「キンちゃんが行く」Vol.9
1. 淡島~大瀬崎(:約10km)2way
- 日付:2007年10月09日(火)
- 場所:静岡県沼津市(駿河湾)
- 泳者:キンちゃん ノリちゃん チエちゃん kiyoshinoさん
- 方法:2-way 団体(ギャル4人組) swim
- 記録: 6時間57分
1st leg:淡島発09:25⇒大瀬崎着12:05 2時間40分
2nd leg:大瀬崎発12:05⇒淡島着16:22 4時間17分 - 天候:曇り、雨
- 気温:19.6~23.8℃
- 水温:21.0~22.4℃
- 波高:0.5m
- 風向・風速:主に東南 2.4~6.8m/sec
- 流向・流速:主に西 0.3~0.5kn
- ピッチ:64~66回/min(キンちゃん)
- 補給品:炭水化物、果糖、お茶類(キンちゃん)
2. メンバー
今回の海練習、一匹狼のキンは、地元(愛知県)岡崎の水泳コーチ達とギャル4人組で淡島~大瀬崎2-wayを計画した。海で泳ぐ経験が少ないメンバーだが、1時間で4500m泳ぐツワモノ勢揃い。方や私は1時間で3000mしか泳げないのんびりスイマー。条件は私のペースに合わしてもらい、固まって泳ぐということだ。船頭の菊地さんにあまり迷惑を掛けたくない。栄養補給は自分の好みを各自で用意し、石井コーチに伝えるということにした。ベテランの菊地さん、石井コーチ、ほかって(ほおって)おいても大丈夫なキンがついていれば出来る技なのだ。
3. 泳ぐ意思
ノリちゃん、チエちゃん、kiyoshinoさんらは岡崎からクルマで沼津インターまで行き、私は三島まで新幹線。そこからはクルマで来た石井コーチに乗せてもらう。帰りも同じバターンにした。何故ならノリちゃんが風邪をこじらせ、当日まで行けるかどうかわからなかったからである。まあメールでは「せっかくのチャンスだから、泳ぐ、泳がないは別として、行けばクルマもあることだし、別の方向で余暇を過ごすことも出来るから、行く方向で検討して下さい。」としといた。まあ私のことに気を使って考えるより、本人達の「泳ぎたい」という意思が1番大切だと思う。
4. 準備
10月8日(月)15時、沼津インターを降りたところで待ち合わせをしていたが、三島から沼津インターまで行く道のりが渋滞していたため、急遽待ち合わせ場所を変更し、合流。民宿「桂」に着いたのは16時であった。いつもの3階、「富士の間」と「駿河の間」の2部屋。広いベランダがあり、外の景色にみんな見とれている。「あれが淡島。その向こうに天気が良けりゃ富士山が見える。ちょっとここからは見えないが、ホテルの前のビーチからスタートだよ。そうあれが港。私達がお世話になる船だよ。」と説明し、少し落ち着いてから、栄養補給作り。みんなが何を用意したか確認。受け渡し方法などを打ち合わせし、なんだぁ~、かんだぁ~、しているうちに夕食になってしまった。
初めてのメンバーの泊まり込みは、おしゃべりな石井コーチの雑談から入り、講演へと移り、盛り上がっている。昨日余り寝てない私は石井コーチの相手はみんなに任せ、早めに寝てしまった。まあクルマの中で、嫌というほど雑談したから問題ない。
5. トラブル
朝6時30分起床。栄養補給品に使い捨てカイロを貼り付け、他のスイマーに指導。またもや本日の日程、その他準備などの確認をしあい、7時40分には港に到着した。8時出港。大勢なので、増えた荷物を船に積んだり、“A旗”、“遠泳中”の旗を表示したりなどで、用意することはたくさんあるのだ。
