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2007年7月の記事

ホワイトホース

ホワイトホース
7月30日、月曜日。今日は朝から穏やかな日だ。水温は相変わらず16℃だが、気温は20℃を大幅に越すだろう。風は緩やかに西風が吹き、今日、泳げば順風満帆な遠泳になるだろう。ビーチに行くと、今までいたオーストラリア人ソロスイマーたちがいない。おそらく今ごろフランスの大地を目指して水飛沫を上げているのか!?
その代わりビーチには次の潮で泳ぐ予定のスイマーたちが集まり始めていた。石川麻美ちゃんらを代表とするオーストラリア人のリレーチームやソロスイマーたち。メキシコ人スイマー、アメリカ人スイマーらがやって来て、新旧の交替の頃らしい。こうしてドーバーのビーチには世界中のスイマーたちが集まって来るのだ。
悪天候続きが難点だが、自然相手だから仕方がない。それでも今日のこの日のような好天が続くことを願って止まない。
今日、ビーチに行けばその新しく来たオーストラリア人スイマー2名と会った。男性と女性だが、この2名もここドーバーのビーチでたった今、知り合ったようだ。そしてキンちゃんはこのオーストラリア人2名と一緒に泳ぎに行くことにした。キンちゃんの今日の泳ぐ予定時間は3時間。肩の具合と相談しながらの泳ぎになる。ところがオーストラリア人スイマーたちはそんなキンちゃんとは無関係に飛ばして泳ぎ、1時間ちょっとで上がってしまった。キンちゃんは一人ぼっちになった。
本来なら私がカヤックで伴走する予定なのだが、カヤックはちょうど構造上最も複雑な部分でパンクが直らず、結局もう一度修復にチャレンジするが、それで直らなかったらドーバーに捨てて帰ることにする。
キンちゃんは予定通り3時間泳ぎ、帰って来た。相変わらず使い捨てカイロで患部を暖めているが、だいぶ痛みは引けたようだ。
今、入った新しい情報だが、アメリカ女性ソロスイマーの1wayは、11時間11分で成功したらしい。また同じ仲間の2wayソロスイムは、1wayを11時間33分でフランスを折り返したものの、帰りの2wayの途中、疲労のため断念した模様。また1wayソロスイムに挑戦したイギリスの男の子17歳は、12時間10分で成功させた模様だ。
他に1wayリレーが何チームかいたが、リレーはすべてが成功したらしい。尚すべてのスタート時間は前日の夜中23時頃で、風は順風満帆、波高は1.0〜1.5m、潮汐は大潮に近いので潮流はかなり速かったらしい。まあ今までの天候からは想像出来ないくらい良いお天気だったので、ほとんどが上手くいったのだろう。
全員お昼頃には終わっていたので、夕方にはドーバーに戻っていた。何人かのスイマーにお会いしたが、全員元気だった。まあ2wayのアメリカ人を除いて「ウェルダーン!」&「コングラッチュレーション!」
ところでドーバーに来るようになって10年以上が経過し、今回が10回目のツアーになるが、そんな私でも知らなかったドーバーのスポットがあった。それはパブ「ホワイトホース」である。ホワイトホースの壁は何処でもチャネルスイマーなら自分のサインをしても良く、店内の壁という壁、天井にまでサインで埋め尽くされている。まあドーバー泳ファンなら知っている名前が必ず見つかるだろう。
場所はキャッスル ヒル ロード、すなわち丘の上に建つドーバー城に上がる坂道に入ると、約50mで斜め右に入る路地がある。目印は路地の入口に「キャッスル クリニック」と書いてある青い扉が見えたら合っている。そのキャッスル クリニックは湘南の主さんやキンちゃんがマッサージを受けたクリニックである。この路地に入って30mほど先の左側にホワイト ホースがある。ちなみにキャッスル クリニックの道路反対側が我々の宿。我々の宿からホワイト ホースまでは100mほどと近い。ドーバーのスイミングプールの裏手になるので、わからない場合はプールの場所を尋ねると良いだろう。
先ほど始めて行ってみたが、すでに成功したリレーチームが宴会で盛り上がっていた。夜の9時にはアメリカ女性スイマーたちも集まるらしい。チャネルスイマーになれなくとも、一見の価値はある気がする。
いちおうスペースを見つけ、キンちゃんのサインを入れた。湘南の主さんのサインは私で申し訳ないが、別の場所にサインをしてきた。
写真はそのキンちゃんのサイン。
どうも明日もドーバー泳は幾つか行われるようで、「朝4時に出発だ!」と我々の隣の部屋に滞在するスペイン人ボランティア、モンセラが意気揚々と出て行った。またアメリカ女性ソロスイムの3wayも明日行われるようだ。皆、上手く泳げることを願っている。

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石川さんと

石川さんと
7月29日、日曜日。
どうもキンちゃんは昨日の一件からビーチに行く時間を早めにしたがっている。夜中に降り続いていた雨は、夜明けには止んでいたし、天気予報でも「今日は晴れる」と言っている。朝食を早めに済ませ、8時30分に外へ出ると、体感温度は13℃くらいで吐く息が白い。おまけに重い雲は冷たい風を吹かせていた。30mくらい歩いたところで「やはりコートを取って来るわ!」とキンちゃんが宿に戻った。
ビーチに着くといつもの道路脇の高いところから低いところへテントを移動している最中だった。フライシートを風避けにし、やはり彼らだって寒いと感じていることがわかる。
スコットランドに住む元ボクシングチャンピオンのトムが、キンちゃんのためにスコットランドのお菓子を買って来てくれた。彼の仕事は船乗りで、日本にも行ったことがあるらしい。片言の日本語を話しながらユーモラスにその大きな身体を動かす。何でも近いうちにまた航海があるようで、日本の長崎と沖縄に寄港するようだ。とにかく親日家でキンちゃんを可愛がってくれている。
テントの設営を終え、いつものようにフリーダが椅子に腰掛けるとスイマーはフリーダの前に並んで何時間泳ぐか、何時間泳いだら良いか話し合って決める。そして3時間未満の栄養補給のないスイマーは黄色のスイムキャップ、3時間以上の栄養補給のあるスイマーは赤いスイムキャップが配られる。各スイムキャップにはナンバリングがしてあり、フリーダは番号の入った名簿の横にスイマーの名前と泳ぐ時間を記入するのだ。
キンちゃんは今日2時間泳ぐから黄色のスイムキャップで1番。トムは今日6時間泳ぐので赤で5番のスイムキャップ。こんなような区別の仕方で各々はそれぞれの時間を泳ぐ。
「ビッグ エマ」と言うあだ名の身体の大きな女性、エマが泳ぎ始めた。エマも今日は6時間泳ぐ。このエマに続いてキンちゃんも泳ぎ始めた。
キンちゃんが泳ぎ始めた頃にようやく青空が広がり、辺りは暑くなってきた。
2時間後、上がって来たキンちゃんの第一声が「調子が良い! このまま泳ぎ続けたいが、調子に乗ると今夜が恐いから今日はこの辺にしておくわ!」と笑顔で上がって来た。とりあえずまだ“ヒビキ”は残っていそうだが、ほぼ復調したようである。
キンちゃんは上がるとボランティアに転じた。
昼食のお弁当も食べて一息ついていると、オーストラリアのリレーチームの若い男女が到着した。その中に石川麻美ちゃんが入っていたのだ。彼女は女子チームの一員として参加する。他に男子チームも一チームあって、選手の他に担任の先生、カメラマン、コーチなど数名を引き連れた大所帯だ。
先ほど到着したばかりで、身体馴らしに一泳ぎしに来たらしい。キンちゃん以外の人と久しぶりに話す日本語である。
そのチャーミングな笑顔からおそらく学校でも相当の人気者だと想像出来る。
フリーダは「日本の女の子にいろいろ教えて上げなさい。」と言うし、当のフリーダも担任の先生の紹介で挨拶していた。
見た目まだ10代の若者たちだ。全員まだスマートで線が細いのと、ドーバー泳についてまだあまりわかっていないようだが、これから学習し、若さで細い線を吹き飛ばしてくれるだろう。オーストラリアの若いリレーチームたちに乾杯!

