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わくわく、どきどき、台風の目。

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2007年6月の記事

「キンちゃんが行く」Vol.7

1. 淡島~大瀬崎2way

  • 日付:2007年6月12日(火)
  • 方法:2wayソロ
  • 記録:1st leg: 淡島07:46 ⇒ 大瀬10:45 2時間59分
            2nd leg: 大瀬10:45 ⇒ 淡島13:54 3時間09分
            2-way合計: 6時間08分(ベストタイム)
  • 天候:曇りのち晴れ
  • 水温:19.5~21.8℃
  • 気温:21.4~26.4℃
  • 波高:0.5~1.0m
  • 風向:主に午前中は南、午後は西
  • 風速:1.2~5.4m/sec
  • 潮:流向(流速):主に午前中は東(0.4kn)、午後は南(0.3kn)
  • 泳法:クロール(左右呼吸=3ストローク1ブレッシング)
  • ピッチ:62~74回/min
  • 栄養補給:40分毎 炭水化物+果糖+茶類

P61200212

2. 身体のダメージ?

 5月24日の「アイランドスイム2way」(江ノ島~城ヶ島間約22.5km×2-way)以来プールでの水泳練習は続けていたものの、節々が転々として痛くなり始めたので“これではいけない”と、ようやく重たい腰を上げ、約1週間後の水曜日の朝練習の後、トライアスリートの友達に「良いよ。」 聞いた「やごと療院」にやっと足を運んだ。
 ここは私の家からクルマで1分の所にある。こんな症状の私が行って良いのやら、初めてなので不安が一杯であった。そして身体の状態を話すと「疲労が貯まっているのに、また練習しては、また疲労が蓄積するだけだ。」と言われた。「だって身体は動くから練習しなくてはいけないと思っていたし、そのうち治るかなと思っていた。」と話した。
P61200482 それからは背中から肩、首と仰向けの状態でマッサージをしてくれた。今までにないマッサージのやり方。先生の顔は天使、手はまるで魔法使いのように感じ、気持ちがすこぶる良い。
 先生は「寝るときも肩が凝らない?」と聞き、負担の掛からない就寝方まで教えてくれたのである。足を触ると「ここ、痛いでしょ!?」とマッサージしてくれ、ストレッチみたいなこともしてくれた。大腿部は触ると痛いが、普段の生活、練習では痛くなかったので気にも止めていたかった。
 やはり早く来れば良かったと、つくづく思った。ドーバーではアリソンやフリーダから「泳ぐ前と泳ぎ終わった後はマッサージに行け!」とよく言われていたものだ。それからは日本でも行くように心掛けていたが、今回は怠ってしまっていたのである。

3. 6月11日

 6月に入ってから家業「(有)フジタヤ(和菓子製造業)」の仕事は“これ”といった行事が無いので、13時ぐらいには仕事が終わるパターンになってきた。そこで今日は早めの新幹線に乗って先に行き、民宿「桂」で栄養補給でも作ろうと考えていた。
 時間に余裕があったので、ウインナー、トリガイのバター炒め、イタリアンパスタ、ヒジキの煮物、マカロニサラダ、おにぎり8個を用意し、一種の遠足気分になっていた。これはコーチのお夜食、次の日の朝食、昼食になるのだ。
 これからは暑くなるので傷まないか心配だが、クーラーに氷を入れて用意するようお願いしておいたので、少しは安心だ。それにおにぎりの中身は梅干しにしておいた。後はお腹が空いたら得意のカップラーメンでも食べれば良いだろう。
 「明日はきっと凪で晴れるだろう。」そんな期待に胸を膨らませ、新幹線に乗り込んだ。車窓から流れる景色を眺めながら、今回の行きの移動はこのレポートの下書きをずぅ~っとケータイから打っていた。ところがバスで下車する終点の「三島シーパラダイス」に着くや否やケータイの変な所を触ったらしく、80%くらい出来上がっていた下書きが全部消えてしまい、唖然としながらバスを降りた。ホントにもうショック!!
 前回も打っている途中で寝てしまい、消してしまった覚えがある。“ハァ~” とため息をつきながら重いスーツケースをゴロゴロ引っ張って民宿「桂」に向う。眼前に駿河湾の海が広がる。駿河湾の向こうには冨士がうっすら見える。この雄大な景色、民宿「桂」や淡島、港、周りの風景、それらがこのショックから立ち直らせてくれた。やっぱり私は海や水泳が好きなんだ。
 何だか第二の故郷に帰って来た気がした。そう、前は私の第二の故郷は北マリアナ諸島だったが、最近はここに来ると落ち着くのである。
P61300702 「こんにちは。」と民宿「桂」の玄関を開け、「今日は、早いですね。」と奥の方から主人が出て来た。
主人「今日は宿泊客が少ないからゆっくりお風呂にでも入って下さい。ビールはいつものところにありますので、適当にどうぞ。」
キン「ありがとうございます。そうさせていただきます。」
部屋は3階の富士の間、いつもの部屋である。いつものようにポット3本、電気ポット1本、ビールグラスに栓抜きが用意され、もう何も言わなくても自然体の形になっている。ところがもう17時だというのに部屋は明るくテレビをつけても眩しくて見にくい。季節は巡っているのである。季節にとっては「いつものように」なのかもしれないが、ここに来るようになってからの「時の流れ」を感じた。
 庄子を開け、波の様子を伺う。凪であり風も吹いていない。でも丘寄りと沖寄りの波の向きが違うことを発見。「なるほど」と、その時は軽い気持ちで納得していた。
 栄養補給品を作り終え、お風呂から出ると、フロアーでご主人の息子さんがパソコンを開いていた。近くに寄り「見てもいい?」、「いいよ」と二人仲良くパソコンで遊んでいた。でも息子さんは私よりパソコンに詳しい。お母さんは私のブログ「キンちゃんが行く」Vol.5を読んで涙を流してくれていた。つくづく優しい人だと感じた。
 部屋に戻ると“パーフー、パーフー”と豆腐売りのラッパの音が聞こえてきた。そう、以前にここで豆腐を買ったのだ。岡崎の人間が地元の人みたいなそぶりをして。懐かしい。そう、ドーバー泳の練習場所としてここに厄介になるようになって幾多の思い出が走馬灯のように駆け巡り始めた。そして来月ドーバーに行く。明日はドーバー出発前のここでの最終海練習になるのだ。寂しいけどここでの海練習は当分おあずけだからね。気合いが入っているんだ。
 ビールを飲み、明日の用意をして寝た。

