無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • メモ

人気ブログランキング

  • 人気ブログランキング
    人気ブログランキングへ

わくわく、どきどき、台風の目。

« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »

2007年4月の記事

「キンちゃんが行く」Vol.2

 1. 記録

  • 日付:2007年04月10日
  • 場所:淡島~大瀬崎(約10km)
  • 泳者:キン
  • 方法:2way solo swim (10km×2way = 20km)
  • 結果:1st leg 淡島09:06⇒大瀬崎12:34 3時間28分
            2nd leg 大瀬崎12:34⇒淡島15:43 3時間09分
  • 記録:2way = 6時間37分

      海洋状況

  • 水温:15.5~16.0℃
  • 波高:0.5m
  • 天候:晴れ
  • 風向:西
  • 風速:0.2~5.0m

 2. スタート

P41001072 4月10日午前6時30分起床。朝から栄養補給品作りが始まる。例によって4種類の味を12個用意し、機材など遠泳の準備を整え、8時30分には港に着き、A旗、遠泳中の旗を設置し、淡島へと船は舵をとる。
 天気は晴れ。海はまだ凪状態だ。淡島の桟橋には釣客大勢。スタート地点前のホテルには1人の女性がベランダから観察していた。ラノリンを身体に塗り、船頭の菊地さんに「よろしくお願いします。」と声を掛けた。「おー、今日は新記録を狙いんよ!」、「あー、ハッパ掛けとるー!」。
 船からスタート地点までは泳いで行くが、菊地さんは私が船から降りる前、いつも“激”を飛ばしてくれる。今日は晴れているものの、富士山も見えないので何を言ってくれるか毎回楽しみになり、それが励みになってきた。
 石井コーチが「水温、15.8℃!」と叫ぶ。まだまだ水温は上がらないが、調度良い水温だと思った。そして船からのはしごをつたって下へ下へと降りて行く。足が水面に着くと「冷たい、冷たい。あっ、ゴーグル、ゴーグルを掛けなくっちゃ!」
 おっちょこちょいの私はよくスイミングゴーグルを掛けなくて海に入ってしまう。でも今日は大丈夫。まだまだ海水は冷たいな。藻がたくさん生えている。その藻を掻き分け、掻き分け泳ぎ、スタート地点のビーチに向かった。
P4100003_2 9時06分スタートする。スタート直後、いつものようにここまで来る過去、そして現在、ドーバーの2ウェイに向ける未来を考えて泳ぐ。まあ他にも状況によっていろいろ考えるし、波を楽しみながら泳ぐことも、歌を歌いながら泳ぐこともある。少なくとも6時間は泳ぐ時間の中で、楽しみは多い方が良い。
 昨日(4月9日)で私の仕事は一段落し、やっと今日、海練習の日に漕ぎ付けたは良いが、その前、3月13日の海練習依頼、お彼岸、花見団子の注文など、仕事に明け暮れ、自慢ではないが3回しかプールで泳いでいない。そして昨日も夕方まで仕事をし、JR三島駅へ21時に石井コーチに迎えに来てもらった。
 そのためと言い訳するようだが、練習不足か気合いが足りないのか、「冷たい」と感じてしまう。それにしても、う~、臭い。魚の臭いだ。コーチのオナラより臭い。うー、臭い、臭い。今度は油の臭い。私の鼻はまだまだ敏感であった。まあ少し泳いだら慣れてしまったが。
 海は凪であり順調な滑り出しで、何も考えず船だけを見て泳ぎ続け1回目の補給がきた。「うーん、甘いなー」。喉が痛くなるぐらいだ。そう私が作った。果糖を入れ過ぎたか・・・。温度は調度良い。海水には浸けず、顔を上に向けて補給した。
 それから20分ぐらい経ったところだろうか。風が前から吹いて来て向かい波に変わった。「今日の波はそう簡単には大瀬崎まで私を運んでくれないな」、「そうそうこれも練習、練習」。必死で私は一つ一つの波を乗り越え、息を吸った時に海水が入らないよう波と船を見ながら泳ぐ。