写真は世界のチャネルクィーン、アリソンと日本のチャネルクィーン、キン

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百波千波

百波千波
7月28日、土曜日。今朝は5時にキンちゃんに叩き起こされた。どうも朝食後の片付けに私が時間を掛かり過ぎるのを逆算しての起床時間らしい。確かにライフボートステーションまでは歩いて15分くらい掛かる。8時30に集合だから8時10分に出ればちょうど良いだろうと思うのだが、キンちゃんは「8時ちょうどには出るよ!」と言うのだ。
それと言うのは撮影が終わってからキンちゃんはビーチでの練習に合流するつもりで、そのための弁当やお茶、キンちゃんが練習後にかぶるお湯5リッター、それに撮影シーンを撮影する私のカメラ類…、などなど合わせると、私のリュックの重さは軽く10kgは越していた。それでビーチいるであろうフリーダたちにビーチで使う荷物の番を頼む魂胆だ。「練習は9時からだよ。こんなに早く行っても誰も居ないよ。」と言う私の背中を後押しして、何と7時50分には宿を出たのである。
ところがビーチを覗くとフリーダたちはすでにビーチで設営に入っている。彼らスタッフは8時にビーチ集合らしい。ちょっと驚いた。そして事情を話して荷物の番を頼んだのである。
ライフボートステーションに着く前にオーストラリア人たちに会った。彼らはクルマでこちらまで来た。なぜなら彼らの宿泊場所は、ドーバーと隣街、フォルクストンの中間にあるトレーラーハウスに滞在しているからだ。
一足先に我々は集合場所のライフボートステーションに到着していた。ところが時間になっても誰も来ない。9時になっても誰も来ないので腹の立って来た我々はカメラマンの家に電話した。ところが留守番電話である。頭に来てトムとカメラマンの会社の担当者に「約束が守られていない!」とメールした。それから10分もしないうちに一人の女性が走って現われ、「撮影場所はこちらだ!」と言う。
ブツブツ文句を言いながら後を着いて走るとビーチで撮影されていた。どうもオーストラリア人ともう一人の女性、イギリス人とカメラマンたちは偶然にライフボートステーションに着く前に会ったらしく、撮影場所を勝手にそこのビーチに変えてしまったらしい。
どうも私は腹が立つと顔に出るらしく、「スマイル、スマイル!」とキンちゃんに言われてしまった。
まあ無事に撮影に入る。
ところで「百波千波」…、いや「千波百波」だったかな…。ご存じだろうか? これは古くから日本の漁師さんたちが使っている言葉で、「100回の波があるうちの1回はそれまでの1.5倍の大きさの波が来て、1000回に1回はそれまでの2倍の大きさの波が来る。」と言う格言だ。これは現在の統計と確率からも、100回に1回は1.6倍。1000回に1回は1.9倍と、かなり正しいらしい。
ちなみにサーファーの格言に「八小三大」と言うのがある。意味は「連続する11の波のうち、8回は小さい波が続き、3回は大きな波が続く。」と言うものだ。確かにこれも海を見ていると当てはまる。
ドーバーの波は日本の10秒前後に1回来る波の周期と違って、5〜6秒に1回と周期が短い。すなわち百波千波は日本より短い周期でやって来るのだ。
しかもドーバーにおける潮汐の潮高差は大瀬で7m、小潮でも3mにも及ぶ。つまりそれほど「潮流は速い」と言うことになり、「みるみるうちに海面の高さは変わる!」と言うことだ。
ちょうど撮影は高潮時に入っていた。打ち寄せる波はどんどん乾いた波打ち際を濡らして行く。もちろん撮影開始時には充分波から遠い場所に荷物を置いていたのだが、百波千波の千波が押し寄せて来た。波打ち際には三脚でフラッシュライトが立ててあり、撮影助手の人がレフ板を持っている。そこに千波の第一波が来た。続いて5〜6秒で第二波が。この時フラッシュライトが倒れそうになったのを一人のオーストラリア人が走りながら素早く拾う。もちろん全員が置いた荷物も波はさらって海に帰そうとしている。慌てて各自自分の荷物の回収に走る。もちろん我々の荷物も例外ではない。第三波が来た時にはキンちゃんの靴やサンダルが波間に行き来し始めた。
最も私が心配したのは電子機器の類いである。自分のカメラなどは自分で持っているから問題無し。問題はキンちゃんのケータイである。もし服のポケットにでも入れていたら非常にやばい。聞けば「何処に入れたかわからない。」と言う。偶然にもバッグの中に入っていたので難は逃れたが、オーストラリア人たちはしっかりやられたみたいでビーチの上には乾かす服と一緒にあちらこちら蓋の開いた電子機器が干されていた。
それでも10時には撮影も終わり、解散となった。キンちゃんはフリーダたちの待つビーチに戻り、1時間泳の開始である。
どうやらかなり復活したようだか、まだ息継ぎの時に痛むようである。「恐いのは明日の朝だ。」と言う。それでもゆっくりだが確実に復活に向けて歩み始めたようだ。
その後、キンちゃんも私もビーチで他のスイマーのお手伝いをする。片付けも終わった頃、ビーチから空を眺めていたクリフがポツリとはくように言った。「今日の朝は良い天気だったが、今になると風が強くなって海が荒れ出す。1日とて落ち着いた日が続くことはないよなぁ〜…。」と…。

写真は撮影中のキンちゃんとその仲間。

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臨時ニュース

臨時ニュース
7月29日、日曜日。
ドーバーのビーチにオーストラリアからパースの高校に留学中の石川麻美さんが到着しました。彼女はそのオーストラリア、パースの高校チームの一員で、女子と男子のリレーチームで泳ぐようです。
ご両親にはこのブログのことは話されているようで、ちゃんとチェックされているようです。
麻美ちゃんのお父さんとお母さん、先ほどコンビニの前で会った時、「日本に電話するカードを探している。」と言っていました。まもなく本人から電話があると思います。楽しみにお待ち下さい。チームにも溶け込んでいましたし、チームのビデオカメラマンが我々のことも撮影してくれました。頑張っていましたよ!
彼女らはオーストラリアで練習していたようで、今のオーストラリアは冬です。冬のオーストラリアの海で練習してきた彼女は16℃のドーバービーチの海水を「温かい!」と喜んでいました。きっと上手く泳いで素敵な思い出を作るでしょう。
尚、湘南の主さん、彼女は鎌倉出身だそうです。
湘南の海は未来が明るいか!?

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復活の兆し

復活の兆し
7月27日、金曜日。今日のドーバーも晴れてはいるものの風は強く、「ドーバー泳を試みる船は出ていない」と一目でわかるような天気だった。
今日は11時45分にバリーの奥さんが我々をカンタベリーの診療所までクルマで送迎してくれる。しかしこの「11時45分」というのが中途半端である。朝食後、洗濯するにも掃除をするにも「遅れたら…」というストレスが次の行動を起こす原動力にブレーキを掛けている。
ビーチに行く気もせずダラダラと昼食を作る下拵えをしていた。それでも11時30分には宿の前に出て日向ぼっこをしながらバリーの奥さん、イレーヌの到着を待っていた。
イレーヌは時間通りに来て我々をクルマに乗せてくれた。高速道路をぶっ飛ばし、細い田舎道に入った頃、「道、覚えている?」とイレーヌが聞いて来た。彼女も始めて診療所に行くようで、メモを見ながら私たちに聞いたのである。見覚えのある道になると、「ああ、ここ通ったよ。」と教えたのが良いのかどうか不明だが、とにかくバリーよりかなり早く診療所に到着したのである。
診療所の医師ディビッド・ホプキスは前の患者さんがちょうど終わったばかりで、我々をすぐに診療室に通してくれた。
「どうかね? 容態は…、泳いだ?」と言いながら問診が始まった。「右向いて…、はい、次は左…。ここは痛い? こちらは?」と言いながら触診をする。そして例によってタイガーバームを指につけるとマッサージが始まる。そして「はい、力を抜いて…」、“バキバキ”、“ボキボキ”、“バキボキ”とキンちゃんの肩と首から悲鳴のような音が出た。
このカイロプラクティックが効いたのか、帰りにキンちゃんは「すっごく肩と首が軽くなった!」と言って喜んでいた。
帰りにイレーヌは「家でお茶でも飲む?」と誘ってくれたが、「昼食を取りたいので…」と言って遠慮した。
宿に戻って昼食を済ませ、洗濯と買い物がてらビーチに行く。ビーチではオーストラリアのソロスイマーと会った。例のあの陽気なオーストラリア人たちだ。家族で来ているらしく、奥さんと子供たちを紹介してくれた。どうも話によるとロンドンに住む記者トムは、キンちゃんの他にこのオーストラリア人たちを取材したらしく、明日の朝の撮影も一緒だと言う。昨日のメールによる最終確認で、「ミユキの他に3名のスイマーがいる。」と書いてあったが、これで2名のスイマーはわかった。
キンちゃんは今日まで泳がず、明日は1時間、明後日は2時間と、肩と首と相談しながら徐々に泳ぎを慣らしていく予定だ。
ディビッド・ヒプキスの診療所には、「いつでも連れて行って上げるから。」と言ってくれるバリーとイレーヌがいる。この行為に節度ある甘えをしようと思っている。

写真はキンちゃんの4回の成功を、シャンパンを開けて祝ってくれたフランス人スイマー。彼は4回チャレンジしてまだ1回も成功したことはないと言う。
アリソンから送信してもらった写真。