4. 思い出の海練習

 今日のスタートは淡島を08:00の予定にした。だって前日にキンは栄養補給品を作ったので、早朝に作らなくても良いから楽チンなんだ。桂を出る時、ご主人に「帰りは何時ぐらいですか?」と聞かれ、「長くて8時間掛かれば16時。でもだいたい6時間か7時間で泳ぐから。お父さん、ベストタイムが出るように一生懸命泳いでくるね!」
主人「今日は天気が良いから暑いよ。気をつけてね。」
キン「行ってきます!」
そう天気予報だと無茶苦茶暑いらしい。
 去年、9月の津軽3wayが終わってからも、続けて私は月平均で2回程度の海練習をしてきた。冬でも海で泳いでいた私の肌は、真っ黒に日焼けしている。それでも今日もベッタリと日焼け止めを塗ったが、石井コーチからは「無駄な抵抗はよせ!」と言われる。いちおう“女性”なのになぁ~・・・。
 プール練習で私が使っているスポーツクラブ、「ロイヤルスポーツクラブ2」の人達によく言われる。「日焼け止め塗っていますか?」と。
キン「塗っていますが、泳いでいる間に取れるみたいです。」
 だからと言ってもさあ、塗らないともっと凄くなると思うけど。今の私、海を泳ぐようになる前と比べると真っ黒で、体重が15kgも増えて醜い姿かもしれない。ゴーグルの跡は“メガネザル”、“逆パンダ” 状態で、水着の跡もクッキリ、ハッキリつけちゃってさ。
 でも今は仕方がない。夢を果たすのにいろいろな条件が噛み合いこうなったんだかから。これを今は誇りに思っているよ。そう、海で長距離泳のスイマーが色白だったら恥ずかしいよね。少しぐらい“メガネザル”、“逆パンダ”でも仕方がないことだ。ドーバーを見てみりん。キンなんか小さいから子供に見られるけど、色の黒さでは勝っているから。それに堂々としているから。
 そう、石井コーチも一緒。一年中私のサポートをしているお陰で年中真っ黒。「この紋所が眼に入らぬかー!」と言うぐらいにビーチサンダルの鼻緒の跡もクッキリつけちゃって、毎回見る度に笑けてきて、私は足を踏んづけてあげるのである。
P61200052 余談はこれぐらいにして、港に着くや否や、すでに船頭の菊地さんとも息の合った私達は、次から次へと作業が進み、船は淡島目掛けて出港した。船上では暑さもあったが、早々と私は水着姿になっていた。冬の海練習では考えられないことである。本当にこうも違うものか!
 凪だったのでラノリンを塗りながらの移動。キャップもゴーグルも耳栓もすでに身につけていた。半年前とではぜんぜん違う。再び思い出が走馬灯のように駆け巡ってきた。3wayで大瀬崎までの船に揺れ、写真を撮りながら「エー、これが私!? カワイイじゃん!」と友達に写メールで送ったこと。コーチのバースデー、私のバースデー、中沢先生とのデュオ、淡島捜索事件、風邪ひきで泳いだこと、まだまだ記憶は次から次へと駆け巡る。
 本当に今までにない思い出を、私はドーバー行く前の最後の舞台で飾ろうと新記録を狙っていた。不思議と富士山が久しぶりに見え、「今日は富士山も応援し、私を見ていてくれるんだ!」と、一段と元気が湧いてきた。
P61200082 菊地さんに言わせると今頃富士山が見えるのは珍しいんだそうだ。やはり異常気象なのかな? 富士山の頂にはまだたくさんの雪が残っている。そういえばいつだかのラジオで富士山の残雪が多いので、山頂に登る登山道が予定通りにオープンできないと言っていた。富士の高嶺はいつもより寒いのかな?
P61200162 異常であるのかないのかわからないが、淡島付近の海では釣りのポイントが変わったのか、たくさんの船釣の船が浮いていた。何を釣っているのかはわからないが、釣れるであろうポイントにはこうも集まるものかと感心した。桟橋では丘釣の客がいる。と、向こうから叫んできた。
釣師「おはよう。今日はいつもより早いじゃないか。」
キン「おはようございます。今日はいつもより1時間早いよ。ベストタイムを出すんだ!」
釣師「頑張れよ!!」
キン「ありがとうございます。」
と、ほんの一言、二言挨拶を交わす程度の会話。ここを泳ぐのは火曜日が多い。泳いだ回数はすでに数知れないが、大体いつも9時スタートだ。月に1、2回しか泳がない私達だが、釣客も見ている人は見ている。スタート時間まで把握していたとはビックリした。もちろんホテルのベランダからも数人の方々がこのスタート風景を観ていた。
 本当に近くで顔も合わせたこともなく、この淡島までの出会い、もう交わすこともないかもしれない釣客やホテルの客に、「ありがとう!」と感謝の気持ちを述べるしかない。見てくれるだけで良い。人の応援でどれだけ私に元気と勇気を与えてもらったことか。
P61200142 あいにく潮が引いていたため丘スタートは出来なかったが、岩の上に立ち、フォーンの合図とともに泳ぎ出した。ウニのデカイのがウジャウジャいた。そしてミズクラゲの子供の大群。「これからこれらが大きくなるんだな。」と思うと“ゾッ”とした。

