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わくわく、どきどき、台風の目。

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2007年9月の記事

ドーバーと津軽の海峡横断泳報告(2007) Vol.01

1. 海峡を泳いで渡るのに都合が良い日
 海峡横断泳は、季節が夏、時期は小潮周りが良い。ちなみにドーバー海峡の横断泳をサポートし、公認する団体“CS&PF(Channel Swimming & Piloting Federation)”でも小潮周りを「泳ぐ期間」としている。そして、今年の小潮周り(CS&PFが発表した泳ぐ期間)は次の通りである。

   (表1.)小潮期間(2007)

  1. 6月中旬~7月 1日
  2. 7月 7日~14日⇒キンちゃんドーバー1-way
  3. 7月20日~29日
  4. 8月 6日~12日⇒キンちゃんドーバー2-way
  5. 8月19日~26日
  6. 9月 4日~10日⇒キンちゃん津軽縦横断1-way
  7. 9月17日~24日
       (「CS&PF」より)

Image096 「⇒」の後は今年のキンちゃんの予定を記入した。ただし津軽では日本時間に直すので9月3日~7日とした。
 我国では「表1」による1、2は「梅雨」の時期で、5、6、7は「土用波」の時期である。すなわち我国の海峡横断泳に最も適した時期は3、4で、年間を通してもチャンスはこの2回くらいしかない。同時にこのような季節による特徴のある天候の傾向が我国だけにあるのではなく、諸外国でも同様で、ドーバーでも3、4の時期にスイマーが殺到している。
 更に調べると成功率の最も高い時期は「4」であった。そこで今年のメインイベントである「ドーバー2-way」は「4」にした。またこのメインイベントを中心にキンちゃんの疲労や体調を考慮し、「ドーバー1-way」は「2」に、「津軽」は「6」に持っていったのである。しかしこれらはあくまで「統計と確率」で、実際はその日になってみないと天気も海の状態もわからない。

2. 今年のドーバーは
Image045 今年のドーバーは天候が悪く、イギリス上空は「ジェット気流」が停滞し、常に低気圧がイギリス本土を覆っていた。記録的な大雨が降り、各所で洪水が氾濫し、農業や畜産業では大打撃だったようだ。また、日本を出発する前から「今年は天候が悪いので、日程の変更希望者は早めに予約したパイロット(伴走船の船頭)とコンタクトを取るように。」と、ドーバー泳を公認する協会のセクレタリーから連絡があった。これは異例なことだ。しかし、我々がパイロットとの予約を取ったのは1年前のことで、それに合わせて飛行機や宿の予約も取っている。おいそれと簡単には日程変更が出来ないのだ。それは例えばイギリス在住の方なら問題は少ないだろうが、我々のように遠く外国からドーバーへ訪れる者には無理難題であった。
 実際に今年のドーバーは天候が悪く、気温が上がらずに毎日暗い雲に覆われた日々が続いていた。そのような中でも7月10日、「梅雨の中休み」のような悪天候の隙間にキンちゃんは1-wayを泳いだ。

   イギリス⇒フランス 13時間59分 成功

 しかし表1による「3」の日程で有力なアメリカ人女性スイマーによる1-way、2-way、3-wayのソロ(独泳)スイムが行われたが、悪天候のため、誰一人1-wayすら成功させた者は出なかった。他のスイマーもそのほとんどが失敗に終わっていた。それほど今年のドーバー(イギリス)は天候が悪かった。
 事実、実際にキンちゃんの2-wayを泳ぐ予定日は「4」の8月6日だったが、天候が悪く急遽取りやめになった。しかし滞在できる時間もあまりないので、「絶好の日和」とは言えないが、今回の本命である2-wayを8月10日に泳いだ。

   イギリス⇒フランス 13時間54分 成功

   フランス⇒イギリス 大腿部痛のため断念

 1-wayは泳げたものの、帰りは大腿部痛のため泳がなかった。それでもこの悪天候の中、1-wayを成功させたのは、この日に泳いだスイマーの中ではキンちゃんだけだった。このことだけは付け加えておきたい。
 ちなみにキンちゃんはこの横断で日本人では最多の5回泳いだ新記録を樹立している。イギリス風に表現すると、“Queen of the Channel in Japan”(日本のドーバー海峡横断泳の女王)となった。

3. 台風9号と津軽海峡
61 あくまでも統計と確率の話だが、北海道には「梅雨も台風も来ない」と相場が決まっている。しかし台風9号は関東地方に上陸するとそのまま北上し、我々が泳ぐ予定の津軽海峡を横断して北海道に訪れた。
 泳ぐどころの騒ぎではなく、生まれて初めての「非難」を強いられた。当然、津軽海峡は泳げずに終わった。
 今振り返ると、今年は不完全燃焼の夏だった。詳しくは徐々に掲載していきたい。

4. 海峡横断泳の方法(ソロの場合)
Image069 ドーバー海峡横断泳を公認する団体の規則を簡単に紹介しよう。
 1.出発日時の決定権
 出発日時の決定権は、泳者の予約した伴走船のパイロットにある。
 あらかじめ定められた泳ぐ期間(小潮期)に、パイロットより泳ぐ予定の24時間前に泳者へ連絡がある。その指示に従うこと。(泳者に決定権はない。)
 2.出発と到着
 出発は、泳者の身体の全てが陸上にあり、オブザーバーの出発合図を持って出発とする。
 到着は、泳者の身体の全てが陸上にあり、オブザーバーの到着合図を持って到着とする。(到着地によって例外があるが、オブザーバーの判断によって、その指示に従うこと。)
 3.泳中
 泳中に泳者は、船舶に触れる。他の泳者に触れる。など、横断泳の補助的行為をしてもらってはならない。
 ただし、他の泳者が1名まで、1時間までなら伴泳をしても良い。
 4.水着
 標準的な水着を1枚着用のこと。ウェットスーツなど、保温、浮力の増加、抵抗の軽減などの目的を持ったものの着用は禁止。
 ただし、脂類を身体に塗ることは認められる。

