもする。もぅ~、胃も痛くなり始めたか!!??!!
キン「コーチ、上がりたい。寒い。」
石井コーチ「水温は14.2℃だ。泳げ!」
泳ぎ続けるが、ストレッチする度にコーチの方を向き、助けを求める。しかし「クロール、クロール!」と叫ぶだけだ。また私はクロールで泳ぎ出す。と・・・
石井コーチ「後1時間泳ぎなさい。」
この1時間は、私には2時間に感じた。
 波の高さは1~1.5m。向い波だがとても楽しい波で、泳ぎやすかった。
P21100132 フォーンと共に私は船に上がった。上がるときは足が痛くてなかなかはしごに上がれない。手を引っ張ってもらってようやく足がはしごについたのである。こうして寒くて冷たい水温の海練習は終わりを告げた。
 まあまだ泳げば着くであろうが、寒くて我慢が出来なかった。またもやギブアップ。最近の私はギブアップが多い。しかし石井コーチは「今日の場合、レッドゾーンだから仕方がない。」と言う。気温+水温=20℃以下だったのである。「どこまでキンが出来るか見ていた。」と言う。

   4. 水温

 ここに石井コーチの「水温と気温と水泳の関係」を引用して表にしてみよう。ただしここで言う「温度」とは、水温+気温で、摂氏(℃)で表現している。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 入浴ゾーン
80℃ ⇒ お風呂には適温
70℃ ⇒ ぬるめのお風呂?
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ブルーゾーン(適温)
60℃ ⇒ 初心者の水泳、ウォーキングの人に適温
50℃ ⇒ 一般スイマーに適温
(* 一般公開されるプールは、『水温22℃以上、水温+気温=50℃以上』となっている。)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 イエローゾーン
40℃ ⇒ 中学校以上の水泳部員が練習を始める温度
30℃ ⇒ チャネルスイマーが練習をしなければならない温度
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 レッドゾーン
20℃ ⇒ よほど訓練された人以外はやめた方が良い
10℃ ⇒ 危険
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 水温だけを見ると、時折水温を30℃以上まで上げているプールがあるが、これは初心者やウォーキングをする方々に適しているだけで、普通に泳ぐ方がこれではすぐにのぼせてしまう。
 一般に公開されるプールは水温が22℃以上なければならない。また水泳に適した水温は23℃以上、24~25℃。オリンピックの水泳競技などでは24~25℃に調整している。
 ところが中学校以上の水泳部員ともなれば、おそらく春先の水温が20℃ともなれば水泳練習はし始める頃であろう。
 ドーバーは夏でもその海水温は15℃程度までしか上がらず、時に外気は最高気温が30℃以上まで上がることはあってもそれはまれで、最高気温が20℃未満であることも珍しいことではない。特に夜間は15℃以下に下がることもあって、チャネルスイマーは気温+水温=30℃程度でも泳がなければならない。何故ならソロスイマー(独泳)は平均完泳時間が15時間程度であって、平均的な泳力のスイマーならほとんどの場合、“夜間泳”を余儀なく行わなければならないからだ。
Lewisgordonpugh_1822 ただ世の中には特別な人もいて、昨年(2007)7月、イギリス人のLewis Gordon Pugh(ルイス・ゴードン・ピュウ)は北極を1km泳いだ。記録は18分50秒。
 このとき私たちはドーバーを泳ぐためにイギリスにいて、イギリスでは毎日のように彼の番組をテレビで流していたが、日本ではあまり紹介されなかったようだ。
 しかし彼のような真似はあまりしない方が良いと思う。