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メール

メール
7月26日、木曜日。今日は朝からいつにも増して風が強い。重い雲が辺り一面を暗くし、時折降る雨は横殴りになって、傘の機能を失わせてしまう。それでもビーチに行けば、明日の好天を願うスイマーたちが絶えず練習をしている。港の出入口から外の海峡に眼を転じれば、港の外では白波立った波頭からウサギが飛んでいた。
「ハァ〜…」と溜め息を一つ吐きながらビーチに座る。雨がいきなり横殴りに降り出したので、急いで屋根付きベンチに非難した。
キンちゃんが「メールをしてもいいよ。」と言う。本来この意味は、「私は金曜日にマッサージを受けたいので、送迎をお願いするバリーに“金曜日の都合はいかがですか?”というお伺いメール書きなさい。」なのだ。
電話では留守番電話だったのでメールにしたが、最近英語メールがやたらに増えた。トム、カメラマン、アリソン、バリーなどに英語メールを図々しく出している。もちろん電子辞書を駆使してのメールになるが、何故か話すより通じる。まあ発音が悪いのだと思う。日本で外人に「イシカワグチは何処ですか?」と聞かれたことがある。「イシカワグチ?」といろいろ聞くと、「西川口」なのだ。頭に“N”があるかないかだけでまったくわからなくなってしまう。きっと同じことのような気がしている。
ドーバーは国境の港街。日本なら横浜か、新潟か、博多か…。いやいやそのどれよりも小さいし、津軽海峡の函館や青森よりさらに小さな港街に感ずる。それでも日本の漁港のように魚を売っている店はないし、磯臭くも魚臭くもない。なのに昼間ならここドーバーとフランスのカレーとを結ぶフェリーがほぼ45分未満に1本の割合で運行されていて、国道には右ハンドルや左ハンドルの大型トラックなどが往来する。中にはイギリスの左側通行におぼつかないクルマもあるので注意を要する。このようにユーロトンネルが開通された今でも重要な交通の拠点なのだ。
フェリーの埠頭から鉄道駅まではバスで結んでいる。バスの運賃は確か1ポンドくらいだったと思うが、その1ポンドを惜しんだバックパッカーなどが歩いて行き来する。あきらかに東洋人、すなわち“旅行者”とわかる我々に、駅までの道を聞かれるのは珍しいことではない。
火曜日の気晴らしでロンドンからの帰り、ドーバーの駅から多くのバックパッカーが降り立った。キンちゃんは降りるやいなや駅前の地図に首ったけになるバックパッカーたちに「私が道を教えて上げるよ。」と言うくらい旅行者は多くいる。ところがほとんどの旅行者はドーバーが経由地で目的地ではない。それでもドーバーで一息入れる旅行者も少なくはないのだ。
そんなお客さんを招くドーバーの人達は慣れているようで、言葉(英語)が話せない旅行者の扱いも心得ていて親切だし人懐こい。まあハッキリ言って「サンデイ(日曜日)」を「サンダイ」と発音するくらい方言はきついが、しゃべれない私がとやかく言う資格もない。
いずれにせよ「しゃべれないから話さない」は通用せず、しゃべれなくとも図々しく思ったことを口にした方が良い。キンちゃんは私より遥かに人気があるし、いろいろと気を使ってもらっている。
とにかく図々しくメールを出すと、「金曜日12時30分に予約が取れた。11時45分に妻のイレーヌがあなた方を迎えに行くので、時間になったら外で待っていてください。」とバリーからメールが来た。
ホントにいろいろと親切にしてもらって幸せであり、有り難いことである。
また雑誌に掲載する写真について、最終打ち合わせメールも入ってきた。まあ英語は話せないより話せた方が良い。ま、当たり前の話だが…。

写真は明日カメラマンと打ち合わせをするライフボートステーション。バックに写っているのがライフボート。

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ドーバーの日々

ドーバーの日々
7月25日、水曜日。イギリス上空に居座った低気圧は相変わらず動きそうもない。テレビニュースでも相変わらず水害の報道を流している。まあここイギリスでも東南部に当るケント州は水害がないようだが、天候はコロコロ変わり、ビーチでは天候待ちのスイマーが空を見上げては溜め息をついていた。
噂では同じヨーロッパの国で40℃を越す猛暑のため、かなりの人々が亡くなっているらしい。ドーバーでは気温が20℃も上がらない日が続いていると言うのに…。
キンちゃんは1wayの泳ぐ期間(小潮)から次の2wayを泳ぐ期間までに、一潮開けている。そして今がその泳がない中間の潮の期間なのだ。すでに多くの外国からスイマーが集結し、明日の好天を待っている。
平日のビーチは閑散としているのに、今日のビーチは午前中に15名ものスイマーを数えた。アメリカからは別のリレーチームが到着したし、イタリアのソロスイマー、インドからもソロスイマーがやって来ていた。ちなみに月曜日に未完に終わったアメリカ女性ソロスイマーたちは再チャレンジで残っている。噂では来週の月曜に泳ぐらしいが、この天候で多くのスイマーたちが順番を待っている。当然、残ったスイマーが終わってから彼女らの順番になるのだろうし、そう考えるといつ泳げるのかは不明である。
キンちゃんは少しの間、練習を休ませる予定だ。なぜならば肩の患部にシコリを感じるようになったからだ。別名「凝り」と言うのかも知れない。
昨日ロンドンに住むトムから連結があり、土曜日にドーバーでキンちゃんの撮影をすることになった。当日はプロカメラマンが来て撮影するらしい。まあそのプロカメラマンと打ち合わせをして欲しいと言うのだ。
本日、言われたように連結を取ると、他に3名のスイマーの撮影もあるようで、集合する時間(8.30amより)や場所(ライフボートステーション前)を聞いて確認を取った。この撮影時間は1時間30分くらい掛かるらしい。
まあそれまでキンちゃんの練習はしなくとも良いだろう。
一旦昼食で宿に戻り、再びビーチに出た。相変わらず風が吹きまくっている。雲が足速に通り過ぎる間に、地面は忙しく日向と日陰が繰り返している。その日向の間は暑く、日陰の間は寒く感じる不思議な感覚を味わっていた。日本のように空気に湿度が高いと出来ない現象だと思う。
そんな空の下、スイマーは明日のドーバー泳を夢見て練習をしている。皆が上手く泳げますようにと願って止まない。
ようやくビーチのスイマーも数える程に減った頃、一人の女性スイマーがビーチに上がって来た。それをクリフが両手を上げて歓迎している。どうやらドーバーをソロで泳ぐための登龍門、「16℃以下の水温での6時間泳」らしい。これで彼女もドーバーをソロで泳ぐための資格を手に入れたのだ。「おめでとう!」、「よくやったね!」と言うと、震える身体を丸めながらも笑みを浮かべ、「ありがとう!」と答えていた。
この光景を目の当たりにしたキンちゃんは、かなり感動したらしい。
こんな日々が続くドーバーの1日であった。そういえばキンちゃんはイタリア人ソロスイマーの方から声を掛けられていた。やはり4回も泳ぐと諸外国のスイマーたちからも少しは有名になっているらしい。
キンちゃんのこの感動は「KFCトライアスロンクラブ」のホームページに掲載されている。

写真はビーチでイカダを組んで遊んでいた少年たち。彼らは風に流され、後にエンジン付きゴムボートに救助されていた。もちろんゴムボートにはあらかじめ救助の依頼は済ませていたようだが…。

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気晴らし






7月24日、火曜日。

今日は天気予報で「風は強いが晴れ」と言っている。「気晴らしに何処かに行きたい。」と言うキンちゃんのリクエストに答えようと、「フランス1デイツアー」を考えた。晴れた日にちょっとおフランスに行ってリッチなランチなどお洒落である。

前はキンちゃんが2wayで折り返したフランスのヴィサンビーチに行って砂を取って来た。今年もヴィサンでゴールしたから、また砂でも取って来るかな…。と思っていたのである。

いくら天気が良けりゃ見えるフランスでも、一応は時差もあるし言葉も違う外国である。往復のフェリーの中では免税店が並んでいるし、大きなフェリーの中は日本のものより遥かに豪華に出来ている。外国旅行の雰囲気満点である。まあ実際に外国旅行ではあるのだが…。

それにしては日帰り往復のチケットが驚くほど安いのだ。幾らだか忘れたが、とにかく物凄く安かった記憶だけはある。日本も少しは見習った方が良い。

ただフランスでの問題はカレーからヴィサンまで行くバスの便数が少ないことだ。確か1日に4往復くらいしか運行していない。しかも時間も守られていない…。

まあ以上の理由からフランスはやめてロンドンに切り換えた。

ロンドンは我々の場合「経由地」で、目的地はドーバーなのだ。まあロンドンでも東京でもパリでもニューヨークでも、都会は物価が高く、人々は冷たく、治安が悪いという三拍子揃った相場が決まっている。

だがキンちゃんの場合すでに5回もイギリスに来ているのに1度もロンドン見物なんかしていない。「少しは都会の匂いを嗅いで来るか…。」と、ロンドン行きが急遽決まった。

ちなみにドーバーからロンドンまでの電車1日往復切符に、ロンドンの地下鉄1ゾーン(ロンドン市内観光なら1ゾーンで間に合う)がついて、平日ならかなり安い!

もし、これからドーバーに行く予定がある方ならこういった安いチケットが結論あるので探すと良いだろう。ドーバー市内でも3ポンド(だったかな?)で1日乗り放題のバスのチケットが買える。ちょっとした買い物や観光に便利である。

ロンドン観光の話に戻そう。今回、たまたま数年前に買ったイギリスガイドブックを持って来ていた。あまり都会を好まないので私なのでロンドン観光なんてしたことがない。したがってこのガイドブックが頼みの綱だ。

まあ厚さ1cmほどでポケットサイズの本に、イギリス1国の情報をすべて入れてしまおうと言う企画に無理はあるが、そこはそこ、お上りさんは高見の見物が出来ればそれで良いのだ。

行きの電車の中で、バッキンガム宮殿の衛兵交替式、ウェストミュンスター寺院、ビッグベン、そして大英博物館と「お上りさんフルコース」の予定を組んでみた。

まずはバッキンガム宮殿の衛兵交替式。まあ世界のお上りさんが集う場所だ。人、人、人でごった返し、キンちゃんなんて150cmしかないから、周囲の人が手を上げて撮影しているカメラの「液晶画面を見ている方が良く見える!」と言う。

続いてウェストミュンスター寺院にビッグベン。これでドーバーのマリーナ入口に建つ時計台を私が「スモールベン」と言った理由がキンちゃんにもわかったであろう。

ここで昼食になるのだが、結局のところヴィクトリア駅構内にある「バーガーキング」でハンバーガー、フライドポテト、コーラのセットを頼む。この1セットの価格が4.99ポンド。二人で約10ポンドだ。ちなみに今回のドーバーでの生活で、二人の予算は1日の食費3回分が10ポンド。もちろんビール代は除いているが、1日分の食費を1回で食べてしまったことに、「とても高価なモノを喰ってしまった…。」と言う反省の念が残ってしまった。ちなみにビール1日分の予算も10ポンド。これが惜しくない心境はいかがなものか?