 以上、よく聞かれる質問の答を上げた。

 次にキンちゃん独自の方法を上げてみよう。

 1.泳法
 クロール。3ストローク1ブレッシング。つまり3回手をかいて1回呼吸する。この方法だと左右に息継ぎすることになる。息継ぎのときに伴走船の位置確認をしているが、伴走船がキンちゃんの右側でも左側でも伴走することが可能になっている。(この泳法は、海を泳ぐ全ての泳者にお勧めする。)
 2.栄養補給
 「マキシム」(商品名)と呼ばれる炭水化物(エネルギー源)97%、ビタミンB2(炭水化物誘導体)2%を主体とした栄養補給品に、グルコース(果糖:糖質)とお茶(味付け)を混ぜた液体300mlを40分毎に飲む。
 1回の栄養補給でご飯なら小さな御飯茶碗で軽く1杯分。パスタなら約半分。食パンなら1切れちょっとカロリーが摂取できる。
 3.補給方法
 「プラティパス」(商品名)と呼ばれる柔らかい携帯水筒に栄養補給品300mlを入れ、“貼るタイプ”の使い捨てカイロでサンドし加熱する。
 更にこれを保温バッグに収納し約6時間経つと、栄養補給品は60℃くらいに加熱される。
 船上より加熱された栄養補給品入りプラティパスにロープをくくりつけ、それを泳中のキンちゃんに投げ、受け取ったキンちゃんが栄養補給品を飲む。
 補給品が熱すぎた場合、ドーバーの水温はほぼ16℃程度なので海水に浸けて置くだけですぐに冷却される。
 これをキンちゃんが受け取ってから飲み終わるまでを10秒以内で完了するよう訓練した。泳ぎの停止時間を極力控えるためにである。
 この加熱方法は、火を使わずに加熱する方法として石井が考案した。

 以上、よく聞かれる質問の答を上げた。

CS&PFの暫定的な統計結果(2007)

P70800012 本年9月24日現在、CS&PFで公式に認められたドーバー海峡横断泳を総計してみました。
 これは規則に沿って泳いだ横断泳のみで、公認されたものです。(規則外にいくつかのウエットスーツ着用例がありましたが、これらは省きました。)しかし、今シーズンが終わったわけではありませんので、さらにいくつかの横断泳がまだ登録される可能性があります。

[総計]
公式記録 134回成功

[内訳]
 1-way(ソロ、リレーを含む)の挑戦回数 140回
   108回の成功。成功率--77%

  • ソロスイムの成功率 65%
     挑戦回数 91回(59回成功 32回失敗)
  • リレースイムの成功率 100%
     1-wayリレー 25回成功
     2-wayリレー 3回成功
     4-wayリレー 1回成功
     特別なリレー 14回成功

[パイロットの新記録]
 ランス・オラムと彼のチームは、シー・サティン(船名)で100%の成功率を達成。
    2回泳いで横断
   14回 ソロ1-way
    8回 1-wayリレー
    1回 2-wayリレー
    1回 4-wayリレー
    3回 世界新記録(と思う。)

Image032 * ドーバー海峡横断泳をバックアップし、公認する団体は、現在2つあります。一つはCSA(Channel Swimming Association Ltd)で、もう一つはCS&PF(Channel Swimming & Piloting Federation)です。どちらもよく似た団体ですが、まったく違う組織です。
* 上記はCS&PFのみのデータです。

Telegraph magazine

キンちゃんがドーバーで取材された雑誌の記事が公開されました。

Channel number one

P71000252写真はキンちゃんの1-wayを取材するために船に乗ってくれた記者のトムです。
(船酔いでかなり苦しかったようですが・・・)

写真上:左はボランティアでオブザーバーのリック、右がトム。
この日の気温、約18℃。どちらの服装が気温に合っているか??
まあ、16℃の水温で泳いでいる人もいるわけですが、何となく“季節感”がない・・・???
ちなみにリックはキンちゃんが2005年のガートルード・エーダリ賞を受賞したとき、そのクリスタルトロフィーを日本(成田)まで持って来てくれました。

P71100532写真下:泳ぎ終わってドーバーまで戻ったときのトムとキンちゃん。
二人とも別々の意味で“安堵感”が漂っている・・・。

*日本語に変換するには各翻訳サイトをご利用下さい。

はるさん

P91700362_2 オーシャンスイマーにとって有益な情報を提供し、誰もが知っている有名なウェブサイト、「泳ぐ旅人」のはるさんがトラジオン事務所に遊びに来てくれました。

 はるさんはトライアスロンにも挑戦中で、自宅(東京都練馬区)から「東京辰巳国際水泳場」まで、荒川の河川敷を使ってバイク(自転車)で行った帰りに寄ってくれたものです。

 荒川の河川敷はトラジオン事務所からも近く、時折、トラジオン遠足で上流から下流まで歩いたりしています。またエンジン付きのゴムボートで岩淵水門から隅田川を下り、東京湾から荒川を上り、岩淵水門まで帰る川遊びをしたりもしました。荒川について詳しくは、「荒川流域のポータルサイトARA」(国土交通省荒川下流河川事務所)をご覧下さい。

 いつしかtoraはこの岩淵水門から隅田川を下って、東京湾から荒川を上り、岩淵水門まで帰るカヤックのツーリングをやりたいと思っています。でも、カヤックはドーバーで修理不能になるまで壊れましたので、ドーバーで廃棄処分をしてきました。カヤックを手に入れなければならないし、いつになるかなぁ~、この企画が出来るのは・・・。

 いずれにせよはるさん、トライアスロン、陰ながら応援させていただきます!

 そしてまた遊びに来てくださいね!!