5. 2way

P61200232 凪である。富士山も顔を出し、「ベストタイムを出して、悔いの残らないように!」と見守ってくれている。そして大勢の釣客に見守られながら、水温も20℃と高く、好調なスタートを切ったのだ。ホカロンは朝に着けたため1回目の補給はぬるかったが、水温が高いので気に止める必要もなくノンビリ飲んだ。
 向かい波ではあったがこの前の「アイランドスイム」に比べれば“屁の河童”。すでに“向い波”を“向い波とも感じない”くらいになっていたので気にせずダッシュした。追い潮で順調よく大瀬崎まで運んでくれるのか、無我夢中である。行きは2時間40分を目指し、泳いでいた。がしかし、最後私の目で「残り1時間だな」と計算すると、潮回りが変わったのか結果は2時間59分も掛かってしまった。
 大瀬では知らない叔母さんが遠くから私の写真撮影をしていたらしいが、丘の上など知らない私は水中のダイバーを探していた。なぜならば私もダイバーであり、ダイバーにスイマーの存在もPRしたかったからだ。だが見当たらない。泡がボツボツ船上からは見えていたらしいので、今は1本目のダイビングだろう。本当はダイバーを下に見て泳ぎたかった!
P6120036_2 いつものように大瀬崎の丘に上がり、いつものようにフォーンの合図で帰りのスタートである。これまたいつものように胸元までの深さまで歩いて入水しながら腕をグルグル回す運動をしていた。石井コーチに言わせると、この「いつものように」はかなり重要らしい。
 例えば野球では大リーガーに仲間入りしたイチロー選手は、打席に立つとき右腕を伸ばし、持った右手でバットを立て、左手で右腕の袖をちょっとたくし上げてから素振りをしてかまえる。これは自分のプレーをピークパフォーマンスに持っていく手段なのである。実際のバッティングには無関係であるが、これをやらないとリラックスできず、自分自身をピークパフォーマンスまで持っていけないのである。だからイチロー選手はバッターボックスで、いつものことをいつものようにやる。
 いつの間にか私も折り返しでは、いつものことをいつものようにやるようになった。
P61200422 帰りの泳ぎが始まると、私の頭は“計算モード”になった。今までのベストタイムは6時間17分である。これを切らなければならない。帰りも3時間、往復で6時間をめどに泳ごう。行きの向かい波は追い波に換わり、私を運んでくれる。そう、風が出てきて船は後ろから風に押されているが、私は楽チンなのである。
 コーチが居眠りをし始めた。夕べは仕事を終えてから民宿「桂」まで飛んで来て、そこでビールを飲み夕食を取る。グッスリと私が眠ってしまってからの出来事なので私は知らないが、たぶん寝不足なのであろう。そういう時は泳ぎながら水飛沫を掛け、起こしてあげるのだ。そう、私がプール練習で寝ながら泳いでいるときに起こすように、私もマネをするのだ。ウシシシシシシ・・・。ビックリした顔で起き上がり、「こいつ、やりやがったな!」という顔でキンのこと睨んでいるんだ。
 今回は不思議と菊地さんは私を船先につける。別に何処につけてくれてもかまわないが、今日はちょっと違うんだ。いつもなら私が何本タバコを吸ったか数えている。ところが私にバレないようにタバコを吸おうと、私を船先につけ、隠れタバコをしているらしい。しかも3ストローク1ブレッシング(左右呼吸)で泳ぐ私は6ストロークに1回しか船を見ない。つまり船を見ない5ストロークの間に“ここぞ!”とばかりにタバコを吸っていたようだ。
 そうとは知らない私はいつもと違う菊地さんを見て、「何か怒っているのかな?」と思うくらいであった。だって今日の菊地さんは黒いサングラスをかけていて、眼の表情が全然わからないのである。真剣に操船しているものの、笑みがわからなかったからであった。
 ドーバー泳でも船頭のニールに「ミユキは黒いゴーグルかけているから眼の表情がわからない!」と言われたことがある。そう、朝夕は明るめの色、夜はクリヤー、昼間の眩しいときは黒、眩しくなくとも濃いめの色のゴーグルを使用する。この眩しいときのニールと同じことを思った。
 そう、これから海水浴シーズン。海にお出掛けになる際は、そのリストに是非“黒いサングラス”を入れて欲しい。恥ずかしくて見られないシーンでも、サングラスがあればお手のものである。
 帰りの“3時間ダッシュ”が続くが、淡島付近、いつもこの辺りに近付くと左からの風波に変わりだす。そうか、昨日民宿「桂」から見た波の動きが岸と沖では違うのは、このことだったんだ。とても泳ぎ難いが直線ではなく、丘寄りに船は淡島を目指す。
 淡島を出て大瀬を折り返し、5時間が経過した。6時間を切るために私はダッシュしているつもりだが、船が私を船尾につけだした。どうも私に6時間を切らせようと、菊地さんも必死になっているらしい。
 ここで6時間を切らせようと気合の入った菊地さんと、それに応えようとする一生懸命の私は心が一致している。ところがコーチがジャンケンで遊び始めた。それどころじゃないのにジャンケンしてくる。仕方がないので遊んであげるが、後“残りわずか”というところで右肩が痛くなり始めてスピードが落ちてしまった。回したくても痛くて回せない肩になってしまったのだ。
 あの時もそう。中沢先生とデュオで泳いだとき、自分のペースではないので肩が痛くなってしまったのである。そのときと同じ現象。痛いながらも回し、船釣をしている人たちの横を通り、桟橋へと船は走らせた。
 結果、帰りは3時間09分で淡島に無事たどり着いた。往復で6時間08分である。
P61200542 桟橋近くで10人くらいの若者がバンド練習を楽しんでいた。しかし残念ながら出発のときに会話した釣客はもう居なかった。船に戻り、最初の一言
キン「ありがとうございました。何時間でしたか?」
コーチ「6時間切れなかった。6時間08分だ。」
キン「エー、ベストタイムじゃん。やったー!」
と一人喜んでいたが、
菊地「今度の課題は6時間を切るぞぉ~!」
と張り切っている。
P61200592 今回は良い線いっていたので菊池さんも私も欲を出し、6時間を切ることに最後の最後まであきらめず心も一致していたのに、コーチだけがGPSを見ながら「6時間では着かない。」とあきらめていたらしい。そうだ。だから着かなかったことにしよう。
 よし、今度ここを泳ぐときは、6時間を切ることを目標にしてチャレンジしようと決めた。

6. 門出

 民宿「桂」に戻り、「今日は波も風も応援してくれてベストタイムが出たよ!」と言い、お風呂に入った。そしていつもより30分早い17時30分に菊地家を訪れ、反省会を行った。そう、伴走する立場から、コーチの立場から、泳者の立場から、忌憚のない話し合いが次の遠泳のプラスになる。
 例えば菊地さんがタバコを吸うために私を船先につけたのも、このときに初めて理由(わけ)を知るのである。このような屈託のない話がお互いの立場を尊重し、理解し合えるのだ。そんなやり取りで毎夜、話が盛り上がる。立場、立場で見方や考え方、方法までもが違ってくる。それでも目的は一つ、成功させるためにプロ級の腕の持ち主が全力で成し遂げようとしているのである。そんなチームワークが私は大好きである。
 今日の菊地さん、いつも以上にビールを飲んでいる。いつもなら途中で焼酎に変わるのに、どうしたのかな? コーチもグイグイ飲んでいる。早く終わって“ホッ”としたいのかな? まあ良いお酒だから今夜はたくさん飲んでね。
 お母さんの料理はカニ、刺身、エビフライ、ジャガイモの煮っ転がし、小さいイワシの焼いたやつ、-etc-。私たちが来ると知った3日くらい前から、いろいろ用意してくれたり気を使ったりしてくれている。
 泳いだ後、すぐにお風呂に入り、美味しいご飯が出される。これはとっても恵まれていると、常々菊地さんご夫婦には感謝している。菊地さんは口癖のように言う。「出会いを大切にしなさい。」と。
 そういえば津軽を泳ぐときにお世話になっている船頭の安宅さん兄弟も、「巡り会わせだよ。」と同じようなことを言っていた。人と人とのつながりを大事にする人たちは同じことを考えているのだろう。菊地さんご夫婦も安宅さん兄弟も地元につながりに貢献し、社会に奉仕をしていらっしゃる。地域に根強い“核”をお持ちのようだ。見習わなければならない点がたくさんある。
 そう、私は遠泳をすることによりいろいろな方々とお会いし、親切に触れ、その気持ちに甘えてきた。だから私も他の人には優しく親切でありたいと思う。時折ワガママで意地悪な面もあるが、これは若輩者のいたずらと大目に見て欲しい。まだまだ甘いかな?
 ここでの遠泳はこれで一つの段落になっているが、また6時間を切るために、そして菊地さん、民宿「桂」の方々、釣人たちにお会いするために、チャレンジしたいと願っている。
P61200632 今まで毎月、毎月ありがとうございました。ここでのご恩はドーバーの活躍でお返ししたいと思っております。ドーバーではここでの練習を思い出し、いろいろと面倒を見ていただいた経験を生かし、必ずや成功させるよう努力します。またその土産話をしに伺いますので、それまで待っていてください。本当に長い間、ありがとうございました。

