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わくわく、どきどき、台風の目。

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2007年8月の記事

ドーバー、新記録!

Dcf_0094 今年の水泳シーズンが終わったわけではないのですが、現在のところ5つの世界記録が誕生しています。それらを紹介しましょう。

  1. メキシコ人リレー全女性チーム2-way記録更新(英⇒仏⇒英):8月11日、18時間59分
  2. ペーター・ストイチョフ(Petar Stoychev:ブルガリア)世界最速記録更新:8月24日、6時間57分50秒
  3. リンダ・アッシュモア(Linda Ashmore:イギリス)女性最高齢記録更新:8月26日、15時間11分
     2006年にスー・オールダム(Sue Oldham:オーストラリア)が作った60歳9ヶ月(16時間03分)の記録を破りました。リンダは60歳10ヶ月4日。
  4. メキシコ人リレーチーム「Sport City Mexico team」4-way記録更新(英⇒仏⇒英⇒仏⇒英):8月25~27日、42時間11分
  5. 上記メキシコ人リレーチームが、3-way通過時で3-way記録更新:8月25~27日、30時間07分

ドーバー、世界新!

 2007年8月24日、ドーバー海峡横断泳(イギリス⇒フランス:1way)で、ブルガリアのペーター・ストイチェフ(Petar Stoychev)が、6時間57分50秒の世界記録を樹立しました。

 キャプテン・マシュー・ウェブは1875年8月24日に初のドーバー海峡完泳者になりました。その記録は21時間45分です。それからちょうど132年後に、7時間の壁を破って完泳者が出るとは誰が想像したでしょう。
Petar_record11_2 彼の名前はペーター・ストイチェフ(Petar Stoychev:ブルガリア)で、6時間57分50秒の世界新記録を樹立しました。
 2年前(2005年8月1日)、クリストフ・ヴァンデラッシュ(Christof Wandratsch:ドイツ)が7時間03分52秒で泳ぎましたが、その記録を約6分縮めました。

2007年8月24日金曜日
Start  -- Shakespeare Beach 10:11
出発――シュークスピアビーチ10時11分
Finish -- Point @ Cap Gris Nez 18:08:50
到着――グリネ岬18時08分50秒
Pilot Boat: --- Gallivant
Pilot: --- Michael Oram
Crew: --- Derek Carter
Observers: Jennie Hanson & Alison Streeter MBE

Petar__record_07__internet1_2 その日のうちに、ペーターから遅れること18.5分にロシアの泳者ユーリー・クーディノフ(Yuriy Kudinov)が世界記録達成のためにシェークスピアビーチを出発しました。
 ユーリーの泳いだコースはペーターとほぼ一緒で、1時間毎のGPSによるポイントは50~100mほどしかずれていませんでした。
 ペーターの出した記録から8分46秒後、ユーリーはグリネ岬からほんの少し離れたポイントに到着しました。彼の記録は7時間06分04秒です。

Petar_record21_2 海はフラットでもラフでもありませんでした。それはちょうど私たちの言う「チャネル・チョップ」で、北よりの風から北北西の風に移り、最後には小潮の潮流が西にコースを曲げスイマーを助けました。それはうまくいった1日でした。

 ドーバー海峡横断泳の歴史にもう1ページが完成しました。
 ペーターへの祝辞--それは怒るほど長い待ち時間にもかかわらず、価値のある1日を過ごすことができたことです。

名言

名言
8月11日、土曜日。朝は寝坊してゆっくりの朝食。それでも「11時までにビーチに行くよ! 栄養補給の手伝いしなくちゃ!」と、キンちゃんの心はすでにビーチで練習するスイマーのためのボランティアになっている。ビーチに着くや否やバリーがやっている栄養補給を隣りから手伝った。「靴と靴下濡れちゃった。干しといて!」と、日本風にビニールシートをビーチに敷いて荷物を置く作業をしている私の所に飛んで来てビーチサンダルに履き替えながらそう言うと、すぐさま一目散に波打ち際まで走って戻って行った。靴のまま波打ち際まで行けば波が足に掛かる可能性は限り無く高くなると言うのに、目の前の自分のやりたい気持ちが身体のコントロール機能を失わせてしまっている。まるで子供だ。
ビーチではキンちゃんの1wayの成功を知っている人たちが「ウェルダーン!」とキンちゃんを抱き締める。キンちゃんは抱き締められることと栄養補給の手伝いとを忙しそうに同時進行でこなしていた。こちらの方はフリーダが私を呼び、「昨日の詳細を話せ。」と言う。しかしキンちゃんのパイロット、ニールとフリーダは親子関係なので、ほとんどの詳細は知っているのだ。フリーダの知りたがっていることは、何故キンちゃんの足が痛くなるかの原因である。「原因は不明なのだ。」と話すと、涙を浮かべながら悔しがっていた。それを見た私の方がビックリしてしまった。そしてフリーダは言った「ミユキを日本人初の2way成功者にさせよう!」と。
それから今日はずっと私の方はフリーダに会えば「日本の大将として、云々…。」と、お説教ばかり食らっていたのである。
キンちゃんの昨日は水温17℃前後だが、気温は15℃前後と寒い日だった。空は雲で覆われ、風も吹いている。いつもなら多少寒くとも平気で船の窓や扉を開けっ放しにする船のクルーたちも、さすがに今回は窓も扉も閉め切って全員キャビンの中に入っていた。外に出ているのはコートを着込んだ私だけである。
公式ではスタートは9時30分になっている。泳ぎ出して1時間もすると波は2mに成長し、2時間後には2m以上になり、時折3mの波が伴走船「スバ」を大きく揺らした。とにかく何かに掴まっていないと船の壁に叩き付けられるか、落水するかのいずれかである。それでも幸いなことに平均5〜6m/sの風は追い風で、平均波高2.5mの波も追い波だった。この風波によってキンちゃんはグングン進んだ。
少し前にスタートしたスイマーがいる。それを追い越した。別に競泳ではないのだが、追い越すのは嬉しいし、追い越されるのは悔しい。つい20mくらい近くで抜かして行ったので、相手のスイマーもよく見える。この波高で相当難儀をしているようであった。
比較的キンちゃんはラフウォーターを得意としている。何と言っても「嵐を呼ぶ女」なのだ。増してや追い波なら喜んで泳ぐだろう。
また、少し遠いがあきらかにドーバー泳に挑戦している船が視覚にあった。しかしその船も直に後方へと遠のいて行った。
比較的「ラフウォーターが好きだ」と言ってもフラットな水面に比べれば体力の消耗は激しい。また肩が痛くなるのではないかとも心配した。同時に雲で覆われた空は陽の光をシャットアウトしている。陽の光は低水温を泳ぐスイマーにとって身体を暖めるための歓迎すべき友達なのだ。一番の心配は夜間泳で陽の光の断絶だった。大退部痛が出やすくなる。しかし今回は昼間から大退部痛の心配をしなければならなかった。
そのうちに追い越されたスイマーはこの波高に耐えられなくなったのか、姿を消して行った。また遠くに見えたスイマーも直に姿を消した。クルーに聞くと、今日は4名のスイマーがチャレンジしていて、まだ続けているのはキンちゃんだけということだった。クルーの全員はキンちゃんが小さな身体で大波の中を力泳する姿を見て「ミユキは大変ストロングだ!」と感心していた。「ミユキにとって、1wayはすでに簡単か!?」とニールが言うほど順調だった。
そんな折り、モーゼではないが、「空」という空間が大きく二つに割れた。ドーバー海峡に縦断して雲の切れ目が出来て青空が広がり始めたのだ。イギリスは晴れてホワイトクリフが輝きを増した。そしてその雲と青空の境線は、イギリスからフランスに向かってドーバー海峡を横断しているのである。「早くここまで来ないかなぁ〜…」と、待ち侘びる気持ちは子供に帰っていたかも知れない。
「イシイ!」と操舵席にニールが呼んだ。彼は私に海図を見せて、「今回はとても良い! 前回に比べて速いしコースも良い。2way泳ぐなら…。」と、すでに帰りのコースまで考慮している。しかし「ありがとう。」と返事をしながらも、顔は笑えなかった。なぜならキンちゃんの泳ぎがそろそろ大退部痛の泳ぎになっていたからであった。
モーゼの空の割れ目の境線はようやく我々の上空を通過し、青空が広がった。待ちに待った歓迎すべき友達、「陽の光」が差し込み始めたのだ。ところがすでに午後4時を充分に過ぎ、友達であった陽の光はキンちゃんの大退部痛を取るまでの力は失っていた。そして海は、モーゼの境線の通過後、徐々に穏やかになり、フラットな、誰もが泳ぎやすい波高1.5m未満、風速4m前後の穏やかな海になったのである。しかも前回10時間で来たグリネ岬の正面は、今回8時間で到達していたのであった。クルーの誰もが2wayを確信した。さすがに私も「2wayは無理かもしれないが、1wayの到着は12時間を切るだろう。」と思った。それほどグリネ岬は目の前に迫っていたのだ。
ところがドーバーの神様は「甘いな…!」と言わんばかりにキンちゃんの大退部痛を悪化させ、グリネ岬の前の潮を速く流し始めたのである。
ちなみに去年友達になったインド人女性ソロスイマーが今年もドーバーにやって来た。アキシャは彼女と知り合いのようで、嬉しそうに私たちのところに彼女を連れて来たのである。その彼女も泳ぎがかなり速い。
去年、彼女はドーバー泳を9時間でグリネ岬の前まで行った。ところが残り3マイルから逆潮になり、その残り3マイルを泳ぐのに3時間も掛かったと言う。まあ11時間代で彼女は成功したのだが、その話を湘南の主さんに話したら、「3マイル手前で3時間…、オレには耐えられるかな…。」と言っていたのを思い出していた。
今、まさにキンちゃんがその状態なのだ。そこから流され始めてグリネ岬の南側に到達する予定が、どんどん流されて北側のヴィサンのビーチに到着するまで何と5時間以上も掛かったのである。
キンちゃんの大退部痛は悪化傾向にあり、すでに午後10時を越し、辺りは暗くなっていた。「これでは帰りは無理だ…。」と諦めた。グリネ岬の正面は魔物が住んでいる。
イギリス時間午後11時24分、フランスのヴィサンのビーチに到着してこの遠泳は終了した。記録は13時間54分だった。