キンちゃんの海峡横断泳経歴(ドーバー&津軽のみ)

P70800062日付:2002年8月3日
場所・方法:ドーバー・1-way リレー(英⇒仏)
出発時間:06:57
出発地点:Shakespeare's Cliff
到着時間:19:00
到着地点:Cap Blanc-Nez
記録:12時間03分
公認:CSA
船名:Seafarer
パイロット:Chris Osmond
コメント:キンちゃんはこのリレー泳で物足りなさを感じ、ソロスイムを決意する。
 しかしソロスイムでも1-wayではなく、いきなり2-wayを目指す。この辺が「キンちゃんらしい」ところ。

日付:2004年7月24日
場所・方法:ドーバー・2-way ソロ(英⇒仏⇒英)
出発時間:03:30
出発地点:Abbot's Cliff
到着時間:
到着地点:
記録: 時間 分
公認:CS&PF
船名:Suva
パイロット:Neil Streeter
コメント:9時間47分泳ぎ、ドーバー海峡3/4の地点で大腿部痛のため断念した。
 また、CS&PFのアドバイザー、フリーダより「あなたは1-wayから始めなさい。」と言われ、1週間後に再チャンスをもらった。

日付:2004年7月30日
場所・方法:ドーバー・1-way ソロ(英⇒仏)
出発時間:09:57
出発地点:Abbot's Cliff
到着時間:
到着地点:
記録: 時間 分
公認:CS&PF
船名:Suva
パイロット:Neil Streeter
コメント:13時間35分泳ぎ、フランスの手前3km地点まで行ったが、パイロットより「危険」と判断され断念する。

日付:2005年5月 日
場所・方法:津軽東口・1-way ソロ(青⇒北)
出発時間:
出発地点:下北半島佐井村磯谷
到着時間:
到着地点:函館市戸井浜町
記録: 時間 分
公認:海峡横断泳実行委員会
船名:第31栄幸丸
パイロット:安宅  勉
コメント:5月30日~6月1日に泳ぐ予定だったが、天候不順のため断念。
 ホップ・ステップ・ジャンプの要領で、津軽1-way、ドーバー1-way、ドーバー2-wayと行く予定だったが、出鼻でくじかれたカタチになった。

日付:2005年7月14日
場所・方法:ドーバー・1-way ソロ(英⇒仏)
出発時間:16:07
出発地点:Shakespeare's Cliff
到着時間:09:10(翌日)
到着地点:Calais
記録:17時間03分
公認:CS&PF
船名:Suva
パイロット:Neil Streeter
コメント:早朝のスタート予定が濃霧のため12時間遅れとなった。このためほぼ夜間を泳ぐカタチになった。このとき夜間の水温は一時13℃以下に落ちた。
 “冷たい”、“寒い”で「もう上がりたい・・・。」と弱音を吐くキンちゃんに、「ダメだ! 泳げ!」と石井コーチが命令し、泳がせたのは今も語り種になっている。
 ちなみにこの日泳いだスイマーの中ではトップの成績だった。

日付:2005年8月2日
場所・方法:ドーバー・2-way ソロ(英⇒仏⇒英)
出発時間:08:45
出発地点:Shakespeare's Cliff
到着時間:22:26
到着地点:Wissant
記録:13時間41分
公認:CS&PF
船名:Suva
パイロット:Neil Streeter
コメント:フランスを折り返し、3時間52分泳ぎ続けたが、オブザーバーより「危険」と判断され、17時間33分で断念した。翌3日、02時18分の出来事だった。
 1-wayで公認してもらえたが、キンちゃんは2-wayが成功しなかったことについて、非常に落ち込んだ。しかしこの努力が認められ、2005年のドーバーを泳いだ女性による最も価値のある賞として「The Gertrude Ederle Award」を受賞する。
 ガートルード・エーダリ(Gertrude Ederle:1906年10月23日~2003年11月30日:アメリカ人)は、史上初の女性ドーバー完泳者(1926年:14時間39分:仏⇒英)。
 「人々は『女性がドーバー海峡を泳ぐことが出来ない。』と言いましたが、私は自分自身で泳ぎきれることを立証しました。」(エーダリ)

日付:2005年8月30日
場所・方法:津軽東口・1-way ソロ(青⇒北)
出発時間:06:39
出発地点:下北半島佐井村磯谷
到着時間:18:15
到着地点:函館市戸井浜町
記録:11時間36分
公認:海峡横断泳実行委員会
船名:第31栄幸丸
パイロット:安宅  勉
コメント:5月に出来なかった津軽の1-wayを行った。
 キンちゃんにとって、ドーバーの2-wayで落ち込んだ気持ちを復帰するのに大いに役立った遠泳であり、大きな波や、渦の中を泳いだ経験は、その後のキンちゃんの海峡横断泳に向けての特効薬になっている。

日付:2006年7月18日
場所・方法:ドーバー・1-way ソロ(英⇒仏)
出発時間:04:37
出発地点:Abbot's Cliff
到着時間:18:12
到着地点:Cap Gris-Nez
記録:13時間34分14秒
公認:CS&PF
船名:Suva
パイロット:Neil Streeter
コメント:2007年のドーバー2-wayに向けて、練習のつもりで泳いだ。
 リラックスして泳いだのが良かったのか、2007年9月現在でキンちゃんのベストタイムになっている。
 ちなみにこの年、日本で練習をする予定だったが幾多の問題で出来なかった。

日付:2006年8月31日
場所・方法:津軽西口・3-way(1st leg) ソロ(青⇒北)
出発時間:04:46
出発地点:津軽半島小泊岬権現崎
到着時間:16:29
到着地点:松前半島福島町浦和
記録:11時間43分
公認:海峡横断泳実行委員会
船名:昭 勢 丸
パイロット:藤田  久義
コメント:日本の海峡は、夜間泳が困難。
 当初、3-wayは一気に泳ぐ予定だったが、夜間泳が「危険」と判断されているため、昼間に3回に分けて行うことになった。