小雨が降っている。やはり私は雨女か・・・。何だか暑い。船に乗るや否や水着1枚になり、淡島に着くまでの間、スイムキャップも耳栓もつけておいた。雨に濡れてもちょうど良い格好である。
ちょうどそれは船が遠泳スタート地点の淡島ビーチ手前500mに差し掛かったときである。船のエンジンが異常になったときに知らせる赤いランプが点灯し、「ピー音」が鳴り出した。どうもラジエター内の水温が上がり過ぎたらしい。急遽、船は港に戻り、菊地さんは家からペットボトルに水を入れて来てエンジンルームに潜り込みゴソゴソしていたが、どうやらラジエターの水漏れではなく、ウォーターポンプを駆動させるベルトが切れたことが原因らしい。
修理の電話はしたものの、今、船を長時間船動かすことは出来ない。まあ菊地さんは昨日の終業点検で問題なかったものだから、それでも申し訳なさそうにしていた。「今度は私、運がないのかな?」、「またやっちゃったかな?」、「海で泳ぐということは、いろいろなことが噛み合わなければ泳げない。仕方がないな。友達には申し訳ないけどな。」と、「こういうときもあるんだ。それが遠泳なんだ。」と半分あきらめていた。
ところが菊地さんは漁師仲間に電話して船を借りてくれた。「キンちゃん大丈夫だよ。別の船を借りられたから。向こう岸まで移動して、また荷物を積み替えるよ。」、「ハ~イ!」
スタートは遅れたものの、1日はまだ長い。「菊地さん、遠泳の途中で故障しなくて良かったよ。まだスタート前でね。」と、私は安心して言った。
6. 前に進む気持ち
さあ淡島へ。水着姿でいた私は石井コーチのパーカーを着て移動。雨は止むことを知らなかった。淡島の桟橋にいる釣客にはもう私の顔を覚えられている。その釣師に向かってギャル4人が手を振ると、釣客も手を振ってくれる。きっと「今日は大勢だな。」と思っているに違いない。
ビーチの前で船は止まり、ラノリンを身体に塗りだす。石井コーチは私の身体にベッタリとつけ、他のスイマーは身体の右半分にラノリン、左半分にワセリンをつけ、どちら側が気持ち良く泳げるか試すことにしていた。
すると水着2枚を重ね着していたkiyoshinoさんが水着1枚脱ぎだした。「どうした?」、「2枚じゃ少しきついし、私、完泳したいからウェット着る。これは主人のウェットで初めて着るんだけどね。」
そう、kiyoshinoさんはガリガリに痩せている。水温22℃はきっと堪えると思って「2枚着りな(着な)。」と言っておいた。昨日から泳ぐか、泳ご(ぐ)まいか迷っていたが、やはり「完泳したい。」と決断し、ウェットを着たことに、「泳ぐ気になってくれてありがとう。」、そして「“完泳したい!”という気持ちになってくれてありがとう。」と思った。それというのはやはり「何々がしたい!」という本人の気持ちが「最も重要だ!」と常々私は思っている。
ノリちゃんは風邪をひきながらも「海で泳ぎたい!」という気持ち。だから前に進むのだ。一緒にいながら反対に私が“やる気”をもらった気がする。
7. 貫禄で泳がなければ
さあ私はベテランさんなんだ。リードしなくては・・・。船から梯子を一段ずつ降りて行く。22℃は私にとって温かいが、みんなはどう感じるだろう・・・。菊地さんに「飛び込んでも大丈夫?」と確認して飛び込んで来る者。そおっと海に下りて来る者。それでも「キャッ、キャッ、キャッ!」と楽しそうに叫びながら一人ずつ降りてきたのである。