今日は「ドーバーレガッタ」が始まった。ビーチでは海上を使ったイベントが行われるので、スイマーの練習も正午で終了する。そんな折り、19時間近くで成功させたダミアンがビーチに来た。彼はキンちゃんが2wayまで泳げなかったことを知り、「ドーバー泳はエベレスト登山に似ていると言われている。しかしドーバー泳の2wayはエベレスト登山より遥かに難しい。」と言った。とても名言である。
ビーチのボランティアは午後3時で終了したが、しばらくはビーチで海のイベントを眺めていた。その時、フリーダから「今日の夜、7時からフーバーハウスでバーベキューをやるからいらっしゃい。」と言った。フーバーハウスとは協会のボランティアたちがよく使うレストラン&喫茶店で宿もやっている。我々の宿から100mくらいの近さにある。我々はこのバーベキューに参加した。そこで驚いたのはこの店主がすでにキンちゃんや私のことを知っていたことだ。ちょっとは有名かも知れない。そこでイギリス人スイマーたちとディナーを楽しんだ。しかしまだ疲れも残っていたので、我々は早めに退散した。
ちなみに本日はメキシコ人女性スイマーリレーチームが泳ぎ、何と女性リレーチーム2wayでは18時間59分で世界記録を樹立した。また友達になったドイツ人ソロスイマー、マギーットは、1wayソロを11時間40分で木曜日に成功させていた。皆みんな、ウェルダーン!

写真は今期泳いだチャネルスイマーたちである。

1wayで

1wayで
キンちゃんが13時間54分でフランスに到着しました。
しかし大退部痛のため、2wayは断念しました。

2wayスタート

2wayスタート
イギリス時間8月10日、09:30、ドーバーのシェイクスピアビーチよりキンちゃんの2wayがスタートしました。

待ち惚け

待ち惚け
8月9日、木曜日。朝食を終え、洗濯物を持ってビーチに行く。今日、キンちゃんは泳がないが、ビーチに行けばいろいろと情報が入るからだ。空は約50〜60%が雲に覆われているが、時折雨粒を落とすものの、陽が当たると暑いくらいになる。風が強いので、コロコロと変わる天候だ。日本ではあまり無い空気が乾いた状態が続いている。
ビーチには泳ぎ終わったスイマー、まだ泳げずに潮と天候を待ち侘びたスイマーが混在する。その「待ち侘びたスイマー」の中に、現在、ドーバー泳の世界記録を持つドイツ人ソロスイマーがいた。彼の名前は最近アルツハイマーに近付いた私の頭に残っていないが、7時間代で去年泳いでいる。その記録の更新にやって来ているのだ。それでも今日の天気では彼も泳がない。
他にビーチには昨日船に乗ったまでは一緒だったメキシコ人リレーチーム、スペイン人ソロスイマー、インド人のアキシャとその仲間たち、次期ソロスイムを狙うミクロネシアのスイマー、アメリカ人ソロスイマーなどが集まっていた。
また協会のボランティアをしているクリフに彼の婚約相手ローラ、リックなどが来たが、クリフは「4時間泳ぐ。」と言うし、ローラはそのサポートに来ているのだ。リックもきっと自分の練習に来ているのであろう。キンちゃんが昨日泳げなかったことは知っているものの、「きっと明日がラッキーなら晴れるから!」などと、あまり参考になるような見解は聞くことが出来なかった。まあ天気は誰もわからない。
ビーチでは他のスイマーの泳ぎを見たり、諸外国のスイマーがビーチでノンビリしていると話し掛けてみたり、後は穴の開いた石を見付けたりで暇を潰した。ちなみにこの穴の開いた石は「ラッキーストーンだ!」と麻美ちゃんらに話したら、皆その石を見付けていた。ちなみに写真は麻美ちゃんらオーストラリアヤングリレーチームのビデオカメラマンである。さっそく見付けてはネックレスにしていた。
お昼近くにコインランドリーに行き洗濯。終わるまでに銀行に行って両替に買い物。そして帰宅。今日はお弁当ではなく、宿でカツ丼を作って食べる。それから連絡があるまでやることはない。とにかく午後5時にニールに電話するまで待ち惚けなのだ。
午後5時。ニールに電話したが、遠くにいるのかとぎれとぎれの会話でよくわからない。2時間後にもう一度電話したが、やはりよくわからない。仕方がないのでメールにしたが、いずれにせよまだ待ち惚けなのだ。今のところ彼からの連絡を待つばかりだが、とぎれとぎれの会話では、まだ天候を診ているようだった。
夕食も終わり、いよいよやることが無くなった頃、時間にしたら午後8時過ぎに「明日の朝、8時にマリーナオフィース。」とニールから電話が入った。まあ今度こそは泳げるかも知れない。
さっそく準備に取り掛かる。しかし100個あった使い捨てカイロのうち、30個を前回で無駄にしている。残りの70個で30時間以上を10リッター以上の栄養補給飲料を暖めなければならない。無駄に失われた30個の使い捨てカイロはちょっと辛い。まあ「ケチケチ作戦」で何とかしよう。
いちおう明日の潮汐表を紹介しておく。