日付:2006年9月2日
場所・方法:津軽中央・3-way(2nd leg) ソロ(北⇒青)
出発時間:04:15
出発地点:松前半島福島町浦和
到着時間:19:43
到着地点:下北半島佐井村佐井港
記録:13時間03分
公認:海峡横断泳実行委員会
船名:藤   丸
パイロット:福士  敏嗣
コメント:佐井の沖合3kmの地点で逆潮に会い、約3時間進めなかった。
 佐井の沖合にはマグロが飛び跳ねている。さすがにマグロの名所だ。

日付:2006年9月4日
場所・方法:津軽西口・3-way(3rd leg) ソロ(青⇒北)
出発時間:04:50
出発地点:下北半島佐井村佐井港
到着時間:15:03
到着地点:函館市戸井汐首岬
記録:10時間13分
公認:海峡横断泳実行委員会
船名:第31栄幸丸
パイロット:安宅  勉
コメント:汐首から太平洋側は波が高いため、浜町到着はあきらめて汐首に到着した。
 汐首を挟んで東側と西側は、驚くほど気象も海象も違う。

日付:2007年7月10日
場所・方法:ドーバー・1-way ソロ(英⇒仏)
出発時間:07:11
出発地点:Abbot's Cliff
到着時間:21:10
到着地点:Wissant
記録:13時間59分
公認:CS&PF
船名:Suva
パイロット:Neil Streeter
コメント:この年のイギリスは天候が悪かった。「梅雨の中休み」ではないが、運良く好天の日に泳いだ。

日付:2007年8月10日
場所・方法:ドーバー・2-way ソロ(英⇒仏⇒英)
出発時間:09:30
出発地点:Shakespeare's Cliff
到着時間:23:24
到着地点:Wissant
記録:13時間54分
公認:CS&PF
船名:Suva
パイロット:Neil Streeter
コメント:当初8月6日に泳ぐ予定だったが、天候の悪化が見込まれるため10日に変更した。
 実際10日も天候が悪く、この日に泳いだスイマーでフランスまでたどり着いたのはキンちゃんだけだった。
 キンちゃんはフランスまで泳ぐ途中、大腿部痛を訴えたため、1-wayで終えることにした。

日付:2007年9月 日
場所・方法:津軽縦横断・1-way ソロ(青⇒北)
出発時間:
出発地点:津軽半島小泊岬権現崎
到着時間:
到着地点:函館市戸井浜町
記録: 時間 分
公認:海峡横断泳実行委員会
船名:第61栄幸丸
パイロット:安宅  勉
コメント:この遠泳は100kmを越す移動距離があり、キンちゃんも石井コーチも最も楽しみにしていた企画だった。
 9月5日に北海道の戸井から青森の小泊まで移動し、6日に泳ぐ予定だったが、台風9号の接近による風波の影響で、断念することにした。

 キンちゃんデータ
1966年1月生まれ(41歳) O型 愛知県岡崎市出身在住 和菓子製造販売業
趣味:仕事 ビールを飲むこと 水泳 寝ること グルメ
(1日の中で、趣味以外をしていることはあまりない。)
得意:誰とでもすぐに友達になれること。

P71000142_2ドーバー海峡5回横断(日本人最多)

津軽海峡4回横断(日本人最多)

ドーバーでは“Queen of the Channel in Japan”(日本の海峡横断泳の女王)と呼ばれていた。

「夢×挑戦ブログ挑戦報告(8月)」

 今年のドーバー(イギリス)は天候が悪く、日本を出発する前から「今年は天候が悪いので、日程の変更希望者は早めに予約したパイロット(伴走船の船頭さん)とコンタクトを取るように。」と、ドーバー泳を公認する協会のセクレタリーから連絡があった。
 我々がパイロットとの予約を取ったのは1年前のことで、それに合わせて飛行機や宿の予約も取っている。おいそれと簡単には日程変更が出来ないのだ。それは例えばイギリス在住の方なら問題は少ないだろうが、遠く外国からドーバーへ訪れる者には無理難題であった。
 少なくともキンちゃんが泳ぐときには「好天を恵んで下さい。」と、ドーバーの神様におすがりし、我々は成田を飛び立っていった。
Jet_stream_07 実際今年のイギリス上空は「ジェットストリーム」が停滞し、常に低気圧がイギリス本土を覆っていた。日本に帰ってから「今年のヨーロッパは暑かったでしょう。」と言われたが、それはジェットストリームから外れたイベリア半島(スペイン、ポルトガル)やイタリアのことで、確かにその地方では気温が摂氏40℃を超す熱波で多くの犠牲者が出たらしい。しかしイギリスでは大雨による洪水がイギリスの各所で氾濫し、天候も悪く、農業や畜産業では大打撃だったようだ。
 気温が上がらず、毎日暗い雲に覆われた日々が続いていた。それでも我々のような外国から来たスイマーは、日程の変更がつかず泳いだが、そのほとんどは失敗に終わっていた。
 それでもキンちゃんはその悪天候の隙間をぬって7月10日に1-wayを泳いだ。
P71100452 イギリス⇒フランス 13時間59分 成功
(写真をクリックして大きな画像でご覧いただけると、キンちゃんの泳いでいる姿を見ることが出来ます。)

 それから天候を待つこと1ヶ月。次は今回の本命の2-wayを8月10日に泳いだ。
 イギリス⇒フランス 13時間54分 成功
 フランス⇒イギリス 大腿部痛のため断念

 1-wayは泳げたものの、帰りは泳がなかった。それでも悪天候の中、1-wayを成功させたのは、この日に泳いだスイマーの中ではキンちゃんだけだった。このことだけは付け加えておきたい。
 ちなみにキンちゃんはこの横断で日本人では5回泳いだ新記録を樹立している。イギリス風に表現すると、“Queen of the Channel in Japan”となった。
P81302712 また8月12日(日)に「ドーバーレガッタ」と呼ばれるドーバー最大のお祭りがあった。このときに何と日本のビールが売られていた。久しぶりに飲んだ日本のビールはとても美味かった!