次は私が最も行きたかった大英博物館である。1999年に、やはりドーバー1wayリレーで訪れた帰りに寄ったものだが、2003年に大英博物館開業250周年記念事業で全面屋根付きになっていた。だから前に来た時とだいぶ装いを変えていた。

それに1999年に来た時は、何と日本で「大英博物館展」をやっていて、主な展示物は何と日本に出張中で見られなかった。また今回この大英博物館に来た折りに特集として、「日本展」で「生け花」をやっていたのは何か因縁めいたものを感じた。またもう一つ驚くことは、この素晴らしい展示物に無料で拝むことが出来ることだ。キンちゃんは「エジプトのミイラが面白かった。」と言っていた。

こうしてロンドン1日お上りさんツアーは終わったのである。

ドーバーから行きはヴィクトリアではなくチャーリングクロスに出た。帰りもチャーリングクロスからの電車に乗った。それはアッシュフォードで乗換えだが、途中、何処かの駅でキンちゃんは「アッ、ウサギだ!」と喜んでいた。やはり我々は都会より田舎が会っているのかもしれない。



それからキンちゃんの肩だが、たまたま我々は使い捨てカイロを150枚持って来ている。この使い捨てカイロはキンちゃんの遠泳で栄養補給品を温めるのに使用する。これはたまたま日本酒をお燗出来る缶入りの酒をヒントに考えたモノだ。だいたい60℃くらいまで温めることが出来て都合が良い。

50枚は1wayで使い、100枚は2wayで使う予定だった。実際の1wayは40枚しか使っていないので、10枚余っている。これをキンちゃんの肩を温める目的で使用する。すなわち、本来の目的に戻ったわけだ。

ただこの使い捨てカイロを英国航空では機内持ち込みを禁止しているかもしれない。どうも“発熱”が気に入らないらしい。まあ「ダメ元」で持ち込んで、引っ掛かったらあきらめるしかない。しかしながら、いちおう日本国政府と国連が定めた「運搬における条例」で、安全基準に達した商品である証明書は持って行った。そんな「カイロ持ち込み事件」も面白いかもしれないが、いずれチャンスのある時にすることにしよう。



写真はキンちゃんとビッグベン。

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結果は






7月23日午前1時、アメリカ女性ソロスイマーたちは、1way、2way、3wayを同時にスタートさせた。しかしながら誰一人1wayのフランスまで着くことなく、全員が戻って来たと言う。やはりドーバー泳は、「運」も味方につけなければ到達出来ない海峡なのか…。

アメリカ女性ソロスイマーの話しももう少し時間が掛からないと詳しくはわからないが、まあわかる範囲のキンちゃんの肩の状態についての話に変えよう。

この日テレビの天気予報では「朝から雨が降り続く」の予報が的中し、最高気温が17℃の寒い日になった。キンちゃんは朝からベッドに潜り込んだまま、何かを考えているのか寝ているのか…。

ここのところ朝食は私が作る役になっている。昼食と夕食はキンちゃんの役だが、夕食のほとんどはビールのつまみなので、「食事」という感覚が無いままに酔い、寝てしまう。

今日のキンちゃんは朝食を取ってから「お腹がいっぱいだから昼食は要らない。」と言って再びベッドに潜り込んでいたものの、昨日の昼食のパスタを私が温め、少しだけだがちゃんと食べさせた。

午後2時15分にバリーが自分のクルマで迎えに来てくれた。これからキンちゃんはフリーダの言う「神の手を持つ名医」デイヴ・ヒプキスのところに行くのだ。フリーダの言うデイヴは、「イギリスでも5本の指に入る名医だ!」と言う。

バリーは我々を乗せるとドーバー城に上がる丘の道を超え、高速道路を直走りに走って行った。この時にアメリカ女性ソロスイマーの全滅を聞いたのだ。「ここのところ天気が良くないからな…。」とこぼすようにバリーが言うと、「パイロットたちも大変ね。舵輪と一緒にスイマーの夢も握っているんだから…。」と、つぶやくようにキンちゃんが言った。

それでもキンちゃんはクルマに乗るといつもの「おしゃべりキンちゃん」に戻り、陽気なバリーとの間で下手くそな私の通訳が楽しく続くまま、クルマは地方の狭い道にとハンドルを切って行った。

丘を渡る幾つもの細い道。どちらかと言うと私は高速道路よりこういった生活の匂いがする細い道の方が好きだ。またバリーも初めて行く場所のようで、メモを見ながら行ったり来たりを何回か繰り返した後、ようやくそのクリニックに着くことが出来た。

デイヴは陽気な大男で、我々を診療室に通すとさっそく問診に入った。そして打診。「右向いて…」、「左向いて…」、「痛いところは?」、「ここは痛い?」、「こうすると痛い?」などなど…。それから治療に入る。キンちゃんの話では治療はカイロプラクティックで、「ボキボキ」と骨を鳴らしながら歪んだ身体を治す方法と、日本の揉むマッサージに似ていると言う。我々の宿の前のクリニックでは擦るマッサージだが、「私は揉むマッサージの方が合っている。」とキンちゃんは言う。

デイヴは「“タイガーバーム”って知っているかい?」と言って小さな容器を見せてくれた。それは六角形に虎の絵のある何処かで見たことのある容器だ。友達がプレゼントでくれたことがある。

「こいつが良いんだよ〜。香港や台湾なら安く出回っているようだが、イギリスではとても高価なモノなんだ。」と言いながら、ほんの少しのタイガーバームを指に付け、実際に塗りながら私にキンちゃんの肩と首のマッサージの方法を教えてくれた。

「患部を暖めておくように。(Tシャツ1枚のキンちゃんを指差して)こんなTシャツ1枚ではダメだ。特に今日のような雨の日に濡らして冷やしてはいかん。今日は泳いではいかん。数日様子を見て、痛みが無くなったらゆっくり少しだけ泳いで、徐々に慣らして行きなさい。また何かあったら来院するように。ドーバーからここまで来るのに公共のバスで来れるが、バスだとかなり時間が掛かる。それこそ弁当持って、バスの中で食べながら来なければならないくらい時間が掛かる。だからここにいるバリーに頼みなさい。バリー、良いだろう?」

「問題ない!」とバリーは言ってくれた。

「来る前に電話をしてね。」とくれた名刺の住所は“カンタベリー”になっていた。遠いわけだ。

帰る道すがらバリーは「行ったことがあるかい?」と聞きながら、もう一つのドーバーを案内してくれた。そこは大きな公園で、大きな池には白鳥が羽を休めていた。緑が深く、静かな公園はバリーの好きな場所の一つかも知れない。

その後バリーは自分の家に我々を招いた。バリーの家も清楚な彼らしい住まいだ。そこはドーバーの丘陵の途中にあり、Xmasにそこから眺める光景は、さながら夢のような景色になり、テレビは来るし、4000人の人がここを訪れると彼は言う。バリーの家に入るとイギリス人らしい品格のある庭が広がり、そこにはみ出したバルコニーの部屋の椅子に座り、お茶をいただきながら楽しむ会話は、ちょっとお洒落なイギリスの香りを味わいだった。あっと言う間の2時間が過ぎていた。

雨の中、宿まで送ってもらうとバリーは「いつでも送るから、電話をしてね。」と言って帰って行った。

今日は英国のジェントルマン精神に触れた気がした一日だった。



写真はバリーとキンちゃん。バリーの誕生日プレゼントに日本語で「楽勝」と書いてあるタオルをプレゼントした。頭に逆さハチマキになっている。

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ボランティア






7月22日、日曜日。ドーバーの天候は夜中の3時頃に雷雨。朝になったら小雨になったが肌寒く、相変わらず好天は望めそうもない。朝食を取りながらテレビニュースを見ていると、イギリス各地で洪水が発生している。これは日本のマスコミでも報道されているのだろうか。気象予報師と司会者が今年の天候と水害について話している。まあ日本でも長雨が続くと天気予報以外の番組で気象予報師が出て来て天気の解説をするが、まさにそんなシーンで馴染みはある。

キンちゃんの肩がまだ回復していないので、本日は1日中ボランティアをすることに決めた。09:00、ビーチに到着。雨天のためか、集まったスイマーの数は30名弱と少ない。それでも時間になると各々は準備が出来た順から海の中へと身を踊らせて行った。水温は推定15℃。曇天のためか、冷たく感ずる。

午前中、曇天は小雨を通り越し、一時的に強くなった。我々はポンチョを持参していたので着ていたが、ポンチョでは済まされないほどの大雨になった。そこで例の「屋根付きベンチ」に非難した。ビーチ練習の始めの栄養補給は2時間後。すなわち11時頃までは暇なのだ。

屋根付きベンチの中はさすが国境の街、ドーバー。英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、そして日本語…。いろいろな言葉が飛び交う。

その中でフランス人はチャネルスイマーの友達でもあるらしく、クリフと親しそうに英語で話し始めた。そのうちこのフランス人はシャンパンを開けるとクリフたちに振る舞った。また我々の存在に気が付いたクリフは、「そう、ここにいるミユキはドーバーを4回も泳いでいる。今回は2wayを泳ぎに来ているが、今、ちょっと肩を壊していて、明日、治療することになっている。」と紹介した。すると途端にベンチの中はキンちゃんが花になった。フランス人はキンちゃんにシャンパングラスを渡し、振る舞ったのである。

何でもこのフランス人、4回もドーバー泳にチャレンジし、すべて“後1〜2マイル”というところで涙を飲んだそうだ。だから4回も泳いじゃったキンちゃんには余計に敬意を払ったのであろう。

今までの私の少ない経験ではあるが、失敗するスイマーの多くが出発して2〜3時間経過した頃と、フランス人のようなゴールの手前、2〜3マイルの位置である。前者は低水温で続行する気力が奪われ、後者は泳いでも泳いでも横に流されるだけの潮に気力を奪われる。2004年にキンちゃんはドーバー泳を2回チャレンジし、2回ともフランスの手前2〜3マイルで失敗している。ドーバー泳の大敵は低水温と速い潮なのだ。

昨日のインタビューでも、「いつ頃“これで成功した”と確信されましたか?」という質問に、「足がフランスの地面に着いた時。」とキンちゃんは答えていたが、まさにドーバーとはそういうところだ。

その低水温と速い潮に打ち勝つために、今日もスイマーは練習をする。そのサポートに今日はやって来たのだ。スイマーに喜ばれるサポートをしたい。ちょうどその頃、驟雨に変わって青空が広がり始めた。さあ我々もビーチに戻ろう!