アイランドスイム

この書き込みはケータイからのテストです。

日付:2007年06月19日

1st_leg:9時間50分

出発時間:04:14片瀬西浜

到着時間:14:04城ヶ島

2nd_leg:7時間56分
出発時間:14:04城ヶ島

リタイヤ:22:00
残り約7.5kmの地点

合計:17時間46分



天候:曇りのち晴れ

気温:22.3〜24.6℃

水温:20.0〜22.0℃

波高:0.5〜2.5m

風速:0.7〜6.8m/s

夢×挑戦ブログ挑戦報告(5月)

 今年のGWに私の友達のヨットマンが航海中、行方不明になりました。悲しい遭難です。彼は未だに遺体も出てきません。もしかしたらまだ生きているかも知れません。
 そんな中、私も海を泳ぐ泳者として「海難事故はゼッタイにいけない!」と心に誓った5月でした。そんな5月の海練習は次の2点です。

1. すでに「マイゲレンデ」となった淡島~大瀬崎2way

  • 日付:2007年5月15日
  • 場所:淡島~大瀬崎(約10km)
  • 泳者:キンちゃん
  • 方法:2way solo swim
  • 記録:1st leg 淡島08:52 ⇒ 大瀬崎12:41 3時間49分
          2nd leg 大瀬崎12:41 ⇒ 淡島15:41 3時間00分
          2way 合計:6時間49分

2. アイランドスイム(城ヶ島~江ノ島)2way

  • 日付:2007年5月24日(木)
  • 場所:片瀬西浜~城ヶ島(約22.5km)
  • 泳者:キンちゃん
  • 方法:2way solo swim
  • 記録:1st leg 片瀬西浜04:09 ⇒ 城ヶ島14:37 10時間28分
          2nd leg 城ヶ島14:37 ⇒ リタイヤ18:00 3時間23分
          合計:13時間51分

P51500512 特に「アイランドスイム」は途中で棄権しましたが、これは体調のこともあります。他にも海の状態が悪化したことにもよります。やはり「事故防止」が“大前提”の海の泳ぎだからです。

 他に、今年の9月、津軽海峡を私は泳ぎます。これは一昨年(2005)から泳ぎ始めました。去年(2006)は青森(津軽:日本海)から北海道、青森(下北)、北海道(太平洋側)と、アルファベットの“N”の字のように3wayを泳ぎました。そこで今年は青森(津軽:日本海)から北海道(太平洋側)まで、津軽海峡の縦横断泳を考えています。
P52400042_1 距離だけを言えば120kmになりますが、潮に乗って16時間で泳ぐ予定です。ただ津軽海峡に流れる潮と船の法律は無関係で、距離が長い分だけ船の航行区域から出てしまうため、日本小型船舶検査機構の「臨時変更」をしなければならなくなりました。
 しかしすでに現在は「臨時船舶検査証書」の発行待ち状態です。
 他にも飛行機の仮予約が終わり、函館と青森両海上保安部には、船舶検査証書が出来上がり次第届けてOKになる予定です。他にも海上保安部にはこの計画を「水路通報」に掲載してもらえますし、北海道、青森(津軽、下北)、合わせて17の漁業協同組合にも周知しました。宿も予約終了!
 残るは私が元気で泳ぎきることだけです。

<近年の経緯>

  • 2005年 ドーバー海峡1Way 17時間03分(英⇒仏)
  • 2005年 ドーバー海峡1Way 13時間41分(英⇒仏)
  • 2005年 津軽海峡1Way   11時間36分(青:下北⇒北)
  • 2006年 ドーバー海峡1way 13時間35分(英⇒仏)
  • 2006年 津軽海峡3way   37時間24分
          1st leg 青森(津軽)⇒北海道 11時間43分
        2nd leg 北海道⇒青森(下北) 15時間28分
        3rd leg 青森(下北)⇒北海道 10時間13分

                    By キン

「キンちゃんが行く」Vol.6

1. アイランドスイム(城ヶ島~江ノ島)2way

  • 日付:2007年5月24日(木)
  • 場所:片瀬西浜~城ヶ島(約22.5km)
  • 泳者:キンちゃん
  • 方法:2way solo swim
  • 記録:1st leg 片瀬西浜04:09 ⇒ 城ヶ島14:37 10時間28分
            2nd leg 城ヶ島14:37 ⇒ リタイヤ18:00 3時間23分
            合計:13時間51分

  海洋状況

  • 天候:曇りのち晴れ
  • 水温:19~20℃
  • 気温:19~23℃
  • 波高:0.5~3.0m
  • 風:風速=0.5~11.0m 風向=主に西ないし南
  • 潮:流速=0.3ノット 流向=北
  • ピッチ:63~66回/分
  • 補給品:炭水化物+果糖+茶類(60℃、300mlを40分毎)

2. シミュレーション

P52600602 前から一度、ロングスイムのシミュレーションをドーバーへ出発する前にしてみたく、「アイランドスイム(江ノ島~城ヶ島)2way」にチャレンジしようと私は石井コーチにお願いをしていた。
 それは4月の終わりに決まり、準備は着々と進んで行ったが、何故だか「いつもの海練習感覚」しか自分には湧いてこない。「淡島~大瀬崎の感覚」しか思い浮かばないのは、ここでの海練習が慣れ過ぎてしまったせいか?
 「湘南の海ってどんなだろう?」、「“片道約20km”と訊いているが、どれくらい掛かるのだろう?」、「潮周りはどうなっているんだろう?」とかを考えてばかりで少し不安はあった。海は何処でも一緒だが、何でこんな気持ちになるのだろう。2002年にリレーで泳いだときのシミュレーション「アイランドスイム(江ノ島~城ヶ島)2way」を思い出そうとするが、記憶が定かではない。
 確かチームリーダーの奥澤先生が何かの用事で来られなくて、代わりに代用要員の久保さん(1997年にソロチャネルスイマーになられている。)が入ったような・・・。泳いだ順番は真鍋、湘南の主、菱沼、私、栗山、久保だったと思う。
 資料によると次のようになっている。

        「アイランドスイム2wayリレー」

  • 日付:2002年06月30日(日)
  • 記録:1st leg 片瀬西浜 01:26 ⇒ 城ヶ島 08:01 計6時間35分
        2nd leg 城ヶ島 08:01 ⇒ 片瀬西浜 16:05 計8時間04分

       合計  14時間39分

  現場海域について

  • 波浪:0.5~1.5m
  • 水温:18~22℃
  • 気温:19~26℃
  • 天候:雨のち曇りのち晴れ
  • 風:最大8m/sec程度

 そう、スタートは夜中の大雨の中、とてもとても寒く感じたなぁ~・・・。

3. 嵐は誰が呼ぶ?