「浅瀬は石、岩、ウニなどに気をつけて泳いで下さい。」、「は~い!」
ビーチにギャル4人組は立ち並び、右手を上げ、船からカメラのフラッシュ、ホーンの合図と共にスタートした。
「みんな気をつけてね。初めは船の右側について下さい。それからは風を見て船が移動します。」と言い、いっせいに船を目掛けて泳ぎ出した。
今回のギャル4人組。釣客の目にはどうやって映ったことでしょう。
8. クラゲのウェルカムキッス
海の状況は凪。初めての方々にはちょうど良い。
海練習には安くてお手頃な“ビーチ練習”と、ドーバー海峡横断泳の本番のようなシミュレーションが出来る“ボート練習”とがある。普通はビーチ練習が主で、これは岸に平行に泳ぐか、近くの岩や島をターゲットにして周回するかなどである。しかし私はそういうビーチ練習をしない。いつもボート練習である。伴走船をつけて沖まで出て、いつも6時間以上泳ぐ練習である。
その練習にまだ海を泳いだことのない人を泳がすには難題かもしれないが、私たちには出来る自信があった。始めに4人が固まって泳ぐように指示しておいたし、本当、船の横で2人対2人、もしくは4人並んで泳いでいた時もあって、「一人じゃない。」というのが気を楽にしたであろう。
それにしても今回は出だしからクラゲに刺される。淡島でこんなにクラゲに刺され続けるのは初めてだ。細くて透明のやつ。目に見えない釣糸のようなものが容赦なく顔や手に当たってくる。「痛っ、痛っ!」、海で泳ぐの慣れていても、クラゲは大嫌いだ。他の泳者も感じているのか?
1回目の補給
チエ「クラゲに刺された。キンちゃん、クラゲに刺されたらどうするの?」
キン「我慢している。」
そう、我慢するしかない。海で泳いでいるのだから・・・。心の中で「チエちゃん、プールとは違うんだよ。」と慰めている。
kiyoshino「キンちゃん、やっぱりウェットは良いよ。泳ぎやすい!」
キン「良かった!」
「一緒に最後まで泳ごう!」と心の中でつぶやいている。
潮は追い潮で順調に進んでいた。
2回目の補給
チエ「手がブツブツに腫れてきた。」
石井「あとからね。」
キン「あとで薬、塗ってあげるから。」
ノリ「顔に刺された。」
と、1時間20分経っても刺され続けていたのだ。
何だか細かいブツブツが顔に当たる。何だか分からないが「魚の餌かな?」と私は思っていた。kiyoshinoさんは手ですくって「何かの幼虫じゃないの?」と言っている。とにかくいろんなものが当たった。
今までここを泳いでいてそんなことを感じたことはなかったが、昨日は強風で海はウサギも飛んでいた。「そのせいか?」とも考えてしまった。
9. 行きはよいよい、帰りは?
とにかくみんなで一緒にゴールしたかった。1-wayだけでも泳がせたかった・・・。だからkiyoshinoさんが途中で船に上がってしまった時は、その光景は目に映らず、言葉を掛ける余裕がなかった。それからはギャル3人組になってしまった。
ノリちゃんは速いから常に先頭を泳いでいる。波は後ろから押し寄せ身体を乗せてくれる。この調子だと行きは2時間30分コース間違いない。と確信した。3回目の栄養補給で初めて前を見た。「ヨッシャ~、これなら行ける!」
多分みんなこの追い波で楽しみながら泳いでいるに違いない。でも行きがこんな波だと帰りが思いやられるだろう。