サポートをしていて感ずる事だが、やはり男性より女性の方が強い。1時間くらいでガクガク震えて上がって来るスイマーは必ず男性だし、7時間も泳いで、その後も仲間と水遊びしたりTシャツ1枚で食い物にパクつくスイマーは必ず30台の女性である。もちろんすべての女性が強いと言うわけではないが、おしなべた相対は男性の方が弱い。

本日はバリーも休みで、フリーダやスイマーからもたいへん喜ばれた。やって良かった。



帰り道、ドーバーのインド料理屋で働くバングラデッシュ人に話し掛けられた。去年、我々は一度だけインド料理を食べに行った。その一度だけでバングラデッシュ人はキンちゃんのことを覚えているのだ。まあ我々も彼がインド料理屋で働くバングラデッシュ人と知っているのもおしゃべりキンちゃんのなせる業。恐るべしキンちゃん!

ちなみに今回はまだ外食をしていない。調理可能な宿なので、しっかり和食も食べている。そんな話とドーバーの街の様子について書こうと思ったが、眠くなったので今日はこの辺にする。そのうちチャンスがあったら書こう。



写真は皆が練習するビーチで、足を骨折したらしく、動けなくなったカモメ。何もこんなところで休まなくても良いのに…。人間を恐れてビッコひきひき逃げていた…。

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トム






7月21日、土曜日。今日のドーバーの天候は午前中小雨、午後は晴れの予報だ。09:15よりキンちゃんの取材でインタビューがある。場所はビーチの前にあるチャーチルホテルの喫茶室。このホテルはおそらくドーバーで最も豪華なホテルであろう。1999年に日本の芸能人が「ドーバー海峡横断部」を作ってリレーで泳いだ時に利用したホテルである。前から一度は入ってみたかった夢のホテルだ。また、キンちゃんにとってはこの芸能人のドーバー泳が、今回に至るまでのスタート地点でもあったのである。

トムはロンドンに在住するフリーの記者で31歳。とある雑誌の「ドーバー泳についての取材依頼」を受け、数あるチャネルスイマー志願者からキンちゃんを選び出した。もちろん取材はキンちゃんだけではなく、チャネルチャンピオンでクィーンのアリソンなど、複数のチャネルスイマーから立体的にドーバー泳の姿を捕らえようと取材する考えだ。キンちゃんの場合は“遠い国の日本、その異文化スイマーがどのようにドーバー泳を捕らえているか”のテーマで抜擢された。ただ、10日の1wayでトムも船に乗って取材しているので、記事の大半はキンちゃんのことになるらしい。その雑誌は8月下旬に発売されるらしいが、是非とも出来上がったら拝見してみたい。

トムは我々があまり言葉が出来ないことを知っており、そこでロンドンに在住する彼の友達の日本人を通訳に、わざわざロンドンから連れて来てくれてのインタビューになった。

トムはあらかじめ10日の1wayを見てからインタビューの質問事項を作っており、過去から現在に至るまで、ドーバー以外の日本での遠泳経験、キンちゃんを取り巻く環境について、何故ドーバーなのか、普段の練習時間は、実際に泳いでいる時に何を考えているのか、スポンサーは、などなど、インタビュー内容は多岐に亙り、取材時間は軽く2時間を超えていた。

朝の天気予報では「午前中は小雨」と言っていたものの、このチャーチルホテルに到着するまでは「いつ雨粒が落ちて来てもおかしくない天気」だったが、取材を受けている最中に外はスコールのような大雨になった。今日は土曜日、ビーチでは多くのスイマーが練習しているはず。「彼らはこの大雨の中、ちょっと辛い練習になっているのだろうな…。」などと少し心配をしていた。

取材が終わったお昼頃、外は風が強いものの、青空が顔を出していた。急いでビーチに行くとテントが張ってあり、中ではフリーダが彼女自身の腕時計に指を指しながら、「あんたたち、今、何時だと思っているの?」と怒った顔をしている。「いや、今、取材があって…。」と私が言う前に、他のボランティアが「ミユキは肩を痛めているから今日は泳げないよ!」と言ってくれた。おしゃべりキンちゃんが役に立っている。

ボランティアの中にはキンちゃんが通ったクリニックのマッサージ師もおり、フリーダはそのマッサージ師にキンちゃんの容態について詳しく聞くと、怒った顔は心配の顔に早変わりした。しばらくフリーダは周囲のボランティアたちと話した後、「素晴らしい名医がいる。でも少し遠いので、バリーにクルマで連れて行ってもらおう。月曜の午後2時30分、バリーが迎えに行くから一緒に行って来なさい。」と言ってくれた。かくしてキンちゃんは“肩の治療に名医”の御墨付きの付いた医者に診てもらうことが出来るようになったのである。

まあ私事で恐縮だが、すでに30年以上水泳コーチとして多くの人と接している中で、“目立つ人”と“目立たない人”、どちらも一長一短あるものの、「損得の計算」をすると、必ず“目立つ人”に軍配が上がる。だから目立った方が良いのだ。出来れば「良い方向」で目立つのが更に良い。

キンちゃんは普段“スイマー”であり、“ボランティア”は「される方」であった。キンちゃんはかねてから「ボランティアを“する方”をやってみたい!」と言っていたので、今日はキンちゃんのその夢が叶った。栄養補給で上がって来るスイマーに、栄養補給品を渡す役だ。

ちなみに昨日はバリーの誕生日。プレゼントにたまたま持っていた「楽勝」と日本語で書いてあるカオルを上げた。また皆の寄せ書きで一言「おめでとう!」と書かせてもらった。この国では「寄せ書き」が好きなようである。



写真はボランティアで栄養補給品をスイマーに渡しているキンちゃん。

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再発






7月20日の金曜日早朝、再びキンちゃんが「痛い、痛い、肩が痛い!」と騒ぎ始めた。昨日の1時間泳がいけなかったのだろうか。本日のドーバーの天候は午前中が雨。午後から回復する予報だ。キンちゃんには前と同様、弛緩鎮痛剤を飲ませ、患部にはバンテリンを塗ってテーピングで保護をした。どうやらやはり、夜間から明け方に掛けて痛みが出るようだ。午前中は様子を診て、午後になって天気が回復したら、マッサージのクリニックではなく、ちゃんとしたドクターのいる診療所に連れて行こう。したがって今日の海練習はOffにした。

去年、キンちゃんの足にジンマシンが出て、診療所に連れて行ったが、あそこは内科だけだったかな。とりあえず大家さんに整形のある診療所の場所を聞いておこう。

まあお昼近くに雨が上がると、キンちゃんは「ビーチまで散歩に行きたい。」と言い出した。両替や買い物の用事もあるし、気分転換もあるので同意して、ビーチまで散歩することにした。雨はいつまた降り出してもおかしくないほど、雲が低空飛行で足速に飛び去って行く。「こんな日に泳ぐスイマーはいないよ。」と言った私の予想通り、ビーチには誰もいなかった。また帰りの買い物途中にまた雨が降り出した。いちおう傘とポンチョを持参していたが、急ぐ理由もないので銀行と買い物の続きは後回しにして帰ることにした。

昼食を終え、天気が回復し、重い雨雲がちぎれ雲に変わった頃、キンちゃんはあまり「痛い!」とは言わなくなった。同時に私もキンちゃんを診療所に連れて行くことを忘れ、部屋の中を整理していた。キンちゃんは移り行く天気の様子や街の景色などを一人、大きな窓から眺めていた。その時「あっ!」と言ってキンちゃんは外に飛び出して行った。それは例のアメリカ女性ソロスイマー集団のリーダーらしき女性が、我々の宿の前を歩いて通り過ぎようとしていたからである。キンちゃんは挨拶しに外へ出て行ったのだ。

この積極性だ。物怖じしないその性格。キンちゃんは片言の英語で肩が痛いことや、自分の宿がここであること、また皆さんと泳ぎたいことなどを一生懸命に話した。「以心伝心」とは上手く言ったもので、それでも通じるからたいしたものだ。

最近感じることだが、ドーバーの街を歩いていて挨拶なしで過ごすことはない。それほどキンちゃんは積極的に人に話しかけ、友達を増やしていた。例えばビーチを散歩して、我々と同じ海図を持っている男性を発見するなり、「あなたはチャネルスイマーですか?」と平気で話し掛けてしまう。驚いたその男性は、「いや、私ではなく、息子がチャネルを泳ぎに来ました。」と会話が始まる。息子さんの年齢は?(40歳)、何処から来たのか?(オーストラリア)、いつ泳ぐ予定なのか?(次回の潮)、などなど、同じ海図を持っているだけでどんどん会話が広がっていく。それだけキンちゃんの周囲を見るアンテナは研ぎ澄まされているし、私などおそらく同じ海図を持った男性など気が付きもしないだろう。

部屋の整理も終わり、一段落したところで再びビーチまで散歩することにした。銀行や買い物の続きもあったからである。

ビーチでは晴れてはいたものの、強風が吹き荒れていた。それでもインド人らしき女性が2名泳いでいた。

我々はビーチを見下ろす通りのベンチに座り、海の様子を眺めていた。するとビーチ沿いで散歩を楽しむキンちゃんの友達に会うこと会うこと…。協会のボランティアには肩のテーピングをチラリと見せて、「今、肩が痛いんだ。」とか、昨日ビーチに来なかったオーストラリア人に会うと「昨日は何をしていた?」などと会話を弾ませるのだった。ちなみに昨日、子連れスイマーの彼女は12時間30分でドーバー泳を成功させたようである。このオーストラリア人たちは、それに同行して見に行ったようである。しばらく楽しい会話は続いた。

キンちゃんを診療所に連れて行くことなどすっかり忘れ、銀行や買い物の続きをやって帰ったのである。

それにしても恐るべし、キンちゃんの友達作り!