8月10日
03:31 2.0m
09:05 5.6m
16:05 1.8m
21:41 5.8m

11日
04:56 1.7m
10:04 6.0m
17:17 1.4m
22:36 6.1m

また8月11〜12日は「ドーバーレガッタ」がある。これはドーバーの中で最も大きなイベントで、陸上と海上を使ったお祭りである。海ではレガッタレースの他に水泳のレースもあるし、私は「ドラゴンレガッタレース」が好きである。これは沖縄の…、ああ、またアルツハイマーで名前が出て来ないが、船先に龍の頭を飾った20名くらい乗れるボートに、太鼓を叩きながら漕ぐレースである。詳しくは以下のURLをご覧いただきたい。
www.doverregatta.co.uk
今年は見れないかも知れない。
日本では湘南オープンウォーターがあるようで、湘南の主さんと同じ時間に海を泳いでいるかも知れない。
いずれにせよもう寝ることにする。
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www.doverregatta.co.uk

やっぱり

やっぱり
8月8日、水曜日。結論から言って、船に乗ってスタート準備を進めている間に中止が決定してしまいました。キンちゃんは今、ビーチで泳いでいます。やはり「嵐を呼ぶ女」が呼んだのか、「災いを呼ぶ男」が悪いのか…。「やっぱり…」と思ってしまいました。ドーバーの神様はなかなか我々に微笑んでくれません…。
少し時系列で話を進めましょう。6日月曜の夜、アリソンから連結があり、「“エマ”と呼ぶジャーナリストが取材をしたがっているが、良い?」と聞く。「OK!」。また連結があり、「スイマーの“マイク”が乗りたがっているが、良い?」、「OK!」。こんな感じで「これは8日のスタートで間違いない!」と思っていました。
翌7日の午前中、今度はフリーダから「ニールがあなたと連絡が取れないと言っているので、あなたからニールに電話して欲しい。」と言うメールでした。そこでニールに電話すると、「明日の朝、5時30分にマリーナオフィースに集合。」とのことです。それから午後はその準備に掛かりました。
ちなみにこの7日に泳いだスイマーは8名で、とうとう「明日泳ぐ!」と言っていたイギリス人、アメリカ人、オーストラリア人もようやく泳いだようです。また全員の念願がかない、チャネルスイマーになれました。特に「泳いだ後にはアイスクリーム!」のダミアンは18時間で成功させました。またミクロネシアのリレーチームは13時間9分で成功させたようです。
我々の方は準備を一段落させ、夕方になるとキンちゃんは宿の前のクリニックで泳ぐ前のマッサージを受けに行きました。
早めの夕食、早めの就寝。朝は私の方が早く起き、栄養補給品に使い捨てカイロを貼りました。
準備万端、スイマーのマイクのクルマでマリーナオフィースへ。そしてニールの伴走船“スバ”に乗り込んだのです。
他のスタッフも準備を進め、他の船にもスイマーが集まりました。メキシコ人リレーチームなどです。ジャーナリストのエマはキンちゃんと話しながら写真を撮っていました。すべての人々はこれから始まる大海原への挑戦を心に描いていました。
そんな時、この協会のセクレタリーであり、パイロットでもあるマイケル オラムが最新の気象情報を持ってニールのところにやって来ました。そして私が呼ばれ、いろいろ聞いているうちに今日は船が出ないことに決まりました。ドーバー上空を前線が通過しようとしているのです。天候の変化は周期的で、これからしばらくは天候が悪く、今のところ先行きはわからないとのこと。今日はあきらめることにしました。
キンちゃんはニールに「私は遠く日本から2wayを泳ぐためにドーバーに来た。天候が悪く2wayが無理なら1wayでも良いから泳がせて欲しい。」と伝えました。「いつまでドーバーに滞在しているの?」とニールが聞き、「16日」とキンちゃんが答えると「ウ〜ン…」と伸びた髭を擦りながら考えていました。「天気の状態を見て連絡する。」と言うことで帰ることにしました。帰りはメキシコ人リレーチームのスイマーも一緒で、行きは誕生した新生児を見に行くように明るい表情でしたが、帰りは葬儀の後のようでした。
ちなみに今日のボートクルーの女性は麻美ちゃんらオーストラリアヤングリレーチームがドーバーを泳いだ時のボートクルーでもあり、麻美ちゃんの様子を聞くことが出来ました。彼女はリレーで5番目のスイマーで、1回目はクラゲにやられ、泣いたようです。しかし2回目は「ミユキのように泳いだ。」と言ったのです。それを聞いたキンちゃんが「それじゃ鈍かったのかなぁ〜。」と言うと、皆笑っていました。
宿に戻り朝食後、「3日も泳がないとデブになっちゃう…。」とデブのキンちゃんが言い、ビーチに泳ぎに行きました。1時間ほど泳いでキンちゃんが上がるとお弁当です。それも食べ終わった頃、麻美ちゃんが現れました。麻美ちゃんに会うや否や今朝ボートクルーから聞いた麻美ちゃんの様子を話すと、「えっ、何で知っているんですか?」と言いながら詳しく私たちに報告してくれました。写真はその特に麻美ちゃんと撮ったものです。
麻美ちゃんが1回目に泳いだ時はちょうど“潮境”を通過したようです。「潮境」とは性質の違う潮がぶつかりあっているところで、多くの海草やゴミなどが長蛇の行列を作って浮いています。幅は厚い所で100mくらいですが、その海草やゴミの下には多くのクラゲも潜んでおり、キンちゃんも最も嫌う場所です。そこを「キャー! キャー! 叫びながら泳いじゃった!」と明るく笑いながら話してくれました。
2回目…と言うより2巡目と表現した方が正しいでしょう。6名のリレーチームで5番目のスイマーですから2巡目なら全体で11番目になるわけです。つまりスタートして10時間が経過したところ。フランスは今や目の前です。「あなたでゴール出来るかも知れないから!」と言われ、麻美ちゃんは「クラゲも何もどうでも良い! とにかく一目散に一生懸命泳いだ!」と言っていました。しかし少し残して残りを6番目の男の子のスイマーが泳いで成功したようです。
その説明をしてくれる麻美ちゃんの表情はとても興奮していて、エキサイティングな遠泳だったことを物語っていました。
麻美ちゃん自身、「一生忘れることが出来ない思い出になった。」と語っていました。今日はこれからドーバー城見物だそうです。
その後マギーットたちもビーチに現われ、キンちゃんが泳げなかったことに残念がり、同時にそれはマギーットも泳げないことを意味しているので、何やら彼らの仲間で口論になっていました。
我々が宿に戻って夕食を作っていると、フリーダからメールが入り、ニールに電話して欲しいと言うことです。そこでニールに電話すると、「天気の様子で金曜日辺りに泳ぐかも知れないので、そのつもりでいて欲しい。いずれにせよ明日の夕方5時にもう一度電話が欲しい。」とのことでした。したがって望みはまだ切れたわけではありません。

短めに

短めに
8月7日、日曜日。
いちおう明日泳ぐことになりました。朝5時30分にマリーナオフィースです。
マギーットも木曜日に泳ぎそうです。2名が同時に無事終わると良いなと思っています。
船にはスタッフ以外に記者のエマと、スイマーのマイクが乗ります。
写真はそのマイク。