チエちゃんと私は抜きつ、抜かれつ。時たまチエちゃんの平泳ぎの足にぶつかりながら、楽しんでいた。と、kiyoshinoさんが船から降りて来てまた泳ぎ始めた。「やったぁ~、ギャル4人組で大瀬崎に着けるんだ!」
「あと1000m!」と石井コーチが言い出した。普段、一切前を見ない私は、この言葉で距離感をつかんでいる。
大瀬では岸辺に3人のダイバーがちょうど上がってきたところである。青い魚があちらこちらに見られ、眼の保養をしていた。一人のダイバーが「お疲れ様です。」と声を掛けてきた。ビーチにいた人たちには「淡島から来ました。そしてまた戻ります。」と頭を下げ、私たちはまた一列に並び、右手を上げ、ホーンの合図と共に泳ぎ始めた。
その時ノリちゃんは「寒い、寒い!」と言っており、kiyoshinoさんは「寒いだけでまだ泳げるなら、ウェットを着なさい。」と指示し、ノリちゃんとkiyoshinoさんは船に上がってしまった。
すぐにウェットを着たノリちゃんだけが戻ってきた。ノリちゃんはとっても速いので、泳いでは止まって、泳いでは止まってを繰り返している。寒くなるのも無理はない。「ごめんね。キンのスピードに合わしてもらって・・・。これが海練習の条件だったからね。」
そういうやり取りの中、船は少しの間だけ止まっていたが、私の泳ぎはこのメンバーの中で最も遅いので先に泳ぎ出していた。多分、船内では「キンならほかって(ほおって)おいても大丈夫だ!」と思っているだろう。
10. 苦戦の波酔い
泳ぎ始めてすぐに船が近付いて4回目の栄養補給を取った。4回目と言うことは今のバタバタも考慮し、大瀬崎の折り返しは2時間40分前後だとわかった。良いペースではあったが、やはり帰りはバシャバシャの向かい波、泳ぎにくい波である。自然にみんなが疲れてきたのか、離れて泳ぐようになってきた。
船に寄って固まっていたいが、ノリチャンは寒さと競泳用の速さで船の前まで行っては止まって、ラッコのように上向きに浮いていたり足を上げたりして待っていてくれる。チエちゃんは私と一緒くらいのペースで近付いたり離れたりしているが、時折船の後方の菊地さんの視界に入らない舷の近くに寄り過ぎるため、スクリューに巻き込まれないか菊地さんは心配したらしい。
そう、何をしているのかと思えば、船の後方にぶら下がっている黄色いフェンダーにつかまってkiyoshinoさんと何かをしゃべっている。何をしゃべっているかはわからないが、補給時間以外はあまり止まっていたくない。潮で流されてしまうからだ。ノリちゃんと私は前へ前へと進む。
5回目の栄養補給。補給品をあまり口にしないノリちゃんがそのまま船に戻すと、「全然飲んでいないじゃないか!」と石井コーチが叫ぶ。ノリちゃんは「気持ち悪い。波酔いした・・・。」と言っていた。「コーチ、波酔いしたんだってぇ~!」。本当に辛そうだ。相変わらず波は前からザブザブと押し寄せてくる。
ノリちゃんは船に少し乗っただけでも船酔いするタイプだそうだ。そりゃあこの波は行きと違って凪ではない。このバシャバシャ波なら酔うであろう。しかし私は「泳いでも酔うし、船に乗っても酔う。同じ酔うなら泳ごう!」と声を掛けた。案の定泳ぎ出し、「みんなで完泳しよう!」、「波酔いもわかるが、ここで負けたらいかん!」。船酔いも波酔いもしたことのない私は簡単に言っているが、当の本人、エライと思うよ!