   5. 反省会

 2月12日(火)、この日は「海練習の予備日」としてとっておいた。もし昨日の天気が悪ければ、今日泳いでいることになる。しかし今日は朝から冷たい雨が降っている。今日じゃなくて良かった。
P21200232 お昼から眞壁さんと「反省会」をすることになった。それまでは石井コーチと「新江ノ島水族館」に見学に行って、イルカのショーや水族館で行われるイベントを観たりしていた。
 その中で私はクラゲが好きである。この“好き”と言っても“観るのが好き”の意味で、一緒に泳ぎたいとはまったく思っていない。“観るだけ”のクラゲは幻想的でとても楽しい。そしてつい、ドーバーで見たイギリスのクラゲを思い出していた。
 お昼に眞壁さんと会うと、日本料理屋さんに入った。しかしここでは「食事がメインでビールなどアルコールは1杯まで」となっていた。ビールが飲めないのではつまらない。つまみとビールを1杯だけ飲むと、さっさとその店は出て近くにあったハワイアンのレストランに入る。そこでビールを飲み、昨日の反省点を出した。
 それはサイパンで私が22時間泳いだときよりも今回の方が疲れは増していた。昨日はホテルに帰ると1時間は湯船に浸かっていた。泳いでいるとき。肩に力が入ったようだ。足も冷たい水の中で痛いのによく動いてくれたね。肩も足もお湯でほぐそう。暖まるには時間が掛かる。「イギリスにも日本のようなお風呂があったらなぁ~。」と脳裏を横切る。
 冷たい水で泳ぐと身体のダメージがよくわかる。「かなり身体に負担をかけていたんだなぁ~。」と思うと、「身体をいたわらなくちゃ。」と思うようになる。たかが6時間30分、されど6時間30分。
 そんなようなことを私は話した。すると眞壁さんは前にブログで書いたことを指摘される。「線路を敷かれた上を泳ぐのではなく、線路は自分で敷いていく努力をすること。」と。「そうだよなぁ~。始めの頃は自分でサイパンのプールに行って練習したり、一人でロングの練習をしたりしていたが、今は全部石井コーチにおんぶにだっこ。しかも“慣れっこ”になっている。
寝ながら泳いでしまうなら、今の生活を変えていかないかん。
もっと自分で決めて、練習をしなさい。
泳いだら早く疲労を取って、次につなげなさい。
Etc、etc。
 ドーバーを泳いだ眞壁さんなら話しがわかる適切なアドバイスをいただいた。
 今度の城ヶ島⇒江ノ島は、「眞壁さんと石井コーチがコース取りを書いて、それを元に水先案内する。」と言う良い案も出てきた。
 今度こそ泳ぎたい。もっと、もっと我慢する。ウ~ン、楽しんで泳ぎたいが、余裕がないのが現実であった。今回は途中でやめてしまったが、眞壁さん、石井コーチ、松本さん、寒い中、ありがとうございました。今度また泳ぐときは、宜しくお願いします。

「キンちゃんが行く」Vol.14

   1. サイパン35時間80km泳の報告

  • 日付: 2008年1月30~31日(水・木)
  • 場所: マリアナリゾート&スパ(屋外50mプール)
  • 泳者: キンちゃん
  • 方法: 30日07:00より31日18:00までに80kmを泳ぐ
  • 記録: 22時間24分31秒、50.8kmでリタイヤ
  • 天候: 大雨 曇り 晴れ(大忙しの天気)
  • 気温: 25.6~30.1℃
  • 水温: 26.5~28.0℃
  • ピッチ: 59~77回/50m
  • 補給品: 炭水化物、果糖、お茶類

   2. 今回の計画

P13000082 去年(2007)の10月、アメリカにいる日本人プロスイマーの松崎祐子さんから日本にいる石井コーチへビデオ付きのメールが届いた。それは松崎さんが湖で「82kmを30時間かけて泳いだ内容」のビデオとメールだった。場所はアメリカ、オーランド。通称「ラッキーさんちの湖」(正式名称「レイクケイン」)と呼ばれる湖で、松崎さんは「世界新記録(湖を水着で泳いだ世界最長記録)」を作ったそうだ。
 松崎さんに言わせると、「夕方6時にスタートしなければならなかったので辛かった。何故ならば夜を2回迎えるので寝てしまうからだ。」だそうである。さらに「言い訳がましく言わせてもらえば、朝6時にスタートしていれば、もっと記録は伸びていたと思う。それにプロスイマーとしたら30時間で82kmは記録が悪すぎる。」だそうだ。とにかく3回も昼寝をしたそうで、「今度は得意な朝型、朝6時にスタートして100kmを泳ぎたい。」と語っていた。
 まあプロのスゴイ話で私にはとても及ばないが、2006年11月に、私も「30時間70km泳」を成功させた。これは去年(2007)チャレンジした「ドーバー2-way」のために行われたもので、ドーバーの最短距離(約34km)の2倍で68km、直線で泳げるわけはないので70kmと言う単位を算出したものだった。場所は今回と同じ、サイパンの屋外50mプール。
 しかし昨年のドーバーが1-wayのみで終わってしまった。以来石井コーチは「今度は必ず“80km泳”をするぞ!!」と鼻息を荒くしていた。そして今回を臨んだのである。コーチの計算によると、「35時間で終わらせなければならない。」のだそうだ。松崎さんの影響も大いにあったのでは・・・???