 5月14日朝3時半、港に集合。今回のサポートをお願いしていた湘南の主さんに約2年ぶりにお会いする。いつもここ湘南の海を一人で泳いでいらっしゃる頼もしい方だ。
P52400032 船頭の畑中さんは湘南の主さんが泳ぐときに伴走していらっしゃるベテラン漁師さん。初めて私はお会いするが、畑中さんは私のブログを読んだことがあるようで、うっすらと私のことは知っている模様。若くて美男子で、何だか私にはもったいない。ああ、いやいや、別に結婚するわけではないのだが、カッコ良い男性である。きっと何人もの女性を泣かせたに違いない。
 そしていつもの石井コーチ。まあ今の私の右腕で、遠泳ではなくてはならない人である。
 そう、今回は今までにない石井、湘南の主、畑中、私の初の“カルテット”でアイランドスイムのチャレンジとなった。どんなハーモニーを奏でるのか、楽しみではある。
 スタート時の天候は曇り、水温20℃、気温19.7℃、湿度65%、波高0.5m、南南西の風2.2m/sec。
湘南の主「今日は南の風がいつもより吹いているよ。向い波だね。水温は20℃、これじゃ暖か過ぎるかな?」
キン「ロングスイムは20℃くらいが良いよ。また風が強く向い波、湘南の主さん呼んだでしょう!?」
湘南の主「オレじゃないよ。キンちゃんが呼んだんだよー。オレと畑中さん、石井コーチのトリオはいつも凪だよ。」
キン「何でかなぁ~、キンのときはいつも凪が少ないんだからぁ~・・・。」
石井「キンちゃん、そろそろ支度をしなさい。」
キン「えっ、もう~。ハイ。ここは遠浅ですか?」
湘南の主「そうだよ。」
 あんなに遠くの丘まで泳がないかんのか・・・、ドーバーならもっと近いのに・・・。しゃーない。
キン「石井コーチ、ラノリン(羊毛から抽出される脂)宜しく!」
石井「オオッ!」
 コーチは私の身体にタップリとラノリンを塗り付けてくれた。

4. 1way

 今日は淡島とは違うんだ。観客は一人もいない。ちょっと寂しいな・・・。畑中さんお手製のはしごを使って海の中に入った。
 泳ぎ出すと何だかとても軽い。とても体重63kgあるとは思えない。身体も腕も軽く感じた。
 そしてフォーンの合図の元にスタートした。以前に文句を言ったお陰か、「プォ~~~~~~~~~~~~~~・・・」ととても長~い、長~い、よく聞こえる音だった。
 でもここは遠浅、前から来る波を掻き分けて、20~30mくらい歩いたかな。砂浜で良かったよ。石ころだったら痛くて歩けりゃしない。
P52400142 江ノ島沖を通り過ぎるまでは順調に泳いでいた。いつも通りだが、栄養補給を約10秒で終わらすと船の中から拍手が飛び交う。
湘南の主「海はきれいか?」
キン「私よりキタナイ!」
石井「アホ!」
 そう、私は冗談が大好きであった。耳栓をしているのでよく聞こえはしないが、口元を見ると言っているのが分かる。だいぶ私も口話(こうわ:聴覚障害者が相手の口の動きを見て何を話しているのか分かる。)が上手になった。チャネルスイマーのほとんどは耳栓をしているので、話すときは大声で(大きな口を開けるから)話して欲しい。
 2回目の補給。少し補給品が熱くなり始めた。
石井「美味しいか?」
キン「マサラップ!(美味しい:タカログ語)
 霧が深いようだ。石井コーチの「計画書」における「安全基準」で「視界1海里(1,852m)未満は中止」になっているので、それよりは視界が利くのだろうが、畑中さんは「山が見えない。」と言っている。そう、コース取りをしながらの操船は、周囲の景色も大いに関係するのである。もちろんGPS(Global Positioning System:現在位置を調べるための衛星測位システム)も使用しているが、“機械”より、人の“感覚”の方が優れているのである。
P5240005_2 3回目の補給。毎回、毎回、補給する毎に少しお話をする。朝日が出て来れば
キン「コーチの頭が眩しくて見えん!」
と言い、
湘南の主「今、何時間泳いだか分かっているか?」
キン「4時間!」
と話す。あまり話し過ぎると潮で流されてしまうが、今回は楽しく泳いでいた。
 ゴーグル交換もスムーズに上手く出来た。手が悴んでいないせいかな?
 陽が登ると船の上では日除けのパラソルまで現れ、何とものん気で優雅なサポートの雰囲気になってきた。しかしそれも束の間、午前10時頃から徐々に風が強くなり霧を追い払ったが、開いたパラソルまで追い払おうとするので慌ててパラソルを片付けた。だんだん向い波が押し寄せて来る。今までにない大きな波である。たまに真横から大きな波が押し寄せると、キンはひっくり返って背泳ぎ状態になる。フライパンの“卵焼き”じゃないんだ。すぐにクロールに戻すが、これを何回繰り返したことやら・・・。
 クロールのプルは1分間に65回くらいで変わらない。しかし波に負けてリカバリーの腕が水面から出ないときもあった。淡島を思い出す。津軽を思い出す。いつかはこの波が治まり、風向きが変わることを信じて。そうさ、きっとそのうち変わるさ。でも“朝凪”、“夕凪”と言うが、まだ朝なんだよなぁ~・・・。
 風は、予想よりも早く吹き始めていた。
P52400222 湘南の主さんとコーチは久しぶりに会うのか、ずっと喋りっ放しである。船上の様子は手を取るように分かる。「あっ、畑中さんがパンを取りに行った。」、「湘南の主さんとコーチがリンゴを食べとる。」、「湘南の主さんがバナナを食べ始めた。」
キン「猿!」
と大きな声で叫ぶ。キンは遠慮はしない。年上だろうが、コーチだろうが、言いたいこと言って楽しんでいるんだ!