こんなバシャバシャ波で酔った人もいるし、必死になって泳いでいると、石井コーチがカップラーメンをおいしそうにみせびらかしながら食べ始めた。知らないうちに作ったんだ・・・。するとkiyoshinoさんも、あれは“ドンベエ”かな? 食べ出した。私は「いらないよ~!」と「アホ~!」とで手を振り、叫んだ。良かった。この波でジャンケンされたらどうしようかと思ったよ。まあ相手はしてあげるけどね。
11. 苦難の向こうに見えるもの
6回目の栄養補給。ノリちゃんはまだ気持ち悪そう。そこで私は「さっきは少ししか飲んでいないから、今度はたくさん飲んで。じゃないと力尽きるよ!」と言った。「そうだね!」と無理やり飲み、「あと2時間泳ごう。」とインプットさせた。今までの私の経験上、行きが2時間40分であれば、帰りは3時間40分の予定で泳ぐのだ。それで速ければ言うことないし、遅ければ「あと1時間。」と予想を立て直してこの“淡島~大瀬崎2-way”をいつも泳いでいるのである。まあピッタシカンカンではないが・・・。
ノリちゃんが「飴が舐めたい!」と言い、kiyoshinoさんがカバンからさばくり(探し)出すが、「もういらない!」と泳ぎ出す。しかしまた止まっていて、それは遅い泳ぎの私に気を使っているのか、波に酔ってしまったのかはわからないが、とにかくこの時、ノリちゃんの栄養補給の入れ物はチエちゃんがタモ網の中に入れていた。さっきまでは泳ぎの速いノリちゃんがチエちゃんの入れ物をタモ網に入れていたが、困っている時はお互い様なのである。ちなみにこの栄養補給の入れ物は、タモ網を持っている石井コーチが回収している。
徐々にチエちゃんのペースが遅くなり始めた。先頭からノリちゃん、私、後方にチエちゃんと離れ離れになってきた。でも時折チエちゃんの姿はクロールではなく、平泳ぎや背泳ぎをしているのがわかった。前から波が来ているので、海水を飲んでしまわないか、少々不安になった。「あとどのくらい?」と前方を見て確認している姿も不安を増す要因になっていた。
7回目、8回目の栄養補給が終わり、9回目の補給でチエちゃんの様子をうかがっていると、船の横で石井コーチとkiyoshinoさんとに何かを話している。ずっと見ていた私には、
石井「もう少しだよ。あそこにゴールが見えるでしょ!」
kiyoshino「もう少しがんばりなさい!」
と言っているように見えた。そして菊地さんまで操舵輪を捨て、様子を伺いに来た。それを見ていた私は「チエ、泳ぐよ。おいで!」と手で招いて、止まっているチエちゃんを導いた。その時私は涙を浮かべていた。「チエ、あと少し。一緒に泳ぐから、一緒に完泳しようよ。私、気がつかなくてごめんね。今からはずっと横で泳ぐから。」
12. 感動を共有
何だか私は原点に戻った気がした。そう、あれはもうかれこれ10年くらい前になるが、初めての海外レースで目撃したフィニッシュの場面だ。グアムのココス島からグアム本島まで泳ぐレース。最後にゴールした女性スイマーに付き添った男性スイマーは、二人で手を上げてゴールした。そして女性スイマーは「ありがとう。ありがとう。」と何べんもお礼を言いながら涙を流していた。一方男性の方は「一緒にゴールするって約束したじゃないか!?」と言いながら、二人は抱き合って喜んだ。
そう、今はチエちゃんが残り1670mというところで止めようとしている。「一緒に泳ごう。」、「隣で泳ごう。」、「チエちゃんを導いて、喜びの感動を共有しよう。」と考えた。
人間は弱い。目の前に見えているものが、海では見た目通りに泳げないのが常である。泳いでも、泳いでも近付かない。それが海である。この苦しさを私はドーバーで嫌と言うほど経験している。チエちゃんも同じ状態に陥っているかもしれない。いつかは「泳げば着く!」という気持ちに変化させなくてはいけない。方向確認は常に船が担当している。距離確認で前を見ることは、マイナスになってもプラスになることは何もない。だから、船だけを見つめながら泳ぎ続けなければならない。そのことを理解させなければ。そう思っていた。