   3. 睡眠グ

 結果から言うと22時間24分31秒、50.8kmでやめた。理由は「眠かった」の一言だ。「どんな状態でも100mで3分は越すな!」と石井コーチから散々言われていたが、非常に眠く、“睡眠グ”状態になるとどうしても3分は越してしまう。
P13000112 まあ寝ながら泳ぐのはもう得意になったが、今回は寝る時間が長過ぎる。腕をコースロープに絡ませたりぶつけたり、壁にぶつかれば「キャー!」と言い、途中では手が止まり、プールに浮いて夢まで見てしまうほどである。鼻から息を吸い、水が鼻に入ると“ハッ”と目を覚まし、再び泳ぎ出す・・・。こんな状態をずっと繰り返していたのである。
 何回も何回も繰り返しているうちに寒気が来て、眠気と寒気と疲労感で「泳ぎきろう」という意欲が何処かにいなくなってしまい、石井コーチからの「50km!!」というコールを聞いてから「もうやめよう。」と決意し、まれにない22時間24分31秒、50.8kmで終止符を打ったのである。
 石井コーチは怒りに怒っており、その後はず~っと説教。日本に帰ってからも説教。キンはず~っと怒られっぱなしであった。

   4. No pain, No gain.

 1月27日に行われた「大阪国際女子マラソン」で、「トラックの女王」と呼ばれた福士加代子さんのニュースをテレビで見て、あの何回転んでも立ち上がり、最後には笑みまで浮かべて走り続け完走したシーンに私はすごく感動し、「この人はやはり“女王”である。」と確信した。
 人はその場面を見て「かわいそう」とか「練習不足」と言うが、私は途中で諦めずに走り続けた福士選手は「スゴイな」と思う。走っている最中、横から監督に「もうやめなさい」と言われたのに走り続けたとき、普通なら足が痛いし、もう限界まできているから、甘い言葉が出れば人間すぐにやめてしまうのに、私だったらたぶんすぐにやめてしまい、転んだら立たないかもしれない。
 笑みを浮かべ、「私は福士、“トラックの女王”。負けてたまるかぁ~!!」という気迫がすごく伝わってきた。
P13000232 以前、私はハーフマラソンに出たことがある。距離は違うが私の練習は福士選手に似ていた。練習で私は10kmしか走ったことはなく、本番で初めて20kmを走ることになったのだ。
 途中、10km地点まではトップから3番目だったものの、それから奈落の底に陥り、一番のドベになった。膝、足首など、地面に着くだけで“ズキン、ズキン”と痛くなり、我慢しながら完走したが、その時の後遺症が未だに膝に残っている。
 テレビでやっていたが、人間“棄権”を決断するとき、「次のレースがあるから」、「3位まで入れないとわかったから」、「これ以上走ると身体にダメージが残るから」というパターンがあるらしい。たぶん、福士選手の頭にもこのようなパターンは入っていたと思う。人は「やめなかったからまだまだプロではない。」と言う。確かにそうかもしれない。しかし今の福士選手は身体にダメージを受けているが、「完走すること」を取ったのである。
 そう、石井コーチが最近よく言う。「“No pain, No gain”、この意味をわかっているのか?」と。この“No pain, No gain”は、ドーバーのビーチでCS&PF(ドーバー泳を公認する団体)にしか売っていないパーカーの背中に書かれている文字で、この“pain”とは「痛み」のことを言い、“gain”とは「利得」のことを指している。「痛くない、利得がない」と訳しそうだが、これは「痛み無くして、利得はない」と訳す。しかもこれは英語のことわざで、もう少し深い意味があって、上手に訳すと「苦労なくして、得られるものはない。」となる。
 昨年、私がドーバーを泳いだときに同行してくれたイギリス人ジャーナリスト、トムは、その記事の最後にこのような言葉で締めくくってくれた。
 『チャンネルスイマーはシュロップシャのダウリーにあるキャプテン・ウェッブ(史上初のチャネルスイマー)の記念碑に刻まれた言葉の本当の意味を誰よりも理解している。“Nothing great is easy.”「偉大なことで、簡単に手に入るものは何もない。」』
 この“Nothing great is easy.”が“No pain, No gain.”と同じ意味だと私は解釈している。