 2回目の補給。時間が経つに連れ補給品もチンチンに熱くなり、1回は海水に浸けて温度を確かめつつ少し飲み、顔を上げる。次は海水温で下がってきた補給品を、顔を下にして一気に飲み干すのである。もちろん向かい波だから水面でする方が難しい。
P41000222 風波は納まることなく3回目の補給。40分後との補給なので2時間が経過したことになる。前を見る。「あ~、大瀬崎まで後1時間はかかる。増してや向かい波。今日は気長に泳ぐか・・・。泳げばいつかは着く。」
 4回目の補給。コーチが大きく両手で丸を作ったりペケポーズしたりして、パフォーマンスで私を笑かす。「もー、私大変なんだから!」と大声で叫び、泳ぎに集中しだすとジャンケンをしてくる。「さっき“大変なんだから”と言ったばかりなのにもう!」と思いつつもしょうがない、「相手にしてやるか!」とグー、チョキ、パーと遊びだした。
 すると風向きが急変し、船が私の泳ぐ左から右に移動した。船のエンジンはアイドリング状態で、それでも私を追い越して行く。そこで船はクラッチを入れたり、抜いたりの断続をする。この慣性で動いているときが風に弱い。泳者の風上に船がいると風に押された船は泳者の上に乗ってしまう。これが危険なので船は泳者の風下に着く。
 クロールで泳ぐ私は3ストローク1ブレッシング、つまり3回手を回す間に1回の息継ぎをする両サイド呼吸なのである。したがって左右どちらに船が着こうがへっちゃらである。長距離泳はこういった船と泳者の位置関係ばかりではなく、身体のバランスもあるので両サイド呼吸することをお勧めする。両サイド呼吸を自分のものにするまで、私は3ヶ月掛かった。しかしこれは自分のためだ。
 波は段々納まり、今度は向かい波でも潮が私を後ろからグイグイ押してくれるのがよくわかってきた。「そうそう、もっと私と楽しく泳ごうよ」。それはまるでリズムに乗っている感じがした。すると私の好きな歌手であるユーミンこと松任谷由実が、まだ荒井由実時代の名曲、『瞳を閉じて』を思い出し始めた。
P41001222 今ではこの曲が長崎県五島列島奈留島に歌碑も作られているらしいが、この曲の誕生にまつわるエピソードを映像化したテレビ番組を思い出した。これは県立奈留高校の愛唱歌にもなり、船が出る時に流れる曲でもある。1974年作品。ユーミンにしては比較的地味で大人しい感じだが、聴くたびに存在感が増してくる不思議な力を持っており、シンプルなコード進行にゆったりとした旋律のメロディーが情緒的で心に深く染み込んで来る。
 良い歌詞である。口ずさみながら私は思った。「海って偉大だよなー。いろんな人の人生を見ているんだ。それが出会いの場面であったり、別れの場面であったり、いろんな人の思い出がたくさん詰まっているんだ。海や波を私が表現するとしたら“マイベストフレンド”かな。そう、いつも私を見ていてくれる。『今日はこんな波はどう?』とか、『たまにはこれぐらいでも大丈夫だよね。』とか、『そう、こういう練習もした方が良いよ。』と、もう一人のコーチがいるみたいだ。」と、歌い感じながら泳いでいた。
 今は亡き私の父はとても海が大好きな人で、毎日毎日海を見に行ったり、魚釣りをしたり、海でのスポーツはお手の物だった。亡き後、父の位牌を船2艇出し、花束と一緒に海に流した。そう、よく一緒に遊んでいた吉良海岸の梶島の近くに。それは私にとって別れの場面だが、父親は再会の場面でもあろう。と、センチメンタルに陥っていた私に、石井コーチが「後1000」と叫んでいる。
 あー、補給が来てしまった。5回目の補給。3時間20分。目の前にビーチは見えるがトホホホホ、後半頑張らねば6時間22分が切れなくなる。泳がねば。
 ビーチに2人のダイバーがいたのは私の目からも見えたが、船からは何人が見えていたのだろう。それにしても透明度は悪かった。
 12時34分、大瀬崎到着。3時間28分かかった。この時間は私からは海水が濁りすぎて透明度が悪く見えなかったが、船からはあらゆるところから泡が出ていたらしい。もちろん泡の上は船が通過しないことは言うまでもない。