しかし相変わらずチエちゃんは時折平泳ぎになっては前を見た。10回目の栄養補給で「チエ、止まらずにまっすぐクロールで泳ぎ続けなさい。」と私は忠告した。もちろん「もう目の前だからね。」とやさしい言葉もかけていた。船からも何かを叫んでいる。ノリちゃんがチエちゃんに近付き、チエちゃんの飲んでいた栄養補給の入れ物をタモ網に入れてくれた。やはり「持ちつ、持たれつ」なのだ。
13. 感謝の完泳
そう、あの時・・・。2005年、初のドーバー完泳の時だった・・・。夜間泳。「もう泳げん。寒い!」と叫んでは止まって、「もう止めよう・・・。」と私は何度も思い巡らせていた。それが船の中にいたみんなが「Go! Go! Miyuki!! Go! Go!」と、石井コーチは「クロール、クロール。泳げ!」と後押ししてくれた。その光景を走馬灯のように横切っては思いを巡らせていた。
それからは先頭を切ってノリちゃんが泳ぎ出し、チエちゃんと私は後を追って再び泳ぎ始めた。物標のホテルが徐々に近付き、船が止まる。あとはビーチを目掛けて泳いで行くだけだ。多分みんな感じていただろう。浅瀬に近付き、岩が身近になった時、「到着したんだ・・・。」と「やったぁ~!」という達成感がジンワリと湧いてくることを。
満潮に入っていたせいか、砂浜が少ししかなく、みんなはそこを目指して泳いだ。上陸するとみんなで抱き合い、そして淡島のホテルから4~5室の泊り客がベランダから観て下さり、私たちに拍手喝采を浴びせてくれた。私たち3人は手を振り続け、頭を下げた。次に3人並んで右手を上げ、石井コーチの撮影、ホーンの合図と共に船に戻った。
キン「みんな、オシッコしたい時は、今のうちにするんだよ。船に乗ったら出来ないから。それから船にはみんなが先に乗って下さい。私は最後に乗るから。」
みんな「OK牧場!」
私たちは今日一日無事完泳出来たことに感謝しながら船へと泳ぎ出した。
ノリちゃんが船の梯子がついていない方向へ泳ぎ出し、みんなで「こっち、こっち!」と叫んだのが印象的だった。
最後に私が梯子を使って船に上がろうとするが、体重が重いので「コーチ、助けてぇ~!」と叫んで甘える。石井コーチは必ず助けてくれるのだ。(ウシシシシシシシ・・・。)
そして菊地さんに「ありがとうございました!」とお礼を言った。
14. 泳ぎ終われば
船に上がり、kiyoshinoさんがみんなに検査着を着させている。これは私の大好きな人からいただいたもの。最後にkiyoshinoさんは私にその検査着を着させてくれたが、何かおかしい。
石井コーチ「もう、“こうやって着せるんだよ。”って言ったでしょ!」
やっぱり裏表反対に着させているのか!?
多分あせっているから仕方がない。
石井コーチは熱いお湯をキンに渡した。でも私はノリちゃんとチエちゃんに「お先にどうぞ。」と渡した。
水温が22℃もあれば私的にはまだまだ余裕があり、気配りも自分なりに出来て良かったと思う。もちろん帰りの船上でも泳ぎ終わった後の自分にとって、遠泳では少しなりでも役に立つことが出来るんだなと実感した。
15. お世話
港に着き、いつものように荷物運びをするが、ノリちゃん、チエちゃん、kiyoshinoさんには「先にお風呂に直行するように」言い、石井コーチとキンは遠泳用品の後片付け。それから荷物を民宿「桂」まで運び、その足でお風呂に直行してみんなの様子を見た。身体のラノリンがついた状態を見ると、けっこう取れているので取り方のアドバイスの必要はなし。キンは遠泳用品の洗い物がたくさん溜まっているので、自分もお風呂に入りながら“チャッ、チャッ、チャッ”と片付け、自分についたラノリンも落としていった。
ちょうどお風呂から上がるとギャル3人組がおり、洗い物の運搬と干すのを手伝ってもらい、とっても楽チンに終えることが出来た。
16. 心の拠り所
それからは夕食兼反省会。18時より民宿「桂」に菊地さんご夫妻を招いて、今日の遠泳についていろいろうかがう。話が尽きず、美味しい料理とアルコールがいっそう盛り上げる。しかしいつも菊地さんは本当に良い話を聞かせてくれる。