 と、このように理屈ではわかっているのだが、身体の方はというと理屈通りにはなかなかいってくれない。「“わかる”と“出来る”は違う!」、「“やらない”と“出来ない”は違う!」と口癖のように怒るのは石井コーチの説教。すでに石井コーチは「もうオレは“35時間80km泳”などやらん!」と、ずぅ~っと怒りまくっている。
 まあ泳がなければならないとは思うが、実際になると2回も昼間を迎えるわけで、あのサイパンの直射を2回も身体をさらしたら、どんな日焼けによる火傷を起こすだろうと思うと、その方が気になって、現に“30時間70km”を泳いだときは耳が火膨れしたほどの大火傷になって、それこそ「耳なし芳一」ならぬ「耳なしキン」が出来上がるところだった。
 日焼け対策をやっていないわけではない。“日焼け止め”は泳いでいると取れちゃうのである。そんなキンに石井コーチがしつこくくどい説教を。
P13000402 『今までによく「海は怖いから泳がない。」と言う人がいた。そう、海は危険がいっぱいだから、そういう人は泳がないほうが良い。だが以前からオレは、「危険だからやらないのでは問題の解決にならない。危険と知っているなら、どうやったら安全に出来るかを検討し、実施するのが人間の英知である。」と言ってきた。“顔が日焼けして火傷しちゃう・・・。”ま、「日焼け対策をすれば良い。」とオレは簡単に答えを求めてしまうが、泳ぐのはキンだからね。嫌々やるならやめたほうが良い。』
 でもね、いちおう私も“女”なんだけどなぁ~・・・。と、理屈では前向きにならなければならない自分と、現実を考えると・・・、というもう一人の自分がいて、心の中で葛藤に苦しんでいる私であった。

   5. ホテル

 話は元に戻るが、普段、サイパンで私が使うホテルは「ハファダイホテル」とか「グランドホテル」だが、今回は「オーシャンビューホテル」だ。ホテルのランク付けをすると格下のホテルだし、初めて利用する。まあ場所くらいはわかっていたが、何がどうなっているかはぜんぜん知らない。いざ、部屋に入るとポットはない。冷蔵庫はない。部屋の外にも製氷機がない。と、“ないないオンパレード”だ。普段、何気なく使っている用品がないと、まあ普段、いかに楽をしているかがわかる。
 ちなみにサイパンの法律で、夜、22時以降はビールなど酒類の販売は禁止されている。名古屋のセントレアからサイパンに行く飛行機は夜行便で、サイパン時間の翌日午前1時頃に到着する。ホテルに到着するのは午前2時頃。当然ビールなど手に入るわけがない。しかしそこはそこ、すでに旅慣れている私たちは、石井コーチがスーツケースの中に缶ビールをたくさん忍ばせてある。ただ問題はそのビールをどうやって冷やすかだ。
 ホテルのフロントで聞くと、「ガソリンスタンドがコンビにもやっており、そこで氷が手に入る。」とのこと。その24時間営業のコンビニに行くと、隣はマクドナルドであった。氷は縦50cm、横30cmくらいの大袋にぎっしり入っていて1ドル。かなりの量であった。サイパンで氷を買うなんて初めてだが、それから買い物に行くと氷の値段をチェックするようになった。ハファダイホテルの横にあるスーパー「ジョウテン」では同じ袋詰めで1ドル25セント。今のところガソリンスタンドのコンビニが1番安い。
P13100412 とりあえず私たちの目的は「35時間80km泳」なので、プールサイドで栄養補給や石井コーチたちが食べる食事の用意が出来なくてはならない。したがって包丁にまな板、食器、ガスコンロなど、キャンプ用ではあるが、いちおうに持参してあるのでお茶やスープを飲むなど、お湯を沸かすのは問題ない。それどころかこのホテルで“冷やす方”に問題があったため、ホテルの付近をウロウロ散歩し、何処に何が売っているか、散策が良い経験になった。普段はクルマで何気なく通り過ぎていたマクドナルドも、歩いて買いに行った。
 ホテルの従業員も現地人やフィリピン人で、日本人はいない。かたことの英語やタカログ語を話す私は、このこぢんまりとしたコミュニケーションがとても面白かった。このように新しい発見が出来、私はこのホテルがお気に入りになってしまった。
 ああ、ぜんぜん話がずれてしまったが、とにかく今回のサイパンはズタズタだった。