東京に戻りました。

東京に戻りました。
9月8日、土曜日。函館発、羽田行の飛行機は、羽田発、函館行の飛行機の折り返しの便でした。思い起こせば9月1日に、我々が羽田からやって来た飛行機の、折り返しの便です。
やはり台風の影響か、羽田発の便が遅れていたので、函館発は定刻の10分遅れで飛び立って行きました。
それでも何とか羽田には到着し、足速に東京駅まで行くと、そのまま新幹線に乗ってキンちゃんは帰って行きました。
残念ながら泳げなかった今回の企画に関して、少なからず批判的なメールがキンちゃんのところに届いています。
たまたま今回は泳げず終いになっていますが、今回の企画を立案し、運営したのは私の方なので、全責任を私の方が追っています。したがって、批判を受けるのは私の方なので、方向にお間違えがないようにお願いします。
今回の企画は半年前から立案し、計画の作成から許認可、届まで私の方が行いました。実際、ドーバー滞在中に海上保安部から連絡をいただいたこともありました。とにかく多くの方々のご協力をいただいたことは確かです。

ドーバーを泳ぐには申込書、診断書、契約書、ソロならば16℃未満の水温で6時間泳の証明書があれば泳げますが、海峡横断の泳ぎにくい日本で津軽海峡を泳いで横断するとなると、増してや縦断も加わるとなると、申請から許認可、届まではドーバーの10倍以上の労力が必要となります。
しかし、その幾多の申請を通過して行く中で、賛同をいただいた方々も少なくはありませんでした。
単に「泳げた」、「泳げなかった」で一挙一動に批判するのではなく、このような行為が、少なからず泳ぎ以外でも悪影響を及ぼしていることはないと自負しております。
同時に幾多の問題を解決して行く中で、知り合っていく「人の輪」は、お金では買えない財産だとも思っております。
「泳げた」、「泳げなかった」のレベルではなく、こういった行為に対する批判なら、あえて喜んで頂戴しようと思いますので、宜しくお願い致します。
ちなみに津軽を泳ぐのに掛かる費用はドーバーの4分の1程度です。
写真は元気に新幹線に乗り込み、帰宅するキンちゃん。

非難

非難
9月7日、金曜日。現在、台風9号が津軽海峡を横断している。
我々の宿「トーパス・ヴィレッジ・ムーイ」はキャンプ場で、コテージまで行くのに小川を渡る。この小川は鮭も遡上するらしく、普段は清流が流れているが、今回は濁流が音を立てて流れていた。
そこで「非難して欲しい。」と言われ、現在は函館市戸井支所の集会室にいる。
生まれて初めての非難。
部屋は和室で、昔懐かしいトリオのステレオが設置されている。音は出るのかな?
何とレコードのターンテーブルが…。
写真はそのステレオ。
とにかく今夜はここで一晩泊まり、明日、飛行機で羽田に帰る。
ちなみに海は大時化。そんな中でサーファーが2人…。
湘南の主さんの話では、湘南でもこの台風の中、サーフィンを楽しむ命知らずのバカ者がいたとか…。
まあ「オレだけは大丈夫!」と思って海に出るのだろうが、自然を甘く見ているんでないかい?←北海道弁で!

その後の龍飛

その後の龍飛
龍飛埼灯台
2007/09/06
風向・風速(m/s)
07:55:東北東・13
07:25:東北東・13
06:55:東北東・12
06:25:東北東・13
05:55:東北東・12
05:25:東北東・10
04:55:東  ・11
04:25:東  ・11
03:55:東  ・14
03:25:東  ・13
02:55:東  ・14
02:25:東  ・13
01:55:東  ・12
やはり今日は無理なようです。
写真は津軽海峡から見た函館山。

風
9月6日、木曜日。この企画の中止基準である「龍飛の風」が10m/secを越している。
龍飛埼灯台
2007/09/06
風向・風速(m/s)
02:55:東・14
02:25:東・13
01:55:東・12
01:25:東北東・9
00:55:東・11
00:25:東・11
23:55:東・11
23:25:東・11
22:55:東・10
22:25:東・11
21:55:東・11
21:25:東・12
20:55:東・9
したがって本日予定している遠泳は中止にした。
全て準備は終わらせていたのだが…。自然相手の企画では仕方がない。

今、小泊です。

今、小泊です。
9月5日、水曜日。今日の天気は曇りですが、風がないので明日泳ぐ予定です。明日、02:00に小泊の権現崎をスタートします。
写真は北海道の戸井から、新艇「第61栄幸丸」で移動中のキンちゃんです。

明日のキン

明日のキン
9月4日、火曜日。現在、北海道函館市戸井町にいるが、明日、青森県津軽半島の小泊に移動する。
明後日、天気が良ければここ北海道函館市戸井町まで泳いで帰る予定だ。
もちろん湘南の主さんの言うように、天も神も味方につけなければならないが…。
たまたま今日は快晴で、津軽海峡を渡った青森県下北半島はちょいと手を伸ばせば届くような近さに見えた。しかし、実際は遥か彼方に見える津軽半島の更に向こう、日本海の小泊から泳いで来る予定である。
果たして120kmの遠泳は上手く行くだろうか!?