 3. 折り返し

P4100045_2 帰りは何も起こらなければ順調に追い波に乗って行けるはず。「ダッシュで行く!」、「約3時間集中して泳げば波が味方についているし、たったの3時間なんだ!」、「最高タイムを出すんだ!」、「菊地さんと約束したんだ!」と、私は船を見ながら必死で、必死で泳ぐ。
 コーチはカップヌードルを食べている。菊地さんのヘアーリキッドの臭いがする。タバコの臭いがしてきた。キンは後からおいしい、おいしいお母さんの手料理食べるんだ。補給品も飲んでいるからお腹が空くことはない。頭の中は「後片道3時間泳ぐだけだ!」と自分自身を励ましていた。
 でもなんだか寒いな。肩も少しずつ痛くなってきた。あー、足も段々動かなくなってきた。多分ミドルペースより上げているせいだと思う。後ろから押し寄せる波の音を感じる。音を感じ、楽しむ。肩が痛い。波の音を感じよう。足が痛い。波の音を感じよう。弱気になりつつも、後もう少し、後もう少しと頑張る自分がいる。
 あっ、また船の位置が右から左に変わった。風向きが変わったみたいだ。左から吹く風に船が右へと押され右で泳いでいる私は、ぶつからないようにと右へと移動してしまう。そうすると全体的に右に押されてしまうからである。
 淡島の桟橋にまだ釣り客はいたが、朝と同じ人かはわからない。15時43分、帰りは3時間09分泳いできた。2wayの合計で6時間37分だが、もー、寒いは、足は痛いはで、船に上がっても余裕がない。検査着を来て落ち着いてから、やっと菊地さんに「ありがとうございました。」と御礼が言えた。
P41001192 船に上がっても「寒いなー」と感じている私。どうして今日はこんなに弱ッチーのかなぁ・・・。写真を撮るときの笑顔のポーズが本当の自分の姿ではない。余裕がないのである。民宿「桂」に戻っても、出迎えてくれた旦那さんに一言二言話すしか出来ない。お風呂にまっしぐら。ラノリンを取り、洗い物をしながらゆっくりお風呂に入った。