潮汐表

潮汐表
8月6日、月曜日。朝から空には重い雲が垂れこめていたが、雨粒を落とすほどの雲ではないとわかる。それでもいちおう雨具は用意して、朝食後にビーチに行ってみた。風もあったが以前のような風に比べれば、雲泥の差があるだろう。港の外は波が高いとわかるものの、ウサギが飛んではいない。
ビーチでは2名のスイマーが泳いでいた。一人はインド人でもう一人はイギリス人である。またビーチにはカメラマンが大きなビデオカメラを三脚で立てて、他に音声の人が長い棒の先にマイクを付けて、耳には大きなヘッドフォンを付けた人と撮影している。一目で「アマチュアのカメラマンではない。」とわかる。
インド人は親子で来ていて息子さんのアキシャがドーバー泳にチャレンジする。お父さんは時折双眼鏡で眺めながらアキシャの行方を追っていた。「おはよう!」と言いながら我々もインド人の隣りに座った。もちろんこのインド人のお父さんとは何回かビーチで会っているし、昨日はお父さんがナンバーの書いてある黄色のスイムキャップを借りに来ているので面識はあるし、挨拶くらいはしている。「おはよう!」と返されながら話しが始まった。
このお父さんは銀行で働いており、アキシャは長距離泳ではインドのチャンピオンで、1時間に5kmは泳ぐと言うから速いスイマーだ。お父さんは双眼鏡を我々に貸してくれて説明してくれた。「それなら記念に一緒に写真を撮ろう。」と言うことになり、アキシャが上がって来るのを待つことにした。お父さんは時計を見ながら「後1時間で上がる。」と言った。
インド人のお父さんと会話をしている最中に、撮影されていたイギリス人スイマーが上がって来た。ボランティア精神に満ちたキンちゃんが波打ち際に置いてあるサンダルを取ってそのスイマーに渡した。聞けばそのスイマーも「2wayをソロで泳ぐ。」と言う。するとキンちゃんは「私も同じ。」と言うと、撮影はキンちゃんも加わることになった。「アハハ、あたしテレビに出ちゃった!」とあっけらかんと言いながら戻って来た。
しかしながらいつも感じることだが、イギリス人のソロスイマーは身体がデカイ。増してや2wayソロとなるとキンちゃんの倍はあるであろう大男だ。身長150cmのちっちゃなキンちゃんが、これら大男たちと同じ土俵に上がるのかと思うと少したじろいでしまう。
そのうちビーチには「明日泳ぐ!」と言っていたアメリカ人とオーストラリア人がやって来た。彼らは「今日は天気が悪いので船が出なかった。」と言い訳している。同じように「明日泳ぐ。」と言っていたイギリス人はビーチに来なかったが、その代わりに彼のパイロットがビーチを覗きに来た。つまりイギリス人も出ていないということだ。
「だ〜か〜ら〜、…」と、子供の失敗を諭さす父親のようにドーバーを泳ぐルールを説明してやろうかとも思ったが、そんなことは自分で学習した方が良い。ただ、もう「明日泳ぐ。」と言わなくなっただけ、彼らに成長があったと言うことだ。
もし、これからドーバー泳を目指す人がいるなら「いつ泳ぐの?」とはよく聞かれる質問だが、「今回の潮。」とか「次の潮。」と答えてくれたらその回答は正しい。しかし「何日に泳ぐ。」など、具体的な日程を24時間以上前に語る者には信用しない方が良い。なぜならそんなに早く出発日がわかるのは、神様でもなけりゃわからないということだ。決して惑わされることなどないように!
それに24時間前に告知され、実際に集合場所のマリーナに行っても、パイロットが空を見ながら「もう12時間後に来てくれ。」と言われることも珍しいことではない。以前には「12時間後にもう一度来てくれ。」と言われて指示に従ったが、再び「12時間後だ。」と言われたこともあった。スイマーにしてみればコンディショニングがあるから早く知りたいところだが、パイロットは天気のコンディショニングを見ながら判断しているので、スイマーの見解とは違うことを理解しておかなければならない。
そのうちビーチにはカナダから来た子供たちのリレーチームがやって来て練習を始めた。“子供”と言ってもリレーなら、12歳以上じゃなければ参加出来ないので、全員12歳以上のティーンエィジャーであることは間違いないが、父兄や兄弟がいて、コーチがいての大所帯だ。しかし子供たちは海に入るといきなり踊り、はしゃぎ出したりして楽しく賑やかな連中であることも間違いない。
そのうち幾人かのソロスイマーやメキシコ人リレーチームなど集まり、ビーチは賑やかになった。気温は20℃もいっていない。水温は18℃もいっていないだろう。なのにこの夏の雰囲気は何であろう。やはりドーバーにいる人がおかしいのか、日本の感覚がおかしいのか…、わからなくなってくる。
そのうちマギーットもビーチにやって来た。彼女は昨日やって来た彼女の友達のフランクと一緒にやって来た。「今日は泳ぐの?」と聞くと、「午前中にもう一人の友達がやって来る。そしたら午後に少し泳ぐかも知れないが、たぶん30分も泳がない。」と言う。マギーットも自分が泳ぐための友達たちも集まって、着々と泳ぐ準備を進めているのだ。
インド人のアキシャが上がって来た。お父さんの言う「1時間」は、地球の自転による1時間よりかなり長かった。上がって来るアキシャはまだ15歳の顔にあどけなさが残る少年だった。体型は筋肉質だが脂肪の少ないスリムな様相だ。瞳が大きく綺麗なのが印象的だ。しかし彼はガクガクと震えていた。写真はそのアキシャと撮ったものだ。ソロスイムは15歳以上からだから、彼は最年少スイマーになる。

ビーチから戻るとキンちゃんは急いでジャガイモを茹でた。茹でジャガをマギーットたちに食べさせたいと思ったのだ。マギーットは到着したばかりの友達“アンディ”を我々に紹介した。茹でジャガを渡すとマギーットは喜んでドイツのジュースを「ビールじゃないけど…」と言ってキンちゃんにプレゼントしてくれた。
次にキンちゃんはテスコで買ったパン粉を使ってコロッケを作った。もちろんマギーット、フランク、アンディ、3名の分も作った。マギーットにソースが無かったので、「ケチャップ、マヨネーズ、醤油のいずれかをかけて食べるが、どれが良い?」と聞くと、何と彼女は醤油を取ったのである。果たしてドイツ人に日本の家庭の味や如何に。
日本食の寿司や天ぷらはすでに知られた味になっている。たまには日本の家庭の味も知ってもらいたい気がしている。

ちなみに8月8、9日の潮汐は次のようになっている。

2007年8月(Dover)
8日
00:41 2.0m
06:21 5.4m
13:15 2.2m
18:56 5.5m
9日
02:02 2.1m
07:49 5.4m
14:39 2.1m
20:27 5.8m

8日に泳ぐなら7時頃にスタートするだろう。それから30〜35時間後なら、翌日の午後6時頃イギリスに帰って来る計算だ。そうなるよう願って止まない。

記録

記録
8月5日、日曜日。今日も快晴、きっと暑くなるだろう。
今朝も5時に起床。キンちゃんの忙しい日が始まった。まあ私は朝食を作って食べるだけだが、キンちゃんはお弁当作りに泳ぐ準備と余念がない。いちおうキンちゃんの泳ぐ練習日程は今日までだからだ。明日からは本番まで泳がない。
天気は天気予報に外れて一日中悪くならず暑かった。しかし予報では、明日、月曜は天気が悪いし、アリソンが「明日は出ない。」と言っていた。昨日、「明日泳ぐ!」と自分勝手に言っていた連中も今日ビーチに現れて、「明日泳ぐ!」と再び言っている。まあ普通のイギリス人なら鳩のおばちゃんのダッセルバまで「今日は暑いが明日は天気が悪化して寒くなる。」と言っているのに、一部のイギリス人とオーストラリア人、アメリカ人だけは「明日泳ぐ!」と言っている。まあ悪天候の中で勝手に泳いでもらおう。
いちおう今日聞いた記録を紹介しておこう。麻美ちゃんらオーストラリアヤングリレーチームは12時間44分で成功したそうである。しかしこの記録は彼ら2チームあるうちの一つなので、もう一つは本日泳いでいる。そちらの結果はわからない。麻美ちゃんがどちらに属しているのかもわからないし、今の段階では成功したかどうかは不明だし、きっと泳いでいることだろう。まあこの好天なので、おそらく朗報を聞けると信じている。
ただ明日からキンちゃんは泳がないので、麻美ちゃんに会えるかどうかは不明である。まあビーチには行くと思うが、ビーチにいる時間は短い。また麻美ちゃんたち若者は遊び盛り。ドーバーを泳いじゃえば彼らの感心は観光だとか遊びの方に心を奪われるだろう。ビーチにキンちゃんと会いに行くなどチームメイトも許さないだろうし、会うチャンスは希薄になる一方である。まあ「朗報は寝て待て」と言うし、楽しみは後に取っておくのだ。
他にテスコで会ったテスコの従業員は13時間で成功させた。他にも成功や失敗はあるが、名前と顔が一致しないので省略する。
そうそう、今日ビーチでスコットランドの元ボクサー、トムに会った。彼はいつも「ビッグエマ」ことエマと練習していた。「エマが9時間でリタイヤした。」と知らせると、とても残念がっていた。トムは9月の潮で泳ぐ予定である。彼は今日も6時間泳いでいた。
キンちゃんは自分が泳ぐ前にボランティアをして、今日は1番で海に入って行った。写真はその時の模様である。ちょっと見にくいが、キンちゃんがスイムキャップを他のスイマーに配付している。
また昨日と同様にキンちゃんは2時間で上がるとボランティアに転じた。尚、「私は日本のフリーダだ!」と言った私はいつの間にか「日本の大将!」と呼ばれるようになってしまった。
いずれにせよアリソンの話では、8月8日の水曜日に泳ぐ公算が強い。その日の好天を願って止まない。