嵐を呼ぶ女

嵐を呼ぶ女
9月3日、月曜日。津軽海峡は朝から天気は悪く、低気圧と前線が通過しているようで、風は強く、雨が振り、海は大荒れに荒れている。
湘南の主さんが泳いでいる湘南の海と違って、津軽海峡は「嵐を呼ぶ女」に相応しい荒れた海だ。

泳ぐ予定日と予定コースを知らせておこう。
予定日は、2007年9月3日から7日までの間の好天の日。
コースは青森県津軽半島の小泊から、北海道函館市戸井町までの120km。
写真の海図は、過去のキンちゃんが津軽海峡を泳いだ航跡が書かれている。
上(北)が北海道で左下(南西)が青森県津軽半島。右下(南東)は青森県下北半島だ。
航跡の左(西)から4本ある線をA、B、C、Dと名前を付ける。
A=2006年8月31日、青森県津軽半島(小泊)⇒北海道(福島)3-way:1st leg(11時間43分)
B=2006年9月2日、北海道(福島)⇒青森県下北半島(佐井)3-way:2nd leg(15時間28分)
C=2006年9月4日、青森県下北半島(佐井)⇒北海道(戸井)3-way:3rd leg(10時間13分)
D=2005年8月30日、青森県下北半島(佐井)⇒北海道(戸井)1-way(11時間36分)

今回の予定コースはAの出発地点からDの到着地点までだ。
泳ぐ予定の前日に「第61栄幸丸」で青森県津軽半島小泊に行く。そして翌日の04:00にスタートして20:00にゴールする予定だ。
現在、我々はゴールの戸井に近いキャンプ場、「トーパス・ヴィレッジ・ムーイ」のコテージにいる。
したがって明日も泳ぐことはないが、少なくとも青森の小泊には行きたいと願っている。
しかし、7日まで泳げない可能性が、今の天気予報では高い。

ちなみに津軽海峡を泳いで横断するには、Aの航跡が一般的。それ以外は珍しい。

縄文人の航海

縄文人の航海
9月2日、日曜日。津軽海峡を泳いで横断するには、青森県津軽半島の先端「龍飛岬」の風速が10m/sec以下でなければならない。龍飛岬は風の名所で、風力発電のプロペラが幾つも並んでいる。そこの風が10m/sec未満なら、海峡の全ての風は10m/sec未満と判断出来るからだ。
これを決めたのは船頭の安宅さん。
ちなみに写真の船は今から5000年ほど前に縄文人が津軽海峡を横断するのに使用していた船を再現したもの。実際2002年に北海道大学の研究チームがこの船を使って当時の航海を再現した。
この時に伴走したのが安宅さんである。
キンちゃんが2005年の1-way、2006年の3-wayでの最後の3rd legでお世話になっている。
絶対的に信頼できる船頭さんだ。ちなみに本日の龍飛岬の風速は17m/sec。したがって明日の予想も悪いので、明日は泳がない。
天気予報では6日か、7日か?

今、函館です!

今、函館です!
9月1日、土曜日。今日は津軽海峡縦横断泳のため、キンちゃんは函館に来ました。この企画は日本海から太平洋へ縦断、青森から北海道へと横断をミックスした泳ぎで、約120kmを16時間で完泳する予定。
写真は伴走船「第61栄幸丸」と船頭の安宅さんとキンちゃん。
何とこの「第61栄幸丸」は、今年の8月26日に始めて海に浮いた新艇。
これで失敗したら、この新艇に謝らなければならないだろう!

帰国しました。

070816_1609471_2 気温が20℃を上回る日はあっても、25℃を上回る「夏日」はほとんどなく、夜間は13℃以下に下がるのも珍しくないドーバーより、時に40℃を上回る日もあって、夜間でも30℃以下になかなか落ちない日本に帰国した。今は時差ボケと、この猛暑に身体を慣らすことに躍起になっている。

(写真は成田までお迎えに来てくれた湘南の主さん)

 帰国日も間近だったドーバーの滞在を少し紹介しておこう。
 13日、月曜日。フランスまでの日帰り旅行に行ったのだが、結局マギーットたちとは一緒にならなかった。原因はやはり私の語学力不足。・・・というより発音の悪さだったと思う。
 マギーットは「9時30分のシーフランス(フランスのフェリー)で帰る。」と言ったので、早めに宿を出て「1日往復切符を2枚。行きは9時30分の船で、帰りはフランスを最終便で帰りたい。」と、シーフランスのチケット売り場で話したつもりである。ところが「1日」=“today”を、“two days”と聞こえるらしく、2日の往復切符をよこした。「違う、違う、“today”だ!」と言って直してくれたのはキンちゃんの方で、キンちゃんの発音の方がよく通じる。
 「歩行者は7時30分のフェリーまでの送迎バスに乗って下さい。」と言われ、言われた通りに7時30分のバスでシーフランスのフェリーに乗り込み、マギーットと約束の最上階の最前部に席を確保すると、ホッとしてビールを飲んだ。ところがこのフェリーは8時45分に出港したのである。「エエエエエエ!!!」と思っても後の祭り、今更戻って「9時30分に変えてくれ!」と言うわけにもいかず、結局マギーットには「ごめんなさいメール」を出して、そのままフランスに行くことになったのである。
 フランスのカレーに到着して、「キンちゃんが到着したヴィサンのビーチに行こう。」とインフォメーションを訪ねた。バスが行きに13:19、帰りは17:25の1本しかない。それだとギリギリにフランスを出る最終便のフェリーに間に合う。まあフランスとイギリスは1時間ほど時差があるのだが、フランス時間の12時にはカレーの市内にいたので、少しの時間で市内のショッピングセンターを訪ねた。大きなショッピングセンターで、中には日本の寿司レストランがあった。しかしお値段を見てウィンドウショッピングで終わらせた。
 ショッピングセンターのスーパーでサンドイッチと飲み物を買い込み、それを弁当にしてバス停に戻る。バスは湘南の主さんが到着したサンガッタのビーチを通り越し、ヴィサンへと到着した。しかし満潮時のようでほとんどビーチは見えなかった。1回目は私も一緒に泳いでゴールしたので場所はわかっている。しかし2回目はマイケル クロスが夜中にキンちゃんを誘導して泳いで行ったので場所がよくわからない。とにかく遠浅なので船はビーチの200mくらい沖までにしか近付けない。そこから先はマイケル クロスしかわからないのだ。「確か立とうと思ったらそこは岩場だった。他に誰も見えなかった。」とキンちゃんは言う。キンちゃんの証言の場所はわからなかった。
 護岸堤をベンチにお弁当を食べる。これがキンちゃんのサンドイッチはフランスパンで出来ていて美味しい。やはり食事はフランスの方が美味しいかもしれない。
 それからヴィサンの街中をそぞろ歩きし、土産物屋や食料品店などを覗いた。そのうち2人とも疲れてきた教会の前の広場のベンチに座って休んだ。しかしキンちゃんは身体を休ませても「人間ウォッチング」だけは休ませなかった。隣のベンチに座ったグループのお弁当の中身をしっかりと観察していた。そしてイギリスに帰ったらすでに終わっているであろう八百屋の玉ネギやニンジンをヴィサンで買ってしまおうと企てていたのである。
 「もう1回ビーチに行って、砂を取ってきたら買い物に行こう。」と言ってキンちゃんをビーチに連れて行った。すると潮が引いていて広大なビーチが広がっていたのである。まるでそれを待っていたかのように大勢の人々がビーチに繰り出して遊び始めたのである。特に「カイトセーリング」と言うのだろうか? カイトを使ってボードで乗る遊びが流行しているようであった。
 しばしそれらを見てから砂を摂取し、なるほどキンちゃんがゴールした地点には岩が崩れた跡があって、そこに到着したことがわかった。そんなこんなで、帰りはニンジンに玉ネギ、パンまで買い込んでヴィサンを後にした。