 4. 晩餐会兼反省会

 菊地さん宅に「今晩は」と訪れた。ビールの乾杯から話が弾む。今日は天ぷらがあり、その種類の豊富なこと。茄子、豆、海老、ワラビ、芋、蓮根、シソの葉、魚などなど。後何があったか忘れたが、大根おろしを天汁に入れて、浸けて頂いた。何故だか今日は天ぷらが食べたくて、お母さんと見えない糸で結ばれている気がした。
 またこの日は石井コーチが作っているブログ「地球の泳ぎ方」で、私の練習を「キンちゃんが行く」で紹介している。同時にアサヒビールで行っている『夢×挑戦ブログ』にもこのブログは参加している。その事務局から電話によるインタビュー取材があった。その模様は4月26日ころ『夢×挑戦ブログ』で紹介されるらしいが、石井コーチ、私、菊地さんの順番で取材を受けた。
 まだまだ刺身や魚のかまの塩焼き、筍と蕗の煮物、緑色のお浸し(名前が何だったっけかな?)なかなか手に入らない海苔、蟹のお吸い物、イカの上に何かが乗っていた料理など、旬のものが勢揃い。もう美味しくて、美味しくて食べるのに夢中で話すのがやっとだ。
 それでもやっと最近感じている柔道の柔ちゃんこと「谷亮子選手」と、私の水泳コーチであるトライアスロンステーション代表の「高橋希代子コーチ(プロトライアスリート:元アジアチャンピオン)」の話をすることが出来た。それは両人とも同じ頃に妊娠し、出産、育児に専念しながらも、スポーツアスリートとして目指す姿勢は類似していたからだ。
 谷選手は2年ぶりに復帰した全日本体重別選手権の決勝で福見選手に敗れ、高橋コーチも1年以上現役を離れていたことにより、元の状態に戻すまで四苦八苦していたからだ。菊地さんに私は柔ちゃんの話しをすると、高橋コーチと同じ意見であった。
Photo6 最近、私は高橋コーチと時間が合えば練習を一緒にしてもらっている。高橋コーチは赤ちゃんが出来てから練習に出るのもやっとだし、ほとんど運動が出来ていないブランクがある。だから現役の時と比べればスピードも落ちている。
 柔ちゃんが優勝をしようと戦っているテレビを観た。「ママになっても金を取りたい」と言っていたが、負けてしまった。柔ちゃんは試合の合間をみては、子供にミルクを飲ませていた。
 ただ単に子供がいない私。「練習不足なんだ。高橋コーチと柔ちゃんは、よく似ているなぁー」と感じていたが、実は練習不足だけではないことを高橋コーチに教わった。赤ちゃんを産むっていうことは、お母さんがまず健康体を持っていなければならない。健康じゃなければ妊娠は出来ないのだ。
 そして妊娠すると女の人の身体の中身が赤ちゃんにも分身されてしまうということ。そう言えば赤ちゃんを産んだ後は歯がボロボロになると聞いていたが、歯だけではないことを知った。母乳をあげるのも、自分のエネルギーをあげるということなんだ。
 赤ちゃんを産んでからも、高橋コーチや柔ちゃんも、元の身体に戻そうと、練習不足という壁を乗り越え、別の身体になった壁を乗り越え、周囲の環境を自分の練習時間にあてがう努力は並大抵ではない。今回、私は海練習も仕事が忙しくて2月13日の練習以来、3回しかプールで泳いでいない。
 でも今の私ならどんな水温でもへっちゃらだよ。ふーん、7時間くらいなら泳げる、泳げる、大丈夫だよ。と天狗になっていたかもしれない。だが、今回泳いで15.8℃が寒いは、肩が痛くなるは、足は痛くなるは、久しぶりに大変な思いをし、少し自身喪失になっていた。必死で泳いでいたからだ。余裕がこれっぽっちもなかったのである。
 ショックを受け、「練習しなければ・・・」と高橋コーチにメールして、「12日、練習出来ますか?」とお伺いしたら、「練習したいです。頑張って時間作ります。」の返事を貰い、「うわー、私には欠けているものがある!」と、その欠けているものを知るためにも、落ち込んでいた私は自分の感じたこと、思ったことなど正直に今の心境を高橋コーチに話した。
 そしてわかったことは、柔ちゃんも高橋コーチも練習に向かう姿勢が違うということだ。女の人が子供を産むということは、長期にわたる目に見えない大変さ、偉大さと、そのエネルギーや素晴らしさを知った。たった2ヶ月のブランク、五体満足な身体に幸せを感じなければ、クヨクヨしていたら恥ずかしい。
 進んでも立ち止まっても結果は自分に返ってくる。色々恵まれている人を見ると羨ましい気持ちになるが、最終的には自分がドーバーに向かう姿勢であり、強い意思である。そんな大切なことが私には欠けていたのである。
P41000092 同時に、この世に丈夫で五体満足に産んでくれた母親に感謝し、こんなにもたくさんの経験をさせてくれ、育ててくれてありがとうと、改めて大切にしなければと思った。
 結婚されている方、お子さんがまだ小さい方など、趣味が職業ではないのでなかなか練習時間を作るのも難しいと悩んでいる方は多いと思う。でも自分がやりたいことに一生懸命になるっていうことは、他の面でも一生懸命になり、充実した日々を送っていると思う。諦めたらいけない。時間が掛かっても長い目で一生懸命かつ楽しんだ人生を送りたい。とつくづく思った。
P41001252 いつも菊地家での晩餐会兼反省会は、いろいろな話で盛り上がり、いろんなことを教えてくれて楽しい。晩ご飯は食べているだけではなく、作り方を聞いては自分の家でも作り、お蔭様で私の料理のレパートリーも増えた。また、今回もいろんなことを感じ反省し、少し成長した。7月のチャレンジまで後わずか、気を引き閉めて練習に打ち込みたい。皆さんよろしくお願いします。
 最後にCS&PF(ドーバー泳公認団体)に提出する診断書は、2002年、私が初めてドーバーリレーに参加したとき一緒のチームでリーダーだった泳ぐドクター、奥澤先生(「Team船堀おじんず」副会長)により作製していただいた。やっと送ることが出来、感謝している。診断書以外でも検査着の提供など、いろいろといつも細かい気配りをしてくださる陰の恩人だ。どうもありがとうございました。
 2ウェイを私は必ず成功させます。

左右呼吸

海で長距離を泳ぐときは必修です。是非身につけて下さい。

「夢×挑戦ブログ挑戦報告(3月)」

100_00771  3月。この時期は1年を通しても1、2位を争うほど多忙なときとなる。愛知県岡崎市で和菓子製造業「(有)フジタヤ」を営んでいる私にとって、饅頭屋を多忙にさせるイベントが、まずは節句(お雛祭り)、続いてお彼岸、そして花見と続く。2月に新店舗をオープンさせたのもあって、人の2倍、3倍と働く。すでに我が家の工場はキャパシティオーバーで、夜も寝る間を惜しんで機械を駆動させていた。新店舗も軌道に乗るまでは顔を出さなければならない。