本日はホントに暑く、ビーチにはたくさんの海水浴客が来た。その最中、午後4時に最後の7時間のスイマーが上がり、撤収が終わると我々のボランティアも終わった。
宿に戻ると溜っていた洗濯物の洗濯大会を行った。

見えてきた出発の日

見えてきた出発の日
8月4日、土曜日。今日のキンちゃんは張り切っている。朝5時には起きて我々の弁当と一緒にマギーットのお弁当もこしらえた。朝食を済ませ、準備を整えると8時には宿を出ていた。ドーバーのビーチでの練習は9時からだが、8時30分にはバリー夫妻は到着しているであろうし、それに土曜はキンちゃんが楽しみにしている“朝市”がある。写真はその時に撮ったものである。しかしナスがデカイ!
野菜を買い込んでビーチに行くと、ちょうどバリー夫妻も到着したところだった。設営を終え、次々と集まるスイマーたちに泳ぐ時間を聞いたり指示したり、スイムキャップを渡しながらナンバーを控える。バリーはワセリンをスイマーの首や脇の下に塗る。これは擦れる場所に塗るのである。
キンちゃんは今日2時間泳ぐので黄色のキャップで1番だ。いちおうにスイマーが泳ぎ始めると、慌ててキンちゃんも海に飛び込んで行った。
ちなみに今日、ドーバー海峡を泳いでいるのはイギリス人ソロスイマーが4名。リレーは麻美ちゃんのママさんからも書き込みがあったようにオーストラリアヤングリレーチームともう一つのリレーチーム、合計2チームが午前1時に出発している。皆上手く行ってくれれば良いが…。
しかしまもなくパイロットのホワイト夫妻がやって来た。バリーが「どうした?」と聞くと、「4時間でダメだったよ…。」とこぼした。どうやらイギリス人ソロスイマーの1名はダメだったようだ。
そのうち「ビッグエマ」ことエマも9時間でギブアップしたらしい。あんなに毎週末はドーバーのビーチで6時間も泳いでいたのに…。
麻美ちゃんたちオーストラリアヤングリレーチームはまだ結果を聞いていない。おそらく12時間くらいで泳ぐだろうから、まあ午後3時に終わったとして帰って来るのは午後7時頃。今ごろは麻美ちゃんのママさんの方が早く結果を知っているかもしれない。
キンちゃんは2時間の練習が終わるとすぐにボランティアの方に従事した。栄養補給で上がって来るスイマーに飲み物やバナナなどを渡すのだ。また練習を終えて上がって来たスイマーのスイムキャップを回収してナンバリングをチェックし、きれいに海水を拭き取って内側にパウダーを降る。またナンバリングの色が薄くなったので、マジックで書き直す。これを私がフリーダの椅子に座ってやっていた。周囲の連中に「今日はオレがフリーダだ!」と威張って見せたら皆笑っていた。
それにしてもドーバーレガッタが近付いているせいか、あるいはレガッタレースの予選をやっているのか、レガッタが縦横無尽に漕ぎ始めた。バリーは「注意してくる。」と言って出掛けた。
それで人が集まっているのかも知れないが、ドーバーのビーチは夏の湘南のように混み合ってきた。さながら片瀬ドーバー浜かもしれない。
今日の我々のお弁当のおにぎりには海苔が巻いてある。バリー夫妻に「これはこうして食べると美味いんだよ。」と教えると、バリーは「ノー サンキュー!!」と言った。むしろ奥さんのイレーヌの方が興味があるようで、特に具のおかかを「これは何?」と試食でお気に入りのようだが、あまり“鰹”自身を知らないようだった。イギリスで鯖、鮭、鱈は見るが、他の魚はあまり見ない。
そういえば昨日のスーパー「テスコ」で書き忘れたが、テスコの中には魚屋もあった。まあ団体生活の麻美ちゃんにはテスコまで行くのは無理かも知れないが…。でもフィッシュ&チップスは麻美ちゃんのような若者なら人気があるかもしれない。でも「日本食」には程遠いかな…。
ビーチに「ニールの予約で1番だ。」という若者らに会った。ニールはキンちゃんのパイロットでもあり、キンちゃんは2番予約だ。ちなみに3番予約は例のマリアナ諸島のリレーチームである。1番予約の若者たちは2wayのリレーチームだ。ニールとコンタクトを取って「今日、ビーチでニールに会う。」と言う。それなら私も会いたいし、マリアナの1wayリレーチームも会いたいと言う。イレーヌは気を利かせてニールに電話をしてくれた。
まもなくパイロットのニールは現われ、「明日の日曜日、午前1時に2wayリレーチームは出発する。」と言う。次にキンちゃんだが、やはり天気の悪化を気にして「水曜か木曜にしよう。」と言う。「わかった。なるべく早めに電話をくれ。」と私が話した。マリアナのリレーチームはキンちゃんが終わってからだ。いずれにせよキンちゃんの出発が見えてきた。キンちゃんは「明日、日曜日は2時間泳ぐが、月曜、火曜は泳がない。」と言った。
ビーチでは最長7時間のスイマーの練習が午後4時に終わる。練習会場を撤収して4時30分に宿に戻ると、マギーットが我々の宿の前で待っていてくれた。キンちゃんから戻る時間は聞いていたようだが、彼女は私に「お礼に」とビスケット、ネギ、カニスティックをプレゼントしてくれた。カニスティックはキンちゃんが彼女のお弁当のサラダの中に入れていたもので、ドーバーのスーパーで見つけた日本風の食品だ。マギーットは始めて食べたようで、「これ、何?」と聞いていたが、彼女も気に入ったようだ。長ネギは太くて立派だが、値段が高くて買えなかった。まあマギーットは私がプレゼントした折り紙のお返しをしてくれたのかもしれない。
キンちゃんの泳ぐ日程が見えてきたことをマギーットに話すと、彼女も「マイケル オラムに聞いてみる。」と言った。彼女のパイロットはマイケル オラムで、彼女は4番予約なのだ。
皆が上手く泳げることを祈った。