070815_012039 8月14日、火曜日。朝一番でパーカーに刺繍を入れてもらいに行った。これには5回目のドーバーを泳いだキンちゃんの記録が入る。帰りがてら洗濯に行く途中、冷たい雨が降り始めた。キンちゃんは雨具を取りに宿へ、私はコインランドリーに行く。キンちゃんが雨具を持ってコインランドリーに来ると、交代で私は駅にロンドンまでの切符を買いに行った。
 乾燥機に洗濯物を入れ、コインを入れると2人でビーチまで散歩に行った。こんな風が強く、寒い日でもビーチでは数名のスイマーが練習をしていた。インド人たちである。その帰り、スーパーに行くとキンちゃんはお土産品を買い始めた。選ぶのは普段着のイギリスの香りがする商品ばかりである。なかなかキンちゃんらしい。我々が宿で食べる食料品は買わない。食べ物はすでに在庫整理に入っていた。ただ夕方にはホワイトホースに行ってビールを飲み、店内の壁に5回目の記録を書きに行った。店内は雨のためか空いており、先にキンちゃんが書いた記録の脇に「2way頑張れ! マミ」と書いてある麻美ちゃんの字があった。5回目の記録を書き込むとキンちゃんは麻美ちゃんの字も含めて目立つようにそれを四角く囲った。
 その後、宿に戻って帰る算段をしていた。すると窓の外で大家さんと誰かが話している声が聞こえた。そのうちその誰かは「エエエ!! ミユキが来ているのぉ!!」と聞こえると、数十秒後には我々の部屋の扉を叩く音が聞こえた。扉を開けると立っていたのは去年、友達になったロシア人である。キンちゃんとロシア人は抱き合って再会を喜んだ。
P81400012 彼は去年、ロシア人として初のチャネルスイマーになった。今回は世話役として仲間のスイマーを男女1名ずつ、計2名。水泳コーチ1名に、もう一人の仲間1名、合計5名のグループで来ていた。何と言っても今回我々が滞在している宿は、このロシア人の紹介からである。また彼らはマギーットたちが滞在していた隣の宿、「チャーチルゲストハウス」に滞在していたのだ。何とも奇遇である。
 このロシア人の話によると、今回連れて来ているロシア人スイマーは、男女ともロシアではトップクラススイマーで、25kmを5時間で泳ぐそうである。で、日本にも福岡のOWS大会に来たことがあるとか・・・。
 現在ドーバーには昨年世界記録を樹立したドイツ人スイマーが滞在し、記録の更新を虎視眈々と狙っているが、このロシア人の話によると、その「ドイツ人よりも速い!」と言う。積もる話もあるが、「今回は世話役で来ているので、」と帰って行った。
 再び我々二人は帰る算段を開始すると、キンちゃんは「まだ残っている洗濯洗剤など要るかなぁ?」と言いながら、一つにまとめていった。それは本来、捨てて帰るはずだった品物たちである。夕食が終わった頃を見計らってその品物を届けに行った。するとロシア人は自分たちの部屋に我々二人を招待して、お茶やウィスキーを出してくれたのである。
 その部屋は台所や居間、ベッドルームなどが5つもあり、とても素敵な部屋だった。「1泊、100ポンドだ。」と言っていたが、4名くらいで滞在するならちょうど良い。ロシア人水泳コーチやスイマーも加わって話をした。
 話が終わって我々が自分たちの部屋に戻ると何ともむなしい部屋に見えた。1泊2名で20ポンド。ま、そんなものかな・・・?
 夜にアリソンからメールがあって、「ボランティアのお礼を今夜遅くにフーバーハウスに届けておくから、明日取りに行って欲しい。」と書いてあった。いろいろお世話になってお礼を言いたいのはこちらの方である。そんな幸せに包まれた気持ちでベッドに潜り込んだ。
 ちなみにロシア人は昨年、湘南の主さんと帰るときに渡した使い捨てカイロを1枚、大事そうに持っていて我々に見せてくれた。その時、今回は2wayを泳ぐつもりで1wayで終わったときに余った使い捨てカイロ30枚は、英語で書いてある取扱説明書をつけてフリーダにプレゼントしたが、「ロシア人に会うと知っていたらロシア人に上げたのに・・・」と私はちょっぴり反省した。