5. 残りの距離は知らない方が良い理由(わけ)

 と、だんだん城ヶ島が見えてきたらしい。
湘南の主「キンちゃん、城ヶ島が見えて来たよ。」
 船の右に付いて泳いでいる私には、右向けば波、左向けば船の様子しか見えないので、城ヶ島なんて見えるわけがない。でも「そうか、見えて来たかぁー!」と、少々この大きな波に飽きてきた私は「頑張らなくっちゃ!」と気持ちに気合が入った。
 が、それから何回栄養補給したやら・・・、なかなか着かないのである。
 「海峡横断泳の泳者は前を見てはいけない。」、これはドーバー泳のアドバイザー、フリーダから習った。前(目的地)を見る。⇒知らずに距離を計測している。⇒知らずにペース配分をしている。⇒海だから計算通りにはいかない。⇒再び前を見る。⇒目的地が相変わらず遠いのでガッカリする。つまり“前を見て良い事は、何一つもない。”と言うのがフリーダの教えである。それより伴走船を見て泳ぎ続け、「ここまで来られた!」と思う方が良い。とフリーダは言う。
 この辺がOWS(オープン・ウォーター・スイム)レースと海峡横断泳の違うところなのであろう。OWSは前(目的地)を見て自分でコースを判断しなければならない。しかし海峡横断泳は伴走船がコース取りをしてくれる。船が眼であり耳なのだ。おそらく伴走船に乗って応援していれば、「ホラ、見えたよ、近くだよ。」と、水上からでは見えないであろう泳者のために親切心で残りの距離を教えたくなるのであろう。気持ちはよく分かる。が、それが返って“仇(あだ)”となるケースは多い。泳者にとっては見えてからが遠いのだ。
 ちなみに石井コーチは到着地点の1km未満に近付くと距離を教えてくれる。GPSで正確に100m単位で教えてくれるのだが、この100mの長いこと・・・。それでも1km未満なら、心の準備をするためにも教えてくれた方が良い。
P5240027_2 それでも
湘南の主「もう少しだ!」
の声に、城ヶ島を周回して油壺に向う観光船を見た。伴走船の前方にチラチラ見える赤い灯台が視界に入って来た。「何だ、まだまだ先じゃ~ん!」と思い、ようやく緑の浮標まで来た。これは三浦港に入港する船の航路を示す灯浮標である。この前を通過すると目の前に見えて来た。赤灯台、白灯台、ホテルの風景・・・。城ヶ島1周のレースで泳いだときのことを思い出す。
 当初、城ヶ島の到着地点は何処でも良かったし、私としては出来るだけ江ノ島に近いポイントが良いと思っていた。しかし荒波のため、港内以外での上陸、折り返しは困難、危険と判断され、急遽、港内の城ヶ島大橋の下、「北原白秋の碑」前の公園となった。ここはちょっとした浜で、城ヶ島1周のレースでのスタート&ゴール地点である。
石井「キン、今日は海が荒れているから、前に泳いだことのある城ヶ島大橋の下のビーチまで泳ぐぞ! 分かったか?」
「そう、それは分かるけど、また30分は泳がないかんじゃん!」と、心の中では“ブツブツ状態”が続く。
 しかしここでの練習をした時の風景を思い出しながら、「そう、あそこは魚の加工所」、「そう、ここはホテル」、「あそこは・・・」と、昔の記憶を蘇らせては走馬灯を廻らせていた。そして、順調になかなか着かないビーチを目指して泳いで行ったのである。
 港内に入ってしまえば風波は治まり船の揺れも無くなってしまう。と、静まるのを待ちわびたように湘南の主さんはドンベイ(カップ麺)にシャブシャブ餅を入れて食べ始めた。「城ヶ島まで一緒に泳ごう!」と誘うつもりでいたが、“お食事中”になってしまったので遠慮した。
 まあさっき泳いでいる途中でも良かったが、荒れている中、二人の泳者を見るのは畑中さんに迷惑が掛かると思い、いつだかドーバー泳の本番で、荒れている中、石井コーチと泳ぎ(ドーバー泳のルール上、泳者に触らなければ1時間まで伴泳して良いことになっている。)、30分も経たないうちCS&PFの公認パイロット、ニールから「どちらを見てよいか分からなくなるから、石井は上がってくれ!」と、コーチが上がらせられたのを思い出し、止めにしておいた。いつ凪になるか、私は待っていたのである。
 ここの浜は手前に海草がフニャフニャと生えており、あまり触りたくないし、下手をすると手を切る恐れもあるので、そういう時はバタ足だけで進むのである。前を見るとブイが一つ。それを目掛けて無事城ヶ島に着いた。
 観光客らしき人が3人。それから白秋記念館から男の方3人が出て来て、「何しているんだろう。」と近付いて来た。そう、船には“A旗”、“「遠泳中」の旗”、おまけに今回は“「Now Swimming !」の旗”までたなびいている。これは今年、津軽を泳ぐ予定だが、海上保安部から「国際海峡なので、英語の旗も掲示して欲しい。」と言われて作ったものである。今回はテスト的に掲示した。そんな派手な伴走船を従えて、可愛い泳者が到着したから見物人が集まったのである。