写真は雨の日に練習するスイマーが愛用するビーチ沿いにある屋根付きベンチ。

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泳いでいるモノは






7月19日、木曜日。本日のドーバーは日本で言う「梅雨の中休み」。朝から穏やかに晴れ、久しぶりに真夏のドーバーの装いになった。こんな日に泳がない手はない。

キンちゃんの肩や首も順調に回復しているようで、夜間から朝に掛けては少しは痛むようだが、今は肩や首の捻転運動をさせながら気分はすでに海の上のようだ。

ビーチに到着する。辺りを見渡すがオーストラリア人たちや子連れスイマーファミリーはいない。「直に現れるだろう。」とあまり気に止めなかったが、気に止まったのは海上を泳ぐトラックだった。

このトラック、日本のダットサンクラスの大きさで、荷台の煽りには結論大きなホンダの船外機がついている。また荷台の両脇の外側にドラム缶を抱えているが、これは船外機の重量に対する浮力の向上と、海上におけるトラック全体のバランスを取るためだと思われる。どこから来たのか不明だが、どうも我々がいるビーチに上がりたいらしい。

トラックの周辺には大きなビデオカメラを構えたゴムボートが数隻周辺を囲み、陸上からも大きなレンズを付けたカメラが数台このトラックの行方を追っている。我々も側まで行ったのだが警備員らしき人に「下がって!」と注意をされてしまった。

洋上を進む姿はやはりトラックで、当然前から来る水の抵抗など考慮されたアレンジはない。それを大きな船外機で無理矢理進ませているから後ろに出て行く推進力の水飛沫は激しいものの、実際のスピードはあまりない。

タイヤが地に着くだろう浅瀬に来て、これからが陸に上がるクライマックスだと思いきや、動力輪の後輪が地面を捕らえるのに充分な重力を得られないのか、船外機で“ガァーッ”と押しているものの上手く上陸出来ないようだ。挙句の果ては車輪を回すエンジンが止まってしまった。可哀相にトラック君、波の崩れる辺りでは波が車内に打ち込んで来るので、少し沖に出たところまで下がってからボンネットを開けられ、修理と相成った。

結局のところ、揺れる海上ではエンジンの修理が完了出来ず、クライマックスは迎えることなくトラック君は船外機で海上を退散することになった。まあ見ている分には充分面白かったし、ビルジ弁がトラックの扉のカギ穴を使っているようで、時折そこから水が“ピューッ”と吹き出しているのがわかる。なるほど創意工夫は見られるが、元来陸上用に作られたトラックを、海上で走らせるアイディアに問題があるのではないかなと思った。

いやいやそういう日本的な固定概念は良くない。もっと自由な発想と、それが出来る環境が日本にも必要なのだ。そう言えばドーバーを泳ぐ目的で動画をパソコンで検索したら、乗用車を改造して海上でも乗れるようにし、ドーバー海峡を横断しているビデオを観た。お暇な貴兄は検索してみると良いだろう。確かGoogle系列の動画検索エンジンで、「channel crossing」辺りを検索していただければヒットすると思う。ドーバー海峡横断泳は人間だけが泳いでいるわけではないのだ。

しかしまあ人間の方に話を戻そう。おそらくオーストラリア人たちがいないのは、今日辺りの天候なので、たぶん今ごろ海峡の真ん中を泳いでいるのではないだろうかと想像した。確かに潮回りは良くないし、泳ぐ期間でもない。だがパイロットのホワイト夫妻は予約したスイマーが溜っていたし、今日のこの好天を使わない手はない。なぜならば週間天気予報は“今日だけ”良い天気で、後は雨など悪い予報ばかりだったからである。それに海に出ない日は毎日ビーチにやって来るホワイト夫妻を今日はまだ見ていない。トラック君が海上でボンネットを開けて修理をしている頃、ビーチには女性リレーチームが現れた。キンちゃんは彼女らと泳ぐことを決めたのである。

ところが「女性リレーチーム」と勝手に決め付けていたのは私の方で、実際はアメリカ女性のソロスイマー集団だったのだ。中にはすでに2wayは経験済みで、3wayを狙うマルセラ・マクドナルドや、1wayは経験済みで、2wayを狙う者など、ツワモノ揃いのエリート集団なのだ。キンちゃんが「私は日本のミユキです。」と挨拶すると、「ああ、あなたが2wayを泳ぐミユキなのね。宜しく!」と挨拶された。すでに有名なキンちゃんは「今日は肩が痛いのでゆっくり泳ぎますが、宜しく!」と言うと、アメリカ人特有のフレンドリーな態度でキンちゃんを迎えてくれた。それにしてもたいへんな連中と泳ぐことになった。無理しなければ良いのだが…。

岸から見ていても、彼女らは群を抜いて速かった。それでも後からゆっくり追いかけるキンちゃんを待っていてくれる。気立ての優しいアメリカ人女性集団なのだ。

キンちゃんはものの1時間ほど泳いだところで戻って来た。キンちゃんと一緒に2名の女性スイマーも戻って来てくれた。ビーチに上がってスイムキャップを取り、ブロンドの髪をなびかせながらサングラスを掛けた容姿は、さながらスクリーンからそのまま飛び出した映画スターのようだった。足は長いしスタイルは抜群!

今日はビーチでとても良い眼の保養をした。

ちなみに写真は余儀なく退散したトラック君。何処から来て何処へ行ったのか、未だに不明だが…。

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経過






7月18日、水曜日。ドーバーの天候は相変わらず風が強く、晴れたり、曇ったり、雨が降ったりの忙しい天気が続く。

テレビニュースではイギリスの地方によって水災害が出ているようだ。日本でも「床下浸水」とか「床上浸水」とかマスコミを賑わしている時季だと思うが、今年はどうなのだろう。

キンちゃんは「完治まで後30%。」と言うが、どう見ても首は回らないし肩も痛そうにしている。まあ快復度50%かな。

午前中に再び両替、買い物がてらにビーチまで散歩した。ビーチでは小さなお子さんを連れたスイマーと、そのご両親らしきお二人の計4名がいた。おそらくこのご両親は孫の面倒を見るためにここまで来たのだろう。娘さんはどうしてもチャネルスイマーになりたくて、ご両親を旅行がてらドーバーに連れて来て、孫の面倒を見てもらっている。おそらくそう見てもらって100%間違いない。キンちゃんはそのカワイイお孫さんに♪ゲンコツ山のタヌキさん、オッパイ飲んで寝んねして〜♪と日本語で歌いながら踊っている。これでまたこの子にウケルのだから面白い。

日本人から見たらこのご一家の光景をどう捕らえるだろ。「羨ましい!」だけだろうか?

大なり小なり彼女は自分がチャネルスイマーになるためのあらゆる努力をして来ているのだと思う。それが実を結び現実化している。それだけのような気がするのだが、皆さんはどう感じられるだろうか。えっ、「何が言いたいのか?」ですって…?



キンちゃん曰く

「ドーバーに来るために私は様々な努力をしています。もちろん応援してくれる人もいますが、批判する人の方が数は上回っています。しかし時折私は学校に頼まれて“夢を追う素晴らしさ”などをテーマに講演させていただいています。“子供に夢を持たせ、実現させる。”ところが実際の大人の社会では夢を追うとパッシングが多くなる。まるで“夢は夢で終わらせるから夢なんだ!”と言わんばかりに…。」

夢を実現させるには、かなりのエネルギーとモチベーションを必要とする。確かに「やりたくとも出来なかった方」は存在するし、否定はしない。だが本当に「やりたくとも出来なかった方」は、そのようなでも自分に言い訳する前に「出来るチャンスを大事にしろ!」と応援してくれる。批判的な方の多くは自分に甘く、他人に厳しい。

ドーバーに来るようになって多くの欧米人と知り合うようになったが、彼らは1〜2ヶ月も平気でバケーション休暇を取る。「1〜2ヶ月も休んだところで何をしてよいのか分からない。」という族には仕事をすれば良いが、それがあたかも「貴い」と思うのは大間違いだ。単に「夢のない寂しい方々」としか私には言えない。同時に私は欧米並みの生活水準を日本の中に溶け込ませようと思っているが、多くの場合仕事しか知らない“仕事人間”に潰されてしまう。仕事が大事であることを否定しているのではない。仕事同様に「夢追い」も大事であることを提唱しているのである。



愚痴はこの辺にしてドーバービーチの話に戻ろう。

しばらくすると昨日のオーストラリア人2名がやって来て、このママと3名で泳ぎ始めた。昨日まで見ていた3人組のスイマーはこの3名だったのだ。しかし1時間も泳ぐと上がって来てしまい、程なくやって来たホワイトと話していた。

ビーチには他に女性リレーチームだと思われるメンバーが泳ぎに行ったが、ものの20〜30分で帰って来てしまった。

キンちゃんとしては明日から泳ぐ仲間を物色している模様。盛んに自分の泳ぐスピードに合うスイマーを探していた。

午後になってクリニックへ。クリニックのマッサージ師は、明日からなら1時間まで泳いで良いと言ってくれたので、練習解禁となった。まずはやれやれ。



写真はキンちゃんとビーチにある水泳のモニュメント。バックにはドーバー城も見える。

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肩痛






7月16日、火曜日早朝、突然ベッドでキンちゃんが「肩が痛い、痛い!」と叫び始めた。

泳ぎによる右肩の関節痛かと思いきや、ちょうど肩凝りが発生するところの筋肉痛であった。起き上がれないほど痛がっている。触ってみると、患部に炎症が診られるわけではなし、健常側と比較してもこれと言った差異を診ることは出来なかった。