「ちゃんこ鍋を囲む会」の報告

 2008年1月27日(日)、東京は両国でプロスイマーの松崎さんを囲んで「プロスイマー松崎祐子さんとちゃんこ鍋を囲む会」を開催しました。
 この日は大相撲一月場所の千秋楽で、あの白鵬が上手投げで朝青龍を破り優勝を飾った日でもありました。国技館のある両国での「ちゃんこ鍋を囲む会」はものすごく混雑すると思いきや、そこはそこ、ちゃんと予約してあったので助かりました。
 アメリカ生活がかなり長くなった松崎さんにとっては初めて国技館を見たようで、何枚も写真を撮っていました。
 この日は他に「大阪国際女子マラソン」が開催されていました。この大会は北京五輪代表選考会を兼ねており、「トラックの女王」と呼ばれた「福士加代子選手」がマラソン初挑戦で、30km地点までは独走状態だったものの、そこから失速し、陸上競技場に入ってきたときはヨレヨレで2回も転倒するなどしてゴールしましたが、顔には微笑みを浮かべていたのが印象的でした。
 この大会で優勝したのはイギリスの「マーラ・ヤマウチ選手」で、記録は2時間25分10秒。日本の「森本友選手」が2時間25分34秒で2位。ちなみに期待の「福士加代子選手」は19位で終わりました。
P12700022 当日、「ちゃんこ鍋を囲む会」の参加者は「プロスイマー」の松崎さん、「泳ぐドクター」の奥澤先生、「日本人最高齢記録を持つチャネルスイマー」の眞壁さんというそうそうたるメンバーに私メが入りまして、総計4名の小さな宴会でした。
 しかし内容は大相撲から日本の文化へ、松崎さんが普段練習している湖やプールの話から実際のレースの話へと、濃い話ばかりで盛り上がりました。
 また松崎さんが来日(?)、帰国(?)した折にはお呼びして面白い話で盛り上がりたいと思っています。是非皆さんもご参加下さい。

「キンちゃんが行く」Vol.13

 この海練習は、ドーバー泳を公認する団体「CS&PF」の申し込みに必要な「16℃以下の水温による6時間泳の証明」の証明書作成につながっています。

  1. 淡島~大瀬崎間2-way(約10km×2-way:6時間泳証明)

  • 日付: 2008年1月15日(火)
  • 場所: 静岡県沼津市三津淡島~同県同市大瀬崎(駿河湾)
  • 泳者: キンちゃん
  • 方法: 2-way solo swim
  • 記録: 7時間35分
        1st leg: 07:03 淡島 ⇒ 10:00 大瀬崎 2時間57分
        2nd leg: 10:00 大瀬崎 ⇒ 14:38 淡島 4時間38分
  • 天候: 曇りのち晴れ
  • 気温: 4.7~9.4℃
  • 水温: 14.0~14.2℃
  • 波高: 0.5~1.0m
  • 風向・風速: 主に東 3.2~5.5m/sec
  • 流向・流速: 主に西 0.0~0.5kn
  • ピッチ: 65~68回/min
  • 補給品: 炭水化物、果糖、お茶類