 本来ならば日本人初のドーバー海峡往復泳を狙っているのだから、人の2倍も3倍も泳がなければならないのだ。ところが節句が終わってお彼岸になるまでの2週間でプールに行けたのはたったの3回だけであった。それ以外の多忙な時期は1度もプールに足を運ぶことが出来ない。本当なら1日に3回くらい練習がしたい。しかしこの多忙、練習不足、プラス風邪ひきもあって、気持ちは焦るがどうすることも出来ないジレンマの中でもがき泳いでいた。

100_0052_3 「それでも練習をしなければならない!」と、テンションが下がりっぱなしの状態ではあったが自分自身を奮起させ、3月13日にすでに「マイゲレンデ」となった静岡県沼津市の淡島~大瀬崎間に出向いた。淡島~大瀬崎間の距離は約10km。ここを往復泳ぐのである。駿河湾の向こうには日本一の明峰「冨士」がクッキリ見える。「日本一」が私は好きだ。明峰「冨士」をバックに私は泳ぐ。水温は12~14℃。天気は良かったが風の強い日だった。結果は次の通り。

  • 淡島(09:38)⇒大瀬崎(12:54)=3時間16分
  • 大瀬崎(12:54)⇒淡島(16:00)=3時間06分
  • 往復合計記録:6時間22分

100_0128_2 記録としてはまあまあだが、それよりもテンションが下がりっぱなしの状態から、環境が私自身のモチベーションを上げていってくれた。これには運命めいたものを感じた。これは2005年に感じたことと少し似ている。2005年、私は今と同じドーバーの往復泳を目指していた。5月に津軽海峡横断泳を行い、ドーバーに向けて弾みをつけようと考えていた。ところが津軽は悪天続きで泳ぐことは出来ずに帰った。肝心なドーバーも片道泳が終わって帰りの3時間くらい泳いだところでドーバー泳を公認する団体のオブザーバーから「これ以上の継続は危険」と判断され、涙を呑むのである。

 本当に落ち込んだ。「海の泳ぎは私に向いていない」と考えるようになった。敗北した自分しか見えなかったからである。ところがそれを許してくれるような石井コーチではない。石井コーチは海の泳ぎのコーチだが、すでにドーバーから帰れば津軽が泳げる状態になっていた。残りのドーバー滞在時間は津軽の練習のために当てられたのだった。気が重い中で泳いでいた。ところが実際の津軽はどうだろう。「ヨッシャー!!」というほど大成功に終わり、モチベーションは上がったのである。そして失敗したドーバー泳だが、その公認団体から2005年のドーバーを泳いだ女性の中から最も価値のある賞として「ガートルード・エーダリ賞」を私が受賞したのである。「見ている人は見ている」と思うと素直に嬉しかった。

100_0085_2 今年の3月の練習はそんな2005年の運命を感じる出来事に類似していた。多忙、体調不良、練習不足、言い訳をすればいくらでも出てくる。しかし海や人は、そんな弱虫の私を批判するのではなく、もっと前向きな気持ちに私を導いてくれた。独りで泳いでいるのではない。それは人の輪が泳がせているのだ。そんな素晴らしい環境が私にはあることを感謝した。3月の練習は確かに物理的な練習はゼンゼン足りてない。しかし心理的な練習としてはモチベーションの復活などとても印象的な月であった。

 詳しくは「キンちゃんが行く」Vol. 1をご覧下さい。4月は物理的な練習も充実させていきますよ!!

     By キン(「バイ菌」ではありません。はい。)

チンクイ虫の正体は?

 海を泳いでいると、時折小さな生物が海水パンツの中に入ってくる。競泳用のパンツをはいているので生地と身体(皮膚)はかなり密着しているはずだが、どこからどうやって入ってきたのか、パンツの中でモソモソ動きチクチクとさせる。侵入方法は不明でも珍入者が入ったと言う実態は事実なのだ。
P10900832  不快なので泳ぎを止め、パンツの中に手を突っ込みまさぐるが、手で何かを触ったという触角はない。パンツに手を突っ込む際、その隙間から逃げたのか? いずれにせよこの歓迎できない侵入者は、また泳ぎ始めると再びパンツの中でモソモソ、チクチクと動き回る。
 この得体の知れない侵入者に、私は「チンクイ虫」と命名した。まあ読んで字の如く想像して頂ければ良い。ところがこのチンクイ虫、サーファーやダイバーの間でも同じ名前をつけていると聞いて驚いた。たまたま命名した私の「チンクイ」が広まったのか? いや、たぶん考えることは誰でも同じだから自然発生的に出てきた名前であろう。
 前文で「触った触角はない」と書いたが、実は一度だけ採取に成功したことがある。そのチンクイ虫を目の前で見ると、それは大きさが1ミリにも満たないワタリガニの赤ちゃんだった。小さいくせして生意気にちゃんとワタリガニの姿形をしている。「コラ、こんなところに入ってくるんじゃない!」と説教をし、放してやった。それ以来チンクイ虫の正体は海に住む甲殻類の幼生であるとずっと思っていた。