患部にバンテリンを塗ってテーピングし、弛緩鎮痛剤を一粒飲ませて様子を診ることにした。

ところがどうやら患部は一ヵ所だけではないらしい。首も痛がっているのだ。頸椎を触った感覚では何も分からないが、あきらかに首は関節痛である。おそらく寝違えたのだろうと判断した。キンちゃんは首を回すことも出来ない。

このWパンチで今日は泳ぎに行くことをあきらめた。キンちゃんはキンちゃんが知っている整体師の卵のところにメールして対処法を聞き出している。この時、時差は便利である。イギリスの午前7時は日本の午後3時、じきにその整体師の卵君から返事が来た。内容は肩の稼動域を広げるためのストレッチングであった。まあこれで右肩の稼動域が広がり、痛みが取れればいうことはない。試してみると確かに稼動域は拡大し、痛みは軽減したようだ。しかし完治には程遠い。

宿の前のクリニックでマッサージを受けさせようと電話した。しかし予約が取れたのは午後2時からであった。

ただ当の本人は「泳ぎに行けるかなぁ」と、まだ泳ぎに行くつもりでいる。まあ「痛くなったら痛くなったで、患部の状況に対応した泳ぎをしなければいけない。」と話してはあるが、それは“泳いでいる最中に痛くなったら”の話である。「今日は泳いじゃいかん!」と苦言した。

朝食を済ませ、このまま寝かせているのも気分転換にならないと、銀行の両替、買い物ついでにビーチまで散歩に連れ出した。

ノンビリ、ノンビリ、ビーチまで歩いた。ビーチではリレーチームと思われる女性5名がこれから海に入ろうとしているところだった。「しかしまあ外人ってどうしてあんなに足が長いんだろう?」と思うくらいその5名の女性の足は長かった。

他に海では3人組と単独のスイマーが泳いでいた。そのうち3人組がビーチ向かって泳いで来る。そのうちの2名がビーチに上がって来た。リレーの女性チームの連中とも話したがっていたキンちゃん(チームはチームで固まってしまう傾向があるので話難い)、ここで黙っていられる性格ではない。増してや相手は男性である。上がって来るスイマーにサンダルを渡すのをきっかけに話始めた。この積極性がキンちゃんの素晴らしいところだが、いかんせん言葉が追い付かない。そこで私が呼ばれるのだが、私がそんなに喋れるわけでもない。苦心惨憺会話する。

どうやらこの2名はオーストラリアから来たソロスイマーで、ホワイト夫妻の船で予約しており、今回の潮で、順番は1番目と2番目ということだ。「ああ、この人たちがホワイト夫妻の困っていた4人の中の2人か…!」。「天候待ちで練習している。」と言う。「どのくらい泳いだの?」と聞くと「40〜50分。今日は荒れているからね。」と答えてきた。“嵐を呼ぶ女”としてラフウォーターには慣れ親しんだキンちゃんにとっては「これで???」と怪訝な顔をした。

噂をすれば何とやら…、帰る道すがら正面からホワイト夫妻がやって来る。「こんにちは。今、ビーチであなた方の船で予約したスイマーに会ってきましたよ。」、「ありがとう。 天気がこんなだろう。だからまだ泳げないないって言いに行くところなんだ。」

地元のスイマーならまだしも、遠く外国からやって来るスイマーには、そう簡単に日程を変えられない。まあ“自然現象”なので仕方がないが、お互いが困っているのだろう。キンちゃんが泳げたのは、実にラッキーだった。もしかしたら“好天を呼ぶ女”に変わったのかも知れない。

銀行の両替、買い物を済ませ、昼食を取る。それからキンちゃんはマッサージのクリニックへ。いちおう症状は説明してどんな具合か診てもらった。ここのマッサージ師は東洋医学を勉強したようで、中国の針灸や ツボの本が並んでいる。拝見させていただくと、中国語の下に英語の解説があり、両方を読むとだいたい何が書いてあるかわかる。結論面白かった。

また診療室のボードには、このクリニックに来院したチャネルスイマーの記録が貼ってある。キンちゃんの記録もあるし、湘南の主さんの記録もある。 ドーバーで知り合った友達の名前も、顔と名前が一致しないが、知っている名前がたくさんあった。皆よくやったなぁ〜。

特に印象的だったのは、去年一緒に練習した南アフリカから来た女性である。彼女は間違いなく口から生まれている。誰もがそう思うくらいおしゃべりだ。一人でドーバーに来て、毎日友達を作っては泳いでいた。

ここのマッサージ師の話によると、夏は泳げずに帰って再びドーバーに訪れたらしい。彼女の名前はMichelle Santilhano。記録は19時間08分で11月17日に泳いだとなっている。11月にどうやって泳いだかわからないが、すでに冬に近い時季に19時間も泳いでいたのだからスゴイ!

他にロシアから来た青年と仲良くなったが、彼はそんなに恵まれた体格ではなく、2時間くらい泳ぐとビーチに上がって震えていた。湘南の主さんのチャレンジが終わって、日本から持参して余った使い捨てカイロを上げたらたいへん喜んでくれた。彼の名前はPavel Kuznetsov。記録は14時間33分で泳いでいる。あの体格でたいしたものだ。そして、彼はロシア人では初めてのチャネルスイマーになった。

ちなみに南アフリカから来た女性もロシア人青年も、何回も名前を聞いたが覚えることが出来なかった。しかしクリニックのマッサージ師に確認を取ったので彼らに間違いはない。

他に湘南の主さんが泳いだ前日に11時間弱で成功させたイゴ(Igor Nenko)がいる。彼とはその後メル友になり、今回、キンちゃんと同じ潮で泳ぐことになっていた。ビーチでも顔を見ないし、どうしたのかなと思ってメールしたら、診断書で引っ掛かってしまい、今年はその治療に専念するのでドーバーには行かれないとのことだった。

それぞれがそれぞれの行き方をしているんだなぁ〜。

キンちゃんのマッサージは短時間で終了し、「様子を見て」とのことだった。泳ぎに行くなんてとんでもない。24時間の安静を言われた。寝る時は枕を取って、フラットにして寝ること。それから明日の午後1時にもう一度見せに来て、マッサージを受けて下さい。とのことだった。

かくしてキンちゃんはそれからトイレ、食事以外はベッドの中におとなしくしていなければならなくなったのである。たまには静かで良いかな…。

ちなみにこの日の朝は起き上がることも、寝返りをすることも出来なかったのに、そのくらいは出来るようになっていた。とりあえず完治に向かっている。



写真はクリニックに貼ってあったキンちゃんの記録。「Japan」の文字が踊っている。

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寝て曜日






7月16日、月曜日。

早朝より「新潟県上中越沖地震は、10時13分、新潟県柏崎市、長岡市、刈羽村、長野県飯綱町が震度6強で…」という情報が日本の知人から入って来た。

とりあえず被災地に近いキンちゃんと私の知り合いは無事であることを確認した。でも、被災された皆さんにはホントにお見舞いを申し上げます。

このニュースは遠くイギリス、ドーバーでも報道され、我々もテレビで柏崎の潰れた家屋や、安部首相が視察でヘリコプターに乗る様子などが写し出されているところを観ていた。テレビから流れ出る言語以外、それは日本にいる錯覚を起こすくらいリアルで時差を感じさせない報道だった。

まあ日本にいた時でさえ、イギリスのテロ事件がほぼリアルタイムに報道される時代なのだから不思議ではない話ではあるのだが、凄いなぁ〜…、と感じる。

それにしても、世界を巡る大きなニュースなら理解出来ないこともないが、こうして私が日本のブログにドーバーからケータイで投稿することが出来、それがやはりドーバーにいるキンちゃんのケータイでも閲覧出来る時代になったのだからもっと「凄いなぁ〜!」と思うのだ。ケータイで国際電話が簡単に出来る時代。34年前、私はジブラルタル海峡を泳ぐためスペインはマドリッドにいた。まだ学生で、どうしても家と連絡を取らなければいけないため、自宅まで電話したことがあるが、電話局に行って結構たいへんな思いをして電話したのを覚えている。時代は変わったものだ。

だが、「報道」や「通信」という「ハード」は進化が進行形なのに、「平和」という「ソフト」は何故に充実感が無いのだろう?

感覚は人によってまちまちだからだろうか?