  2. 水温14℃

P1150023_2_2 日本の冬の海は、外洋と湾内の水温を比較すると、外洋よりも湾内の方が低く推移している。特に黒潮の軸流では今でも20℃を越す水温を保っているが、三河湾は10℃を切ったそうである。東京湾は13℃。ただ、今上げた三河湾や東京湾など、湾と外洋の接点である湾口が狭い湾内ほど水温は低い傾向にある。しかし湾口の広い駿河湾や相模湾では、湾奥でも三河湾や東京湾に比べて水温は高いと判断していた。
 だが駿河湾や相模湾の沖合を流れる黒潮は、ちょうど“大蛇行”する地点でもある。気ままな黒潮の向きによって、湾内の海流は大きく変化し、水温も変動する。まあ風の影響は考えなければ、水温が温かければ海流は速いだろうし、冷たければ流れが少ない。
Photo_3 いずれにせよ黒潮の軸流は、「夏に接岸し、冬に離岸する」傾向がある。したがって夏に比べれば駿河湾も相模湾も海流は穏やかな傾向にあり、水温は三河湾や東京湾に比べてちょっと高め。今回泳ぐ淡島~大瀬崎は駿河湾の湾奥に位置するが、多分14.5℃だと予想していた。
 寒気が入り12日辺りから、風が吹き寒い日が続くと聞いていた。先週は、暖かかったが、まあ、私が泳ぐ時は「こんなもんだ」と最近は慣れてきて、別に寒かろうが水温が低かろうが、小島ではないが「そんなの関係ねぇ!」と、心の中で踊りながら呟いている。
 海練習する日は決まっている。どんな状況でも泳がなければいけない。無駄なことはあまり考えたくない。マイナスになるだけである。主導権は船頭さんとコーチの判断。ただ私は長く敷かれた線路をひたすら泳ぐだけなのだ。何も考えなくていい。泳げばいいのだ。
P11500052 と、簡単に口では言えるが、これを実行するのはなかなか難しいのが現実である。
 水温14℃で淡島~大瀬崎は過去2回ほど泳いだことはあるが、今回のように7時間35分もかかって2-wayを泳いだのは初めてである。冬の海は潮が遅いそうだが、船頭の菊地さん曰く、「この時期にこんな速い潮は珍しい。」そうである。これも泳いでみなければわからないこと。データでおおよその目安はつくが、「最近の海洋状況は狂っている。」と菊地さんは言う。ここらでも越前クラゲが現れたとか! そう、去年はここらでクラゲが異常発生していたと思う。それは毎年毎年泳いでいるから分かっていることだ。
 おっと、前置きが長すぎた。元に戻そう。
P11500082 今回14℃で泳いで、入り始めの気温が7℃。なので水温確認しても「温かい」としか感じない。まあ冷たく感じるより良いが、14℃なのである。太っているせいか、身体はそう「寒い」とか「冷たい」とかは感じない。が、感覚が麻痺している。クロールで手を動かしても「この泳ぎでいいのか?」、「手を回しているだけじゃないのか?」と、感覚がない。まあ、いつもの練習のフォームになっているとは思うが、ピッチが速いような気がする。
 40分に一回の補給も、止まっていると寒いのであろう。1-way目の淡島から大瀬に向けては潮に乗って行くせいもあって、菊池さんとコーチは「速い! 速い!」と叫んでいるが、話し好きの私でも“コクリ”と頭を下げて相槌するだけである。唇が思うように動かないのだ。だからプラティパス(栄養補給用の水筒)から口に付け補給するが、かじかんだ唇、いつもより時間がかかってしまう。そう、波を見ながら、感じながら、息を吸うかどうかも鈍感になり、知らずに口が開いている時があり、海水を飲んでいる。それが頻繁に今回はあった。「口を閉じている」と思ってはいるが、実は半開きか開いている。それに海水を飲んでも、いつものショッパサを感じない。いつもなら海水を飲むと気持ちが悪いので私は泳ぎながら吐くのだが、気持ち悪さを感じないのである。
 と、水温14℃で泳ぐと、私はこういう状態に陥ることを再確認したのであった。