レイルウェイベル

レイルウェイベル
8月3日、金曜日。週間予報では月曜、火曜と天気が崩れるものの、今日も朝から天気が良い。キンちゃんはマギーットのお弁当はイタリアンパスタにした。尚、私の方が昨晩ビールを飲み過ぎたか調子が悪い。自分の弁当は少なく作ってもらえるようキンちゃんに頼んだ。
昨日と同じようにビーチではキンちゃんとマギーットが最初に2時間泳ぐために入水した。それから遅れてオーストラリア人ソロスイマーたちが入水する。それでも彼らはキンちゃんたちより早く上がって来るのであろう。
昨日と違うのは、そろそろ来るであろう麻美ちゃんらオーストラリア人リレーチームが来ないのと、背中に大きく「チャネル チャレンジ2007」と書かれたジャージを着たオーストラリア人リレーチームの連中が登場したことだった。彼らは8時間57分で成功したようだ。まあ「ガタイのデカイ男どもが6名で寄ってたかって泳いじゃった!」という感じだろう。同時に麻美ちゃんたちオーストラリアヤングリレーチームもおそらく今ごろ泳いでいるのかも知れない。
土日の練習でいつも6時間を泳いではソフトクリームをナメていたイギリス人のダミアンがやって来て「月曜日に泳ぐことが決まった。」と言う。「何でそんなに早くわかっているのだろう。」と、不思議でならなかった。またこの日の午後に買い物でスーパーに行った時に偶然に会ったオーストラリア人ソロスイマーは「オレは日曜に泳ぐ。」と、水などを大量に買い込んでいた。これも不思議な話だ。なぜならばパイロットから連結があるのは出発の24時間前で、天気予報では月曜から火曜にかけてドーバー上空を前線が通過する。このため日曜の午後から天候は悪化する予報なのだ。キンちゃんの1wayだって出発の7時間前に連結があった。
ちなみに写真は6時間泳いだ後にソフトクリームを楽しんでいるダミアンとダミアンのパイロットのホワイト夫妻。それにキンちゃんだ。ダミアンのソフトクリームをナメる理由は「潮水で痛めた喉を潤す。」のだそうだ。理屈の上では分からなくもない気がするが、感覚的には1時間泳いだ後でもわからない。
また新しいスイマーが続々と集まっている。特筆すべきはキンちゃんがレースやダイビング、自分の練習としてよく行くマリアナ諸島、ロタ島のTシャツを着た人を見つけたことだった。たまたまキンちゃんもロタトライアスロンのTシャツを着ており、同じロタ同士で話が盛り上がった。この模様はキンちゃんがマリアナ諸島でトライアスロンの企画などを勧めている「KFCトライアスロンクラブ」のホームページに投稿しているので、そちらをご覧いただきたい。または次のアドレスがマリアナのリレーチームのアドレスだ。覗いていただければキンちゃんが出ているかも知れない。
www.sakmanchamorro.com
キンちゃんら2名がビーチに上がり、お弁当になった。マギーットは喜んでキンちゃんのこしらえたイタリアンパスタを食べてくれた。マギーットは普段あまり知らない人と話す時、とても声が小さい。ところが我々と話す時は大声で笑う。だいぶ心が打ち解けて来たのであろう。しかし新しく来たオーストラリア人などが来ると、途端に声が小さくなる。

午後は買い物を済ませ、早めに帰宅してバリーのお迎えに準備した。3時30分に我々の宿の前までバリーは来てくれる。
初めてバリーが我々をディビッド ヒプキスのクリニックに連れて行って貰った時、走るクルマの途中で「ザ レイルウェイ ベル」と看板のレストランを指差し、「あすこは美味いんだ。」と言っていたのを記憶していた。そこで今までの送迎のお礼に我々はバリー夫妻をレイルウェイベルに招待したのだった。まあ“招待”と言ってもバリーのクルマに乗せて行って貰うのだが…。バリー夫妻は快くこの招待を受けてくれた。
イギリスに来て「美味い!」と言える料理をあまり口にしたことがない。その数少ない「美味い!」の中でチャンピオンになるくらいの美味さだ。キンちゃんは少し失礼な話だが、「イギリスに来て初めて“美味しい!”と思った食事だ!」と言っていた。
話は前後するが、ディビッド ヒプキスの診断ではもうほとんど問題ないそうだ。そろそろ秒読み段階に入ったキンちゃんに、何とか間に合いそうな体調になってきたようで少し安心した。
レイルウェイベルの食事はとても美味しかったが更にバリーたちとの会話はその味を更に美味しくした。2〜3日前に背泳ぎでドーバーを渡ったスイマーがいたそうだ。記録は16時間11分。まあ16時間以上も空を眺めながら泳ぐスイマーもタダ者ではない。そういえば2002年に湘南の主さんやキンちゃんが泳いだ時に、日本人女性スイマーOさんが1wayソロに成功させた。この時のパイロットが「次は平泳ぎなんだ。かなり時間が掛かるだろう。」とぼやいていたのを思い出す。そういえば何かの記録でバタフライでドーバーを泳いで渡った人がいたようないないような…。
いずれにせよ「ドーバーを泳ぐに当って最も重要なことは完泳することだと思う。」と言う私の意見にバリー夫妻も同意してくれた。
明日、土曜日はフリーダらスタッフのほとんどがスイスのチューリッヒに出掛けて不在だ。何やら大きな水泳のイベントに参加するらしい。そういえばチューリッヒ湖でOWSレースがあったような記憶がある。とにかく明日のビーチはバリー夫妻しかいないので、「手伝って欲しい。」と頼まれた。我々は快く引き受けた。
キンちゃんはいちおう女性でバリーの奥さん、イレーヌにイギリスの主婦の仕事についていろいろと聞いていた。特にドーバーの街中からは少し離れた閑静な住宅街に暮らすバリー夫妻が、何処で買い物をするかに興味があったようだ。「ドーバーの街中まで買い物に出るの?」と言うキンちゃんの質問に、イレーヌは「テスコに行くのよ。」と教えてくれた。“テスコ”とは大きなスーパーの名称らしい。
バリー夫妻はレイルウェイベルを出ると我々をテスコに連れて行ってくれた。テスコは日本にも少し郊外にある、大きな駐車場を完備した超大型スーパーマーケットだった。中に入ると大きい、大きい! キンちゃんはさっそくドーバー市内のスーパーと値段比べをして歩いた。そしてどうしてもみつからなかったパン粉を見つけ、購入したのである。それにこのくらい大きなスーパーなら日本食品もあるだろうと探せば、あった、あった、海苔、醤油、酢、海苔巻きを作る時に使う竹のクルクル回すやつまであった。さっそく海苔、醤油、酢などを購入する。バリー夫妻は海苔を見て不思議そうな顔をした。
そういえば30年くらい前、ドイツで私も半年ほど暮らしたことがある。この時におふくろが日本のあられを送ってくれたのだ。さっそくドイツで知り合った友人に食べさせると、ザラメの砂糖が着いたあられは人気があったが、海苔の巻いてある品川巻きは、海苔が「これ、プラスチック?」とまったく人気がなかったのを思い出した。
ちなみにドイツ語はほとんど忘れたが、マギーットと話しながら少しづつ思い出している。やはり語学は使っていないと忘れていってしまう。
テスコの店内でバリーは一人の男に声を掛けた。その彼はテスコで働く従業員で、チャネルスイマー志願者だ。「明日、午前1時に出発する。」とバリーはその従業員に伝えた。どうもパイロットがその従業員に伝えることに上手くいかなかったらしい。
ドーバー泳とはそういうところなのだ。いきなり「明日泳ぐよ。」と伝えられる。なぜならばパイロットはギリギリまで天気を見ているからだ。24時間以上も前にスイマーが自分の出発を知っているわけがない。
バリー夫妻とテスコを出ての帰り道、クルマはドーバー城の建つ丘の上を走っていた。天気が良く、ドーバー海峡の向こうには、クッキリとフランスが見える。夕暮れに近いフランスは、一つの灯に灯が点いた。それがグリネ岬だ。余りにも素晴らしい景色なので、カメラを取り出すと、「もっと良く見える場所に連れて行こう。」と、バリーは我々をドーバーの埠頭が眼下に見えるホワイトクリフの上に連れて行ってくれた。そこではドーバーとフランスのカレーを結ぶフェリー埠頭の真上だった。バリーはそこで「オレはここで何十年も働いたんだ。」とポツリとこぼした。
バリー ワクハム、64歳。彼の息子がチャネルスイマーで、定年退職後にチャネルスイマーを育てるボランティアをしている。