少なくともドーバー泳を目指す人達は、「平和の礎」を前提に成り立っているし、イデオロギーなどドーバー泳には通用しないのだ。

スポーツが国境を超え、人類に感動を与えることは、あまりにも多くの方々に知られている事実である。ある意味これは「地震」など自然災害の力にも似て、ボーダーレスで伝わって行くのだ。まあ「被災」と「スポーツ」を同列にして語るのは語弊があろうが、被災に対しては、「人道」や「奉仕」といったボーダーはない行為があるはずなのだが…。



まあこれ以上深入りすると、私のオツムでは無理なので、ドーバーの話に戻そう。

ドーバーに到着してから10日を超え、そろそろ身体もイギリス時間になってくれないと困るのだが、ここにきて気が付いたのは、地球の位置の大幅な短時間移動による“時差ボケ”ではなく、生活そのものの時差が存在するということなのだ。つまりキンちゃんと私の生活時間の差。ちなみにキンちゃんは日本での生活は朝4時に仕事を開始している人なのだ。比べて私の朝は10時までに事務所に到着すれば良いのでゆっくり出来る。つまりお互いに世間様を対象にした仕事をしているのは一緒だが、世間様よりキンちゃんは「早め」で、私は「遅め」の仕事なのだ。この違い、生活のリズムの時差はおよそ6時間もある。

ドーバーに来てイギリス時間でもキンちゃんは「早め」の方を選択するし、私は「遅め」が身体に合っている。この辺は各々の楽な時間帯だから仕方ないのだろう。お互いに歩み寄る気持ちはあるのだが、身体がいうことを利かないのである。通りで私の時間はモスクワ辺りで止まってしまったわけだ。

いずれにせよ「新潟県上中越沖地震」のBBCニュース番組に「天気予報」のコーナーがあり、かなり予報を解読するのも慣れてきて、そして本日のドーバーの天気は午前中は晴れ、午後からは雨の予報だ。洗濯物も溜っているし、昨日が日曜(休み)だったから買い物もしなくてはならない。とにかく今日の海練習はOffにした。

朝食後、洗濯物をリュックに詰め込んでコインランドリーへ。標準サイズの£3の洗濯機ではなく、最も大きい£5の洗濯機に全ての洗濯物をぶち込む。それからビーチに行ってスイマーを確認する。今日は3名のグループと単独のスイマー、合計4名が泳いでいた。平日でも少しは増えてきているのか、少し嬉しい。

銀行で両替し、商店街を物色しながらコインランドリーに戻る。洗濯物を乾燥機に移し£3を投入。今度は耳栓を買いにスポーツ店へ。日本から持参したシリコンの粘土状耳栓がキンちゃんの耳に合わないのか、新しい耳栓を欲しがっていたのでバリーに売っている店を聞いておいたのだ。ところがこのスポーツ店、粘土状耳栓が無くて、他の薬屋に売っていると言う。今度は薬屋で探すがシリコンではなく、蝋(ロウ:WAX)の耳栓なのでやめた。

乾燥が終わると洗濯したCS&PF(ドーバー泳の公認団体)のパーカーに刺繍をしてもらいに服屋に行く。このパーカーは私のドーバーを泳いだ記録が刺繍されている。今回のドーバー泳の記録を刺繍してもらおうと思ったのだ。ところがこの服屋さんの刺繍職人が他の店に出張で出ていて仕上がりは2週間後だという。我々にとってはこのパーカーも貴重な普段着として愛用しているので、刺繍職人が戻る2週間後に再び持って来る。と言って帰った。それから買い物。何処で何が安く売っているか、地元の人よりキンちゃんの方が詳しいかも知れない。そんな買い物をして宿に戻ると今度は昼食。

お腹の皮が張ると弛むのは瞼である。それにしてもキンちゃんはよく寝る。「寝る子は育つ。」という諺があるが、150cmしかないキンちゃんの何処が育つというのだろう。もしかしたら2次元的にな縦方向の成長ではなく、3次元的な横方向の成長なら分からないこともない。いずれにせよ本日は寝て曜日だった。



写真は部屋の窓からキンちゃんが愛用するマッサージのクリニックの屋根。

イギリス風の煙突がミュージカル映画「チム・チム・チェリー」を連想させ、その煙突のテッペンによく泊るカモメは、ドーバーを連想させる。

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泳ぎが好き!






我々の滞在している宿の住所は「キャッスル ヒル ロード11番地」、ちょうどドーバー城の建つ丘に上がる通りの入口に入ったすぐ左側にある古いアパート?である。入口の扉を開けるとすぐ右の部屋が我々の部屋(あじと)。1階で道路に面した部屋は少しうるさいが、大きな窓には光と風がふんだんに入って来る。少し古くてお世辞にも“きれい”とは言えないが、自炊が可能な安宿なので、まあ満足はしている。ちなみにキンちゃんが時折行くマッサージのクリニックは、道路をはさんで真向かいにある。

7月15日日曜、朝6時に起床。今日の朝食、お昼のお弁当、海練習の準備など、忙しく動き回っていたら、窓の外がいつもより暗い。「外が暗いね。」とキンちゃんに言いながらカーテンを開けると、案の定雨の降り出しであった。

時間と共に我々の準備は進むが、その気を無くすのに充分な暗さが、時間と共に進行し、雨粒は大きくなっていった。そのうち稲光が。雷鳴と稲妻の閃光の間隔が短くなると共に、バケツをひっくり返したような土砂降りの雨が降ってきた。部屋の前は坂道で、そこを流れ下る雨水は、すでに滝のような激流の河川へと変身させていた。キンちゃんは雷鳴が接近した折りに、すでに「キャー!」とか叫んでベッドに潜り込んでしまっていた。

「今日の練習はあるかな…?」、誰もがそう思うであろうし、常識的な神経の持ち主なら今日の練習は中止と判断するだろう。それでも海練習に行く準備は一様に済ませ、我々は朝食を取りながら外の様子を伺っていた。

朝食が終わる頃にはピークを越したのか、雷鳴や雷雨は遠のき始めたので、「雨が止んだら、いちおう行くだけ行ってみようか…。」などと話していた。そして重い腰を上げて宿を出たのは、すでに10時は越していたのである。

「オオ、テントが張ってある。」、ビーチに着いた時に出た第一声である。すでに数名のスイマーは泳いでおり、バリーやフリーダらがいつものようにスイマーの面倒をみていた。慌ててキンちゃんは着替え、海の中にその身を沈ませていったのである。

キンちゃんが泳ぎ始めてから遅刻のスイマーが続々と集まってくる。いずれも考えは同じなのであろう。

フリーダやバリー、アリソンは「ミユキ、3時間くらいにしておきなさい。」と言っていたので、まあ3〜4時間ということにして出て行った。

キンちゃんが泳ぎに出て、栄養補給に戻る間、私はつぶさに彼らの行動を観察している。

このビーチで泳ぐ全てのスイマーが特に優れたスイマーであることはない。同時に耐寒能力が優れた者だけが泳いでいるわけでもない。泳ぎを見ても、「もう少し泳ぎを直してから来た方が良いのでは…。」と心配してしまうような方もいれば、ビーチからは一人で上がれずに、人に助けて上げてもらって、陸に上がるとそのまま震えて倒れる者まで現れる始末。「これでドーバー海峡を泳いで渡ろうというのだろうか?」と、余計な心配までもが出て来る。まあ余計なお節介はやめておこう。

もちろん6〜7時間も素晴らしい泳ぎを観せながら、震えもせずにそのままTシャツ、短パンで何ごともなかったように帰って行く豪傑もいる。ビーチには「千差万別・百人百用」のスタイルがある。

ただボランティアたちは、それら全てのスイマーが安全に成功するよう、分け隔てなくバックアップしているだけなのである。

それは「泳ぎたい!」という気持ちと、「泳がせたい!」という気持ちのなせる業なのだ。羨ましい一コマであるなと感じていた。



日本を出る前に、協会のセクレタリー、マイケル・オラムから「天気が悪いので、泳ぐ日程の変更を希望する者はパイロットに相談するように。」と異例な通達があったのは前のブログにも書いた通りだが、その時、心配になった私はイギリスの天気図とにらめっこをした。

低気圧から伸びる前線は、南側で「温暖前線」と「寒冷前線」と二つに分かれる。これは まるで漢字の「人」という字に似ている。イギリス上空は、この「人」の文字が5つも書いてあるのである。「こりゃ天気が悪いはずだ…。」、そう思っていた。

ドーバーに来てテレビで天気予報を観るが、私お得意の天気図がない。「どこそこは雨」とか「どこそこは曇り」とか、時間の経過と天気の変動の予測はあるが、出来るなら私は天気図が見たい。いずれにせよドーバーの天気はよく変わる。

キンちゃんが泳ぎ始めて2時間が経過した頃、辺りの空気はやたらと冷たくなり湿気を帯びてきた。「ン? 前線の通過かな?」と思っていると、案の定雨がポツポツ降ってきた。風が強くなり、ビーチは非難する人々が行き来する。持参したポンチョを上から羽織ると、キンちゃんのポンチョで荷物を覆った。

風はビーチに着いた時、北東の風5m/sくらいだったが、ほぼ風は北寄りに変わった。「こんな時に上がって来る奴は、気温が低くて可哀想だな…」と思っている矢先、キンちゃんは栄養補給で上がって来たのである。「さすが“嵐を呼ぶ女”だ…。」と感心しているが、さすがの“嵐を呼ぶ女”はいつものことだからか鈍いのか、まったく気にもせず栄養補給を取り、再び海に戻って行った。

天気は私の予想通り「前線の通過」だった。キンちゃんが海に戻ると、空は急速に青空が見え始め、気温はグングン上昇し始めた。温度計で計測したわけではないが、前線の通過直前の気温は15℃くらい、通過後は23℃くらいまで上がったと実感する。いずれにせよビーチの人々は、寒そうなレインコート姿から、暑そうなハダカあるいはTシャツ姿に変身した。ただ…、スイマーに栄養補給を渡す役のボランティアは、寒くてもTシャツ、短パンで平気なんだよなぁ〜。この辺が不思議。

“嵐を呼ぶ女”の幸か不幸か、キンちゃんはこのビーチ周辺の気温が上昇してから4時間が経過した。いちおう寒がってはいるが、時期に太陽はキンちゃんを暖めてくれるだろう。面倒で脱がなかった私も、とうとうガマン出来なくなって、Tシャツ1枚になった。

とにかくこの気候の変動が激しいドーバーで、水温16℃で泳ぐスイマーに「精神修行の場」とも見えるのだが、結局皆泳ぐことと泳がすことの好きな連中が結集しているのだなと、今更ながら気付いた次第である。

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