  3. スイミングゴーグル

 海で泳ぐとき、いつも私は3つのスイミングゴーグルを持って行く。それは色別で、クリア、少し暗め、黒といった具合に、その日の天候や朝、昼、夜など、外の明るさを見て変えていくのである。
P11500122 屋内プールでは、常に照明が管理され明るさが安定しており、明るさに対しては泳ぎやすく、たぶん、自分のお気に入りゴーグルをかけていれば満足な泳ぎは保障されていると思う。が、海、照明が満足でない屋外プールでは、自分の眼の感覚でゴーグルを変えていかなければならない。
 今回は、海を泳ぐのに命の次に大切だと思っているゴーグルの調節が今一つであった。
 泳ぎ出して1時間も経たないうちに海水が入ってきた。何回出しても、またすぐに入ってきてしまう。「おかしいなぁ~。ゴムのベルトやパットが寿命なのか?」。眼が命のスイミングゴーグルは、いつもフィットするように調整はしてあるので、毎回毎回使っているが、こんなことは今までにない。過信しすぎたかもしれない。
 そう、過去に海水、プールの水を少しでも入れて何時間も泳いだことはあるが、その時はだんだん瞼(まぶた)が腫れてきて、目ヤニを出しながら泳いでいた。一回目ヤニが出ると、拭いても、拭いても次から次へと目ヤニが出てくるのである。おまけに瞼が腫れているので、片目で泳ぐ破目になる。そう、泳いだ後も目ヤニの続出。寝ている間も目ヤニが出て、朝、起きたら目ヤニで眼が開かないこともあった。だから、そういう時はいつも寝る前に濡れたタオルを枕元においておいた。
 だんだん明るくなり、眩しくなってきた。まあ、海水も入ってくるゴーグルだったので、「コーチ、ゴーグルチェンジ!」と、補給時に伝える。
 「ああ、さっきよりゴムベルトがきつく感じる。何だかいつもと同じ黒なのかな?」、「いつもと違うメーカーのゴーグルを間違えて持ってきてしまったのかな?」、「しっくりいかない。何故だか水が入っている感じ。おかしいなぁ~。」と、何回となくゴーグルに手を触れ、水を出していた。しかししっかり水が抜けないというか、常時海水が入っているような気がしていた。
 「コーチ、ゴーグル再チェンジ!」と3つ目のゴーグルに交換。今度は仰向けになり、しっかり眼を拭き、ゴーグルの中に水が一滴も無いことを確認してセットした。だが、まだ海水が入っている気がする。そのうちだんだん眼が痛くなってきて、「コーチ、眼が痛い!」と告げるが、コーチは「眼が痛いのか?」と言う。少し泳いで「眼を瞑って泳いどるよ。」と言うと、引っ叩けば眼が開くと思っているのか、「両手でホッペ叩いてやるからこっちへ来い!」と言う。
P11500162_3 これだけキンが痛がっているのに、コーチからの優しい言葉は一つもない。キンは甘えん坊。優しい言葉が欲しかったが、こんな言葉が返ってくると、ひたすら泳ぐしかなかった。もう眼を開けていると痛いので、両目を瞑って泳ぐしかない。まあ寝ながら泳ぐ“睡眠グ”は得意の私だ。時たまうっすら片目を開けて、横にいる船を確認していればいいことなんだ。
 その時は何かを考える余裕はなかった。ただひたすら手を回し、眼をギュっと瞑って泳いでいるだけであった。と、フォーンの合図で我に帰るのである。
 後から聞くと、船の右に私をつけるときは、「いつもピタリと船の横で泳ぐのに、今回はやけに離れて泳ぐなぁ~。」と言っていたらしい。自分はいつもの感覚で泳ぎ、そんなに船から離れているとは夢にも思わなかった。
 後から思えばゴーグルに入っていたのは海水ではなく、自分の涙みたいだった。泳ぎ終わった後、右眼の中がゴロゴロしてゴミが入ったみたいだった。痛くて、痛くて涙が止まらなかったので、濡れたタオルを眼に当てていた。眼球を動かさなければあまり痛くなかったからだ。
 コーチに目薬を点してもらったが、キョ~レツな痛みと沁(し)みが走り、このときばかりは暴れまくった。この目薬は強過ぎた。死ぬかと思ったよ。
 洗面器にお湯を入れ、その中に顔を入れて眼をパチパチさせたがゴミは一向に取れず、眼を閉じれば痛みは和らぐので、その日は早めに寝た。翌朝起きたら目ヤニと一緒にゴミは取れたみたいだが、瞳はまっかっか。傷がついているといけないので、帰宅後は真っ先に目医者に行った。
 その帰りのこと。いつもの新幹線「三島」駅までコーチのクルマで送ってもらっているときの会話。
キン「キンは甘えん坊。どうして“目が痛い”って言っているのに優しい言葉をかけてくれないの?」
コーチ「じゃあドーバーだったらどうする? “目が痛い”でやめるのか?」
キン「そうだよね。眼が痛くたって泳がなくちゃいけないんだよね。」
 コーチから優しい言葉をかけられたら、ヘナヘナになって、泳ぎをやめていたかもしれない。
 そう、コーチはいつもドーバーと同じ感覚で遠泳に望んでいるんだ。これはキンの反省点でもあった。
 それから救急セットには、これから眼帯や洗眼薬を持って行かなければな、と思った。自分が痛い思いをしなければわからないんだよなぁ~。