 最近になって、ドーバーを泳ぐスイマーたちとチンクイ虫の話をした。いや、正確に書くとチンクイ虫であろう話をドーバーの水泳仲間たちとした。
 彼らは「それは海のシラミ(sea lice)で、“man-o-war”クラゲだ。」と言う。ン? “man-o-war”? 直訳すると「男性-o-戦争」となる。ウ~ン・・・、字のイメージが「チンクイ虫」と重ならないわけでもない。まあ脳ミソが貧困なイメージしか湧かせない私だが、実は真面目に “man-o-war” は存在していたのである。
 先に答らしきものを言うと、それは「カツオノエボシ」など、人間にとって有害であるクラゲの仲間を言うらしい。また写真によるといかにも毒々しいが、ドーバーのスイマーたちは「海のシラミ」、つまりクラゲやイソギンチャクなど刺胞動物の幼生を言っているようだ。
 ここで次からの文章の都合上、ドーバーの水泳仲間たちが言うのは「海のシラミ説」と命名しておこう。

 実体験がある私には不思議に思った。なぜならば採取したチンクイ君はカニであり、チンクイ虫は甲殻類の幼生だと思っていたからだ。この話以来、少し真面目に「チンクイ虫」について調べる気になった。
 ウェッブ検索で調べると、やはり甲殻類の幼生のようだ。そこでこれを「甲殻類説」と命名しておく。ところが他のウェッブ検索からも調べていくと、実体験とこの甲殻類説とは一致しない部分が出てくる。それは「予防法」なのだ。

   予防法

  • 海のシラミ説:海のシラミは皮膚と皮膚を被う物(水着、ウェットスーツなど)の間に侵入する。したがって皮膚を何かで被わないことが予防になる。
  • 甲殻類説:極力皮膚を外に出さない。ラッシュガード、ウェットスーツなどで皮膚を露出しないことが予防になる。

P10900842  実体験では甲殻類にもかかわらず、海水パンツの中に進入してきたと言うことだ。しかし今思い出すと、沖縄で泳いでいたときに、幅100mくらいの狭い海域だが、手と言わず足と言わず顔と言わず・・・、身体の露出している部分全体がチクチクチクチクと電気が走るような感触を味わったことがある。もちろん眼には見えなかった。これが甲殻類説か?

   やられてしまったら

 甲殻類にせよ刺胞動物にせよ治療方法は同じようで、最も良いのは皮膚科の医師に診てもらうことだ。市販の軟膏は抗ヒスタミン剤やステロイド系の薬剤が含有されているものが良いようだが、たまたま私はすでに免疫があるのか、侵入されたときが不快なだけであって、後になって痒みや発疹が出たり腫れたりするということはない。したがってここに実体験ではそのような症状が出ないので、薬物使用による責任は負わないということだけ付け加えておきたい。

 結論を言うと未だに「チンクイ虫」の正体は不明だ。ドーバーの水泳仲間で「甲殻類ではないか?」と言う者もいた。「チンクイ虫」と「海のシラミ」は別々の生物かもしれないし、他の分類方法があるのかもしれない。逆にもっと詳しい人がいたら教えていただきたい。

8時間泳プールトレーニング

P13100552_2 2007年4月17日(火)、伊豆海洋公園 の海水プール(屋外:50m)において、キンちゃんがロングの水泳練習をします。

 この企画に参加希望の方はご連絡下さい。

  • 時間:09:00~17:00
  • 水温:海:15℃ プール:17℃
  • 定員:キンちゃんの他、2名
  • 費用:入場料1,300円の他、記録手数料など
  • 問合先:トラジオンスイミングクラブ(FAX:03-3894-5717)

*詳しくは氏名、連絡先電話番号をご記入の上、トラジオンスイミングクラブまで。

« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »

北海道函館の潮汐

ウェブページ

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

BV

  • BV