「桂」の料理は数えると10品以上。津軽以来、久しぶりの美味しい料理だ。そう、私の体重は7月より4kg以上痩せてしまった。来年のドーバーに向け、太らなくてはいけない。6週間もドーバーに滞在すると、食生活も変わったかもしれない。
それからはカラオケタイム。あんまり歌を聴かない私。なかなかないチャンスの時間。「桂」の隣のスナック「幸」でカラオケを満喫する。その時いつも、いつも応援してくれる菊地さんの奥さんに、今までの思いの全てを打ち明けた。次から次へと心の底から流れ出る私の思いは、涙と共に溢れていた。少しの間、連絡が途絶えたことも心配してくれていたようだが、非常に落ち込んでいた私は誰にも連絡はせずにいた。まあ現在も全てが全て脱皮が出来たわけでもなく、これを乗り越えるには、もう少し時間が必要であろう。
17. スナック「幸」とカラオケ
最近、海練習の後にスナック「幸」で歌っているせいか、顔馴染が増えた。いつも“五番街のマリー”を歌う女性にお会いし、初めて少し話し込んだ。この方の歌は忘れることが出来ないくらい上手で、「今日は歌って下さい。」とお願いをした。「今日の私はいつもより酔ってるよぉ~。」と言いながら歌ってくれたが、良い歌だ。
菊地さんは新しい歌が多く、ノリノリでテンポ良く歌っている。奥さんは「ああやって歌うから次の日疲れるんだ。」と言うが、遠泳のサポートの後で「どこにあのエネルギーがあるのか!?」と思うほど歌って踊って元気が良い。見習わなくてはいけない。
負けずにkiyoshinoさんが歌う。“異邦人”。石井コーチも加山雄三の“海、その愛”と、ビートルズの“ミッシェル”を英語で歌う。すると負けず嫌いのkiyoshinoさんがカーペンターズの“遥かなる影(Close to you)”を英語で歌う。良い歌、歌っているじゃん!
kiyoshinoさんは私と同じ世代。若いと思いつつも、ついつい手拍子が・・・。おまけに口ずさんで歌っている。やはりその時、その時の巡り合わせを大切にしていかなければいけないと、つくづく感じた日でもあった。
エッ? 私・・・? そりゃテレサ・テンに決まってるじゃん!! 十八番(おはこ)だよ!
18. 元気をもらって
今年を振り返って「良い夏だった!」とあまり言えない自分の中で、少し前まで“閉じこもり”の傾向にあった。巡り合わせや環境が、自分の意志とは無関係に一人歩きしていたからだ。その一人歩きが私にとってマイナスの方向へ動いていた。それはもちろんそうならないように手立ては打っていたつもりだが、やはり“甘さ”もあるし、見通しと違う結果が出てしまったこと、思わぬ大きな事件が発生してしまったことなどがあった。でもそれは・・・、その全てを含めて“遠泳”であり、“人生”なのだ。決して“順風満帆”とはいかない。それを望む方が誤りなのかもしれない。
ドーバー1-wayの私の成功率は約71%(7回中5回の成功)。津軽は約67%(6回中4回の成功)。ドーバー2-wayは0%(3回中0回の成功)。トータルすると5割を少し越したくらいかな・・・。野球のバッターは打率3割を越すと「強打者」と呼ぶらしいから、そういう意味からも、そろそろ“ベテランさん”と呼んで良いころだろうと判断している。
ただそこには“運”、“不運”がある。長時間のマラソン(遠泳)の中では眼に見えない上り坂や下り坂、凸凹道もあって、緩やかな下り坂では「運が良い!」と思いながらも気が付かないうちに下がっていて、あとからショックを受けることがある。逆に緩やかな上り坂では苦しさから「不運!」と思いがちだが、結果的にラッキーだったこともたくさんあるのだ。
マラソン(遠泳)は人生にオーバーラップすることが多い。
そのことにようやく気がついてきた昨今、再び「一から出直したい!」という気持ちになった。どちらかと言えば今までが人生の緩やかな“下り坂”だったのであろう。「ラッキー!」と思いながらもその後に大きなショックを受けた。しかし今はこれからが上り坂かもしれないが、あえてその坂道を登って行こうという勇気が湧いてきたのだ。
皆さん、“キン”こと「藤田美幸」は生まれ変わります。皆さんの元気と一つ一つの励ましで、もっともっともっともっと自分の夢に近付いていきます。
応援、宜しくお願いします!!!!!