6. 2way

P5240029_3 デカイ胸を張って、右手を高々と上げ合図を待った。またまた続く長~いフォーンの音色と共に、腕を回す体操をしながら私はゆっくりと海に入って行った。なるたけ海底に石、貝、岩など無いところを確認しながら泳ぎ出す。とっても目立つ船を目掛けて!
 まだまだ身体は動く。城ヶ島のスタートを「始めの“1”」と考えよう。これもフリーダの教えである。「“1、2、3、・・・”と考えるのではなく、常に“今が1”と考えなさい。」、“折り返し”ではなく、“スタート”なのである。潮と波に乗りながら。
 いきなり石井コーチと湘南の主さんが「前を見ろ!」と指を指した。「何だろう?」と見ると3名乗船したクルーザーが、この派手な船を見て興味を持ったのか、グルッと回って私を見に来た。そして「頑張ってね!」と応援してくれた。手を振って「ありがとう!」と私はお辞儀をした。
 後から訊くと、遊びに行こうと思ったクルーザーが、派手派手しい旗を見て寄って来て、
クルーザー「何処から来たの?」
湘南の主「江ノ島から。今年、ドーバー海峡を泳ぐための練習です。これから江ノ島まで帰るんです。」
クルーザー「凄~い!」
そんな会話、私はちっとも知らなかった。きっと耳栓を付けているせいだろう。
P5240031_2 何だか赤灯台までは行きより速く泳げた気がする。潮が押してくれていると思う。そして港から出るとあの緑の灯浮標が、もうとんでもなく荒れた波の中で揺れている。
キン「コーチ、写真撮って!」
キン「早く~!」
とせかしながら撮ってもらった。
 船が左右に傾き、風はさらにひどくなっている状態であった。
 頭の中の計算で、「行きが向かい波なら、帰りは追い波で、波が私を助けてくれるだろう。」と私は期待した。だが南南西の風6.1m、波高2m、水温19℃、気温20.6℃の海象は、船の左に私を付け(行きと逆)、船と波が左右逆になっただけで相変わらず波は真横から押し寄せて来た。「予想と違うじゃん!」。
 この2mの波、油断すると息を吸ったときに海水を飲む恐れがある。毎回毎回波を見ながら「次の波にしたほうが良い。」、「今なら良い。」と判断しながら泳がなければならない。だから3ストローク1ブレッシングの息継ぎもリズムは狂ってくる。まあ行きもそうだったが、帰りの方がすごく神経を集中しながら泳がねばならなかった。
 だんだん40分毎の栄養補給が「まだか」、「まだか」と思うようになってきた。とっても長~く感じ、湘南の主さんと石井コーチももう話すことが無くなったのか、少し離れ離れに座りだした。船が大きくローリングし、船内は座っているのもやっとだと思う。力を抜くと転がってしまうだろう。コーチと湘南の主さんはまん丸だからね。転がってもぶつからないように離れたのかもしれない。
 波が船の舷に当り、その飛沫が風に乗って甲板を洗う。コーチの服はビショビショ、髪もビショビショ、いつ裸になって服を絞るのだろうと思った。
 だんだん夜が近付いてくる。そう言えばコーチ、合羽持って来たのに「合羽船に積むか?」と聞かれた時、最近の淡島~大瀬崎の練習で暑くて合羽なんか要らなかったから、そのイメージが強くて「そんなの要らないでしょう!」と言ってしまった私。今では後悔している。あの時に船に持ち込んでいれば・・・、風の寒さ、波を被っても濡れなかっただろうに・・・。合羽は雨だけじゃなく、波からも守ってくれるのだ。
 夜になるともっと寒くなるだろう。「晴れても雨支度、夏でも冬支度」は海の上では常識なのに、今までの練習の慣れで忘れていたのである。

7. 適正な判断は

 風は治まることなく8.4m/secになった。「どんだけ続くのだろう?」、この風と波、大好きな波も泳いでいるときにあまりにも続くと怒れてくる。怒れ過ぎて帰りの補給時は一切口も利かない。別に船に怒っているわけではない。もたもたしていると次の大きな波が来て補給しながらも船から離れ、ロープが届かなくなってしまう危険があるからだ。
 と、コーチが畑中さんと何かを話している。コーチは何回か船の中を行ったり来たりしている。畑中さんがケータイを持って何かを話している。
 船が風に押されて私から離れる。私は船先を見て泳ぎながら近付く。近付くと船の横に身体を平行にさせて泳ぐが、また船が離れてしまう。その繰り返しが多いが私は「船先を見ながら泳いだ方が、波が泳ぐのを手伝ってくれるので楽なんだが・・・」と考えながら泳いでいる。泳者は風の影響をあまり受けないのである。
P5240040_2 と、だんだん大腿部が痛くなり始めた。これは私の謎の持病で、主に冷たい水で泳ぐと出てくる痛みだ。別に水だけではない。エアコンが強い室内でも出てくることがあるし、出ないときもある。医者には何度も診てもらっているが、結局のところ原因が分からないので治療方法がない。まあこれは私の“爆弾”なのだと思う。
 コーチは私の泳ぎを見れば、爆弾の導火線に火が点いた事がすぐに分かる。そしてとうとう爆弾は爆発し、キックが打てず、両足は真っ直ぐになったまま止まってしまったのである。これでは残り8時間なんて到底泳げない。どうしよう・・・。「泳げ!」、「泳げ!」と言われれば痛くても我慢して泳ぐが、この波の中、無理である。もっと暗くなったら、何だかもっと危険な感じがしてきてしまった。
 そしてついに風速11m/sec。11m/secがピンとこない方の為に、“秒速”ではなく“時速”に換算すると、約40km/hとなる。しかもこれは「瞬間最大風速」ではない。コーチの風速計は13秒間計測して、その平均値を出すよう設定している。したがって瞬間最大風速はもっと強いはずだ。
 波高は3mに成長し、波頭が崩れた状態で私に押し寄せる。あまりにも怒れて「もう泳がん!」と怒鳴ったが、怒涛の潮騒で私の声は消されてしまったのか、コーチの耳には届かなかったようだ。何も返事が無いのでまた泳ぎ出した。
 補給が来ても10秒で飲み干す。怒りながらまた泳ぎ出す。波も風も治まることが無い。それでも波に揺られ、ジグザグ蛇行での伴走。畑中さんって、若いのに本当に操船が上手だなと感心してしまった。
 コーチは普段、補給品を私に投げるのに、ホームランのように投げる。それでも補給品はロープでコーチとつながっているので、コーチはロープを引きながら私の泳ぐ位置まで合わせてくる。ところが次の補給の時、風上に向って投げられた補給品は風に戻されて私の元には届かなかった。この場合は私が取りに行かなければならない。
 目の前まで泳いで行くのだが手が届かず、船が風に押されて波と一緒にまた何処かへ。手を伸ばして取ろうとするが、取れずにまた何処かへ。終いに補給品を見失った私に船から「あそこだ!」と指を指して教えてもらった。
 やっと捕まえたのは良いが、波に揉まれ過ぎたのか補給品を飲んでも泡だらけで不味い。心の中で「こんなの飲めん!」と一口飲んで返したら、「キンちゃんお腹空いてないのかな?」と畑中さんが心配して言ってくれたらしい。コーチも揺れる船の中でせっかく作ったのに、「何で飲まんだ!」怒ったらしいが、「仕方ないじゃん、不味いんだもん!」と贅沢な泳者である。
P5240050_2 だんだん弱気になってくる自分がいる。そう、誰もが思うことであろう。「足が痛い。」、「後8時間なんて無理。」、「どうせ止めるなら早く止めたい。」、「暗くなったら大丈夫かな?」など、もう泳ぎたくない自分がそこにいた。そう、あの3mの波が、11m/secの風が、私の集中力を奪い去ったのである。
 止めたい自分が「コーチ、もう泳げん。」ともう一度言い、「そうか、上がるか。」とコーチははしごを下ろしてくれた。
 コーチの言うことなら私は忠実に聞く。もしここで「後2時間泳ぎなさい。」と言われれば、足の痛みを我慢してでも泳ぐであろうし、「ダメだ、江ノ島まで行くぞ!」と言われれば、ふてくされても泳いだであろう。でもコーチは上がらしてくれた。
 どうやらその理由はコーチの「リスクアセスメント(危険度評価)のガイドライン」にあるようだ。1.風速が10m/secを超えた。2.波高が2.5mを超えた。3.泳者の体調の変化。これらが主な理由らしい。ガイドラインの安全基準はまだまだたくさんあるが、それをトータルで判断し、決断し、実行するのは難しい。「言うは易し、行うは難し。」なのだ。
 ちなみに昨今ではケータイのモバイルサイトからリアルタイムな気象や海象情報が入手できるようだ。今年から始まった海上保安部のサービスで、全国の管轄する地域の海上保安部のホームページから気象・海象が掲載されているモバイルサイトのWebアドレスが入手できる。これを使わない手はない。
 石井コーチもこれらを多いに参考にしたようだし、畑中さんと話していたのは地元漁師さんの判断だったらしい。また畑中さんもケータイを使って近隣の情報を入手していたようだ。