新しい友達

新しい友達
8月2日、木曜日。今日は薄曇りだが、気温が23℃と高く、“ムシ”っとする湿度の高い、日本のような天気だ。
我々の滞在する宿の周辺には偶然にもチャネルスイマーが多く滞在していて、アメリカ人、メキシコ人、オーストラリア人などなどが我々の宿の前を往来する。たまたま隣りの宿にドイツ人のマギーットも滞在していて、彼女がビーチに練習に出る時にキンちゃんは窓から見ていて、我々の部屋に招いた。それはマギーットの部屋が狭く、朝食付でも「1泊35ポンドもする!」と、昨日、文句を言っていたからであった。
我々の部屋の価格は単位が“1週間”だが、1週間で140ポンド、日割り計算すれば2名で1日20ポンドになる。まあキッチンは付いているし、共同だがシャワー、トイレはマギーットと変わらない。お互いに湯船のある風呂はないが、部屋はこちらの方が広いし、お世辞にも“きれい”とは言えないが、キッチンは付いているし、チャネルスイマーとしては宿泊日数がどうしても1週間を越ので、そんな時はやはり“きれい”より“安い”を誰でも取りたくなるだろう。
たまたまキンちゃんはお昼のお弁当が出来上がる時で、マギーットの分まで少し作ったのだ。もちろん「おにぎりを」である。
キンちゃんは昨日2時間泳いで肩の違和感を訴えていたので宿の前のキャッスル クリニックのマッサージを受けた。昨日は「明日は様子を見ながら泳がないかも知れない。」と言っていたし、ディビッド ヒプキスのクリニックも明日の予約を入れた。しかし今日の朝になってキャンセル クリニックのマッサージが効いたのか、「肩の違和感は無くなった!」と言った。ディビッド ヒプキスのクリニックも「キャンセルして良い。」と言うが、バリーにも送迎は頼んであるし、まあ「転ばぬ先の杖」としてキャンセルは無しにした。
キンちゃんが「今日は2時間泳ぐ。」と言うと、「私も2時間泳ぐ。」とマギーットが言い、2人は海に入って行った。写真はその時のものである。2人とも1時間後に栄養補給で上がって来るが、それ以外に上がって来ることはない。
そんな時、麻美ちゃんらオーストラリアのリレーチームが到達して練習を始めた。
スイマーは他に昨日のオーストラリア人、スペイン人、メキシコ人らが練習を始めた。
ちなみに昨日の世界記録に挑戦したイギリス人スイマーだが、記録は12時間10分と7時間を切るには程遠い記録に終わった。それでも昨日の大潮に近い潮で、12時間代で泳いだのだからスゴイ! まあ世界記録を狙うには、自然の力を味方につけなければ難しいだろう。
よくよく話を聞けば、このイギリス人の青年スイマーの父親も30年くらい前のチャネルスイマーで、19時間くらいで泳いだらしい。しかしその時の印象がとても素晴らしかったので、息子にも経験させたかったようだ。そこからどうして“世界記録”に話が行ったのかは不明だが…。
他に本日は「チャネル チャレンジ2007」と書いてあったオーストラリア人リレーチームが泳いでいるはずだが、結果はまだわからない。
いずれにせよ麻美ちゃんが来てから天気が良い。おそらく強そうなスイマーから泳がせていかないと、予約したスイマーを全員泳がすことは出来ないのではないだろうか。慌てて泳がせている気がしないでもない。
それにしても「嵐を呼ぶ女」と「災いを呼ぶ男」のところに「お日様を呼ぶ麻美ちゃん」が登場したようだ。麻美ちゃんが来る前に比べると、天気は安定して良く、気温は20℃を越す日が増えたし、水温も17℃を越して来た。麻美ちゃんがお日様を連れて来たのかもしれない。
キンちゃんとマギーットはだいたいビーチに集まるスイマーの中で最初に水に入る。後から他のスイマーも入るのだが、何故か出るのはキンちゃんたちが最後になる。たった2時間泳いでいるだけだが、他のスイマーはその間に終始してしまう。
麻美ちゃんが可愛い笑顔を見せながらやって来て、「今日の午後は洗濯でビーチには来ません。ミユキさんに宜しく伝えて下さい。」と言って来た。ホントに可愛い娘さんだ。
お昼にキンちゃんとマギーットが上がって来る。お昼のお弁当のおにぎりを珍しそうに食べていた。そしてそのおにぎりの味よりも箸を使う我々の行動を驚いた様子で眺めていた。マギーットはおにぎりをフォークで食べていたし、箸の文化、フォークの文化が交流を深めた。
マギーットはベルリンに住む44歳のご婦人で、18歳になる娘さんが1人いる。おそらく麻美ちゃんのお母さんと同じくらいの年齢であろう。マギーットのお父さんがアーチェリーの選手で、たまたま今、ドーバーでアーチェリーのヨーロッパ選手権が行われているが、「それでお父さんはドーバーに来るのだ。」と言う。今日の午後は会いに行くそうだ。まあスポーツ家族なのであろう。
マギーットは始めてドーバーにやって来た。だからドーバーの街の情報はあまり知らない。そこにドーバーウォッチングのベテラン、キンちゃんが登場すれば、何処で何が売られ、安い店は何処かなどの情報は得意中の得意としている。マギーットはドーバーでマキシム(スポーツ用栄養補給品)の売り場を知りたがっていた。案内すると彼女は「あなたたちからは、お金にしたら大変な額になる情報を手に入れました。」と喜んでくれた。もちろんその中には潮汐表や海図の情報も含まれている。
マギーットとはそんなこんなで仲良くなった。新しい友達の完成である。

ブログとお返事と

ブログとお返事と
8月1日、水曜日。今日から8月、ドーバーの街も夏の彩りが濃くなりました。街の中央広場では「ファン フェスタ」と呼ばれる移動遊園地がやって来て、大人も子供も大はしゃぎです。写真はその移動遊園地のもの。ヨーロッパの地方では、年に一度くらいこういったキャラバンの移動遊園地が巡って来ます。
隣街フォルクストンではサーカスもやって来ているようで、ドーバーの街のあちらこちらにそのポスターが張ってあります。麻美ちゃんらが移動遊園地に訪れたら楽しそうですが、バスで通っているから無理かも知れませんね。
ドーバー泳の方は、アメリカ女性の3wayが1wayを折り返した後に肩痛のために断念したようです。また車椅子の障害者が1wayにチャレンジしましたが、これも7マイル手前で断念しました。
他に本日、ドーバー1wayの世界記録を狙って、「6時間代で泳ぎたい!」と言った青年が泳いでいるはずですが、結果はまだ耳に入っていません。またビーチにいたら、一人の青年に声を掛けられ、「21時間20分でオレたちは2wayのリレーに成功したんだ!」と自慢げに話して去って行きました。あまりにも唐突だったので、「ヘェー」くらいしか返事が出来ませんでしたが、「ウェルダーン!」くらい言ってやれば良かったかな…? と反省しています。
まあ2001年に我々もドーバーの2wayリレーは成功させていますが、記録は27時間代です。確かに疾風のように現れて、疾風のように去って行った月光仮面のような青年もいて、いろいろな人がいろいろな目的でドーバーを泳ぎに来ていますよね。速く泳ぐのも素晴らしいですが、私個人の見解ではゆったり泳ぐのが好きです。
尚、8月11〜12日と「ドーバーレガッタ」があります。これはドーバーで最も大きなお祭りで、海を中心にいろいろなイベントが開催されます。詳しくはその時に書きますが、その時がキンちゃんの2wayと、麻美ちゃんの1wayリレーが重ならないことを祈るばかりです。
尚、これから先は、キンちゃんにバトンタッチします。