19. 諸先輩からの応援歌
いつも私が練習しているロイヤルスポーツクラブでの話。初めてお話しする70歳くらいのご婦人。ヘルスメーターの使い方がわからず、私に聞いてきた。そこで少し話し込んだ。そのご婦人の話しによると、家を出るとき主人に「もう私たちは先が長くないのだから、私たちが亡くなってから若い者が困らないように、要らない物はどんどん捨てましょう。」と話したそうだ。そこで私の「生まれ変わろうと思った勇気」の話しをしたら、「今日はロイヤルに来て良かったよ。良い話しを聞いて元気をもらった。ありがとう!」と言ってくれた。ただ、今の自分を話しただけだが、これほどに喜んでくれる人がいることに、「泳ぐことをあきらめずに良かった。」と、これほど思ったことはなかった。
一方同じくらいの年齢だが、私の最も尊敬するN先生は、とある海を2年がかりで泳ぎ終えた。その心境を報告する手紙が届いたので少し紹介する。
「先日はTelありがとう。以前のあなたの声になっていて安心しました。
<泳法について書かれているが、ここでは省略>
泳ぐことは出来るけど、教えるのはうまくない方々が、時々“ハッ”とするような良いことを言ってくれます。人任せではなく、自分で考えるのが良いと思います。
<中略>
○●(海)を泳ぎ終えて一番嬉しかったのは、燃え尽きなかったことです。「これで終わり」ではなく、これからもずっと努力して、より高い目標に向かって泳ぎ続ける気力が湧いてきたことです。」
素晴らし~~~~~~~~~~~~い!!!!!!!!!!!
20. 今回を振り返って
今回は今までと違う。一人ではなく、ギャル4人組だ。菊地さん、奥さん、石井コーチ、民宿「桂」さん。わがままな私たちの希望を聞いて協力して下さり、心から御礼申し上げます。いろいろ気を使わせてしまい、私自身、頭の下がる一方だ。
しかしお蔭様で私は泳ぐ気力がこれまで以上に湧いてきた。N先生の手紙も含めて「生きることの素晴らしさ。」、「目標を持つ素晴らしさ。」、「夢を追い掛けることの素晴らしさ。」、これらは幾つになっても忘れてはいけない。
一日一日を大切に、コツコツとやっていれば、遠い遥か彼方の難しい私の夢にも、少しずつでも近付けるのではないかと最近思えるようになった。やって行くうちに「カンタンじゃん!」と思える日が、夢の2-wayがかなう日が、いつかは必ずやって来ると信じている。
最後に残念ながら10月18日に、“ミミ”の愛称で親しまれた日本水泳連盟理事の木原光知子さんが、くも膜下出血のため59歳で亡くなられた。彼女は1964年の東京オリンピック、競泳に16歳で出場し、その後はタレント業に入り、「ミミスイミングクラブ」で水泳の普及に貢献されたことは記憶に新しいことだろう。その彼女の言葉を紹介しよう。
「老いることは怖くない。目的がなくなることが怖い。何でもいいから、好きなことを見つけることが大事。」
木原光知子さんには心から哀悼の意を表しますと共に、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
安らかに御永眠されますよう・・・。
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