8. 普通の人

 上がらしてくれた理由はまだ他にもあるようだ。だから今回の遠泳は「途中で上がって良かったかな?」と自分を慰める反面、“後8時間”が泳げない自分に悔しくて、ドーバー2wayを目指している私に「ここを泳がなければ無理だぞ!」と言い聞かせている。また精神面で弱い自分を発見し、ショックを受けている。
 その点、湘南の主さんは海で20時間泳の練習をこのメンバーで達成している。「凄い!」と私は尊敬するばかりである。いつかはきっと私も海で泳げる時が来るだろう。本当に海とプール、いくらロングの練習をプールでしても、海で泳がなければいけないと感じた。
 プールVS海、この二次元VS三次元の水面。同じ「水面」だが、“平面”と“立体”は大きく異なる。プールではおそらくほとんどの泳者が“時間”を気にするであろう。何故ならば水は動いていないし距離は正確に測られている。したがって距離と時間がすべての泳者に平等なのだ。ところが海は、水が水平方向へも立体方向へも動くので、距離もすべからく大雑把だ。自然(海水)が敵にも味方にもなる。まあそこが海を泳ぐ泳者の醍醐味なのであろうが・・・。
 プールでは環境が泳者の都合に合わせてくれる。ところが海は、環境に泳者が合わせていかなければならないのだ。まあ神経の使い方の違いであろうが、時計VS波(時間VS空間)、どちらに集中して見るかが選ぶポイントの違いになるのであろう。いずれにせよ今回は波に集中する時間が長かった。そんな反省点がポツリ、ポツリと見えてきたアイランドスイムであった。
 船が江ノ島に向う。相変わらずの波は“バッチャーン!”と船に当たり、砕けた水飛沫はまともに3人の身体を濡らした。キンは水着だから良いけど、皆の服がびっしょりになってしまった。コーチの眼は赤かった。海水を何回か浴びたせいであろう。
キン「ゴメンね、湘南の主さん、途中で上がってしまって・・・。」
湘南の主「素晴らしかったよ、キンちゃん。キンちゃんしかこの波は泳げないよ。よく頑張ったね!」
P52600572 帰りの船の中、湘南の主さんは今日あったことをいろいろとお話してくれた。鼻水を垂らしながら拭きながら、私は楽しんで聞いていた。
 帰りの船でも風と波が絶えない。「こんなところで泳いでいたんだ・・・。やはり操船は大変だぁ~。畑中さん、上手いなぁ~。」と、またもや感心してしまった。そう、いろんなものに摑まり、必死に船から落ちないように私たちは這い蹲っていた。
 こういう時もあるんだ。だてに船の中でゴソゴソしていようものなら、下手すると落水するなと感じてしまった。ゆっくりご飯など食べられない、お茶など飲めない状態である。泳いでいるだけじゃなく、船に乗るとよく分かった。だからあの時ドンベイを食べていたんだね。
 どのくらい船に乗っていたのか、船酔いする人は遠泳のサポートはしない方が良いだろう。こんな時、誰も助けてくれないよ。石井コーチの「リスクアセスメントのガイドライン」にも「船酔いする人は事前にその対処方法を整えてくること。あるいは始めから船には乗らないこと。」となっている。どうやら以前に船酔いした人がその遠泳を中止させたことがあるらしい。その人はマスコミ関係の仕事で乗ったらしいが、以来、コーチは直接的な関係者以外をあまり船には乗せようとはしなくなった。乗ったらその人はチームの一員になるからね。途中、何処かに降ろすというわけにはいかないんだ。
 船が港に接岸し、荷物を下ろした。
畑中「やっぱりキンちゃんも“普通の人”なんだね。」
キン「そうだよ。」
そう、私は皆さんが思っているほど凄くはないんだ。ただ夢に向ってひたすら泳いでいるだけだよ。そうしたらこうなっちゃっただけ。
 「伸び続けていたゴムは切れ易い。だから時折緩めてやらないといけないんだ。」とは石井コーチの言葉。水泳練習でも同じだそうだ。常に張り詰めていたら切れてしまう。コーチの「リスクアセスメントのガイドライン」に「身も心も切れるような遠泳は良くない。」と書いてある。適応力がなければいけないのだ。だから今回上がらしてくれた。
P52400512 伸び続けていたゴムは今回縮みました。切れないようにね。でも私はまたここ江ノ島~城ヶ島2wayをチャレンジしたいと思っている。今度は縮んだゴムを伸ばすんだ。
 今回、いろいろな細かい裏方をしてくれた石井コーチ、荒れている海で伴走してくれた畑中さん、そして泳者としても経験豊富な、それこそ“湘南の主”でサポートしてくれた湘南の主さん、本当に13時間51分という遠泳にお付き合い下さいましてありがとうございました。皆々様が居なければ私の贅沢な海練習は出来ませんでした。これに懲りず、温かく私のこれからの遠泳を宜しくお願い致します。
 心を入れ替えて出直して来ます。本当に貴重な時間を割いてお付き合いくださり、ありがとうございました。
 今、「完泳した。」と「出来なかった。」では、“心”と“身体”の痛みが違うと、今更ながらに実感しています。2005年に味わった、ドーバー2wayの、あのフランスを折り返してから3時間で船に上がったときの、あの感覚が蘇っています。あの後、ドーバーの海を眺めながら石井コーチの服が、今回の波でビチョビチョになったくらい涙、鼻水、涎(よだれ)を流して泣きました。どうして“出来た”、“出来ない”で心と身体のダメージが違うのでしょう?
 そんな不思議もこれから追求していきたいと思っています。そう、私の遠泳は永遠に続くのかもしれません。

波高2mの波

アイランドスイムでの動画です。

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