湘南の主さん、麻美ちゃんのママさん、こんばんは!
ドーバーにはここ数年前から通っていますが、どうも私はイギリスの食事が口に合わず、増してや6週間の滞在で日本食なしでは考えられず、いろいろと日本食を持参してドーバーにやって来ました。
それでも去年は少しはイギリス食も食べていたのですが、痩せて日本に帰りました。今年は太って帰れることでしょう!
こちらは肉類は安いですが、野菜が高いです。それに大根を買えばスジばかりだし、ピーマンも大きいですが1ヶ200円ぐらい。ブロッコリーは400円ぐらいとおおざっぱですが、日本の特売価格には程遠いお値段です。まあいつも計算しながら買い物に行っています。
何故だか最近5Lのミネラルウォーターが品切れです。海峡を泳ぐスイマーが買い溜めするからでしょうか? やっと私も3本ゲットしたところです。
ちょっと前まで昼のお弁当はサンドイッチやホットドッグを毎朝作ってビーチに持って行き食べていましたが、一昨日から拒絶反応が出てサンドイッチを見るのも食べるのも嫌になり、昼はおにぎりと箸を持参のジャパニーズスタイル弁当になりました。やはりお米が1番! まあ飽きたらまたパン系に変わるかもしれませんがね…。
ちなみに今日のおにぎりの中身はおかか(日本から鰹節を持参。本当はお好み焼き用)。それとナスの味噌炒め(日本から味噌を持参)と、ジャガ芋の煮付け(コンソメで味付けし、煮たもの)と、茹でトウモロコシです。
毎日泳いだ後はピクニック気分でお弁当を食べ、それから人間ウオッチングをしています。今日はドイツ人のマギーットと仲良しになり、ずっとお話しをしていました。もちろんマギーットはソロスイムのチャレンジャーで、私よりかなり速く泳ぎます。
それに麻美ちゃんたちがビーチに来られ、30分以上も話しが絶えませんでしたよ。
こちらには残念ながらアジア系統のお店は中華料理屋さんしかありません。スーパーにカップヌードルのようなカップ麺類が売っていますが、お味の方は保証致しかねます。他に袋に入った中華麺類が売られていまして、どうも焼きソバのようなので買い求めましたが、まだ食べていません。食べて美味しかったら麻美ちゃんにも報告しておきますね。
それに麻美ちゃんの滞在している場所はドーバーと隣街フォルクストンの中間にあるトレーラーハウスで、丘の上にあり、景色は素晴らしいですが、周辺には何も無い、トレーラーハウスだけが建ち並ぶ“村”のような場所です。自炊が可能ですから、生徒さん同士、何か協力しあって食事を作るのも楽しいことでしょうし、生徒さんたちには良い環境かも知れませんね。
日本人ではリレーでよく来られるN先生がご利用されています。また前回の潮で泳がれた、一緒に撮影したオーストラリア人たちもそこで滞在していました。そのオーストラリア人たちはご家族で来られていましたし、人数が多ければそちらの方がお値打ちです。但し、オーストラリア人たちはクルマでドーバーの街まで通っていましたし、N先生らはタクシーをご利用されていました。麻美ちゃんたちはバスで通っているようです。
去年、すでに今年の計画は立案してあり、自炊可能な安宿を探したのですが、トレーラーハウスに2人の滞在は1人当たりの単価が高く、また街から離れていることなどを理由に「没」としました。そしてようやく今のドーバーの街中で自炊可能な安宿を発見したのです。ここは逆に大人数では無理です。
ちなみに日本食はキッコウマンの醤油がスーパーで手に入るくらい。過去に寿司がスーパーで売られていましたが、今は見たことがありません。他に健康食品店に豆腐やヤクルト、日本のあられが売られていましたが、それも姿を消しました。今も調味料に種類が少ないので困っていますが、ここだけ豪には豪に従えを守っています。
創味のつゆは持参したものの、いつも私が日本で使っている紙パックの醤油が見当たらず、持って来ず、難儀している次第です。
それから麻美ちゃんの話しでは、オーストラリアの先生から「船酔いした時にでも食べれる物、腐らない物を用意しなさい。」と言われたらしいですが、酔ったら他人が何か食べているのを見るだけでも嫌になります。これは難問ですね。先生は乗り物酔いをなさった経験がないかも知れません。
明日、またビーチに行きます。また麻美ちゃんとお話し出来るチャンスがあればして来ますね。それと人間ウォッチングもしてきます。
では

おにぎり

おにぎり
7月31日、火曜日。今日は薄曇りだが水温は17℃まで上昇し、気温も20℃以上は上がるだろう。隣りの部屋のモンセラが帰って来ていないので、今日も幾つかの船がチャネルスイマーを伴走してフランスを目指していることだろう。
ビーチに着くと昨日のオーストラリア人スイマーの男女と、数名の人が話をしていた。背中には「チャネル チャレンジ 2007」と大きく書いてあるので、一目で「ドーバーを泳ぎに来たのだな」とわかる。キンちゃんが泳ぐ今日の予定時間は2〜2.5時間。支度を終えて入水を始めると、「一緒に泳ごう!」と大声で誘った一人の男がいた。彼らのほとんどはオーストラリア人で1名だけはドイツ人女性だった。「私はスロースイマーですから遅れたら先に行って下さい。」と言いながらも、キンちゃんはその6名のスイマーと一緒に海に入って行った。まあ案の定キンちゃんは一人遅れて行くのだが…。
写真はそのオーストラリア人と一緒に泳ぐ直前の写真である。
おお、キンちゃんを誘ったオーストラリア人3名は30分で戻って来た。まあ足慣らし、肩慣らしならちょうど良い時間かも知れない。なんせ石川麻美ちゃんの話によると、オーストラリアからイギリスまではドバイ経由で24時間掛かるそうだ。まあ彼女はパースだが、少しくらい地域が違っていても、我々の直行便で「12時間が長い。」なんて言えなくなってしまう。
おっと残りのオーストラリア人とドイツ人女性の3名も1時間で戻って来た。ビーチでは石川麻美ちゃんらオーストラリアの学生たちが到着した。彼らは危険なほど岸寄りを泳ぐが、管理者の先生としては大事なご子息を預かった身として“あまり沖に出て欲しくない”が本音であろう。その気持ちはよくわかる。それにしてもオーストラリア人がいっぱいだ。しかし安全な沖合を泳ぐスイマーは見たところ…、5名しかいない。
何故岸寄りが危険か!? 岸寄りはヨット、ディンギーのスクールを行っている。したがってヨットスクールエリアの沖側で泳ぐのがこのビーチを利用するチャネルスイマーのマナーだ。もちろんヨチヨチスイマーはヨットスクールエリアの岸寄りで泳がなければならないが、エリアの混同はお互いが迷惑する。昨日もこのコーチに注意をしたのだが、やはり“もしも”を考えると眼の届く「お膝元」で泳がせたいのだろう。いずれにせよ学生君たちも30分くらいしか泳がないから、沖に出る時間がないかも知れない。
まもなくイギリス時間では正午。キンちゃんもまもなく上がって来る。上がると昼食だが、何と今日のお弁当はおにぎりなのだ。米は日本からも持って来たが、ドーバーのスーパーでも売っている。最も日本の米に近い味の米も発見し、醤油もキッコウマンが売られている。一般に野菜は“高い”、“固い”、“味がない”と三拍子揃っているが、肉は日本のモノより安い。
日本の食料品はキンちゃんがけっこう持って来ていて、味噌汁やお茶は充分にある。ただおにぎりを作るに当たっては海苔が無いのだ。日本を出る時、お中元でいただいた海苔を持って来ればと思ったが後の祭り。海苔無しおにぎりと相成った。それでも今までのお弁当はすべてサンドイッチだったから、久しぶりのおにぎりは新鮮で良い。
キンちゃんは他にカレーやシチュウの元などを持って来ているのでけっこう日本食は欠かさずにいただいている。
ビーチで仲良しの「鳩のおばちゃん」ことダッセルバが側に寄って来て話し掛けて来たが、おにぎりやお箸を使う我々の姿が珍しくないのか、おにぎりをパクつきながら箸を使う我々の姿を珍しそうにもしなかった。
「これは明日もおにぎりだね!」と、キンちゃんと私は眼と眼で合図した。

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