  4. 今回は

 3-wayの予定だったが、眼と足の痛みで2-wayでやめてしまった。
 今は足の治療で“スポーツドクター”がいる「はまな整形外科クリニック」に通っている。毎日が仕事、練習でリハビリが思うように出来ない。が、ストレッチなど、いろいろ教えてもらってやっている。泳ぐための身体作り。“遅い!”と叱られそうだが、それだけ今の自分に危機が迫っているのかもしれない。1-way、いや2-wayは、手を伸ばしても、手を伸ばしてもなかなか届かない。いや、近づく努力を、今、している。一人では出来ない。みんなの力を借りているのだ。
P11500182 「キンちゃんが行くVol.12」で書いたが、25m泳げるようになったSさんが、最近25mまで行って、ターンすることが出来るようになった。毎日毎日、少しずつ進歩しているのが手に取るようにわかる。そして一昨日から「ターンしたら、手を3回廻して下さい。」と、少しでも長く泳げるように課題を出している。
キン「ウ~ン、もう少しだね。」
キン「あれ~、立っちゃったの~?」
キン「1回だけでもターンしたら手を廻して!」
のやり取りが続く。いつも私はSさんが泳ぐ隣のコースでチェックしている。
キン「ターンで止まらずに、今日は3回くらい手を廻そうね。」
S「ウ~ン、そうだね。」
 「あっ、来た、来た! Sさんが向こうから泳いで来た! あっ、25m泳げたなぁ~。おお、ターンしたじゃん。よしよし、あっ、手を廻したじゃん。1回、2回、3回、4回、やったぁ~!!!!」
 Sさんはこの日、36m泳いだ。その顔はやはり笑みでいっぱいだった。
キン「泳げるじゃん、泳げるじゃん! ターンして泳ぐ気持ちがあったから泳げたんだよ! 泳ぐ気持ちはみんな一緒なんだから! 距離は長いけど、泳ぐ気持ちは私も一緒だから!」
 何だかまたまたSさんに元気をもらってしまった。
P11500302 そう、距離は違うけど、努力していることは一緒である。今、Sさんは努力して、努力して、伸びに伸びている。「何だか私、気持ちの面では今、負けているな。」と、穴があったら入りたい気持になった。いや、Sさんに負けず、諦めてはいけない。何があっても泳がなくてはいけない。「気持ちが一番大切だ!」と、つくづく感じ、新たなるステップへ歩いて行こうと思いました。
 そう、Sさんが50m泳ぐのが目的であれば、海で私が思っている距離を完泳することと、気持ちは一緒だから!

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北海道函館の潮汐

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