別れの頃

別れの頃
8月12日、日曜日。今朝も5時に起床、8時には宿を出てビーチに向かった。私たちにとっては最後のボランティアの日である。いつものようにお弁当のおにぎりを持って、ビーチでの設営から始まる。
今日はドーバーレガッタがあっても予定通り練習は行うのだ。ビーチにはすでにスコットランドの元ボクサー、トムがいて、「東京には1日しかいないが、長崎や沖縄なら少しゆっくり出来るのだがなぁ〜。」と、近付いた別れを惜しんでいるようだ。「オオそうだ、来年ミユキがドーバーに来たら、オレはスコットランドの海にあなた方を招待しよう。そこは対岸に島があって、島からこちらまでは約25km。ミユキが練習するにはちょうど良い距離だろう。」と、どんどん計画を勝手に決めていってしまう。「ありがとう!」と言いながら、来年はまだどうなるかわからない私たちがそこにいた。
キンちゃんは設営が終わるとトムと一緒に泳ぎに出て行った。なぜなら昨晩のバーベキューでフリーダに「明日泳げ!」と言われていたからである。もちろんキンちゃんの泳ぐ時間は1時間で、トムは6時間であるが、大きな身体と小さな身体はまるで親子亀のように海を泳いで行った。
9時30分頃マギーットも友人のフランクを連れてビーチにやって来た。マギーットは明日フランクとドイツのハンブルグに帰るので、ドーバーのビーチで泳ぐのも最後になるし、私たちに「さようなら」を言いに来たのでもあった。そしてちょうどマギーットたちが泳ぎに出た時に、キンちゃんが上がって来たのである。
上るや否やキンちゃんはボランティアをやりだし、バリーたちも赤いスイムキャップのスイマーが近付くと「ミユキ!」と呼んで、息の合った名コンビで栄養補給をスイマーに渡しているのであった。フリーダは私たちに「もうあなた方は帰らなくて良い。ここに住んで毎週末に手伝いに来なさい。」と言った。
そのうち麻美ちゃんもビーチにやって来た。麻美ちゃんらは水曜日にフランスに行って、それからオーストラリアに帰るそうだ。日本には年内に戻るとか…。いろいろ話している間におにぎりのお裾分けをすることになり、麻美ちゃんは喜んでおにぎりを持って行った。いずれにせよ「もう会えないかも知れないから」と、私たちに「さようなら」を言いに来たのだ。いつも笑顔が絶えない心の優しい子だ。
マギーットたちが上がって来た。彼女たちは明日の朝9時30分のフェリーでフランスに向かい、それからハンブルグに帰るのだ。「そう、それなら私たちもフランスの日帰り旅行をしよう。」と言うことになり、フェリーでドーバー海峡2wayが決まったのである。
いずれにせよドーバー泳の潮の期間がそろそろ終わり、スイマーたちは入れ替わりの時期に入ったのである。そして私たちもまもなく帰国する。
友達もたくさん出来て、思い出もたくさん出来た。来年はどうなるかわからないが、イギリス人のほとんどは「ミユキは来年も来る。」と信じているし、他の多くのスイマーも「ミユキは来年また2wayに挑戦する。」と信じている。しかしドーバーの2wayはキンちゃんの場合、“ラッキー”がついて来ないとなかなか難しい。いつだかアリソンに2wayの成功させる秘訣を聞いたが、「夏は毎日海で6時間泳ぎ、冬はプールでショートインターバルのハードワークをこなした。」と言う。今のキンちゃんには仕事が多忙なこともあり、今の練習では1wayが限度であろう。「ドーバーの2wayが出来るようになるには、“アイランドスイム”の4wayがこなせるようにならないと無理だろう。」とキンちゃんが言った。なかなか的を得ている。
フリーダは昨日の説教の中で、“夜間泳の重要性”について散々私に口から泡を飛ばしながらまくし立てていたが、日本での夜間泳の難しさはイギリス人に説明しても理解はしてくれない。日本の海はまだまだ泳ぎ難いのだ。いずれにせよキンちゃんのドーバー2wayを諦めたわけではないのだが、しばらく計画を立てるつもりはない。
去年、今年のドーバー2wayのシミュレーションとして日本の海を泳がそうと準備を進めていた。しかし案の定日本の海はこのような海峡横断泳に難しい国なので、準備段階で難儀をしていた。そんな私を見てキンちゃんは「私はドーバーを泳ぐために練習をするのだから、ドーバーに行って練習します!」と、痺れを切らして言ったのである。そこで去年はドーバーの1wayを泳いじゃったわけだが、この判断は正しかった。
結果的にキンちゃんは一昨年に2回、去年は1回、今年は2回とドーバーを泳いだ。合計5回泳いだことは誰からも称賛されているし、1年に2回泳いでしまうエネルギーもたいへんなものなのだ。それに今年9月には津軽海峡を泳ぐ。「日本の海は泳ぎ難い!」と文句だけを言っているわけではないのだ。何とか日本にも海峡横断泳が定着出来るよう切に願っている。
ドーバーが世界のオーシャンスイマーの憧れの地になるにはそれなりの努力もあったろうが、それが出来得る環境もあったはずだ。そんなことも垣間見た私には良い勉強になった。
今日は珍しく協会のセクレタリーでありパイロットでもあるマイケル オラムがビーチに来ていた。何回かメールでやり取りしているし、遠目では何回も会っているのだが、面と向かうのは初めてのことである。挨拶に行くと「来年こそは2wayだね。」と笑って言った。まるで10年来の友達のようである。キンちゃんに言わせるとマイケル オラムと私は性格が似ているそうである。マイケル オラムもドーバー泳を世界に広めるために貢献している人である。
そんなこんなの思い出をお土産に私たちはまもなく帰国する。またこのドーバーからの便りも今回で終了する。長々と拙い文章を読んでいただき、感謝している。この便りは私にとって、ドーバー2wayに匹敵するほど努力したつもりではあるが、皆さんにとってはどう感じたであろう。

写真はキンちゃんのドーバー2way出発直前のマリーナへ、“激”を飛ばしに仕事前に来てくれたバリーと撮ったもの。バリー夫妻はとてもキンちゃんを可愛がってくれた。

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